レジュメ - 日本保険学会

2011 年 10 月 23 日 ( 日 )
平 成 23 年 度 日 本 保 険 学 会 大 会 「 共 通 論 題 」
保 険 会 社 の ERM と ガ バ ナ ン ス
長谷川俊明法律事務所
長谷川俊明
1.はじめに
日 本 に お い て は 、 ソ ル ベ ン シ ー ・ マ ー ジ ン 比 率 が 、 指 標 と し て 平 成 8( 1996)
年の保険業法改正時に導入された。その後、同比率の算出方法が金融市場の実勢
と乖離していないか、保険会社のリスク管理の高度化や財務体質の強化を図る観
点 か ら 改 善 の 必 要 は な い か な ど の 見 地 か ら 同 比 率 の 見 直 し が 課 題 に 上 っ て い る 。1
とくに、ソルベンシー評価のためには、企業価値を示す指標重視の観点から、
経済価値ベースでの資産評価と負債価値の差額(純資産)自体の変動をリスク量
として認識し、その変動を適切に管理する経済価値ベースでのソルベンシー評価
を行うことが適切と考えられ、またリスクベース・経済価値ベースで評価をしな
ければ経済実態と乖離してしまい早期是正措置の実効性がなくなるとも考えられ
るようになった。
IAIS( 保 険 監 督 者 国 際 機 構 )が 、経 済 価 値 ベ ー ス の ソ ル ベ ン シ ー 評 価 が 保 険 会
社の財務状況を適正かつ信頼可能な情報により提供できる唯一の手法であるとす
る な ど 2、 経 済 価 値 ベ ー ス の ソ ル ベ ン シ ー 評 価 は 、 国 際 的 潮 流 と な っ た 。
リスクベース、経済価値ベースでの適正なソルベンシー評価のためには、保険
会 社 全 体 の リ ス ク を 統 合 的 に 把 握 、 評 価 し て 管 理 す る ERM( Enterprise Risk
Management) が 行 わ れ る 必 要 が あ る 。 と こ ろ が 、 保 険 会 社 の リ ス ク の 計 量 的 把
握は容易ではなく、保険商品や部門に割り当てるべき資本を適切に把握する方法
を考えなくてはならず、計量化が困難なリスクもあるので、定性的な方法で認識
1
2
金 融 庁 「 ソ ル ベ ン シ ー ・ マ ー ジ ン 比 率 の 算 出 基 準 等 に つ い て 」( 2007 年 4 月 3 日 )
IAIS “Common Structure for the Assessment of Insurer Solvency”(2007 年 2 月 )
1
し つ つ 、 内 部 統 制 や ガ バ ナ ン ス 体 制 と 一 体 化 さ せ な け れ ば ERM は 実 効 性 を 期 待
できない。とりわけガバナンス体制は保険法の目的とする保険契約者保護を向上
さ せ る た め に も 保 険 会 社 の ERM に 欠 か せ な い 。
本 報 告 に お い て は 、保 険 会 社 の ERM に 必 要 な ガ バ ナ ン ス 上 の 課 題 を 検 証 す る 。
2 . 保 険 会 社 の ERM と 内 部 統 制 、 ガ バ ナ ン ス
(1)リスク管理とリスクガバナンス
保険会社に限らず企業の活動にリスクはつきものであるから、リスク管理は必
須である。保険会社の場合は保険業法の要求するソルベンシー・マージン比率と
の関連でリスク管理が論じられてきた。
企業のリスク管理のあり方については、ここ15年ほどの間に大きな変化がみ
ら れ る 。従 来 の 伝 統 的 な リ ス ク 管 理 は 、も っ ぱ ら 企 業 の 破 綻 防 止 を 目 的 と す る「 後
ろ向き」のものであったが、新しく登場したリスク管理は、企業目標の達成を目
的とし収益機会の減少および企業価値の向上をめざす。この考え方の延長上には
2000 年 前 後 か ら 唱 え ら れ て き た ERM が あ る 。
ERM に 統 一 的 な 定 義 が あ る わ け で は な い が 、 国 際 的 に 広 く 使 わ れ て い る ア メ
リ カ の ト レ ッ ド ウ ェ イ 委 員 会 ( COSO) の 定 義 3 は 次 の よ う な も の で あ る 。
「事業体の取締役会、経営者、その他の組織内のすべてのものによって遂行さ
れ、事業体の戦略策定に適用され、事業体全体にわたって適用され、事業目的
の達成に関する合理的な保証を与えるために事業体に影響を及ぼす発生可能な
事 象 ( event) を 識 別 し 、 事 業 体 の リ ス ク 選 好 に 応 じ て リ ス ク の 管 理 が 実 施 で
き る よ う に 設 計 さ れ た 、 ひ と つ の プ ロ セ ス で あ る 。」
ERM を 「 事 業 体 全 体 に わ た っ て 適 用 さ れ る プ ロ セ ス 」 で あ る と し て い る 点 が
特徴的であるが、その担い手は「事業体の取締役会、経営者、その他の組織内の
すべてのもの」であることからすると、組織における内部統制とガバナンス体制
が 確 立 し て い な い と ERM は う ま く 機 能 し な い 。
と く に い ま 日 本 企 業 に と っ て ERM は 、 東 日 本 大 震 災 後 の 復 興 を 見 据 え つ つ 、
3
The Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission( COSO)
“Enterprise Risk Management- Integrated Framework”(2004 年 9 月 )
2
BCP( 事 業 継 続 計 画 ) と そ の 一 環 を な す サ プ ラ イ チ ェ ー ン の 修 復 な ど を 含 ん で い
る 必 要 が あ る 。こ う し た RM の 戦 略 的 な 意 思 決 定 は 、経 営 者 主 導 で か つ ス テ ー ク
ホルダーとの利益調整を踏まえたガバナンスの利いたものでなくてはならない。
こ れ を ERM に お け る 「 リ ス ク ガ バ ナ ン ス 」 の 必 要 性 と し て と ら え る の が 適 当
である。
リスクガバナンス自体は、社会システム関連の語としてさまざまなステークホ
ルダーの関与の下、リスク問題にどう対処するかを、リスクコミュニケーション
を 通 じ て 協 力 し て 意 思 決 定 を し て い く こ と を 意 味 す る と さ れ て き た 4。
企 業 の リ ス ク ガ バ ナ ン ス は 、コ ー ポ レ ー ト ・ガ バ ナ ン ス を RM の 側 面 か ら 捉 え
た も の と い う こ と が で き る 。 そ の た め 、 内 容 に は 、 ① RM 重 視 を 経 営 理 念 と し て
経 営 者 が 十 分 に 理 解 し 組 織 、 グ ル ー プ 全 体 の 役 職 員 へ 浸 透 さ せ る こ と 、 ② RM フ
レ ー ム ワ ー ク を 共 通 化 さ せ る こ と に よ る 重 複 や 混 乱 の 回 避 、③ RM に 関 す る 役 割 、
責任、および権限の明確化、④取締役会、監査役会などガバナンス体制を担う機
関 に よ る RM 活 動 の 適 切 な 監 督 や 検 証 な ど を 含 む と さ れ る 5 。
COSO-ERM の フ レ ー ム ワ ー ク 6 は 、内 部 統 制 が RM と 一 体 と な っ て 機 能 す る と
の 考 え 方 に 基 づ く 。さ ら に RM と 一 体 と な っ た 内 部 統 制 は 、組 織 に 対 す る ガ バ ナ
ンスが利いていないと有効に働かない。それは第一に、内部統制がトップダウン
の経営判断でグループ全体にゆきわたらせるものでなくてはならないからである。
第二に、内部統制は経営者次第で文字通り、組織における「内向き」かつ「下向
き」な内容に終止するおそれがある。そうした内部統制には、経営者自身による
ルール無視を防止できない不備があると考えざるをえないが、経営トップの暴走
や法令違反は、企業にとって最も大きなダメージをもたらしうるリスク要因であ
る。
内部統制とリスク管理にガバナンスを利かせるのでなければ組織にとって最大
の リ ス ク を 管 理 し た こ と に は な ら な い 旨 を 明 確 に 打 ち 出 し た の が 、 2005 年 8 月 、
経済産業省・経済産業政策局長の私的研究会「企業行動の開示・評価に関する研
4
5
6
日 本 リ ス ク 研 究 学 会 編 ・ リ ス ク 学 用 語 小 事 典 ( 丸 善 、 2008 年 )
羽 原 敬 二 「 リ ス ク マ ネ ジ メ ン ト 」 近 見 正 彦 他 編 ・ 保 険 学 ( 有 斐 閣 、 2011 年 )
注 3 参照。
3
究会」が公表した「コーポレート・ガバナンス及びリスク管理・内部統制に関す
る 開 示・評 価 の 枠 組 に つ い て ― 構 築 及 び 開 示 の た め の 指 針 ― 」7 で あ る 。同 指 針 は 、
「グループ企業を含む企業集団全体が一体となって取り組むこと」及びコーポレ
ート・ガバナンスの確立の重要性を強調している。
ま た 、同 指 針 は ガ バ ナ ン ス が 有 効 に 機 能 す る た め に は 、
「 企 業 理 念・行 動 規 範 等
に基づき健全な企業風土を根づかせ、この健全な企業風土により企業経営(企業
経営者)が規律される仕組が有効に機能すること」がとくに重要であるとしてい
る。
( 2 ) 保 険 会 社 の ERM と リ ス ク ガ バ ナ ン ス に 特 有 の 検 討 点
保 険 業 を 含 む 金 融 サ ー ビ ス 業 に お い て ERM を 実 施 す る に は リ ス ク の 計 量 的 把
握が欠かせない。金融商品や部門が抱えるリスクは複雑かつ多様なため計量的把
握は容易ではないので、各商品や部門に割り当てるべき資本を経済的資本計量化
によって把握しなくてはならないが、経済的資本計量化も難しいリスクについて
は定性的な方法で認識せざるをえない。この定性的な方法としては、ガバナンス
と組み合わさった内部統制によってリスクコントロールを実現すべきである。
長期の保険商品には、金利リスクを中心とする市場リスクが内在するが、これ
を コ ン ト ロ ー ル す る に は 資 産 と 負 債 の 統 合 的 な 管 理 を す る ALM( Asset Liability
Management)が 有 効 で あ る 。ALM は 統 合 的 に 行 わ れ る ERM に 内 包 さ れ る も の
の 、ALM の 対 象 に 入 ら な い オ ペ レ ー シ ョ ナ ル リ ス ク に つ い て は や は り 定 性 的 な リ
スク管理手法に頼らざるをえない。
保険会社のオペレーショナルリスクには、保険契約者への説明不足、風評リス
ク、システムリスクなどが広く含まれる。保険法の目的である契約者保護の実現
のためには保険代理店など保険契約における外部委託先を含んだガバナンスと内
部統制を整備しリスクカルチャーを組織グループに行きわたらせる努力が求めら
れる。
とくに、保険契約者への説明不足を解消するためのガバナンスは重要である。
2010 年 4 月 か ら 施 行 さ れ た 保 険 法 の 最 大 の 目 的 の 1 つ が 、 契 約 者 保 護 の 強 化 で
7
http://www.meti.go.jp/press/20050831003/kigyoukoudou-set.pdf に て 入 手 可 能 。
4
あ っ た 8 。保 険 法 制 定 に 対 応 し て 約 款 が 改 訂 さ れ た が 、約 款 内 容 の 平 明 化 、簡 略 化
が契約者保護の面で最重要の課題になるいっぽうで、約款改訂で整備された契約
者保護の仕組みを経営陣はもちろん保険商品の募集人、保険金の支払い部門など
の現場に理解させ実行させるガバナンスが求められるのである。
保険契約の現場を含めたガバナンスと内部統制による定性的なコントロールを
重 視 す る こ と な く 、 保 険 会 社 の ERM が 、 数 量 的 、 技 術 的 、 形 式 的 に 走 り す ぎ る
ならば契約者保護をかえって後退させることになりかねない。ソルベンシー・マ
ージン比率規制における自己資本比率規制強化は、保険会社が自己資本利益率
( ROE) を 上 げ る こ と を 難 し く す る 面 が あ り 、 金 融 ・ 資 本 市 場 で の 競 争 力 喪 失 、
支払能力の弱体化を招きかねず、結局のところ契約者保護にならない点に注意が
必要となる。
保険会社をはじめとする金融機関にとってコンピュターシステム抜きの事業活
動は考えられない。それだけに東日本大震災のような巨大自然災害に直面しても
シ ス テ ム ダ ウ ン な ど を 起 こ さ ず 事 業 を 継 続 で き る よ う に す る BCP( 事 業 継 続 計
画 ) と こ れ を 支 え る IT ガ バ ナ ン ス が 求 め ら れ る 。
東日本大震災とこれによって引き起こされた原子力発電所事故による放射性物
質汚染に関しては、さまざまな風評リスク被害が起こったが、保険会社自身が風
評リスクにとらわれないようにする必要がある。そのために最も重視されなくて
は な ら な い の が 、 ソ ル ベ ン シ ー Ⅱ 9 の ”Supervisory reporting and public
disclosure(Pillar3)”で あ り 、 適 時 、 適 切 な 情 報 開 示 を 可 能 に す る ガ バ ナ ン ス 体 制
が必要になる。
8
法 務 省 ホ ー ム ペ ー ジ 「 保 険 法 の 概 要 」 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji155.html 参 照 。
9
EUに お け る 保 険 会 社 に 対 す る 新 た な ソ ル ベ ン シ ー 規 制 で あ り 、 “ Quantitative
requirements(Pillar1)”、“ Supervisory activities(Pillar2)”、“ Supervisory reporting
and public disclosure(Pillar3)” を 内 容 と す る 。 ソ ル ベ ン シ ー Ⅱ の 概 要 に つ い て は 、 欧 州
委 員 会 “ Amended Framework for Consultation on Solvency II”
( http://ec.europa.eu/internal_market/insurance/docs/markt-2506-04/framework-cons_
en.pdf) を 参 照 。
5
保険会社の場合、従来からリスク管理部門だけがリスク管理の担い手となって
き た 傾 向 が あ る 。 ERM を 実 践 す る に は 、 リ ス ク 管 理 部 門 だ け で な く 、 収 益 管 理
部門や商品開発部門、資産運用部門など社内の関連部門がリスク情報に基づく業
務の重要性を理解し実行してもらわなくてはならない。そのためにはリスクマネ
ジメントの文化、すなわちリスクカルチャーといったものを組織やグループ全体
に 浸 透 さ せ る ガ バ ナ ン ス が 欠 か せ な い 。 ERM に 向 け た 前 向 き な リ ス ク 管 理 重 視
の意識を経営者主導で役職員のすべてにもたせられるかどうかが決め手になる。
( 3 ) 企 業 形 態 の 違 い と ERM ガ バ ナ ン ス
保 険 会 社 に は 、 株 式 会 社 と 相 互 会 社 と い う 会 社 形 態 の 違 い が あ り 、 ERM の ガ
バナンスは、両形態の違いを考慮に入れて検討しなくてはならない。
両形態の違いは、リスク評価の前提となる資本調達手段の柔軟性、利益の分配
方法、リスクの担い手などに表れるが、ソルベンシー・マージン比率の計算方法
は変更する必要はないであろう。
た だ 、 両 形 態 で は ス テ ー ク ホ ル ダ ー と の 利 益 状 況 が 異 な る た め ERM ガ バ ナ ン
スの中身は変わらざるをえない。すなわち、株式会社では資本が株主から提供さ
れるため、株主価値の極大化及び契約者保護を全うするための健全性維持、確保
という2つの要請間のバランスをどう保つかの視点が重視される。いっぽう、相
互会社では、保険契約者が健全性確保のための内部留保の提供者であるとともに
内部留保に対して持分をもつので、こうした相反する利益の調整は必要とされな
い。
相 互 会 社 に お い て は 、 保 険 会 社 の ERM に 不 可 欠 で あ る ガ バ ナ ン ス を 社 員 自 身
に期待することはできない。生命保険相互会社にガバナンス上の課題があること
は か ね て よ り 指 摘 さ れ て い る と こ ろ で あ る が 10 、 内 部 留 保 等 に つ い て 保 険 契 約 者
間の利益調整がうまくとれないまま「経営陣がほぼ完ぺきなオートノミーを確保
10
森本滋「生命保険相互会社の社員の地位」竹濵修他編・保険法改正の論点(法律文化社、
2009 年 )、 宍 戸 善 一 「 生 命 保 険 相 互 会 社 の コ ー ポ レ ー ト ・ ガ バ ナ ン ス 」 鴻 先 生 古 希 記 念 ・
現 代 企 業 立 法 の 軌 跡 と 展 望( 商 亊 法 務 研 究 会 、1995 年 )お よ び 山 下 友 信「 相 互 会 社 」竹 内
昭 夫 編 ・ 保 険 業 法 の 在 り 方 上 巻 ( 有 斐 閣 、 1992 年 ) な ど 。
6
し て し ま う 」 11 な ら ば 、 結 局 、 保 険 会 社 の ソ ル ベ ン シ ー を 低 下 さ せ 、 経 営 破 綻 を
招くことにもなりかねない。
保険会社の破綻が保険契約者の保護を最も損なう事態であることはいうまでも
な い 。1998 年 12 月 、 保 険 契 約 者 保 護 機 構 が 保 険 会 社 の 破 綻 に よ っ て 保 険 契 約 者
に不利益が生じないようにすることを目的に設立された。前後して生命保険相互
会 社 の 破 綻 が 相 次 い だ が 12 、 ソ ル ベ ン シ ー ・ マ ー ジ ン 比 率 に よ る 事 前 監 視 、 早 期
警戒が必ずしもうまく機能しなかったことを示すとされている。
相 互 会 社 の ERM を 機 能 さ せ る た め に は 、 株 式 会 社 に お け る 場 合 以 上 に ガ バ ナ
ンス向上が欠かせない。そのガバナンス向上策としては、保険監督規制の拡充、
総代会制度の活用、委員会設置会社への移行などが提唱されている。いずれも有
効と思われるが、リスクガバナンスの視点からリスク管理を重視するリスクカル
チャーによる経営者の規律を最優先すべきであろう。そのためには、外部有識者
を中心にした評議員会の設置、
「 契 約 者 懇 談 会 」の 積 極 的 開 催 な ど も よ い で あ ろ う
が 、 リ ス ク 管 理 に よ り 特 化 さ せ た ERM 委 員 会 、 リ ス ク 管 理 オ フ ィ サ ー ( RMO)
の設置も検討すべきである。
株式会社に移行した保険相互会社においては、移行後に保険契約者と株主間の
利益相反が顕在化するおそれがあり、ステークホルダー間の利益調整のためのガ
バナンスがよりいっそう求められる。
( 4 ) グ ル ー プ ERM と ガ バ ナ ン ス
ERM が 最 も 威 力 を 発 揮 す る の は グ ル ー プ で 展 開 さ れ る 場 合 で あ る 。 た だ 、 前
提として連結ソルベンシー・マージン比率を算出し、定量的手法によるグループ
ERM を 行 う 必 要 が あ る 。 持 株 会 社 の 下 で 子 会 社 が 損 保 事 業 、 生 保 事 業 を 行 う グ
ループ形態を採る場合には、事業遂行からくるオペレーショナルリスクなどの定
性的管理手法を重視する必要があり、グループ全体で定量的手法と定性的手法を
適正に使い分けるガバナンスが求められる。
11
12
宍 戸 ・ 前 掲 論 文 ( 注 10)。
日 産 生 命 保 険 相 互 会 社 は 1997 年 、 東 邦 生 命 保 険 相 互 会 社 は 1999 年 、 第 百 生 命 保 険 相 互
会 社 は 2000 年 、 千 代 田 生 命 保 険 相 互 会 社 は 2000 年 お よ び 東 京 生 命 保 険 相 互 会 社 は 2001
年にそれぞれ経営破綻した。
7
( 5 ) 保 険 会 社 の BCP と ERM
EU に よ る ソ ル ベ ン シ ー Ⅱ の 導 入 を 2013 年 1 月 に 予 定 し て い る 欧 州 の 保 険 会 社
は 、2011 年 の ス ト レ ス テ ス ト に 参 加 し 、200 年 に 1 度 起 こ る 可 能 性 が あ る 規 模 の
自然災害の発生を含むマクロ経済が悪化した状況にも耐えることを示さなくては
な ら な く な っ た 13 。
東 日 本 大 震 災 は 「 千 年 に 一 度 」 の 大 自 然 災 害 と い わ れ る が 、 江 戸 開 府 の 1603
年 か ら 現 在 ま で の 400 年 余 り の 間 に 匹 敵 す る 経 済 被 害 を も た ら し た 地 震 は 合 計
10~ 12 回 発 生 し た と も い わ れ て い る 。し た が っ て 、日 本 に お い て は 、地 震・津 波
に よ る 保 険 リ ス ク は 「 99.5% VaR」 で 捉 え る と し て も 大 変 大 き な も の と な り か ね
ない。東日本大震災がはたして「千年に一度」の大自然災害なのかどうか、リス
ク管理の前提となる「リスクの定義」を明確にした上で、組織とグループ全体に
リスクの大きさと程度についての認識を共通化させる必要があり、そのためのリ
スクガバナンスが欠かせない。
3.おわりに
保 険 会 社 の ERM は 、 欧 州 で 導 入 が 進 む ソ ル ベ ン シ ー Ⅱ の 動 向 と 無 関 係 で は 論
じられない。欧州には、同規則が複雑で官僚主義的にすぎ、保険契約のコスト引
き 上 げ に つ な が る と し て 批 判 的 な 保 険 会 社 も あ る 。た だ 、IAIS の め ざ す「 グ ル ー
プ ソ ル ベ ン シ ー 」 や IFRS の 「 公 開 草 案 」 な ど と も 合 わ せ 考 え る な ら ば 、 経 済 価
値ベースのソルベンシー評価が今後日本を含めた世界の潮流になることは間違い
のないところと思われる。
ソルベンシーⅡがかえって契約者保護に反する結果とならないようにするには、
そ の う ち 、“ Supervisory activities(Pillar2)”と “ Supervisory reporting and
public disclosure(Pillar3)”の 各 要 件 を 重 視 し な く て は な ら な い 。と く に 、ソ ル ベ
ン シ ー Ⅱ は 、“ Supervisory activities(Pillar2)”を 行 う た め に ORSA( Own Risk
and Solvency Assessment) と 監 督 当 局 へ の ソ ル ベ ン シ ー 報 告 書 を 求 め て い る 。
企 業 が ど の よ う な リ ス ク 管 理 体 制 を 整 備 す る か は 経 営 判 断 で あ る 。企 業 価 値 は 、
13
2011 年 ス ト レ ス テ ス ト の 概 要 お よ び 結 果 に つ い て は 、
https://eiopa.europa.eu/activities/insurance-stress-test/index.html を 参 照 。
8
本来、経営陣の意思決定やそれに基づく企業活動によって左右されるべきもので
あ っ て 、 ERM の 自 主 的 実 践 は 大 方 の ス テ ー ク ホ ル ダ ー か ら 求 め ら れ て し か る べ
きであるが、しっかりとしたガバナンスの下でのみ可能というべきである。
9