建物倒壊危険度を考慮した東京都23区住宅地の地価割引率と地震災害

ローチにより行っている。
山鹿らは、5 段階で評価されている町丁目ごとの建物倒壊危
建物倒壊危険度を考慮した東京都 23 区住宅地の
地価割引率と地震災害リスク・プレミアムの推定
険度を、危険度 2 を危険度 M、危険度 3,4,5 を危険度 H とし、
危険度 M、危険度 H それぞれによる地価割引率を推定した分
析を行った。結果、いずれの年も危険度 H ダミーは負に有意
The estimation of land price discount rate and earthquake
risk premier considering building collapse risk:
The case of Tokyo wards residential area
であり、高い建物倒壊危険度によって公示地価は割り引かれ
ていることが分かった。
また、危険回避行動モデルを用いてリスク・プレミアムを
算出し、危険度 H の土地の公示地価は地震発生時の期待損失
公共システムプログラム
10-01941 一宮央樹 Hiroki Ichimiya
指導教員 樋口洋一郎 Adviser Yoichiro Higuchi
を上回って地価が割り引かれていることを示している。
本研究では東京都 23 区の住宅地を対象とし、2009 年の公
示地価と取引価格における建物倒壊危険度による地価割引率
の推定を行う。また、両者の地震災害リスクに対する地価形
1.
研究の背景・目的
成構造の違いを明らかにするため、推定された地価割引率を
地震や洪水、液状化といったリスクと地価との関係につい
用いて危険回避行動モデルより公示地価と取引価格の地震災
ての研究は多く行われてきたが地価として公示地価を用いた
害リスク・プレミアムを算出し、危険度の高い土地の地価割
研究が多い。土地の価格情報は実際の取引によって値付けさ
引は地震災害発生時の期待損失を上回るのかどうかを考える。
れる取引価格と不動産鑑定士によって値付けされる鑑定価格
に大別されており、土地の取引価格情報が一般に公開されて
3.
使用するデータ
こなかったこと、データの入手が容易であり多期間にわたっ
2009 年の東京都 23 区住宅地の土地価格として、国土交通
て同一地点のデータが存在することなどから地価形成に関す
省より毎年 3 月に発表される公示地価と、同じく国土交通省
る分析では鑑定価格である公示地価が多く使用されてきた。
が発表している土地取引価格を用いる。
しかし鑑定価格には実際の取引価格との乖離が存在すると言
地震災害における危険度として、平成 20 年 2 月に東京都都
われており、公示地価を用いた既存の地価形成要因の分析が
市整備局発表の『地震に関する地域危険度測定調査(第 6 回)』
実際の土地取引における地価形成要因を適切に反映できてい
より、町丁目ごとの建物倒壊危険度を用いる。公示地価デー
るとは断言できない。そういった状況の中で平成 18 年 4 月よ
タセットでは危険度 1 を危険度低、危険度 2 を危険度中、危
り不動産の取引価格情報提供制度が開始し、国土交通省ホー
険度 3、4、5 を危険度高とした。取引価格データセットでは、
ムページにて不動産取引価格情報を閲覧、利用することが可
土地の住所が町丁までしか明記されていないため丁ごとの平
能となり、取引価格を用いた研究を行う事が容易となった。
均危険度を算出し、平均危険度が 1.5 未満の土地を危険度低、
先に述べたように公示地価は鑑定価格であり、実際の消費
平均危険度が 1.5 以上 2.5 未満の土地を危険度中、平均危険
者の土地の属性への評価を反映しているとは断言できない。
度が 2.5 以上の土地を危険度高としている。他に東京駅まで
本研究では、地価形成要因として注目する土地の属性として
の電車での所要時間、最寄り駅を通っている路線のダミー変
地震災害リスクを挙げ、実際に土地取引が行われた価格の方
数を作成した。
が適切に消費者の地震災害への評価を反映している、という
考えに基づき研究を行う。具体的には、地価公示データセッ
4.
分析方法
トと取引価格データセットの二つのデータセットについて、
2009 年の土地価格データを用いて、ヘドニックアプローチ
地震災害における建物倒壊危険度の高い土地の、危険度の低
を用いた分析を行う。次のモデルについて OLS 推定を行う。
い土地に対する地価割引率を推定し比較することを目的とす
ln𝑃𝑖 = 𝛼 + 𝛽𝑀 𝐷𝑀𝑖 + 𝛽𝐻 𝐷𝐻𝑖 + ∑ 𝛾𝑚 ln𝑋𝑚𝑖 + 𝜀𝑖
る。また、両者の推定された地価割引率を用いて、期待効用
𝑚
仮説に基づいた危険回避行動モデルより地震災害リスク・プ
𝑃𝑖 は土地の価格(円/㎡)、𝐷𝑀𝑖 は危険度中ダミー、𝐷𝐻𝑖 は危険
レミアムを算出し、危険度の高い土地の地価割引が地震発生
度高ダミー、𝑋𝑚𝑖 は属性情報であり、東京駅までの時間距離
時における物理的期待損失を上回っているかを明らかにする。
(分)、最寄り駅までの距離(m)、地積、建ぺい率、容積率を使
用している。 𝛽𝑀 , 𝛽𝐻 はそれぞれ危険度中、危険度高の土地
2.
先行研究の紹介と本研究の特徴
における危険度低の土地に対する地価割引率を表している。
地震災害リスクと地価の関係についての先行研究として、
また、地価公示データと取引価格データの観測地点の分布
山鹿・中川・齊藤(2002)をあげる。この研究では、2002 年の
の違いを考慮し、行政区ごとの取引価格データのサンプルの
公示地価と東京都都市整備局発表の『地震に関する地域危険
度数にて地価公示データセットに重みを付けて分析を行った。
度測定調査(第 5 回)
』を用いて、1980 年、1985 年、1990 年、
Moran’s I 統計量は公示地価を用いた分析で 0.00721,取引価
1994 年、1996 年、2000 年、2001 年の東京都公示地価におけ
格を用いた分析で-0.00653 となったので空間的自己相関は考
る建物倒壊危険度による地価割引率の推定をヘドニックアプ
慮していない。
5.
推定結果と考察
率𝛽𝐻 に相当し、次式の関係となる。
𝑞𝑟 −1 𝑃𝐿−1 = 𝛽𝐻
推定結果は表 5.1 のよう。危険度高ダミー、危険度中ダミ
ーの係数は取引価格データセットを用いた場合と公示地価を
以上の関係から、𝛾 ∙ 𝑆𝑊 −1 を求める。𝜋には山鹿・中川・
用いた場合ともに負に有意となった。先行研究では危険度中
齊藤(2002)で用いられている、江戸初期から現在までに東京
ダミーは有意でなく、異なる結果となった。その原因として、
都で発生した地震にポアソン分布を仮定した際の単年の発生
先行研究が対象としているのは 1980 年から 2001 年のため、
確率の限界値 5%を用いる。𝑑は、平成 21 年度全国消費者実態
防災意識の変化や、地震災害リスクの情報が広く人々に行き
調査より東京都 23 区の世帯当たり平均住宅資産額 739.4 万円
渡ったことで中程度の危険度でも消費者が低い価格で土地を
に『地震に関する地域危険度測定調査(第 6 回)
』から算出さ
購入するようになった可能性が考えられる。
れた危険度高と危険度低の土地における被害格差率 28.87%を
表 5.1
取引価格
土地価格(円/㎡)の対数値
危険度中ダミー
-0.0630**
(0.0267)
危険度高ダミー
-0.440***
(0.0343)
東京駅までの時間距離(分)
-0.327***
(0.0600)
最寄り駅までの距離(m)
-0.144***
(0.0202)
地積(㎡)
-0.106***
(0.0167)
建ぺい率
0.249**
(0.117)
容積率
-0.119***
(0.0431)
ガス
行政区ダミー
路線ダミー
定数項
サンプルサイズ
自由度調整済み R-squared
yes
yes
14.85***
(0.451)
2,266
0.333
かけ求める。𝑟は平均実質モーゲージ金利であり、2001 年か
公示地価
土地価格(円/㎡)の対数値
-0.0597***
(0.0155)
-0.102***
(0.0209)
-0.0622**
(0.0244)
-0.158***
(0.00911)
0.0783***
(0.0115)
0.0746
(0.0643)
0.186***
(0.0244)
0.106**
(0.0532)
yes
yes
12.89***
(0.291)
1,291
0.834
ら 2008 年までの三井住友銀行住宅ローンの変動金利から、総
務省統計局で発表されている物価上昇率を控除したものの平
均値 0.0329 を用いる。𝑃𝐿 は平成 21 年度全国消費者実態調査
より東京都 23 区の世帯あたり平均宅地資産額 4269 万円を用
いる。𝛽𝐻 の推定値の標準誤差を考慮して𝛾 ∙ 𝑆𝑊 −1 の 95%信頼
区間を求めると、取引価格における𝛾 ∙ 𝑆𝑊 −1 の 95%信頼区間
は[3.91 , 5.68]、公示地価においては [-0.194 , 0.882]
となり、取引価格ではリスク・プレミアムを上乗せして危険
回避的に地価が割り引かれているが、公示地価では考慮され
ていない可能性が示された。
7.
結論
推定結果より、公示地価、実際の取引価格の双方で建物倒
壊危険度の高い土地で地価が割り引かれていることが有意に
危険度高の土地の地価割引率は、取引価格データセットを
示されたが、地価割引率の大きさは大きく異なっていた。ま
用いた推定では 44.0%、地価公示データセットを用いた推定
た、地積、容積率の二つの変数が公示地価では土地の価格を
では 10.2%となった。このことから、建物倒壊危険度に対す
上昇させる要因となっているのに対し、取引価格では価格を
る負の評価は、公示地価と実際の取引とで違うことがわかる。
下落させる要因となっていることが分かった。以上の事から、
危険度以外の変数について結果を見てみると、取引価格デ
公示地価を用いた地価形成要因の分析は実際の取引における
ータセットを用いた推定では地積、容積率が負に有意である
地価形成要因を反映しているとは言えないことがわかった。
が、公示地価データセットを用いた推定では地積、容積率は
また、6 章の地震災害リスク・プレミアムの算出から、取
正に有意となっており、公示地価において価格を上昇させる
引価格で地震災害リスク・プレミアムを考慮した危険回避的
要因とみなされている属性が、実際の取引では価格を下落さ
な価格が付けられている一方で、公示地価についてはリスク
せる要因となるケースが存在することがわかる。
ニュートラルな価格が付けられている可能性が示された。
6.
8.
地震災害リスク・プレミアム
今後の課題
推定された地価割引が物理的な期待損失を上回って割り引
取引価格データは実際に取引が起きた地点のみであるため
かれているのかを明らかにするため、期待効用仮説に基づい
サンプルセレクションの問題が考えられる。また、建物倒壊
た次の危険回避行動モデルを用いる。
危険度の指標は木造物件の割合や密度が高い地域で上がるこ
𝑞 = {1 + 𝛾 ∙ 𝑆𝑊 −1 }𝜋𝑑
とから、住環境も内包してしまっている可能性がある。地震
q は地震リスクに対する保険料であり、𝛾は相対的危険回避
災害リスク・プレミアムの算出に用いた単年の地震発生確率
度、𝑊は家計の総資産、𝑆は地震災害で失う資産、πは単年の
は事実に基づいて推定された値であり、人々が期待する地震
地震災害発生確率、𝑑は予想される建物被害である。この式か
発生確率はより高い確率であることも考えられる。
ら危険回避的な家計や企業は物理的期待損失𝜋𝑑 に、その
𝛾 ∙ 𝑆𝑊 −1 倍のリスク・プレミアムを上乗せしていることがわ
かる。𝛾 ∙
𝑆𝑊 −1
= 0ならば地価割引は危険回避的でない。
𝑞は実質フローであるが、割引現在価値は𝑞𝑟 −1 (𝑟は年率実
主要参考文献
【1】山鹿久木・中川雅之・齊藤誠 (2002) 「地震危険度と地
価形成:東京都の事例」
,
『応用地域学研究』No.7 pp51-62.
質金利)であるので、これを危険度高の土地と危険度低の土地
【2】山村能郎 (2006) 「鑑定価格と取引価格の格差について」
,
と の 評 価 の 差 と 考 え る 。 す る と 𝑞𝑟 −1 を 地 価 𝑃𝐿 で 割 っ た
『日本不動産学会誌』第 19 巻第 4 号
𝑞𝑟 −1 𝑃𝐿−1
が 5 章で推定した危険度高の土地における地価割引
pp24-32.