レーザー同位体分離の研究 ―Ca

レーザー同位体分離の研究
―Ca-48 の濃縮を目指して―
仁木秀明、寺西叶、江崎雄太、小川泉、玉川洋一
福井大学大学院工学研究科
はじめに
ニュートリノのマヨラナ粒子性を検証するため
に、ニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊の観
測実験が世界各国で進められている。この観測実験
に用いる二重ベータ崩壊核(Ca-48、Ge-76、Mo-100、
Cd-116、Te-130、Xe-136、Nd-150 など)の内、Ca-48
の二重ベータ崩壊の Q 値は 4.28MeV と、他の原子
核に比べて突出して大きく、自然放射性のガンマ線
やベータ線などのバックグラウンドノイズから極め
て良好に分離して検出されることが期待できる。カ
ルシウム化合物には常温でガス状態のものがないた
め、現在ウラン濃縮に用いられているガス遠心分離
法やガス拡散法は適用できない。我々は、レーザー
による Ca の同位体分離に着目し、選択的原子ビー
ム偏向法と選択的レーザーイオン化法の2つの手法
について研究を進めている。
用レーザーとして Q スイッチ Nd:YAG レーザーの
第 2 高調波を用い、コリメータの上方 35.7cm レン
272.2 [nm]
2.7×105 [s-1]
422.7[nm]
2.2×108[s-1]
671.7 [nm]
1.2×107 [s-1]
2180 [s-1]
1P
1
3P
0,1,2
457.0 [nm]
40 [s-1]
1S
0
図 1 Ca 原子のエネルギー模式図
選択的原子ビーム偏向法
Ca 原子は、図 1 のように、波長 423nm の光に
対して極めて強い吸収特性があり、比較的弱い強度
の光であっても、連続的に照射し続けることにより、
Ca 原子は基底準位(1S0)と励起準位(1P1)の間を往復
しつつ極めて多数回、光子の吸収、放出を繰り返す
ことができる。この際、Ca 原子から放出される光子
の方向はランダムなので、Ca 原子は平均的に光の照
射方向に運動量を得る。このことは、原子のレーザ
ー冷却に応用されているが、これは Ca の同位体分
離に応用することができる。
このことを調べるために、図 2 および図 3 のよ
うな実験配置で、レーザによる Ca 原子ビームの偏
向実験を試みた。原子ビームの偏向用レーザーは、
単一縦モード発振 CW 半導体レーザー(TOPTICA
社製)で波長 423nm 近傍で波長可変であり、出力
は最大約 70mW である。出力光は Ca 原子ビーム発
生用の真空容器に導かれた。Ca 原子ビームを生成す
るために Ca をヒータ加熱することにより蒸発させ、
直径 1.5mm のアパーチャー2 枚によりコリメート
した。偏向用レーザー光ビームは Ca 原子ビームと
直角に 2 回交差させた。特定の同位体への波長の同
調は、原子ビームからのレーザー誘起蛍光をモニタ
ーすることにより行った。Ca 同位体の質量スペクト
ルを測定するために飛行時間法を用いた。イオン化
1P
1
ズで集光して原子ビームに照射して非共鳴的に局所
的にイオン化した。また、原子ビームの水平方向の
分布が観測できるよう、1枚の反射ミラーと集光用
レンズを移動ステージの上に設置し、集光位置をを
微細にかえられるようにした。生成されたイオンは
電界により右方に引き出され、無電界の自由飛行領
域を経て MCP で観測した。
半導体レーザー
Nd:YAG レーザー
(第二高調波)
可動域
15mm
トリガ信号
ビームスプリッター
R = 4%
ミラー
波長計
移動ステージ
集光レンズ
f = 400mm
オシロスコープ
MCP
質量スペクトル
図 2 実験配置全体図
偏向レーザーあり
Ca-40イオン信号強度
4
偏向レーザーなし
3
2
1
0
-4
図 3 レーザー照射領域配置図
偏向用レーザー波長を Ca-40 に同調した時に得
られた原子ビーム中心での質量スペクトルの例を図
4 に示す。図では天然存在比の最も大きい Ca-40 の
信号のみが顕著に観測されているが、その他の同位
体(Ca-42、Ca-44、Ca-48)も本装置で観測されて
いる。図のように偏向用レーザーを照射した場合に
Ca-40 のピークが明らかに減衰する様子が観測され
た。また、この場合、Ca-44 の減衰は全く見られな
かった。このことは、偏向用レーザーの照射によっ
て、Ca-40 が右方に偏向され、元の原子ビーム中心
付近での Ca-40 の同位体の個数密度が減少したこと
を示唆している。またこの現象は同位体的に選択的
である。
-3
-2
-1
0
1
2
3
4
5
6
7
イオン化位置[mm]
図 5 偏向用レーザー照射時における
Ca-40 同位体の空間分布の変位
明らかに偏向用レーザーの照射によって Ca-40 の分
布がシフトしている。ピーク位置のずれは 1.0mm
程度である。分布の幅はレーザー照射時に若干広が
っている。これは熱速度分布による各原子の速度に
分布があるため、レーザー照射領域における光吸
収・放出のサイクル数に幅ができ、変位にも幅が生
ずることが1つの要因であると考えている。1.0mm
程度のピーク位置シフト量からは1個の Ca-40 あた
りおよそ百数十回の光吸収・放出が繰り返されたも
のと考えられる。レーザー照射配位を改善すること
によりこのサイクル数を増加させることは可能であ
り、より大きな偏向が可能であると考えられる。
Ca-44 については偏向用レーザー照射の有無に対し
てイオン信号強度の変化は全く観測されなかった。
これより、偏向は同位体選択的で、適当な位置で原
子ビームを回収することにより、濃縮同位体が回収
可能となることが示された。
選択的レーザーイオン化法
この手法は図 6 のように、様々なイオン化経路
が考えられる。予備的な実験として、半導体レーザ
ーによる選択励起と YAG レーザーによるイオン化
の組み合わせで、選択的イオン化に成功している。
図 4 偏向用レーザー照射時における原
子ビーム中心での Ca-40 同位体の個数密
度の減衰
偏向用レーザー照射による原子ビームの偏向の様子
を調べるために、イオン化用レーザーの照射位置を
偏向用レーザーの伝搬方向に沿って変えてイオン信
号を観測することにより、Ca-40 の分布を測定した。
測定は、あるイオン化位置において偏向用レーザー
照射時、非照射時の質量スペクトルを取得し、イオ
ン化位置を変えて同様の測定を繰り返した。図 5 に
測定結果を示す。イオン化位置は元の原子ビームの
中心位置を 0 としており、偏向用レーザーの伝搬の
向きに沿ってイオン化位置が大きくなっている。
図 6 選択的レーザーイオン化