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平成 18 年度内閣府経済社会総合研究所 イノベーション国際共同研究プロジェクト
社会イノベーション研究会「Social Enterprise / Social Entrepreneurship 関連文献レビュー集」より
“Creating Social Change: 10 Innovative Technologies”
(「社会変革の創出―革新的技術の 10 事例」
)
By John Voelcker
Stanford Social Innovation Review, Summer 2006
<要約>
社会起業家研究ネットワーク CAC オリー・智子
社会起業家は世界の問題解決のために新しいテクノロジーを開発している。ここでは、
社会起業家がビジネス、NGO そして政府と連携することにより、そのテクノロジーが最も
助けを必要としている人々の手中で駆使され、社会的変化を起こしている事例を紹介して
いる。また、ここで紹介しているほとんどすべての事業は、商業的利潤を生み出すもので
はないが、生産品の価値評価から市場調査に至るような商業的事業を営む基本原理を応用
している。これらの社会起業家は、開発途上国のテクノロジーに関する誤った懸念を割り
引いて考えており、貧しい人々でもテクノロジーがどれほど多くの経済的利益を与えるか
を理解する限りテクノロジーを入手でき、また貧しい人々でも誰かが技術を教えることが
できる限りメンテナンスできると考えている。これら 10 の事例は、2005 年 11 月にカリフ
ォルニア州サン・ホセにあるイノベーション工学博物館より「人類に恩恵を与えるテクノ
ロジー賞」を受賞している。80 カ国から 560 の応募があり 25 が受賞したのだが、そこから
さらに 10 に絞りここに紹介している。
事例 1:排泄物の処理
―南アフリカ エンバイロ・オプションズ社(Enviro Options (Pty) Ltd.)
www.eloo.co.za
現在地球に住む人口の半数(30 億)は、清潔な飲料水を入手できない状況にある。南ア
フリカのエンバイロ・オプションズ社は、水や化学薬品さらに電気を使用しないで排泄物
の処理をするトイレ「Enviro Loo」(以下、環境トイレとする)を開発し、土壌汚染を防ぎ
飲料水の確保に貢献している。従来の型と比べ、メンテナンスが容易で、排泄物を干上が
らせるので病原菌を含まない肥料としての再利用が可能である。1993 年以降 2 万 5 千の環
境トイレが南アフリカのみならずオーストラリアとギリシャで販売された。ほとんどのト
イレの設置費用は南アフリカ共和国政府または地方政府からの補助で賄われ、また個々の
プロジェクトは世界銀行、米国国際開発局、日本政府からの財政支援を受けている。この
環境トイレは、米国においても近年着手されており、特に汚物処理が実用的でない地域の
建設業や個人に使用されており、また米国陸軍工兵部隊も大きな関心を寄せている。環境
トイレは 3,550 ドルで小売されている。
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事例 2:空気の洗浄
―米国
エンバイロフィット・インターナショナル社(Envirofit International Ltd.)
www.envirofit.org
アジア、アフリカでは、従来 2 ストローク・エンジンが主流として 5 千万台以上の基本
的な車両や運搬車に使用されており、煙霧や排気による空気汚染が懸念されている。また、
汚染物質の排出が少ない 4 ストローク・エンジンは、単価が 1,000 ドル以上と、開発途上国
では法外な値段であることから普及していない。そこで、米国非営利団体は 250 ドルの安
価な値段で 2 ストローク・エンジンの排気を大きく削減する「改良装置セット」を開発し
た。メカの取り扱いが多少わかれば誰でも装着できるものである。試験的にマニラで行っ
た結果、89 パーセントの炭化水素及び 74 パーセントの一酸化炭素を減少させ、大気中の汚
染物質 80 パーセントを削減した。しかも 30 パーセントの燃費向上にもつながった。改良
装置セットの値段 250 ドルは、燃費向上のためタクシー運転手 1 人あたりが 1 年に節約で
きる石油価格とほぼ等しい額である。装置の部品は問題解決を目指した特定市場で製造で
きるよう設計されたので、雇用の機会を増やすことにもなった。ユネスコの世界遺産に認
定されているヴィガンでは、市政府が 3,000 社ものタクシー会社に 2007 年秋までに改良装
置セットに交換するように要請している。世界労働機構(WHO)によるとフィリピンでは
大気中の汚染物質が原因とされる早期死亡が毎年 2,000 件報告されており、その結果年間 4
億 3 千万ドルの経済負担がかかっている。フィリピンでの試みがうまくいけば、アジアそ
して世界の他諸国にとってのよい成功例になるだろう。
事例 3:太陽利用
―インド
SELCO ソーラー・ライト・プライベート社(SELCO Solar Light Private
Ltd.)
www.selco-india.com
電力は世界でもっとも貧困に苦しんでいる人々の生活を大きく前進させるが、離村へ引
こうとすると多大な費用がかかるインフラを整えなければいけなかった。また、光起電力
技術のコスト低減で電力線が届いていない地域では太陽光線を使って経済的に発電できる
ようになったとはいえ、安価な太陽発電を必要とする最も貧しい世帯では、その発電シス
テムを購入するための資金の調達が必要であった。インド全域に 25 のセンターを持つこの
会社は、太陽発電システムのテクノロジーの販売活動に終始するのみならず、地元銀行や
マイクロファイナンスと提携して購入資金の調達を支援し、また地元企業とも連携してロ
ーンを返済していくための収入を得る手立てを講じるなど、テクノロジーによって地域全
体の社会変化や生活の向上が達成されるように働きかけている。このことは、すでに 5 万 5
千人の貧しい人々が購入し支払いを達成していることが証明している。
「使用者である最も
貧しい人にとって経済的恩恵は非常にシビアな問題である分、彼らのニーズを聞き、新し
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いテクノロジーが生み出す収入に見合った資金調達のメカニズムを具体的に提供すること
ができれば、
(ビジネスとして)うまくいく」と、創立者であり社長のハンデ氏は情熱的に
コメントしている。
事例 4:栄養強化
―カナダ
マルニュートリション・マターズ(Malnutrition Matters)
www.malnutrition.org
開発途上国の多くの村落では、手ごろな値段で入手可能でしかも確実な電力がないため、
季節ごとの余剰農産物を貯蔵保存する手段を欠いており、その多くが無駄になってしまう。
カナダの非営利団体マルニュートリション・マターズは、大規模な NGO やビジネス私企業
(南アフリカの会社)と提携して無電力の食料貯蔵システム「ヴィタ・ゴート(VitaGoat)」
を製造し供給している。この団体はもともと小規模な食品加工処理機器を開発しており、
ヴィタ・ゴートは自転車のペダルを利用して作物を砕く。さらに、地元で調達可能な燃料
(木材、石炭、ガスなど)によってボイラーを稼動し食品を加工するしくみになっている。
ギニア、モザンビークやチャドにおいて初期段階に試行された結果として、ヴィタ・ゴー
トは毎時 20~40 リットルの豆乳などを生産し、また毎時 6 ~12 キロのコーヒーなど粉に
ひいた食品を生産した。つまり数時間システムを稼動させれば、500~1,000 人に供給でき
るだけの量を生産できることになる。またこのことは、食品を貯蔵・保存する用途の範囲
を超え、ビジネスとして利潤を生み出すことを可能にした。
事例 5:世界にひらかれた教育
―米国
マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)
www.ocw.mit.edu
世界のトップ・クラスの研究機関である米国マサチューセッツ工科大学は、経済的にも
物理的にも質の高い教育を受けることにほど遠い何十億の人々に向けて、その障壁を低く
するねらいで実際の正規受講コースの内容を無料でインターネット配信している。これは、
「公開コースウェア(OpenCourseWare)プロジェクト」と呼ばれ、現時点でマサチューセ
ッツ工科大学の 5 学部すべてと 34 学科から、1,400 以上のコースで実際に使われている講
義内容・教材をネットで公開している。クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)19に
よるライセンスの下、非商業体や非営利団体であれば世界のどこでも誰でも、公開コース
ウェアのホームページで扱っている講義内容・教材を(ライセンスが求めている条件で)
複写や翻訳または修正・変更してもよいことになっている。2 名の常勤職員が内容掲載許可
等に携わっており、昨年 10 月度だけで 3,000 件以上の知的財産権を扱っている。時を経る
ことにより、プロジェクト発足当初は懐疑的だった姿勢から支援する方向に変わってきて
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創造的な活動に対してリーズナブルな料金でライセンスを提供することをミッションとする
国際的 NPO。2001 年設立。 http://creativecommons.org
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いる教授も増え、また研究成果や自己 PR のよい告知手段として 73 パーセントの教授陣が
自発的に公開コースへ講義内容・教材を提供している。
事例 6:非識字との戦い
―米国
デザイン・ザット・マターズ社(Design That Matters Inc.)
www.designthatmatters.org/k2
西アフリカのマリでは、意欲のなさではなく書籍や電気といった資源が不足しているこ
とが非識字を引き起こしている。米国デザイン・ザット・マターズ社は米国有名大学の学
生や企業ボランティアを組織・結成し、太陽電池と発光ダイオード(LED)を使ったマイク
ロフィルム映写機を開発して非識字克服に取り組んでいる。この映写機「キンカジョウ・
プロジェクター(Kinkajou Projector:南アフリカの夜行性動物の名前がつけられている)」
は、書籍の内容がマイクロフィルム(1 万ページが 12 ドルのフィルム 1 本)に入っており、
スクリーンに映写することで、数多くの人が同時に読める仕組になっている。夜間でも電
気のない教室で使え、しかも低コストでのメンテナンスが可能である。資金源は、寄付金、
私基金、特許収入、開発機関や後援企業など多岐に亘る。目標価格は(1 万台またはそれ以
上の製造規模で)1 台 50 ドルで、この映写技術は 2007 年 1 月までに年間 5 万人の読み書き
の助けになると推定されている。このプロジェクトを通して住民が修理技術者や教室の教
師に使い方を指導する技術指導者になるための訓練を受けることで、マリの将来に雇用の
機会をもたらすであろうと考えられている。
事例 7:安価なワクチン
―キューバ/カナダ
ヒブ・ワクチンチーム(Hib Vaccine Team)
gndp.cigb.edu.cu/
先進工業国を除く多くの国では医薬品がきわめて高価なため、病原菌を原因とする病気
が相変わらず貧困者の死亡に大きく関係している。ヘモフィルス・インフルエンザ菌 B 型
(Hib)が原因で毎年 50 万人以上の幼児が亡くなっている。90 年代に新しいワクチンが Hib
による細菌性の髄膜炎や肺炎を劇的に減少させたが、その薬剤の費用は高く、世界のほと
んどの子供に届かなかった。1994 年にキューバのハバナ大学とカナダのオタワ大学の科学
者から成るチームは、低コストで工場製造でき、発展途上国の人が今までと比べかなり安
価に入手できるワクチンの開発に取り掛かった。抗原の複製を化学合成させたワクチンを
作り出し、その安全性も証明されて使用認可が出た。現在ワクチンは、ハバナにあるキュ
ーバ政府機関である遺伝子工学及び生物工学センターが運営する工場で製造されている。
昨年キューバでは、100 万人以上の幼児がワクチン接種を受けることができた。初期の研究
は世界保健機構(WHO)が資金助成をしており、米国特許が認可されたおかげで、大学と
研究チームは現在、技術ライセンス収入を得られるまでに至っている。
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事例 8:見る補助
―イギリス
アダプティブ・アイケア社(Adaptive Eyecare Ltd.)
www.adaptive-eyecare.com
WHO によると世界で 10 億の人々が(およそ 6 人に 1 人の割合で)、何らかの視力調整を
必要としながら手に入らない状態にある。検眼士を養成するには時間と費用がかかり、ま
たレンズの製造設備も高価である。イギリスのオックスフォード大学の教授で発明家のジ
ョシュア・シルバーは、低コストで製造できて検眼士の補助なしで使用者自身が視力の調
整が出来る眼鏡を発明した。薄いマイラー・フィルム20と無色シリコンでできた適合レンズ
は、視力検査表を見ながら使用者がポンプの働きを使い液体をレンズに送り込んだりある
いは引き出したりしながらレンズの厚さを変え視力度の調整を行う。調整後、調整器を取
り外すとレンズは密封され調整されたままになる。この適合レンズ開発の取り組みは 1985
年から始められ、大規模なテスト結果が 2003 年に出版された。現在 20,000 セット以上が中
国で製造されアフリカに配達されている。アダプティブ・アイケア社は発展途上国に安価
な視力ケア用品を提供することをミッションとしており、成人識字を向上させる取り組み
を支援するガーナ政府教育省のプログラムを通して、世界銀行がガーナでの最初の実装に
資金援助した。現在世界銀行は、この適合レンズを入手するための小規模融資プログラム
を開発中であり、また米国政府はアンゴラやジョージアの人道支援の一環として 8,000 セッ
トを購入した。
事例 9:児童労働の削減
―パキスタン
センター・フォー・ザ・インプルーブメント・オブ・ワーキング・
コンディションズ・アンド・エンバイロメント (Centre for the Improvement of
Working Conditions & Environment)
www.ciwce.org.pk
多くの開発途上国において機織りは伝統的な産業である。パキスタンでは、30 万人にお
よぶ機織職人のほとんどが女性や子供であり、細かな作業に適した器用で細い指で、床に
身をかがめて織っている。パキスタンのこの団体によると、パンジャブ地方では 5~14 歳
の児童 10 万人が機織り職人として働いている。児童労働削減のためこの団体では、大人で
も子供と同じくらいの速さと容易さで扱える新しい人間工学に沿った機を開発した。国際
労働機関(ILO)から児童労働削減のための助成プロジェクトで 30 台の機が与えられ 2 年
間使用したところ、児童労働者は 60 パーセントから 10 パーセントへ減少し、また労働者
は仕事が原因で起こる健康的問題が少なくなったと感じている結果となった。また全員の
生産力が高まり、60 パーセントの収入が向上した。経済的示唆や実行可能性について検討
の余地はまだあるのだが、パンジャブ政府は現在二つの事業展開を計画している。児童労
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米国デュポン社により開発されたポリエステルフィルム。
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働を余儀なくされているまたはカーペット製造により生計を立てているような家族を NGO
が選別して 10,000 台の織機を支給し、分割払いで費用の 30~50 パーセントの返済を見込ん
でいる。また、農村部のカーペット工場 1,200 箇所に各 10 台の織機を導入し、向こう 5 年
間での返済を見込んでいる。
事例 10:デジタル格差の橋渡し
―ブラジル
セミナ(CEMINA)
www.radiofalamulher.com
世界規模でインターネットが発達してきたことに伴い、インターネットへのアクセスを
持たないため教育や経済的機会に恵まれない地域との間に、デジタル格差が生じている。
他の多くの開発途上国と同様に、ブラジルではインターネットにアクセスすることができ
る状況にあるのは人口のわずか 15 パーセントである。ジェンダーに関わる思想伝達、教育
や情報の分野に取り組む非営利団体セミナは、インターネットのアクセス、電話によるサ
ービス、コンピューター訓練及び他のテクノロジーを基本とするサービスを貧しい人や労
働者階級に供給し、デジタル格差の橋渡しをしている。今日、セミナによって訓練を受け
た女性がブラジル国内の 400 のラジオ局へラジオ番組を配信している。また、ユネスコや
ケロッグ基金、ソフトウェア会社などから資金援助を受け、ラジオのローカル局との連携
で 12 の電話センターのネットワークを立ち上げ、男女問わずインターネットのコンテンツ
等へのアクセスを提供し、またソフトウェアや e メールが使用できるようトレーニングを行
っている。この電話センター・プログラムは、女性向けのデジタル格差を解消するための
1999 年事業を発展させたもので、デジタルの世界へのアクセスを貧しい農村の女性に与え
ただけではなく、使用者の女性同士がお互いにネットワークできる機会や、社会や生活の
問題に関して議論する機会を与え、集合的な行動まで結びつけた。またある電話センター
は、1,600 人の会員がその地方の最低賃金の 1 パーセントにあたる額を献金するのと引き換
えにインターネットへのアクセスを提供し、財政、ヘルスケア、教育その他の分野につい
て専門的なサービスを受けられるようにしている。
以上
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