基礎科学と臨床医学の 架け橋をめざして

東京大学医科学研究所 幹細胞治療研究センター
5周年レポート
基礎科学と臨床医学の
架け橋をめざして
─
2008
2012
年度
東京大学医科学研究所
幹細胞治療研究センター5周年レポート
基礎科学と臨床医学の
架け橋をめざして
2008−2012 年度
発行
│ 2013 年 11月 26 日
連絡先
│ 東京大学医科学研究所
幹細胞治療研究センター 運営事務局
〒 108-8639 東京都港区白金台 4-6-1 tel│03-5449-5331
e-mail│[email protected]
HP│http://stemcell-u-tokyo.org/
制作協力 │ サイテック・コミュニケーションズ
デザイン │ マツダオフィス
©Center for Stem Cell Biology and Regenerative Medicine
無断転載を禁じます。
東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター
ごあいさつ
幹細胞とは?
▶ 幹細胞は自己複製能と多分化能をもつ(造血幹細胞の例)
自己複製能
造血幹細胞
前駆細胞
幹細胞とは、分裂により自分と同じ細胞をつくり出せ
る能力(自己複製能)と、さまざまな細胞に分化できる能力
(多分化能)をもっている細胞のことです。
私たちの体の中には、種々の血液細胞をつくり出す「造
血幹細胞」や神経細胞のもととなる「神経幹細胞」
、骨・
脂肪・筋肉などの組織をつくり出す「間葉系幹細胞」など
の幹細胞があります。これらを体性幹細胞(または組織幹細
巨核球と
血小板
胞)と呼びます。
一方、近年の技術の進歩により、体内には存在しない幹
細胞を人工的につくり出すことが可能になりました。そ
顆粒球
赤血球
マクロ
ファージ
樹状細胞
NK細胞
T細胞
B細胞
▶ 多能性幹細胞は人工的につくられる
の 1 つは胚性幹細胞(ES 細胞)で、受精卵が胚盤胞という
段階まで成長したところで細胞を取り出し、一定の条件で
胚性幹細胞(ES細胞)
受精卵
多能性幹細胞
胚盤胞
培養することによって得られます。ただし、これは 1 人
の人間に育つ可能性のある胚盤胞を破壊してつくるという
5∼7日
倫理的問題があります。もう 1 つは人工多能性幹細胞(iPS
細胞)で、皮膚などの細胞にいくつかの遺伝子を加えて培
養することで得られます。ES 細胞と iPS 細胞の性質は似
神経細胞
培養
ES細胞
筋細胞
人工多能性幹細胞(iPS細胞)
ており、どちらも非常に幅広い細胞に分化する能力をもっ
血液細胞
ています。このため「多能性幹細胞」と呼ばれます。
当センターでは、これらの幹細胞を作製する技術、利用
する技術を開発し、それを臨床の場で使えるようにするた
成人皮膚細胞
培養
iPS細胞
肝臓細胞
めの研究を進めています。
幹細胞治療のレベルアップに
貢献してきた5年間
から血小板をつくることにも成功しています。一方、細胞傷
患者さんに適用できるようになります。さらに、がんだけで
胞だけでなく、さまざまな幹細胞を使った治療法の開発に役
東京大学医科学研究所では、それ以前から幹細胞に関する基
害性 T 細胞(CTL)をバンクとして用意しておき、幹細胞移
なく自己免疫疾患や重篤なアレルギーも、幹細胞治療の対象
立っています。さらに、当センターでは、多くの優秀な人材
礎研究が行われており、優れた成果が蓄積されていました。
植後の合併症を治療する方法も、臨床試験が間近です。iPS
となりえます。
を育成し、国内外の研究機関に送り出してきました。
一方、医科学研究所附属病院では、臍帯血移植と骨髄移植を
技術を利用することで CTL を若返らせる方法が基礎研究で
中心に幹細胞を用いた先端医療に早くから着手していまし
た。そこで、基礎の研究者と臨床の研究者が一堂に会するこ
幹細胞治療研究センターは、2008 年 4 月に誕生しました。
当センターは、基礎と臨床の研究分野・領域のほかに、ス
基礎と臨床の架け橋となる研究で多くの成果をあげてきた
開発されており、これと組み合わせることで、CTL による
テムセルバンクと FACS コアラボラトリーという支援部門を
だけでなく、こうした地道な活動により、当センターはわが
治療法がさらに発展するものと期待しています。
もっています。ステムセルバンクは、iPS 技術を広く普及す
国の幹細胞治療のレベルアップに貢献してきたと自負してい
臍帯血移植と骨髄移植は、白血病をはじめとする病気の治
るために講習会などを行う一方、病態解析や治療法の開発に
ます。今後も、幹細胞治療の発展のために尽力してまいりま
療に大きな効果がありますが、事前に化学療法や放射線療法
活用していただくため、さまざまな疾患の患者さんの細胞か
すので、ご理解とご支援をいただけますようお願いします。
当センターの第一の目標は、基礎研究の成果を臨床に活か
でがん化した細胞を死滅させておく必要があり、それが患者
ら iPS 細胞を作製しています。また、FACS コアラボラトリ
すことです。すでに、最初の臨床応用として、間葉系幹細胞
さんの体に大きな負担となるため、高齢者には適用できない
ーでは、細胞の分析サービスを提供しています。こうした支
を用いて歯槽骨を再生する治療法の臨床試験が始まっていま
という問題があります。がん化した細胞を CTL でたたけば、
援は、医科学研究所内だけでなく東京大学全体、さらには大
す。また、血液細胞から iPS 細胞をつくることや、iPS 細胞
体への負担はずいぶん軽くなり、幹細胞による治療を多くの
学外をも対象としており、当センターが得意とする造血幹細
とで研究・開発を効率化することをめざし、当センターが設
置されたのです。
02
2013 年 11 月
中内啓光
センター長 03
目次
組織図/5年間の歩み
ごあいさつ
幹細胞治療のレベルアップに
貢献してきた5 年間 │ 中内啓光 … 02
幹細胞治療研究センター
Center for Stem Cell Biology and Regenerative Medicine
幹細胞治療分野
組織図/5 年間の歩み … 05
Division of Stem Cell Therapy
教授│中内啓光
リサーチハイライト
1
東條有伸教授に聞く
2
高山直也博士研究員に聞く
3
4
5
幹細胞制御領域
Laboratory of Stem Cell Regulation
歯を支える骨を再生してインプラントを可能にする… 06
特任准教授│服部浩一
止血する力をもった血小板をヒトiPS 細胞から作製 … 08
高橋聡准教授に聞く
ウイルス感染症に対する細胞療法の開発と
“CTL バンク”
の設立 … 10
准教授│Beate
7
小林俊寛博士研究員に聞く
特任准教授│渡辺信和
FACS Core Laboratory
Heissig
幹細胞プロセシング分野
Division of Stem Cell Processing
山崎聡助教に聞く
山本玲特任研究員に聞く
特任准教授│渡辺信和
Division of Stem Cell Dynamics
体内の
“敵”
を攻撃する免疫細胞を若返らせることに成功 … 11
6
FACS コアラボラトリー
幹細胞ダイナミクス解析分野
西村聡修研究員に聞く
造血幹細胞
“冬眠”
のしくみを明らかにし
白血病再発の原因解明につなげる… 12
病態解析領域
Laboratory of Diagnostic Medicine
准教授│
浩一郎
幹細胞移植分野
Division of Stem Cell Transplantation
教授│東條有伸
准教授│高橋 聡
血液細胞分化の
“定説”
に一石を投じる大発見 … 13
幹細胞シグナル制御分野
Division of Stem Cell Signaling
マウスの体内でラットのすい臓をつくらせる… 14
文部科学省
再生医療の実現化プロジェクト
教授│北村俊雄
ステムセルバンク
Stem Cell Bank
分野紹介
特任准教授│大津 真
(2013.3 現在)
幹細胞シグナル制御分野
造血器腫瘍の病態解明と新規治療薬開発をめざして│ 北村俊雄 … 16
幹細胞治療分野
基礎医学と臨床医学の架け橋となる新しい医療を│ 中内啓光 … 18
年
月
2008 年
1月
第 1 回幹細胞治療研究セミナー開催(~現在まで毎月 1 回開催)
4月
8月
幹細胞治療研究センター発足、各部門配置
幹細胞プロセシング分野
幹細胞を駆使して先天性疾患、希少疾患に取り組む │ 辻 浩一郎 … 20
幹細胞移植分野
難治性血液疾患を治療するための
幹細胞移植医療の実践と開発 │ 東條有伸・高橋 聡 … 22
2009 年
10 月
2010 年
3月
3月
幹細胞ダイナミクス解析分野
幹細胞の運命を左右する微小環境の役割を探る│ Beate Heissig … 24
4月
6月
幹細胞制御領域
プロテアーゼ活性による幹細胞動態および
組織再生制御機構の解明とその臨床応用 │ 服部浩一 … 26
ステムセルバンク
さまざまな細胞からiPS 細胞を樹立し研究と治療に役立てる│ 大津 真 … 30
2011 年
2012 年
04
4月
4月
10 月
11 月
質の高いサービスで幹細胞研究を支える│ 石井有実子 … 32
研究と教育 … 34
アウトリーチ活動 … 37
成果の社会還元 … 39
幹細胞プロセシング分野の分野長に辻准教授が就任
センター HP 完成、公開
京都大学幹細胞医学研究センター長 中辻憲夫氏に当センタ
ー教授を委嘱
組織改編(部門を分野に、分野を領域に)
第 1 回クリニカルリサーチフェロー説明会開催(~現在まで随
時開催、募集)
催(「Tokyo iPS /Stem Cell Symposium 2010」於東京大学安田講堂)
FACS コアラボラトリー
データ集
再生医療の実現化プロジェクト II 期(2008~ 2012)iPS 事業
東京大学拠点開始
11 月 「再生医療の実現化プロジェクト」主催国際シンポジウム開
病態解析領域
全国の医療機関と問題解決型の臨床研究を展開 │ 渡辺信和 … 28
できごと
2013 年
FACS コアラボアネックス開設
幹細胞ダイナミクス解析分野が追加され、分野長に Heissig
准教授が就任
ステムセルクラブ開催
米国ホワイトヘッド生物医学研究所の Rudolf Jaenisch 教授
が ERATO 訪問
2月
ERATO 成果報告会開催(一般公開)
4月
リサーチコーディネーター起用(ステムセルバンク)
7月
幹細胞プロセシング分野の分野長に大津准教授が就任
05
リサーチハイライト
1
❶骨髄細胞を局所麻酔下で
外来にて注射器により採取
東條有伸 教授に聞く
歯を支える骨を再生して
インプラントを可能にする
新たな臨床研究では、
確実性の高い骨再生が
期待される。
自己血清
❷分化誘導
上顎洞底挙上術
し そう こつ
歯のインプラント治療は、歯茎の中の骨(歯槽骨 )に人工歯を
しまっていることが多々あり、そのままではインプラント
埋め込むため、まるで天然の歯のように違和感なく物を嚙むこ
を埋め込むことができません。実際、歯槽骨が不足してい
とができます。しかし、土台となる骨がしっかりしていないと、
るためにインプラントができないという人は、国内に約 10
インプラントを埋め込むことはできません。各務秀明特任准教
万人いるといわれています。
授(先端医療研究センター分子療法分野)、東條教授らは、インプラ
現在、足りない歯槽骨を補う方法として、本人の腰や顎
ントを可能にするための歯槽骨の再生法を開発し、2011 年 4
から骨をとってきて、その骨を歯槽骨の不足している部分
月より臨床試験に入りました。これまでインプラントをあきらめ
に移植する手術が行われていますが、この方法では手術に
ていた人たちにも、より負担の少ない方法で治療を行える日が
よる患者さんへの負担が大きい上、何年かすると移植した
着実に近づいています。
骨が体内に吸収されてインプラントが脱落するというケー
骨をつくる細胞
❸培養骨の移植
歯槽骨の再生
再生骨
❹インプラント手術
歯槽提増大術(下あご)
スも見受けられます。そこで私たちは、歯槽骨が不足して
患者さんの骨を取る必要がなく、
細胞によりインプラント治療に必要な骨を再生する。
―― まず、本研究に取り組まれた背景を教えてください。
いる人にもインプラントができるよう、歯槽骨の再生法を
歯は「歯槽骨」という骨に支えられています。インプラン
開発しています。
トでは、歯を失った場所の歯槽骨に人工歯を埋め込むため、
―― どのようにして歯槽骨を再生するのですか?
入れ歯やブリッジと比べて、よりしっかりと固定されるのが
私たちの方法では、患者さんの骨髄を使って、歯槽骨を
最大のメリットです。しかし、インプラントを必要とするの
再生します(図 1)。骨髄にはおもに、血液をつくる細胞(造血
は年配の方が多く、歯周病などによって歯槽骨の量が減って
幹細胞)と、骨や軟骨などの源となる細胞(間葉系幹細胞)が含
ンプラントを埋める段階にきています。残りの 3 名はこれ
のがあり、インプラントを行うために明らかに歯槽骨の再生
まれています。白血病の治療などで行われる骨髄移植では
から骨芽細胞の移植を行う予定です。脱落例は 1 つもなく、
が必要であることのほか、ウイルス感染の有無や合併症など
造血幹細胞を移植しますが、歯槽骨の再生には間葉系幹細
順調に進んでいます。
内科的な条件もクリアしなくてはなりません。今回の臨床試
胞を使います。
実は、今回の臨床試験に先行して、2004 年から 5 年間、
験では、直接応募されたり病院から紹介を受けたりして、数
実際には、まず患者さんの体内から骨髄液を採取し、間
実用化に向けた技術開発を目的とした臨床試験を行いまし
十名の患者さんが集まりましたが、審査過程で大部分の患者
葉系幹細胞を分離します。試験管の中で間葉系幹細胞を培
た。そのときは、参加した 10 名の患者さんのうち 2 名は、
さんが除外されました。
養して、骨をつくる細胞(骨芽細胞)に分化させます。その細
試験管内で間葉系幹細胞が増えず、骨芽細胞に分化させるこ
―― 今後の展望をお聞かせください。
胞を歯槽骨の不足している部分に移植すると、その部分で
とができませんでした。細胞の培養方法が最適ではなかった
目標は、保険診療との併用が可能な「先進医療」として歯
骨が形成され、しだいに歯槽骨が増えてくるのです。
のです。技術的な話になりますが、間葉系幹細胞から骨芽細
槽骨の再生医療を実用化することです。歯の欠損は、命の危
骨髄液は、腰の骨に針を刺して採取することができ、手
胞に分化させるには、いろいろな培養条件を試して、どの条
険にすぐつながるものではありませんが、歯がないと、食べ
技に要する時間は 10 -15 分程度ですみ、入院の必要もあり
件が適しているかを調べる必要があります。これはとても手
ることや話すことが不便になるので、QOL の観点から見る
ません。実際に必要な骨髄液は 20 cc ほどです。ただ、試験
間のかかる仕事ですが、研究員の方々が、前回の臨床試験の
ととても重要です。
管内で細胞を培養するためには本人の血清を加える必要が
課題をクリアするために、最適な培養条件を見いだしてくれ
また、この技術は歯槽骨の再生だけでなく、難治性の骨折
あり、血清を得るために患者さんから 400 cc の血液を採取
ました。そうした縁の下の力持ちがいることも、今回の臨床
や骨関節性疾患などの治療にも展開することができます。現
しなくてはなりません。とは言え、従来のように腰や顎か
試験の実施に結びついています。
在、医科学研究所では骨髄から軟骨を再生させるための研究
ら骨を削り取るわけではないので、患者さんへの負担は格
また、今回の臨床試験にあたって医科学研究所附属病院内
も行っています。例えば、血友病の患者さんは、子どものこ
段に少なくなります。
に歯科専用の外来診療室を整備し、また、附属病院先端診療
ろから膝などの大関節で出血を繰り返すため、しだいに軟骨
―― 臨床試験に入ったということですが、進 具合はいか
部に歯科診療部門をおいて、各務特任准教授や懸秀樹特任助
が変形して、関節の動きが悪くなっていきます。症状が進行
教(現長崎大学歯学部)、井上実特任研究員が実際の診療にあた
すると、手術をして人工関節をつけることもあります。この
っています。
ような患者さんに対して、間葉系幹細胞から分化した軟骨細
―― 臨床試験を進める上で難しい点はありますか?
胞を関節に移植すれば、軟骨を再生させることができます。
がでしょうか。
2011 年 4 月に臨床試験(第Ⅰ・Ⅱ相試験)を開始しまし
た。現在、15 名が試験に参加し、11 名が細胞移植を
終え、そのうち 8 名はすでに歯槽骨の再
生が確認され、イ
06
図 1│歯槽骨再生治療の流れ
まず患者さんから骨髄を採取し、間葉系幹細胞を分離する( ❶ )
。試験管内で間葉系幹細胞から骨芽細胞(骨をつくる細胞)に誘導し( ❷ )
、骨芽細胞を移植すると、歯槽骨が再生してく
る( ❸ )
。そこにインプラントを埋め込む( ❹ )
。右下の下あごの CT 画像では、矢印のところで歯槽骨が再生されているのがわかる。
早期臨床試験は、一般に適格性のある候補症例を集めるの
こうした応用もめざして、研究を進めています。
に苦労します。臨床試験には、登録基準や除外基準というも
※東條教授は幹細胞移植分野の分野長。
07
リサーチハイライト
2
高山直也 博士研究員に聞く
造血前駆細胞
未熟巨核球
(4-8N)
巨核球前駆細胞
(2N)
0 sec
止血する力をもった血小板をヒトiPS細胞から作製
しきい値
c-MYC 発現
将来の供給不足に備え、
安全で安定した輸血のソースとして
18 sec
10 µm
0
5
9.1
9.9
10.5
11.8
14.4
18
GPIbα+vWF+ 成熟巨核球
図 1│c-MYC によるヒト巨核球の増殖/成熟モデル
c-MYC が増加することで、巨核球前駆細胞が増加する。その後、c-MYC が上昇し続けると、がん抑制遺
伝子(INK4A や ARF)が誘導されて、巨核球は未熟なまま細胞死に至る。一方、c-MYC が低下すると、
GATA1 やβ 1 チューブリンの発現が上昇し、巨核球は成熟する。
人工多能性幹細胞(iPS 細胞)は体をつくるさまざまな細胞に
c-MYC の発現上昇が未熟な巨核球増殖を促進する一方、成
分化させることができるため、再生医療に必要な細胞や組織
熟過程においては c-MYC の発現低下が必須であることを見
をつくるためのソースとして期待されています。望みの細胞に
いだしました。血小板は、成熟した巨核球がちぎれてでき
分化させる技術は世界中で研究されていますが、生体内でち
るので、この発見は iPS 細胞からの効率のよい血小板作製の
ゃんと機能する血球細胞に分化させることはこれまで実現さ
大きな手がかりとなりました。
立するために導入した初期化因子が、再活性化されないよ
れていませんでした。高山博士研究員らは、分化の際に働く
──もう少し詳しく教えて下さい。
うにする必要があります。そのために、産業技術総合研究
遺伝子を詳しく調べることで止血機能をもつ血小板をつくるこ
うに活かされたのですか?
まず、この予想を確認しました。それには、iPS 細胞を樹
私たちは以前に、ヒト iPS 細胞と同じ多能性幹細胞であ
所の中西真人先生のご協力で、センダイウイルスを用いて
る、ヒト胚性幹細胞(ES 細胞)から血小板が産生する過程を
iPS 細胞を作成しました。このウイルスは宿主細胞の遺伝子
試験管内で観察できる系を確立していました。それを用い
に組み込まれないため、初期化因子が組み込まれない(つま
── iPS 細胞から血小板をつくるという研究に取り組まれ
て、
20 株以上のヒト iPS 細胞を巨核球へ分化誘導したところ、
り分化させても初期化因子が再活性化しない)まま、iPS 細胞を樹立
たきっかけは?
とに成功しました。
10 µm
図 2│マウス生体内での血栓形成
レーザー照射により、血管内皮を傷つけると、ヒト iPS 細胞由来血小板
(赤)が傷害部位に粘着し、血栓をつくって止血する働きをする。
きたため、今回の事象に気づくことができました。
また、私たちは、ヒト ES 細胞で巨核球を増殖させる因子
4 因子により樹立されたクローンで有意に巨核球/血小板の
することが可能です。この細胞から造血前駆細胞を誘導し、
血小板は生体内のホメオスタシスを保つために必須の無核
産生効率が高いことがわかったのです。iPS 細胞樹立時に用
望むときにだけ c-MYC を発現させることのできる手法を用
の探索を並行して行っており、c-MYC が候補の 1 つとして
の機能細胞です。抗がん剤治療や骨髄移植後の致命的な血小
いた初期化因子がどのように活性化されているかを調べた
いて確認実験を行ったところ、c-MYC は未熟な巨核球の増
あがっていました。こうした知見も今回の発見につながって
板減少、先天性血小板減少症の大量出血に対しては、血小板
ところ、4 因子で初期化した細胞株のすべてに c-MYC 遺伝
殖過程のみを促進し、成熟過程においては c-MYC の急激な
おり、研究を行う上で複数のアプローチが重要であることを
輸血が唯一の対症療法ですが、現在はすべて献血に依存して
子の再活性化が認められ、巨核球の誘導に c-MYC が関与し
発現低下が必須であることを確認できました(図 1)。
改めて認識しました。
います。
ていると考えられました。
この結果を踏まえて培養条件を決め、ヒト iPS 細胞を培養
──今後、本研究をどのように展開していきたいと思ってお
られますか?
しかし、日本では献血者が急激に減少しており、世界的に
そこで、造血前駆細胞に初期化 4 因子をそれぞれ単独で
したところ、巨核球および血小版へと誘導することができ
は HIV などのウイルスに汚染された献血者が増加している
導入し強制発現させたところ、c-MYC 導入細胞のみが一過
ました。さらに、東京大学大学院医学系研究科循環器内科
ため、献血に代わる安定した輸血ソースを開発する研究が求
性に未熟な巨核球を大量に産生し、その後、急速に細胞死
の西村智先生のご協力のもと、高速撮
安定供給可能なソースとして期待されていますが、多能性幹
められています。また、繰り返し血小板輸血を行うと、ドナ
を起こすことがわかりました。ただし、これらの細胞から
影可能な高解像度共焦点顕微鏡を
細胞から巨核球への誘導効率は低く、臨床応用に向けてのボ
ーの血小板膜上に発現するヒト白血球型抗原(HLA)に対す
の血小板放出は驚くほど低いものでした。
ヒト多能性幹細胞は試験管内で安定的に増殖可能であり、
用いて、産生されたヒト iPS
トルネックになっています。巨核球前駆細胞段階で、試験管
る抗体が産生され、血小板輸血が効かなくなってしまうとい
その理由を突き止めるため、私たちは c-MYC を含む 4 因
細胞由来血小板が、マウ
内で安定して増殖可能であれば、この問題は解決できるはず
う問題もあります。そうなると、HLA が一致しているドナ
子で樹立した複数の iPS 株を詳細に比較しました。すると、
ス生体内の傷害血管壁で血
です。現在、私たちは、c-MYC 強制発現系から得られた知
ーに献血をお願いして作製した血小板製剤を輸血する必要が
いずれも巨核球数は増えますが、最終段階の血小板放出時
栓形成に寄与することも確
見をもとに、c-MYC 導入により誘導される細胞死誘導因子
ありますが、HLA の一致したドナーをいつも確保すること
に、1 個あたりの巨核球からの血小板放出に差があること
は非常に困難です。
が判明しました。それぞれの遺伝子発現の特徴を調べると、
──今回の発見がなされ
c-MYC はさまざまながんの原因遺伝子として有名ですが、
血小板を多く産生する細胞株では、成熟巨核球に発達して
た背景として、特筆すべ
血小板は無核であり、輸血時に放射線照射や輸血フィルター
ヒト iPS 細胞は試験管内で無限に増殖可能であること、
認できました(図 2)。
を抑制することで、巨核球前駆細胞株作製を試みています。
HLA の一致した細胞を提供できることから、免疫学的に拒
いくにつれ c-MYC 発現が減少していました。一方、c-MYC
きことは?
を通すことで、がん化の原因となる有核細胞を排除すること
絶を受けない血小板を安定して産生することができるソース
の発現が高く維持されている細胞株では、1 個の巨核球あ
iPS 細胞誕生以前は、利用
が可能です。将来的な輸血医療への貢献が期待されます。
として注目しました。
たりの血小板数が減少していました。c-MYC の発現が高
できるヒト多能性幹細胞はヒ
──ヒト iPS 細胞から血小板をつくるのに成功した秘訣は
く維持されることで、巨核球成熟に必須な転写因子である
ト ES 細胞のみでしたが、技術
何ですか?
GATA1 の発現が抑制されて成熟が阻害され、同時に生体防
的、倫理的な問題による樹立の
御機構の 1 つであるがん抑制遺伝子(INK4A や ARF)が誘導さ
制限があり、複数の株を比較
一口に「ヒト iPS 細胞」といいますが、つくり方によって
少しずつ性質は異なります。私たちは、ヒト皮膚細胞に初期
れて、細胞死に至ることも確認しました。これらの結
化因子を 4 因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC)または 3 因子
果から、c-MYC は未熟な巨核球の増殖を促進する
(c-MYC を除く)導入することにより、20 株以上のヒト iPS 細
一方で、血小板への分化を阻害していると予想し
胞を樹立しました。そして、これらのヒト iPS 細胞株から試
ました。
験管内で血小板が産生される効率を比較することによって、
──その予想は、実際の血小板づくりにどのよ
08
することが困難でした。iPS
細胞では、比較的容易に
複数の細胞株を樹立で
きます。これにより、
複数の株を比較で
発表論文
• Takayama N., Nishimura S., Nakamura S., Shimizu T., Ohnishi R.,
Endo H., Yamaguchi T., Otsu M., Nishimura K., Nakanishi M.,
Sawaguchi A., Nagai R., Takahashi K., Yamanaka S., Nakauchi H. and
Eto K. Transient activation of c-MYC expression is critical for efficient
platelet generation from human induced pluripotent stem cells. J Exp
Med. 207(13): 2817-30, 2010.
※高山 博 士 研 究 員 の 現 在 の 所 属 は Ontario Cancer Institute, University Health
Network。この論文は、当センター幹細胞治療分野に所属していたときに発表
したもの。
09
リサーチハイライト
リサーチハイライト
3
4
高橋聡准教授に聞く
西村聡修研究員に聞く
ウイルス感染症に対する細胞療法の
開発と“CTLバンク”の設立
体内の“敵”を攻撃する免疫細胞を
若返らせることに成功
かつては不治の病と言われた白血病も、今では骨髄や臍帯
をつくるには何ヵ月もかかるので、感染症にかかってから
「細胞傷害性 T 細胞(CTL)」は、異物やがんなどから身を守
ん。CTL は、理論的には 1015 と天文学的な数の種類があり、
血の移植によって、生存率が向上しています。とは言え、移
CTL をつくるのでは間に合いません。かといって、患者さ
るための免疫システムの一員で、体内を巡回し、異物を見つ
それぞれの CTL は攻撃する相手が決まっています。その中
植後にウイルス感染症にかかるなどして、命を落とす例もい
んがどのウイルスに感染するかを予測するのは難しく、何種
け出して破壊しています。しかし、がんや慢性感染症に侵さ
から、目的とする病原体を攻撃するものを選ぶのは、まさに
まだゼロではありません。高橋准教授らは、難治性のウイル
類もの CTL を事前につくっておくのは、むだが多すぎて現
れていると、CTL は働きすぎて疲弊し、攻撃力が弱まってし
砂漠の中からダイヤモンドを見つけるようなものです。
ス感染症を治療するための細胞製剤を開発し、そのバンク化
実的ではありません。
まいます。西村研究員らは、疲弊した CTL を若返らせること
特定の CTL からつくった iPS 細胞には、すでに遺伝子レ
をめざしています。
そこで私たちは、ドナーではない第三者の血液から何種
に成功しました。がんや慢性感染症の画期的な治療法の開
ベルで病原体への特異性が刻み込まれています。そのため、
類かのウイルスを攻撃するCTLをつくり( 図 1)、それを細胞
発につながる成果です。
患者さんから採取した CTL を iPS 細胞にして、CTL に戻す
―― 本研究に取り組まれた背景を教えてください。
製剤として準備・保管しておく“CTL バンク”を設立しよう
白血病など難治性造血器疾患の治療には、骨髄や臍帯血
としています。第三者の CTL を使うと HLA 型の不適合によ
―― まず、本研究に取り組まれた背景を教えてください。
しかし、実際に研究を始めると、病原体への特異性を維持
を用いた造血幹細胞移植が行われますが、残念ながら、移
り GVHD が起こるのではないかと懸念されましたが、共
CTL の疲弊に対処するため、近年では、患者さんの CTL
したまま iPS 細胞を CTL に分化させるのは、とても難しい
植をしても亡くなる場合があります。その原因の半分は白
同研究をしている米国ベイラー医科大学が行った臨床試験の
を体外で増殖させてから、体内に戻すという「免疫細胞療
ことがわかりました。その方法を見つけるのに、とても苦労
血病などの再発、もう半分は移植による合併症です。おも
結果、HLA の一部を一致させるだけで、GVHD などの副作
法」が行われています。ただ、こうした方法では、CTL は
しましたが、結果的に非常にシンプルな方法で実現できたの
な合併症は、GVHD(移植片対宿主病)とウイルス感染です。
用はほとんど起きないことがわかりました。
しかも、投与した
増殖することでさらに疲弊・老化が進むため、数は増えても
で、臨床応用もしやすいのではないかと思います。また、こ
CTL は、患者さんの体内で何年も生き続けるため、患者さ
機能は低下したままです。そこで、疲弊した CTL を若々し
の方法でつくった CTL のテロメア(染色体の末端に位置し、細胞
者さんの体を異物と見なし、攻撃する反応です。GVHD の症
んの免疫機能の回復につながり、理想的な治療といえます。
い状態に戻す方法が求められていました。
分裂をするたびにその長さは短くなり、細胞の寿命を決めている)を調べ
状は皮膚の発疹、下痢、肝機能障害などで、日常生活に支
―― 今後の展望を教えてください。
―― どのようにして CTL を若返らせるのですか?
てみると、長くなっていることがわかり、若返りを証明する
障をきたすこともあるため、免疫抑制剤を使用して GVHD
1、2 年のうちに日本でも臨床試験を行いたいと思ってい
簡単にいうと、疲弊した CTL をいったん人工多能性幹細
ことができました。
を抑えます。しかし、免疫抑制剤を使いすぎると今度は感
ます。日本人に多い HLA 型をもつ健常な第三者の血液か
胞(iPS 細胞)にして、それを再び CTL に戻すのです。iPS 細
―― 今後の展望を教えてください。
染症にかかりやすくなり、これが致命的になることもあり
ら、5 つの主要な難治性感染症ウイルス(サイトメガロウイルス、
胞は、受精して間もない細胞と同様に、どんな細胞にもなれ
がんや慢性感染症に苦しむ患者さんの治療に応用したいと
ます。合併症の治療はまさに綱渡りのようなものなのです。
EB ウイルス、アデノウイルス、ヒトヘルペスウイルス 6 型、BK ウイルス)
る「多分化能」をもっており、細胞としてはきわめて若い状
思っています(図 1)。患者さんから取り出した CTL を若返
このような状況のもと、私たちは、GVHD を免疫抑制
に効く CTL をつくって、臨床試験を行う予定です。この方
態にあります。つまり、iPS 細胞を介することで、疲弊・老
らせるのには、4ヵ月くらいかかるので、例えば、従来の方
剤でコントロールしながら患者さんの免疫機能を回復させ、
法が確立すれば、感染症だけでなくがんの細胞療法にも応用
化した CTL を若返らせることができるのではないかと考え
法でつくった CTL をまず投与しておき、後から、若返らせ
最終的には免疫抑制剤をやめられる状態にもっていくこと
できます。できるだけ早く臨床試験に入れるように尽力して
ました。
た CTL を投与するというように、治療法を組み合わせるの
をめざしています。
いるところです。
わざわざ疲弊した CTL を使わず、iPS 細胞から直接 CTL
も 1 つの手だと思います。まずは、臨床試験に入れるよう
―― 患者さんの免疫機能はどのように回復させるのですか?
※高橋准教授の所属は幹細胞移植分野。
をつくったほうが早そうですが、実はそう簡単にはいきませ
に、動物実験で効果と安全性を調べていきます。
ウイルス感染症には、ウイルスの種類ごとに CTL(右ペー
各ウイルス由来の
ペプチド
ジ参照)をつくって投与するのが有効です。ただし、白血球
の一種である CTL には血液型よりはるかに
種類の多い HLA 型というものがあり、
一致していないと、ここでも GVHD
を引き起こす危険性があります。そ
のため、実際の治療には、移植
Mo
T
投与した CTL と患者さんの HLA 型が
T
B
12日間
T
T
Mo
培養
+IL-4 / IL-7
ウイルス特異的
図 1│iPS 細胞を介した CTL の若返りを利用し
た治療の可能性
患者さんの血液から分離した CTL を初期化し
て iPS 細胞にし(T-iPS 細胞)
、これを体外で増
やしてから、再び CTL に分化させると、若い
状態の CTL になる。若返った CTL を患者さん
に投与することで、免疫機能を高めることがで
きると期待される。
第三者からの
T-iPS 細胞
PBMC
る CTL を体外でつく
り、そ れ を 患 者 さ
んに投与します。
ただし、CTL
10
図 1│ウイルス特異的 CTL の作製
健常な第三者から採取した末梢血単核細胞(PBMC:免
疫系において重要な働きを担う血液細胞からなり、CTL
も含まれる)に、標的とするウイルス由来のペプチドを
加え、インターロイキン 4(IL-4)とインターロイキン 7
(IL-7)という物質を添加して培養すると、そのウイルス
を攻撃する CTL ができる。ウイルスごとに、違うペプチ
ド群を用いて 5 種類のウイルスに対応する CTL をつくる。
再分
化誘
導
T-iPS 細胞
CTL
ドナーの血液を使って、感染
したウイルスを攻撃す
増幅
体外
発表論文
• Nishimura T, Kaneko S, Kawana-Tachikawa
A, et al. Generation of rejuvenated antigenspecific T cells by reprogramming to
pluripotency and dedifferentiation. Cell
Stem Cell. 12: 114-126, 2013
若返った
抗原特異的 T 細胞
化
初期
GVHD とは、移植した骨髄などに含まれる免疫細胞が患
ほうが、臨床化をめざすには現実的なのです。
疲弊・老化した
抗原特異的 T 細胞
※西村研究員の所属は幹細胞治療分野。
11
リサーチハイライト
リサーチハイライト
5
6
山崎聡助教に聞く
山本玲特任研究員に聞く
造血幹細胞 “冬眠”のしくみを明らかにし
白血病再発の原因解明につなげる
血液細胞分化の“定説”に
一石を投じる大発見
骨髄に含まれる「造血幹細胞」は、血液細胞をつくり出す
らかになり、シュワン細胞が寝床であることを証明できまし
造血幹細胞から血液細胞がつくられる過程については、何十
大事な細胞です。山崎助教らは、造血幹細胞が枯渇しない
た。さらに、この結果をもとに、造血幹細胞の冬眠が引き起
年も前から信じられてきた分化モデルがあります。しかし、山
ための工夫として、“ 冬眠状態 ” になることを発見し、そのメ
こされるしくみを提案しました(図 2)。
本特任研究員らは、画期的なアイデアと高度な技術を用い
カニズムを明らかにしました。この成果は白血病再発の原因
―― 今後の展開について教えてください。
て、造血幹細胞の分化の過程を詳細に追跡することで、従
解明につながる可能性があります。
白血病は、白血病細胞(遺伝子変異を起こした造血細胞)が異常
来の定説を覆す重要な発見をしました。
に増殖することで引き起こされます。白血病細胞を生み出す
造血多能性
前駆細胞
造血幹細胞
自己複製能
T リンパ球
顆粒球
従来のモデル
赤血球
血小板
B リンパ球
顆粒球
自己複製能
赤血球
新しいモデル
―― 造血幹細胞の冬眠とは、どういうことですか?
もととなる細胞も、造血幹細胞と同様に、冬眠状態になる性
―― これまでの分化モデルとはどんなものですか?
造血幹細胞は骨髄の細胞のうち 0.004% しか存在しませ
質があり、化学療法や放射線治療の後に、寝床から出てきて
血液細胞には、おもに赤血球、血小板、顆粒球、Tリンパ球、
んが、赤血球や白血球、血小板など、さまざまな血液細胞
白血病を再発させるのではないかと考えられています。今回
Bリンパ球の5 系統があり、すべて造血幹細胞からつくられて
をつくり出す大事な細胞で、生きていく上で欠かせません。
の研究が手がかりとなって、白血病の再発を抑えるまったく
います。造血幹細胞は、分裂により自己と同じ細胞をつくり
ヒトの寿命である 100 年近くにわたって、造血幹細胞は血
新しい治療方法が見つかるかもしれません。TGF-βの働き
出せる能力(自己複製能)と、多様な血液細胞に分化できる能
液細胞を供給し続ける必要があるのです。
を人工的にコントロールし、造血幹細胞の分裂を促したり、
力(多分化能)をもっています。これまでは、造血幹細胞が自
細胞を長期間、供給し続けるための工夫の 1 つが冬眠で
逆にずっと寝かしておくことができないかといったことも、
己複製能を失って、少しずつ分化能が限定されていき、最終
なり血小板のみを産生するといった経路があったのです。
す。造血幹細胞は常に分裂して血液細胞をつくり出してい
今後、調べていきたいと思います。
的に 5 系統の血液細胞ができるという分化モデルが主流でし
つまり、今回の結果から、造血幹細胞の自己複製能の喪
た。ですが、この分化モデルは、これらの血液細胞が分化し
失は必須ではないこと、そして、段階的に分化能を失うと
てくる過程を体内で同時に解析して得られたわけではなく、
いう従来のモデルとは異なる、これまで知られていなかっ
必ずしも実験的に証明されているとはいえませんでした。
た血液細胞の分化経路が存在することが示されたのです。
―― その課題に取り組むために、どのようなアプローチを
―― 今回の成果は、
今後どのように発展していくでしょうか?
とられたのですか?
造血幹細胞からの分化モデルは、神経幹細胞や皮膚幹細
簡単にいうと、1 個の造血幹細胞をマウスに移植して、そ
胞など他の体性幹細胞を研究する際のモデルになっていま
の造血幹細胞がいつどのような細胞を産生するかを追跡しま
す。そのため、今回の成果はこれらの研究にも影響を与え
した。移植する造血幹細胞は、クサビラオレンジという蛍光
る可能性があります。
色素で 5 系統の血液細胞がオレンジ色に光るように標識して
また、これまでの分化モデルでは、造血幹細胞から「骨
おきます。例えば、移植して 1 週間後に末梢血をとり、顕
髄球系前駆細胞」と「リンパ球系前駆細胞」の 2 つに分か
微鏡で観察したときに血小板が光っていたら、それは移植し
れる経路があるといわれていますが、その点も実験で確か
た造血幹細胞からつくられたということがわかります。定期
めたいと考えています。造血幹細胞の分化経路をより正確
的に末梢血を解析することで、移植した造血幹細胞がどの段
に理解することは、分化の新たな
階でどの種類の血液細胞をつくる能力をもっているかを知る
分子メカニズムの発見につなが
TGF-β
結合分子
ことができます。
り、ひいては、幹細胞から特定
そうして解析したところ、従来の学説を覆す結果が得ら
の細胞をつくる技術の発展にも
活性化型
TGF-β
れました(図 1)。分化過程の初期の造血幹細胞と多能性前駆
貢献できると思います。
るわけではなく、分裂後に長い休みをとりながらときどき
働くことで自身を長持ちさせているのです。
冬眠状態の造血幹細胞は、骨髄の中にある “ 寝床 ” で休ん
でおり、寝床から外に出るとすぐに細胞分裂を開始すると
考えられてきました。しかし、その寝床がどこにあるのか、
造血幹細胞がどのようなメカニズムで冬眠に入るのかは、
発表論文
• Yamazaki S, Ema H, Karlsson G, Yamaguchi T, Miyoshi H, Shioda
S, Taketo MM, Karlsson S, Iwama A, Nakauchi H. Nonmyelinating
Schwann cells maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone
marrow niche. Cell. 147(5): 1146-58, 2011.
※山崎助教の所属は幹細胞治療分野。この論文は JST ERATO 研究員だったときに
発表したもの。
ほとんどわかっていませんでした。
―― 今回の研究でどのようなことがわかったのですか?
図 1│活性型 TGF-βを赤、血管細胞
を緑に染色した骨髄組織切片の写真
活性型 TGF-βを産生している細胞
(シュワン細胞)と血管が寄り添って
並走していることがわかる。
この寝床には造血幹細胞を寝かせる因子があるのではな
いかと考え、まず、その因子が何であるかを調べました。
その結果、TGF-βという物質が、造血幹細胞の分裂を抑え
ていることがわかりました。とな
ると、骨髄中で TGF-βが働いて
いる場所こそが、造血幹細胞の
寝床である可能性が高いと考え
られます。詳細に調べていくと、
造血幹細胞をニッチに
呼び寄せる細胞
骨髄内血管
細胞外マトリックス
間葉系幹細胞
造血幹細胞
驚くことに、骨髄中に存在する
TGF-β
結合分子
「シュワン細胞」という神経系細
TGF-β 受容体
胞の中に、活性型の TGF-βが存
在することがわかりました。
神経系細胞
ZZ
Z …
接着因子
さまざまな観察と解析を行
った結果、シュワン細胞は血
不活性化型
TGF-β
神経系細胞
造血幹細胞の
冬眠状態
管に寄り添うように存在し
(図 1)
、その近くに造血幹
細胞が存在することが明
12
血小板
図 1│血液細胞の分化モデル
従来のモデルでは、造血幹細胞は多分化能を維持したまま、自己複製能を失って造血多能
性前駆細胞となり、徐々に分化能が限定されて種々の血液細胞が産生されると考えられて
いた。新しいモデルでは、自己複製能は維持したまま、いきなり血小板のみを産生すると
いった経路が存在する。
細胞はすべて多分化能をもっていると思われていましたが、
❶ 血小板のみを産生するもの、 ❷ 赤血球と血小板のみを産
生するもの、 ❸ 赤血球と血小板と顆粒球のみを産生するも
のが、今回はじめて見つかりました。しかも、これらは自己
複製能を保持していました。また、さらなる解析から、これ
ら 3 種の前駆細胞が造血幹細胞から直接つくられることが
図 2│造血幹細胞の冬眠が引き起こされるしくみ
造血幹細胞は骨髄中の神経系細胞と接触することにより、活性型 TGF-βの影響を受けて
冬眠状態になる。
骨髄球系に分化能が 限定した前駆細胞 わかりました。これまで造血幹細胞は徐々に分化能を失って
いくと考えられていましたが、その段階をスキップしていき
発表論文
• Yamamoto R., Morita Y., Oehara
J., et al. Clonal analysis unveils
self-renewing lineage-restricted
progenitors generated directly from
hematopoietic stem cells. Cell .
154(5): 1112-26. 2013.
※山本特任研究員の所属は幹細胞治
療分野。
13
リサーチハイライト
7
図 2│赤く光るマウス ES 細胞をラット胚盤胞に注入してできた異種間キメラ胎児
右の胎児は通常のラット胎児。
図 3│マウスの体内にできたラット iPS 細胞由来のすい臓
点線部がすい臓を示す。
明視野
明視野
小林俊寛博士研究員に聞く
マウスの体内で
ラットのすい臓をつくらせる
赤色蛍光
緑色蛍光
や iPS 細胞から試験管内で血液、神経、肝細胞などをつく
いで報告されました。これは私たちにとって非常にラッキー
り出す研究はさかんですが、それらの細胞や組織に比べる
でした。なぜなら、私たちはすでに、すい臓ができないマウ
試験管の中で幹細胞から移植に使えるような臓器をつくり出
年ほど前に報告した方法でした。Chen 博士は免疫細胞を欠
と、臓器は異なった機能をもつ非常に多くの細胞の集まりで
スをもっていたからです。そのマウスの胚盤胞にラットの
すことは容易ではありません。
そこで、動物の自然な発生過程
損した(つくれないようにした)マウスの胚盤胞に正常な胚性幹
あり、特有の立体構造をとっています。このような複雑なも
ES 細胞・iPS 細胞を注入すれば、ラット由来のすい臓をつ
を利用して目的の臓器をつくらせるというアイデアが生まれま
細胞(ES 細胞)を注入してキメラマウスを作製すると、本来
のを試験管内でつくり出すことは現在の技術ではまだまだ困
くれるかどうかをすぐに検証できます。
した。小林博士研究員らは、すい臓ができないようにしたマウ
存在しないはずの免疫細胞が、すべて注入された ES 細胞由
難です。一方、胚盤胞補完法では、最初に ES 細胞や iPS 細
さっそく、遺伝子組み換えと細胞培養の専門家である山口
スの胚盤胞(発生のごく初期段階の胚)にラットの幹細胞を注入
来のものでできていることに気づき、この方法を胚盤胞の欠
胞を胚盤胞に入れれば、後は発生とともに臓器が自然に成長
智之グループリーダーと濱仲早苗研究員の 2 人が中心とな
することで、ラットのすい臓をつくらせることに成功しました。
損を補完する方法=「胚盤胞補完法」と名づけました。この
してくれます。しかも、できた臓器は生体のものにきわめて
って、緑色に光るラットの iPS 細胞を樹立しました。その細
ヒトの臓器を他の動物につくらせるときのモデルとなる画期的
方法は、免疫細胞の機能や能力を評価する実験系として広く
近いというメリットがあります。私たちは、この方法を使え
胞をすい臓のできないマウスの胚盤胞に注入し、新生児まで
な成果です。小林博士研究員はこの研究で、日本再生医療
使われてきました。
ば、将来移植に用いることのできるような臓器をつくり出せ
発生させたところ、お腹を開けるとすぐに目につくほど、き
るのではないかと考えました。
れいな緑色の、つまりラット iPS 細胞由来のすい臓がマウス
胞によって補われるという現象に着目し、免疫細胞ではな
―― 最初から臓器をつくれると予想しておられましたか?
の体内にできていました(図 3)。この結果にはチームのみん
―― 動物の体内で臓器をつくるという研究テーマに取り組
く、臓器を欠損するマウスの胚盤胞を用いて胚盤胞補完法を
マウスどうしの間(同種間)なら、ES 細胞を使ったキメラ
なが興奮し、ERATO の渡部素生技術参事がシャンパンを開
まれたきっかけは何ですか?
行えば、注入した ES 細胞由来の臓器ができるのではないか
作製技術が確立されていることから、その応用である胚盤胞
けたのを覚えています。
この研究テーマは私が修士課程の学生として研究室に配属
と考えたのです(図 1)。中内先生はこのアイデアをかなり前
補完法で ES 細胞由来の臓器をつくることは可能だろうとい
―― 今後、本研究をどのように展開していきたいと思って
されたときに、中内先生から提案されたものでした。テーマ
から温めていたようですが、胚盤胞という初期胚を扱う操作
う予想はありました。しかし、異種間となると話は別です。
おられますか?
のもととなったのは、中内先生がスタンフォード大学でのポ
がそれなりの技術を必要とすることもあって、なかなかやっ
異種間でキメラをつくる実験は、30 年以上も前から行われ
本研究テーマのゴールとして考えているのは、ヒトの臓器
スドク時代に同僚だった Jianzhu Chen 博士が、今から約 20
てくれる人がいなかったようです。私は学部時代にラットや
ているのですが、ヤギ-ヒツジ間など一部の例外はあるもの
を異種の動物の体内でつくり出し、治療に用いることです。
ウシの胚操作技術を用いていたため、中内先生がこのテーマ
の、マウス-ラット間をはじめほとんどがうまくいっていま
次の展開としては、ヒト由来の移植可能な臓器をつくるた
をやってみないかと声をかけてくださり、私も ES 細胞から
せんでした。
め、大型動物で同じ原理が働くかどうかを調べる必要があり
学会の Young Investigatorʼs Award を受賞しました。
しかし中内先生は、胚盤胞からの発生過程で欠損が ES 細
臓器をつくる、しかも今までにないアプローチで臨むという
ことに魅力を感じ、チャレンジしてみることにしました。
マウスとラットは同じネズミだと思われるかもしれません
が、遺伝的にも生理的にもかなり大きな違いがあります。ま
大型動物としてはヒトと臓器の大きさが近く、胚の操作が
―― 胚盤胞補完法に注目されたのはなぜですか?
た、実験を開始した 2008 年当時、ラットには技術的な困難
確立されているブタを候補としていて、実際に私たちは共同
それは、試験管内で ES 細胞や人工多能性幹細胞(iPS 細胞)
から ES 細胞が存在しませんでした。そのため、まずはマウ
研究でブタどうしの間では胚盤胞補完法が成立することをす
から臓器をつくり出すのが非常に難しいからです。ES 細胞
スの ES 細胞をラットの胚盤胞に注入し、異種の細胞が正常
でに報告しています。今後は、ヒトやヒトに近い霊長類の
に発生してキメラになるかどうかを調べようと考え、ラット
ES 細胞・iPS 細胞を用いて、異種間でも臓器がつくれるかど
の胚操作の専門家である自然科学研究機構生理学研究所の平
うかがポイントになると思います。また、胚盤補完法では、
林真澄先生にお願いして、共同研究を始めました。
目的の臓器だけでなく全身に異種動物の細胞が入り交じり、
―― そして、その実験はうまくいったのですね?
生殖細胞や神経などに分化してしまう可能性があるため、倫
免疫細胞のない
マウスの胚盤胞
正常なマウスの
ES 細胞
臓器のない
マウスの胚盤胞
胚盤胞補完法
正常なマウスの
ES 細胞
胚盤胞補完法
臓器再生への応用
はい。赤く光るマウスの ES 細胞をラットの胚盤胞に注入
理的な問題も発生します。そこで、こうした細胞への分化を
したところ、全身にマウス由来の赤く光る細胞をもつマウス
制御し、目的の臓器だけをうまくつくり出す工夫も必要にな
-ラット異種間キメラになり(図 2)、これなら異種間でも臓
ると思います。実際の臨床応用となると取り組むべき課題は
器がつくれるという強い期待がもてました。そこで胚盤胞補
多いですが、この研究を足がかりにして、一歩ずつ着実にゴ
完法を行うため、すぐに臓器を欠損するラットの作製に取り
ールに向かっていただければと思います。
かかりました。しかし、作製には遺伝子を改変する必要があ
り、それには時間がかかることから、異種動物の体内で臓器
をつくれるかどうかを検討するのはしばらく先になると考え
=
キメラマウス
臓器は ES 細胞由来
=
キメラマウス
免疫細胞はすべて ES 細胞由来
図 1│胚盤胞補完法による免疫細胞の作製と臓器の作製
14
ます。
ていました。
その矢先、2008 年の年末から 2009 年初頭にかけてラッ
トの ES 細胞・iPS 細胞樹立の成功が別のグループから相次
発表論文
• Kobayashi T, Yamaguchi T, Hamanaka S, Kato-Itoh M, Yamazaki Y,
Ibata M, Sato H, Lee YS, Usui J, Knisely AS, Hirabayashi M, Nakauchi
H. Generation of rat pancreas in mouse by interspecific blastocyst
injection of pluripotent stem cells. Cell. 142: 787-99, 2010.
※小林博士研究員は、現在、ケンブリッジ大学ガードン研究所に所属。この論文
は、JST ERATO プロジェクトの研究員だったときに発表したもの。
15
幹細胞シグナル制御分野
造血器腫瘍の病態解明と
新規治療薬開発をめざして
5年間の成果
▶▶
❶ については、Bcr-Abl 融合遺伝子によって発症す
Topics
日本血液学会奨励賞を
2 名が同時受賞
る CML が Hes1 の過剰発現により分化が抑制されて
急性転化(BC)すること(Topics 参照)5、Runx1/AML1
マウス骨髄移植モデルを利用して Hes1 過剰
発現が CML の急性転化に関与することを明ら
北村俊雄
[分野長]
かにし、臨床的には急性転化した CML 患者の
白血病をはじめとする造血器腫瘍には、
いくつもの種類があり
発症機構がそれぞれ異なっています。
当分野では、
病態モデルマウスを用いた研究と臨床研究により
Bmi1 の過剰発現があると MDS/ 白血病に移行する
ことを明らかにしました(図 1)2。また、転写因子 C/
40% において Hes1 過剰発現が認められるこ
EBPa については N 末端と C 末端の 2 種類の変異が
とを明らかにしました。
また、
転写因子 C/EBPa
知られていますが、私たちはこれら 2 種類の変異体が
の 2 種類の変異(N 末端変異体と C 末端変異体)が
協調して白血病を誘導することを示しました(Topics
協調して白血病を誘導すること、C 末端変異
参照)
体がクラス II 様の働きをすることをマウス骨髄
移植モデルを利用して明らかにしました。これ
らの成果で中原史雄助教と加藤菜穂子研究員が
発症機構を明らかにし、
新たな治療薬開発につなげることをめざしています。
変異によって発症する MDS において、Evi1 あるいは
2010 年度の血液学会奨励賞を受賞しました。
。
4
エピジェネティクス関連分子 EZH2、TET2、ASXL1
の変異が造血器腫瘍発症に関与しうるのかをマウス骨
髄移植モデルおよびトランスジェニックマウスを利用
して研究し、これらの変異が MDS 様の症候を呈する
ことを明らかにしました(一部未発表)。変異型 ASXL1
研究目的と研究内容
による MDS 誘導の分子機構を調べ、変異型 ASXL1
含めて発症機構を研究しています。最近、造血器腫瘍でクラ
❶マウスモデルを利用した造血器腫瘍発症の分子機構の解析:
が PRC2 作用を抑制することによって HoxA9 および
ス I、クラス II 以外にエピジェネティクス関連分子やスプラ
miR125a の発現を脱抑制することで MDS 発症を誘導
造血器腫瘍には、白血病(急性骨髄性白血病、AML)、慢性骨髄
イシングに関与する分子の変異が見つかったため、現在はエ
すること、miR125a は Clec5a の発現を抑制すること
性白血病(CML)、骨髄異形成症候群(MDS)などがあり、そ
ピジェネティクス関連分子の変異を中心として研究を進めて
により細胞分化抑制を介して MDS 発症に寄与するこ
れぞれ発症機構が異なると考えられています。白血病につい
います。
ては、増殖を誘導するクラス I 変異と分化を抑制するクラス
❷細胞周期 G0 マーカーの開発と幹細胞研究への応用:幹細胞
とを提唱しました 1。
II 変異が発症に必要であることを、私たちのグループを含む
研究に利用するため、細胞周期が G0 期から G1 期に移行す
系の開発に成功しました。トランスジェニックマウス
複数のグループがマウス白血病モデルを利用して明らかにし
るとき p27 というタンパク質が核外に出て分解されること
も作製したところ、筋肉の前駆細胞が特異的に染色さ
ています(図 1)。さらに私たちは、マウス骨髄移植モデルお
(図 2)を利用して、G0 期細胞を同定する系を樹立しようと
当分野では以下の研究を行っています。
よびトランスジェニックマウスを利用し、CML や MDS も
A
B
クラスⅠ
C
Runx1 変異
クラスⅡ
Hes1 過剰発現
クラスⅡ
症する。さらに、Hes1 過剰発現で分化を抑制することがクラス II 変異の役割を果
たし急性転化(BC)を誘導する。
C:Runx1/AML1 などクラス II 変異が骨髄異形成症候群(MDS)を誘導する。さ
らに、Evi1 や Bmi1 の過剰発現により増殖が誘導され白血病への移行が促される。
これらの事象はマウスモデルにおいても実際の臨床症例においても認められた。今
後、エピジェネティクス関連分子、スプライシング関連分子の変異と造血器腫瘍発
症との関連が明らかにされていくだろう。
クラスⅠ
マウス造血器腫瘍モデルを利用して、白血病幹細胞や MDS-
の造血器腫瘍モデルを利用して、造血器腫瘍発症の分子機構
IC(MDS-initiating cell)の生体内での動態を明らかにしたいと
を明らかにすると同時に、DNA メチル化阻害剤、ヒストン
考えています。CAG プロモーターを使って作製した G0 マ
ジアセチラーゼ阻害剤、キナーゼ阻害剤などの分子標的薬剤
ーカーのトランスジェニックマウスでは、G0 マーカーの造
を投与して有効性を判定し、これらの薬剤の作用機序を明ら
血系細胞での発現が認められなかったので、Rosa26 ノック
かにしていきます。これらの研究を通じて造血器腫瘍の新規
インを利用して G0 マーカーマウスを樹立する予定です。
分解
?
KPC
G0
G1
おもな論文
ユビキチン化
p27
核外へ輸送
p27
図 2│G0 マーカー樹立の試み
16
マウス骨髄移植モデルによって樹立した MDS を含む種々
治療法の開発をめざします。また、樹立した G0 マーカーと
Evi1/Bmi1 過剰発現
細胞の G0 期(静止期)から G1 期への移行には細胞外からのさ
まざまなシグナルが関与すると考えられる。移行時に、細胞周期
停止に関与するタンパク質 p27 が核外に輸送されユビキチン化
されて分解されることが知られている。私たちはこの p27 の分
野に注目し、細胞周期停止誘導能を欠失した p27 と蛍光タンパ
ク質 mVenus の融合分子を作製した。この融合分子は期待通り、
細胞が G0 期から G1 期に移行する際に分解された。
れました(論文投稿中)。
今後の展望
図 1│造血器腫瘍発症の分子機構
A:白血病(AML)は、クラス I とクラス II の変異が協調して発症する。
B:慢性骨髄性白血病(CML)は Bcr-Abl 融合遺伝子というクラス I 変異により発
クラスⅠ+クラスⅡ
Bcr-Abl
しています。
❷ については G0 期を比較的特異的に染色できる
??
核
細胞質
Growth
signals
1│ Inoue, D., Kitaura, J., Togami, K., Nishimura, K., Enomoto, Y., Uchida, T.,
Kagiyama, Y., Kawabata, K.C., Nakahara, F., Izawa, K., Oki, T., Maehara,
A., Isobe, M., Tsuchiya, A., Harada, Y., Harada, H., Ochiya, T., Aburatani,
A., Kimura, H., Thol, F., Heuser, M., Levine, R.L., Abdel-Wahab, O. and
Kitamura, T. (2013) Myelodysplastic syndromes are induced by histone
methylation-altering ASXL1 mutations. J. Clin. Invest. 123: 4627-4640.
2│ Izawa, K., Yamanishi, Y., Maehara, A., Takahashi, M., Isobe, M., Ito,
S., Kaitani, A., Matsukawa, T., Matsuoka, T., Nakahara, F., Oki, T.,
Kiyonari, H., Abe, T., Okumura, K., Kitamura, T., and Kitaura, J.
(2012) LMIR3 negatively regulates mast cell activation and allergic
responses by binding to extracellular ceramide. Immunity 37: 827-839.
3│ Oki, T., Kitaura, J., Watanabe-Okochi, N., Nishimura, K., Maehara, A.,
Uchida, T., Komeno, Y., Nakahara, F., Harada, Y., Sonoki, T., Harada,
H., and Kitamura, T. (2012) Aberrant expression of RasGRP1 cooperates
with gain-of-function NOTCH1 mutations in T-cell leukemogenesis.
Leukemia 26:1038-1045.
4│ Kato, N., Kitaura, J., Doki, N., Komeno, Y., Watanabe-Okochi N.,
Togami, K., Nakahara, F., Oki, T., Enomoto, Y., Fukuchi, Y., Nakajima,
H., Harada, Y., Harada, H., and Kitamura. T. (2011) Two types of C/
EBPa mutations play distinct roles in leukemogenesis: Lessons from
clinical data and BMT models. Blood 117:221-233.
5│ Nakahara, F., Sakata-Yanagimoto, M., Komeno, Y., Kato, N., Uchida,
T., Haraguchi, K., Kumano, K., Harada, Y., Harada, H., Kitaura, J.,
Ogawa, S., Kurokawa, M., Kitamura, T., and Chiba, S. (2010) Hes1
immortalizes committed progenitors and plays a role in blast crisis
transition in chronic myelogeneou leukemia. Blood 115:2872-2881.
17
幹細胞治療分野
発表することができました。
また、胚性幹細胞(ES 細胞)や人工多能性幹細
基礎医学と
臨床医学の架け橋となる
新しい医療を
中内啓光
赤色蛍光タンパク発現
huKO ブタ
すい臓欠損ブタ
胞(iPS 細胞)から血小板を産生するシステムを確
立し(リサーチハイライト 2 参照)、実用化に向けて大
体細胞
核移植
学発のベンチャー企業であるメガカリオン社を設
立しました。さらに、血液学者の長年の夢であっ
た ES 細胞や iPS 細胞からの造血幹細胞の誘導に
核ドナー細胞
核ドナー細胞
も成功し、遺伝子矯正治療への道を切り開くこと
体外発生培養
ができました(図 1)。iPS 細胞技術を応用した抗
原特異的 T 細胞の若返り技術(リサーチハイライト 4
[分野長]
ドナー胚細胞の
ホスト胚への注入
参照)も、近い将来ウイルス感染症やがん治療に
大きく貢献することが期待されます。
すい臓欠損の
遺伝子をもった
精子が得られる
一方で、次世代の再生医療として ES・iPS 細胞
から臓器を作製することをめざし、JST ERATO
当分野では、
幹細胞の同定と、
幹細胞に備わった機構の解明という
基礎的な研究を行った上で
幹細胞を効果的に治療に利用する研究を行っています。
5年間で多くの論文を発表し、
幹細胞治療の実現に向けて貢献してきました。
キメラ胚盤胞
の支援のもとで研究を行いました。その結果、キ
メラ作製技術と胚盤胞補完技術を利用してマウス
個体内でラットのすい臓を作出することに成功し
(リサーチハイライト 6 参照)
、異種動物個体内で ES・
iPS 細胞由来のすい臓を作出可能であることを証
ドナー胚由来の
すい臓をもつ
キメラオス
明しました。さらには、すい臓欠損ブタの作製と
研究目的と研究内容
外来性胚細胞由来のすい臓の作出に成功し(図 2)、
当分野は免疫学、分子生物学、発生工学等、基礎科学の知
ブタのような大動物においてもマウスと同様に胚
識や方法論を臨床医学と結びつけることにより、新しい病気
盤胞補完の原理が作動することを証明することが
の発見、病態の解明、治療法の開発など、先端医療の確立に
でき、大動物体内でのヒト臓器の作出の実現に向
貢献することをめざしています。特に現在は、幹細胞の性質
けて大きく前進することができました。
を明らかにし、利用することによって、安全で有効な新しい
治療法を開発することを目標にしています。また、教育面で
は各人の興味・個性・能力を最大限に発揮できる環境を整備
野生型メス
交配によって
すい臓欠損ブタが得られる
図 2│すい臓のないブタの作製と胚性細胞由来のすい臓の作製
遺伝子操作により作出したすい臓欠損ブタ由来の胚(ホスト胚)に赤色蛍光タンパク遺伝子をもつ正常ブタ由
来の胚(ドナー胚)を注入し、仮親の体内で成長させたところ、ドナー由来のすい臓を持ったキメラブタ(オ
ス)が誕生した。このキメラブタ(オス)は正常に発育するが、精子はすい臓欠損の性質を引き継いでいるの
で、野生型メスブタと自然交配することにより、常に一定の割合ですい臓を欠損する個体が得られる。
今後の展望
し、生命科学の分野において 造的な研究を発信し続けるこ
とのできる人材の育成をめざしています。
5年間の成果
再生医療は 21 世紀の医療として世界的に認知され、多く
当センターの重要な目標の 1 つである高齢者に対する造血
の研究者が幹細胞研究に力を入れ始めました。当分野でも前
幹細胞移植法の開発等、引き続き新しい治療法の開発の実現
述の成果に加えて、造血幹細胞移植のホーミングや骨髄ニッ
に向けて研究を続けていくつもりです。
チ、最小限の前処置で造血幹細胞移植を可能にする技術な
また、動物個体を利用したヒト臓器の作製についても、ド
と、骨髄中のグリア細胞がニッチとして造血幹細胞の休眠を
ど、次世代の移植医療に貢献すると考えられる基盤的な技術
ナー臓器を待ちわびている臓器不全症患者や糖尿病患者の皆
ムを研究してきましたが、この 5 年間は収穫期ともいえる
維持しているという予想外の結果(リサーチハイライト 5 参照)、
の確立に向けて多くの知見と成果が得られています。
様の希望に応えるべく、国際的なチームをつくって早期実現
大きな成果をあげることができました。造血幹細胞のクロー
さらにはこれまではまったく知られていなかった造血前駆細
これらの基礎研究の成果をさらに発展・洗練させることに
をめざすつもりです。一方で、このプロジェクトに関して
ナルな解析技術を最大限に活用することにより、高度に濃縮
胞群の同定と血液系の新しい分化経路の発見(リサーチハイラ
より、次の 5 年間で、iPS 細胞由来の血小板の臨床治験、若
は、一般の人々の理解を得ることも重要であると認識してお
された造血幹細胞分画中の細胞にも多様性・階層性があるこ
イト 6 参照)など、世界の造血幹細胞研究をリードする成果を
返った抗原特異的 T 細胞による新しい免疫療法の臨床治験
り、異種キメラ作製の技術的な課題の克服に加えて、社会的
を実現したいと考えています。さらに、遺伝子矯正 iPS 細胞
なコンセンサスを得ることにも注力したいと思います。
私は過去 20 年間、造血幹細胞を対象として幹細胞システ
A
造血幹細胞
図 1│iPS 細胞から造血幹細胞を誘導
する方法
A:iPS 細胞をマウスに注入するとテ
ラトーマという良性腫瘍が形成され、
その中で造血幹細胞が分化し、骨髄に
移動する。B:iPS 細胞は OP9 という
支持細胞とともにマウスに注入し、サ
イトカインはポンプに入れてマウスの
皮下に埋め込む。3ヵ月後、骨髄から
iPS 細胞由来の造血幹細胞を取り出し、
造血幹細胞を失ったマウスに移植する
と生着して造血する。
18
由来の造血幹細胞による遺伝性血液疾患の根治療法、そして
B
iPS 細胞
OP9
iPS 細胞
サイトカイン
4 wks
分化
ホーミング
おもな論文
8-12 wks
KSN/Slc
末梢血解析
C57BL/6
二次移植
末梢血、骨髄解析
一次移植
1│ Kobayashi T, Yamaguchi T, Hamanaka S, Kato-Itoh M, Yamazaki Y,
Ibata M, Sato H, Lee YS, Usui J, Knisely AS, Hirabayashi M, Nakauchi
H. Generation of rat pancreas in mouse by interspecific blastocyst
injection of pluripotent stem cells. Cell. 142:787-99, 2010.
3│ Yamazaki S, Ema H, Karlsson G, Yamaguchi T, Miyoshi H, Shioda
S, Taketo MM, Karlsson S, Iwama A, Nakauchi H. Nonmyelinating
Schwann cells maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone
marrow niche. Cell. 147(5): 1146-58, 2011.
2│ Takayama N, Nishimura S, Nakamura S, Shimizu T, Ohnishi R, Endo
H, Yamaguchi T, Otsu M, Nishimura K, Nakanishi M, Sawaguchi A,
Nagai R, Takahashi K, Yamanaka S, Nakauchi H, Eto K. Transient
activation of c-MYC expression is critical for efficient platelet generation
from human induced pluripotent stem cells. J Exp Med. 207: 281730, 2010.
4│ Nishimura T, Kaneko S, Kawana-Tachikawa A, et al. Generation of
rejuvenated antigen-specific T cells by reprogramming to pluripotency
and dedifferentiation. Cell Stem Cell. 12: 114-126, 2013
5│ Yamamoto R., Morita Y., Oehara J., et al. Clonal analysis unveils
self-renewing lineage-restricted progenitors generated directly from
hematopoietic stem cells. Cell. 154(5): 1112-26. 2013.
19
5年間の成果
❶ については、ヒト胎児造血を再現するために、ヒト ES
iPS 細胞由来肥満細胞や好酸球を利用して、抗アレルギー薬
細胞とマウス胎仔の造血臓器由来ストローマ細胞との共培養
の 薬やアレルゲン抗体検査の開発をめざした研究も始まり
によりヒト ES 細胞から血液細胞、特に輸血のための血液細
ました。
胞への分化誘導法を開発しました 。ストローマ細胞は、造
❸ については、重症先天性好中球減少症などの先天性骨
血を促す働きのある細胞です。また、ヒト血清を用いてヒト
髄不全症候群、若年性骨髄単球性白血病、(8;9)転座型白
ES 細胞からストローマ細胞を分化誘導し、このストローマ
血病、スギ花粉症、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患
細胞とヒト ES 細胞を共培養することにより血液細胞への分
の患者さんの体細胞から iPS 細胞を樹立することに成功しま
化誘導に成功しました。その結果、より正確にヒト胎児造血
した 3。これらの疾患特異的 iPS 細胞から好中球、単球、肥
を再現することができるようになり、先天的な造血障害の解
満細胞などへの分化誘導系を用いて、これらの病気の病態を
析が可能となりました 。
明らかにしたり、新たな検査法や治療薬が開発できる可能性
1,2
幹細胞プロセシング分野
3
幹細胞を駆使して先天性疾患、
希少疾患に取り組む
辻 浩一郎
❷ については、アレルギー反応において主たるエフェク
を示すことができました。
ター細胞である肥満細胞や好酸球を、ヒト iPS 細胞から分化
❹ については、血友病の患者さんの骨髄細胞から間葉系
誘導できるようになりました。また、これらのヒト iPS 細胞
幹細胞を分化誘導し、患者さんの自己骨髄由来間葉系幹細胞
由来肥満細胞や好酸球は、アレルギー反応を引き起こすのに
は健常成人のそれとまったく差異がなく、血友病性関節症の
十分な機能を備えていることも確認できました。このヒト
軟骨損傷に安全に使用しうることを確認しました 4。
今後の展望
[分野長、現 国立病院機構信州上田医療センター]
ヒト ES 細胞の成果を iPS 細胞に応用して、動物血清や動
物細胞を使用することなく、ヒト iPS 細胞から赤血球などの
先天性疾患や希少疾患は、
患者さんの数が少ないこともあって
病態解明も、
診断法・治療法の開発も難しいのが現状です。
私たちは、
幹細胞技術を利用することで、
こうした疾患の患者さんの
役に立つことをめざして
研究を進め、
成果をあげてきました。
▶▶
Topics
iPS 細胞技術を用いて希少疾患の治療に挑む
(8;9)転座型白血病は、悪性リンパ腫を合併する特異な骨髄
性白血病で、予後が非常に悪いことがわかっています。しか
し、きわめてまれで、これまでに世界でも 14 例しか報告され
ていないため 、まだ有効な治療法が確立されていません。そ
5
血液細胞に分化誘導する技術を開発し、ヒト iPS 細胞由来の
血液細胞を用いた輸血などの臨床応用の確立に寄与すること
が期待されます(図 1)。
また、まだ病因のわかっていないさまざまな難治性疾患の
患者さんから疾患特異的 iPS 細胞をつくらせていただき、こ
れらの iPS 細胞を使って、病気の原因を明らかにし、その診
こで、当分野では、この希少な白血病細胞から iPS 細胞を樹立
断法や治療薬を開発していくことによって、これらの患者さ
し、この白血病では単球・マクロファージへの分化に異常があ
んの治癒に貢献したいと考えています。
ることを見いだしました。さらに、この異常を修正する分子標
さらに、血友病の患者さんの QOL の向上をめざして、血
当分野は、医科学研究所附属病院では小児細胞移植科を
的薬を発見しており、これらの分子標的薬は(8;9)転座型白
友病性関節症に対する自己骨髄間葉系幹細胞を用いた軟骨再
担当していることから、胚性幹細胞(ES 細胞)、人工多能性
血病の有効な治療薬となることが期待されています。こうした
生の臨床試験を実施し、その有効性を検証することを計画し
研究目的と研究内容
幹細胞(iPS 細胞)、間葉系幹細胞などのさまざまな幹細胞を、
種々の先天性疾患、血液・腫瘍性疾患、アレルギー疾患の病
態解明、診断、治療に利用することにより、これらの病に苦
私たちの iPS 細胞技術を応用した病気へのアプローチは、希少
疾患の治療法開発の新たな戦略として、朝日新聞、日経新聞な
どで紹介されました。
ことを目標としています。
おもな研究内容は、 ❶ ヒト ES 細胞を用いた胎児造血と
細胞を用いたアレルギー疾患の新規診断法や治療法の開発、
などの病態解明と治療法の開発、 ❹ 間葉系幹細胞を用いた
血友病性関節症の治療法の開発があげられます。
20
おもな論文
2│Ma F, Ebihara Y, Umeda K, Sakai H, Hanada S, Zhang H, Zaike Y,
Tsuchida E, Nakahata T, Nakauchi H, Tsuji K. “Generation of functional
erythrocytes from human embryonic stem cell-derived definitive
hematopoiesis”, Proc Natl Acad Sci USA 105: 13087-13092, 2008.
その異常の解析、 ❷ ヒト iPS 細胞から分化誘導された肥満
❸ 疾患特異的 iPS 細胞を用いた先天性骨髄不全症、白血病
ています。
1│Ma F, Wang D, Hanada S, Ebihara Y, Kawasaki H, Zaike Y, Heike
T, Nakahata T, Tsuji K. “Novel method for efficient production of
multipotential hematopoietic progenitors from human embryonic stem
cells”, Int J Hematol 85: 371-379, 2007.
しんでおられる患者さん、特に小児の患者さんのお役に立つ
(8;9)転座型白血病患者の白血病細胞から樹立された iPS 細胞。左は iPS 細胞の
顕微鏡写真。中央のかたまりが iPS 細胞の集団。右はこの iPS 細胞の染色体検査の
結果。患者白血病細胞と同じ(8;9)転座が認められる。
図 1│ヒト iPS 細胞から分化誘導された赤血球
左は赤血球を培養液に浮遊したもの。右は、左の培養液中に見られるドーナツ型をした
ヒト iPS 細胞由来脱核赤血球。
3│Hiramoto T, Ebihara Y, Mizoguchi Y, Nakamura K, Yamaguchi K, Ueno
K, Nariai N, Mochizuki S, Yamamoto S, Nagasaki M, Furukawa Y, Tani
K, Nakauchi H, Kobayashi M, Tsuji K. “Wnt3a stimulates maturation of
impaired neutrophils derived from severe congenital neutropenia-derived
iPS cells”, Proc Natl Acad Sci USA 110: 3023-3028, 2013.
4│Ebihara Y, Takedani H, Ishige I, Nagamura-Inoue T, Wakitani S, Tsuji K.
“Feasibility of autologous bone marrow mesenchymal stem cells cultured
with autologous serum for treatment of hemophilic arthropathy” ,
Haemophilia 19: e84-e102. 2013.
5│Yamamoto S, Ebihara Y, Mochizuki S, Kawakita T, Kato S, Ooi J,
Takahashi S, Tojo A, Watanabe J, Sato K, Kimura F, Tsuji K. “Quantitative
PCR detection of CEP110-FGFR1 fusion gene in a patient with 8p11
syndrome”, Leukemia & Lymphoma, in press.
21
幹細胞移植分野
表 1│医科学研究所附属病院における同種造血幹細胞移植のソース内訳
800
血縁者間骨髄移植
難治性血液疾患を
治療するための
幹細胞移植医療の
実践と開発
西暦
血縁者間末梢血管細胞移植
2008
2009
2010
2011
2012
非血縁者間骨髄移植
600
非血縁者間臍帯血移植
累積移植数
全体
400
同種移植件数
骨髄(非血縁者)
末梢血
臍帯血
6(5)
4(3)
5(2)
2(2)
1(1)
0
0
0
0
0
12
18
18
14
12
合計
21
22
23
16
13
200
図 2│医科学研究所附属病院血液腫瘍内科における非血縁者間
0
東條有伸
高橋 聡
[分野長]
2007
2011
1987
1991
1995
1999
2003
1983
1985
1989
1993
1997
2001
2005
2009
1.0
0.8
0.8
EFS@5yrs = 62.8%
0.4
1000
2000
3000
Ooi J et al. Biol BMT 14:1341, 2008
担当し、臍帯血や骨髄を幹細胞ソースとする造血幹細胞移植
EFS@5yrs = 57.2%
0.2
AML
移植後日数
属病院において成人の難治性血液疾患(白血病など)の診療を
0.6
0.4
0
当分野は、当センターの臨床部門として、医科学研究所附
生存率
0.6
0.2
研究目的と研究内容
1.0
EFS@2yrs = 73.5%
生存率
図 1│医科学研究所附属病院における幹細胞ソー
ス別同種移植件数(累積)の推移
1983 年にヒト白血球型抗原(HLA)一致同胞ド
ナー骨髄を用いて最初の同種移植を施行したが、
1988 年に旧病院棟に無菌病院が開設されてから
移植件数が増加した。1991 年 12 月の骨髄バン
ク設立、1999 年の臍帯血バンクネットワーク発
足、2000 年の同種末梢血幹細胞移植の保険適用
の承認など、移植医療のあゆみとともに幹細胞ソ
ースの変遷があり、現在は年間同種移植例の約 9
割が臍帯血移植となっている。
当センターの発足前から、医科学研究所附属病院では
骨髄・末梢血・臍帯血を用いた
造血幹細胞移植医療を行ってきました。
私たちはその実績をさらに伸ばすとともに
次世代の細胞移植療法の開発に取り組んでいます。
臍帯血移植の成績
急性骨髄性白血病(AML)ならびに急性リンパ性白血病
(ALL)に対する臍帯血移植後 5 年の無イベント生存率(EFS)
はそれぞれ 62.8%、57.2% であり、これは本邦の非血縁者
間骨髄移植の成績(Atsuta, Y. et al. Blood 113: 1631-8,
2009)を上回っている。
ALL
0
500
1000 1500 2000
移植後日数
2500
Ooi J et al. BMT 43:455, 2009
今後の展望
医療を実施しています。当分野は、前身である医科学研究所
造血細胞移植チームが 1983 年に最初の同種骨髄移植(患者
近い将来、現行の移植医療がまったく新しいコンセプトに
の腫瘍へのターゲティング、腫瘍特異的分子を標的とする治
さん自身ではなくドナーからの移植)を実施して以来、骨髄・末梢
基づく治療に置換されることを念頭において、臨床的視点を
療の導入、白血病細胞ニッチを標的とする方法について取り
血・臍帯血を用いた同種造血幹細胞移植の経験を約 700 回
重視した問題解決志向型の研究を進めます。同種造血幹細胞
組みます。
重ねてきました。特に、臍帯血移植は 1998 年以来約 250 回
さんに同種移植療法を提供することを目的に、新しい細胞
移植には、ドナーの確保と安全性の担保・生着不全・移植前
❷ 細胞障害性 T 細胞(CTL)、ガンマデルタ T 細胞(γδ T
を経験し、その安定した成績は本治療法の世界的な普及に大
療法の開発に尽力しています。特に、臍帯血移植について
処置による臓器障害・再発・GVHD・免疫不全に伴う日和
細胞)
、ナチュラルキラー細胞(NK 細胞)、ナチュラルキラー
きく貢献してきました(図 1)。また、先端医療研究センター
は、秘めたる潜在力を有する臍帯血の造血・免疫細胞の特
見感染症など多くの課題が残されています。白血病など造血
T 細胞(NKT 細胞)など免疫担当細胞の性質を維持しつつ、遺
分子療法分野・組織工学研究グループによる自己骨髄間葉系
色を最大限に引き出し、生着不全・再発・移植片対宿主病
器腫瘍における最大の問題点は移植後の再発であり、再発率
伝子改変や初期化などの手法により最大限に抗腫瘍活性を高
幹細胞を用いた歯槽骨再生の臨床研究を分担し、橋渡し研究
(GVHD)
・日和見感染症など、現在抱えている諸問題の解決
を低下させる方法の開発は喫緊の課題であるため、 ❶ 新た
める方法を開発し、移植後免疫細胞療法の開発をめざしま
を通して、次世代の細胞移植療法を開発することをめざして
なコンセプトに基づく前処置法、 ❷ 腫瘍特異的免疫療法の
す。さらに、臍帯血移植の安全性を高めるために、抗原暴露
います。
開発を検討しています。
の経験がない臍帯血中のナイーブな免疫細胞から、早期に
にも貢献しています(リサーチハイライト 1 参照)。
当分野は、より安全かつ確実に、そして、より多くの患者
❶ 非特異的な化学療法の強度を高める以外の方法で腫瘍
5年間の成果
● 成人難治性造血器腫瘍に対する臍帯血移植を中心とする同種
幹細胞を特異的に抑制する方法が求められるため、抗がん剤
幅するという課題に取り組みます。
条件を決定しました。このデータをもとに「自己骨髄由来培
造血細胞移植の実践:2008~ 2012 年の 5 年間に医科学研究
養骨芽細胞様細胞を用いた歯槽骨再生法の検討(第 I・IIa 相試
所附属病院において実施された同種造血幹細胞移植(表 1)に
験)
」と題する臨床試験を計画しました。この計画は、医科
おいて、移植幹細胞ソースに占める臍帯血の割合は年ごとに
学研究所附属病院ヒト幹細胞臨床研究審査委員会において
増加し、現在移植件数の 9 割は臍帯血移植となっています。
2010 年 9 月 28 日付けで承認され、引き続き厚生労働省ヒト
また、造血器腫瘍に対する臍帯血移植の成績(図 2)は世界ト
幹細胞臨床研究審査委員会において 2011 年 10 月 15 日付け
ップクラスの安定した成績を維持しており、国内外において
で承認されました。この結果を受けて院内体制を整備し、同
注目されています。
年より臨床試験を開始しました。2013 年 8 月時点で 11 例
● 自己骨髄由来間葉系幹細胞を用いた歯槽骨再生の基礎ならび
の骨髄採取を終了し、8 例で培養骨芽細胞様細胞の移植を終
に臨床研究:in vitro(生体外)および in vivo(生体内)において
了しています。2013 年度内に第 I 相試験予定症例 15 例の移
骨髄由来間葉系幹細胞から骨分化を誘導するための至適培養
植を終了する見込みです。
22
(腫瘍・感染症)抗原特異的な機能的免疫担当細胞を誘導し、増
おもな論文
1│ Mae H, Ooi J, Takahashi S, Kato S, Kawakita T, Ebihara Y, Tsuji
K, Nagamura F, Echizen H, Tojo A. Acute kidney injury after
myeloablative cord blood transplantation in adults: the efficacy of strict
monitoring of vancomycin serum trough concentrations. Transplant
Infectious Disease. 15: 181-6, 2013
2│ Sato A, Ooi J, Takahashi S, Tsukada N, Kato S, Kawakita T, Yagyu T,
Nagamura F, Iseki T, Tojo A, Asano S. Unrelated cord blood transplantation after myeloablative conditioning in adults with advanced
myelodysplastic syndromes. Bone Marrow Transplant, 46: 257-61, 2011
3│ Konuma T, Ooi J, Takahashi S, Tomonari A, Tsukada N, Kato S, Sato
A, Monma F, Kasahara S, Uchimaru K, Iseki T, Tojo A, Asano S. Second
myeloablative allogeneic stem cell transplantation (SCT) using cord
blood for leukemia relapsed after initial allogeneic SCT. Leuk Res, 33:
840-2, 2009
4│ Ooi J, Takahashi S, Tomonari A, Tsukada N, Konuma T, Kato S,
Kasahara S, Sato A, Monma F, Nagamura F, Iseki T, Tojo A, Asano S.
Unrelated cord blood transplantation after myeloablative conditioning in
adults with ALL. Bone Marrow Transplant, 43: 455-9, 2009
5│ Konuma T, Takahashi S, Ooi J, Tomonari A, Tsukada N, Kato S, Sato
A, Monma F, Kasahara S, Nagamura-Inoue T, Uchimaru K, Iseki T,
Tojo A, Yamaguchi T, Asano S. Myeloablative unrelated cord blood
transplantation for acute leukemia patients between 50 and 55 years of
age: single institutional retrospective comparison with patients younger
than 50 years of age. Ann Hematol. 88: 581-8, 2009
23
5年間の成果
Role of the microenvironment in controlling stem
cell fate
In our globally-aging population, the potential of using stem
cells to repair or replace damaged tissue holds great promise
for cancer therapies and regenerative medicine. Others and we
show that the ultimate fate of a stem cell may depend upon
signals from the microenvironment 1-5. Proteases, specialized
enzymes important for protein catabolism, can convey such
signals. Working with protease deficient mice, we have shown
幹細胞ダイナミクス解析分野
that the proteolytic microenvironmental milieu controls
幹細胞の
運命を左右する
微小環境の
役割を探る
tumor cell growth 1, 3 and blood vessel formation(angiogenesis)
in tissues of impaired blood supply(heart disease, hindlimb
ischemia )( Figure 2 )2,
4, 5
Figure 2│Gene deficient mice.
. We propose that targeting the
microenvironment offers a new treatment modality for cancer
and ischemic vascular diseases.
今後の展望
❶ Development of methods to expand adult stem cells
Mesenchymal stem cells (MSCs) hold great potential for
Beate Heissig
the treatment of various degenerative diseases and immune
[分野長]
disorders, largely because of their differentiation potential
and immunoregulatory capacity. The great challenge ahead
is to expand MSCs and to characterize the function of these
当分野では、
幹細胞を取り巻く微小環境に
着目して研究を進めてきました。
がん細胞の成長や血管新生を促す微小環境を解明しており、
治療や診断に役立てることをめざしています。
医科学研究所の中で、最も外国人の多い研究室であり、
センター唯一の女性PIが率いるという特徴を活かして
研究を展開しています。
expanded cells in various disease models, including their
potential for organ regeneration and as delivery vehicles of
antitumor agents.
❷ Elucidation of molecular mechanisms governing
normal and pathological angiogenesis
Endothelial cells are part of the microenvironment and can form
研究目的と研究内容
The potential of using stem cells to
Change of receptor
specificity
repair or replace damaged tissue holds
great promise for cancer therapies and
regenerative medicine. We are investigating the mechanisms that regulate
Stem Cell Fate
candidate mediators like proteases of stem
BM matrix proteins
Differentiated cell
Adhesion
molecules
cells surrounding stem cells, so-called
stem cell fate(Figure 1).
Progenitor cell
Modif.Heissig et al.
J.Cell Phys. 2009
Stem cell
Other proteases
Microenvironmental cell
Figure 1│Stem cell fate is influenced by microenvironmental cells.
24
to combat various diseases. We are studying the mechanism of
angiogenesis promotes the progression of numerous diseases,
action of novel angiogenic factors or their inhibitors and test their
including cancer, inflammation, infection etc. Inhibition of
clinical potential in angiogenesis-associated diseases like in cancer
angiogenesis has thus emerged as an attractive therapeutic strategy
or ischemia.
おもな論文
Growth factors
Cell surface
receptors
have been shown to critically influence
blood vessels, a process known as angiogenesis(Figure 3). Excess
Activation
and cell biological approaches to identify
microenvironmental cells, as these cells
Degradation
Inactivation
Cell migration/
differentiation/
proliferation
stem cell function. We are using genetic
cell self-renewal programs by studying
Figure 3 │Mesenchymal stem cells promote bloood vessel formation
(angiogenesis)necessary for tumor growth and tissue regeneration.
Protease↑
1│ Heissig, B., Nishida, C., Tashiro, Y., Sato, Y., Ishihara, M., Ohki,
M., Gritli, I., Rosenkvist, J., Hattori, K. “Role of neutrophil-derived
matrix metalloproteinase-9 in tissue regeneration ”, Histology and
Histopathology 25(6): 765-70, 2010 Jun.
2│ Ohki, M., Ohki, Y., Ishihara, M., Nishida, C., Tashiro, Y., Akiyama,
H., Komiyama, H., Lund, L.R., Atsumi Nitta, A., Yamada, K., Zhu, Z.,
Ogawa, H., Yagita, H., Okumura, K., Nakauchi, H., Werb, Z., Hattori,
K., Heissig, B. “Tissue type plasminogen activator regulates myeloid-cell
dependent neoangiogenesis during tissue regeneration”, Blood 115(21):
4302-12, 2010 May 27.
3│ Ishihara, M., Nishida, C., Tashiro, Y., Gritli, I., Rosenkvist, J., Koizumi,
M., Okaji, Y., Yamamoto, R., Yagita, H., Okumura, K., Nishikori, M.,
Wanaka, K., Tsuda, Y., Okada, Y., Nakauchi, H., Heissig, B., Hattori, K.
“Plasmin inhibitor reduces T-cell lymphoid tumor growth by suppressing
matrix metalloproteinase-9-dependent CD11b(+)/F4/80(+) myeloid cell
recruitment”, Leukemia 26(2): 332-9, 2012 Feb.
4│ Nishida, C., Kusubata, K., Tashiro, Y., Gritli, I., Sato, A., Ohki-Koizumi,
M., Morita, Y., Nagano, M., Sakamoto, T., Koshikawa, N., Kuchimaru,
T., Kizaka-Kondoh, S., Seiki, M., Nakauchi, H., Heissig, B., Hattori, K.
“MT1-MMP plays a critical role in hematopoiesis by regulating HIFmediated chemo-/cytokine gene transcription within niche cells”, Blood
119(23): 5405-16, 2012 Jun 7.
5│ Tashiro, Y., Nishida, C., Sato-Kusubata, K., Ohki-Koizumi, M.,
Ishihara, M., Sato, A., Gritli, I., Komiyama, H., Sato, Y., Dan, T.,
Miyata, T., Okumura, K., Tomiki, Y., Sakamoto, K., Nakauchi, H.,
Hattori, K., Heissig, B. “Inhibition of PAI-1 induces neutrophil-driven
neoangiogenesis and promotes tissue regeneration via production of
angiocrine factors in mice ”, Blood 119(26): 6382-93, 2012 Jun 28.
25
幹細胞制御領域
5年間の成果
プロテアーゼ活性による
幹細胞動態および
組織再生制御機構の
解明とその臨床応用
❶ については骨髄中の組織幹細胞の動態を制御するマト
リックスメタロプロテイナーゼ(MMP)群、あるいは、血液
A
Plg +/+
Plg -/-
凝固・線維素溶解系(線溶系)因子群の各種プロテアーゼ間相
投与前
互作用の存在を明らかにしました(図 1)。また薬剤による各
種プロテアーゼ活性の調節は、組織幹細胞動態を制御し、造
血組織の損傷修復を促進することを見いだしました 3,6。
❷ では、線溶系に作用する各種薬剤により、マウス生体
3日後
の末梢に形成された虚血性壊死組織の再生、下肢血流および
その機能回復を促進することに成功しました。研究成果は、
服部浩一
[分野長]
各種血管閉塞性疾患の新しい治療法の可能性、そして 薬の
10日後
分子標的を示唆したといえます(Topics 参照)。
❸ で、神戸学院大学との共同研究で開発された線溶阻害
剤は、各種 MMP 活性、および腫瘍組織中への骨髄由来細
血液中には、
血液凝固、
血栓溶解を制御する
各種プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)が存在し、
各種臓器・組織への血流を維持しています。
胞動員の阻害を介し、マウス生体中の悪性リンパ腫細胞の増
❹ の研究を通じて開発された線溶阻害剤は、一部の疾患
造血系細胞
モデルにおいて、その病勢と炎症性サイトカインの分泌、そ
して炎症性細胞動員を抑制することが判明し、新しい免疫・
組織前駆細胞
炎症性疾患治療法の可能性を提示しました。
❺ では、動脈硬化性プラーク形成における、MMP をは
じめとする各種プロテアーゼ活性の重要性が明らかとなり、
組織幹細胞は、各種臓器組織の再生に寄与する分化・増殖
治療薬 出、診断技術開発によるトランスレーショナルリサ
動脈硬化性疾患治療の新しい分子標的の可能性を示唆しまし
能を有した成体既存の細胞群です。すでに一部は造血幹細胞
ーチをおもな研究目的としてきました。この 5 年間のおも
た。
移植等を通じて臨床現場に普及しており、その安全性は、あ
な研究課題は以下の 5 つに集約されます。
❶ 造血機構の解明とその臨床応用
遺伝子操作を経ずに人工多能性幹細胞(iPS 細胞)や胚性幹細
❷ 血管新生・組織再生制御機構の解明とその臨床応用
胞(ES 細胞)に比肩する多能性をもつことが確認されており、
❸ がん・腫瘍増殖機構の解明とその臨床応用
医療技術開発上、新しい可能性が見いだされています。当領
❹ 免疫・炎症性疾患病態の解明とその臨床応用
域では、こうした組織幹細胞の動態、これに伴う組織再生の
❺ 動脈硬化病変の解明とその臨床応用
制御、各種疾患病態の形成機構の解明、これらを基礎とした
Topics
壊死病変の組織再生に成功──梗塞治療に画期的展開
動脈硬化を基礎とした虚血性疾患の多くは、血管閉塞に伴う壊死組織の
形成(すなわち、梗塞)を主病態としています。当領域では、生体内の血液
Day1
Day2
Day3
た、組織中に動員された骨髄由来細胞には、血管新生因子供給能が存在す
対照群
凝固能を制御する線溶系が、各種プロテアーゼ活性化に伴う造血因子の分
泌亢進を介し、骨髄由来細胞の動態に関与することを見いだしました。ま
ることが判明しました。さらに当領域では、プラスミノーゲン(Plg)の活
生の新機構と、これを活用した再生医療の新たな可能性について提示した
もので、国際学会および国際学術雑誌上で高い評価を受けました。国内で
tPA 投与群
性化因子および抑制因子阻害剤の投与により、マウス虚血肢モデルに形成
された壊死組織の再生と機能回復に成功しました。本研究成果は、組織再
も日本血液学会でプレナリーセッションに選出され、所内成果発表会でも
ベストポスター賞を受賞し、毎日新聞をはじめとするメディアを通じて紹
組織幹細胞
骨組織
ストローマ細胞
図 1 │A:Plg 遺伝子欠損マウス(Plg-/-)は、その野生型(Plg+/+)と比較して、抗が
ん剤による骨髄組織傷害後の組織再生が有意に遅延していた。B:線溶系や MMP 等の各
る程度担保されています。また近年、一部の組織幹細胞は、
26
骨髄内血管
可能性を提示しました 4。
研究目的と研究内容
介されました 2,5。
骨髄組織
殖を抑制しました。研究成果は、新しいがん分子標的療法の
当領域では、
これらの各種プロテアーゼ活性による
組織幹細胞の動態制御、
そしてこれを通じた、
組織再生機構の解明を通じ、
がん、
動脈硬化性疾患、
免疫性疾患などの
新しい治療法の開発に向けて、研究を展開しています。
▶▶
B
マウス大腿動静脈結紮後の組織型プラスミノーゲン活性化因子(tPA)投与
群では、対照群と比較して有意に血流回復が促進されている。
種プロテアーゼ活性の調節は、骨髄中の造血幹細胞動態そして骨髄組織再生を制御する。
今後の展望
この 5 年間の研究成果により、MMP、そしてこれを上方
ない新しい治療法の開発基盤として期待されることを示しま
制御する凝固・線溶系に属する各種プロテアーゼの活性は、
した。今後は、各種動物の疾患モデルとヒト臨床検体を中心
血管新生を含む組織再生、がん、炎症、動脈硬化という多く
に用いて、これまでの研究成果を基礎とした動物実験データ
の生命現象、疾患病態に関与することが判明しました。ま
のヒトでの有用性、各種薬剤の有効性と安全性を確認し、可
た、薬剤によるこれらプロテアーゼ活性の調節は、骨髄由来
及的速やかにトランスレーショナルリサーチとして展開し、
細胞の動態を介して、各種疾患病態の制御に寄与し、従来に
臨床への還元をめざしていきます。
おもな論文
1│ Caiado F, Carvalho T, Rosa I, Remedio L, Costa A, Matos J, Heissig
B, Yagita H, Hattori K, Pereira DS, Fidalgo P, Dias A, Dias S: Bone
marrow-derived CD11b+Jagged-2+ cells promote epithelial to
mesenchymal transition and metastization in colorectal cancer. Cancer
Res, 2013 (in press)
2│ Tashiro Y, Nishida C, Sato-Kusubata K, Ishihara M, Gritli I, Sato A,
Ohki-Koizumi M, Sato Y, Komiyama H, Tomiki Y, Sakamoto H, Dan
T, Miyata T, Okumura K, Nakauchi H, Heissig B, Hattori K: Inhibition
of PAI-1 induces neutrophil-driven neoangiogenesis and promotes tissue
regeneration via production of angiocrine factors in mice. Blood 119:
6382-6393, 2012
3│ Nishida C, Kusubata K, Tashiro Y, Gritli I, Sato A, Koizumi M, Morita
Y, Nagano M, Ogawa H, Sakamoto T, Seiki M, Nakauchi H, Heissig
B, Hattori K: MT1-MMP plays a critical role in hematopoiesis by
regulating HIF-mediated chemo-/cytokine gene transcription within
niche cells. Blood 119: 5405-5416, 2012
4│ Ishihara M, Nishida C, Tashiro Y, Gritli I, Rosenkvist J, Koizumi M,
Yamamoto R, Yagita H, Okumura K, Nishikori M, Wanaka K, Tsuda Y,
Okada Y, Nakauchi H, Heissig B, Hattori K: Plasmin inhibitor reduces
lymphoid tumor growth by suppressing matrixmetallproteinase-9
dependent CD11b+/F4/80+ myeloid cell recruitment, Leukemia ,
26.332-339, 2012
5│ Ohki M, Ohki Y, Ishihara M, Rosenkvist J, Gritli I, Tashiro Y, Akiyama
H, Komiyama H, Lund LR, Nitta A, Yamada K, Zhu Z, Ogawa H,
Yagita H, Okumura K, Nakauchi H, Werb Z, Heissig B, Hattori K:
Tissue type plasminogen activator regulates myeloid-cell dependent
neoangiogenesis during tissue regeneration Blood 115: 4302-4312,
2010
27
病態解析領域
5年間の成果
全国の医療機関と
問題解決型の
臨床研究を展開
▶▶
Topics
日本サイ
トメトリー学会学術
奨励賞の受賞
渡辺恵理・特任研究員(平成 23 年度、11
の共同研究で、FCM を使用した ATL 細胞の解析法を開発
合免疫不全(SCID)に対する臍帯血移植後のキメリズム動態
しました(HAS-Flow 法) 。その後、厚生労働省鵜池班にお
を解析し、骨髄系細胞のキメリズムが長期間遷延することを
ける臍帯血移植と樹状細胞療法の臨床試験に参加して、ATL
示しました(図 2)。
1,3
❸ については、岡山大学病院の高木章乃夫准教授および
寛・大学院生が急性型 ATL 細胞とマウス間葉系細胞との共
広島大学病院の大段秀樹教授との共同研究で、生体肝移植後
知寛・大学院生(平成 25 年度、ATL における
培養系を用い、マルチカラー FCM を使って ATL 幹細胞の
の病態解析やドナー肝臓由来 NK 細胞による細胞療法のモ
HAS-Flow 法の臨床応用—12 カラーの病態解析か
探索を進め、幹細胞マーカーの候補を複数同定しました。
ニタリングを行いました。
ら 4 カラーの臨床検査まで—)が、最優秀演題
❷ については、東京医科歯科大学の森尾友宏准教授との
態と白血病細胞の同時モニタリング)と、石垣
[分野長]
共同研究により、独自に開発した HLA-Flow 法 2,4,5 で重症複
細胞などの詳細な解析を行っています(図 1)。また、石垣知
カラー FACS 解析による造血細胞移植後の生着動
渡辺信和
❶ については、医科学研究所附属病院の内丸薫准教授と
に選ばれました。
を考え、フローサイトメーター(FCM)で患者さんの検体を
移植後に患者さん由来とドナー由来の細胞がどのような割合で混じってい
❶ 成人 T 細胞白血病(ATL)の病態解明をめざした ATL 細胞
CD127
10
リンパ球
10
31.2%
10
10
3
10
TSLC-1
CD45RA
90.0%
2
10
102
10
2
10
10
3
10
100
4
10
10
1
10
2
10
3
10
10
101
CD16
0
10
0
10
102
103
104
100
抗 CCR4 抗体療法で細胞
傷害活性を発揮する NK 細胞
1
2
10
10
3
10
97.6%
100
101
102
103
104
CD127
103
102
4
10
0.00% 98.3%
1.70%
101
100
100
101
102
103
100%
0
10
104
CCR4
抗 CCR4 抗体療法の標的となる
CCR4 陽性の ATL 細胞
図 1│臍帯血移植後の ATL 細胞と免疫細胞の同時解析
ATL に対する臍帯血移植後 3 週目の末梢血細胞。ATL の治療は化学療法に加えて造血細
胞移植や抗 CCR4 抗体療法が導入され、予後の改善が期待されている。それに伴い解析
方法も複雑化しているが、当領域では 12 カラーの HAS-Flow 法により ATL 細胞、制御
性 T 細胞、NK 細胞、および CCR4 発現の同時解析を可能にした。
1
10
2
3
10
10
4
10
NK 細胞
104
104
Treg 分画
101
102
104
CD127
103
102
101
CCR4
103
102
100
4
0.016%
102
101
101
102
ATL 細胞
104
NK 細胞分画
96.3%
103
100
101
正常CD4+T 細胞
4.57% Treg 分画
TSLC-1
CD3− 細胞
104
18.6%
100
101
0
103
102
101
29.8%
62.9%
1
B 細胞
4
10
0.00%
103
102
103
70.2%
CD8+T 細胞
104
0.00%
103
104
101
0
4
10
16.2% 65.2%
102
100
4
CD4+細胞
CD3
100
1
103
102
100
0
104
101
CD56
❹ 歯科口腔外科領域における間葉系細胞を用いた再生医療
10
103
るかを調べること)
❸ 肝臓がんや肝機能不全に対する生体肝移植後の病態解析
10
100
4
103
HLA-B13(レシピエント特異的マーカー)
細胞移植後の生着不全と再発の病態解析(キメリズム解析とは、
10
3
CD4+T 細胞
104
CD45RA
機関からの相談に応じて、問題となっている病態の解析方法
2
CD7
❷ キメリズム解析によるヒト白血球抗原(HLA)不一致造血
私たちのおもな研究テーマは以下の通りです。
10
1
CD25
の現場で役に立つ検査方法を開発することです。全国の医療
102
9.94%
CD4
の解析
103
101
0
104
私たちの研究目的は、ヒト疾患の病態解析を通じて、臨床
Treg 分画に
ATL 細胞が濃縮
CD25
101
研究目的と研究内容
質に応じて色分けし分別する装置です。
32.3%
CD7
102
制御性 T 細胞(Treg)
CD25+CD127−細胞
104
Treg 分画
103
100
解析しています。FCM とは、一つひとつの細胞を、その性
CD4+細胞
104
CD25
私たちはフローサイトメトリーという細胞分別法を使用した
ヒト疾患の病態解析を通じて、臨床検査法の開発をめざしています。
5年間の臨床研究の成果として、成人T 細胞白血病細胞解析法や
キメリズム解析法などの実用化が期待されています。
102
103
104
単球
21.5%
0
10
1
10
2
3
10
10
4
10
骨髄系樹状細胞
103
103
2
2
0
10
100%
0
10
1
2
10
67.9%
101
32.0%
59.0% 40.8%
0
10
1
10
2
10
3
10
4
10
0
10
0
10
1
10
45.6%
2
3
10
4
10
ドナー
由来細胞
1
10
3
10
54.3%
10
45.9%
1
2
10
レシピエント
由来細胞
102
101
10
4
10
形質細胞様樹状細胞
54.1%
0
10
10
103
10
3
10
顆粒球
4
104
103
102
0
10
10
101
104
100
101
10
1
10
100
100
4
78.5%
10
10
101
100%
10
103
2
0
4
10
100
100
101
102
103
104
HLA-B12(ドナー特異的マーカー)
図 2│原発性免疫不全症に対する臍帯血移植後の著明なキメリズム
Artemis 症候群に対する臍帯血移植後、白血球のサブセットごとのキメリズムを HLAFlow 法で解析した。患児にもともと存在しない T 細胞と B 細胞は 100% ドナー由来で
あったが、移植後 1 年経過後も NK 細胞や骨髄系細胞ではさまざまな頻度のレシピエン
ト由来細胞が検出された。
今後の展望
HAS-Flow 法と HLA-Flow 法が最も実用化に近いと考えら
には肝炎の再燃、拒絶反応、肝臓がんの再発など、さまざま
れることから、これらの実用化をめざします。また、わが国
な問題が起こります。この問題に対処するため、私たちは臓
では 7000 例以上の生体肝移植が行われていますが、移植後
器移植分野においても臨床検査法の開発をめざします。
おもな論文
1│ Kobayashi S, Tian Y, Ohno N, Yuji K, Ishigaki T, Isobe M, Tsuda M,
Oyaizu N, Watanabe E, Watanabe N, Tani K, Tojo A, Uchimaru K.
The CD3 versus CD7 Plot in Multicolor Flow Cytometry Reflects
Progression of Disease Stage in Patients Infected with HTLV-I. PLoS
One. 2013; 8(1): e53728.
2│ Matsuno N, Yamamoto H, Watanabe N, Uchida N, Ota H, Nishida
A, Ikebe T, Ishiwata K, Nakano N, Tsuji M, Asano-Mori Y, Izutsu K,
Masuoka K, Wake A, Yoneyama A, Nakauchi H, Taniguchi S. Rapid
T-cell chimerism switch and memory T-cell expansion are associated with
pre-engraftment immune reaction early after cord blood transplantation.
Br. J. Haematol. 160(2): 255-258, 2013.
3│ Tian Y, Kobayashi S, Ohno N, Isobe M, Tsuda M, Zaike Y, Watanabe N,
Tani K, Tojo A, Uchimaru K. Leukemic T cells are specifically enriched
28
in a unique CD3(dim) CD7(low) subpopulation of CD4(+) T cells in
acute-type adult T-cell leukemia. Cancer Sci. 102(3): 569-577, 2011.
4│ Yamazaki S, Suzuki N, Saito T, Ishii Y, Takiguchi M, Nakauchi H,
Watanabe N. A rapid and efficient strategy to generate allele-specific
anti-HLA monoclonal antibodies. J. Immunol. Method, 343(1): 5660, 2009.
5│ Watanabe N, Takahashi S, Ishige M, Ishii Y, Ooi J, Tomonari A, Tsukada
N, Konuma T, Kato S, Sato A, Tojo A, Nakauch H. Recipient-derived
cells after cord blood transplantation : Dinamics elucidated by multicolor FACS, reflecting graft failure and relapse. Biology of Blood and
Marrow Transplantation, 14(6): 693-701, 2008.
29
5年間の成果
❶ iPS 細胞樹立基盤技術の確立・整備:京都大学の山中伸弥
教授らの方法を習得し、さらに誰でも効率よく iPS 細胞を樹
立できるよう、独自のレトロウイルス産生用細胞株の樹立を
めざし、成功しました。これを用いて血球細胞から iPS 細胞
が樹立できることを証明しました 5。加えてレンチウイルス
ベクター、センダイウイルスベクター、エピソーマルベクタ
ーを用いた方法にも習熟し、目的に応じた樹立法を選択しつ
図 1│iPS 細胞の技術講習会のようす
講習は 3 年間継続して、各年 2 日間(初日座学、2 日目技術講習会)の日程
で行った。大学、企業、製薬会社等からのべ 300 名近い参加者があり、第三
者によるアンケートにおいて、
「講習会は大変有用であった」との評価を得た。
つ、主として採取時の侵襲の少ない末梢血サンプルからの
iPS 細胞の樹立を継続しています。
❷ 疾患特異的 iPS 細胞の樹立・保管:倫理体制等を整備し、
適切なインフォームドコンセントに基づいて、現在までに
19 疾患 22 例の疾患特異的 iPS 細胞の樹立に成功しています。
❸ iPS 細胞を用いた血球分化誘導法の確立と応用:血小板
(Topics 参照) のみならず、赤血球、T リンパ球、好中球等、
多系統の血球細胞への誘導系を確立し、研究に応用していま
す。
❹ 疾患特異的 iPS 細胞を用いた研究:慢性肉芽腫症、ウィス
コットオルドリッチ症候群等の免疫不全症を中心に、病態解
明、治療法開発研究を継続して展開しています。
❺ iPS 細胞研究の啓発活動:iPS 細胞の取り扱い技術等をま
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は
血球などに分化させて再生医療に用いることができます。
また、
難病の病因解明や治療法開発にも役立ちます。
当分野では、iPS細胞を樹立する技術を基礎として
こうした研究に取り組んでいます。
当分野では、iPS 細胞からさまざまな血液細胞を作製して研
究に用いています。その目的の 1 つは、赤血球や血小板など
輸血製剤としての使用であり、もう 1 つは病気の患者さんか
ら iPS 細胞を用いて試験管の中で病気を再現し、新たな治療法
や薬の開発に役立てることです。実際には iPS 細胞から血小板
を作製してマウスの体内で働くことを証明し、また、遺伝性の
血小板異常症患者さんの iPS 細胞を用いた病態解析を行い、そ
れらの成果を海外の研究誌に報告しました 1,3。
造血幹細胞研究への応用
移植への応用
▶▶
Topics
第16 回日本遺伝子治療学会の
Journal of Gene Medicine 賞を受賞
大津分野長が北海道大学において行った日本初の遺伝子治療
臨床研究の功績により本賞を受賞しました。患者さんで欠損し
ている遺伝子を造血幹細胞に導入することで、安全な手技によ
技術の啓発を目的として、医科学研究所講堂における座学形
ました(図 1)。
造血幹細胞
前駆細胞
今後の展望
これまでに多くの疾患特異的 iPS 細胞を樹立してきました
が、有効な治療法が見つからない難病はまだ多く残されてい
ます。病気の原因を正確につきとめて、最適な治療法を見い
だすためのツールとして iPS 細胞は今後もよりいっそう利用
されていくことになるでしょう。さらに iPS 細胞は、血球の
みならず、さまざまな細胞へと分化させて再生医療に広く用
り明らかな治療効果をあげることができました。遺伝子治療の
いられることが期待されています。当分野では、すでに臨床
研究において蓄積された多くのノウハウは当分野の業務、研究
応用への同意を付した iPS 細胞の樹立を開始していますが、
を遂行する上で大いに役立っています。
今後は特に安全性を注意深く検証しつつ、実際の再生医療へ
研究目的と研究内容
iPS細胞
式の講習会とステムセルバンク培養室での技術講習会を行い
の臨床応用を慎重に重ねていくことが求められています。
顆粒球
赤血球
巨核球と
血小板
マクロ
ファージ
樹状細胞
NK細胞
T細胞
B細胞
各細胞を使用しての病気の研究、
治療薬開発
輸血製剤としての利用
iPS 細胞から血液細胞を誘導して治療/研究に応用する。
おもな論文
当分野は、文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト・
次世代遺伝子・細胞療法の開発」を実現するべく、先天性遺
ヒト iPS 細胞等研究拠点整備事業」の支援のもと、2009 年
伝病等の難病患者さんからの iPS 細胞の樹立と、それを用い
に東京大学拠点内に設置され、その後内規等の整備を経て、
た病因解明、治療法開発等の研究を継続して行っています。
医科学研究所内の研究部門として認められ現在に至っていま
また、理化学研究所バイオリソースセンター等を介して拠点
す。設立当初は、iPS 細胞の樹立法、維持法等の技術基盤を
外の研究者にもこれらの試料を配布し、広く研究に応用して
確立し、拠点内の事業を根本から支える技術的中核部門とし
いただくこと、iPS 細胞研究全体の裾野拡大に貢献すること
ての機能が求められました。その後、当該事業は終了しまし
等も、当分野に期待されている役割と認識し、継続して行っ
たが、設立当初からの目標である「ヒト iPS 細胞等を用いた
ています。
30
iPS 細胞から作製する血液細胞を利用した研究
し、98 件、161 部の配布を完了しています。また、iPS 細胞
さまざまな細胞からiPS 細胞を樹立し
研究と治療に役立てる
[分野長]
Topics
とめたマニュアル「ヒト iPS 細胞の基本的な扱い方」を作成
ステムセルバンク
大津 真
▶▶
1│ Hirata S, Takayama N, Jono-Ohnishi R, Endo H, Nakamura S, Dohda
T, Nishi M, Hamazaki Y, Ishii EI, Kaneko S, Otsu M, Nakauchi H,
Kunishima S, Eto K. “Congenital amegakaryocytic thrombocytopenia
iPS cells exhibit defective MPL-mediated signaling ”, J Clin Invest
123(9): 3802-3814. 2013 Sep 3.
H, Yamaguchi T, Otsu M, Nishimura K, Nakanishi M, Sawaguchi A,
Nagai R, Takahashi K, Yamanaka S, Nakauchi H, Eto K. “Transient
activation of c-MYC expression is critical for efficient platelet generation
from human induced pluripotent stem cells”, J Exp Med 207(13):
2817-2830. 2010 Dec 20.
2│ Kumano K, Arai S, Hosoi M, Taoka K, Takayama N, Otsu M, Nagae
G, Ueda K, Nakazaki K, Kamikubo Y, Eto K, Aburatani H, Nakauchi
H, Kurokawa M. “Generation of induced pluripotent stem cells from
primary chronic myelogenous leukemia patient samples ” , Blood
119(26): 6234-6242. 2012 Jun 28.
4│ Kaneko S, Otsu M, Nakauchi H. “Reprogramming adult hematopoietic
cells”, Curr Opin Hematol 17(4): 271-275. 2010 July
3│ Takayama N, Nishimura S, Nakamura S, Shimizu T, Ohnishi R, Endo
5│ Okabe M, Otsu M, Ahn DH, Kobayashi T, Morita Y, Wakiyama Y,
Onodera M, Eto K, Ema H, Nakauchi H. “Definitive proof for direct
reprogramming of hematopoietic cells to pluripotency”, Blood 114(9):
1764-1767. 2009 Aug 27.
31
FACSコアラボラトリー
活動内容
質の高いサービスで
幹細胞研究を支える
4000
2N
64.4%
生体はさまざまな細胞群によって構成されています。フロ
ような蛍光タンパク質で細胞群を色分けして、高速流に流
し、そこにレーザーを照射して細胞から発する光(散乱光や蛍
光)の情報を検出することで、1 秒間に約 25,000 個もの細胞
石井有実子
細胞数
ーサイトメトリーは、複数の蛍光色素標識抗体や、GFP の
3000
4N
23.7%
2000
8N
5.74% 8N<
1.25%
1000
を 1 個ずつ一瞬で、かつ高感度に識別して、細胞の大きさ
[チーフオペレーター]
や表面分子、内部分子の情報を解析したり(アナライシス)、そ
0
の情報をもとに特定の細胞だけを生きたまま取り出したり
(ソーティング)する技術です。個々の細胞機能の詳細な解析が
できることから、さまざまな生体反応の機序の解明に役立っ
ています(図 1、2)。そのため、この技術は免疫学、分子生物
蛍光を用いて細胞を色分けし、細胞のもつ情報の
解析や特定の細胞の分別を行うフローサイトメトリーは、
医学・生物学の幅広い研究に威力を発揮します。
0
10 2
10 3
蛍光強度
(DNA数)
10 4
10 5
図 2│フローサイトメトリー解析によるソーティングの例
ヒト巨核球細胞を Hoechst という蛍光色素で染色しフローサイトメトリー解析を行う
と、倍数性に応じたピークが観察される。写真は各ピーク分画の細胞のギムザ染色像
で、左から 2N(核が 1 個)
、4N(核が 2 個)というように、特定の倍数性をもつ細胞
のみが選別されていることがわかる。
学、細胞生物学、再生医療研究、がん細胞研究、さらには植
物学、海洋生物学など幅広い分野で応用され、貢献していま
す。
当施設は、
この手法をより効果的に
活用していただけるよう
機器と周辺環境を最適な状態に整備し、
提供しています。
当施設の利用研究機関は18、
年間総利用件数は2500件にのぼります。
専用ソフトのライセンス契約をしており、利用希望者へ
このフローサイトメトリーに使われる FCM は、高性能な
の有償配布を行っています。以前は、解析に使えるのは
機種は一般に高額で、研究室単位で簡単に購入できる機器で
機器に付属したソフトだけで、そのソフト自体が高額な
はないため、多くの場合、大学・研究所の共通機器施設など
うえ、共用利用のため限られた時間しか使用できない等
に導入されます。残念ながら日本の一般的な共通機器施設で
のデメリットがありましたが、ライセンスの導入により、
は、高額機器を単に集約するだけで、機器操作や精度管理な
各研究室あるいは各個人の PC でいつでもデータ解析を行
どは各研究者にまかせてしまうことが多く、操作に余計な時
設置目的
★ 医科学研究所内限定ですが、FCM データの解析を行う
えるようになりました。
間がかかったり、不適切な維持管理による頻繁な故障で貴重
★ 利用者が利用時間に応じて料金を負担する受益者負担制
当施設は 2004 年 4 月に文部科学省「再生医療の実現化プ
なサンプルが無駄になってしまったりするなど、研究者の負
で、利用料金は機器の維持やアップグレード費、人件費
ロジェクト・研究用幹細胞バンク整備領域」の一環として開
担が大きくなります。また、FCM の原理や、レーザー・蛍
等の補助に使われています。これにより、FACS を長期に
設されました。プロジェクト終了後は、幹細胞治療研究セン
光色素などに関する知識がある程度ないと、複雑な細胞集団
安定運用することが可能となっています。
ターの支援組織として継続され、医科学研究所内外の研究者
の解析や、非常に希少な細胞のソーティングなどは難しく、
を対象としてフローサイトメトリーによる細胞解析・分離の
機器が本来もっている高度な性能を生かすことができませ
研究支援を行っています。フローサイトメトリーに使用され
ん。さらに、機器購入後の維持費などを考慮していない施設
図 1│FCM による解析の一例
る機器は FCM(Flowcytometer)あるいは FACS(Fluorescence
ヒト臍帯血単核球細胞を 7 つの細胞表面抗原マーカーと核染色液で
染色し、FCM で測定後、解析ソフトで解析を行った。7 つのマーカ
ーは異なる蛍光色素でそれぞれ標識されており、FCM はこの蛍光色
素のシグナルを分光して検出する。このような解析はマルチカラー解
析と呼ばれ、1 回の測定でさまざまな細胞集団や、存在比の低い細胞
集団の特徴をとらえることができる。当施設の FCM では、現在、最
大で 13 パラメーターの同時解析が可能となっている。
Activated Cell Sorter)と呼ばれ、当施設の名称の由来となって
います。
の場合、故障時のメンテナンス費をまかなえず、早々に稼働
を停止してしまうなど、非効率かつ無駄の多い運営となりが
ちです。
当施設では、フローサイトメトリーを利用する研究者が、
研究そのものに集中できるよう、最適な環境を整備、提供す
るべく努めています。当施設の特徴は以下の通りです。 10 5
DAPI
★ 専任のスタッフが常駐し、機械の起動から、精度管理、
10 4
解析・ソーティングのセットアップのサポート、さらに実
10 3
験方法に関するコンサルテーションや新規技術情報の提
DAPI - Cells
(Live Cells)
0
供などを行っているので、研究者は利用予約をし、自分
57.2
100K
150K
FSC-A
200K
250K
の実験サンプルの調製さえすれば、精度の高い複雑な解
CD45+ Cells
(Leucocyte)
Live Cells
<FITC-A>: CD3
96.3
104
CD14+ Cells
(Monocyte)
105
<PE-Alexa700-A>: CD14
CD45+ Cells
(Leucocyte)
105
CD3+ Cells
(T Cell)
CD3+ Cells
(T Cell)
104
103
105
38.4
10
0
0
18.6
0
103
104
<Alexa514-A>: CD45
105
21.4
104
0
103
104
<FITC-A>: CD3
105
0
医学部
活動実績
103
CD4+ Cells
(Helper T Cell)
0 103
104
<PE-Cy7-A>: CD4
105
3.66
0
0
103
104
<PE-A>: CD25
105
利用者は年々増加しており、現在では、年間総利用件数
2500 件、稼働時間 3000 時間と非常に高い稼働率を達成し
農学部
ています。また利用する研究者の大学、研究機関も多岐にわ
薬学部
理学部
たっており(表 1)、さまざまな研究活動に貢献しています。
32
幹細胞治療研究センター
感染遺伝学分野
ゲノム制御医科学分野
抗体・ワクチン部門
再生基礎医科学分野
細胞療法分野
システムズバイオロジー研究分野
宿主寄生体学分野
腫瘍細胞社会学分野
人癌病因遺伝子分野
先端癌治療分野
先端診療部
発生工学分野
分子発癌分野
分子療法分野
臨床ゲノム腫瘍学分野
CD25+CD127 lo Cells
(Regulatory T Cells)
104
76.8
CD8+ Cells
(Killer T Cell)
東京大学 医科学研究所
東京大学
105
103
3
析やソーティングを行うことができます。
CD4+ Cells
(Helper T Cell)
<PE-Cy5-A>: CD127
50K
<PE-Texas Red-A>: CD8
0
表 1│当施設を利用した研究室・施設一覧(2012 年度)
他大学・研究所・企業
北里大学
慶應義塾大学
順天堂大学
東京医科歯科大学
東京医科大学
東京女子医科大学
東京農工大学
日本医科大学
日本大学
明治大学
理化学研究所
国立栄養・健康研究所
微生物化学研究所
株式会社 東芝
株式会社 ソニー
第一三共株式会社
発達医科学教室
免疫学講座
分子予防医学教室
産婦人科教室
循環器内科学教室
老年看護/創傷看護学
皮膚科学科
獣医外科学教室
免疫制御学教室
遺伝学教室
細胞物理化学分野
33
データ集
国際共同研究の推進
当センターは、最先端の再生医療をめざして、世界各国の
大学および研究所と緊密な連携をとりながら研究を進めてい
研究と教育
ます。
最先端の研究とそれを担う研究者の育成
■ 連携大学、
研究所
ドイツ
カナダ
ウルム大学
トロント大学
デンマーク
コペンハーゲン大学
英国
ケンブリッジ大学
スウェーデン ルンド大学
論文発表
当センターの研究成果は、有力な学術雑誌に論文として発
米国
■ おもな論文
表されています。
■ 論文発表数
ジョンズ・ホプキンス大学
スタンフォード大学
スローン・ケタリング記念がんセンター
カリフォルニア大学サンフランシスコ校
コーネル大学
100
95
90
94
受賞
80
論文数
60
68
69
幹細胞シグナル制御分野
maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone marrow niche.
Cell. 147(5): 1146-58, 2011. ©Reprinted with permission from Elsevier.
・ Wang J, Sun Q, Morita Y, et al. A Differentiation checkpoint limits hematopoietic
stem cell self-renewal in response to DNA damage. Cell. 148(5): 1001-1014,
2012. 表紙画像も当センターデザインによる。©Reprinted with permission from Elsevier.
50
48
40
分野
・ Kobayashi T, Yamaguchi T, Hamanaka S, et al. Generation of rat pancreas
in mouse by interspecific blastocyst injection of pluripotent stem cells. Cell.
142(5): 787-99, 2010. ©Reprinted with permission from Elsevier.
・ Yamazaki S, Ema H, Karlsson G, et al . Nonmyelinating Schwann cells
70
30
幹細胞治療分野
10
2008
2009
2010
2011
2012
年度
regulates mast cell activation and allergic responses by binding to extracellular
(5)
ceramide. Immunity. 37
: 827-39, 2012. ©Reprinted with permission from Elsevier
・ Nishimura T, Kaneko S, Kawana-Tachikawa A, et al . Generation of
rejuvenated antigen-specific T cells by reprogramming to pluripotency and
dedifferentiation. Cell Stem Cell. 12(1): 114-126, 2013. 表紙画像も当センター
デザインによる。 ©Reprinted with permission from Elsevier.
・ Yamamoto R, Morita Y, Oehara J, et al. Clonal analysis unveils self-renewing
幹細胞プロセシング分野
2010 ・第 52 回米国血液学会 ASH Travel Award(西濱夏海)
2011 ・第 53 回米国血液学会 ASH Abstract Achievement Award(平本貴史)
2012 ・医科学研究所研究成果発表会第 3 位(平本貴史)
幹細胞移植分野
2009 ・第 71 回日本血液学会 優秀ポスター賞(横山和明)
2011 ・第 73 回日本血液学会 奨励賞(河北敏郎)
・第 53 回米国血液学会 ASH Abstract Achievement Award(横山和明)
幹細胞
ダイナミクス解析分野
2012 ・医科学研究所研究成果発表会第 2 位(楠畑かおり)
2013 ・医科学研究所研究成果発表会第 2 位(Douaa Dhahri)
幹細胞制御領域
2010 ・医科学研究所研究成果発表会第 2 位(Ismael Gritli)
2011 ・第 53 回米国血液学会 ASH Abstract Achievement Award(佐藤亜紀)
・医科学研究所研究成果発表会第 1 位(佐藤亜紀)
lineage-restricted progenitors generated directly from hematopoietic stem
cells. Cell. 154(5): 1112-26. 2013. ©Reprinted with permission from Elsevier.
研究費の獲得
■ 研究費獲得件数と金額
800,000
80
700,000
70
59
500,000
795,516
300,000
31
463,169
740,736
56
60
50
40
689,975
638,893
30
200,000
20
100,000
10
0
34
45
400,000
54
2008
2009
2010
2011
2012 年度
0
研究費獲得件数
獲得金額︵千円︶
600,000
2009 ・ISEH Donald Metcalf Award(中内啓光) 2010 ・日本再生医療学会 Young Investigatorʼs Award(小林俊寛)
・日本再生医療学会 Young Investigatorʼs Award 最優秀賞(鈴木奈穂)
・日本再生医療学会 Shinya Yamanaka Lecture(中内啓光)
・第 15 回日本遺伝子治療学会 Journal of Gene Medicine 賞(金子 新)
2011 ・The 12th Royan International Research Award(中内啓光)
・日本血液学会 若手奨励賞(山本 玲)
・第 28 回井上研究奨励賞(小林俊寛)
・第 53 回米国血液学会 ASH Travel Award(頼 貞儀)
2012 ・国際幹細胞学会(ISSCR) Young Investigation(山本 玲)
・日本再生医療学会 Innovation Award(金子 新)
・日本再生医療学会 Young Investigatorʼs Award(山本 玲)
・麒麟児賞(山崎 聡)
・ Izawa K, Yamanishi Y, Maehara A, et al., The receptor LMIR3 negatively
外部資金の獲得に努め、研究資源の充実を図っています。
受賞内容
・
「個体レベルのがん研究」支援活動ワークショップ ベストポスター賞(沖 俊彦)
・日本血液学会奨励賞(中原史雄、加藤菜穂子)
2013 ・ISEH Greg Johnson Award(井上大地)
(ISEH: International Society for Experimental Hematology and Stem Cells)
20
0
年度
2010 ・麒麟児賞(中原史雄)
・TEPIA 知的財産研究助成金受賞(沖 俊彦)
・
「個体レベルのがん研究の魅力:培養細胞と臨床研究をつなぐマトリクス」ワークショップ ベ
ストポスター賞(西田知恵美)
2012 ・医科学研究所研究成果発表会第 1 位(宗像慎也)
2013 ・医科学研究所研究成果発表会第 1 位(島津 浩)
病態解析領域
2011 ・第 21 回日本サイトメトリー学会学術奨励賞(渡辺恵理)
2012 ・第 12 回リバネス研究費オンチップ・バイオテクノロジー賞(石垣知寛)
2013 ・第 23 回日本サイトメトリー学会最優秀講演・学術奨励賞(石垣知寛)
ステムセルバンク
2011 ・第 16 回日本遺伝子治療学会 Journal of Gene Medicine 賞(大津 真)
2013 ・The 4th Meeting of Asian Cellular Therapy Organization Best Poster Award(頼 貞儀)
35
データ集
大学院生の教育
の大学院生を受け入れています。修了後は、研究者、医師な
どとして、国内外で活躍しています。
■ 大学院修了後の進路
・ テキサス大学サウスウエスタン医療センター(米国)│ Sean
Morriosn 研究室
60
50
53
在学生数
48
40
51
50
36
20
国内外から当該分野の著名な研究者が参加するシンポジウ
ムを開催しました。
留学先
・ スタンフォード大学医学系大学院(米国)│ Irving Weissman 研
究室、Robert Negrin 研究室
■ 在学生数
■ 文部科学省委託事業
「再生医療の実現化プロジェクト」支援
Tokyo iPS/Stem Cell Symposium 2010
・ オンタリオがん研究所(カナダ)│ John E. Dick 研究室
テーマ
│ Frontiers of Stem Cell Biology and Stem Cell Therapy
・ ウェルカムトラストがん研究所(英国)│ Azim Surani 研究室
開催日
│ 2010 年 11 月 24 日
・ ライプニッツ加齢研究所(ドイツ)
│Karl Lenhard Rudolph 研究室
会場
│ 東京大学本郷キャンパス 安田講堂
・ カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)│ Dong-Er Zhang 研究室
来場者数 │ 311 名
・ アルバートアインシュタイン医科大学(米国)│ Keisuke Ito /
Paul Frenette 研究室
講演内容 │ “Normal and Neoplastic Stem Cell”
就職先(企業、大学、研究所)
2008
2009
2010
2011
2012
年度
・ ノバルティスファーマ株式会社(ボストン本社)、協和発酵キリン
株式会社、第一三共株式会社、エーザイ株式会社、株式会社リプロ
セル、株式会社羊土社、東京大学、京都大学、慶應義塾大学、千葉
大学、理化学研究所、国際医療研究センター など
ほか
講演会の開催
広く一般の方に向けた講演会を開催しています。
幹細胞治療研究フォーラム
■ 医科学研究所市民公開医療懇談会
当センターでは、月に 1 回幹細胞治療研究フォーラムを
開催しています。このフォーラムは、当センター内の若手中
心の会で、最新の研究をされている先生方を演者に迎えて勉
強し、さらなる意欲の向上を図る場となっています。また、分
野間、研究・臨床の枠を超えた情報交換の場でもあります。
センター発足直後から開始されて、すでに 60 回を超え、
主催
│ 医科学研究所附属病院
開催日
│ 毎月最終水曜日
会場
│ 東京大学医科学研究所 病院棟 8F トミーホール
定員
│ 約 100 名
対象
│ 一般の方々
外部演者 64 名、内部演者 80 名(2013 年 7 月現在)の方々を
■ 「中内幹細胞制御プロジェクト」研究成果報告会
国内外から広く迎えています。
開催日
│ 2013 年 2 月 19 日
会場
│ 東京大学医科学研究所 1 号館講堂
iPS 人材養成事業
当センターは、iPS 細胞研究国際拠点人材養成事業の一拠
点として、優秀な国内外の若手研究者の養成に取り組んでい
ます。iPS、ES 細胞研究分野の先端的な研究プロジェクトを
通じて、若手外国人研究者が研究に従事する機会を提供して
います。
■ 当事業による海外からの学生・研究員受け入れ数(2008-2012 年度)
北米・南米
(米国、
ブラジル)
ヨーロッパ
3人
(オランダ、英国)
5人
合計
28人
開催趣旨 │「中内幹細胞制御プロジェクト」は独立行政法人 科学技術
振興機構 戦略的創造研究推進事業(ERATO)として 2007 年
12 月から 2013 年 3 月まで行われた。プロジェクト終了に
あたり、それまでの研究成果を広く一般の方に報告するこ
とを目的として開催した。
参加者数 │ 約 150 名
講演内容 │ ゲストによる特別講演 2 件とプロジェクトメンバーによる
概要および成果報告 3 件
アジア
(中国、韓国、台湾、
パキスタン、イランなど)
20 人
クリニカルリサーチフェロー制度
中高生見学の受け入れ
当センターでは、将来の科学者の育成に貢献する目的で、
幹細胞研究に興味をもつ中学校、高等学校の生徒さんたちを
2011 年度から始まった本制度は、次世代を担う優秀な
対象とした研究室見学や授業を行っています。最先端の幹細
Physicain Scientist の養成を目的としています。臨床研修
胞生物学やそれを応用した再生医療の分野など、当センター
(後期研修以降)に加えて、希望に応じて最先端の基礎研究にも
の研究プロジェクトを紹介しながら解説しています。特に、
従事することが可能です。クリニカルリサーチフェローは、
文部科学省からスーパーサインスハイスクール(SSH)の認
博士号、認定医、専門医などの取得をめざします。2011 年
定を受けた高等学校からの見学受け入れを、積極的に行って
度から現在までの実績人数は 7 名です。
います。
36
閉会の辞を述べる中内センター長
Irving L. Weissman(Stanford University School of Medicine)
“Lgr5 Stem Cells in Self-renewal and Cancer”
Hans Clevers(Hubrecht Institute)
・ マサチューセッツ総合病院(米国)
│David Scaden 研究室 など
10
0
より多くの人に成果を伝えるために
国際シンポジウムの開催
東京大学大学院医学系研究科および新領域 成科学研究科
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アウトリーチ活動
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データ集
プレスリリース
年月日
タイトル
発表形態
該当論文
分野
分野
多能性幹細胞を用いてマウスの体内でラットの膵臓を作製することに成功
東京大学と JST の共同プレスリリース
Generation of rat pancreas in mouse by interspecific blastocyst injection of pluripotent stem cells. Cell. 2010 Sep
3, 142(5), 787-799
幹細胞治療分野(ERATO)
2010.11.23
ヒト iPS 細胞から止血効果を持つ血小板の産生に成功
東京大学記者発表
Transient activation of c-MYC expression is critical for efficient platelet generation from human induced pluripotent
stem cells. J Exp Med. Epub 2010 Nov 22
幹細胞治療分野
年月日 2011.9.29
タイトル 悪性リンパ腫・白血病治療に新展開──新規分子療法に有効性
―東大医科研がリンパ腫・白血病治療に新たな可能性を示す―
発表形態 東京大学記者発表
該当論文 Plasmin inhibitor reduces T-cell lymphoid tumor growth by suppressing matrix metalloproteinase-9-dependent
CD11b+/F4/80+ myeloid cell recruitment. Leukemia. doi: 10.1038/leu.2011.203
分野
幹細胞制御領域
年月日
タイトル
発表形態
該当論文
分野
年月日
タイトル
発表形態
該当論文
分野
2011.11.24
造血幹細胞の「冬眠」に神経細胞が関与することを発見(白血病再発などの原因解明につながる可能性)
東京大学と JST の共同プレスリリース
Non-myelinating Schwann cells maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone marrow niche. Cell.
2011 Nov 23, 147(5), 1146-1158
幹細胞治療分野(ERATO)
2012.4.3
乳癌幹細胞が生体内に棲み付く仕組みを発見―癌の根治へ期待―
医科学研究所プレスリリース
ErbB receptor tyrosine kinase-NFκB signaling controls mammosphere formation in human breast cancer. Proc Natl
Acad Sci USA. doi: 10.1073/pnas.1113271109
幹細胞移植分野
年月日 2012.11.2
タイトル 過剰なアレルギー反応を抑える生体内の仕組み
―レセプター LMIR3 と脂質セラミドの結合が肥満細胞の活性化を抑制する―
発表形態 医科学研究所プレスリリース
該当論文 The receptor LMIR3 negatively regulates mast cell activation and allergic responses by binding to extracellular
ceramide. Immunity. doi: 10.1016/j.immuni.2012.08.018
分野
幹細胞シグナル制御分野
年月日
タイトル
発表形態
該当論文
分野
年月日
タイトル
発表形態
該当論文
分野
一刻も早い臨床応用をめざして
特許の取得
生命科学分野の研究と特許実務に経験のある学術支援専門
■ 特許出願件数
職員を配し、東京大学 TLO との密接な連携のもと、発明の
20
掘り起こしと迅速な権利化に向けて活動しています。特許は
18
出願することが目的ではなく、これを適切に権利化し社会還
16
元してはじめて意味をもちます。
14
当センターでは過去 5 年間に 53 件の特許出願を行ってい
ます。そのうちの大部分は審査中もしくはこれから審査に入
るものですが、53 件の中から、すでに我が国において 1 件、
国外において 6 件の特許が成立しています。また、毎年、
年度はじめには、センターに新たに加わる学生、研究者を対
象に、特許の基本知識、実験ノートのつけかた、成果有体物
の取り扱い、研究内容の守秘義務などについてオリエンテー
ションも行っています。
特許出願件数
年月日
タイトル
発表形態
該当論文
2010.9.3
成果の社会還元
18
12
12
12
10
8
6
4
6
5
2
0
2008
2009
2010
2011
2012
年度
技術移転・実用化への取り組み
当センターから生まれた革新的技術である、
「iPS 細胞等
の多能性幹細胞から血小板を製造する技術」が 2011 年 9
月に設立されたベンチャー企業「株式会社メガカリオン」
(本社:東京大学アントレプレナープラザ内)に技術移転されました。
株式会社メガカリオンは 2013 年 8 月に産業革新機構から
の投資を受けることに成功し、国の大きな支援と期待を受け
て本格的な事業活動を開始しています。
また、当センターのセンター長である中内啓光教授が中心
となって研究を進めている、動物体内を利用した臓器再生技
術に関する複数の特許については、株式会社アイセル(本社:
東京都港区)が東京大学よりライセンスを受け、その維持・権
利化、社会還元をめざして活動しています。
iPS 細胞由来の多核巨核球(提供:株式会社メガカリオン)
この細胞から血小板がつくられる。
2013.1.4
iPS 細胞を介することにより、抗原特異的 T 細胞を若返らせることに成功
医科学研究所プレスリリース
Generation of rejuvenated antigen-specific T cells by reprogramming to pluripotency and redifferentiation. Cell
Stem Cell. 2013 Jan 3, 12(1), 114-126
リサーチコーディネーターの起用
幹細胞治療分野
研究成果を適切に社会に還元して医学研究を進めるために
2013.2.19
は、ボランティアドナーの協力とその確保が不可欠です。当
すい臓のないブタに健常ブタ由来のすい臓を再生することに成功
医科学研究所、JST、明治大学の共同プレスリリース
Blastocyst complementation generates exogenic pancreas in vivo in apancreatic cloned pigs. Proc Natl Acad Sci
USA. doi: 10.1073/pnas.1222902110
幹細胞治療分野(ERATO)
年月日 2013.5.14
タイトル iPS 細胞から造血幹細胞の作製に成功。さらに遺伝子治療への応用にも成功
―骨髄移植に代わる新たな治療法に期待―
発表形態 JST プレスリリース
該当論文 Generation of engraftable hematopoietic stem cells from induced pluripotent stem cells by way of teratoma
formation. Mol Ther. doi: 10.1038./mt.2013.71
分野
幹細胞治療分野(ERATO)
センターでは、ボランティアドナーが安心して研究に参加・
協力できる体制を整えるため、基礎研究分野としては医科学
研究所内初となるリサーチコーディネーター(以下 RC)を配
置しました。
RC が一括して、研究参加への意思確認・連絡調整・個人
情報管理業務等、研究実施に関わる複雑な事務手続きを遂行
することで、ボランティアドナーの個人情報保護、自由意思
に基づく同意・同意撤回の尊重など、倫理面での支えとな
り、これにより、医学研究の円滑かつ効率的な遂行の実現を
めざしています。
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