積極的に私を信頼し、挑戦することで 私の旅の基礎を

積極的に私を信頼し、挑戦することで
ささ
私の旅の基礎を作ってくれたマイケル・フェルプスと、
水泳界で協力してくれたすべての人々に本書を捧げる。
自らの成長のために最も優先すべきは、
エクセレンス
卓越性の追求である。
そこから充実と自信が生まれる。
能力は仕事の質を変えるだけでなく、
人間そのものを変えるがゆえに、重大な意味を持つ。
ピーター・F・ドラッカー(経営学者)
エクセレンス 【
】
excellence
1 卓越していること。優秀なこと。
2 すぐれている点。長所。
『デジタル大辞泉』
[小学館]より)
(
THE GOLDEN RULES
by Bob Bowman with Charles Butler
Copyright © 2016 by RAB Enterprises, LCC.
Foreword copyright © 2016 by Michael Phelps.
Japanese translation rights arranged with RAB Enterprises, LLC
c/o Chase Literary Agency, New York through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo
All rights reserved.
まえがき (マイケル・フェルプス)
まえがき
僕の夢はオリンピックで戦うことだった。
ボブ・ボウマンはその夢を、
マイケル・フェルプス
そして、他のたくさんの夢をかなえさせてくれた。
もちろん、シドニー、アテネ、北京、ロンドンの夏季大会の出場権を獲得するために、
自分自身がんばった。すべてが計画通りにいけば、2016年のリオデジャネイロオリン
ピックにも出る。
年近く、僕の1日は少しずつ目標に近づくことをめざす早朝のトレーニングで始まる。
なま
ボブ・ボウマンがプールサイドから僕のすべてのストロークを見守り、次のセットを指示
し、たぶんこれがいちばん重要なことだと思うが――あのサウスカロライナ訛りで「マイ
ケル、おまえはもっとできる! も〜っと、できるぞ〜!」とはっぱをかけ――、僕自身
5
20
が無理だと思うがんばりを引き出してくれない日はほとんどなかった。
ボブはコーチングと「エクセレンス」をめざす情熱で、僕がどこまで才能を伸ばし、夢
をかなえることができるかを見せてくれている。
初めてワークアウトをした日に比べると、ボブの声は穏やかになり、髪に白いものが増
えた。それには僕のせいもある。ボブは世界一の水泳コーチかもしれないが、だからといっ
て、2人の関係がぎくしゃくしなかったわけではないし、僕が完璧にボブの「ゴールデン・
メソッド」に従ってきたわけでもない。
個の金メダルを含む
個
どんな関係でもそうだと思うが、当然、最高のときも、最悪のときもあった。それでも
僕たちの関係は記録がよく伝えてくれている。オリンピックで
22
るようだということがわかった。
目標に集中しつづけることに手を貸す」と。やがて、ボブのメソッドはつねに効果を上げ
する計画をおまえが実行することの、何もかもが計画通りにいかないときでも、おまえが
だ。僕のコーチになったとき、ボブはこう言った――「おまえの目標設定と、目標を実現
プ・バイ・ステップで成功とエクセレンスを実現するメソッドを信じ、追求している姿勢
ボブの見た目と態度は少し変わったが、変わらないものが1つある。それは、ステッ
ない理由などないと思っている。
のメダルをとった。そしていま、リオオリンピックを前に、もっと多くの夢をかなえられ
18
6
まえがき (マイケル・フェルプス)
あなたがいまこの本を読んでいる理由はいろいろあると思う。
オリンピックに出る夢を持っているのかもしれない。世界一の
心臓外科医になりたいのかもしれない。CEO (最高経営責任者)
、
コンサート・ピアニスト、あるいは、世界一の母親や父親にな
りたいのかもしれない。
あなたの目標を当てることはできないが、あなたが正しい選択
をしたことはわかる。
あ な た が 夢 を 持 っ て い て、 エ ク セ レ ン ス を 実 現 し た い の な ら、
ボブ・ボウマンのメソッドが必ず役に立つからだ。
信じてほしい。
「信じてほしい」――まさか自分がこの言葉を使うとは。ボブと出会ったときのことを思
歳のときで、
7
い出すと自分でも信じられない。
あのときのことは、いまでもすぐに思い出せる。初めて彼を見たのは僕が
10
ボルティモアのプールで彼を見て、
「 あ の 人 に だ け は 教 わ り た く な い 」 と 思 っ た。 ま る で
何かにとりつかれたかのように、笛を吹き、プールサイドを往復して選手に怒鳴っていた
からだ。
「みんな〜、も〜っと気合を入れろ〜! もっとできるぞ〜、やれ〜っ!」
た
しかし1年と経たないうちに、僕はボブのグループで泳ぐようになった。彼は他のコー
チとはまったく違っていた。いつも万全の準備を整え、今日だけでなく明日に向けた計画
を練り、エクセレンスを実現させるためにものすごく小さなことにも全力を注いでいた。
その後の日々、そして、年を追うごとに、彼のやり方のすばらしさが実感できた。
ボブのグループに入って数週間した頃、
僕たちの間で何かがカチッとはまった。彼に
「飛
べ!」と言われれば、どきりともしないで「どのくらい高く?」と尋ねるといった、以心
伝心のような感じだ。僕は完璧に練習をこなした。彼がタイムを求めれば、そのタイムを
出した。そうしたら、自分の目標に向けて大きく前進していることがわかった。
僕の夢はオリンピックに出て、金メダルをとり、世界記録を樹立することだった。必要
なのは、そこに行くための地図だった。ボブは1997年の夏にその地図を僕にくれた。
ボブが両親と僕に会いたいと言ったとき、僕はてっきり、練習をさぼったことをしかられ
るのだと思った。だが、そうではなかった。
ボ ブ は 僕 が 競 泳 で 特 別 な 記 録 を 作 る 可 能 性 が あ る と 言 っ た。 僕 が 聞 き た か っ た 言 葉 を
8
まえがき (マイケル・フェルプス)
言ってくれた。1回だけでなく、何度もオリンピックに出ることができる。オリンピック
に出場したらメダルをとる可能性がある、と。ボブは何も保証しなかったが、確信を持っ
て、可能性を列挙した。その日、僕はボブに自分の水泳人生を託そうと決めた。その決断
を後悔したことは一度もない。
3年後、
僕はシドニーでオリンピックデビューを果たした。 歳だった。運転免許も持っ
ていなかった。ボブは約束を守って、とても特別なところに僕を行かせてくれたのだ。メ
ダルは逃したが、ボブと僕はオリンピックの雰囲気に浸り、次のオリンピックを考えはじ
めた。ボルティモアに戻って、計画を立て、さらに4年後に最初の金メダルをとって、ま
た、夢の1つを実現させた。
成功を重ねる途中で失敗もした。そのいくつかは世間で大きく取り上げられた。そうい
うとき、ボブはコーチとして、友人として、そばにいて、支え、導いてくれた。何よりも、
今日の困難を乗り切って、より良い明日に向けて立ち上がることを教えてくれた。
この本に書いてあるように、エクセレンスは日々の努力があっ
て初めて実現する。
しかし、毎日〝金メダル〟をとることはできない。必ず、うま
9
15
くいかないときがある。
エクセレンスを実現するための「ゴールデン・メソッド」には、
そういう逆境を乗り越えるスキルが含まれている。
大切なことを教わったのは、プールの外でのほうが多かった。おかしなことに、大きな
大会のときは、たとえオリンピックでも、レースの戦略についてボブと話したことはない。
そういうことはボルティモアで話し尽くすからだ。試合の合間にいちばんよく話したのは
人生についてで、僕のレースカレンダーが空白のときや、現役を引退したときに役に立つ
ことをいろいろ教えてもらった。
もっとも、僕の希望通りにことが進むなら、近い将来それを必要とすることはないだろ
う。引退を撤回して、2016年のリオオリンピックをめざすトレーニングを始めたのは、
プールで実現したいことがまだあったからだ。そのためには最良の形でトレーニングを始
める必要があった。それは、ボブのコーチングを受けることだった。
ボブは最高の参謀で、子供、高齢者、新米、オリンピックレベルの生徒など、どんなス
イマーでも理解できるように、難しいストロークを分析して説明する。しかし、ただの参
謀ではない。彼の天職はモチベーターであり、教師だ。情熱を持って人と向き合い、その
人がどんなに遠くまで行けるかを、その人に見せることができる。
10
まえがき (マイケル・フェルプス)
彼はみんなが「1つのレベル」から「次のレベル」に行くのをサポートする方程式を開
発してきた。ボブのメソッドを実行すると、自分のことがいっそうわかるようになる。要
するに、ボブはみんなを引き上げてくれるのだ。
僕がその証拠だ。ボブがいなかったら、僕の人生はまったく別のものになっていたと思
う。ボブがいなかったら、これだけの記録を達成するチャンスも、これだけのメダルを勝
ち取る栄光も生まれなかった。他のコーチでは僕をいまの場所に来させてくれなかったと
思っている。
ボブのようなコーチはいない。彼はエクセレンスを追求する価値と、エクセレンスを追
求したら何が起きるかを、実際に僕に見せてくれた。メダルとか記録ではなく、夢から生
まれた思い出をたくさん見せてくれた。そしていま、そのことを教えてくれたボブに心か
ら感謝している。
11
君
も
チ
ャ
ン
ピ
オ
まえがき マイケル・フェルプス ン
に
な
れ
る
個の金メダルをもたらした「ゴールデン・メソッド」
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか? 壁にぶつかろうとも、
「エクセレンス」を追求しつづける
STEP 1 {Vision}
「人生最良の瞬間」を毎日味わうために
共有できる人が多いほどそのビジョンは実現しやすくなる
夢をかなえるための「ビジョン作り」の始め方
いま確信できなくても、否定せずにとっておく
事実と経験と直観から「未来」が見えてくる
「どこに行きたいか」をはっきりと思い描こう
目
次
自分が実現したい明確な「ビジョン」を持つ 第1章
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19
5
進むべき道から外れないために〝額縁〟が必要
54
43
44
47
50
58
38
36
33
18
第 2 章 自分の「本当の目標」と向き合うことがチャンピオンの証
STEP 2 {All-In}
成し遂げる人はみな「オールイン姿勢」を備えている 無名の選手を伝説に変えた「適切な姿勢」とは?
結果をめざすなら「勝つ」ことを目標にしてはいけない
日々、前進していくうえで欠かせない前向きのエネルギー
「とにかくやってみよう」の姿勢を持てるかどうかが大事
「ポジティブな熱意」か、
「ネガティブな熱意」か
姿勢をどれだけ「自己管理」できるかが結果を左右する
あらゆるハンディは「オールイン姿勢」で克服できる
STEP 3 {Risk}
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「オールイン姿勢」は自分からどんどんアピールしよう
第3章
大きな目標のためにあえて「リスク」を負う 成長を加速させる「リスクテイキング耐性」の磨き方
可能性に賭けて「大きなものを失うリスク」を負えるか
そのリスクが、期待を超えた成果をもたらしてくれる
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92
96
64
60
69
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81
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不安要素は「小さなステップ」で着実に解消していこう
STEP4 { Game-Plan }
リスクの先には「勇気」というごほうびが待っている
「コンフォートゾーン」から上手に抜け出すコツ
第 4 章 「ゲームプラン」があればゴールまで迷わない 行きたいところに自分を連れていってくれる「土台」作り
長い道のりの途中で目印となる「中間目標」を設定する
STEP 5 {Routine}
状況に応じた「プレビュー」でゲームプランを見直す
良い結果を「期待」するだけでは何も実現しない
準備をしないまま夢を追った「失敗」から学んだこと
その目標は毎日「見える」ところに掲げてあるか
「書き出す」ことでゴールをめざす習慣が身につく
第 5 章 「毎日」進みつづける努力を欠かさない 勝負の行方は「だれも見ていないところ」で決まる
1日を良い状態でスタートできる「ルーティン」を作ろう
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138
114
118
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134
142
112
101
108
105
120
123
130
「何のために今日を過ごすのか?」を日々意識する
「練習」でできないことを「本番」でできると思うな
「粘り強さ」が目標達成までの距離を縮めてくれる
ライバルを置き去りにするのは「ちょっと余分の努力」
大事な場面で「いつもどおり」の力を発揮するには
STEP 6 {Team}
「今日できたこと」が、明日のエクセレンスの糧になる
第 7 章 STEP 7 {Motivation}
理想のサポーターは3つの「I」を備えている
「ナックルヘッド」をチームに加えてはいけない
つらいときに手を差し伸べてくれる「同志」を見つけよう
未来の協力者はあなたに「頼まれる」のを待っている
ビジョンの追求に力を貸してくれる人はだれか?
「チーム」のサポートなくして個人の成功はない 第 6 章 155
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情熱に火をつける「モチベーション」の保ち方 集中できないときは「集中するふり」だけでかまわない
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157
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「変化のないルーティン」はモチベーションの大敵
「第2のスキル」で情熱のエネルギーを充電しよう
1人ひとり異なる「やる気のスイッチ」を持っている
「ミーティング」をやめたらモチベーションが上がった
STEP 8 {Adversity}
「やる気」よりも「完璧」を優先するのは逆効果
第 8 章 さらなる高みに行くには「逆風」が必要 練習のときにあえて「不快な環境」を作る理由
「ストレス」に慣れていればどんな状況も怖くない
失敗を繰り返した経験が「回復力」を高めてくれる
「受け入れた」瞬間から、その失敗はプラスに変わる
STEP 9 {Confidence}
逆風に見舞われたときこそ周りの助けを利用しよう
「悩みを打ち明ける勇気」が新たな道を切り開く
第 9 章 いざというときの「自信」が決定力になる 212
!? 203
222
224
232
216
「ささいなこと」ほどないがしろにしてはいけない
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205
200 196
207
220
229
242
こうすれば「初めての経験」を「最高の学び」に変えられる
大事な場面で「集中力」が途切れないようにする方法
「緊張」に打ち勝つ人と負ける人はどこが違うか?
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STEP 10 {Celebration}
「チャンスを楽しむ姿勢」が最高のパフォーマンスを生む
章 283
260
257
253
263
244
「祝う」ことで新しいビジョンが見えてくる 達成した瞬間を「忘れられない思い出」にしよう
はるか未来の目標も「現在」から始まっている
「次は何?」を用意しておけば道を見失わない
298
278
268
274
結果がどうであっても「次のチャンス」は必ずやってくる
エピローグ 付録
ボブ・ボウマンの記録 付録
ボブ・ボウマン名言集 謝辞 292 289
第
10
II I
装丁・本文デザイン 鈴木大輔・江﨑輝海(ソウルデザイン)
カバー写真 Dirk Wüstenhagen Imagery ゲ
/ ッティ イメージズ
翻訳協力 オフィス・カガ
編集協力 株式会社ぷれす
編集 平沢拓(サンマーク出版)
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
た
ふと立ち止まり、先のことを考えることがあるだろう。だが、そんなことをしても、仕
事が減るわけではないし、自分を頼る人や溜まった請求書が減ることもない。立ち止まっ
たた
たら、入ってくるはずの小切手も入ってこない。「不安」と「ストレス」という2頭のモ
ンスターがドアをがんがん叩きはじめる。そんなとき、つい両手を上げて、「わかった。
ゆう ひ
おまえたちの勝ちだ。もう諦める」と言いたくなる。
しかし、デラウェアの海辺に広がる白い砂を夕陽が金色に染め、心地よいそよ風が大西
洋の海面をさざめかせていた2013年のあのゴージャスな夏の宵の口、私がモンスター
に捕まる理由はまったくなかった。
当然だ。仕事から、競技から、単調なルーティンから解放されて数か月の休暇を満喫し
年間の大半を4年ごとのオリンピックに追われ、エ
て、数週間前に戻ったばかりだったのだ。私はまだ、心地よい興奮と解放感に浸っていた。
その休みはどうしても必要だった。
ネルギーを使い果たしていたからだ。
シドニーオリンピックへの準備、アテネオリンピックへの準備、それから北京、そして
19
16
だい ご
み
次に、ロンドン。もちろん、オリンピックには格別な醍醐味がある。遠征、テレビ出演、
チンタオ
選手村で配られるオリンピックのピンバッジ、地ビールでの乾杯――シドニーではフォス
ターズビール、北京では青島ビール、ロンドンではニューキャッスルビール。途方もない
さまざまな褒美と、それを受け取る楽しさがあった。
だが、そうした栄光を獲得するために注いだエネルギーははんぱではなかった。愚痴を
言っているのではない。どんな仕事でも――銀行マンでも、CEO、コンピュータプログ
ラマー、母親、父親でも――期限のある任務があって、他の人が「十分」で満足するとこ
ろで「エクセレンス」をめざすなら、当然全力で打ち込まなければならないし、成功には
この種のプレッシャーが欠かせない。普通以上のことを実現するには、ときには予想をは
るかに超えたエネルギーを注がなければならないのだ。
とはいえ、次のオリンピック――2016年のリオ――が視野に入り、すべきことのリ
ストが毎日増えてはいるものの、まだ不安もストレスもなかった。むしろ、リオへの挑戦
にワクワクしていた。新しい選手たちの指導と、新しい記録への挑戦。これまで何度もオ
リンピックに挑戦してきたので、そのすべてについて、何を期待し、どう対応すればいい
かがわかっていた。
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
3
それに今回は、史上最強のオリンピック選手をさらに偉大にするというプレッシャーが
ない。
20
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
だから、あの8月の夕方、大西洋と、サーフィンに興じるティーンエイジャーと、両親
の服をアイスクリームでべとべとにしながら海辺を歩く子供を眺めつつ、こう思った。「机
の上や頭の中に片づけなければならないことは溜まっているが、べつにどうってことはな
い」と。
携帯が鳴ったのは、そのときだった。
メッセージを見た。――ふむ、いったい何の用だ?
年、その間ずっと一緒に記録の更新、メダルの獲得、偉業の達
「近いうちに食事に行こう。 MP」
出会ってからかれこれ
成をめざして互いをプッシュし、
友情を極限まで高め、ときには決裂寸前になることもあっ
)――に関する限り、シンプル
Michael Phelps
たが、彼のメッセージはいつもこんなふうにシンプルだった。
だが、MP――マイケル・フェルプス(
なことなどないことを私は知っていた。
数日後、ボルティモアのインナー・ハーバーにあるフォー・シーズンズ・ホテルでマイ
21
20
ケルと会った。彼はボルティモア屈指の高級レストラン「ウィット&ウィズダム」を予約
していた。
「おまえのおごりだ」と、私は座りながら彼に言った。
個目のメダルを勝ち取ってオ
前年の夏にロンドンオリンピックが終わってから、彼とはほとんど会うこともなく、2、
3回偶然に会った程度だった。マイケルはロンドン大会で
るような生活だ。
私はといえば、
歳の男性ならだれでも夢見
歳で、相変わらず住宅ローンとスタッフの給料を払い、次のスーパー
て、世界旅行をして、ゴルフ三昧の生活を送ると発表した。
リンピック史上最高の金字塔を打ち建てた後、引退して、サブウェイのコマーシャルに出
22
27
しかし、4回のオリンピックを共に過ごした――「オフィス」(ボルティモアで私たちが
ボルティモア・レイブンズの試合やチャリティーイベントでばったり会うこともあった。
ロンドンオリンピック後はマイケルとときどき連絡し合ったし、フットボールチームの
て、これから先のことを考えていたのだ。
門チャンネル「フード・ネットワーク」の番組を見すぎるほど見た。要するに、立ち止まっ
をうろついてサラブレッドを観察し、海辺でリラックスして、何冊もの本を読み、食の専
自分の現在地と次にめざす目的地を考える時間が必要だった。だから、9か月ほど競馬場
スターをめざす選手たちを指導していた。引退する気はなかったが、気分を切り替えて、
47
22
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
練習したプールをそう呼んでいた)での数千時間のトレーニングと世界各地の大会への遠
征をずっと一緒にしていた――後、互いに距離を置く必要があった。
もちろん、絶縁したわけではない。
私たちはビジネスパートナーになり、世界中に水泳スクールを開く計画を立てていた。
新しいタイプの競泳用水着のデザインや開発についてメーカーと話し合っていた。どれも
大きな仕事だが、待ったなしの締め切りに追われるものではなかったし、私の中では、マ
イケルを史上最強のオリンピック選手にする仕事に比べたら、どうということはなかった。
ソムリエが来るのを待つ間、たわいのないことを話した。最近、料理でどんな失敗をし
たかと彼が尋ねた。私は料理番組にはまって、アマチュア料理人になろうとしていたのだ。
彼はパターでいくつか工夫していると言った。
「ドライブはうまくできるし、チップショッ
トも完璧なのに、グリーンが読めない。頭にくるよ」
それがどんな気持ちかはよくわかった。オリンピックに向けたトレーニングを続けた最
後の数年は私たちの友情と私の正気が試された日々だった。その記憶はまだ生々しく残っ
ていた。私たちはマイケルのオリンピックを華々しいフィナーレで飾ることに専念し、最
終的にその目的をかなえたが、私は気力と体力を使い果たした。あれをもう一度繰り返す
など、想像できなかった。
だが、今夜は過去を思い出すのはやめだ。私は自分にそう言い聞かせて、メルローのグ
23
ラスを片手に、リラックスして座っていた……たぶん、2分の1秒ほど。
ほほえ
マイケルが前かがみになって、目を細め、私を見つめた。
「カムバックしようと思う」
私は彼を見つめた。彼はかすかに微笑んだ。
「そうなんだ。もう一度、オリンピックに出ようと思う」
飛び上がって喜ぶべきか、泣き出すべきか、わからなかった。
「カムバックしたい?」
私は少しショックを受け、混乱した。彼はかすかににやりとした表情でうなずいた。
そんなに驚くべきではなかったのかもしれない。マイケルは数か月前、何人かの仲間と
休暇で行ったカボ・サン・ルーカスから夜遅くに電話してきて、カムバックだとかなんと
か言いはじめたのだ。そのときは深く考えずに、夜中のたわごとだと思って「絶対無理だ
ね」と言って電話を切った。
だが、その夜、テーブルの向かい側に座ったマイケルは真剣だった。なぜだ。なぜ、あ
個のメダルをとった。そのうちの
んな苦しいオリンピックサイクルをまたやりたくなったのだ? すでに伝説になったじゃ
個は金だ。何十回も世界記
ないか。オリンピックで
18
録を更新し、数百万ドル(数億円)を手に入れた。メディアは彼の短い選手生活をあらゆ
22
24
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
る角度から報じてきた。カムバックすれば、またメディアが群がってくる。それに、ロン
ドンオリンピックまでの期間に彼と私がどれだけみじめな状況に陥ったかを忘れたのか?
「最後の4年を覚えてるか?」
「もう、あんなふうにはならない」とマイケルが言った。
「そりゃ、そうだろう。前にも同じ言葉を聞いた」と私は言い返して、頭を振った。
1分かそこら、沈黙が続いた。彼の決定が彼と私にどんな意味を持つのかを考えた。
「スポンサーのためとか、他にうまくやれることがないとか、他の分野が考えられないか
らカムバックしたいというのなら、やめたほうがいい。マジで無理だ」
彼はうなずいて、しばらく黙っていたが、私が何も言わないので口を開いた。「そんな
理由じゃない」
私は言った。
「はっきり言わせてもらうが、マイケル。適切な理由がない限り、そして、
その理由がおまえ自身のためのものでない限り、カムバックすべきじゃないぞ」
その夜初めて、いや、私が覚えている限りで初めて、マイケルは干からびた青年の顔つ
きで私を見つめた。
「それが理由だ。自分のためだ。泳ぐのが好きで、泳ぎたいんだ」
彼は一瞬言葉を切った。「それに、まだかなえたいことがある」
25
そのとき彼が本気だということがわかった。これまで教えようとしてきたこと、爆発的
な自由形のストロークや破壊的なフリップターン以上のものが、彼の気持ちの中心にある
ことがわかった。
ほんの数分で、私の生活はまた、あわただしいものに舞い戻ってしまったのだ。不安と
ストレス、そしてマイケルが戻ってきた。
だが、困ったことになったとは思わなかった。なぜなら、ビッグな夢を見る方法と、そ
の夢をかなえるために何が必要かをわかっている人間と、もう一度タッグを組めるからだ。
マイケルはメダルをとるためにカムバックしたいのではなかった。何かを実現するため
にカムバックしようとしていた。それを、これまで何度もしてきたように、一緒に実現し
よう。ワンストローク、ワンキック、ワンレースごとに「エクセレンス」をめざすパート
ナーとして。
個の金メダルをもたらした「ゴールデン・メソッド」
てきたように、マイケルと私は一緒に、自分たちのキャリアと人生の中で実現したい大き
多くの優秀なチームや企業が、スポーツ、ビジネス、科学、音楽、人生に対してそうし
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プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
な目標を描き、実現するために必死で努力した。他の人たちは、研究所、中庭のガレージ、
mプールでがん
高層のオフィスタワー、ディズニーパークのメインストリートに並ぶ小さなショップでが
んばったが、私たちはボルティモア郊外のダウンタウンにある2面の
ばった。
たことだ。
歳だった。だが、かなりうまくいったと言えるだろう。この方法は
ゴールデン・メソッドは私が作った
ステップのトレーニングプランで、これを始めた
もう1つ違っていたのは、チャンピオンになるための「ゴールデン・メソッド」を使っ
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の「メドーブルック・アクアティック・フィットネス・センター」に来てみてほしい。ゴー
いているかもしれない。しかし、アリゾナ州立大学のスイムプログラムや、ボルティモア
たしかにマイケルは並外れた才能を持っているし、私が指導したスイマーの中で群を抜
たからだと言うこともできるだろう。
ゴールデン・メソッドが成功したのは、ボウマンのもとに史上最強の天才スイマーがい
ボウマンがあなたのトレーニングプランを作成するのでなくても、効果を上げる。
いどんな場所でも使うことができる。あなたの夢がオリンピック出場でなくても、ボブ・
プールだけでなく、会議室でも、小売店でも、家庭の台所でも、エクセレンスを追求した
ときマイケルはまだ
10
ルデン・メソッドを実践してオリンピックでメダルをとった選手たちの写真がずらりと並
27
11
んでいる。
この方法はプール以外の場でも十分効果がある。ゴールデン・メソッドは優秀なスイマー
を金メダリストにするトレーニングプランではない。日常生活からエクセレンスを引き出
すモチベーションを与えるものだ。これから、その具体的な内容について説明し、あなた
にとってどう機能するかを示そう。
ゴールデン・メソッドの基本は単純だ。アスリートやスタッフと、目標に向けた要素を
個のメダルをとる過程で、マイ
分解して、また組み立てる、それだけだ。私たちは、その日、その週、その月、その年の
目標を実現するプランを作る。衝突することもあるが(
ロークを史上最強のストロークに変えたときのことだ。ただし、技術的なことにとらわれ
このメソッドの効果を示すエピソードを紹介しよう。マイケルの雑なバタフライのスト
あることを自覚しなければならなかった。私たち2人に近道はなかった。
は、彼を「優秀な選手」から「驚異的な選手」に引き上げるためにさらに努力する必要が
るというだけでなく、世界クラスの選手になれることを自覚する必要があった。そして私
マイケルの場合、ゴールデン・メソッドを実践するには、自分が優秀なスイマーになれ
は崩さないし、目標を見失うことは絶対にない。
たものもある。そのうちのいくつかは本書で紹介している)、目標に焦点を合わせる姿勢
ケルと私がののしり合い、
怒鳴り合ったエピソードが数多く報じられているが、本当にあっ
22
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プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
ないで読んでほしい。このエピソードで伝えたいのは「実現可能なことを、慎重に練り上
げたプランで実現させることが大事だ」ということなのだ。
オリンピックの優勝候補も、日常の生活をしながらエクセレンスを実現したいと思って
歳のマイケルを見て、す
いる人も、このメソッドで成功することができる。だが、そのためには「集中を維持する」
必要がある。
1997年の春、同い年の子供たちと一緒に朝練をしていた
の難しさがすぐにわかる。
からだ
m、100m、200mを泳ぎ抜くには身体に空気を入れる必
簡単にできると思うかもしれない。しかし実際にプールに飛び込んでやってみれば、そ
上げるな。そうすれば、頭を早く上げすぎないようになる」
上げすぎるのだ。そこで、彼にこう言いつづけた。「両手がウェストの下に来るまで頭を
要がある。だが彼にはしゃっくりのような感じで息を吸う癖があった。頭を水面から高く
ルでさえ、バタフライで
バタフライは水泳の中で最も激しい泳ぎで、驚くほど恵まれた肉体を持っているマイケ
があったのだ。
ぐに彼のバタフライの欠点がわかった。息継ぎ、特に、息を吸うときのタイミングに問題
11
さらにもう1つ指示したことがあった。
「マイケル、息継ぎのとき、水面に顎を乗せたら、
29
50
すぐに下ろせ」
スポーツファンが気づかない小さな点だが、この2つで彼のストロークは確実に改善し
た。だが、完璧にマスターするまでには何週間もかかった。マイケルは私が同じ指示を繰
り返すのにうんざりしていた。彼が頭を上げすぎるたびに、「違う! マイケル! 顎だ
け上げろ!」と怒鳴っていたのだ。
彼はふてくされて、
「わかってる!」と叫んで、水面に拳を叩きつけた。
私は彼をあおり、マイケルは反発しながら練習を続けた。その繰り返しだった。
歳のマイケルが200mバタフライで世界記録を打ち立てた
しかし、指示と反復を数えきれないほど重ね、トレーニングをやり遂げた結果、すごい
ことが起きた。4年後に、
のだ。
歳の少年
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てつもない成功をもたらす。 のだろう? それは、彼が私の立てたプランを受け入れて練習したからにほかならない。
それがゴールデン・メソッドの力だ。日々エクセレンスを追求することが、遠い先のと
よりも速く200mバタフライを泳いだ選手はいなかったのだ。なぜこんなことが起きた
ニー・ワイズミュラーやマーク・スピッツなどのスターがいた時代でも、この
考えてもみてほしい。それまでの数十年間に選手たちは記録を更新していた。だが、ジョ
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30
プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
だが、マイケルはその日突然、水泳の世界チャンピオンになったのではなかった。多く
のアスリートや演者や一般の人たちは、テニスコートや、舞台や、プレゼンをするときの
マイクの前が栄光の場だと思っている。しかし、最も重要な作業は、期待に満ちた観客や
回樹立した世界新記録の1回目――を達成したのは、人気のないボルティモア
華やかなライトから離れたところで行われているのだ。マイケルが最初の世界記録――こ
れまでに
のプールの朝練で行ったすべてのワークアウトの結果だった。
私たちは1日2回、登校前の朝7時からと放課後の3時間、練習した。プールでは、プー
ルの床に長く伸びる黒いコースラインだけに集中した。水泳は野球やゴルフとは違って屋
ぬ
外の太陽もなければ、フィールドに広がる景色もない。適度に日焼けすることもない。水
泳は、身体が濡れる。水中で動く。腕と筋肉を酷使する。タイムを縮めるといっても、分
単位ではなく、
ミリ秒単位だ(デスクがひしめくオフィスで勤務時間を記録したり、パワー
ポイントによるプレゼンの資料や月間売上予想を作ったりする仕事をしているなら、スイ
マーの挑戦がどれだけ厳しいかを理解できるだろう)。
マイケルはこうした練習をやり抜いてきた。私はほぼすべての練習につきあって、彼を
見てきた。ある日息継ぎがうまくやれても、翌日には前の状態に戻る。それを指摘して、
しつこく注意する。彼は私をにらみつけるが、言うことを聞き、挑戦し、完璧をめざすの
をやめなかった。
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39
ついに彼がストロークをものにして正しい息継ぎができるようになったとき、私は彼に
うそ
言った。
「マイケル、おまえはこれで一生の財産を手に入れたぞ」
試合、バタフライを泳ぎ、
個の金メダルをとったのだ。
この言葉に噓はなかった。マイケルは1回目のシドニーオリンピックから3回目の北京
オリンピックまでで
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関心を持ってもらいたかった。僕たちはそれを実現した。僕たちはトップに立った。でも、
「ボブ、僕はマイケル・ジョーダンのようになって水泳を変えたかった。みんなにもっと
ける前に、薄暗いアクアティック・センターの中でマイケルが低い声で言った。
イドに近づくと、ゴーグル越しに私の姿が見えたのだろう。私が前かがみになって声をか
彼は間近に迫っているものを意識していた。私も同じだった。彼がもたれているプールサ
ると思っていた。彼は練習用のプールでウォーミングアップとメンタルアップをしていた。
マイケルの最後の試合の直前だった。私たちはそれが彼のオリンピック最後の試合にな
それを示すエピソードがある。ロンドンオリンピックでのことだ。
ても変わらないだろう。
のを手に入れた。それは、互いを心から認め合ったということだ。この認識は彼が引退し
クセレンスだった。そして、何度もエクセレンスを実現した。その過程でさらに大きなも
り返しお伝えする)
。 メ ダ ル は ご ほ う び の 1 つ の 形 に す ぎ な い。 私 た ち が め ざ し た の は エ
だが、私たちはメダルを狙ったわけではない(このことはこれから本書の中で何度も繰
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プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
一緒だからここまで来たんだ。ありがとう、ボブ。本当にありがとう」
不意を突かれて、涙があふれ、2、
3秒して言った。「ずるいぞ」
「そうだよ。僕の涙は見えないだろう。でも、コーチの顔は涙でぐしゃぐしゃだ」
これが、メダルなど必要ない、永遠に忘れないごほうびだ。
ひ けつ
壁にぶつかろうとも、
「エクセレンス」を追求しつづける
おおむ
よく企業から、マイケル・フェルプスと私の成功の秘訣を話してほしいと依頼される。
そんなときは概ね本書にまとめたものと同様の内容を要約して話すが、1つ、はっきりと
伝えることがある。それは、
「ゴールデン・メソッドは一夜漬けの特効薬ではない」とい
うことだ。努力を続けることが断じて必要だ。毎日挑戦し、自分を駆り立てて、何かを改
善し、大きな目標を実現するための短期目標を決め、けっして現状に満足しないこと。
数か月前にIT業界の大手企業に招かれて、
いわば営業畑のマイケル・フェルプスといっ
た感じの優秀な営業マンたちに話をした。一介の水泳コーチが営業について何を話せただ
ろう。私はこう言った。
「何をするにしても、現状に満足してはいけません。もしすでに
ナンバーワンの成績を収めているのなら、毎日、その上に行くことをめざしましょう」
これで、だれでもマイケルのように前に進むことができるのだ。
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あなたが両腕を伸ばしても、バケツ1杯の水をかきこめる203センチにはおそらくな
らないだろう。あなたの夢はオリンピックに出ることではなくて、出世して別荘を持てる
だけの給料をもらうことかもしれない。ハーバード大学の医学部入学に有利な有機化学で
「A」をとることかもしれない。
マイケルのように、実現したい大きな志があるのなら、あなたはマイケルの夢を実現し
たのと同じゴールデン・メソッドによって夢をかなえることができる。毎日バーの高さを
上げていくことを自分に義務づけよう。少しずつでも、一気に上げるのでもいい。あらゆ
るチャンスにエクセレンスをめざそう。
毎日エクセレンスを実現するのは無理だと思うかもしれない。実際、それは信じられな
いくらい難しい。主な理由として、さまざまな障害が出てくるからだ。そのことはマイケ
ルがいちばんよく知っている。
2008年の北京オリンピックで、1大会で8個の金メダル獲得というオリンピック史
上初めての偉業を達成した後、彼はスランプに悩まされた。自分を刺激する何かを見つけ、
5歳から続けてきた水泳に打ち込むエネルギーを再充塡する必要があった。
前にも書いたが、彼がこの「何か」を見つけるまで私たちの関係はピリピリしていた。
次の大きな目標に集中する姿勢がいつ整うか先行きが見えないまま、数週間、数か月が過
ぎた――その
「何か」
が何なのかが彼にもわからなかったからだ。彼はプールに来なくなっ
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プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
せ
た。たまに来ると、ロンドン大会が迫っているから集中しろと言わずにはいられなかった。
私が急かすと、彼は赤いマントに反応する牛のようにはむかった。
「いくらやっても満足してくれない!」
一度ならず私にそう怒鳴り返した。
「8個の金メダルをとらなきゃ、『よくやった』と言っ
てもらえなかったんだ。もうかまわないでくれ」
ある意味、彼の言う通りだった。彼のベスト以外受け入れる気はなかった。ベストを達
成するたびに、目標を少し引き上げた。それが、エクセレンスを導く姿勢なのだ。
しかし、私は同時に、人生には自分がコースを決めて計画を立てなければならないとき
があることも知っていた。そうしたときに、その方法だけでなく、モチベーションを提供
できるのが、最良のコーチ、上司、親、リーダーだ。
代や
代の若い人が多いが、私は毎日、挑戦課題を与えてい
ゴールデン・メソッドは、日常生活で不可避的に生じる難問に対応する方法を教えるこ
・
m)を
秒で泳がせるのだ。
分の激しいスプリントをさせて、くたくたになっているときに、自由形で
とができる。私の選手は
る。たとえば
20
50
や、予想外のプライベートな問題が起きたときに不安とストレスというモンスターに対応
日々の練習は試合に出る体力を作ることだけでなく、大試合のスタート台に立ったとき
100ヤード(
10
するメンタル面を強化するものでもある。
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44
15
91
私はマイケルがプールの外で対応を迫られるさまざまな問題を最前列で見守る立場に
あった。マイケルのプライベートな行状は必ずしも〝金メダル級〟ではなかったので、イ
ンターネットやタブロイド紙でいいように取り上げられた。判断を誤って、他人を巻き込
みかねない遺憾な出来事を引き起こしたこともある。彼の行動を大目に見る気はない。そ
れは間違いなく他人に害を及ぼす可能性があった。
だが、金は完璧な金属でも、金メダリストは完璧な人間ではない。彼は判断を誤った結
果を受け入れ、その経験を肝に銘じて日常の行いを改善しようとしている。本書で折に触
れて紹介する彼の生き方は、オリンピックでの勝利と同じくらい意味があるものだ。
「人生最良の瞬間」を毎日味わうために
カムバックしたいと言ったディナーのとき、マイケルは何度も、「次のオリンピックサ
イクルは楽しんでやりたい」と言った。達成すべき目標がある。実現するためにどんな努
力もする。でも、できるだけ、そのプロセスを楽しみたいと言った。
私は彼を見て微笑んだ。
「いいね。大賛成だ」
エクセレンスの追求は、重荷になってはいけない。ワクワクするものでなければならな
い。自分がほしいものを追求するのだから、すべての瞬間を味わい、楽しむべきだ。ゴー
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プロローグ 「何」をめざせば、チャンピオンになれるのか?
年近くやる中で、私は目標達成をめざすプロセスを楽
ルデン・メソッドの実践は、楽しく、充実したものでなければならない。
多くの選手や一般人のコーチを
しく充実したものにする戦略を組み立ててきた。努力、慎重なプランニング、適切な姿勢、
チームワーク、そして不安とストレスという2頭のモンスターを撃退する精神力が必要だ
が、それが挑戦の楽しさを損なうものになってはならない。
ゴールデン・メソッドは、世界クラスの何十人ものスイマーに効果を発揮してきた。ス
イマーでないあなたにも、必ず効果があると自信を持って言える。日々エクセレンスを実
現することで、人生最良の瞬間を毎日味わうことができる。それを認識してもらうことが、
私の使命の1つだと思っている。
さて、あなたは、自分の「特別な何か」を追求する心の準備ができただろうか? では、出発しよう。
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