絵本を通じた幼児期の科学教育実践 -子どもの

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
絵本を通じた幼児期の科学教育実践
-子どもの視点から考えるー
Science Picture Books for Early Childhood:
How can we use them from children’s perspectives?
中川 茜
北野 幸子
NAKAGAWA,Akane
KITANO,Sachiko
西宮市立北夙川保育所
神戸大学大学院
Nishinomiya City Kitashukugawa Nursery shool
Kobe University
[要約]近年,幼児期の科学教育が重視され,幼児の科学的探求へのきっかけ作りとして科学絵本の活用が有効であ
ると言われている。幼児対象の科学絵本の実態を明らかにするため,絵本が扱っている科学分野を,文献を参考に
13 に分類し分析した。その結果,日本で出版されている科学絵本は動植物が約7割を占めており,物理や化学分野
の絵本が少ないことが明らかになった。また,5歳児の好きな遊びの観察から幼児の興味関心に沿った絵本を選択
し,読み聞かせる実践では,動植物以外の内容にも興味を抱く姿や,絵本を読み聞かせた後に,絵本内容についての
会話や実験をしたり,既有経験との比較や,因果関係を思考したりする姿が観察された。本研究から動植物以外の絵
本の充実と,幼児が日々遊びの中で抱く科学的興味・関心に応じた絵本を読み聞かせることの重要性が示唆された。
[キーワード]保育実践,科学教育,絵本
絵本は保育施設で広く導入されている教材である。
はじめに
幼児期は好奇心,探究心が旺盛である。幼児は,遊
金子・北野(2010)の研究では,園において 9 割近い
びや生活の中で,科学的な思考や知識へ将来発展して
保育者が毎日1冊以上の絵本を読み聞かせていること
いくであろう,多くの体験を積み重ねている。この体
が明らかにされている。そして保育者が絵本を選択す
験は,
「科学する心」の育ちとか芽生えとして,重視さ
る基準として「季節」
(62.4%)と「年齢」(48.2%)を重
れている。ハーレン・リプキン(2007)は 8 歳までに
視していることが明らかにされている。絵本の選択に
経験しておきたい科学として,植物,動物,ヒトの体,
おいては,
「季節」や「年齢」のみならず,幼児の興味
空気,水,天気,岩石と鉱物,磁石,重力,簡単な機
関心や科学的探究心に応じた絵本を選択することもま
械,音,光,環境の 13 分野をあげている。しかし,こ
た必要ではないかと考える。
の分野の経験が実際に保育現場で取り上げられている
そこで本研究では,幼児期の科学教育や科学絵本の
かどうかは疑問がある。先行研究では保育者の物理化
現状を明らかにした上で,子どもの視点から,遊び場
学分野への苦手意識や,どのように科学を保育に取り
面において見られる子ども自身の科学的興味・関心を
入れたらよいかへの苦慮が指摘されている(小谷,
重視しそれに応じた絵本の読み聞かせの保育実践方法
2009 等)
。日本の保育現場では,動植物とかかわる保
を検討した。
育実践が多いようにも思われる。
近年,幼児の科学的な興味関心を踏まえ,さらにそ
1.幼児期における科学教育
の育ちを促す教材として科学絵本の活用が期待され,
幼児期の科学教育はどのように位置づけられている
その効果が検討されている(滝川,2010)
。保育者の力
のであろうか。保育実践においては,幼児期の科学教
量形成ともかかわり、科学絵本の読み聞かせを通じて,
育が実際にどう捉えられ,実践されているのであろう
幼児だけでなく保育者も,簡単に科学的知識や科学的
か。保育所保育指針および幼稚園教育要領,小学校学
思考に触れることができる点も注目されている(山口,
習指導要領,全米科学教育スタンダード(National
2011)
。
Science Education Standards,1996)を比較,検討す
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ると,全米科学教育スタンダードでは,幼児期から高
であった。
校までの一貫したカリキュラム構成がなされていた。
近年,
「科学読み物」や「科学絵本」の活用が注目さ
一方,日本の要領や指針では,小学校第 1,2 学年の生
れ,その効果が期待されている(滝川 2009)
。そこで
活科,小学校第 3 学年以降の理科の学習に繋がる「科
出版年についても注目した。その結果,10 年スパンで
学性の芽生えの基礎」として,身の回りの事象や物事
みたところ、近年に出版された絵本数が一番多いこと
に対する態度や感性,好奇心や探究心を育んでいくこ
が明らかになった。しかし,出版数は増えているにも
とを重視するよう幼児期の科学教育が位置づけられて
かかわらず,それ以前と比較すると,科学分野は減少
いた。
していた。出版数の増加分は「動物」と「植物」が 8 割
公益財団法人ソニー教育財団では,幼児教育支援プ
以上を占めていることが明らかになった。
ログラムにおいて「科学する心を育てる実践」を表彰
幼児の遊びにみられる科学的探究の姿は動植物以外
している。2002年度から2012年度までに優秀園・最優
の科学にもひろがっている。子どもの多様な科学的興
秀園として評価された5歳児対象の実践を検討してみ
味や関心に応えるためにも,今後,動植物以外の科学
た。その結果,動植物の飼育や栽培を活動内容とした
絵本の充実が望まれる。
ものがと半数を超えていることが明らかになった。先
にあげたように、ハーレン・リプキン(2007)では8歳
までに経験しておきたい科学として,13の分野があげ
られており,幼児期の科学教育では,子どもの興味・
関心に沿った内容であること,子どもが直接的な体験
を通して学ぶことが指摘されている。ソニー教育財団
の保育実践においても,子どもたちが直接体験する中
で自発的に考えたり,発見したり,試したりする活動
を重視している。しかし,その内容は動植物に関する
ものが多かった。
図 1 .科学分野別絵本出版数
2.科学絵本の現状
教材としての科学絵本を検討するため,科学絵本の
出版状況及び,絵本内容の分析を行い,科学絵本の現
3.科学絵本を活用した保育実践の開発
1,2の検討結果をふまえ,実際に科学絵本の読み
状について調べた。小学校低学年以下の科学絵本を対
象に参考文献や絵本ポータルサイトで紹介されている
聞かせ実践方法の開発をおこなった。
科学絵本を,381 冊を分析の対象とした。分析にあた
開発の趣旨は,動植物に限らず,より広い分野につ
っては、絵本内容からハーレン・リプキン(2007)の
いて,幼児の遊びの姿から、科学への好奇心や科学的
文献を参考に 13 の科学分野に分類した。その結果,
探究心、その芽生えが見られる場面を抽出し,それを
「動物」が 50.4%,
「植物」が 19.4%となっており,動
起点として科学絵本の読み聞かせを行い,その後の評
植物だけで全体の約 70%を占めていた。一方で「天気」
価を行うことにある。
実践方法の開発にあたっては,まず,参与観察によ
「水」
「光」
「簡単な機械」
「音」
「岩石・鉱物」
「空気」
「磁石」
「重力」の 9 分野は出版数が 10 冊以下となっ
って,子どもの遊び場面のデータを収集した。次に,
ており,科学分野に大きな偏りがあることが明らかに
その場面について、興味・関心を抱き,自分なりに思
なった(図1参照)
。
考したり,好奇心や探究心を膨らませたりしていると
さらに,
分野別の出版数が 10 冊以下であった
「空気」
「岩石・鉱物」
「磁石」
「重力」に関してはすべてが訳書
考えられる行動と発言を子どもの遊びの観察記録から
抽出した。さらには、評価項目を作成していった。
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本研究では協力園 A の5歳児を対象に,子どもの遊
考えたことを友達や保育者に伝える・説明する,8) 経
びの観察記録から,子どもが興味・関心を抱いている
験したことと新しく知ったことを自分の体験や知識と
と考えられる事柄や現象に対して科学絵本を選択し,
関連づけて語る,の 8 項目が抽出された。また,発言
読み聞かせる実践を4つ開発した。それぞれで教材と
に関しては 1)感動,2)新しい知識の理解,3)因果の理
して活用した絵本、取り上げた科学の分野は表1のと
解,4)説明,5)仮定,予想,予測,6)比較,7)疑問,8)
おりである。
伝える,の 8 項目と各項目に対する具体的な発言例を
抽出することができた。これらを先行研究と比較し分
表1.実践1~4で読み聞かせた絵本と科学分野
類した結果,上位項目(①疑問に思う,②調べる,③気
実践
科学分野
づく,④仮定・予想する,⑤理解・納得する,⑥説明す
実践1 どんぐりころころ
植物・環境
る,⑦伝え,共有する)7項目と下位項目 34 項目から
実践2 はなのあなのはなし
ヒトの体
なる評価項目が作成された。
読み聞かせた絵本
各実践に対して読み聞かせ前の子どもの姿の観察記
実践3 ばばばあちゃんのやきい 燃焼
録,選択した科学絵本の分析,読み聞かせ時の子ども
もたいかい
実践4 しずくのぼうけん
の姿と読み聞かせ後の遊びの観察記録をまとめ,作成
水
した評価項目をもとに実践を評価・反省し,改善案を
実践方法の開発の手順(研究対象、期間、方法)は、
提案していった。
表 2 のとおりである。
読み聞かせ中の子どもの姿と,実践後の遊びの観察
記録から子どもの発言や行動をもとに実践を評価した
表2.実践開発の手順
対象:協力園A園の 5 歳児クラス(25 名:男児
ところ,子どもの遊びや実態をもとに教育的意図をも
12 名,女児 13 名)
ち,科学絵本を教材として活用することで,幼児の好
期間:2012/6/8~2013/2/26 のうち週1回(計 17
奇心や探究心が深まっていく様子がそれぞれの実践で
日間,記録時間は約 86 時間)
明らかになった。
方法:戸外での自由遊びを中心に子どもの遊び
をビデオで記録する。記録の中から探究
例えば実践4では,以下の子どもの姿が観察された。
心や好奇心が深まったと考えられる子ど
(1) 氷ができていることに気づくと,遊びに取り入
もの「発言」と「行動」を抽出して分類
れたり,触ってみたり積極的に関わる
し,実践の評価項目を作成する。
(2) 寒い日は氷ができていること,その氷が溶けて
水になり,いつのまにか消えていることに感動した
り,自分でも氷を作ってみたりしようとしている
観察の結果,子どもが興味・関心を抱き,自分なり
に思考したり,好奇心や探究心を膨らませたりしてい
(3) 氷が溶けることと日が当たっていることの関係
ると考えられる行動は 1)じっと見る,2)2 つ/3 つ以
性に気づく
上のものを比較する(見比べる,相違点や共通点を言
これらを踏まえて以下の 2 点をねらいとして絵本を
葉にする)
,3)試す,実験する(試したあとも継続的に
観察する)
,真似する(自分もやりたいと思う)
,4)「見
読み聞かせた。
つけたい」という目的をもって事物や事象を探す,5)現
象や対象物をみつけて,自分から関わろうとする(向
ねらい1:絵本の物語を通して体験したり,絵本内
かっていく,触れる)
,6) 真似する(人の行動や発言な
容と自分の経験を比べたりしながら,氷と水・水蒸
どを参考に自分もやりたいと思う)
,7)発見したことや
気が可逆的に変化することや,変化したものが基
に戻ったりするときの規則性に気づき,それらに
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興味をもつ
多様な科学にも興味をもち,発見や疑問を抱いたり,
自分なりに試したり考える姿が多く観察された。しか
ねらい2:生活や遊びの中で触れ合うことの多い
し,科学絵本の現状としては,科学分野に動植物への
水が水蒸気になったり,雨になったり,氷になった
偏りがみられている。保育現場で働いている筆者の周
り,つららになったりと,姿や形を変えて身近にあ
りにも,子どもの興味や関心に合わせて科学絵本を活
ることに気づいたり,そのことに面白みを感じる
用していきたいと考える保育者がいる。しかし実際に
は保育者自身が多様な科学分野の科学絵本に触れる機
絵本の読み聞かせの後の子どもたちの姿としては、
会は少なく,保育への活用方法も含めてもっと科学絵
例えば、氷と水の変化に「太陽」が関わっていること
本について知りたいと考えている保育者も多い。今後
を自分の経験にそって考える発言や氷と水と水蒸気の
多様な科学分野を扱った絵本が広く出版され,保育者
可逆的な関係に気づき,
「乾いた」という言葉で説明し
も含めた周りの大人たちがより科学絵本に興味をもつ
ようとしている発言など,子どもが水に関する興味を
ことで,子どもたちが科学絵本を手にとり,身近にふ
深め,自分なりに考える姿が読み聞かせ直後に観察さ
れあう機会が増えることが期待される。
れた。
読み聞かせの保育実践では子どもの興味や関心に合
本研究から,実践を通して,子どもの興味・関心や
わせて科学絵本を選択して読み聞かせることで,子ど
疑問・発見を抱く姿を見逃さずに受け止める子ども理
もたちの好奇心や探求心が深まり,幼児期の科学教育
解力や,子どもが興味をもっている科学を他の科学分
で重視されている「科学性の芽生え」を育むことがで
野にも多様に結びつけ,子どもがさらに考えたい,試
きたように思われる。幼児の実態に合わせて選択した
してみたいと思えるような環境構成や援助を可能にす
科学絵本の読み聞かせによって,幼児の好奇心や探究
るための科学的知識や科学的視点が保育者にあれば,
心は深まったが,本研究では幼児の観察期間が短く,
子どもたちの科学的探究が深まることが示唆された。
継続的でなかったことや,観察から読み聞かせまでの
子どもの生活や遊びの中にある科学に関する実体験
時間が空いた実践もあったことが課題としてあげられ
を概念化するためにも,子どもがその時に興味をもっ
る。日々変化する幼児の興味や関心にできるだけ合わ
ている事柄や現象に関しては科学言語への置き換えが
せるため,その日のうちに選択した絵本を読み聞かせ
必要であると考える。例えば,温度や重量を計り,具
ることや,読み聞かせ後の幼児の遊びや生活の変化を
体的な数値を使って比較することや,水の状態変化を
継続的に観察する必要があろう。さらに,科学絵本を
「蒸発」という言葉を使って表現することなどである。
読み聞かせるだけでなく,その後も幼児の姿に合わせ
そういった科学的な言葉に置き換える力や子どもの科
て保育者が援助や環境構成を行う必要性やその効果に
学的探求に合わせて気づきを深める力が保育者自身に
ついても今後検討していきたい。
あるかということが,子どもたちの科学的探求の深ま
りに大きく関わってくると考える。これらの目的を達
5.主要参考文献
成するための手段の1つとして科学絵本の読み聞かせ
ハーレン,D.J. & リプキン.M.S. (深田昭三,墨
を取り入れることは,科学的知識が十分にない保育者
田学監訳)
:8 歳までに経験しておきたい科学.北大
でも簡単に使うことができ,保育者自身も子どもたち
路書房,2007
と一緒に学ぶことができ,子どもたちに科学的探求の
金子幸・北野幸子:幼児の自己肯定感を育む教育方法
「きっかけ」を与えることができるという点で有効で
に関する研究―メディアとしての絵本とその活用法
あることが実践から明らかになった。
―」 国際幼児教育学会編,国際幼児教育研究,第 18
号,5 頁-13 頁,2010
北野幸子編:子どもの教育原理,建帛社,2011
4.おわりに
本研究では,遊びの中で子どもたちが動植物以外の
滝川洋二編:理科読を始めよう,岩波新書,2010
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