南カンボジアの古代遺跡群と首都プノンペン

プノンペンに連泊してカンボジア南部の史跡を巡る旅
千歳発着6日間
南カンボジアの古代遺跡群と首都プノンペンの旅
ご旅行期間とご旅行代金
11月9日(日)発∼11月14日(金)着…¥199,000
一人部屋利用追加料金 ¥24,000
都市名
スケジュールと見どころ/お食事と宿泊地
スーツケース無料託送サービス ご自宅∼空港
午後、千歳空港より、大韓航空にて、
ソウルへ[14:05発/17:20着]
。
ソウル
着後、大韓航空を乗継ぎ、
カンボジアの首都・プノンペンへ[18:30発/
プノンペン
22:20着]
。到着後、専用車にてホテルへ。
プノンペンに4連泊 です。
メコン川
トンレサップ湖 カンボジア
ウドン
プノンペン
(4泊)
プノンチソール
[プノンペン泊]×KK
─
プノンペン
午前、古代扶南国の都アンコールボレイの聖山プノンダーへ。途中、
タ・
(タ・ケオ)
ケオからボートを利用して、向かいます。
3世紀の山上寺院などをご紹介
2
コンポンチュナン
冬物無料お預かりサービス
千歳
1
ラオス
タイ
日次
します。
(プノン・チソール) 午後、専用バスにて、
プノン・チソールへ。着後、
11世紀に、
スールヤバル
マン1世が建立した丘の上のヒンドゥー寺院遺跡を見学します。ヒンドゥ
ベトナム
アンコール・ボレイ
ー神話のレリーフ群が見事です。
終日、
プノンペン市内観光。
3
プノンペン
ツアーマップ
ご旅行条件
[プノンペン泊]BLD
─
国立博物館、
トゥールスレン博物館、王宮、
シルバーパゴダ、郊外にある
キリングフィールドなどを観光します。
[プノンペン泊]BLD
─
4
■募集人員/18名様定員
プノンペン
午前、専用バスにて、
トンレサップ湖の南岸・コンポンチュナンへ。着後、
■最少催行人員/10名様
(コンポンチュナン) フェリーで、
トンレサップ川の川中島へ渡り、7世紀のイシャーナプラ
(サ
■全食事付/朝食4回・昼食4回・夕食4回
■千歳空港使用料/¥1,030(別途必要)
ンボール)のクメール遺跡プラサット・プレアスレイへご案内します。
■カンボジア査証料・同取得手数料/5,500円(別途必要)
(ウドン)
午後、
17世紀の王都ウドンの見学(丘の上の大ヴィハーラや3基の大ス
■査証用写真/1枚要
トゥーパなど)
。
[プノンペン泊]BLD
■旅行代金には、海外の空港税、出国税、航空保安税が
含まれております。
─
■弊社では燃油サーチャージを別途徴収いたしません。
午前、
自由行動。ホテルにて、休憩、
または中央市場へご案内します。
■千歳空港より、全行程、社員添乗員同行
(メコン川)
午後、
メコン川とトンレサップ川をボートでクルーズします。途中、ベトナ
■トランク往復無料託送サービス
[ご自宅∼空港∼ご自宅]
■冬物コート、冬物靴等、無料お預かりサービス[千歳空港発着限定]
ム人の水上集落や織物村を訪ねます。運が良ければ、
メコン川の川イル
※ビジネスクラス利用追加料金はお問い合わせください。
カがご覧いただけるかもしれません。
※日本各地から出国して、
ソウルで合流するプランも承
夕食後、空港へ。夜、大韓航空にて、
ソウルへ[23:40発]
。
ります(日本の国内空港使用料が別途必要です)。
プノンペン
[機中泊]BLD
5
ご利用予定ホテル
※現地の都合によりスケジュールが変更される場合がございます。
その場合でも極力日程に従って旅行サービスがお受けになられ
るよう万全の手配努力を致します。
※表記の「BLDK」はそれぞれ「朝食・昼食・夕食・機内食」を示しま
す。×印の食事は含まれておりません。
─
ソウル
朝、
ソウル到着後、
大韓航空を乗継ぎ、
帰国の途へ
[06:40着/10:10発]
。
千歳
午後、千歳空港到着[12:55着]
。税関検査終了後、解散。
6
■プノンペン/プノンペン・ホテル
または、
インターコンチネンタルホテル
スーツケース無料託送サービス 空港∼ご自宅
KK×
古代カンボジア・扶南国の都∼アンコールボレイ
歴史上に現れるカンボジア最初の国は一般にはフナン
(扶南国)
[1世紀∼6世紀]
とされています。太古、現在のカンボジア中央部以南やベトナムのメコ
ンデルタ地域は、小さな山脈が造る半島や小高い丘の島々から成る、湾をなす海でした。その頃から人々はこの島々の丘の上に暮らしてきました。この大
きな湾にメコン河が毎年膨大な量の土砂を運び込み、少しずつ堆積し徐々に陸地が形成されてきました。こうして現在のカンボジア南部タケオ州にできた
大きな島がコクトローク島と呼ばれ、その島の名が、
カンボジア最初の国名「コクトローク」となります。耕作地ができても、それでもなお人々は丘の上や麓
に暮らし続けました。なぜなら新しくできた田畑も雨期には水に沈んでしまうからです。これは今のカンボジアでも変わりません。どこまでがメコン河でど
こからが土地なのか、
どこまでがトンレサップ湖で、
どこからが田んぼなのか、雨期にはわからなくなります。この丘に暮らしていたカンボジア人たちは自分
たちの国・コクトローク国を通称でノコール・プナンと呼んでいました。
ノコールは小さな国、
プナンはプノンペンのプノンと同じで、山とか丘という意味で
す。古代の中国人は、
ノコールは意訳し、
プナンは音訳し、扶南国と書き記しました。
扶南国人が6世紀に都を置いた場所がカンボジア南部の町タ・ケオから東へ20km行ったところにあるアンコールボレイです。タ・ケオの港からスピード
ボートに乗り、青空の下、風を切ること約40分。スピードボートに手を振る人達に私たちも手を振りかえしながら、人なつっこい子供たちが遊ぶ小さな村し
か今は残っていない、
アンコールボレイの聖山プノンダーに着きます。観光地ではありえないのんびりした雰囲気が、私たちを出迎えてくれます。小さな丘
を登りはじめると、
カンボジアの建国説話∼紀元1世紀に女王国だったカンボジアにインドのバラモンが軍を率いてやってきて、戦争の結果、勝利を収め、
カンボジア女王を娶ったバラモンはこの地の王として即位し、
コクトローク国(扶南国)
が始まったというもので、
かなり重要な史実を含んでいると思われま
す。∼の女王リューエイが暮らしていた洞穴があります。説話の真偽は確かめようがありませんが、
この場所でブレンダ儀式(扶南時代のもの)の素晴らし
い神像が発見されパリのギメ美術館に展示されていることや、多くのカンボジア人がこの説話を信じていることは確かです。2000年の時を越え、今なお
原形をとどめる石造りの洞穴は私たちにカンボジア創成期の女王の暮らしぶりを想像させてくれます。丘の上には、3世紀に砂岩で造られ、6世紀にレンガ
造りで再建されて寺院が聳え立っています。西に連なるもう一つの丘の中腹にはインド人バラモンが建立したヒンズー教寺院アスラム・マハルセイがあり、
御堂の中にはかつてリンガが置かれていた所に2000年前から変わらず、泉が流れています。清めの水として今もカンボジア人に信仰されています。
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