高い品質の行政サービスを 提供することは明らかに 間違っている

「ドラッカー」と行政経営改革の実践(7)
高い品質の行政サービスを
提供することは明らかに
間違っている
淡路富男
行政経営総合研究所
UR:http://members.jcom.home.ne.jp/igover/
※ 未定稿につき誤字などはご容赦下さい。
1.社会の要請に応える公的組織
ドラッカーの知見 ◆公的組織の存在意義
前回は公的組織リーダーの条件について明らかに
した。その条件に適合したリーダーが選出されるこ
とを期待したい。
ドラッカーは、社会の機関としての公的組織は、
社会やコミュニティ、個人に対して何ならかのニー
ズに応えなければならないとする。公的組織を含め
た組織のたった一つの目的、存在理由は、社会やコミュニティ、住民のニーズ
に応えることとする。それは行政の公務員でも政党の政治家でも同様である。
この唯一の目的を達成できない公的組織は存在価値がなくなり、その組織を待
つのは消耗、そして消滅である。
ドラッカーは、組織の立場を優先した独り善がりのアプローチを嫌う。力が
あるとされる組織ほど「われわれの製品やサービスにできることはこれであ
る」。だから「われわれはこれを提供する」と考える。
つまり、まず先に提供すべき物材やサービスがあり、「これにはこうした機
能があり、品質も高く役に立つ」。そこで、この物材・サービスは住民に提供
すべ き と 結 論 づ け て 行動 す
る。提供して住民からの評判
が悪いと「高い品質の行政サ
ービスを理解できない住民に
責任がある」と主張する。
高い品質の
行政サービスを
利用しない
住民に責任がある
◆一方的な公的組織
これら一連の活動は、「公共」の名のもとに、自らの物材・サービスの規格
に、住民の要求・期待を変えさせようとする、組織の事情を優先した一方的で
稚拙な考え方と行動である。
これでは、現在の住民や社会を取り巻く困難な課題を解決することはなく、
組織の存在意義を果たすことにもつながらない。地域社会をより一層疲弊させ、
組織には消耗をもたらすだけになる。
公的組織にとって必要なことは、勝手に高い品質の行政サービスを提供する
ことではなく、その前に、住民が必要とし価値を認めるものは何かを徹底して
考えることである。主導権は住民にあり、公的組織はあくまで住民ニーズに対
応することで存在が許される組織であることを自覚しなければならない。この
組織の使命を徹底することが、公的組織と地域の再生を可能にするスタート地
点になる。
2.最適経営とは
新
しい組織価値の追求
少子長寿化、地域産業の低迷、財政難など公的組織を取り巻く環
境は厳しい。この環境下、行政や公的組織が取り組まなければなら
ないことは、ムダの排除は当然のことで、その先に、地域社会経済の安定と発
展を可能にする、多様な関係者のニーズを調整できる「最適な行政」の実現で
ある。行政経営では、この「最適」を、組織の重要な価値観として顧客基点で
定義し、それを追求することが、公的組織の目的を達成すると考える。
組織が提供する製品・サービスの価値を表現する際によく使用するフレーズ
として「品質がいい」「品質が高い」がある。行政改革に力を入れている行政
でも、下記のような表現で行財政改革の表題として使用している。
・市民の目で考え、質の高い行政サービスを目指す
・より高度でより高品質なサービスをいかに低コストで提供する
・効率的で高い品質の市役所づくりを目標に
・質の高いサービスを提供し、市民に信頼される市役所を目指します。
・質の高い行政サービスを目指します。
この活動の適否を評価する際に当たり前のように使用される「質や品質」に
ついては、いくつかの概念があることから、改革に役立つ正しい理解が必要に
なる。基本的な概念についての理解不足は、その後の改革活動に影響する。
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品
質の理解
品質についての理解の一つは、品質を「品」と「質」に区分して、
品質を下記のように解釈する方法である。
・「品」の意味には「もののようすや人の行い」「価値がある」と
いった内容がある。
・「質」の意味には「同じ内容の二つのもの」といった内容がある。
また、クオリティ(品質)の語源であるラテン語のクオリスを調べてみると、
「意見を聞く、適切さ、特徴がある」といったことを意味しているとある。さ
らにISOでは品質を「製品またはサ—ビスが明示または暗黙の要求を満たす能
力として具備している特徴および特性の全体」と定義する。ここから「品質」
を、重要なことや価値のある特徴や行動が「合致する」といった意味で理解す
ることができる。
もう一つはマーケティング
で使用する知覚品質といった
考え方からの検討である。知
覚品質は、顧客が目的に応じ
て感じている質のことを意味
品質についての
考え方を改める
し、ブランド戦略で著名なデビッド・アーカーが主張したものである。
製品・サービスの品質をいくら向上させても、顧客が評価しない品質では、
製品・サービスの価値を顧客に届けることはできない。顧客が何を望んでいる
のかを明確にし、その要求に適した製品サービスの提供や対応を考えることが、
顧客の評価を獲得することにつながるとする。
つまり当然のことではあるが、行政サービスの品質が高くとも、その内容が
住民要求に適合していなければムダといったことになる。重要なのは品質の高
低ではない。住民から見て最適であるかとうかである。公的組織は、過剰やム
ダを生みやすい、高い品質の行政サービスを提供するとった発想は改めなけれ
ばならない。
質
から最適さへ
これらからすると 仕組、活動、製品・サービスなどの価値を示
す品質といった概念は、品(しな)、つまり「もの」だけではなく、
人が提供するサ—ビスも含めたより幅広い意味でとらえ、それらの特徴が顧客
の重要な要求や価値と合致している、満たしている適切さ、最適さの程度・度
合と考えられる。
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以上のことからもわかるように、質やクオリティとは、「もの」だ
けではなく、人が提供するサ—ビスも含めたより幅広い意味でとらえ、
高い、低いといった概念ではなく、目的や要求に対してどの程度、合
致しているのか、それに対応した特徴があるのか、そして顧客から見
て最適なのかということになり、質やクォリティは対象とする顧客
(住民)の目的や要求と深く関係することになる。
行政改革の表現事例として前記した「市民の目で考え、質の高い行政サービ
スを目指す」といった意味不明で一方的な生産者志向の発想では、公的組織の
独り善がりの行動から脱却することはできない。
まして、住民にとって不適切な高い品質の行政サービスを、効率的に提供す
るような意味にとられる、「効率的で高い品質の市役所づくりを目標にする」
を掲げるようでは、公的組織本来の目的を果たすことはできない。海外視察も
含めて時間と労力をかけて策定した政策がよいとされることになる。これでは
「最大の行政サービスを最小のコストで提供する」といった公的組織の理念を
実現することはできない。
住民が要求する以上や以外の行政サービスの提供はムダにつながり、もちろ
ん要求に対して不足していたら役に立つことはない。住民に提供するものは、
住民の目的に適合するもの、住民が評価するもの、そして住民・社会からみて
最適なものでなければならない。公的組織の使命とはこの「最適さ」を実現す
ることであり、公的組織のリーダーはこれを実現する全体の仕組みを構築する
ことである。
−最適−
住民(顧客)や関係する利害関係者の目的や要求から見た適切さ、
合致している状態を「最適」とし、ここから最適行政では、すべて
の行政活動を「最適」の観点から評価し、それを実現する仕組みや
プロセスを構築し展開する。
より具体的には、下記の三項目を基本的な考え方として行政の仕組みを構築
することである。
・行政の活動は住民や社会が決める
・行政全体の活動を住民は評価する
・仕組みについての継続的改善
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新
しい始まり
高い品質の行政サービスを効率的に提供するといった発想は、明
らかに行政の独り善がりの間違った志向である。この見当外れの志
向により、現時点での行政サービスは不要なものが多く、必要なものでも過剰
で重複が多く、それでいて本当に必要なものが追求されていないといった状態
である。これでは地方も日本も活性化することはない。深刻な反省が求められ
る。
もっと住民の視点からの自らの存在価値の点検と、存在を可能にする確固た
る業務姿勢を確立しなければならない。ここから「最適」実現に向けた行動が
スタートできる。
※ドラッカーの言葉は「マネジメント」「チェンジリーダーの条件」
「明日を支配するもの」「非営利組織の経営」「ドラッカー365の
金言」「経営の哲学」(全てダイヤモンド社)などからの引用です。
ー著者紹介ー
淡路富男(あわじとみお)
行政経営総合研究所
民間企業を勤務後、民間大手コンサルティング会社、
(財)日本生産性本部主席経営
コンサルタントを経て、現在は行政経営研究所を主宰する。
民間企業の経営コンサルティングと並行して、
「行政経営導入プログラム」を開発し地
方自治体での行政経営改革コンサルティング、総合計画の策定、行政経営研修、管理
職マネジメント研修、自治体マーケティング研修、講演で成果をあげている。自治体と
民間、経営とマーケティングのそれぞれ両方を熟知したコンサルティングである。
◆並職
(財)日本生産性本部自治体マネジメントセンター主席コンサルタント、
(財)日本生産性本部コンサルティング部、パートナー経営コンサルタント
各自治体 長期総合計画審議学識委員
各自治体 行政改革推進学識委員
各自治体職員研修所 自治体経営研修講師、管理職向けマネジメント研修講師
◆専門領域:総合計画、行政経営改革、マネジメント、公共マーケティング
◆主な著書:
『自治体マーケティング戦略』
(学陽書房)
『民間を超える行政経営』
(ぎょうせい)
『首長と職員で進める「行政経営改革」
』
(ぎょうせい)
◆コンサルティング、研修、講演のお問い合わせは下記に
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