いじめによる意識消失を繰り返す高校生の主張訓練

園田 順一ら
29
吉備国際大学
臨床心理相談研究所紀要
第6号,29−31,2009
いじめによる意識消失を繰り返す高校生の主張訓練
Assertiveness training for a high school student with loss of
consciousness by bulling
園田 順一* 要 和孝* 蒲生原芳弘*
Junichi SONODA,Kazutaka KANAME,Yoshihiro KAMOHARA
要約
学校場面でのいじめは、依然として大きな社会問題になっている。特に、それに対しての対応は重要
な課題である。本事例は、教室でからかい、ちょっかいというようないじめを受け、度々意識消失を繰
り返していた高校生に対して、主張訓練を行ったものである。その結果、短期間で意識消失が無くなり、
しかも、同級生からのいじめも受けなくなったばかりか、友好的な人間関係が生まれた。その後は学校
生活を楽しんでいる。
キーワード:主張訓練、いじめ、意識障害、高校生
Ⅰ、はじめに
学校でのいじめは、依然として存在している。特に、
Ⅱ、事例
1)対象者:A君 男子高校2年生 16歳
いじめ被害者に心身症状が出現する、または不登校に
2)主訴:学校で、からかい、ちょっかいというよ
発展する。もしくは自殺問題がでてくるとなると、問
うないじめを繰り返し受け、精神的スト
題は深刻である。このような問題が生じないように予
レスが高じ、時々意識消失をきたしてい
た。
防的処置を行うことが第1であるが、それが生じた場
合に早急に適切に対処していかねばならないことも重
3)家族構成:祖父(70歳代)、祖母(60歳代)、父
親(40歳代)
、A君の4人家族
要なことである。しかしながら、わが国においては、
それについての問題解決的対応が遅れているように思
4)生育歴:幼少時から母親の顔を知らず、父親も
われる。いじめは多様な形で現れるので、一様にはい
家を出て、働きに出ていたので、祖父
かない。また、いじめは人間関係の中で起っているの
母と近所に住む伯母に育てられた。
で、いじめる人といじめられる人、それぞれに対応し
5)問題行動(症状)と経過
なければならない。このようないじめ問題は、解決に
約半年前から教室で突然床に倒れる行動が見られ
至る途は程遠いであろうが、それに一歩一歩近づいて
るようになった。時には、廊下やトイレの前で倒れ
いくしかない。今回、我々は、いじめられる側に焦点
ていることもあった。当時、寮生活をしていたが、
を当て、いじめに積極的に対処する方法を実践するこ
寮でも倒れることがあった。この意識障害の程度は、
とにした。その実践的方法(主張訓練)が功を奏して
完全な意識消失から朦朧状態まであり、意識障害の
いじめ問題は解決した。
時間も一定していない。長いときは、2,3時間に
*吉備国際大学臨床心理学研究科 〒716-8508 岡山県高梁市伊賀町8
Graduate School of Clinical Psychology, Kibi International University
8 Iga-machi, Takahashi, Okayama, Japan(716-8508)
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いじめによる意識消失を繰り返す高校生の主張訓練
も及んだ。時には、A君は意識がなく椅子を振り回
いじめから逃げない。むしろ、積極的に立ち向かって
し、暴れることもあった。学校は、休み時間などは
いくことである。その方法として自己主張訓練で対抗
騒々しく、授業中でもクラスメート同士で私語をし
する。
て、先生によく注意されていたが、なかなか止まな
かった。A君は、このような仲間に入らず、教室で
Ⅳ、介入過程
はおとなしく、自己主張もせず、目立たない存在で
面接は、B高校相談室で、月1回約60分、合計8回
あった。このような状況の中で、先生たちもA君が
行なわれた。2期に分けて、その過程をみることにし
いじめの対象になっていることを知り、以前から注
たい。
意していた。このような時、寮生活から、自宅通学
第1期:1セッション−4セッション
に切り替えた。学校生活を苦痛に感じていたが、祖
このことについては、養護教諭からあらかじめ話を
父の自家用車での送り迎えもあり、学校にはほとん
聞いていたが、A君から直接いじめについて聞くこと
ど欠席なく通学していた。しかし、めまいや体調不
から始まった。「ウザイ」とか「キモイ」などと頻繁
良を訴え、毎日のように保健室に出入りしていた。
にからかわれる。それに言い返したいけど、黙ってい
意識を失うことも増えていった。家庭では、元気で
る。気がついたら、大抵保健室で寝ているなどと話し
あり、意識を失うことはなかった。医学的には、脳
た。このようないじめに対しては、「逃げないで積極
の器質的問題は指摘されなかった。ここで、非常勤
的に対処した方がいい。黙っていないで、自己主張し
のスクール・カウンセラー(臨床心理士)がこれに
てみよう」。具体的な進め方をロールプレイで実践す
対応することになった。
る。そこで、我々が、同級生となり、「バカ」、「ウザ
イ」、「キモイ」などの言葉をA君になげかける。それ
Ⅲ、機能分析と介入方針
に対して「バカというお前がバカだ」「そんなことを
A君の意識を失う行動は、学校場面で、主に同級生
言うお前がキモイ」などと強く言い返す。このような
との関わりの中で生じている。即ち、おとなしいA君
やり取りを数回繰り返す。学校側には、「A君が倒れ
に対して、休み時間などで、先生のいない教室でクラ
ても、あわてない。保健室に運ぶことはせず、そっと
スメートが「からかい」「悪口」「ひやかし」というよ
しておく」ことなどを提案した。
うな、言葉によるいじめを浴びせかけた時に起こって
現実場面での実行を促し、励ますことにした。面接
いる。A君が意識障害を起こすと、数人の先生たち
中は、出来るだけA君に話すようにもっていき、傾聴
(養護教諭が中心になって)が駆けつけ、その場で介
し、言語的賞賛を与えた。A君が自信を持つように配
抱したり、保健室へ連れていくなどと騒ぎが大きくな
慮した。その後、A君から「主張訓練するようになっ
った。これらの出来事をクラスメートたちは、楽しん
てから、からかわれるようなことが少なくなり、意識
でいる様子でもあった。この種のいじめに対しては、
を失うことも少なくなった。ストレスを感じることも
A君は何もせず、ただ黙っていた。そして、意識消失
なくなった」と述べるようになった(表Ⅰ、図Ⅰ参照)
。
となっていったのである。A君のこの種の行動につい
面接時の声も大きくなり、自分のことを積極的に話す
て考えると、同級生からのいじめというストレスに対
ようになった。
する現実逃避的な回避メカニズムを持っていると考え
られる。黙っているのは、一種の回避であり、さらに
意識消失も回避行動と捉えることができる。いじめと
第Ⅱ期:5セッションー8セッション
以前は、からかわれると何も言い返すことが出来ず、
いうストレスが誘発刺戟となり、A君は、いじめに反
意識を失って保健室にいたので、あまり周りと関わる
発できず、惨めな気持ちになる。それに耐えられず、
ことがなかった。最近では、そっぽを向いていたクラ
意識消失へ逃避したと考えられる。これらに対する周
スメートも話しかけるようになった。授業も楽しくな
りの対処が、逆にA君の一連の行動を強化していった
った。家族も非常に喜んでいる。今は、からかわれる
ものと思われる。
こともなく、心身の状態も良い。充実した学校生活を
そこで、いじめに対する対処法としては、A君は、
送れるようになった。「以前と何が変わったか」の質問
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活への適応性が高まり、クラスメートとの会話が増え、
表1 意識消失の回数経過
介入前(X年4月)
#1( X年5月)∼#2( X年6月)
#2( X年9月)∼#3( X年9月)
#3( X年5月)∼#4( X年10月)
#4( X年10月)以降
回数
10∼15
6∼7
5
2
なし
(本人による報告)
意識消失回数
14
円滑な人間関係が作られていった。これは、いじめら
れた生徒の自信にもつながり、学校生活に積極性も出
てきて、学業成績も上がり、学校生活が楽しくなった
のである。しかも、このようなことは、学校生活のみ
ならず日常生活にも広がっていった。
付記
本稿は、岡山県教育委員会の支援のもとで、高大連
携事業の一環としての心理相談の事例報告である。な
12
お、本事例はA君の了解を得て、第34回日本行動療法
10
学会(2008)で発表したものである。
回 8
数 6
参考文献
Bruch, M.A.(1981)A task analysis of assertive
4
behavior : Replication and extension. Behavior
2
Therapy. 12, 217-230.
0
介入前 #1∼#2 #2∼#3 #3∼#4 #4以降
時 期
図1 意識消失の回数経過
Eisler, R.M., Hersen, M., & Miller, P.M(1973)Effects
of modeling on component of assertive behavior.
Journal of Behavior Therapy and Experimental
Psychiatry, 4, 1-6.
には、「自分自身が強くなった。勇気が出てきた」と
McFall, R.M. & Marston, A.R.(1970)An experimental
思う。「将来、就きたい職業はいくつかあるが、今は
investigation of behavior rehearsal in assertive
よく勉強して備えたい』『資格試験のための勉強も頑
training, Journal of Abnormal Psychology. 76,295-
張っている』と前向きな言葉が多くなり自信を持って
303.
日常生活を過ごしていることが伺えた。先生たちから
McFall, R.M. & Lillesand D.B.(1971)Behavior
の評価も上昇した。「他の生徒からからかわれる様子
rehearsal with modeling and coaching in assertion
もなくなった。授業中も積極的になり、表情があかる
training, Journal of Abnormal Psychology. 77,313-
くなった。授業の準備を手伝ってくれた」などである。
323.
McFall, R.M. & Twentyman, C.T.(1973)Four
Ⅴ、考察
experiments on the relative contribution of
一般に、いじめの対応としては、いじめられる側を
rehearsal, modeling and coaching to assertion
守ることといじめる側を制止する方法とが採られてい
training. Journal of Abnormal Psychology. 81, 199-
る。これらがいじめ解消にすべて効果的であるとは限
218.
らない。もう1つの進め方としては、いじめられる側
Schwartz, R. M. & Gottman, J.M.(1976)Toward a
がいじめる側にもっと適切に対抗していくことであ
task analysis of assertive behavior. Journal of
る。我々は、いじめられる生徒に焦点を当てて、いじ
Consulting and Clinical Psychology. 44, 910-920.
める生徒たちに積極的に対抗していく方法を採用し
Wolpe. J.(1958)Psychotherapy by Reciprocal
た。それが功を奏して、短期間でいじめ問題は解決し
Inhibition. Stanford University Press.(金久卓也
た。しかも、いじめられた生徒は、意識障害も無くな
監訳(1977)逆制止による心理療法 誠信書房)
り、以前訴えていためまいや体調不良も消え、学校生