生徒の技能水準が学習不動に及ぼす影響

奈良教育大学紀要 第40巻第1号(人文・社会)平成3年
Bull. Nara Univ. Educ, Vol. 40, No. 1 (Cult. & Soc.),1991
生徒の技能水準が学習行動に及ぼす影響
大 友 智
(東大寺学園)
岡 沢 祥 訓
(体育学教室)
高 橋 健 夫
(筑波大学)
活 藤 昭 裕・幡 勉・吉 村 誠
(東大寺学園)
(平成3年4月30日受理)
I.緒 言
学習過程を観察-記録し、学習成果との関係を検討する「過程一成果」研究(process-product
research)の流れの中で、 1972-78年にかけて「カリフォルニア州教員養成及び教員免許のため
の委員会」は、 ALT (Academic LearningTime)という概念を導き、この概念を用いた観察法を
開発した ALTとは、 「授業において生徒が学習課題に成功裡に従事する時間」と定義されてい
る(Metzle - (p.4))。
体育の分野においても、授業中の教師あるいは生徒の学習行動を観察一記録する方法が数多く
開発された。 1979年にはALTの概念がSiedentop, Dらによって体育の分野に導入され、
ALT-PE (Academic Learning Time in Physical Education)観察法が開発された(4)それ以来、こ
の観察法を用いて数多くの研究が行われている(注1)。例えば、学校段階別の観察・分析(2),(4)、学
習のプログラムに関わった観察・分析(5)、あるいは教師の特性に関わった観察・分析(3),(9)が行わ
れてきた。このように、体育授業の実態把握から体育授業を取り巻く変数を中心に据えた授業分
析へと研究が進められている。
我々もALT-PE観察法を用いて継続的に研究を行ってきた(6),(7),(8),(ll)-(13,(1頚。我々の一連の研究を
通じて、特に明らかになった点は以下の通りである。
1.教職経験年数によってALT-PE値は変化する.
2. ALT-PE値は教材(運動領域)の種類によって変動する。
3.児童による授業評価とALT-PE量は正の相関関係にある。
4.男子生徒は女子生徒に比べて積極的に学習に取り組む傾向にある。
5.授業時間の長さはALT-PE値自体には余り影響を及ぼさないが、学習指導場面の長さ(一
般的内容、 「移動」、体育的内容、 「個人的技能練習」、 「ゲーム」、 「体操・トレーニング」、 「知
的活動」)や学習従事(「合い間」、 「待機」、 「課題からはずれている」、 「間接的活動」、 「認知的
活動」)に影響する。
6.学習場所(屋内あるいは屋外)はALT-PE値に影響する。つまり、活動空間の広い屋外
の授業はALT-PE値を下げる傾向にある。
7. 1クラスの生徒数(クラスサイズ)はALT-PE値に影響を与え、生徒数が少なければ
97
98 大友 智・岡沢 祥訓・高橋 健夫・清藤 昭裕・幡 勉・吉村 誠
ALT-PE値は高まる傾向にある。
このような結果を通して、 ALT-PE観察法の有効性を確認し、 ALT-PE値が授業を取り巻く要
因あるいは教肺の教授技能によって影響を受けることを示した。このことから、体育授業を取り
巻く諸変数を無視したALT-PEの数値によって授業評価を行うことには問蓮があることを指摘
した。
学習成果を規定する重要な要因として生徒行動を捉え、その生徒行動に着目した観察・分析法
がALT-PE観察法である。そして、その生徒行動は生徒の特性、例えば生徒の運動技能や体育
授業に対して予め持っている態度等によって影響を受けると考えられる。ところが、この生徒の
特性に関わって、 ALT-PE観察法を用いた研究が十分に進められているわけではない。このよう
な研究は、授業計画の立案に際して、あるいは教師の授業中の対応の仕方に関して生徒の特性に
呼応した具体的示唆を与えると考えられる。
生徒の特性に焦点を当てた研究が全くないわけではない。例えばSilvermanらは生徒の運動技
能の水準が学習行動にどのように影響するかを調べている。 1年間の交替教師(大学教官)と19
年の教職経験を持つ教師の2人によって実施された小学校体育授業(290名)を対象に研究した
結果、生徒の技能レベルはALT-PE値に有意な影響を与える変数とはならないと報告している(10
しかし、この小学校の体育授業の結果をそのまま中学、高校に適用できるかどうかは検討する必
要がある。
そこで、本研究は、中学、高校生を対象にして運動技能水準が、生徒の学習行動(ALT-PE)
にどのように影響を与えるのかを明らかにしようとした。さらに、どのような学習場面での学習
行動に影響を及ぼすのかを検討した。
I.方 法
円K5E!
東大寺学園の中学生1 - 2-3年生)及び高校生1 -2年生)に対して6名の体育教師が
行った17の体育授業(17学級)を観察・分析の対象とした。いずれの授業も単元の「なか」の部
分が観察された(表1参照)0
授業で取り扱われた教材は、ドッヂボール、ソフトボール、バレーボール、バスケットボール、
ラグビーの5種目で全て集団的な球技である。なお、すべての授業は男子生徒を対象としている
(表1参照)0
表1 対象とされた教師、教材、学年、分析授業数、生徒数
教 師
A
B
C
D
-f i U
ドッヂ ボ ー ル
ソ フ トポ 】 ル
バ レ ーボ ール
バ レー ポ 】 ル
学 年
中学 1 年
中学 3 年
高 校 1 年
分 析 授 業 数
生 徒 数
蝣
J
各 47 名
* ・? 蝣2 *
3
3
各 47名
各 47名
蝣
)
各 47 名
E
バス ケ ッ トボ ール
高校
1 年
2
各 23名
F
ソ フ トボ ー ル
ラ グ ビー
高 校 2 年
高校 2 年
蝣
>
各 4 7名
3
各 23 名
生徒の技能水準が学習行動に及ぼす影響
99
2.期日
授業の観察は、 1989年6月中旬から下旬にかけて行われた。
3.対象生徒の選定方法
各クラスの担当教師に実施する教材(運動領域)に対する生徒の運動技能水準(始めての教材
に関しては一般的な運動技能水準)を主観的に評価させ、上位群、中位群、下位群の生徒をそれ
ぞれ3名ずつ選定させた。その中から、観察者がランダムに各群1名ずつを選び、観察対象とし
た(注2)。
4. ALT-PE観察法による記録・分析法
本研究では、 Metzler (pp.33-64)およびBirdwellによって詳説されたALT-PE観察法に従っ
て観察・記述した(注3)。なお、 2名の観察・記録者の信頼性を保つため、 S-I法(注4)に基づいて
信頼性テストを実施し、観察者相互間の一致率の基準(80%以上)が充足されるまでトレーニン
グを繰り返した。
5.統計処理
結果の処理は、京都大学大型計算機センターのSPSSXプログラムパッケージを用いて行われ
た。
Ⅲ.結果と考察
1.技能水準別にみた学習行動の相違
まずはじめに、生徒の技能差がどのように学習行動に影響するかを、 ALT-PE観察法の分析結
果をもとに検討した。表2は、生徒の技能水準別にALT-PE観察法の各カテゴリーの平均、標
準偏差、 F値を示したものである。
まず、非従事の値をみると、上位群28.3%、中位群30.0%、下位群34.9%で、技能水準が低い
程その値が高くなっている。非従事の下位カテゴリーをみると、 「合い間」、 「課題からはずれて
いる」にはほとんど差異がみられないが、 「待機」については上位群7.3%、中位群8.9%、下位
群15.6%を示し、下位群は他の2群に比べて有意ではないが高い値を示している。
従事の値をみると、上位群45.7%、中位群43.7%、下位群38.2%を示し、順に値が低くなって
いる。下位カテゴリーをみると、 「間接的活動」、 「認知的活動」ではほとんど差がみられないが、
「運動での反応」については、上位群17.2%、中位群14.0%、下位群9.7%であり、 3群の間で有
意差が認められた。
ALTの次元では、 「ALT-PE」の値は、上位群43.7%、中位群41.3%、下位群35.0%を示し、
上位群、中位群、下位群の順に値が低くなっている。さらに、 「運動のALT」は、上位群15.2%、
中位群11.7%、下位群6.5%を示し、また「主運動のALT」は、上位群15.0%、中位群11.6%、
下位群6.3%であり、 「運動のALT」、 「主運動のALT」ともに3群の間に有意に差がみられた。
以上のように、生徒の技能水準は学習行動に影響を及ぼすことが明らかにされた。特に「運動
での反応」 「運動のALTJ 「主運動のALT」には有意な差が認められた。
2.学習場面(練習場面・ゲーム場面)別にみた学習行動の相違
次に、生徒の技能水準が学習行動に及ぼす影響は、どのような学習場面でみられるのかを検討
した。授業中の学習場面を「練習場面」と「ゲーム場面」に分け、それぞれの場面での生徒行動
を分析した。結果は表3、 4に示す通りである。
100 大友 智・岡沢 祥訓・高橋 健夫・清藤 昭裕・幡 勉・吉村 誠
表2 生徒の技能水準別にみたALT-PE
上 位 群 ( N = 1 7 ) 中 位 群 (N = 1 7 ) 下 位 群 ( N = 1 7 )
M
一 般 的 内容
教
(SD )
2 6 .0 ( 3 .8 )
M
(S D )
2 6 .3 ( 4 .0 )
O .K
M
価
(S D )
26 .9 ( 4 .8 )
0 .1 9 0
待機
0 . 1 ( 0 .3 )
0 .5 )
0 .1 ( 0 .5 )
0 .1 1 0
移動
14 .7 ( 4 .2 )
1 4 .7 ( 3 .9 )
1 5 .9 ( 5 .0 )
0 .3 6 9
マ ネージメン ト
1 1 .2 ( 4 .8 )
l l .4 ( 4 .9 )
10 .9
4 .2 )
0 .0 5 3
揺
休憩
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 0 0
内
学 習 課 題 に関 係 の な い 指導
0 .1 ( 0 .3 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 0 0
容
体育的内容
7 4 .0 ( 3 .8 )
7 3 .7 ( 4 .0 )
73 .1 ( 4 .8 )
0 .1 9 0
の
個人的技能練習
i.2 ( 9 .7 )
9 .9 ( 1 2 .3 )
8 .6 ( 10 .6 )
0 .1 0 6
次
集団的技能練習
1 1 .3 ( 19 .5 )
7 .9 ( l l .6 )
7 .4 ( 10 .S
0 .3 6 4
ゲーム
5 0 .2 (2 0 .4 )
5 2 .0 ( 1 7 .2 )
52 .3 ( 1 5 .8 )
0 .0 9 2
体 操 . トレ ーニ ン グ
0 .2 ( 0 .7 )
0 .1 ( 0 .3 )
0 .2 ( 0 .7 )
0 .1 0 9
知的活動
4 .0 ( 6 .5 )
3 .8 ( 6 .2 )
4 .1 ( 6 .8 )
0 .0 0 6
社会的行動
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 0 0
その 他 の 活 動
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 0 0
非従事
2 8 .3 (l l .6 )
3 0 .0 ( 1 0 .6 )
34 .9 ( 13 .9 )
1 .3 8 8
早
合 い間
2 0 .5 (1 0 .7 )
2 0 .8 ( 9 .7 )
18 .9 ( 10 .4 )
0 .1 6 7
冒
待機
7 .3 ( 9 .5 )
8 .9 ( 9 .5 )
1 5 .6 ( 16 .7 )
2 .2 3 4
行
課 題 か ら はず れ て い る
0 .5 ( 1 .2 )
0 .3 ( 1 .1 )
0 .3 ( 0 .7 )
0 .1 6 9
4 5 .7 ( ll .5 )
4 3 .7 ( 9 .6 )
38 .2 ( 14 .9 )
1 .7 5 2
運動での反応
17 .2 ( 8 .6 )
1 4 .0 ( 7 .8 )
9 .7 ( 6 .5 )
間接 的 活 動
2 4 .5 ( 12 .5 )
2 5 .8 ( l l .6 )
24 . 5 ( 12 . 1 )
0 .0 6 7
認知的活動
4 .0 ( 6 .5 )
3 .8 ( 6 .2 )
4 .0 ( 6 .4 )
0 .0 0 3
A L T -P E
4 3 .7 ( ll .3 )
4 1 .3 ( 9 .5 )
3 5 .0 ( 14 .0 )
2 .4 9 4
運動の A LT
15 .2 ( 8 .1 )
l l .7 ( 7 .1 )
6.5( 5 .1)
6 .8 3 8 "
主 運 動 の A LT
15 .0 ( 8 .2 )
l l .6 ( 7 .1 )
6 .3 ( 5 . 1 )
6 .8 3 8 ‥
7E
動
の
衣
7E
ALT
の
次元
従事
4 .1 4 8 1
(*p<0.05 "p<0.01)
表3は、技能水準別に「個人的技能練習」と「集団的技能練習」のイベントを総計し、学習行
動の次元およびALTの次元の各カテゴリーの割合を示したものである(注5)。ここでの値は、練
習場面全体に対する各カテゴリーの割合(%)で示している。
非従事についてみると、上位群48.9%、中位群50.5%、下位群52.3%で、あまり差異はみられ
ないが、技能水準の低い者程その値が高くなる傾向がみられる。非従事の「合い間」については、
上位群23.6%、中位群33.8%、下位群34.8%となり、上位群が他の2群に比べて有意ではないが
かなり低い値を示している。しかし、「待機」については上位群23%、中位群16.1%、下位群16.7%
を示し、 「課題からはずれている」でも上位群2.4%、中位群0.7%、下位群0.8%を示し、上位群
は他の2群に比べて有意ではないが若干高い値を示している。
従事の値をみると、上位群51.1! 、中位群49.5%、下位群47.7%であり、 3群の間にあまり差
生徒の技能水準が学習行動に及ぼす影響
101
表3 生徒の技能水準別にみた練習場面でのALT-PE
上 位 群 N = 14 )
中 位 群 N = 15
下 位 群 N = 14 )
F
M
非
学
習
行
従
事
SD
M
(S D )
M
値
SD
4 8 .9 (2 5 .5
5 0 .5 (2 2 .7
5 2 .3 ( 20 .3 )
合 い間
2 3 .6 (2 1 .3 )
3 3 .8 (2 0 .8 )
34 .8 ( 20 .4 )
1 .2 5 0
待機
2 3 .0 (2 4 .2 )
16 .1 (2 3 .6 )
1 6 .7 ( 2 3 .1
0 .3 7 3
課 題 か ら はず れ て い る
2 .4 ( 6 .1 )
0 .7 ( 2 .6
5 1 .1 (2 5 .5 )
4 3 .0 (2 9 .2
0 .8
0 .0 7 3
2 .0
0 .8 13
4 9 .5 (2 2 .7
4 7 .7 ( 20 .3
0 .0 7 3
4 2 .7 (2 7 .1 )
3 7 .3 ( 2 6 .9 )
0 . 19 1
6 .8 ( 12 .5 )
1 0 .5 ( 1 4 .8 )
0 .2 6 8
0 .0
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 0 0
動
の
従
事
次
運 動 で の反 応
"t;
間接 的活 動
1.1 ( 14 .1 )
認 知 的活 動
0 .0 ( 0 .0 )
A LT
の次元
0 .0
A L T -PE
4 7 .2 (2 3 .8
4 3 .0 ( 14 .5
3 3 .6 ( 1 7 .6 )
1 .7 9 6
主運動 の A LT
3 9 .1 ( 27 .6 )
3 3 .5 ( 18 .3 )
2 3 .2 ( 2 1 .1
1 .8 0 6
異はみられないが、上位群、中位群、下位群の順にその値は低くなっている ALTの次元につ
いては、 「ALT-PE」の値は上位群47.2%、中位群43.0%、下位群33.6%で、有意差はみられな
いが技能水準の高い者程その値が高くなる傾向がみられる。同様に「主運動のALT」についても、
上位群39.1%、中位群33.5%、下位群23.2%であり、技能の高い者程成功裡に練習に従事してい
ることが窺える。
以上の結果から、生徒の技能水準は練習場面での「従事」、 「運動での反応」、 「ALT-PE」及び
「主運動のALT」に多少とも影響し、技能の高い者程それらの値が高くなる傾向が認められる。
表4は、技能水準別にみたゲーム場面での学習行動の次元及びALTの次元の各カテゴリーの
割合を示したものである(注6)0
表4 生徒の技能水準別にみたゲーム場面でのALT-PE
上位 群 (N = 16 )
中 位 群 N = 17
下 位 群 (N = 17
F
M
非
'f
習
行
従
事
SD
M
(SD )
M
値
(SD
3 8 .7 2 0 .3
3 7 .8 ( 19 .2
5 1 .4 (2 3 .9
2 .1 5 1
3 1 .4 ( 1 9 .2 )
2 7 .7 ( 17 .2 )
2 5 .9 (1 9 .5 )
0 .37 0
待 機
7 .1 ( 1 4 .1
10 .0 ( 13 .8 )
2 5 .5 (3 0 .8
3 .62 6 '
課 題 か らは ず れ て い る
0 .2 ( 0 .8 )
0 .1 ( 0 .6 )
6 1 .3 ( 2 0 .3 )
6 2 .2 ( 19 .2 )
合 い 間
0 .0 ( 0 .0 )
0 .54 8
動
の
従
事
衣
運 動 で の 反応
1 9 .0 ( l l .8 )
14 .1 ( 9 .0
元
間接 的活 動
4 2 .3 ( 2 0 .4
4 8 .0 (2 0 .3
認 知 的活 動
A LT
の 次 元
0 .0 ( 0 ー
0)
0 .0
0 .0
A L T -PE
5 9 .4 2 0 .5
6 0 .0 (2 0 . 1 )
主 運動 の A L T
1 7 .1 ( 1 0 .9 )
1 2 .0
8 .7 )
4 8 .6 (2 3 .9
7 .2
5 .5
2 .15 1
7 .13 4 …
4 1 .5 ( 2 1 .7 )
0 .4 9 7
0 .0 ( 0 .0 )
0 .0 0 0
4 6 .6 ( 2 4 .2 )
5 .K
5 .4 )
2 .0 5 8
8 .18 1‥
・p<0.05 ‥p<0.01)
102 大友 智・岡沢 祥訓・高橋 健夫・清藤 昭裕・幡 勉・吉村 誠
まず、非従事についてみると、上位群38.7%、中位群37.8%、下位群51.4%であり、下位群は
他の2群に比べて約12%高い値を示している。非従事の下位カテゴリーをみると、 「合い間」及
び「課題からはずれている」についてはあまり差異がみられないが、 「待機」については3群の
間に有意差がみられ、上位群7.1%、中位群10.0%、下位群25.5%となっている。このことから、
非従事の全体量に現れた差異の大部分は、 「待機」に費やされた時間量によって決定されている
ことがわかる。
従事の値に注目すると、上位群61.3%、中位群62.2%、下位群48.6%を示し、下位群は他の2
群に比べて有意ではないが低い値を示している。従事の下位カテゴリーをみると、「運動での反応」
は、上位群19.0%、中位群14.1%、下位群7.2%を示し、 3群の間に有意差が認められた。
ALTの次元では、上位群59.4%、中位群60.0%、下位群46.6%を示し、下位群は他の2群に
比べて有意ではないが低い値を示している。 「主運動のALT」については、上位群17.1%、中位
群12.0%、下位群5.1%を示し、 3群の間に有意差がみられた。
以上のように、生徒の技能水準は、ゲーム場面での学習行動に影響することが明らかにされた。
特に、 「運動での反応」及び「主運動のALT」にくわえて「待機」の割合に有意な差がみられた。
このように本研究では、 Silvermanらの研究n功とは異なる結果が得られたが、その原因は本研
究では教材(運動領域)を限定したこと、対象生徒の学齢が高いこと、全て男子生徒であること、
また、担当教師数が多いこと等が考えられる。さらに、技能水準別の生徒の選定に関して、本研
究では6名の担当教師の内4名が対象とされた生徒たちと2年以上関わっている(そのような対
象授業数は、 11授業である)ため、技能水準をより的確に判定できたと考えられる。
Ⅳ.摘 要
本研究では、中学、高校の体育授業(集団種目)を対象にして、生徒の技能水準が学習行動に
どのように影響するか、さらにどのような学習場面で影響を及ぼすのか検討した。その結果、次
の諸点が明らかになった。
(1)生徒の技能水準は、 ALT-PE観察法の各カテゴリーに影響することが明らかであった。技能
水準の高い生徒は、 「運動での反応」、 「運動のALT」及び「主運動のALT」に高い値を示し、
技能水準の低い生徒はそれらのカテゴリーに対して低い値を示すことが確認された。
(2)生徒の技能水準は、練習場面よりもゲーム場面での学習行動に強く影響することが確認でき
た。技能水準の高い生徒はゲーム場面での「運動での反応」、 「主運動のALT」に高い値を示し、
「待機」には低い値を示した。逆に技能水準の低い生徒は「運動での反応」、 「主運動のALT」に
低い値を示し、 「待機」に高い値を示すことが明らかにされた。つまり、技能水準の高い生徒は
練習場面、ゲーム場面ともに積極的に運動に従事し、成功裡に学習活動を行っているが、技能水
準の低い生徒は練習場面、ゲーム場面ともに運動により消極的に従事しており、とりわけゲーム
場面での「待機」中は何もしないで時間を過ごす傾向がみられた。
今後、技能水準の低い生徒の行動を変容させる方法について,介入実験的な研究で確かめてい
くことが必要であると考えられる。
ヽ
ヽ
/
・王 =
I
ALT-PE観察法を用いた研究は、近年多く発表されるようになった。特に、 Bigten bodyofknowledge
生徒の技能水準が学習行動に及ぼす影響
103
symposium series, volume 14として出版されたTemplin, T. ∫, and Olson, J. K, (Eds.), Teaching in physical education, Human Kinetics, 1983.には優れた研究成果が掲載されている。また、この著書の中で、
DoddsはALT-PEを中心とした最近の研究動向を分析し、 ①記述一分析的研究、 ②介入・実験的研究、
③相関関係的研究、 @多次元的(総合的)研究の4次元から進められていることを明らかにしている
(Dodds, P., "Relationships between academic learning time and teacher behaviors in a physical education
majors skills class", pp, 173-84)。
(2)技能水準による対象生徒の選定方法についてはSilvermanらによる研究00を参考にして行った。
(3) ALT-PE観察法による観察・分析方法については、高橋健夫・岡沢祥訓・大友智「体育のALT観察法
の有効性に関する検討一小学校の体育授業分析を通して-」体育学研究、 34-1 : pp.31-43. 1989, 6.
を参照のこと.また、学習場面別の生徒行動に検討を加えるために、学習場面を練習場面とゲーム場面
に分類した。練習場面とは、 「教授内容の次元」で「個人的技能練習」あるいは「集団的技能練習」と
して分析されたインターバルを示し、ゲーム場面とは「教授内容の次元」で「ゲーム」として分析され
たインターバルである。そして、それぞれの場面における学習行動、及びALTの次元の各カテゴリー
のイベント数をそれぞれ練習場面、ゲーム場面の給インターバル数に対する割合(%)で示した。
本研究では1台のVTRで、上位群、中位群、下位群の3名の生徒を12秒毎に順次観察・記録した。
そのため、授業全体の観察・記録の単位数が従来実施されているALT-PE観察法のそれに比べて3分の
1の量(授業時間/12秒から授業時間/36秒)となった。また、教授内容の次元の各カテゴリーの数値に
若干の相違がみられるのは、上位群、中位群、下位群の3群の生徒を順次観察・記録したため生じたも
のである。このような観察・分析の方法は、岡沢祥訓・高橋健夫・大友智・清藤昭裕・芳本真
「ALT-PE観察法の簡便化に関する検討一特に観察生徒数の制限と観察インターバルの拡大について-」
奈良教育大学紀要、 39-1 : pp.7ト82. 1990.において検討している。
(4) ALT-PE観察法の信頼性を維持するために、観察者相互間の一致率がS-I法(Scored-Interval method)
によって算出された。算出方法は、
S-I -100×
一致
一致+不一致
の計算式によって行われた。なお、通常、研究目的のためにはその一致率が80%の水準を維持すること
が必要であるとされ、本研究でもすべての項目についてこの水準を維持した(Metzler,M.W.,"An interval recording system for measuring academic learning time in physical education', in DarsL P. W.,
Mancini, V. H. and Zakrajsek, D. B. (Eds.), Systematic observation instrumentation of physical education
Leisure Press: New York, 1983. pp.187-90.)。
(5)生徒の技能水準別にみた練習場面でのALT-PE (表3 )において、対象生徒数が17でないのは「個人的
技能練習」あるいは「集団的技能練習」を行っていなかった授業があったからである。
(6)生徒の技能水準別にみたゲーム場面でのALT-PE(表4 )において、対象生徒数が全て17でないのは「ゲー
ム」を行っていなかった授業があったからである。
文 献
(1) Birdwell, D. M., The effect of teacher behavior on the academic learning time of selected students in
physical education, Doctoral dissertation, University Microfilms International, No.8022239: Michigan,
pp.37-58. 1980.
(2) Godbout, P., Bruneille, J. and Tousignant, M, Academic learning time in elementary and secondary phys主
cal education classes.. Research quarterly for exercise and sporL 54-1: pp.ll-19, 1983.
(3) Mancini, V. H., Wuest, E. K., Clark, E. K. and Ridosh, N., A comparison of interaction patterns and
academic learning time of low-and high-burnout secondary physical educators., Temphn, T. J. and Olson,
J. K. (Eds.), Teaching in physical education, Human Kinetics: pp.197-208, 1983.
(`4) Metzler, M. W., The measurement of academic learning time in physical education, Doctoral dissertation.
104 大友 智・岡沢 祥訓・高橋 健夫・清藤 昭裕・幡 勉・吉村 誠
University Microfilms International, No. 8009314: Michigan, 1979.
(5) Metzler, M. W. and Young, J. C, The relationship between teachers'preactive planning and student process measures., Research quarterly for exercise and sport, 55-4: pp.356-64, 1984.
(6)岡沢祥訓、高橋健夫、大友智「体育授業における生徒行動や生徒の授業評価に及ぼす要因の検討一中学
校の体育授業のALT-PE分析を通して-」奈良教育大学紀要、 37-1 : pp.49-59, 1988.
(7)大友智・高橋健夫「ALT-PE観察法による体育授業の分析」日本体育学会第38回大会号A、 p.430, 1987.
(8)大友智・高橋健夫・岡沢祥訓・芳本真・高田俊也・中井隆司・清藤昭裕「ALT-PE観察法による体育授
業の構造に関する研究一特に、小学校の体育授業について-」日本体育学会第39回大会号B、 p.811, 1988.
(9) Placek, J. H. and Randall, L., Comparison of academic learning time physical education: student of speciaレ
ists and nonspecialists., Journal of teaching in physical education, 5: pp.157-65, 1986.
Silverman, S., Dodds, P., Placek, J., Shute, S. and Rife, F., Academic learning time in elementary school
physical education (ALT-PE) for student subgroups and instructional activity units,, Research quarterly
for exercise and sport, 55-4: pp.365-70, 1984.
㈹ 高橋健夫、岡沢祥訓、大友智「体育のALT観察法の有効性に関する検討一小学校の体育授業分析を通
して-」体育学研究、 34-1 : pp.3ト43, 1989.
(1勿 高橋健夫・大友智「体育のALT研究、その1 、 ALT観察法と研究の動向」体育科教育、 34-13 : 57-63,
1986.
(13)高橋健夫.大友智.清藤昭裕「体育のALT研究、その2、 ALTからみた体育の授業評価」体育科教育、
35-1 : 74-79, 1987.
付記:この研究は、文部省科学研究費(総合研究A 体育授業改善のための基礎的研究、代表 高橋健夫、
課題番号 01301093)の補助を待て行われた。
なお、本研究は、東大寺学園の米田博行、沢田啓二、谷敏光教諭の協力によって行われた。これら
の先生方に衷心より感謝したい。
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The Effects of Student Skill Level on Academic Learning Time
in Physical Education Classes
Satoshi OTOMO
( Todaiji High School, Nara 631, Japan )
Yoshinori OKAZAWA
(Department of Physical Education, Nara University of Education, Nara 630, Japan )
Takeo TAKAHASHl
(Institute of Health and Sports Sciences, University of Tsukuba, Ibaraki 305, Japan )
and
Akihiro KIYOTOU, Tsutomu HATA, Makoto YOSHIMURA
( Todaiji High School, Nara 631, Japan )
(Received April 30, 1991)
The purpose of this study was to analyze the effects of the student skill level in physical
education classes on Academic Learning Time in Physical Education. The subjects were 51 (17
in each group) students in physical education classes, in which subject matters were team sports
instructed by 6 physical education teachers at a junior high school and a senior high school in the
same campus.
Main findings are as follows.
1) The rates of ALT-PE were affected by the student skill level. The High skilled students
tend to increase the rate of "Engaged Motor Response" and "ALT of motor activity. The low
skilled students tend to decrease the rates of "Engaged Motor Response and "ALT of motor
activity.
2) On the motor practice situation, the student skill level didn't significantly affect the rates of
ALT-PE. On the game situation, the student skill level significantly affected it. High skilled students tend to increase the rates of "Engaged Motor Response and "ALT of motor activity , and to
decrease the rate of "Waiting in Not Engaged'. On the other hand, the low skilled students tend
to decrease the rates of "Engaged Motor Response and "ALT of motor activity\ and to increase
the rate of ``Waiting in Not Engaged.