資産管理・負債管理政策

【論説Ⅰ】シリーズ論説「資産管理・負債管理政策」=第1回=
国・地方自治体の財政再建のあり方について考えるシリーズ論説:「資産管理・負債管理政策」。第1回は、資産の圧
縮と効率活用をはかる「資産管理」について考えます。
資産管理・負債管理政策
〔目次〕
1.はじめに
2.賃借対照表管理
3.機会コストと減損会計
4.資産活用の具体的形態
た。増分主義とは、予算額や人員が毎年度増える中
1.はじめに
で、新たに増える分の配分を決定することに注力す
国も地方自治体も財政再建に向けた取り組みを
ることで財政運営が可能な状況を意味する。このよ
本格化させている。その中で、資産管理・負債管理
うな状況では、毎年度の増分であるフローについて
を全体としていかに展開するかが、戦略上大きな課
は、政治、行政機関ともに大きな関心を払うもの
題となる。なぜならば、国債、地方債等の削減そし
の、過去の配分の結果として形成されたストックに
て管理は、当然のことながら、貸借対照表上「対の
は関心を払う必要性がなかった。したがって、そこ
概念」である資産の圧縮を求めるものだからであ
には貸借対照表の概念も必要とはならなかった。
る。
しかし、今日では、増分が期待できず、大きな財
以下では、アウトソーシングや指定管理者制度の
政赤字の中で財政全体が減少し、毎年度、減らす分
導入、市場化テストなど民間化への取り組みと債務
を決めなければならない「減分主義」の時代が到来
管理の関係を整理し、資産管理・負債管理両面の取
した。減る分を決めるためには、フローだけでなく
り組みが財政再建には不可欠であることを2回に
過去にわたって積み上げてきたストックを理解し
分けて見ていきたい。第1回は、資産管理である。
なければならない。そこに貸借対照表の意義が生ま
れてくる(図表3)。
2.貸借対照表管理
貸借対照表管理、すなわち資産管理と負債管理の
国、地方自治体ともに「貸借対照表」の作成等、
両面が必要となる時代を迎え、フローとストックが
新たな財政情報の形成に取り組んでいる。そうした
一体となった管理が必要となっている。その意味
取り組みの背景には、財政運営において「フローか
は、債務残高を削減するためには、資産自体の削減
らストックへ」の基本姿勢の変革がある。
も不可欠ということである。
従来の右肩上がり経済における財政運営、そして
従来、債務残高の削減は指摘されても、それと
前提にある政策形成の体質は「増分主義」にあっ
「対」となる資産の削減については、必ずしも適切
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No.97)2005 年 11 月
(図表1)増分主義と減分主義
増分主義
減分主義
フロー
増える分
フロー
フロー
フロー
フロー
減る分
フロー
ストック ストック
ストック ストック
フロー概念のみ
フローとストック概念
貸借対照表が必要
資産・負債両面の管理
な対応がなされてこなかった。債務を削減するに
が多いことは、将来的な更新コスト、維持管理コス
は、それに見合った資産の削減が必要であり、それ
トが拡大すること、すなわち、将来的な財政負担の
ができなければ、残された資産の維持管理や更新に
拡大を意味する。
加えて、大きな負債を抱える中では、まず売却可
向けて新たな負債を積み上げる結果となる(図表
能資産、利用可能資産の活用を検討して資産の圧縮
2)。
とくに、公的部門の場合、資産の中には道路、河
をはかり、その上で将来の財政負担を必要な社会イ
川等社会インフラが含まれるため、売却可能資産が
ンフラの整備に集中させる必要がある。こうした資
ほとんどを占める民間企業の構造とは異なる。民間
産の圧縮において、市場化テスト、指定管理者制
企業の場合、資産の多いことは将来的な企業価値を
度、PFIなどの民間化政策が展開される。
拡大させる要因ともなるが、公的部門の場合、資産
(図表2)資産管理・負債管理
圧縮
資
産
負
債
資
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産
負
債
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(図表3)国の貸借対照表(2004年度)
(単位):兆円
平成13年度
科目
平成14年度
(平成14年
(平成15年
3月31日現在) 3月31日現在)
平成13年度
増減
科目
〔 資 産 の 部 〕
平成14年度
(平成14年
(平成15年
3月31日現在) 3月31日現在)
増減
〔 負 債 の 部 〕
現金・預金
37.04
37.97
0.93 未払金
11.22
11.78
0.56
有価証券
117.25
119.38
2.13 借入金
19.35
17.52
-1.82
未収金
21.49
20.24
貸付金
299.22
286.04
-1.25 政府短期証券
寄託金
40.59
60.11
19.52 郵便貯金
貸倒引当金
-2.14
-2.36
-0.21 公的年金預り金
-13.17 公債
有形固定資産
建物及び工作物
前受金
42.10
46.20
4.09
306.20
348.01
41.80
239.34
233.24
-6.09
157.70
161.64
3.94
19.77
19.13
-0.64
-1.39
107.53
109.86
機械器具
6.65
6.67
0.02 退職給付引当金
25.01
23.62
立木
6.77
6.80
0.02 賞与引当金
0.37
0.40
0.02
土地
62.32
63.28
0.96 保険準備金
115.65
112.02
-3.62
17.43
19.10
建設仮勘定
1.66
1.54
その他
2.84
2.85
無形固定資産
2.32 引当金
-0.11 その他
0.01 負 債 合 計 954.19
992.71
〔 資 産 ・ 負 債 差 額 の 部 〕
0.00
0.39
0.40
出資金
47.55
47.97
0.42
その他
4.65
4.50
-0.15
753.86
765.31
資産合計
資産 ・ 負債差額
11.45
負債及び
資産・負債差額合計
-200.33
753.86
-227.40
765.31
1.66
38.52
-27.07
11.45
(注1) 百億円未満は切り捨て。
(注2) 公的年金の負債については、積立金相当額を「公的年金預り金」として計上している。これまで作成してきた別表(「公的年金預り金」の
ほか、過去期間に対応した給付現価の一部又は全部を「公的年金負債」として計上)は、年金制度改正が行われ、これを前提とした財政再計
算により将来給付見込額が変更されていることから、作成していない。
(注3) 「平成14年度版」の作成に当たっては、平成13年度の計数についても再度精査した。
(資料)財務省理財局資料による。
方法が優れている場合、機会コストが大きい、すな
3.機会コストと減損会計
わち、資産の有効活用が十分行われていないという
国を例にとって、具体的な資産構成を見てみよ
ことになり、さらなる活用努力が必要と判断され
う。図表4は、国の貸借対照表のうち、行政財産、
る。
普通財産について整理した資料であり、2004年
また、減損会計とは、資産が導入当初の目的どお
度末における現在高を示している。行政財産は40
りに使われているか、さらには当初目的に対する稼
兆1175億円、普通財産は55兆1022億円、
働率はどの程度かを認識し、当初想定より稼働率が
総計95兆2197億円となっている。
低い場合には、その分を損失と考えて計上する方法
こうした資産の売却や活用には、「機会コスト」
である。
の考え方と「減損会計」の導入が必要となる。機会
資産活用については、当初目的から別の目的に転
コストとは、当該資産を現行の方法で利用した場合
用して利用するケースも少なくない。こうした目的
と、それを民間が活用した場合、あるいは公的セク
外使用は、従来の財政的資産管理面からは問題があ
ターであっても他の方法で活用した場合における
るものの、資産の有効利用の視点からは積極的に取
コストや効果の差のことである。現行より他の活用
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報を形成し、従来とは異なる視点から既存の資産を
り組むべきものと考えられる。
検証することが必要となる。
その際、目的が変わったことによって、当初の投
資コストが不要となるケースもある。たとえば、図
現行の財政制度、公会計制度は、決定した予算を
書館は、大量の本を保管するために、通常の施設よ
忠実に執行するための会計であり、そこには「機会
りも床の強度が高く建設されている。こうした施設
コスト」や「減損会計」の概念は当然のこと、保有
を一般事務施設に転用する場合、当初投入した図書
コスト、フルコスト等の概念もなく、資産配分、資
館仕様の一部が不要となるため、その分を損失とし
産活用等に関する意思決定のための情報も含まれ
て計上し、資産の価値を減じる必要がある。
ていない。こうした情報がないままに資産活用を検
「機会コスト」ならびに「減損会計」は、いずれ
討しても、場当たり的なものにならざるをえず、転
も意思決定のための会計情報であり、通常の資産管
用した後の資産管理も有効に機能しないことにな
理のための会計情報とは異なる。こうした新たな情
る。
(図表4)国有財産の構造(2004年度末)
行政財産
公用財産
30兆2586億円
内訳
防衛施設
13兆7816億円
空港施設
2兆1627億円
社会保険事務所、厚生年金病院等
1兆5141億円
刑務所等
1兆
石油備蓄施設
9751億円
裁判所施設
8261億円
一般庁舎等
9兆9549億円
公共用財産
7842億円(公園等)
皇室用財産
4788億円
企業用財産
総
計
438億円
8兆5957億円(国有林野事業等)
40兆1175億円
(資料)財務省理財局資料による。
普通財産
独立行政法人出資金
46兆8578億円
在日米軍提供施設等
4兆3338億円
公園用地等貸付財産
2兆2891億円
特別会計所属財産
3715億円
仮庁舎等
2325億円
未利用国有地等
6324億円
その他
3849億円
総
計
55兆1022億円
(資料)財務省理財局資料による。
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(1)余剰活用等
普通財産における未利用国有地の売却等は順次
進んでおり、売却額も2000年度の1714億円
庁舎等の行政財産については、実態調査等に基づ
が2004年度には3639億円と増え、未利用国
き十分利用されていない空間を把握し、民間への貸
有財産の残高も2000年度の1兆8108億円
し付けや処分等による有効活用をはかることが基
が2004年度には6324億円と減少している。
本となる。同時に「目的外への転用」などに伴う実
質的なコストを「減損会計」の導入によって認識す
しかし、資産削減の方法は、未利用国有財産の売
る必要がある。
却だけでなく、機会コストや減損認識に基づいた一
般庁舎等の民間への売却、リースバック方式の導入
今後は、民間化、組織再編、定員削減、IT化の
を含めた利用形態の見直し、貸借対照表における出
進展等により、施設の必要面積や利用形態も大きく
資金等の減額、証券化、業務譲渡など広範多義にわ
変化し、利用方法の見直し、売却などの有効活用が
たる。
必要となる。一方、老朽化などで防災上、問題を抱
える施設も多く、耐震性の強化等に対する対処も必
国における独立行政法人や政府系金融機関への
出資金、地方自治体の出資団体に対する出資金等に
要となっている。こうした取り組みを進めるには、
ついても、政策遂行のためのガバナンスとして必要
現行の使用方法の再検討のほか、合築制度の拡充、
不可欠な出資か、出資に見合ったリターンが確保さ
PFI等の民間手法の積極的導入が必要となる。
れているか、組織に対するガバナンス機能として適
なお、国の財政制度では、「特定国有財産整備特
切な出資割合となっているか、などが検証されなけ
別会計」による整備手法が導入されている。新たな
ればならない。
施設を整備するコストは、財政融資資金特別会計か
らの借り入れで同特別会計がまず整備する。その上
で、余剰あるいは不要となっている他の施設・土地
4.資産活用の具体的形態
を処分し、新たな施設の整備に必要な資金を同特別
国有財産や地方自治体の財産の効率的な活用を
会計に返済する。施設完成後に、特別会計から一般
着実に実現していく必要がある。しかし、財政法上
会計に無償譲渡する方法である。
は、国有財産を良好に管理することや効率的に運用
大きな財政赤字を抱える一般会計上で施設を整
することを求める総論的な規定(財政法第9条)が
備する困難性を緩和し、同時に不要となった資産を
あるだけで、現行の国有財産法には効率的な運用に
別の必要な資産取得に結びつける方法である。これ
関する具体的な規定はなく、その明確化が求められ
は従前の土地先行取得方法とは異なり、新たな施設
ている。
の整備コストを明確化し、そのコスト調達のために
出資金の減額や証券化、業務譲渡等の取り組み
施設等を処分するものである。そこでは「新施設の
は、資産の効率的運用の問題からさらに踏み込み、
整備コスト」≦「処分施設の価値」が堅持され、財
民間化(民営化を含む)の判断等に基づいて行われ
政の健全性と効率的な施設整備が可能となる。ただ
るものであり、組織改革の領域ともいえる。こうし
し、新施設の整備と旧施設の処分を敏速に行うこ
た組織改革の問題は別に論じることとし、以下では
と、コスト確定を明確にすること、自ら所有し整備
狭義における資産の効率的活用を中心に整理する。
する必要があるか否かの評価制度等を導入するこ
とにより、慎重かつ明確に行うことが必要となる。
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(図表5)特定国有財産整備特別会計の役割
一般会計
新施設
旧施設
特定国有財産特別会計
融資
返済
財政融資資金
また、こうした整備においては、合築の手法を積
クは高い。こうしたリスクを回避すると同時に、地
極的に導入することが必要となる。その際に、単に
域に魅力ある施設とするためにも民間の活用が求
複数の施設を合築するのではなく、稼働率の低い既
められる。
存施設や不要となった施設を処分することで整備
施設を自ら保有する際には、「①利払い費を含め
財源を確保し、合築のためのコストとして活用する
た建設資金の調達コスト、②減価償却費(建設資金
ことが重要となる。
から定額法等償却方法、償却期間を勘案し計算)、
こうした方法を可能にする前提として、施設等の
③大規模修繕費、④維持管理費、⑤フルコストによ
徹底した資産管理と使用実態を把握するための「使
る管理用人件費」の各費用が必要となる。これに対
用調整」を確実かつ敏速に実施できる制度の確立が
して、自ら保有してきた施設を売却し民間の賃貸と
必要となる。国の場合、省庁別に縦割りとなってい
した場合、「①賃料、②光熱費、③売却収入の運用
る施設管理方法の見直しも求められる。
益」がコスト計算の要素となる。以上の基礎計算の
下で、両者を比較し、保有するか賃貸するかを検討
しなければならない。
(2)賃貸方式の導入
この際に留意すべきことは、環境変化に対する保
新たな施設の整備、耐震性の強化などの大修繕に
おいて、常に選択肢となるのは民間施設の賃貸であ
有の対応コスト、保有によって生じる機会コスト、
る。民間のオフィスビル等を活用する方法、あるい
賃貸によって生じる継続性維持コスト等、必ずしも
は公有の土地を売却して民間のビルの建設を進
財務会計的なコスト計算だけでは明確化できない
め、その中に賃貸で入居するなどの方法である。
領域のコスト把握である。PFI方式の導入等によ
前述のように、民間化、組織再編、定員削減、そ
り、ライフサイクルコストなど事業判断に対する新
してIT化の進展等により、これから必要となる施
たなコスト認識も定着しつつあり、より多面的なコ
設の規模、使用方法、機能が一段と変化する時期を
スト評価が必要となる。
次回は、「負債管理」について取り上げる。
迎える。こうした時期に、50年を超える使用を前
提とする画一的な施設を自ら保有することのリス
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