相続放棄と固定資産税 - 天童登記事務所 司法書士・土地家屋調査士

相続放棄と固定資産税
埼玉司法書士会
たきざわ
や
え
こ
瀧澤 八重子
「兄が死んで、相続放棄をしたのに、市役
所から納税通知が来ました。
」困惑と疑念に
満ちた声の女性から電話があった。平成26年
6 月の事である。記録を調べると、昨年12月
初旬、市内に住む80代の女性(以下Aという)
から、亡兄の相続について相談を受けた事件
であった。
事案は、Aは群馬県に実家があり、長兄と
妹 2 人の 4 人きょうだいの長女であった。埼
玉県に嫁いで60年が経つ。両親の死亡の際は、
長兄が実家を相続し、Aと妹は何も相続しな
かった。その兄が平成25年 6 月に死亡した。
兄の相続に関しては、Aは無関係と思ってい
た。平成25年12月初旬、兄の長男(甥)から、
「父には多額の借金があったので、自分たち
は相続放棄をしました。」との連絡があった
という。Aはどうしたらよいのか、家族と共
に相談に来た事件であった。
私は「相続放棄申述書」作成の家事事件と
して受託した。Aは第 3 順位の相続人である
ので、祖父母の代までの戸籍をそろえて、家
庭裁判所に相続放棄申述書を提出したのが平
成25年12月16日のことであった。この申述書
は、平成26年 1 月14日に受理された。亡兄に
は滞納税金もあったとのことで、市役所を含
む各債権者にAの
「相続放棄申述受理証明書」
を送付した。私はこれで、この事件は終結し
たと思っていた。
固定資産税の納税義務は、「台帳課税主義
の原則」によるとの知識のなかった私には、
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月報 司法書士
2014.11 No.513
半年後A宛に、亡兄の所有していた不動産の
納税通知書が来るとは予想できなかった。民
法939条により、Aは死亡時から相続人では
なかったことになる。その時の私は単純にそ
う思い込み、Aの電話に対して、「大丈夫で
すよ。相続放棄をしているので相続人ではあ
りません。税金の支払い義務もありません。
私から市役所に電話をします。
」とAを安心
させようとして、元気よく答えた。
その後すぐに、群馬県の某市役所に、「A
さんに納税通知書が送られてきましたが、こ
の方は相続放棄をしましたので相続人ではあ
りません。御庁に相続放棄申述受理証明書を
お送りしています。被相続人の税金を支払う
義務は無いですよね」と電話したところ、市
役所の担当者は、
「いいえ、民法と税法は違
います。被相続人の固定資産税は相続人に支
払い義務があります」ときっぱりと答えた。
知識浅薄な私は、埼玉の司法書士が参加して
いるメーリングリストにSOSの質問を出し
た。ネットでも調査をした。
その結果、固定資産税については、以下に
記載の地方税法343条 1 項、 2 項により民法
939条の取り扱いが微妙に変わることが分か
った。
地方税法343条
1 項 固定資産税は、固定資産の所有者
(…)に課する。
2 項 前項の所有者とは、土地又は家屋に
ついては、登記簿又は土地補充課税台帳若し
くは家屋補充課税台帳に所有者(…)として
登記又は登録されている者をいう。この場合
において、所有者として登記又は登録されて
いる個人が賦課期日前に死亡しているとき
(…)は、同日において当該土地又は家屋を
現に所有している者をいうものとする。
地方税法343条 1 項、 2 項は、台帳課税主
義の根拠条文とされており、固定資産課税台
帳に所有者として登録されている者が納税義
務者となるが、逆に、固定資産の所有者であ
っても、固定資産課税台帳に所有者として登
録されていなければ、固定資産税を課されな
いことになる。
この点、横浜地裁平成12年 2 月21日判決は、
台帳課税主義の原則について、真実の所有者
にしか課税できないとなると、課税者側が複
雑な民事事件の実態関係を調査しなければな
らず、課税者側の実務上の困難を除く為に規
定された制度であると述べており、また、最
近では、最高裁平成26年 9 月25日判決が次の
通り判示している。
「土地,家屋及び償却資産という極めて大
量に存在する課税物件について,市町村等が
その真の所有者を逐一正確に把握することは
事実上困難であるため,法は,課税上の技術
的考慮から,土地又は家屋については,登記
簿又は土地補充課税台帳若しくは家屋補充課
税台帳(…)に所有者として登記又は登録さ
れている者を固定資産税の納税義務者とし
て,その者に課税する方式を採用しており
(343条 2 項前段),真の所有者がこれと異な
る場合における両者の間の関係は私法上の求
償等に委ねられているものと解される(最高
裁昭和46年(オ)第766号同47年 1 月25日第
三小法廷判決・民集26巻 1 号 1 頁参照)
。
」
私が受託した本件の場合、被相続人は平成
25年 5 月11日死亡、先順位者の放棄を知って、
第 3 順位の相続人であるAが相続放棄の申述
をしたのは平成25年12月16日、受理されたの
は、翌年の平成26年 1 月14日であった。
平成25年12月末日までに相続放棄の申述が
受理されなかったため、平成26年 1 月 1 日の
所有者として、Aとその妹が市役所の土地及
び建物の補充課税台帳に登録されていたので
あろう。
台帳課税主義の原則は実態上の真の所有者
でなくとも納税義務がある、ということなの
で、本件の場合、Aには固定資産税の納税義
務ありとの結論となり、台帳課税主義の原則
からは、本件は市役所側の主張に対抗できな
いと考えた。結果として、私の不明をAに謝
罪した上、固定資産税は共有者がいても持分
だけの納付はできないため、その全額を納付
していただいた。
固定資産税については、民法939条の効力
よりも、地方税法の規定が優先するのであれ
ば、法的安定と公平さが要求されるべきと考
える。相続放棄の申述書提出から受理される
までの日数は、案件ごと、または、裁判所の
事務進行の日数によって変わってくる。12月
に相続放棄の申述をした場合、年内に受理さ
れた場合は、納税義務はない。一方、受理さ
れるのが、翌年 1 月にずれ込んだ場合、納税
義務が発生するため、多少の時間の差異によ
って、その結論に大きな違いが出てくる。相
続放棄者の関与できないところで、結論に差
が出てくるのは、公平ではない。相続放棄し
たことにより、不動産を取得しないのに、そ
の不動産の固定資産税の納税義務だけは残る
というのも、納得し難い結論である。
前掲の最高裁判決では、「真の所有者がこ
れと異なる場合における両者間の関係は私法
上の求償等に委ねられているものと解され
る。」としている。このことからすれば、登
記名義人と真の所有者が異なる場合のほかに、
全員の相続放棄により、不動産が相続財産法
人となった場合、固定資産税を納付した相続
人は相続財産法人に求償権を行使できるもの
と考えられる。相続放棄事件を、公平に、そ
して複雑にしないためにも、民法939条の効
力は絶対的で、税法にも及ぶと、できないも
のかと考えた事案であった。
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