サル類の疾病 カラーアトラス - サル類の疾病と病理のための研究会

サ
ル
類
の
疾
病
カ
ラ
ー
ア
ト
ラ
ス
サル類の疾病
カラーアトラス
発編
行 集
社
団
法
人
予
防
衛
生
協
会
サ
ル
類
の
疾
病
と
病
理
の
た
め
の
研
究
会
編 集:サル類の疾病と病理のための研究会
発 行:社団法人 予防衛生協会
サル類の疾病カラーアトラス刊行によせて
サル類の疾病と病理の研究会会長・北里大学獣医学部教授 吉川
泰弘
毎年,5000 頭を超すサル類が輸入され医学実験や創薬開発,安全性試験などに利用されている。国内
で繁殖育成され使用されるカニクイザルやニホンザル,アカゲザルを加えれば,その数は1万には達し
ないにせよ相当な数に上ると思われる。
約 10 年前に,岐阜大学の柳井先生と相談して,この研究会を発足させた直接の契機は,ヒトに近いサ
ル類を研究利用しても,情報が集まらず,共有できていない。そのため,研究者が自分の経験のみに頼っ
て無駄な労力を費やしているのではないかという危惧であった。研究者が情報を交換,共有できる組織
を立ち上げようというのが第一の狙いであった。会費無料で賛助会員の寄付で運営する方式にしたのは,
できるだけ多くの人に参加してもらおうという意図があったからである。
病理研究会としてスタートした組織であるが,その後病理だけではなく,サル類のケアを考えれば,
病理検査と臨床対応の組み合わせが必須であるという意見を受けて,病理と臨床がタイアップすること
になり,会の名前も疾病と病理の研究会となった。大きな転換点であった。サル類の研究利用の観点か
らみれば,広い視野で情報交換が可能となり,この研究会が手作りながら 10 年以上継続できてきた理由
の一つと考えられる。
また,感染症法が成立し,ヒト−ヒト感染以外に,動物由来感染症が対象となった。サル類のエボラ
出血熱,マールブルグ病が獣医の届出疾病になったこと,輸入サル類の法定検疫が始まったこととあい
まって,農水省,厚労省や環境省のリスク管理者や展示動物の関係者も情報交換の担い手として,本研
究会に参加してくれるようになった。サル類に関連するステークホルダーが夫々の立場から発言し,意
見を交換し,意志の疎通を図る「場」としての役割も果たしてきたと思う。
こうした変遷の中で,当初から本研究会の目的の中心にあったのが,サル類の病理アトラスの刊行で
ある。関係者の誰もが利用できる共有財産として,病理標本のカラーアトラスを作るというのが,柳井
先生のもう一つの夢であった。発足間もない研究会のメンバーが精力的にデータを集め,また,関係者
にボランタリーに原稿を依頼するという離れ業を演じて,ある程度の骨格が完成した。岐阜大学の 21 世
紀 COE プロジェクト(2000 ∼ 2005 年)の間に刊行する予定ですべてが動いていった。しかし,出版ま
での道のりは長く,気が付けば 10 年の歳月が流れてしまった。今回,紆余曲折を経て,カラーアトラス
が刊行されることは,本当に有難いことだと思っている。月並みかもしれないが,沢山の関係者の努力と,
継続する力がなければ,ここまで来られなかっただろう。
しかし,現代の目覚ましい科学と技術の進歩から見ると,10 年前のデータがそのまま利用できる病理
学というものの奥の深さを垣間見ている気もする。ともあれ,このカラーアトラスが広く利用され,新
しい世代の研究者達にも役に立つことを希望する。
(2009 年 9 月 27 日,十和田からの新幹線の中で)
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執筆者 / 症例提供者
藤原 公策
(故人)
Andrew A. Lackner
Tulane National Primate Research Center
Meredith A. Simon
Charles River Laboratories
揚山 直英
独立行政法人 医薬基盤研究所
網 康至
国立感染症研究所
板垣 伊織
社団法人 予防衛生協会
伊藤豊志雄
財団法人 実験動物中央研究所
鵜殿 俊史
株式会社 三和化学研究所
宇根 有美
麻布大学
宇野 秀夫
Wisconsin National Primate Research Center
大石 裕司
アステラス製薬株式会社
大木 隆昌
甲府市遊亀公園附属動物園
小野 文子
社団法人 予防衛生協会
加藤 朗野
京都大学霊長類研究所
倉田 祥正
三菱化学メディエンス株式会社
小嶋 聖
児玉 篤史
後藤 俊二
[元]京都大学霊長類研究所
清水 慶子
岡山理科大学
鈴木 樹理
京都大学霊長類研究所
鈴木 照雄
ハムリー株式会社
鈴木 通弘
社団法人 予防衛生協会
高阪 精夫
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武田薬品工業株式会社
山口大学
社団法人 予防衛生協会
土谷 稔
三菱化学メディエンス株式会社
霍野 晋吉
エキゾチックペットクリニック
鶴原 喬
健康科学大学
寺西 宗広
第一三共株式会社
永田 典代
国立感染症研究所
中村 進一
麻布大学
中村紳一朗
滋賀医科大学
奈良間 功
[元]摂南大学
野村 靖夫
[元]麻布大学
林 雄三
広島市立 安佐市民病院
原 正幸
財団法人 北里環境科学センター
藤本 浩二
社団法人 予防衛生協会
塩野義製薬株式会社
柵木 利昭
岐阜大学(名誉教授)
松林 清明
京都大学霊長類研究所
村田 浩一
日本大学
村松 慎一
自治医科大学
森田 千春
酪農学園大学
安田 充也
第一三共株式会社
柳井 徳磨
岐阜大学
吉川 泰弘
北里大学
荒木しおり
参天製薬株式会社
池田 秀利
農業技術研究機構 動物衛生研究所
北山 哲也
協和発酵キリン株式会社
木村 直人
財団法人 日本モンキーセンター
櫻井 康博
アステラスリサーチテクノロジー株式会社
佐多徹太郎
国立感染症研究所
古藤 正男
[元]株 式 会 社 エーキューエス
高野淳一朗
増野 功一
協力者
[元]株式会社 新日本科学
佐藤 宏
[元]東京大学(名誉教授)
[元]株式会社中外医科学研究所
清水 博之
国立感染症研究所
高山 昭三
昭和大学
橘 裕司
東海大学
角崎 英志
株式会社 新日本科学
鳥居 隆三
滋賀医科大学
服部 正策
東京大学医科学研究所
前田 博
株式会社 新日本科学
松本 芳嗣
東京大学
若狭 芳男
株式会社 イナリサーチ
編集
代表 宇根 有美
板垣 伊織
麻布大学
社団法人 予防衛生協会
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サル類の疾病カラーアトラス
目 次
Ⅰ 全身性疾患
I-1
サル痘
2
I-2
ヤバ痘
4
I-3
B ウイルス感染症
6
I-4
サル水痘ウイルス感染症
8
I-5
サイトメガロウイルス感染症
9
I-6
麻疹
10
I-7
サル免疫不全ウイルス感染症
12
I-8
サルベータレトロウイルス感染症
14
I-9
サルのピコルナウイルス感染症
16
I - 10
結核症
18
I - 11
非定型抗酸菌症
20
I - 12
細菌性赤痢
22
I - 13
エルシニア症(1)
24
I - 14
エルシニア症(2)
26
I - 15
サルモネラ症
28
I - 16
カンピロバクター症
29
I - 17
肺炎桿菌感染症(1)
30
I - 18
肺炎桿菌感染症(2)
32
I - 19
Pseudomonas alcaligenes による線維素性胸膜肺炎
34
I - 20
パスツレラ症
36
I - 21
黄色ブドウ球菌感染症
38
I - 22
蟯虫症
39
I - 23
鉤頭虫症
40
I - 24
糞線虫症
42
I - 25
アライグマ回虫幼虫移行症
44
I - 26
ゴンギロネマ症
46
I - 27
サルマラリア
48
I - 28
トキソプラズマ症
50
I - 29
クリプトスポリジウム症
52
I - 30
赤痢アメーバ症
54
I - 31
ジアルジア症
56
I - 32
糖尿病
58
I - 33
急性胃拡張症候群
60
I - 34
消耗性症候群
62
I - 35
自己免疫性溶血性貧血
63
I - 36
(皮質)過骨症
64
I - 37
骨格壊血病
66
I - 38
骨軟化症
67
I - 39
線維性骨異栄養症
68
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サル類の疾病カラーアトラス
目 次
Ⅱ 局所性疾患
1 外景,皮膚および付属器,運動器
II - 1 - 1
正常体型
72
II - 1 - 2
肥満
72
II - 1 - 3
削痩
72
II - 1 - 4
変形性脊椎症
73
II - 1 - 5
変形性脊椎症(X 線写真)
73
II - 1 - 6
正常(X 線写真)
73
II - 1 - 7
強直性脊椎関節症
74
II - 1 - 8
強直性脊椎関節症
74
II - 1 - 9
強直性脊椎関節症
74
II - 1 -10
下顎骨の骨増生
75
II - 1 -11
下顎骨の骨増生
75
II - 1 -12
尾と後肢の骨増生
75
II - 1 -13
咬傷
76
II - 1 -14
咬傷
76
II - 1 -15
咬傷
76
II - 1 -16
咬傷による蜂巣炎
77
II - 1 -17
瘢痕化した咬傷
77
II - 1 -18
自傷
77
II - 1 -19
直腸脱
78
II - 1 -20
直腸脱
78
II - 1 -21
凍傷
78
II - 1 -22
慢性臍ヘルニア
79
II - 1 -23
嵌頓臍ヘルニア
79
II - 1 -24
鼡径ヘルニア
79
II - 1 -25
下顎部膿瘍
80
II - 1 -26
下血(エルシニア症)
80
II - 1 -27
下痢(エルシニア症)
80
II - 1 -28
発赤
81
II - 1 -29
B ウイルス感染による皮膚の糜爛
81
II - 1 -30
B ウイルス感染による皮膚の糜爛
81
II - 1 -31
オイルアジュバントによる異物肉芽腫
82
II - 1 -32
オイルアジュバントによる異物肉芽腫
82
II - 1 -33
毛包虫症
82
II - 1 -34
住肉胞子虫症
83
II - 1 -35
肋間筋の出血
83
II - 1 -36
リンパ腫の筋肉病変
83
II - 1 -37
慢性カドミウム中毒
84
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全身性疾患
サイトメガロウイルス感染症
Cytomegalovirus infection
サイトメガロウイルスは,ヘルペスウイルス科,βヘ
混濁や黄白色化などがみられる。腸管では,限局性の肥厚,
ルペスウイルス群に属するウイルスで,動物種固有のサ
潰瘍形成があり,心臓や皮膚では出血斑として認められ
イトメガロウイルスが存在する。
る。肺には,限局性病変として赤色斑が散在または多発し,
発生状況 / 疫学
び漫性病変として退縮不全,全体的に水腫性となり,容
通常は感染のみで,発症することは稀で,発症しても免
積を増し,硬化する。
疫システムが確立するに従って,潜在性あるいは慢性に移
組織所見
行する。生まれて間もない動物や免疫不全の動物では致死
全身諸臓器(脳,脊髄,髄膜,末梢神経,肺,肝臓,
的になる。伝播は通常水平感染で成立するが,ときに子宮
唾液腺,腎臓,精巣,心臓,動脈,リンパ節,脾臓,皮
内感染する。尿中に排出され,しばしばサルのコロニー内
膚など)に病変を形成する。肺では,肺胞上皮細胞,マ
に広がることがある。類人猿をはじめとする多くのサル類
クロファージ,血管内皮細胞が標的となり間質性肺炎の
で血清学的あるいは形態学的にサイトメガロウイルスが確
像を呈する。肺水腫,高蛋白濃度の滲出液の貯留,限局
認されている。免疫抑制状態のサルでは,原発性にも続発
性の硝子膜の形成がみられる。感染を受けた細胞には,
性にも全身感染が起きる。アカゲザルの免疫不全ウイルス
ウイルスの名前の由来となった細胞の巨大化と多様な核
感染症やベータレトロウイルス感染症でよくみられるが,
内および細胞質内封入体形成が観察される。
他の消耗性疾患でもしばしば発生する。
診断
肉眼所見
特徴的な組織像を確認することによって診断できる。
肉眼的に眼,髄膜,腸管,皮膚,心臓,精巣や肺に病
(Y. U)
変が観察される。髄膜病変部では,髄膜の肥厚,水腫,
I-5-1 サイトメガロウイルス感染症
Cytomegalovirus infection
肺,ニホンザル Macaca fuscata,幼若サル,雄。
肺胞上皮細胞や血管内皮細胞の腫大および肺胞壁の水腫によ
り肺胞壁は高度に肥厚している。肺胞壁内や肺胞腔に浸潤す
るマクロファージには,微細空胞状あるいは好酸性の広い細
胞質を有するものがある。矢印は核内封入体。
HE 染色。
I-5-2 サイトメガロウイルス感染症
Cytomegalovirus infection
肺,ニホンザル Macaca fuscata,幼若サル,雄。
封入体形成,ウイルスの感染を受けた細胞には,細胞,核の
巨大化があり,多様な核内および細胞質内封入体が観察され
る。核内封入体は一般に好塩基性から両染性で,核内充満型
や明帯をもつものもあり,細胞質内封入体には,微細顆粒状
から粗大顆粒状まであり,好酸性のものや塩基性のものもみ
られる。肺胞壁の肥厚や肺胞腔の狭小化以外に肺水腫,高蛋
白濃度の滲出液の貯留,限局性の硝子膜の形成などもある。
HE 染色。
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サル類の疾病カラーアトラス
骨格壊血病
Skeletal scurvy
ビタミンC欠乏症による骨増生を伴う頭部血腫。ター
を形成する。しばしば,血腫は巨大化し,ターバンを巻
バンヘッド turban head とも呼ばれる。
いたような外貌を呈し,顔の変形も起きる。通常,破壊
ヒト,サル,モルモットおよびオオコオモリは,ビタ
された骨膜において骨新生が亢進するため,血腫の壁に
ミン C を合成する能力を持たないため,食餌から摂取す
広範な骨増生が認められる。活力,食欲,筋力の低下や
る必要がある。リスザルを含む新世界サルは一般にビタ
軽度のやせがみられる。歯肉などに出血がみられること
ミン C の要求量が高い。サルの種類によってビタミン C
もある。
欠乏に対する反応は異なり,アカゲザルでは長骨,歯や
診断
肋骨を冒すのに対してリスザルでは主として頭部が冒さ
特異な顔貌と飼養状況から診断は容易である。しかし,
れる。ビタミン C は,血管の構造・機能の保持や類骨形
打撲などによる血腫と誤診されることがある。
成に重要なコラーゲン合成に深く関与しているため,欠
治療
乏により歯肉,鼻腔,皮下組織,骨膜に出血が起こる。
サルのアスコルビン酸要求量は,日量 2 mg/kg で,通
発生状況
常5倍量の 10mg/kg あるいはそれ以上の給与が薦められ
サル用の調整されたペレットが開発されていなかった
おり,ビタミン C 欠乏状態が 30 ∼ 60 日継続すると症状
時代には,霊長類センターなどの専門飼育施設において
が発現するとされている。アスコルビン酸(7.5 ∼ 25mg/
も発生があったが,現在では,愛玩用リスザルでの発生
kg/ 日)を経口あるいは筋肉内に投与し,血中アスコルビ
が多い。ビタミン C のみならず,絶対的蛋白質の欠乏が
ン酸濃度を 1 mg /100mL 程度に維持する必要があると
症状を増悪する。ここに紹介する事例では,ひまわりの
いわれている。本例でも,同様の治療を行い,症状の改
種などの種子を主体とし,時々果実を与えるといった状
善が認められているが,この治療にアカゲザルは反応し
況で2ヶ月弱の期間で発症している。
たが,リスザルでは効果がなかったとする報告もあった。
肉眼所見
(Y. U)
特にリスザルでは,頭蓋骨の骨膜出血が頻発し,血腫
I-37-1 骨格壊血病 Skeletal scurvy
I-37-2 骨格壊血病 Skeletal scurvy
頭部正面,リスザル Saimiri sciureus,3歳以下,雄。
本例には,ひまわりの種などの種子を主体とし,時々果実を与
えられていた。飼養開始後約1ヵ月で頭部の変形が現れ,図は
そのさらに1ヵ月後の顔貌である。頭部に骨膜血腫と骨増生に
よる大型・不正形の瘤状隆起が観察される。
頭部右側望,リスザル Saimiri sciureus,3歳以下,雄。
側頭部の骨増生を伴う大型瘤状隆起により耳翼が後方へ変位し
ている。初診の数日前に右側頭部の膨隆部から出血し病巣部が
深く陥没した。当該部に血餅の付着と皮膚潰瘍が認められる。
I-37-1 と同一例。
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サル類の疾病カラーアトラス
II-1-49
肥満細胞腫 Mast cell tumor (mastocytoma)
全身像
ワオキツネザル Lemur catta
8歳 雌
肥満細胞腫の自然発症例。治療開始前の全身像。
右後肢の大腿近位から下腿にかけて腫脹してい
る。膝関節は硬直し屈曲不能になっており,とま
り木に足を乗せることができず,それを把握する
ことも不可能である。以前から跛行し数週間前か
ら膝関節が屈曲不能になった。このために生じた
と考えられる擦過創を下腿内側と母趾に認めた。
また,貧血も認められた。抗腫瘍剤,鉄剤,ビタ
ミン剤および抗生剤の投与を行ったが,症状に改
善がみられず,右後肢内側の皮膚の脱落および腫
瘍の一部壊死が進行し全身症状も悪化したため安
楽死の処置をとった。肥満細胞腫はサル類では大
変珍しくアカゲザルとヒヒで合わせて3例の報告
しかない。
(J. S)
II-1-50
肥満細胞腫 Mast cell tumor (mastocytoma)
右後肢外側部(剥皮後)
ワオキツネザル Lemur catta
8歳 雌
II-1-49 と同一症例。皮膚は腫瘍組織の増殖に
より肥厚している。腫瘍は腸骨付近から下腿にか
けて広く増殖し,骨まで達していた。その部分の
筋組織はほとんど,腫瘍組織に置換されていた。
内側の皮膚が脱落した部位では軟化傾向を示し,
一部は化膿,壊死していた。外側の腫瘍は白色,
均質で割面は無構造であった。他に下記のような
剖検所見が認められた。腹水がやや増量し肝臓に
やや淡明な斑点巣が散在。胆嚢には多量の胆汁が
貯留し胆管が蛇行。肺,腎臓,脾臓および消化管
には著変は認められなかった。
(J. S)
II-1-51
肥満細胞腫 Mast cell tumor (mastocytoma)
右後肢腫瘤
ワオキツネザル Lemur catta
8歳 雌
II-1-49 と同一症例。腫瘍を形成する肥満細胞
が,その細胞質内に好塩基性の顆粒を大量に含ん
でいることから他の腫瘍(リンパ腫,形質細胞
腫,悪性黒色腫など)と区別が可能である。本例
では,真皮から皮下組織に膠原線維が高度に増生
し,同部に大型∼中型の類円形∼多角形異型細胞
がび漫性に増殖している。腫瘍細胞の核は淡明,
核仁は明瞭。異型度は中度。細胞質内には好塩基
性の微細顆粒が充満する。この顆粒は Toluidine
blue 染色で異染性を示す。左図:HE 染色,右図:
Toluidine blue 染色。
(J. S)
Colgin, L. M. A. and Moeller, R. B., 1996. Lab.
Anim. Sci. 46, 123-124.
Jones, S. R., et. al., 1974. Lab. Anim. Sci. 24,
558-562.
Jones, T.C. and Hunt, R.D., 1983. Veterinary
Pathology, 5th ed., pp. 1126-1129, Lea &
febiger, Philadelphia
88
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局所性疾患
II-6-61
腸へリコバクター感染症
Enteric helicobacter infection
大腸
コモンリスザル Saimiri sciureus
1歳未満 雄
腸 陰 窩 内 腔 に Helicobacter が 集 積 し て い
る。Helicobacter が 存 在 す る 陰 窩 に は 拡 張 傾
向がある。粘膜固有層にリンパ球を主体とする
炎症細胞浸潤と水腫がみられることが多い。抗
Helicobacter pylori 抗体を用いた免疫染色。ワタ
ボウシパンシェでは,Helicobacter が大腸炎や大
腸癌の発生に関連しているとする報告があるが,
リスザルにおける病原性は不明である。
Helicobacter 属細菌は,宿主体内の生息域に
よって gastric と enteric に大別される。通常,
enteric Helicobacter は盲腸から大腸にかけて生
息している。
(Y. U)
II-6-62
腸へリコバクター感染症
Enteric helicobacter infection
大腸
コモンリスザル Saimiri sciureus
1歳 性別不明
腸陰窩内腔に細線維状の Helicobacter が観察
される。過去に6施設 45 頭のリスザルの胃腸に
おける Helicobacter 感染状況を検索した結果,
すべてのリスザルの盲腸と大腸に Helicobacter
が感染しており,胃にはみられなかった。また,
エルシニア症などの腸管感染症のサルでは,小腸
まで生息域が広がっていた。Warthin-Starry 染色。
(Y. U)
II-6-63
腸へリコバクター感染症
Enteric helicobacter infection
盲腸
コモンリスザル Saimiri sciureus
1歳 性別不明
II-6-62 と同一症例。Enteric Helicobacter の
走 査 電 子 顕 微 鏡 像。 盲 腸, 大 腸 で 観 察 さ れ た
enteric Helicobacter は螺旋はなく直線的で,表
面に等間隔に密に巻き付く細胞周囲線維を有して
おり,形態学的には Flexispira rappini や H. bilis
に類似している。また,5頭のリスザルの糞便か
ら複数の Helicobacter の遺伝子を抽出し,塩基
配列をみたところ,大腸炎のアカゲザルやワタ
ボウシパンシェからそれぞれ分離された H. sp と
HIV 陽性の男性から分離された H. sp と高い相同
性を示した。
(Y. U)
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サル類の疾病カラーアトラス
II-12-24
老人斑(成熟型老人斑)
Senile plaque (mature plaque)
大脳
カニクイザル Macaca fascicularis
26 歳 雄
老人斑はアルツハイマー病患者に認められる代
表的な病理組織学的変化であり,ヒトだけでなく,
サル類,イヌ,クマ,ネコ,ラクダなどにも認め
られる。サル類では類人猿のゴリラ,
チンパンジー,
オランウータン,マカク属のアカゲザル,カニク
イザル,ニホンザル,タイワンザル,その他にコ
モンリスザル,ネズミキツネザルでの報告がある。
サルの老人斑の形状はヒトのそれと類似し,い
ずれも嗜銀性の染色性を示し,主要構成成分は免
疫組織化学的にアミロイドβ蛋白である。成熟型
老人斑はさらに嗜銀性の構造が斑の中心部に明瞭
な核を形成する Classical 型と嗜銀性の構造が散
在する Primitive 型に分類され,コンゴレッド陽
性のアミロイド,グリア細胞とその突起および腫
大神経突起からなる。ヒトとの違いはサル類の老
人斑では腫大神経突起にリン酸化されたタウ蛋白
が蓄積していない点である。動物では痴呆症との
関係が明らかでない。PAM 染色。
(S. N)
II-12-25
老人斑(び漫型老人斑)
Senile plaque (diffuse plaque)
大脳
カニクイザル Macaca fascicularis
26 歳 雄
び漫型老人斑は網目状もしくは糸くず状の嗜銀
性を示し,成熟型老人斑と同様に主要構成成分は
アミロイドβ蛋白である。一方,コンゴレッドな
どのアミロイド染色には陰性で,グリア細胞の反
応や腫大神経突起は観察されない。PAM 染色。
(S. N)
II-12-26
老人斑 Senile plaque
大脳
コモンリスザル Saimiri sciureus
老齢 雌
リスザルの老人斑はカニクイザルの老人斑に比
べると非常に小型である。腫大神経突起やアスト
ログリアを巻き込んで,形態学的に成熟型老人斑
に類似するが,嗜銀性を示す部分はアミロイド染
色に陰性である。免疫組織化学的にすべて老人斑
でアミロイドβ蛋白が検出される。び漫型老人斑
に相当する老人斑は報告されていない。PAM 染色。
(S. N)
Nakamura S. et. al., 1998. J. Med. Primatol.,
27, 244-252.
Walker, L. C. et. al., 1990. Acta. Neuropathol.,
80, 381-387.
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編集後記
サル類の疾病カラーアトラス発刊に際して
「サル類の疾病と病理のための研究会」が発足して 12 年目の春,当研究会のミッションの 1 つである「サ
ル類の疾病カラーアトラス」の発刊にようやくこぎつきました。ここに関係各位に謹んで感謝申し上げます。
さて,岐阜大学の柳井先生より編集長を委譲されたのが,2002 年のことですから,発刊までに 9 年の歳月
を要しました。編集後記を執筆するに際して,当時の自身で作成した進行表をみますと,2004 年発刊予定になっ
ていました。ここまで,遅れてしまったのには,想定外の問題がいくつもあったからです。発刊が遅れた言
い訳になりますが,今となっては懐かしい思い出ですので,振り返ってみることにします。
まず,出版会社探しから始まりました。企画を携え,いくつかの出版会社を訪ね歩いて確認したところ,当時,
色刷り原稿の出版には,準備金として数百万円が必要ということでした。ご存知のとおり,当会は会費も徴
収しない研究会で,全く資金を有していません。そこで,出版科学研究助成費などへの応募も考えましたが,
企画だけではそれも無理な状況でした。そのようなときに,予防衛生協会から協賛事業として引き受けても
良いというお話がありました。ここで諦めかけていた企画が生き返りました。資金の目途が立ちましたので,
次に原稿の収集に着手しました。編集長を引き受けた時には関係研究所,関係学会,動物園,製薬企業,受
託試験研究所,米国霊長類センターなどを対象として,さらに,ホームページに趣旨,執筆要領を掲載し,
広く会員から症例の提供を求めるつもりでした。ところが,当てにしていた機関の写真は,著作権の問題で
TPC ニュースに掲載されたもの以外は全く利用できませんでした。製薬・受託機関からの提供も,企業とし
ての体制もあり,それほどの数になりませんでした。また,動物園関係に協力を要請しましたが,言下に拒
絶されるなど,当てが外れて全くのお手上げ状態でした。それでも,手当たり次第に関係者に方に声をかけ,
サルと名の付く写真を剖検材料からかき集めることにしました。
このような出版物は,通常,出版社が執筆要領の作成,執筆者とのやり取り,企画構成(レイアウト),校
正などを行ないます。ところが,予防衛生協会の協賛事業とする条件として印刷会社を使うことになりました。
当の印刷会社は,これらをすべて行なうはずでしたが,結果的には,すべての作業を麻布大学で行なうこと
になってしまいました。そこで,原稿依頼に際し,後の編集を考えてかなりしっかりした執筆要領を,イラ
スト入りで作成しました。ほとんどの執筆者からは,要領どおりの原稿をいただきましたが,中には,発表
スライド原稿等になにも手を入れずに送って来られる執筆者がいて途方に暮れたものです。 それでも 4 年くらい前に,何とか印刷会社がゲラを作成してくれましたので,さっそく他機関に校正を依
頼したところ,そのまま,梨のつぶて 3 年が過ぎました。その頃,本研究会の役員に板垣伊織氏が就任し,
宙ぶらりんで頓挫していたカラーアトラスがふたたび動き始めました。
その後,校正に時間が掛かりすぎたためか,印刷会社での原稿紛失事件が起こって,その復旧に更に時間
を要したりで,気が付いてみれば 9 年の歳月が過ぎていました。
まったくの綱渡り状態でしたが,関係各位のご協力でなんとか今のような体裁に整えることができました。
ご執筆いただいた諸先生,関係各位にはご心配をお掛けしましたが,ここに改めて感謝いたします。
編集長 宇根 有美
麻布大学 獣医学部 教授
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