修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用い

構造化箱庭療法の有効性に関する検討
― 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いての質的データの分析から ―
鎌 田 弥 生*
加 地 雄 一**
松 浦 隆 信***
The Effect of Structured Sandplay Therapy
— An Analysis of Qualitative Data Using the Modified Grounded Theory Approach —
Yayoi KAMATA
Yuichi KAJI
Takanobu MATSUURA
Ⅰ 問題と目的
箱 庭 療 法 は,1929 年 に Lowenfeld,M. が 世 界 技 法 と し て 考 案 し た も の を,Kalff,D. が Sandplay
therapy という形にし,
河合隼雄により
「箱庭療法」と訳されて 1965 年に日本へ導入されたものである。
砂箱の中に様々なミニチュアを置いて表現していくものである(河合,1969)。
風景構成法は,中井久夫が箱庭療法に示唆を得て 1969 年に創案して実施し,1970 年に発表した描
画法である(皆藤,1994)
。施行者がサインペンで枠付けした画用紙を描き手に渡し,描き手は施行
者から告げられたアイテム(川,山,田,道,家,木,人,花,動物,石,好きなもの)を順に描い
ていくことで,最終的に一つの風景になるようにしていくものである。当初,箱庭療法への適応決定
のための予備テストという意味合いがあったが,治療技法の一つとして,また投影法の一手段として
発展している(皆藤,1994)
。
両者共に,言語を主体とする他の療法に対して,非言語的な表現を媒体とする意味で似通っている。
非言語的表現の利点として中井(1970)は,
「より少ない心的エネルギーを以て足り」るとしている。
しかし,
箱庭療法は砂の感触により退行を促し,
「遊び」の側面が大きく自由度が高い。河合(1969)は,
箱庭療法の特徴を遊戯療法と絵画療法の中間にあるものとして紹介し,風景構成法等の「絵画の方は
限定された空間に(白紙内)に表現しなければならず,しかも,それは遊びに比べると『作品』的な
意味が強くなる」と述べている。箱庭はまとまりのない動きをなし得る可能性が大きく与えられてい
*
Yayoi KAMATA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology)非常勤講師
Yuichi KAJI 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology)
***
Takanobu MATSUURA 臨床心理学科(Department of Clinical Psychology)非常勤講師
**
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るのに対し,
風景構成法では「まとまった表現をしなくてはならない」
(河合,1969)という特徴がある。
箱庭療法も風景構成法も,治療での関係性を支える“場”そのものが大きな要因として関与すると
されている。クライエント―治療者関係における箱庭療法と風景構成法の機能を比べて皆藤(1994)
は,「箱庭療法がクライエントと箱庭との相互作用の強い技法であるのに対し,風景構成法は三者が
循環する三者交流の強い技法であり,箱庭に比べ意識的水準での守りの強い技法である」と述べてい
る。ちなみにここで皆藤が述べている三者とは,治療者・作品・クライエントのことである。
箱庭では治療者とクライエントとの関係が重視され,「自由にして保護された空間」が成立すると,
クライエントの自然治癒力が働き始め,
「全体性の象徴を表現し始める」と考えられている。「絵の場
合は1度描いてしまったものの描き直しは困難であるが,箱庭は制作者が意図すればいくらでも置き
換えられ,作りなおしや修正が可能」
(木村,1985)なものである。だからこそ,「箱庭作りの中で1
つのドラマが展開することもあり,制作者が心ゆくまでその世界にとり組むこと」
(木村,1985)が
可能となる。
一方風景構成法では,箱庭におけるクライエント―治療者関係の内界の深さが,言語を介した意識
的水準の相互交流が特徴となる。
本来,箱庭療法や風景構成法のようなイメージを表現されるものは「自我のコントロールを越えた
ものが表現されることによって治療的な意味を持つ」(河合,2000)ものである。しかし,「個人の能
力を越えて与えられたあまりに制限のない自由の前では,個人は戸惑いを感じたり,ときには恐怖を
さえ感じ , かえって自由に振舞えなくなってしまう」
(河合,1969)ため,箱庭制作においては,そ
の自由度の高さに恐怖を感じる可能性があると考える。
そのため,水谷ら(1993)は「このような自由さは,健康な自我レベルを有した人にとって無意識
的な内的世界を表現するにあたって,ある種の防衛を生みやすくなる」と述べている。一方,風景構
成法が指定されたものを描くことにより,描き手のコントロールを和らげる働きがあるため,
「この
ような防衛が存在する場合に,風景構成法の実施が有効」(水谷ら,1993)となる。
風景構成法では,アイテムをひとつにまとめ上げる作業のプロセスが重要である。そして,具体物
なしで三次元の対象物を二次元の絵として表現していく困難さがある。現実と折り合いをつける作業
で葛藤が生じ,そこで自分の問題や困惑が出てくるが,その中で構成を行うことができるかが重要と
なる。その際には,その遠近の距離の表現が必要となり,距離が具体的に把握される。
風景構成法が描き手にとって侵襲的でない理由として,武藤(2001)は「投影的空間においては前
意識や無意識での選択課程が優勢なのに対して,構成的空間では,意識的な選択が優勢」であること
を指摘している。
しかし,そのように侵襲性を和らげている一方で,意識的な選択が優勢であるということは,現実
と折り合いをつける作業での葛藤で,
「上手に描けないから恥ずかしい」といった意識も働く可能性
があるものと考える。
そこで本研究では,
「より侵襲的でなく」「防衛意識の起きにくい」方法の検討を目的とし,箱庭制
作の具体物と風景構成法の構造化を取り入れた「構造化された箱庭」の実施と有効性についての検討
を行う。なお,ここで述べるところの「構造化された箱庭」とは,風景構成法の教示(川,山,田,道,
家,木,人,花,動物,石,好きなもの)にしたがって,砂を掘ったり寄せ集めたりすることで川や
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山を造形したり,箱庭療法で通常用いられているミニチュア(具体物:田,家,木,人等)を箱庭に
置いてゆくことで風景を作る箱庭制作のこととする。
Ⅱ 方法
1.手続き
通常の箱庭,通常の風景構成法,構造化された箱庭の 3 条件を比較・検討する。これら 3 条件は参
加者内要因とする。質的変数として,長谷川(2011)が用いた箱庭制作体験に関する自由記述質問紙
を,加地ら(2013)が修正・引用したものを用いる(Table 1)。風景構成法を実施する場合は,質問
紙の「箱庭」という記述を「風景構成法」に置き換える。
本研究では,自由記述質問紙によって得られたデータを,木下(2003)による修正版グラウンデッ
ド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach 以下,M-GTA と略記)にて質的に検
討する。
なお,本研究は,加地ら(2013)
,松浦ら(2013)の一連の研究の一環として行われたものである。
Table 1 自由記述項目
箱庭制作体験に関する質問
① 箱庭を作ってみて,どうでしたか?
② 箱庭はどのように始まり,どのように広がり,完結していきましたか? 箱庭ができあがっ
ていくようすについて,感じた事があれば自由にお書きください。
③ 何らかのイメージが浮かんだとき,どのような感じがしましたか?
④ 何らかの感情や五感的な感覚を覚えることはありましたか?
⑤ 作品としての一貫性や次の展開を意識することはありましたか?
制作された箱庭に関する質問
⑥ 箱庭はあなたにとって,どのように感じられますか?
⑦ 箱庭に対して,あなたはどこにいる感じがしますか? 入り込める感じはありますか?
⑧ 箱庭の世界とあなたは,どのような関係や距離感にあると思いますか?
⑨ 箱庭の中で,意外な感じがしたり不思議に思ったりするところはありますか?
⑩ 何か気がついたことや感じやことがあれば , 自由にお書きください。
⑪ 3 つの作品作りを比較した感想
⑫ 3 つの作品の作りやすさの順序
注:項目⑪,⑫は口頭で尋ねた。
2.対象
健康な大学生 10 名(男性 7 名,女性 3 名,平均年齢 20.5 歳)を対象に行い,構造化された箱庭が,
「より侵襲的でなく」
「防衛意識の起きにくい」方法であるのかの検討や有効性について M-GTA を用
いて検討する。
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3.分析方法
通常の箱庭,通常の風景構成法,構造化された箱庭の 3 条件をそれぞれ実施後,自由記述質問紙に
て得られたデータを,木下(2003)による M-GTA を参考に質的分析を行った。M-GTA は,Glaser
et al.(1967)が提唱したグラウンデッド・セオリー・アプローチを木下が改良した質的研究法である。
M-GTA は,
データに密着しつつも,
恣意的でない説明力にある概念を生成するものである。これは,
制作者の主観的体験に基づきながら,それを考察しうる枠組みの生成を目指す本研究に適していると
考えられる。
さらに,
分析結果が実際の臨床で応用されることによって検証することが出来,実践され,
必要な修正がされることによって,より活用可能な理論として成り立つことが可能となると考える。
M-GTA はインタビュー内容を分析する方法ではあるが,深谷ら(2011)は,質問紙の自由記述を
M-GTA を参考に分析することの有用性を論じているため,本研究でも質問紙を M-GTA によって分
析することにした。本研究では,限定的なデータを用いた探索的な研究とし,暫定的な概念の生成を
目的とする。今後,多くの参加者に対するインタビューを用いた研究への足掛かりとしたい。
分析に際しては,
まず解釈の角度と方向性を明確にするための分析テーマを設定した。本研究では,
「より侵襲的でなく防衛意識の起きにくい」と設定することで,制作者と,箱庭・風景構成法・構造
化された箱庭とのかかわりを幅広く分析対象とした。
具体的な分析は木下(2003)を参考に行った。まず,テーマに照らしてデータの関連箇所に着目し,
それを一つの具体例として,
他の類似具体例をも説明出来ると考えられる説明概念を生成し,分析ワー
クシートを個々の概念毎に作成した。
概念同士の関係を個々に検討し,複数の概念から成るカテゴリー
を生成した。カテゴリーの相互の関係から分析結果をまとめた。
4. 概念生成プロセス
一つの概念生成過程を例示する。一人の制作者は,箱庭制作において「世界をイメージしている」
ので箱庭との距離は「あるべきもの」であるから「近い」と述べ,風景構成法作成については,
「現
実離れした風景になっている」ために風景構成法との距離を「遠い」と述べている。ここから,制作
者が完成した箱庭や風景構成を現実的なものか否かというところから距離を測っているという関係を
見出し,
「現実感」という概念を育成した。これは,別の制作者の「つくった世界と私は,とてもギャッ
プがあるので距離がある」や,
「自分の住んでいる所とは全く違うので距離感はあります」などとも
照らし,他の類似具体例を説明しうる概念と判断した。同様の手順を繰り返し,概念を生成した。
その結果,
「より侵襲的でなく防衛意識の起きにくい」というテーマに対し,距離感が関係してい
るのではないかという仮説が導き出され,以下のような結果がみられた。
Ⅲ 結果と考察
1.結果の全体像
分析の結果,制作者が「より侵襲的でなく」
「防衛意識の起きにくい」というテーマに関して距離
感に関連した概念とカテゴリーが見出された。
以下 Table 2 〜 4 に,箱庭・風景構成法・構造化された箱庭における,カテゴリー・概念・定義・
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具体例を示した。
Table 2 箱庭
カテゴリー
概 念
箱庭との a. 現実感が
距離が近
ある
いと感じ
る
定 義
具 体 例
制作した箱庭は現実感 ・箱庭を今の世界に置き換えようとした。私の
のあるものであり,制
作った箱庭は世界をイメージしているため近
作者と箱庭間の距離が
くにあるもの。あるべきもの。
近いと制作者が感じる ・海辺にいるように感じる。
・子どもの頃の記憶かな?入り込める。
・家の中で家族と一緒にいる。入り込める。
・知識と照らし合わせて考えてしまう。
b. 入りこめ 制作した箱庭に入り込 ・昔の世界を作品として表現したくなった。自
るが現実 める感じがあり,自分
分で作り上げたということもあってかとても
感がない が現実感のない架空の
近い。
世界にいる箱庭である ・自分のこころの世界を表現しているような気
と制作者が感じる
がした。入り込んで描いた。近い感じ。
・どんな世界になるか楽しみ。自分の好きな世界。
入り込んでいる感じ。自分もその場にいる。
・楽しくてメルヘンな感じ。こんな秘密基地が
欲しい。ずっと入り込んでいたい感じ。
・心の中のものを反映して出来あがっていって
いるように思う。わかるようでわからない。
不思議な感覚。
・自分の望んでいる世界が箱庭に表れたのかな
と思いました。本当に箱庭に入り込んだので ,
自分もその場にいるような感じでした。
箱庭との c. 遠いとこ 制作した箱庭は現実感 ・距離感があるからこそ見とれるものなのかな?
距離が遠
ろにある のあるものであるが, 下から眺めてる感じ。子どもの頃の記憶かな。
いと感じ
が現実に 制作者と箱庭間の距離
る
ある感じ が遠いと制作者が感じ
がする
る
d. 現実感の
ない遠い
架空の願
望や空想
の世界
制作した箱庭は現実感 ・隔離された場所といった感じ。
のないもので,自分が ・私の生活の中にはないものばかりで自分の心
現実感のない架空の世
の中に「こんな場所に住みたい」というふう
界にいる箱庭であると
に思って作ったのかも。作った世界と私はと
制作者が感じる
てもギャップがあるので距離がある。
・不思議な世界。入り込めない。浮いてしまう。
理想に近いものであるので , 私の夢や願望かも
しれない。距離として遠い。こころの底にし
まっておきたい。
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Table 3 風景構成法
カテゴリー
概 念
定 義
具 体 例
風景との a. 現実感が 制作した風景は現実感 ・あまりめちゃくちゃにならないように端の方
距離が近
ある
のあるものであり,制
いと感じ
作者と風景間の距離が
る
近いと制作者が感じる
から絵を描いていった。家のところに居そう。
入り込める感じはある。
・出来るだけ現実的になるように意識しました。
動きのあるものがイメージに浮かぶにつれて
イメージが強くなっていくのを感じた。
・家族と犬と散歩している。入り込める。
・出来るだけまとまってきれいに見えるように。
家の中にいる。入り込める。
b. 入りこめ 制作した風景に入り込 ・こんな世界に住みたい。自分が作っている。
るが現実 める感じがあり,自分
感がない
が現実感のない架空の
作家的な立ち位置。マンガを描いている漫画
家のような感じ。
世界にいる風景である ・家のところに居そう。入り込める感じはある。
と制作者が感じる
行ってみたいが行けないといった感じがする。
・どこにでもいるような気がする。入り込んで
描いていた。近い感じがする。関係ははかり
かねている。
風景との c. 遠いとこ 制作した風景は現実感 ・自然の世界と人が住んでいる世界を分けて行
距離が遠
ろにある のあるものであるが,
こうと思い立った。自分と少し遠い距離。入
いと感じ
が現実に 制作者と風景間の距離
り込める感じはありません。難しい。上手に
る
ある感じ が遠いと制作者が感じ
表現できない。嫌な感じ。
がする
る
・できるだけ現実的になるように意識した。自
分の住んでいるところとは違うので距離感が
ある。
・写真で遠くから撮ったよう。遠くから眺める
感じ。自分の生まれ故郷と構図が似てる。
・昔見た感覚。
e. 現実感が 制作した風景は現実感 ・絵自体のバランスがおかしいため現実離れし
な く, 入 がないために入り込め
た風景。
り込めな ない
い
f. 入 り 込 め 入り込めるが,現実感 ・自分の奥底にあるあまり手を加えられていな
る が, 現 のない遠い架空の世界
い領域。とても遠い。暖かいものに触れた。
実感のな にいる風景であると制 ・トンネルを抜けると今いる風景とは違った場
い遠い架 作者が感じる
空の願望
所へと続いている。
・昔話的。本来あるべき姿。
や空想の
世界
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Table 4 構造化された箱庭
カテゴリー
概 念
定 義
具 体 例
箱庭との a. 現実感が 制作した箱庭は現実感 ・現実感,生活感が漂っているため,入り込め
距離が近
ある
のあるものであり,制
る感じ。
いと感じ
作者と箱庭間の距離が ・風景でのイメージを表現できた。風景の絵よ
る
近いと制作者が感じる
り近い。少しですが入り込める感じ。
・自分の田舎に似てるな。実家に帰って来たの
かもと感じて入り込めそう。
・
「ここに住むんだったら」とか入り込んで作っ
てた。一貫性は重視した。
箱庭との c. 遠いとこ 制作した箱庭は現実感 ・どこかの山の中にある村のイメージ。あまり
距離が遠
ろにある のあるものであるが,
いと感じ
が現実に 制作者と箱庭間の距離
る
ある感じ が遠いと制作者が感じ
がする
見たことがないので距離がある。
る
e. 現実感が 制作した箱庭は現実感 ・一回目の箱庭は自分で世界を作ってる感じが
な く, 入 がないために入り込め
したんですけど,これは「作らされている」
り込めな ない
という感じ。
い
・不自然に感じた。バランスが悪い。距離感が
遠い。入り込めない。
・自分はいない。入り込める感じはない。
f. 入 り 込 め 入り込めるが,現実感 ・理想の世界。神様的感覚。遠くで見守ってい
る が, 現 のない遠い架空の世界
る感じ。誰か他人の作品なのではないか?不
実感のな にいる箱庭であると制
思議。
い遠い架 作者が感じる
・ドラマのワンシーンを作ったような感じ。
空の願望
や空想の
世界
2.概念同士の関係の検討とカテゴリーの生成
通常の箱庭制作では,
「a. 現実感がある」
,
「b. 入りこめるが現実感がない」
,
「c. 遠いところにある
が現実にある感じがする」
,
「d. 現実感のない遠い架空の願望や空想の世界」
,以上 4 つの概念が生成
された。風景構成法では,a,b,c の概念は箱庭と同様に生成されたが,「d. 現実感のない遠い架空
の願望や空想の世界」の概念ではなく,「e. 現実感がなく入り込めない」
,
「f. 入り込めるが現実感の
ない遠い架空の願望や空想の世界」
の 2 つに分けられ,5 つの概念となった。構造化された箱庭では,a,
c,
e,
f の 4 つは風景構成法と同じ概念となり,
「b. 入りこめるが現実感がない」の概念は生成されなかっ
た。
概念同士の関係から,
「距離が近い」
,
「距離が遠い」というカテゴリーが生成された。
生成されたカテゴリーに基づいて,通常の箱庭,通常の風景構成法,構造化された箱庭の 3 条件を比
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較し,どの条件が対象者にとって「より侵襲的でなく」
「防衛意識が起こりにくい」か,という観点
から考察する。
「距離が近い」と感じることが,現実感のある世界を作成したから近いと感じる捉え方と,現実感
がなくとも入り込める感じがするから距離が近いと感じる捉え方があった。これは,箱庭と風景構成
法では共通してみられたが,構造化された箱庭ではみられなかった。構造化された箱庭では,距離が
近く入り込めると感じることはすべて現実感を伴い,
「b. 入り込めるが現実感のない」という距離の
近さに関連した概念は抽出されなかった。
また「距離が遠い」と感じることが,現実感はあるが遠いところ(自分の田舎であったり,子ども
の頃に見たりした風景)にある感じがするので遠いと感じる捉え方と,現実感がないので距離が遠い
と感じる捉え方があった。
制作者が,現実感のある世界を作ろうと試みることは,深い内界へと入っていくことへの防衛の可
能性があるものと考える。箱庭や風景構成法を施行することによって退行が促されてしまうことを,
意識的に制作者が抑えているものと思われる。安心して退行していけない何らかの要因が存在するの
ではないかと推測する。
3. 各条件の比較
(1)箱庭
通常の箱庭制作においては,
「入り込めない」と表現している制作者は,現実との距離があり,箱
庭とも距離を感じていると表現している。しかし,
「隔離された場所といった感じ」や「作った世界
と私はとてもギャップがあるので距離がある」,「不思議な世界。入り込めない。浮いてしまう」,「理
想に近いものであるので,私の夢や願望かもしれない」,「距離として遠い。こころの底にしまってお
きたい」
といった,
実は内的世界を体験しているのではないかと感じさせる表現をしている。それでも,
「入り込めない」と表現しているのは,深い内的世界の遠さを感じつつ,そこに触れてしまうことの
怖さを感じるからこそ,自分を引き離しておきたいために「入り込めない」と捉えているのではない
かと考える。したがって,箱庭制作においては,
「入り込めない」と表現している制作者も,実は「入
り込んでいる」体験をしているのではないだろうか,と考える。今回は健康な大学生に制作を依頼し
ているため,個人の能力を越えた制限のない自由の前で戸惑いを感じたり恐怖を感じたりしても,自
ら距離を離すことで対処しているものと考える。
(2)通常の風景構成法
風景構成法では,
「d. 現実感のない遠い架空の願望や空想の世界」の概念ではなく,
「e. 現実感がな
く入り込めない」
,
「f. 入り込めるが現実感のない遠い架空の願望や空想の世界」の 2 つに分けられた。
風景を描く際,主観的なものを客観化する作業が求められるが,古野(2004)は「『主観的なもの
の客観化』が為されるには,まなざす者として自我主体が成立していなくてはならない」,「主客の分
離や自我の成立・統合が関与してくる。風景構成法は,遠近要素や近景要素も組み合わせて一つの風
景を作り上げることを求められるのだから,自我主体の機能をよく反映する技法であることが頷ける」
と述べている。
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また,風景構成法に現れるアイテムは非常に高い象徴性を持っているため,描かれるアイテムは何
らかの心的世界のイメージを表象している可能性がある。そのため武藤(2001)は「心的世界におけ
る諸イメージと適切な距離をとることは簡単なことではない。そこには,安全感を保証し , 滋養を与
えてくれるといった肯定的なイメージや自我親和的なイメージだけでなく,不安を引き起こすような
ネガティブな自我異和的なイメージも存在する。そのため,それらと適切な距離を持って対するには
不安やアンビヴィバレンツに対する耐性や,認知的な成熟が要請される」と述べている。
これらのことから,以下のような推論を述べる。
風景構成法での「入り込めない」という表現は,箱庭制作での,
「入り込めない」と表現しつつも
実は内的世界へ入っているかのような体験をしていたと考えられる表現とは異なるものと考える。風
景構成法での「入り込めない」という表現は,遠近要素や近景要素を組み合わせて作り上げることに
困難を感じた為に「入り込めない」と表現しているのではないだろうか,と考える。また,諸イメー
ジとの適切な距離をとることに困難を感じた制作者が,
「現実感のなさ」として距離を置いていった
からであり,文字通り「入り込めな」かったのではないだろうか。
したがって,風景構成法では,不安やアンビヴィバレンツに対する耐性や認知的な成熟が要請され
るために,上手く描こうと強く意識してしまう制作者にとっては,防衛意識を引き起こしやすくなる
ことがあるのではないだろうか。
(3)構造化された箱庭
構造化された箱庭では,
「箱庭との距離が近いと感じる」カテゴリーでは,
「b. 入りこめるが現実感
がない」という概念は抽出されなかった。箱庭との距離を近いと感じるのは,現実感があって入り込
んでいる場合のみであり,現実感のない架空の世界という表現は見られなかった。しかし,
「箱庭と
の距離が遠いと感じる」カテゴリーでは,「f. 入り込めるが,現実感のない遠い架空の願望や空想の
世界」という概念が生成されている。
このことから,構造化された箱庭では,箱庭との距離を近く保ちつつ深く内的世界に入っていくよ
うな表現がみられなかった一方で,箱庭との距離を遠くした場合には内的世界に入っていくような表
現がみられたと言い変えることができると考える。つまり,教示によって自らを安全な場所へと遠ざ
けることが可能になり,その上で安心して内的世界へ入って行けたのではないかと推測する。
したがって,構造化された箱庭では,「防衛意識を持ちにく」く,制作者が「より侵襲的でなく」
制作することが可能な方法である可能性が示唆された。
4.考察のまとめ
本研究では,
「より侵襲的でなく」
「防衛意識の起きにくい」方法の検討を目的とし,以下のような
結果がみられた。
「より侵襲的でなく防衛意識の起きにくい」というテーマに対し,距離感が関係しているのではな
いかという仮説を導き出し,可能性が示唆された。その結果,箱庭制作の具体物と風景構成法の構造
化を取り入れた「構造化された箱庭」の実施と有効性についての検討を行った。
本来,箱庭療法も風景構成法も,クライエントが侵襲的だと感じたり,防衛意識を起こしたりした
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状態ではなく,安心して実施出来る「関与しながらの観察に開かれた場」の提供が必要であるし,ク
ライエントが望まないのであれば,無理に行うものでもない。
田中(2007)は,箱庭療法の治療的要因として「心理的な問題が起こっているときには,何か,自
己と自我の間 , 無意識と自我の間が , 何かでせき止められている」感じであるから「心的エネルギー
がせき止められているのを動かす」ことが心理療法の目的であり,箱庭の場合は「自我が無意識の中
にすうっと水路を掘り込んでいく感じなのではないか」と述べている。さらに,起こっている問題は「コ
ンプレックスが心的エネルギーをせき止めているということをやる中で,自己との新しい関係を持と
うとして」いるのであり,箱庭を作っていくことは,
「プロセスを新しく作ろうとしている」ことだ
と述べている。
このようなプロセスを踏むことが箱庭の治療的要因となる訳だが,せき止められた心的エネルギー
が急に溢れだすことは,制作者にとって侵襲的と感じられたり,防衛意識を起こさせられたりするの
ではないだろうかと考える。
そのために,風景構成法が有効であると考えられている訳であるが,松浦ら(2013)は「構造化さ
れた手続きに基づく箱庭制作は,溢れるエネルギーの「抱え」の機能として作用し,心理的不安や認
知的負担を緩和しつつもエネルギー豊かな作品を創出可能な工夫となりうる」と述べている。
また,風景構成法では,
「描画によって,患者の構成力・具象性の回復がはかられ,それが自然治
癒力を賦活する」
(松井,1992)とされているが,角野(2004)は,風景構成法の治療的観点において,
「風景構成法にはシンボルを誘発させて,そのシンボルがもつ治癒的エネルギーを患者自ら活性化し
て,自分の内面へふたたび注ぎ込む機能をもっている」と述べている。
したがって,風景構成法の有効性やシンボル(教示される山,川,田といったアイテム)の誘発に
よる治癒力と,箱庭療法の治療的要因と関連していると考えられる「エネルギー」の両方が,構造化
された箱庭では得られ,
なおかつ,
そのような「エネルギー」を持ちつつも,構造化された箱庭では,
「防
衛意識を持ちにく」く,制作者が「より侵襲的でなく」制作することが可能な方法なのではないかと
推測する。
Ⅳ 今後の課題
本研究では,風景構成法の教示で箱庭制作を行う箱庭と風景構成法の両技法を組み合わせて行った
構造化された箱庭を行い,その有効性についての可能性が示唆された。
これまで,発達障害の事例に対する箱庭療法に有用性に関しては,さまざまな意見がある。田中
(2010)は,成人の発達障害のクライエントの「自分のなさ」を指摘し,北添(2011)は,広汎性発
達障害のクライエントの箱庭について「ない世界」の特徴について述べている。古野(2004)が「『主
観的なものの客観化』が為されるには,まなざす者として自我主体が成立していなくてはならない」
と述べている。以上のことから自分があることを前提とするイメージを扱う箱庭や風景構成法は,自
分がないとされている発達障害のクライエントには難しいと考えられている。また,吉岡ら(2011)は,
「自分のアイデアを相手に理解できるよう伝えることが苦手な発達障害児を対象」とする場合,
「イメー
ジ創出能力よりもイメージを共有する能力に問題」があり,
「すでに身につけている象徴的表現のい
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構造化箱庭療法の有効性に関する検討― 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いての質的データの分析から ―
ろいろな様式を通して , 子どもの内面に理解をさしのべ,個性的な人格発達を援助する」という山上
(1997)の論を挙げている。
以上,発達障害児の問題が「イメージを共有する能力」であり,
「すでに身につけている象徴的表
現のいろいろな様式」は表現しやすいということであるが,本研究で検討された構造化された箱庭が,
「すでに身につけている象徴的表現のいろいろな様式」とはなりえないであろうか,と考える。構造
化された箱庭が,これまで導入が難しいとされていた発達障害のクライエントに対する箱庭適応への
選択肢を広げ,その有用性を活かすことの可能性を見出す一助になればと考える。
本研究では,調査依頼に対して自主的に参加を希望した大学生にのみ施行したという限界があり,
今後は,倫理的配慮を十分に行いながら臨床経験からの技法間の比較・検討が望まれる。また,質的
分析としては,限定的なデータを用いた探索的な研究であり,暫定的な概念の生成に留まっている。
今後の多くの参加者に対するインタビューを用いた研究への足掛かりとしたい。
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