生命保険を利用した知的障がい者の資産保全対策

第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会)
《優秀賞》
生命保険を利用した
知的障がい者の資産保全対策について
宮永 裕美
【はじめに】
生命保険募集人である FP として実際にお預か
りしたご契約であり、同様のケースがかなり潜在
していると思われる事例なので FP の皆様に報告
する。
込まれる可能性が考えられる。一度口座から無く
なってしまったお金は、たとえ裁判になったとし
ても取り戻せる可能性は低い。また、30 年~50
年というスパンで考えると、どのように IT が進
化し、どのようにリスクマネジメントが可能なの
か現時点では想像すらできない。
そして最も重要な事は、この大切な資金をご本
人の為に有効に使い切ること。銀行において休眠
口座として処理をされてしまう金額は毎年 800~
900 億円もあると言われている。一般的な事例と
して家庭裁判所が適正な生活費として決めてしま
う金額ではなく、それはこのご家庭に見合った、
ご本人が穏やかな生活環境を維持する為の計画的
な支出こそが必要になる。
【ご家族との出会い】
お客様との出会いは、ご退職後のプランニング
に生命保険の活用をすすめるための営業活動だっ
た。ある程度まとまった資金を計画的に取り崩し
ていくにあたり、終身保険としての保障を持ちな
がら少しずつ計画的に給付金として受け取ってい
くことで、長い期間のリタイアメントプランに有
効である事を丁寧に説明した結果、1 件のご契約
をお預かりする運びとなった。その後しばらくし
て、次のようなご相談に至った。
これらの条件を念頭におき、次の様に進めた。
【ステップ 1】現状の把握と情報の共有化
まず、第一段階としてキャッシュフロー表を作
成(資料 1)
。通常のリタイアメントプランでは約
30 年後までの計画となるが、このケースだと約
50 年という長期に及ぶ計画が必要であることが
一目で理解できる。
そして少なくとも今後 30 年間は、ご両親の老
後資金として用意された貯蓄の取り崩しと年金給
付での生活がベースになっていく事の確認。社会
状況の変化によって年金給付額も変わっていくで
あろう事や、インフレによる資産の目減り対策。
最終的には、快適な施設でお子様とともに余生を
送りたいとのご希望でしたので、老人施設の現状
など。今すぐに決めておく必要はなくとも視野に
いれて情報収集が必要である事など、多岐にわた
る内容となった。
【相談内容】
「子供の為にずっと貯めていた資金があります
が、定期金として受け取る方法を考えて下さい。」
とのご相談であった。
このご家庭は、60 歳で退職を迎えられたお父様
と専業主婦であるお母様、そして 35 歳の知的障
がい者のお子様の 3 人家族。お子様はこの方ひと
りなので、将来に対する不安はあるものの、具体
的なご相談はされていないとのこと。まず、将来
お子様がひとりになった後のリスクを顕在化し理
解を促す必要があると考えた。このリスクを顕在
化していくという作業はご両親にとって、特にお
母様にとっては大変つらいことでしょう。できれ
ば後に延ばしておきたいと思われている方が多い
のも当然のことである。また、成年後見をつける
ことについていずれは必要という考えはあるもの
の、早めに取り組むことの不便さや抵抗感も感じ
ておられる様だった。
そして、ご両親亡き後これらの資産の保全には
様々なリスクを伴う。
例えば、2010 年 6 月から 2011 年 9 月までの
16 ヶ月に起こった後見人の横領事件は 314 件、
被害額 36 億 9800 万円にも上る。平均すると 1 件
当たり 1 千万円以上の被害額となる。
この他、年々手口が巧みになる詐欺事件に巻き
1
第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会)
(資料 1)キャッシュフロー表
【ステップ 2】考えられる方法の提案
現状ではどのような方法が考えられるのか、FP
として公平中立な立場での提案として 3 つのパタ
ーンのご説明をした。
① 社会福祉協議会+成年後見制度+遺言書
社会福祉協議会では、日常生活支援事業と
して「日常金銭管理サービス」や「通帳や証
書類、はんこなどの預かりサービス」を行っ
ている。また、都道府県単位で後見支援セン
ターを設けたり、弁護士や司法書士などの専
門家を紹介するサービスも行われている。
③ 生命保険+成年後見制度+遺言書
一般の生命保険とは別に、生命保険信託も選択
肢のひとつとして提案した。生命保険信託とは、
死亡保険金の支払いを信託銀行に依頼し、指定し
た金額を分割して受取人に支払う仕組みで、死亡
保険金 3000 万円以上での取り扱いとなるが、死
亡保険金での受取金額になるので支払保険料より
はるかに多い金額の受取が可能になる。信託のメ
リットと生命保険のメリットを組み合わせた商品
と言える。
② 信託銀行+成年後見制度+遺言書
平成 24 年 2 月から、後見制度支援信託の取
り扱いがスタートしている。この商品は、新
規に後見制度による支援を受ける方の財産管
理に信託を活用するというものである。家庭
裁判所が信託を使う事が望ましいと判断した
ケースで家庭裁判所の指示により信託が設定
される。この信託財産の解約(一部解約)は
家庭裁判所の指示書がなくては出来ないので、
財産保全には非常に適した機能をもっている。
信託財産 1000 万円以上で設定でき、信託報
酬も不要。今後実際にどのように利用されて
いくのか、情報収集が必要だと考える。
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【ステップ 3】生命保険のご提案と説明
上記の過程を経た後、生命保険のプランを見て
頂く運びとなった。生命保険を選ばれた理由とし
て、法人に任せる事に不安があるとの事だった。
ただ、
生命保険もクリアしておくべき課題が多く、
本社とのやり取りを重ねながら慎重に確認を繰り
返し、次のような内容となった。
今回活用したのは、積立利率変動型終身保険と
いう貯蓄型の保険だ。
払い込みが終わった時点で、
ほぼ解約返戻金が支払保険料の総額を上回る。そ
の後は、保障が続きながら保険会社に資金を預け
ておくと、保険会社の運用実績により毎月予定利
率が変動して運用が続くという仕組みになってい
る。
長期での資金の保有に適した商品だと言える。
第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会)
まず、生命保険の最大のメリットである被保険
者と死亡保障金額を決定するに当たり、次のよう
に考えた。
もし、今すぐにご両親のどちらかに万が一のこ
とがあった場合想定される経済的リスクについて
キャッシュフロー表を使い計算し保障額を算出。
このケースでは、お父様が退職を迎えられ今後の
生活費は公的年金と貯蓄の取り崩しである事や、
一般的に女性のほうが長生きで遺族年金を受け取
りながらお子様を監護していかれる可能性が高い
事。もし、お母様が早くに亡くなられた場合、お
母様がされてきた家事などの部分も経済的な対価
を支払って補う必要がある事。これらの条件をも
とに死亡保障額とお母様を被保険者とすることを
決定した。
しかしながら、年齢や家族構成の違うケース。
例えばお父様が現役で一家の大黒柱である場合な
どは、お父様が被保険者になられるのが妥当だと
考える。
生命保険は生命保険契約者保護機構に加入して
いるので、保険会社が破たんなどした場合でも
責任準備金の 90%まで保護される。
・高額の資金を長期にわたり保有する場合、考え
ておかなければいけないリスクのひとつにイン
フレリスクがある。このケースでは毎月保険会
社の運用実績に応じて予定利率が変わる積立利
率変動型終身保険を活用したので、インフレリ
スクにも対応している。現時点では同様の商品
を数社が取り扱っている。
・将来定期金で受け取る場合、受取日が年一回決
まっているので成年後見人にとって資金計画が
たてやすく実行管理がしやすい。
・ 成年後見人の署名により給付請求がされた場合、
ただちに請求の内容など担当募集人に連絡され
るので、不正を防ぐ可能性がある。また、ご契
約が続く限りご家族とのお付き合いも続くので、
この間、FP としての情報提供やご家族状況の
変化など、いつでもご相談にのれる存在となれ
る。
生命保険を利用して頂くにあたり、知的障がい
者であるお子様は被保険者にも契約者にもなれな
(デメリット)
い。契約者については、通常保険料負担者とする
・保険会社の信用リスク。
のが一般的であり、受取時に相続や贈与で課税さ
・早期解約の場合は解約控除が発生し、支払った
れることはない。ただ、このケースでは、お子様
保険料が全額返ってこない。
名義の資金であっても成年後見人がない場合、保
険会社はご契約をお預かりすることはできないの 【ステップ 4】定期金としての受取方法
で、契約者もお母様とした。ただし、お子様名義
この時点で、これまでに収集した情報をもとに
の口座から初回保険料の出金と次回以降の保険料
再度中立公平な立場で、後見制度支援信託に資金
を引き落し、証拠を残しておくことで将来贈与と
を移すのか、保険のままで給付請求をするのか、
みなされないように配慮した。
はたまた全く違う方法が生まれているのか、しっ
死亡保険金受取人はお子様を指定することが可
かり検証する必要がある。資金の面からだけでな
能なので、お子様ご本人を指定していただいた。
く、ご本人の安定した生活環境が確保できる方法
このような大切な資金に生命保険を使うなんて
を後見人とともにしっかりと計画をたてるのだ。
‥と思われる方も多いだろう。生命保険の営業を
していると、営業の方法や過去の悪しき事例など
結果として、保険のままで受け取る場合の方法
もあり、話すら聞いてもらえない事も多々ある。
について述べる(資料 2)
。
ただ、生命保険は巨大な資産を保有する金融機関
(保険会社)と個人との長期の契約であり、しっ
(資料 2)保険契約の流れ
かりとした説明によりお客様のご理解が得られる
ならば、非常に安心できる金融商品のひとつだ。
以下、生命保険のメリット・デメリットについ
て解説。
(メリット)
・死亡保障がある事で、ご家族全体の経済的なリ
スクをカバーできる。特に払い込み期間中に万
が一のことがあった場合は、かなりの経済的レ
バレッジ効果を発揮する。
・金融機関(銀行)に資金を預ける場合、1000
万円を超えるとペイオフのリスクが存在する、
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第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会)
この終身保険については受取開始時期、受取期
間や分割金額設定など、かなりの自由度がある。
例えば一部を解約して銀行で管理し、残りを終身
もしくは 5 年から 5 年刻みで 50 年まで受取期間
を選ぶことができる。
給付請求の方法としては、まずご両親のどちら
かが後見人になられた後に契約者をお子様に変更
する。そして分割受取期間・金額を決めて定期金
での受取を開始する。保険では年金給付と言う。
年金給付開始後の契約者および被保険者は自動的
に給付開始前の契約者となるので、契約者・被保
険者がお子様の契約として継続が可能となる。
さらに念のため、この時点で後見人であるお母
様も任意後見契約をしておく必要があると考えら
れる。
生命保険に関しての細かな契約の内容や、保険
の仕組み、引き受けの条件などについては保険会
社によって様々。FP として細心の注意を払い内容
をチェックすることが重要となる。
(資料 3)見守り支援のイメージ
この問題は簡単に答えのでるような問題ではな
い。しかし、FP として生命保険募集人として長
い期間お客様に寄り添っていく事が、信頼をして
くださっているお客様に対して責任を果たすこと
である。
【おわりに】
このご契約をお預かりするにあたり、他の FP
の方や弁護士の先生など実際の設計書も見て頂き
ご意見を頂戴し進めた。いずれの方も特に否定的
なご意見は無かったのだが、一般的に生命保険に
対する抵抗感はかなり強いものがある。障がい者
支援をされている NPO 法人の代表の方にもお話
を聞かせて頂いたが、このような相談は受けては
いるが非常に踏み込みにくい問題であるので、ご
両親が高齢であるにも関わらずとりあえず先延ば
しにしているとの事だった。結局どこに相談をす
るのが適切なのかわからない状態と言える。
このケースに出会い、同じような不安を抱える
ご家庭は他にも数多くおられるのに、それぞれが
孤立しているのではないかという事を強く感じた。
知的障がい者の子供を持つご家族が主体となった
見守り支援のネットワークがあっても良いのでは
ないか。後見制度ができて 10 年余り、ノウハウ
の蓄積や情報の収集がスピーディーに進めば、少
しでも不安が解消するのではないかと考える。例
えばその媒体として公平中立な立場で保険を取り
扱う大手保険代理店の FP が一翼を担っても良い
のではないのか。なぜなら、障がいを持った子供
のいるご家庭にこそ保険が必要で、保険会社はス
ケールの大きな全国的なネットワークを持ち容易
に情報を収集できる。また、巨大な会社だからこ
そ弁護士や司法書士などの専門家グループとの連
携も可能となるのではないだろうか(資料 3)。
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