トルコ人日本語学習者の日本語関係節の習得に関する一考察

トルコ人日本語学習者の日本語関係節の習得に関する一考察
―主語関係節と目的語関係節の産出を中心に―
カフラマン バルシュ
1. 広島大学大学院教育学研究科大学院生
2. トルコ共和国チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学教育学部
A Study on the Acquisition of Japanese Relative Clauses by Turkish Learners of
Japanese: A focus on the production of subject and object relative clauses
Barış KAHRAMAN
1. Hiroshima University Graduate School of Education, Postgraduate Student
2. Çanakkale Onsekiz Mart University Faculty of Education
Abstract
This cross-sectional study attemps to elucidate what is difficult for Turkish learners of Japanese while
producing relative clauses in Japanese as a second language? In order to do this, we compared the
production of object relative clauses (ORC) and subject relative clauses (SRC) through a “Turkish-Japanese
translation task”. Fourty-five higher-intermediate learners studying Japanese as their major at a university
in Turkey participated in the study. The result of error-analysis revealed that more errors occured in the case
of SRC than that of ORC. Furthermore, most of those errors were related to the use of case-markers in the
embedded noun and the tense-aspect of the embedded verb. From the results, we propose that a special
attention should be paid to the use of case-markers and tense-aspect markers of verbs when introducing
Japanese relative clauses to the Turkish learners of Japanese.
1.
はじめに
関係節は主節に含まれる名詞句に補助的な情報をつけ加える言語構造の一つで
あり(Leech 1989: 410)、被修飾名詞句について詳しく述べる、名詞の指示対象を限
定するなどの機能をもつ(日本語記述文法研究会編 2008:43)。また、関係節は複
雑な構造を持つ言語形式として第二言語学習者にとって習得が困難な項目の一つ
である(大関 2003;斉藤 2002)。たとえば、主語関係節(以下、SRC)と目的語
関係節(以下、ORC)を比べた際に、多くの言語では SRC の方が ORC より習得し
やすいという結果が報告されている。
(1)
(2)
SRC:
ORC:
[先生を見た]学生
[先生が見た]学生
関係節の習得の難易度を説明する上で、類型論の分野で Keenan & Comrie (1977)
が提案した Noun Phrase Accessibility Hierarchy(以下、NPAH)が最も注目されてい
る(e.g., Doughty 1991; Gass 1979; Hamilton 1994; Izumi 2003; Kanno 2007; Ozeki &
Shirai 2007)。NPAH は、被修飾名詞が関係節に対してどのような機能を持っている
かという観点から一般化された、名詞句の関係節化の可能性の順序である:

カフラマン バルシュ(2008)「トルコ人日本語学習者の日本語関係節の習得に関する一考察―主語関係節
と目的語関係節の産出を中心に―」
『2008 日本語教育シンポジウム―多文化共生の時代と日本語教育―』第 13
回ヨーロッパ日本語教育シンポジウム AJE、2008 年 8 月 27~29 日、チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学、
チャナッカレ、トルコ.(口頭発表)
Kahraman B (2008). A Study on the Acquisition of Japanese Relative Clauses by Turkish Learners of Japanese: A focus
on the production of subject and object relative clauses. Paper presented at the 13th Symposium on Japanese Language
Education in Europe (AJE). Çanakkale Onsekiz Mart University, Çanakkale Turkey. 27-19 August 2008.
1
主語 > 直接目的語 >間接目的語 > 斜格名詞句 > 所有格名詞句 >
比較の対象 (「>」は関係節化が容易であることを表す)。
もし関係節習得の難易が NPAH と対応するなら、SRC が最も習得しやすく、右に
行けば行くほど習得が困難になる。これまで第二言語としてのヨーロッパ言語では、
関係節習得の難易は NPAH に沿っているという、一致した調査結果が報告されてい
る(英語:Gass 1979; Pavesi 1986; スウェーデン語:Hyltenstam 1984; ドイツ語、ポ
ルトガル語:Tarollo & Myhill 1983)。一方で、日本語などのアジア言語では関係節
習得の難しさに関して一致した結果は得られていない(c.f.,日本語:Kanno 2007;
Ozeki & Shirai 2007;トルコ語:Aydın 2007; Özçelik 2006)。つまり、アジア言語では、
関係節の習得の難易が NPAH に沿うかどうかは確かめられていない。
日本語などのアジア言語の関係節の習得の難易に関わる要因が NPAH だけではな
いなら、それ以外にどのような要因が関わっているのだろうか。以下では、有生性
の重要性を主張した Ozeki & Shirai (2007)を簡単に紹介し、本研究の目的を示す。
Ozeki & Shirai (2007)は NPAH の日本語での有効性を検証するために、二つの調査
を行った。調査 1 では、韓国語、中国語、英語を母語とする初・中・上・超級レベ
ルの日本語学習者による発話データについて分析を行った。結果、学習者のレベル
や母語によって関係節の産出割合が異なることが分かった。調査 2 では、中・上級
レベルの中国語母語話者を対象に文結合課題を行った結果、SRC と ORC の産出割
合には有意差がなかった。また、被修飾名詞句の有生性についてさらに分析を行っ
たところ、被修飾名詞句が無生である ORC の方が、被修飾名詞句が有生である ORC
より正答率が高く、被修飾名詞句が有生である SRC と異ならなかった。Ozeki &
Shirai はこの結果に基づいて、日本語関係節の習得のしやすさは必ずしも NPAH に
沿わず、また、被修飾名詞句の有生性は関係節の難しさに影響を与える重要な要因
であると結論付けた。
さらに第一言語としての日本語の関係節処理を調べた研究では、関係節を理解す
る上で格助詞が重要な役割を果たすと指摘されている(e.g., Ishizuka 2005; Miyamoto
& Nakamura 2003)。このことから、第二言語としての日本語習得においても有生性
以外に格助詞のような要因が重要であろうと考えられる。
そこで、本研究では 1)トルコ人日本語学習者にとって、日本語関係節を産出す
る際には何が困難であるかについて調べ、 2)被修飾名詞句の有生性以外の言語的
要因が日本語関係節の産出の難しさに影響を与えるか否かについて検証する 。その
ために、教育的な観点も考慮に入れつつ、トルコ人日本語学習者を対象に「トルコ
語から日本語への翻訳タスク」という産出課題を用い、横断的な調査を行った。
2.
調査概要
なぜトルコ人日本語学習者を研究対象としたか:これまで第二言語としての日本
語習得研究は日本語と類型論的に異なる言語の話者を対象とした研究が多い。母語
と日本語の類似点及び相違点が日本語の習得に及ぼす可能性や日本語において習
得が困難な項目の解明を目指すためには、構造的に似ている言語の話者を研究対象
とすることも重要であろう。日本語とトルコ語が類型論的に似ているため、トルコ
人日本語学習者を研究対象とした。また、トルコ人日本語学習者の日本語習得を取
り上げた研究の数は非常に少ない。トルコ人日本語学習者の調査を通し、日本語の
2
習得研究に新たなデータを提供することで、彼らに対する教授の質を高め、理解を
促進することができると言える。
日本語とトルコ語の関係節の類似点及び相違点:
(3) [先生が見た]学生はたばこを吸っていた。
(4) [Öğretmen-in gör-düğü]öğrenci sigara içiyordu.
Teacher-GEN see-ORCP student cigaratte was smoking.(日本語と同じ意味)
日本語とトルコ語では、関係節が被修飾名詞句(学生、öğrenci)に先行する。ま
た関係節内の要素も同じ順序である。さらに、日本語とトルコ語では who, which な
どの関係代名詞は使用されない。一方で、ORC の場合(3,4)、日本語では関係節の主
語に主格(ガ)を付与することが一般的であるが、トルコ語では必ず所有格が付与
される。また、日本語では関係節内の述語が主節と同じ形で使用されているのに対
して、トルコ語では関係節特有の活用形が使用される。さらに、日本語とトルコ語
では、動詞によって目的語に付与される格助詞が異なる場合がある。たとえば、
「ほ
める」の場合は両言語ともに目的語に対格(ヲ)が付与されるが、「笑う」の場合
は日本語では対格が使用されるのに対して、トルコ語では与格(ニ)が使用される。
以上のことから、日本語とトルコ語の関係節は構造的に似ているが、格助詞や動
詞の活用が異なると言える。このような日本語とトルコ語の類似点と相違点が関係
節の産出に反映されるか否か、また関係節を産出する際には何が困難であるかを調
べるために「トルコ語から日本語への翻訳タスク」という産出課題を行った。
なぜ「トルコ語から日本語への翻訳タスク」を採用したか:トルコ人日本語学習
者を対象としたコーパスはない。コーパスがあったとしても、学習者の回避と非用
が扱いにくいと考えられる。また、Ozeki & Shirai (2007)で使用された文結合課題は
学習者が関係節を産出する際に、何が困難であるかを調べる上で十分とは言えない。
(5)に示すように、日本語を学習していなくとも最初の文の斜体の部分(友達)と二
つ目の文の「その」を消すだけで課題を遂行できるためである。
(5)
A. 友達が私に花をくれた。 / B. その友達 は英語が上手だ。
答え: 私に花をくれた友達は英語が上手だ。(Ozeki & Shirai 2007: 193)
本研究の目的を達成する上で、翻訳課題の方が文結合課題より適切であると考え
られる。なぜならば、学習者がもともと母語において意味を理解している表現(構
造)を目標言語で表す際に、目標言語のどの部分が簡単で、どの部分が難しいかを
より明確に知ることができるからである。そのため、本研究では調査方法として「ト
ルコ語から日本語への翻訳タスク」を選定した。また、学習者による回避を避ける
ために、SRC と ORC を同数産出しなければならない調査デザインを認定した。
2.1 本調査
目的は、日本語関係節を産出する際にトルコ人日本語学習者にとって、何が困難
であるかについて調べ、有生性以外にも関係節の産出の難易に影響を与える要因が
ないか検証することである。調査参加者は、日本語をトルコのある大学で主専攻と
3
して学んでいる中級・上級レベルのトルコ語母語話者 45 名であった。
材料は、SRC が含まれる 16 文と ORC が含まれる 16 文そして、フィラー24 文か
らなっている。格助詞の使用に関する言語間の相違が、関係節の産出に反映される
か否かについて確認するために、両言語においても対格を付与する動詞(ほめる)
と、日本語では対格を付与するのに対してトルコ語では与格を付与する動詞(笑う)
を 8 つずつ用いた。カウンターバランスをとるためにラテン方格法で二つのリスト
を作成し、参加者 1 人当たり 40 文をトルコ語から日本語に翻訳させた。なお、語
彙などによる誤用を防ぐために、別紙で語彙リストが配布された。すべての文は、
場所を表す名詞、関係節内の名詞(主語か目的語)、動詞、被修飾名詞句、主節の
述語という語順からなっている。
(6a)
(6b)
SRC: Televizyon-da manken-e gül-en futbolcu uzun boyluydu
Television-LOC model-DAT laugh-SRCP football player was tall
テレビでモデル を笑ったサッカー選手は背が高かった。
ORC: Televizyon-da manken-in gül-düğü futbolcu uzun boyluydu
Television-LOC model-GEN laugh-ORCP football player was tall
テレビでモデル が笑ったサッカー選手は背が高かった。
ORC の場合は、日本語では主格、トルコ語では所有格が使用される。SRC の場合
は、「笑う」のような動詞の時にトルコ語では与格が使用される。学習者が格助詞
をトルコ語と同じ形で使用するなら、関係節を適切に産出できない可能性がある。
3.
結果
学習者によって産出された 720 文を分析の対象とし、量的分析と質的分析を行っ
た。量的分析ではまず誤用を無視し、SRC と ORC の構造自体が産出された数を比
べ、次に SRC と ORC の適切な産出割合と不適切な産出割合を比べた。質的分析で
は誤用分析を行い、SRC と ORC 条件で観察された誤用のパターンを比べた。
表1
主語関係節と目的語関係節の産出割合
SRC
ORC
分析対象
その他
720
373
341
6
720 文のうち SRC は 373 文、ORC は 341 文産出された。両者の産出に関してカ
イ二乗検定を行ったところ、有意差はなかった(χ 2(1)=1.4,ns)。この結果は、
誤用を無視した場合に、SRC と ORC の構造自体の産出割合が異ならなかったこと
を示す。なお、SRC の数が 360 を上回っているのは、「船長が殴ったダイバーはワ
インを飲んでいた」という ORC の代わりに、
「船長に殴られたダイバーはワインを
飲んでいた」という受身形を使った SRC が産出され、また「船長が殴ったダイバ
ー…」の代わりに「船長を殴ったダイバー…」のように主格と対格の使用が間違え
られたためである。
次に、SRC と ORC の適切な産出割合と不適切な産出割合を比べた。なお、日本
語の正誤判断については、日本語母語話者一名の協力を得て、文の中で誤っている
部分に下線を引いてもらった。ここでは、関係節以外の部分で見られた誤用には注
4
目しない。結果は表 2 の通りである。
表 2 関係節の適切な産出と不適切な産出
関係節
適切
不適切
合計
χ2(1)
SRC
153 (43%)
207 (57%)
360
= 8.1, p <.01
ORC
298 (83%)
62 (17%)
360
= 154.7, p <.01
451 (63)
269 (37%)
720
合計
表 2 は SRC 条件では関係節の適切な産出割合の方が不適切な産出割合より有意
に低かったことと、ORC 条件では、関係節の適切な産出割合の方が不適切な産出割
合より有意に高かったことを示す。
学習者による誤用の特徴についてさらに調べるために誤用分析を行った。結果は
表 3 のとおり、格助詞と動詞による誤用として大きく二つに分けられた。
表 3 誤用分析の結果(回数)
関係節
格助詞
動詞
合計
SRC
171 (73%)
63 (27%)
234 (100%)
ORC
14 (23%)
48 (77%)
62 (100%)
185 (63%)
111 (37%)
296 (100%)
合計
SRC 条件では、格助詞の選択の間違いによる誤用が 171 回で最も多かった。一方
で、ORC 条件では、動詞の使用による誤用が 48 回見られたが、その数は SRC 条件
で見られた動詞に関する誤用より少なかった。また ORC 条件では関係節内の主語
に主格の代わりに所有格が使用された例が 70 文(19%)あった。
SRC 条件で見られた格助詞の使用に関する誤用の中で(7)のように関係節内の
目的語に対して、対格の代わりに与格を付与するというパターンが 146 回で圧倒的
に多かった。また、
(8)のように対格の代わりに主格が使用されたパターン(7 回)
と、(9)のように、格助詞が使用されなかったパターン(4 回)も見られた。
(7)
(8)
(9)
* 船長 に (を)殴ったダイバーは港でワインを飲んだ。[()= 正解]
* 女の子が (を)見た男の子は数学が好きだった。
* 学長(を)信頼した学部長は研究チームをつくった。
ORC 条件では(10)、
(11)、
(12)のように主格の代わりに与格、対格、助詞ハが
使用された例が見られたが、その数は全部で 14 文のみであった。
(10)
(11)
(12)
* 部長 に (が)批判した社長は夜飲みに行った。(6 回)
* 部長 は (が)批判した社長は夜飲みに行った。(6 回)
* エンジニアを (が)聞いている技師はいつも紅茶を飲んでいた。(2 回)
SRC と ORC を産出する際に見られた動詞の使用に関する誤用の数は両条件にお
いて近かったため、二つの条件を合わせて誤用を計算した。結果は、(13)のよう
に過去形を使わなければならないところを、辞書形を使うといった、動詞の時制・
アスペクトに関する誤用が 68 回で最も多かった。また、
(14)のように他動詞の代
5
わりにを受身形や使役形を使うというパターン(27 回)と、(15)のように動詞の
属性(ⅠグループかⅡグループか)を間違えたというパターンも見られた(16 回)。
(13)
(14)
(15)
* モデルが 笑う (笑った)サッカー選手は背が高かった。
* エンジニアが 聞かれた (聞いた・聞いていた)技術者は...
* 運転手を 責めった (責めた)助手は他の会社に移った。
ORC の場合は、必ずしも誤用とは言えないが、(16)と(17)のように関係節内
の主語に主格の代わりに所有格が使用された文が 70 例あった。
(16)
(17)
? 船長 の 殴ったダイバーは港でワインを飲んだ。
? モデルの笑ったサッカー選手は背が高かった。
以上の結果を次のように 4 点にまとめることができる。
1.
SRC と ORC の構造自体の産出割合は異ならなかった。
2.
格助詞の選択の間違いによる誤用が最も多かった。
3.
格助詞の他に動詞の時制・アスペクトの使用に関する誤用も見られた。
4.
ORC の方が SRC より適切な産出が多かった。
4.
考察
以下では、上の 4 つの結果が得られた理由について考えていく。
1. SRC と ORC の構造自体の産出割合は異ならない:日本語とトルコ語では関係
節の語順は同じである。「トルコ語から日本語への翻訳課題」を遂行する際に、ト
ルコ語の語彙を日本語に置き換えるだけで、日本語と似た文を産出することができ
る。両言語間の語順の類似性が、関係節の構造を作る際にトルコ人日本語学習者の
助けとなった可能性があると言える。そのため、誤用を無視した場合に、SRC と
ORC の構造自体の数は異ならなかったと言える。しかし、日本語とトルコ語の語順
の類似性は、学習者が関係節の構造を作る際に彼らの助けとなったものの、一方で、
二言語間で付与される格助詞の違いによって不適切な関係節が産出される原因に
なったと考えられる。
2. 格助詞の選択の間違いによる誤用が最も多い:結果に対する予測では、日本語
とトルコ語では格助詞の使用が異なる場合があるため、学習者が格助詞を母語と同
じ形で使用するなら、日本語関係節を適切に産出できない可能性があると述べた。
結果は予測通りであったと言える。特に「笑う」のように日本語では対格が付与さ
れるのに対して、トルコ語では与格が付与される動詞が含まれる関係節の時に、学
習者は格助詞をトルコ語と同じ形で使用する傾向にあった。つまり、彼らは対格を
使わなければならないところで与格を使った。また、ORC の場合に主格のみならず
所有格も使用されたことから、結果Ⅰと合わせて、トルコ人日本語学習者が翻訳課
題を遂行する際に、トルコ語を頼りにし過ぎた可能性があると言える。
この結果に基づいて結果 4.(ORC の方が SRC より適切な産出が多い)も説明で
きると考えられる。SRC の場合は、日本語でもトルコ語でも対格を付与する「ほめ
6
る」のような動詞の時には、格助詞の誤用が少なかったのに対して、「笑う」のよ
うな動詞の時には、ほとんど対格の代わりに与格が使用された。一方で、ORC の場
合は、動詞によって名詞に付与される格助詞を変えることがなかったため、SRC の
方が ORC より誤用が増えたと言える。もちろん、このような格助詞の使用の難し
さは関係節に限ったものではない可能性がある。学習者は、関係節産出のために格
助詞の使用に十分な注目を向けることができなかったのかもしれない。
3. 動詞の時制・アスペクトの使用に関する誤用も見られた:本研究では、関係節
内の動詞の使用については予測を立てていなかった。しかし結果として、「船長を
殴る ダイバーはワインを飲んだ」のように関係節の動詞の時制・アスペクトの使用
に関する誤用が格助詞の次に多かった。トルコ語で呈示した関係節は過去の出来事
を表していたにも関わらず、トルコ人日本語学習者が辞書形を使ったというパター
ンは動詞の使用に関する誤用の中で最も多かった。その理由について現段階で本研
究の結果に基づいて説明をすることが不可能である。しかし、研究者自身の学習経
験から、一部の学習者は主節と埋め込み節の動詞を同じ過去形で表すことを避けた
可能性があると考えられる。このことについて別の調査で調べる必要がある。
5.
まとめ・教育への示唆・今後の課題
以上、日本語関係節を産出する際にどのような困難があるかを調べるために、中・
上級レベルのトルコ人日本語学習者を対象に「トルコ語から日本語への翻訳タス
ク」という課題を用い、横断的な調査を行った。結果、トルコ人日本語学習者がト
ルコ語の SRC と ORC を日本語に翻訳する際には、関係節の構造自体を作ることは
難しくないが、格助詞と動詞の時制・アスペクトの使用が困難であることがわかっ
た。この結果に基づいて、以下の 4 点を結論として示すことができる。
1. 日本語学習者が関係節を産出する際には、格助詞の正確な使用や関係節内の動
詞の時制・アスペクトの使用が困難である。
2. ORC の方が SRC より適切な産出割合が多かったことから、日本語関係節の難し
さに NPAH 以外の要因も関わることを確認できた。この点は Ozeki & Shirai
(2007)を支持するものである。
3. 課題によって得られる結果が異なり得る。Ozeki & Shirai (2007)の文結合課題で
は、SRC と ORC の産出割合は異ならなかったが、本研究では ORC の方が SRC
より適切な産出が多かった。
4. 格助詞の使用に関する結果から、学習者が母語を第二言語に翻訳をする際には、
両言語が構造的に似ている場合、母語を頼りにし過ぎる可能性があると言える
(Krashen 1988: 65)。
以上の結果を踏まえて、トルコ人日本語学習者に対して、日本語関係節を教える
際には、格助詞と動詞の時制・アスペクトの使用に注意を払う必要があると言える。
ただし、格助詞と動詞の時制・アスペクトの使用が困難なのは、関係節だけに限ら
7
れるものではないかもしれない。そのため関係節のみならず、動詞を導入する段階
から格助詞と時制・アスペクトの使用に注意を払う必要があるとも言える。特に日
本語では対格を付与するのに対してトルコ語では与格を付与する動詞に注目すべ
きと考えられる。また、本研究ではトルコ人日本語学習者は積極的に主格の代わり
に所有格を使おうとすることがわかった。日本語母語話者によると表現の自然さに
差があるようである。従って、日本語の「ガ格とノ格の交替に関する制約」につい
て学習者に説明する必要があると言える。また、関係節内の動詞の時制・アスペク
トについて「辞書形を使った場合と、過去形を使った場合とでは文の意味が異なる」
と説明する必要がある。
本研究では、関係節内の動詞を翻訳する際に過去形の代わりに辞書形が使用され
たという結果に関して、一部の学習者は主節と埋め込み節の動詞を同じ過去形で表
すことを避けた可能性があると述べた。このことについて別の調査で調べる必要が
ある。本研究では翻訳課題という手法を用いたが、今後「絵の描写課題」など、他
の方法を用いて多角的に調べる必要がある。また、本研究では産出という側面だけ
に注目し、横断的な研究を行ったが、学習者の習得過程についてより深く知るため
に、作文や自然発話などを縦断的に調べるとともに、理解に関する研究を行う必要
もある。これらの点については今後の課題とする。
参考文献
Aydın, Ö. (2007) The comprehension of Turkish relative clauses in second language
acquisition and agrammatism. Applied Psycolinguistics, 28: 295-315.
Doughty, C.J. (1991) Second language instruction does make a difference: Evidence from
an emprical study of SL relativization. Studies in Second Language Acquisition, 13,
431-469.
Gass,S.M. (1979) Language transfer and universal grammatical relations. Language
Learning, 29, 327-344.
Hamilton, R. (1994) Is implicational generalization unidirectional and maximal? Evidence
from relativization instruction in a second language. Language Learning, 44, 123-157.
Hyltenstam, K (1984) The use of typological markedness conditions as predictors in second
language acquisition: The case of pronominal copies in relative clauses. In R.W.
Andersen (Ed.), Second Languages: A cross-linguistic perspective (pp.39-60). Rowley,
MA: Newbury House.
Ishizuka, T. (2005) Processing Relative Clauses in Japanese. In Okabe and Nielsen (eds.),
UCLA Working Papers in Linguistics, 13, 135-157.
Izumi, S. (2003) Processing difficulty in processing and production of relative clauses by
learners of English as a second language. Language Learning, 53, 285-323.
Keenan, E.L. & Comrie, B. (1977) Noun phrase accessibility and universal grammar.
Linguistic Inquiry, 8:(1), 63-99.
Krashen, S.D. (1988) Second Language Acquisition and Second Language Learning.
Prentice Hall.
Leech, G. (1989) An A-Z of English Grammar & Usage. Longman.
Miyamoto, E.T. & Nakamura, M. (2003), Subject/Object Asymmetries in the Processing of
8
Relative Clauses in Japanese. In G. Garding & M. Tsujimura (Eds.), WCCFL 22
Proceedings (342-355). Somerville, MA: Cascadilla Press.
Ozeki, H. & Shirai, Y. (2007) Does the Noun Phrase Accessibility Hierarchy predict the
difficulty order in the acquisition of Japanese relative clauses? Studies in Second
Language Acquisition, 29, 169-196.
Özçelik, Ö. (2006) Processing Relative Clauses in Turkish as a Second Language.
Unpublished MA Thesis, University of Pittsburg.
Pavesi. M, (1986) Markedness, discoursal models and relative clause formation in a formal
and informal context. Studies in Second Language Acquisition, 8, 38-55.
Tarollo, F., & Myhill, J. (1983) Interface and natural language in second language
acquisition. Language Learning, 33, 55-76.
大関浩美(2003)「なにが関係節習得の難易を決めるのか―研究の動向および日本
語習得研究へ示唆―」,『増刊特集号』33-49.
斎藤浩美(2002)「連体修飾節の習得に関する研究の動向」,『言語文化と日本語教
育』特集号 45-69.
日本語記述文法研究会編(2008)『現代日本語文法 6 第 11 部複文』くろしお出版.
9