含歯性嚢胞摘出後にインプラント治療を行った 1 例

日大歯学 , Nihon Univ Dent J, 90, 93-96, 2016
含歯性嚢胞摘出後にインプラント治療を行った 1 例
生
木
俊
輔 1,4
石
山
雄
1
2
生
木
光
代 2,4
萩
原
芳
幸 3,4
日本大学歯学部臨床医学講座
順天堂大学医学部歯科口腔外科学研究室
3
4
一 2,4
日本大学歯学部歯科補綴学第Ⅲ講座
日本大学歯学部付属歯科病院特殊診療部歯科インプラント科
要旨:近年顎骨に生じた嚢胞や腫瘍切除後の機能回復のためインプラント治療が導入されている。今回我々は,
下顎智歯部を含む第一大臼歯から下顎下縁までにおよぶ含歯性嚢胞に対し,嚢胞摘出後にインプラント補綴治療を
行った 1 例について報告する。
症例および経過:患者は 49 歳男性。下顎左側第三大臼歯含歯性嚢胞の疑いで下顎左側第二,三大臼歯を抜歯し同
部より生検を施行し同時に開窓療法を行った。病理診断で follicullar cyst の診断を得た。5 か月間のガーゼ交換の
後,嚢胞腔の縮小と骨の増生を認めたため嚢胞摘出術を施行した。約 1 年間経過観察を行った後,下顎左側第二大
臼歯部にインプラント埋入計画を立案した。2007 年 11 月インプラント埋入手術を施行した。3 か月後二次手術施行,
2 か月後上部構造物を仮着セメントにて装着した。2015 年 7 月(上部構造装着後 7 年 3 か月),嚢胞の再発は認めず,
インプラント周囲炎などの異常は認めなかった。X 線写真においても骨の吸収等の異常所見を認めなかったことか
ら経過良好と判断した。患者は機能的・審美的に十分満足している。
顎骨の嚢胞や腫瘍において皮質骨の吸収の程度によっては摘出後に顎堤の委縮が認められることがあり,インプ
ラント補綴が困難になる。本症例では含歯性嚢胞に対し,開窓療法を行い嚢胞の縮小および骨を増生させることに
よりインプラントの埋入が可能となった。
キーワード:インプラント治療,含歯性嚢胞,開窓療法,顎骨温存療法
緒
言
症例の概要
近年,顎骨に生じた腫瘍に対して外科処置を行った後
患者:49 歳,男性。
の咬合再建に,咀嚼機能ならびに審美性の回復などの観
初診:2006 年 3 月。
点から一貫治療としてインプラント治療が導入されてい
主訴:下顎左側臼歯部の疼痛。
る
1-5)
。腫瘍同様に嚢胞性疾患においても外科治療後の顎
既往歴:特記事項なし。
骨欠損が大きくなることがあり,咬合再建に苦慮するこ
家族歴:特記事項なし。
とがある
6,7)
現病歴:当科来院の 1 か月前より下顎左側臼歯部に違
。
含歯性嚢胞は埋伏歯の歯冠を腔内に含む嚢胞で,歯冠
和感と左側オトガイ部の知覚鈍麻を認め,徐々に下顎臼
の形成が終了した後に歯原性上皮が嚢胞化したものと考
歯部から下顎下縁部に腫脹を自覚し,順天堂大学医学部
え ら れ, 顎 骨 に 生 じ る 嚢 胞 の 10 ∼ 20% に 相 当 す る 8)。
附属順天堂医院歯科口腔外科に来院した。
現症:口腔外所見:顔貌に腫脹等の異常所見は無いも
含歯性嚢胞の治療法は開窓療法や抜歯を伴う嚢胞摘出術
のの,左側オトガイ神経支配領域に知覚鈍麻を認めた。
が行われる。
今回,我々は下顎左側第三大臼歯歯冠を含む下顎左側
口腔内所見:下顎左側臼歯部粘膜色調に異常所見は無
第一大臼歯から下顎下縁までにおよぶ含歯性嚢胞に対し
いものの,触診で下顎左側大臼歯部の下顎下縁から舌側
開窓療法を行い,嚢胞を縮小させた後,嚢胞摘出術を施
内面にかけて骨の膨隆を認めた。歯髄電気診断で下顎左
行後にインプラント補綴治療を行った。本法を行うこと
側第二大臼歯に生活反応は認められなかった。
により顎骨を増生させ,下顎左側第二大臼歯部顎骨欠損
画像所見:パノラマ X 線写真では,下顎左側第三大臼
が殆どないレベルまで回復させた 1 例を経験したので報
歯が逆性に埋伏しており,その歯冠を取り囲むように X
告する。
線透過像を認めた。X 線透過像は下顎左側第一大臼歯部
から下顎角付近まで認めた。歯根の吸収は認めなかった。
CT 所見(第 1 図)では,横断像で高吸収域内に第三大臼
(受付:平成 28 年 1 月 22 日)
〒 101 8310 東京都千代田区神田駿河台 1 8 13
93
歯を認め,高吸収域像は下顎第一大臼歯まで及んでいた。
た(第 3 図下段)。骨髄構造に異常所見は認めなかった。
前頭断像では,下顎骨舌側に膨隆した高吸収域像を認め ,
第二大臼歯部の頬舌側歯槽骨幅径は 10.8 mm,下顎管ま
舌側と下顎下縁の皮質骨は一部消失がみられた。
での距離は 19.3 mm あった。
2007 年 11 月, 直 径 5.0 mm, 長 さ 13.0 mm の イ ン プ
臨床診断:下顎左側第三大臼歯含歯性嚢胞
ラント体(Brånemark System® MK Ⅲ,Nobel Biocare,
処置および経過:2006 年 3 月に確定診断を得るため,
局所麻酔下で下顎左側第二および第三大臼歯を抜去し同
Göteborg, Sweden)のインプラント一次手術を局所麻酔
部より生検施行。同時に開窓療法を行った。病理検査結
下で施行した。3 か月後に二次手術施行。さらに 2 か月後,
果で follicular cyst の診断を得た。約 5 か月間週 1 回の
陶材焼付鋳造冠を仮着用セメントで装着した。
間隔でガーゼ交換を行い,ガーゼが挿入できなくなるま
第 4 図にインプラント上部構造物装着時の口腔内写真
で行った。
を示す。上部構造体装着 2 週間後,1 か月後,3 か月後
開窓術後 4 か月経過時のパノラマ X 線写真を第 2 図上
にリコールし,咬合状態,口腔清掃状態,インプラント
段に示す。初診時と比較して嚢胞腔の縮小と骨の増生を
体とその周囲軟組織の状態を観察したところ,口腔内お
認めたため 2006 年 9 月に全身麻酔下で嚢胞摘出術を施
よびインプラント体の状態は良好であった。定期検診の
行した。
重要性を良く説明し,半年ごとにリコールし,嚢胞摘出
病理検査所見では,嚢胞壁は歯原性上皮に裏装された
部とインプラント植立後の経過観察を行ってきた。
線維性結合組織よりなり,上皮下には中等度の炎症性細
インプラント上部構造物装着後 5 年経過時の口腔内写
胞浸潤を伴っていた(第 2 図下段)。裏装上皮は比較的平
真とパノラマ X 線写真を第 5 図に示す。2015 年 7 月(上
坦であり,嚢胞内腔には剥離上皮などが混在していた。
部構造装着後 7 年 3 か月),インプラント周囲組織の状
嚢胞摘出術後,開放創として約 6 週間のガーゼ交換を
態,口腔衛生状態及び咬合状態も良好で患者は機能的及
行い創腔が閉鎖した後,約 1 年間経過観察を行った。再
び審美的に十分満足していた。嚢胞の再発は認めておら
発などの異常所見を認めず,患者が患側での咀嚼障害を
ず,インプラント周囲の骨に吸収等の異常所見は認めな
訴えたため,下顎左側第二大臼歯部にインプラントの埋
かったことから経過良好と判断した。
入計画を立案。患者に対してインプラント治療の利点欠
考
点,手術手技,治療期間,偶発症について説明を行い治
療に対する同意を得た。
察
顎骨およびその周囲に発生した腫瘍や嚢胞の外科処置
インプラント埋入前のパノラマ X 線写真を第 3 図上段
によって顎骨欠損が生じ,咀嚼機能が著しく低下する。
その顎骨欠損に対し,様々な骨移植を行った後 9)インプ
に示す。摘出後の骨欠損は,周囲との境界が不明瞭となっ
ており骨の増生を認めた。セットアップモデルを作製後,
診断用ステントを作製し,コーンビーム CT 検査を行っ
第 1 図 術前パノラマ X 線写真および CTX 線写真
第 2 図 開窓術後パノラマ X 線写真(下方矢印).摘出物病理標本
94
顎骨再建におけるインプラント治療の有用性
ラント治療を行い,咀嚼機能を回復させる術式が報告さ
根 1/2 付近まで骨吸収がみられたため抜歯を余儀なくさ
れている。
れたが,抜歯後の歯槽部には骨が残存していたことによ
しかし,顎骨再建後のインプラント治療には様々な問
りインプラント治療に有利な骨が再生されたと考えられ
題点が挙げられる。口腔癌における下顎骨区域切除症例
る。骨延長法では,骨の延長方向を規定することが難し
では,腓骨や肩甲骨などの血管吻合を行う遊離複合組織
いことがある。顎骨再建方法は様々あるが,顎骨欠損の
皮弁が用いられることが多い 10)。この場合,腓骨や肩甲
様式に合わせて再建方法を選択する必要がある。
骨の再建位置を対向する上顎歯列に合わせる事は非常に
近年,顎骨に発生した腫瘍や嚢胞に対して顎骨保存療
困難であり,補綴装置の装着が出来ないことがある。ま
法が選択されている。顎骨保存療法とは,開窓療法を行
た,インプラントの軟組織貫通部が粘膜ではなく皮膚の
い顎骨の腫瘍もしくは嚢胞を縮小させ,可能な限り顎骨,
ため,粘膜より軟組織貫通部が厚くなり,アバットメン
歯,神経を保存し顎骨の増生を促す治療法である。この
トの選択に苦慮する。その他,軟組織貫通部が皮膚のた
治療法は患者への侵襲が少ないが,デメリットとして治
め自浄性が悪く,さらに角質が出るためインプラント周
療期間が長くなり,数回の手術が必要となるばかりか,
11)
。上顎癌などによる
再発の可能性が顎骨切除より高くなることなどが挙げら
上顎骨欠損では,顎骨再建は非常に困難で,ザイゴマイ
れる。また,顎骨の嚢胞や腫瘍摘出後,皮質骨の吸収の
囲の管理が困難になることが多い
ンプラントなどによる顎補綴が応用されている
12)
程度によっては顎堤の萎縮が認められることがあり,イ
。
ンプラントによる補綴治療が困難になる場合や,補綴治
エナメル上皮腫などの顎骨腫瘍の下顎骨区域切除,辺
,遊離骨移
療を行っても自浄性が悪化する場合がある。今回,自験
など様々な再建方法がある。血管柄
例では患者の同意が得られ,頻回の通院が可能で経過観
縁 切 除 症 例 で は, 血 管 柄 付 き 顎 骨 再 建
植
14)
,仮骨延長法
13)
15)
付き顎骨再建や遊離骨移植による再建では,移植骨と下
察が十分に行うことができた。そして含歯性嚢胞に対し,
顎骨との接合部にステップができ,同部の清掃性や審美
開窓療法を行い嚢胞の縮小および十分な骨が増生したこ
性に問題がある。また,下顎骨との接合付近にインプラ
ントを埋入出来ないことがあり,カンチレバーになり審
美性に問題が残る。この場合,腫瘍や嚢胞の切除もしく
は摘出部に近接している歯を便宜的に抜歯した方が,イ
ンプラント治療を行う際,有利になることがある。自験
例で下顎左側第二大臼歯は失活歯であり,嚢胞によって
第 4 図 インプラント上部構造物装着時の口腔内写真(右:ミラー
面観)
第 3 図 インプラント埋入前パノラマ X 線写真およびコーンビー
ム CT 写真
第 5 図 術後 7 年 3 か月経過後の口腔内写真(ミラー面観)と術後
パノラマ X 線写真
95
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例.Hosp Dent(Tokyo)14,47-50.
とにより,インプラント治療が可能となった。インプラ
ント周囲組織の状態、口腔衛生状態及び咬合状態も良好
で患者は機能的及び審美的に十分満足していた。
結
論
今回我々は,含歯性嚢胞に対し開窓療法を行い,嚢胞
の縮小および骨を増生させることにより,インプラント
の埋入が可能となった。
本症例は,第 31 回日本口腔インプラント学会東北北海道支部
学術大会(平成 23 年 11 月 5 日∼ 6 日,秋田)において発表した。
本研究の一部は,平成 24 ∼ 26 年度科学研究費補助金基盤研究
(C)
( 研究代表者:米原啓之,課題番号 24593063),平成 27 ∼ 29
度科学研究費補助金基盤研究(C)
( 研究代表者:米原啓之,課題
番号 15 K11323),平成 26 年度日本大学歯学部佐藤研究費によっ
てなされた。
文 献
1)佐藤淳一,安元伸也,川口浩司,林 和喜,森田雅之,金村
弘成,宮田 論,中尾 泉,佐々木眞一,松浦正朗,瀬戸
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Evaluation of a combined surgical and prosthodontic
treatment concept. Oral Oncology 44, 571-581.
5)松尾 朗,浜田勇人,浪越智子,牛田 環,近津大地(2012)
カスタムメイド吸収性トレーと骨髄海面骨細片で再建され
た下顎骨に対しインプラント治療を行った 1 例.日口腔イ
ンプラント誌 25,282-287.
96