森 琴音 「わたしの願い」

森 琴音
「わたしの願い」
わたしは しゃべれない
口が うまく
歩けない
手も 足も
うごかない
自分が思ったとおり
一番 つらいのは
しゃべれないこと
言いたいことは 自分の中に
でも うまく
うごいてくれない
たくさんある
伝えることができない
先生や お母さんに
文字盤を
指でさしながら
ちょっとずつ 文ができあがっていく感じ
自分の 言いたかったことが
神様が 一日だけ
やっと
言葉に
なっていく
魔法をかけて
しゃべれるようにしてくれたら・・・
家族と いっぱい
おしゃべりしたい
学校から帰る車をおりて
お母さんに
「ただいま!」って言う
「わたし、しゃべれるよ!」って言う
お母さん びっくりして
お父さんと お兄ちゃんに
腰を
ぬかすだろうな
電話して
「琴音だよ! 早く、帰ってきて♪」って言う
2人とも とんで帰ってくるかな
家族みんなが そろったら
みんなで
お母さんだけは ゲームがへたやから
「まあ、まあ、元気出して」って
魔法が とける前に
家族みんなに
「おやすみ」って言う
それで じゅうぶん
ゲームをしながら
負けるやろな
わたしが言う
おしゃべりしたい
これは2013年10月1日産経新聞夕刊に掲載されたエッセーです。
作者は小学6年生の森 琴音さんです。
琴音さんは、三歳のとき、事故で心肺停止となりました。一命は取り留めましたが、
低酸素脳症の後遺症で下半身は麻痺し、声は出ても言葉にならなくなってしまいました。
父親の淳さんは「肢体不自由になるまでは、よくしゃべる子どもでした」と話されてい
ます。
現在は、大阪岸和田市立東光小学校の6年4組で30人の同級生と学校生活を送って
います。しかし、手を動かすのにも時間がかかるため、一部の授業は支援学級で受けて
います。発言する際は、机上のひらがなの文字盤を指で指して行います。
今年の9月、一緒に学んでいる肢体不自由の障害のある友達が書いた、「一人で歩き
たい、一人でご飯を食べたい、一人で字を書きたい」との詩を読んで、
「わたしも同じ」
と文字盤を指しました。担任の西河月美先生が驚いて、「こっちゃんは何がしたいの」
と尋ねると、
「しゃべりたい」
・・・
そこから二人のやりとりが始まり、時間をかけてエッセーを書き上げました。先生と
二人の懸命な作業でした。先生は話します。
「こっちゃんの温かい家庭が見えてきた気がしました。」と・・・
完成したエッセーを読んだお父さんの淳さんは、「言葉を失った琴音の思いを初めて
知った」と、涙が止まらなかったそうです。そして、多くの人に読んでもらえればと、
新聞に投稿されました。
掲載直後から、この詩に対する新聞社への反響には、とても大きいものがありました。
母親の成美さんも、続々と届く読者の声に、「温かいメッセージをたくさんいただいて
ありがとうございます。
」と話されています。
10月の運動会では組体操の輪に加わるなど活発な琴音さんですが、一番の願いが
「しゃべりたい」であるのは、「お兄ちゃんとけんかしたいから」と、琴音さんは屈託
がありません。残り少なくなった学校生活でも、友達とのおしゃべりが楽しみです。
文字盤を使うので、なかなかスピードについていけませんが、できれば、
「そんなんちゃうで」と、
“ツッコミ”をしてみるのが、願いとか・・・
淳さんは、「琴音も、もっと言いたいことがあると改めて気付かされました。今まで
以上に時間をとり、文字盤を使って会話したいと思います」と話されています。
心の奥底を、優しくゆさぶってくれる詩に出逢った気がします。