マイクロアレイ法によるアレルギー疾患遺伝子解析

連載 アレルギーと遺伝子
(9)
連載 アレルギーと遺伝子
(9)
マイクロアレイ法によるアレルギー疾患遺伝子解析
Kato Atsushi
Saito Hirohisa
*
加藤 厚
斎藤 博久*1)
*
国立成育医療センター研究所免疫アレルギー研究部 1)部長
■ Summary 従来,遺伝子発現解析はターゲットを絞り一つ一つの遺伝子を定量し比較していくのが主で
あった。近年登場したマイクロアレイは1回の試験ですべての遺伝子を測定できる所まで成長
し,網羅的な解析法として不動の地位を得てきている。本稿ではマイクロアレイを用いたアレ
ルギー関連疾患の解析状況とその方法論について概説する。
■ Key Words
遺伝子発現解析/マイクロアレイ/ GeneChip /クラスタリング
lysis of gene expression(SAGE)2)などが比較的
は じ め に
よ く 用 い ら れ て い た。し か し な が ら Northern
遺伝子解析は Genome project と共に進歩をし
hybridization は転写産物のサイズと正確な発現
てきた。特に,ヒトゲノム解読が終了した現在,
量が測定可能ではあるが操作が大変で大量処理に
遺伝子の多様性解析,遺伝子の発現解析共に急速
は向いていない,Differential Display は少量の
に進んできている。遺伝子発現解析においてはヒ
RNA(ribonucleic acid)で多数の試料を同時に比
ト遺伝子が明らかにされたことにより,一つの
較することが可能ではあるが定量性に乏しく,再
チップでほとんどすべての遺伝子発現を定量でき
現性も低い,また SAGE については比較的大量の
るマイクロアレイも開発され,本当の意味で網羅
転写産物を短時間で処理することは可能ではある
的と呼べる解析法にまで成長してきた。その一
が多検体の解析には適していないなど,どの方法
方,このようなマイクロアレイは一度に莫大な数
にも欠点があり,網羅的な解析としてはどの方法
のデータを算出するため解析に苦労している研究
も不十分であった。
者も多いのが現状と言えよう。本稿ではマイクロ
一方,マイクロアレイは1枚で1万以上の遺伝
アレイを用いた遺伝子解析の方法論とアレルギー
子の発現量を定量できることから,網羅的な遺伝
疾患の病態解明においてマイクロアレイ解析はど
子発現解析ツールとして最も注目を受けている。
のように用いられているのかについて概説する。
マイクロアレイは開発当初,研究室で保有してい
る既知の遺伝子のみしか検出できないことから病
.遺伝子発現解析法
態関連遺伝子の抽出ツールとして不十分であると
従来,遺伝子発現解析手法には Northern hy1)
bridization,Differential Display ,Serial ana-
●102(674)
考えられていた時期もあった。しかしながら Human Genome project により,ヒトゲノム配列の
アレルギー・免疫 Vol.11,No.5,2004
マイクロアレイ法によるアレルギー疾患遺伝子解析
表1 2種類のマイクロアレイの比較
種類
アフィメトリクス方式
(SP Forder)
スタンフォード方式
(PO Brown)
名称
GeneChip
cDNA マイクロアレイなど
製造技術
光リソグラフィー法
スポット法
インクジェット法
プローブ
オリゴヌクレオチド
cDNA
オリゴヌクレオチド
検出
シングルカラー
デュアルカラー(Cy3,Cy5 など)
シングルカラー
−2
密度(cm ) ∼ 1,000,000
∼ 50,000
解析が終了した現在,すべての遺伝子をマイクロ
方のすべてをインターネット上に早期から公開さ
アレイ上に配置し,一度にすべての遺伝子の発現
れたため,スポッター,スキャナー等があればど
を解析することもすでに可能となっている。
の研究室でも作成できることから急速に普及して
いった。しかしながら開発当初はチップ間のバラ
.マイクロアレイ
ツキ,再現性などに問題があることから一実験に
マイクロアレイはガラスなどの基盤上にプロー
対して複数のチップを使っている研究室が多かっ
ブと呼ばれる DNA を高密度に貼り付けられた製
た。また研究室ごとにスポットしている遺伝子の
品で製造方法からスタンフォード方式とアフィメ
数,種類共に異なることから他の研究室において
トリクス方式の2種類に分類される(表1)
。PO
再現性を検討することが困難であるといった問題
Brown らにより開発されたスタンフォード方式
もあった。しかしながら,最近は cDNA マイクロ
のマイクロアレイはスポッターと呼ばれる機械を
アレイの作成技術,遺伝子を検出するためのプ
用いて cDNA(complementary deoxyribonucleic
ローブデザイン技術の発達により,Hitachi Soft-
acid)や合成したオリゴヌクレオチドをガラス基
ware Engineering 社の AceGene やインクジェッ
盤上に貼り付けて作成され,主に cDNA マイクロ
ト技術を用いて作成する Agilent 社の 60-mer オ
3)
アレイと呼ばれている 。一方,SP Forder らに
リゴマイクロアレイなどは従来から市販されてい
より開発されたアフィメトリクス方式のマイクロ
る cDNA マイクロアレイに比べ,再現性が良く,
アレイは光リソグラフィー法により基盤上にオリ
1枚で2∼3万の遺伝子を測定できることから注
ゴヌクレオチドを合成していく手法を用いられて
目されはじめている。
おり,GeneChip という商品名で発売されてい
一方,アフィメトリクス方式の GeneChip は
4)
る 。いずれの方法も測定するサンプルを蛍光標
データのスキャニング後に手動でグリット調節を
識した後,マイクロアレイと Hybridization とい
する必要がないこと,再現性が良いことから市販
う原理を用いて結合させ,スキャナーを用いてそ
マイクロアレイとして最もよく使用されている。
の蛍光強度を測定することによりターゲット遺伝
筆者らの研究室では GeneChip を使用しているた
子の発現を定量する。
め,次項からは GeneChip を使った研究を中心に
cDNA マイクロアレイは Brown らにより作り
紹介するが,考え方は cDNA マイクロアレイを用
アレルギー・免疫 Vol.11,No.5,2004
103(675)
●
連載 アレルギーと遺伝子 (9)
解析は,最初にすべてのマイクロアレイにおいて
いた時も同様である。
.マイクロアレイデータの公開
検出限界以下である遺伝子を除くという操作から
行う。検出範囲外の数値を用いても比較は出来な
マイクロアレイ研究の急速な普及により,デー
いという概念は他の定量法と同様だからである。
タの公開も盛んに行われ始めている。NCBI の
一般に市販のマイクロアレイにはそのデータの信
Gene Expression Omnibus(GEO〔http://www.
頼性の指標(検出の有無)として Flag と呼ばれる
ncbi.nlm.nih.gov/geo/〕)や EMBL の The Euro-
データを算出するものが多い。GeneChip におい
pean Bioinformatics Institute
(EBI
〔http://www.
てはA(absent)
,M(marginal),P(present)
ebi.ac.uk/arrayexpress/〕)には数千∼数万のマ
という評価項目が出てくるため,すべてのサンプ
イクロアレイデータが公開されている。一方,マ
ルにおいてAと評価された遺伝子はこの時点で解
イクロアレイデータを公開する際に必要な情報を
析から除く。各細胞はすべての遺伝子を発現して
記 載 す る た め の ガ イ ド ラ イ ン が Microarray
いるわけではないので近似した細胞を用いる際に
Gene Expression Data(MGED)Society により作
はこの時点で半分近くの遺伝子が解析から削除さ
5)
成 さ れ た 。MGED は Minimum information
れることも多い。
about a microarray experiment(MIAME)を発表
2.スキャッタープロット
し,マイクロアレイ解析に最低限必要な Experi-
マイクロアレイ解析において初歩的ではある
ment Design,Samples,Hybridization,Meas-
が,最もわかりやすい解析の一つにスキャッター
urement data 及び Array Design に関する情報を
プロット等を用いた解析がある。この解析は無刺
記載するガイドラインを提唱している。現在多く
激サンプルと刺激サンプルなど1対1の比較解析
の論文においてマイクロアレイを用いた研究を投
によく用いられており,マイクロアレイ開発初期
稿する際に MIAME checklist に沿った情報を提出
から論文等でも報告されている。図1Aにその例
することを義務付けられているためマイクロアレ
として横軸に CD4 +T細胞,縦軸に CD8 +T細胞
イを用いた研究を行う際には一読することをおす
を記載したスキャッタープロットを示した。中央
すめする
(http://www.mged.org/Workgroups/
の直線から離れる遺伝子ほどサンプル特異性があ
MIAME/miame_checklist.html)。現在,このよ
るため,両サンプル間にどの程度の違いがあるの
うにマイクロアレイデータは数多く公開されてい
か一目で分かるのが利点である。例えば,CD4 と
ることから,マイクロアレイをまだ使用したこと
CD8 の遺伝子発現は各細胞特異的であることが
がない研究者においてもすぐにデータを入手する
一見にして分かる。またある群における比較,例
ことができ,マイクロアレイはどのようなデータ
えばコントロール群と患者群における遺伝子発現
を我々に与えてくれるのかを検討することも可能
の比較などは通常の統計計算によりp値等を算出
である。
し,その値を低い順に並べ,疾患関連遺伝子を絞
.マイクロアレイを用いた解析法
り込む方法がよく使われている。しかしながら,
複数の群や時間依存的な反応をマイクロアレイに
1.検出範囲
より解析する際にはこれらの方法のみで候補遺伝
マイクロアレイ解析においても他の定量法と同
子を絞り込むのは困難である。そのためマイクロ
様,検出範囲が存在する。そこでマイクロアレイ
アレイの解析には統計的手法としてクラスタリン
●104(676)
アレルギー・免疫 Vol.11,No.5,2004
マイクロアレイ法によるアレルギー疾患遺伝子解析
図1 マイクロアレイの解析手法
A)スキャッタープロットを用いた CD4 +T細胞と CD8 +T細胞の比較.
B)k-means クラスタリングを用いた解析.(遺伝子発現を4つのパターンに分類した.)
C)階層的クラスタリングを用いた解析.
(縦軸を遺伝子,横軸をサンプル,遺伝子の発現量は色で模式的に示した.
青,黄,赤の順で発現が高くなっていることを示している.)
グという手法がよく用いられている。
伝子の発現パターンの類似した遺伝子を集めて群
3.クラスタリング
にしていくという手法である。クラスタリング解
マイクロアレイデータに関するクラスタリング
析の中の k-means は指定した数のパターンに分
については階層的クラスタリング,k-means,
類する解析法である。参考として k-means クラス
SOM(Self-organizing maps)法などの利用がよ
タリングを用いて4つサンプルを4つの群に分け
く研究されている。マイクロアレイデータ専用の
させた解析結果を図1Bに示した。この結果では
クラスタリングソフトウエアも数多く開発されて
1と4において全く正反対の発現パターンを示す
おり,よく使用されている Eisen らの「Cluster
遺伝子群が集まってきている。研究者はこの中で
and TreeView」などは Web にてフリーで公開さ
興味のあるパターン変動を示すクラスタから解析
れているため簡単に入手することができる
していくこととなる。
6)
(http://rana.lbl.gov/EisenSoftware.htm) 。そ
クラスタリング解析の中で最もよく使用されて
れ以外にもGeneSpring(Silicon Genetics 社),
いるものは階層的クラスタリングである(図1
Spotfire(Spotfire 社),GeneLinker(Predictive
C)。階層的クラスタリングは発現パターンの類
Patterns 社)など市販のマイクロアレイ解析ソフ
似した遺伝子を集めて系統樹を作成することがで
トも多数販売されているが安くはないため購入す
きる方法である。また,階層的クラスタリングに
る際には目的にあったソフトウエアを十分に検討
は発現レベルを色で模式的に示すことが可能であ
する必要がある。
るため,数値データのみよりデータが示唆する現
クラスタリング解析とは一言で説明すると,遺
象を理解しやすくなるという利点がある。しか
アレルギー・免疫 Vol.11,No.5,2004
105(677)
●
連載 アレルギーと遺伝子 (9)
し,色のみにとらわれてしまうと解析を見誤るこ
とがあるので,色で示されたデータと数値データ
とを見比べて解析しなければならないことは言う
までもない。
.アレルギー疾患関連遺伝子探索
マイクロアレイを用いた疾患関連遺伝子研究は
臨床サンプルを用いた研究, 病態モデル動
物を用いた研究, 薬剤を用いた研究の大きく3
種類に大別できると考えられる。その研究例を下
記に示す。
1.臨床サンプルを用いた研究
鼻茸のある鼻炎患者とない鼻炎患者の鼻粘膜細
胞を比較したところ,鼻茸のある患者では mam-
図2 細胞を用いたマイクロアレイ解析の注
意点
maglobin(乳腺グロブリン)の発現が高いことが
健 常 成 人 及 び 喘 息 患 者 末 梢 血 か ら 分 離 し た
報告されている7)。気管支喘息患者と健常人の気
CD4 +T細胞を用いた遺伝子発現解析.
(単球由来
道 biopsy サンプルを解析し squamous cell carci-
遺伝子が混入している.)
noma antigen-1(SCCA1)が喘息患者において高
発現していることも見いだされている 8)。アト
ら得た細胞を用いて解析する際には細胞の純度が
ピー性皮膚炎患者と健常人の末梢血単核球を比較
非常に重要な意味を持ってくる。例えば1%以下
し た と こ ろ,ア ト ピ ー 性 皮 膚 炎 患 者 に お い て
の他の細胞が混入しただけでも,対象としている
STAT1
(signal transducer and activator of tran-
細胞に全く発現していない遺伝子があった際には
scription 1)
,TRAIL
(TNF-related apoptosis-in-
結果に悪影響を及ぼすことも多々ある。その一つ
9)
ducing ligand)
などの遺伝子が低下していること
の例として GEO において公開されているデータ
や,アトピー性皮膚炎患者と乾癬患者の皮膚 bi-
を紹介する(図2)。健常成人と mild 及び severe
opsy サンプルを解析し,アトピー性皮膚炎患者
喘息患者から分離した CD4 +T細胞を用いてマイ
においてβ-defensin 2,IL(interleukin)
-8,iNOS
クロアレイ解析を行った結果が公開されている
(inducible nitric oxide synthase)など細菌及び
(GDS266)。このデータを用いて階層的クラスタ
ウイルス退治に重要な分子が低下していることが
リングを行うと図2のように病態とは全く関係が
10)
明らかとなった 。またその続報としてアトピー
ないクラスタが現れる。これらのクラスタに含ま
性皮膚炎患者及び乾癬患者特異的遺伝子としてそ
れ る 遺 伝 子 を 調 べ た 結 果,上 の 遺 伝 子 群 に は
11)
れぞれ 18,62 遺伝子存在したことが報告された 。
CD14 分子等の単球の存在を示す遺伝子群が,ま
このように臨床サンプルを用いてマイクロアレ
た真ん中に存在する遺伝子群には GeneChip の染
イ解析した場合,病態に直接起因する分子及び病
色時に過剰の色素がついてしまった際に値が小さ
態のマーカーとなりうる未知の分子を同定するこ
く示されやすい遺伝子が含まれていることが明ら
とが可能となる。しかし,このような臨床検体か
かとなった。この結果はサンプルによって標的細
●106(678)
アレルギー・免疫 Vol.11,No.5,2004
マイクロアレイ法によるアレルギー疾患遺伝子解析
胞以外の細胞が混入していることを示すものであ
ゲン合成の基質になることからアルギニン代謝酵
る(この場合は単球)。また,マイクロアレイに
素関連の誘導は気道過敏性及びリモデリングに関
よっては解析までの過程に何らかの問題があった
与していることも推測できる。
ことも示されている。通常,特に真ん中のような
その一方,Zimmermann らのデータは雑誌の
クラスタが認められた際には問題があったマイク
規定によりすべての生データを論文ホームページ
ロアレイを除去して解析を行うが,もし使用して
上に Supplemental data として公開している。そ
解析するならば少なくともこれらのクラスタに含
のデータを用いて階層的クラスタリングを行った
まれる遺伝子を解析対象遺伝子から除かないと目
結果を図3Aに示した。その結果,OVA 及び Asp
的としている疾患関連遺伝子を見いだすのが困難
により共通に誘導を受ける遺伝子の中には論文の
となることは言うまでもない。このように公開さ
焦点となっていたアルギニン関連遺伝子以外に
れているデータは参考データとして有用になる反
Eotaxin,CCR3 など好酸球の肺への浸潤という
面,様々な問題があるデータも数多く公開されて
病態を反映していると考えられる遺伝子の誘導も
いるため,注意して使用する必要がある。一方,
示されていることが明らかとなった。興味深いこ
組織を用いてマイクロアレイ解析を行う場合,病
とに gob-5(Clca3)の誘導も共通に誘導される遺
態組織に遊走してきた炎症細胞による現象なの
伝子として見つけられた。gob-5 は 2001 年に武
か,元々の組織を構成している細胞の変化なのか注
田薬品工業による疾患特異的変動遺伝子解析研究
意して解析する必要があることも付け加えておく。
から見いだされた遺伝子で,粘液の生成及び気道
2.病態モデル動物を用いた研究
の過敏性に関与することが報告されている 13)。当
モデル動物を用いた試験は病態部位のサンプル
時は suppression subtractive hybridization とい
を簡単に入手することが出来るため,マイクロア
う大変手間と時間のかかる方法を駆使して見いだ
レイ解析に適している。Zimmermann らは喘息
したが,マイクロアレイを用いるとこのように短
の病態を解明するため,OVA 誘発喘息モデルマ
期間で同定されてしまう。しかも,図3Aに示さ
ウス及び Aspergillus fumigatus(Asp)抗原誘発喘息
れるように同様のパターンで誘導を受ける遺伝子
モデルマウスの肺を用いてマイクロアレイ解析を
を数多く同定することも可能である。このデータ
行った 12)。両モデルマウスの病態表現型は同じで
からもマイクロアレイが非常にパワフルなツール
あることから,OVA,Asp により共通に誘導を受
であると言えよう。
ける遺伝子を病態関連遺伝子として探索を行った
3.薬剤を用いた in vitro 研究
結果,肝臓に存在しアルギニン代謝酵素として知
薬剤を用いてマイクロアレイ解析した場合,そ
ら れ て い る arginase 及 び ア ル ギ ニ ン ト ラ ン ス
の薬剤の薬効,及び副作用を一度に見いだすこと
ポーターである CAT2 の誘導を見いだした。彼ら
が可能となる。特に類似した薬剤をスクリーニン
はその後,arginase が IL-4 及び IL-13 により誘導
グする際,ターゲットとしている分子以外への影
を受けること,またそのシグナルとして STAT6
響を比較解析するツールとして優れている。次に
を介していること,また喘息患者の BALF(bron-
筆者らがこのような目的で行った試験の一例を紹
choalveolar lavage fluid)中に arginase 陽性細胞
介する。
が有意に多いことを明らかにして論文を閉じてい
アレルギーはヘルパーT細胞の中の Th1 細胞
る。arginase の下流に存在するプロリンはコラー
と Th2 細胞のバランスが Th2 細胞側に傾いてい
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●
連載 アレルギーと遺伝子 (9)
図3 マイクロアレイを用いた病態関連遺伝子解析
A)OVA 誘発喘息モデルマウス及び Aspergillus fumigatus(Asp)抗原誘発喘息モデルマウスの肺を用いた遺伝子発現
解析.
(OVA 及び Asp 特異的に誘導を受ける遺伝子群と両抗原共通に誘導される遺伝子群に分類できる.)
(文献 12
より改変)
B)階層的クラスタリングを用いた TLR リガンド特異的な遺伝子発現パターン解析.
(TLR9 を介した反応は炎症関連遺
伝子の誘導が弱い.)
(文献 14 より改変)
C)階層的クラスタリングを用いた CpG ODN 刺激後の時間依存的変化の解析.(文献 16 より改変)
るのが病因の一つと考えられている。そのため,
mor necrosis factor
(TNF)α,IL-1β,cycloox-
Th2 側に傾いたバランスを Th1 側に戻す作用が
ygenase(COX)-2 など多くの炎症関連遺伝子が含
アレルギーの治療につながるという考え方があ
まれていたが,TLR9 のリガンドである非メチル
る。そこで筆者らは Th1 を誘導すると考えられて
化 CpG モチーフを有する合成 DNA(CpG ODN)
いる toll-like receptor(TLR)のリガンドをヒト末
ではその誘導が非常に弱いことが明らかとなっ
梢血単核球細胞に刺激した際の影響を検討した
た。よって,ヒトにおいて炎症を惹起しないとい
(図3B)。その結果,図3Bで示されているよう
う点で安全に投与できる可能性があるのは TLR9
に各種リガンド特異的な遺伝子発現パターンが認
のリガンドの CpG ODN のみであることが示唆さ
められる以外に TLR2-5 のリガンドで共通に誘導
れる。実際に CpG ODN はアレルギー以外にも
される遺伝子群,TLR2 以外のリガンドで誘導さ
癌,感染症の治療薬として臨床試験が開始されて
14)
れる遺伝子群が存在することを見いだした 。各
いるが,いずれの試験においても重篤な副作用は
クラスタに含まれる遺伝子を調べていった結果,
報告されていない 15)。
TLR2-5 のリガンド特異的な遺伝子の中には tu-
一方,薬剤投与後の遺伝子発現については時間
●108(680)
アレルギー・免疫 Vol.11,No.5,2004
マイクロアレイ法によるアレルギー疾患遺伝子解析
経 過 も 重 要 な フ ァ ク タ ー と な る。図 3 C に B-
だに得にくく,またマイクロアレイの解析法に精
class と呼ばれるインターフェロン
(IFN)をほとん
通しているアレルギー分野の研究者も少ない。今
ど誘導しない CpG ODN 刺激後の時間依存的遺伝
後,これらの問題を解決していき,アレルギーの
子変化を示した。例えば刺激後6時間のサンプル
新しい治療法の開発に繋がっていくことを期待し
のみで解析を行うと,これらすべての遺伝子が
たい。
CpG ODN により誘導を受ける遺伝子として抽出
されてくるが,クラスタリング解析を行うと早期
文 献
に誘導を受けるA群と遅れて誘導を受けるB群の
1)Matsumoto Y, Oshida T, Obayashi I et al:Identification of highly
2種類に分類されることが明らかとなる。B群に
expressed genes in peripheral blood T cells from patients with
atopic dermatitis. Int Arch Allergy Immunol 129:327-340, 2002
含まれる遺伝子はすべて IFN により誘導を受け
2)Uchida T, Nakao A, Nakano N et al:Identification of Nash1, a
ることが知られている遺伝子であることから
novel protein containing a nuclear localization signal, a sterile al-
CpG ODN によりダイレクトに IFN が誘導され,
pha motif, and an SH3 domain preferentially expressed in mast
その2次的作用でB群が誘導されているのだろう
と推測することが可能である。事実,筆者らは Bclass CpG ODN もマイクロアレイでは検出でき
ないほど微量の IFN を誘導し,その2次的な作用
でB群に含まれる遺伝子群を誘導することを明ら
かにしている 16)。このようにマイクロアレイデー
タのクラスタリング解析は1万以上の遺伝子発現
から同じパターンの遺伝子を抽出することにより
そのシグナルカスケードまでを推測することも可
能となるのである。
cells. Biochem Biophys Res Commun 288:137-141, 2001
3)Schena M, Shalon D, Davis RW et al:Quantitative monitoring of
gene expression patterns with a complementary DNA microarray.
Science 270:467-470, 1995
4)Lockhart DJ, Dong H, Byrne MC et al:Expression monitoring by
hybridization to high-density oligonucleotide arrays. Nat Biotechnol
14:1675-1680, 1996
5)Brazma A, Hingamp P, Quackenbush J et al:Minimum information
about a microarray experiment(MIAME)-toward standards for microarray data. Nat Genet 29:365-371, 2001
6)Eisen MB, Spellman PT, Brown PO et al:Cluster analysis and display of genome-wide expression patterns. Proc Natl Acad Sci U S
A 95:14863-14868, 1998
7)Fritz SB, Terrell JE, Conner ER et al:Nasal mucosal gene expres-
お わ り に
sion in patients with allergic rhinitis with and without nasal polyps.
J Allergy Clin Immunol 112:1057-1063, 2003
マイクロアレイは数年前では1枚百万円近くか
かっていたため,一部の研究費が非常に多い研究
室のみ扱える特別なシステムであった。しかし,
現在ではヒトの遺伝子をほぼ網羅できるマイクロ
アレイでも1枚の価格が ELISA(enzyme linked
immunosorbent assay)キットと同程度の値段ま
で下がってきている。それと同時に,アフィメト
8)Yuyama N, Davies DE, Akaiwa M et al:Analysis of novel diseaserelated genes in bronchial asthma. Cytokine 19:287-296, 2002
9)Heishi M, Kagaya S, Katsunuma T et al:High-density oligonucleotide array analysis of mRNA transcripts in peripheral blood cells of
severe atopic dermatitis patients. Int Arch Allergy Immunol 129:5766, 2002
10)Nomura I, Goleva E, Howell MD et al:Cytokine milieu of atopic dermatitis, as compared to psoriasis, skin prevents induction of innate immune response genes. J Immunol 171:3262-3269, 2003
リクス社の GeneChip をはじめ,多くの市販され
11)Nomura I, Gao B, Boguniewicz M et al:Distinct patterns of gene
ているマイクロアレイについては外部委託解析が
expression in the skin lesions of atopic dermatitis and psoriasis:
可能となってきている。マイクロアレイ解析を誰
a gene microarray analysis. J Allergy Clin Immunol 112:1195-
にでも行える時代はすでに来ているといえよう。
1202, 2003
12)Zimmermann N, King NE, Laporte J et al:Dissection of experimen-
その一方,良質な臨床情報を含んだ臨床検体は未
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109(681)
●
連載 アレルギーと遺伝子 (9)
tal asthma with DNA microarray analysis identifies arginase in
15)Halperin SA, Van Nest G, Smith B et al:A phase I study of the
safety and immunogenicity of recombinant hepatitis B surface anti-
asthma pathogenesis. J Clin Invest 111:1863-1874, 2003
13)Nakanishi A, Morita S, Iwashita H et al:Role of gob-5 in mucus
overproduction and airway hyperresponsiveness in asthma. Proc
gen co-administered with an immunostimulatory phosphorothioate
oligonucleotide adjuvant. Vaccine 21:2461-2467, 2003
16)Kato A, Homma T, Batchelor J et al:Interferon-alpha/beta
Natl Acad Sci U S A 98:5175-5180, 2001
14)Saito H, Kato A, Matsumoto K:Application of genomic science to
clinical allergy. Allergy Clin Immunol Int 15:218-222, 2003
receptor-mediated selective induction of a gene cluster by CpG oligodeoxynucleotide 2006. BMC Immunol 4:8, 2003
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