ABS樹脂とマテリアルリサイクル

T ec h n i c a l R epor t
ABS樹脂とマテリアルリサイクル
目 次
1. はじめに
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2
2. プラスチック廃棄物の処理の現状
・ ・ ・ 2
3. プラスチックのリサイクルの種類 ・ ・ ・ ・ 3
4. ABS 樹脂とマテリアルリサイクル性 ・ ・ ・ 4
5. マテリアルリサイクルの促進に向けて ・ ・ 6
6. 終わりに
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 8
ABS 樹脂とマテリアルリサイクル
宇部サイコン株式会社
開発本部 技術部 吉冨 勉
1) 始めに
21世紀を目前に控え、日本経済はこれまでの 「大量生産・大量消費」に代表される浪費
型経済から、「持続的な発展」を目指した循環型経済への脱皮を試みようとしている。
1972年に出版された 「成長の限界 − ローマクラ ブ」は極めて衝撃的な内容を含む
啓蒙の書であった。 多少のずれは当然としても、資源の有限性は明白であり人口爆発
も予測どおり2000年を前に先月国連事務総長が60億人目の誕生を宣言した。
当時は予測もされなかったオゾンホールは年々拡大を重ね確実な紫外線量の増加が
観察され地球環境もその脆弱さを人類に明らかにしてきている。
特に国土が狭く、埋蔵資源の乏しい日本にとっては限られた資源の有効活用と環境負
荷の低減を可能にする「循環型社会の構 築」は21世紀を迎えるにあたっての不可欠な要
素の一つであり、環境基本法を始め容器包装リサイクル法・家電リサイクル法のような各
種関連法規の整備が急ピッチで行われている。
当社も環境保全への取り組みは事業活動の基盤であることを認識し、環境へ調和した
技術・製品を提供することを基本理念とした「レスポンシブルケアー活動」を1997年から
開始し、2000年にはISO14001認証を取得した。
当社の事業活動である [ABS樹脂の製造・販売]の全ての側面への、3R(Reduce・
Reuse・Recycle)からの対応を実施するとともに、 更なる改善の検討を行っている。
ここでは、当社が取り組んでいるABS樹脂のマテリアルリサイクルについて紹介したい。
2) プラスチック廃棄物の処理の現状
ABS樹脂を含めて、プラスチックは20世紀を代表する利便性に優れた画期的な素材の
一つである。 軽くて美しく、錆や腐る事も無く、どのような形状にも容易に成形すること
が可能である安価な素材である長所のため、生活に深く関連するとともに使用量の著しい
増加に対し、再生利用の比率は残念ながら少ないのが現状である。
1997年 プラスチック処理促進協会の調査では再生利用されているプラスチックの比率
は廃棄総量〔949万トン〕の12% (113万トン)である。
再生利用
12%
埋め立て
34%
固形燃料
1%
発電付き焼却
15%
単純焼却
24%
熱利用焼却
14%
2
3) プラスチックのリサイクルの種類
プラスチックのリサイクルは鉄やガラスに比べて歴史も浅く、統一された表現や明確な定義
が充分行われ、慣用化しているとは言えない状況である。
ここでは、当社が一般的に使用している表現を用いて、リサイクルの種類について簡単に
説明を行いたい。(専門・業界での定義とは異なる可能性がある)
① 流通経路での類別(製品として市場に出る 前か、後かでの類別)
*プリコンシューマーリサイクル
製品の生産工程で発生する端材・不良品の回収・再利用であり、工程内リサイク
ルとして日常的に行われている。
一般的には工場内で行われる場合が多く、製品のトレーサビリティがあり、材質
グレードの分別が容易であり時間的経過は短い。
*ポストコンシューマーリサイクル
一旦市場に流れ、消費者の利用が終了した後の製品の回収・再利用であり、
材料・グレードの分別が困難で、長期の使用環境に暴露されている事が多い。
工程内リサイクルが同一製品への再利用を基本とするのに対し、このリサイクル
は主として回収した製品・部品とは異なる品質要求の緩やかな製品・部品への
再利用が一般的である。
より高品質のリサイクル技術を確立することが安定的なリサイクル品の需要を確
保するためにも重要な課題である。
② 回収形態での類別
*マテリアルリサイクル
プラスチック素材として再利用を行うリサイクルシステム
大きく分けて次の2つのタイプがある。
クローズドリサイクル;回収した製品・部品の同一用途へ再利 用。
カスケード(オープン)リサイクル;回収した製品・部品とは異なる一般的に
品質の緩やかな別用途への再利用。
*ケミカルリサイクル
プラスチックを分解して液化・ガス化・又は炭素分として再利用するシステム
液化リサイクル
;プラスチックを分解しC重油近似の燃料油として利用
ガス化リサイクル ;プラスチックを高度に分解しガス化(メタノール・CO
水素)し化学原料として利用
高炉還元法 ;高炉での炭素源・燃料として利用
*サーマルリサイクル
化合物としてではなく、熱エネルギーとしての再利用、又は電力へ変換して利用
家電リサイクル法ではサーマルリサイクルを「再商品化率」には含めていない。
マテリアルリサイクルを、少なくともケミカルリサイクルを要求している。
3
4) ABS樹脂とマテリアルリサイクル性
ABS樹脂は、アクリロニトリル( A)、ブタジエン( B)、スチレン( S)の3種類の単量体から
合成された熱可塑性樹脂で、耐衝撃性・機械的強度・耐化学薬品性にも優れ、更に成形加
工性にも優れた材料である。また芳香環・極性基を持つ3元系ポリマーであり、幅広いSP
値を持つことから、他樹脂との相溶性にも優れている。
商品の印象を左右する色についても、素材自身への着色の容易さに加え、2次加工性
(塗装、接着、メッキ等)にも優れる為外観の意匠性の自由度は非常に高い。
このような特性は、スチレンの剛性と成形性、
アクリロニトリルの耐油性及び優れた機械特性、
ブタジエンの耐衝撃性を巧みに組み合わせるこ
とが可能で、そのバランスや添加剤配合を要求
特性に応じて最適化することができる素材であ
る。
右の写真(図2)は、ABS樹脂 の典型的な透
過型電子顕微鏡写真であ り、ポリブタジエン (ゴ
ム相)を島としアクリロニトリル ・スチレン共重合
体(樹脂相)を海とする不均一2相構造を良く示
している。
ABS樹脂は、PBDを多く含むグラフト成分と
アクリル二トリル・スチレン共重合体を要求特性
に合わせた比率でブレンドすることで容易に最
適なグレードを設計する事ができる。
また、事務機器や家電製品等で難燃性を必要
図2 ABS樹脂切片の電子顕微鏡写真
とする場合には、難燃剤を添加することで容易に難燃化を付与することもできる。
この設計性の良さは、例えば一般タイプのABS樹脂を回収し、難燃性の付与や衝撃強度
の調整も行った高機能なリサイクルABS樹脂の設計を可能にさせる。
更に、着色工程は非可逆工程のため再生品の発色 ・調色はある程度限られた範囲と
なるが、その良好な材料着色性を活かし、再生工程での調色(色調の調整)も可能であり、
ある程度の着色自由度も持つ。
先に述べた通り、ABS樹脂は良好な2次加工性を持つとともに、各種ポリマーとの相溶
性が良好で、例えばアクリル系塗料を用いて塗装することにより外観の自由度 ・意匠性を
飛躍的に高めることも可能である。環境意識の向上により、塗装時の有機溶剤の削減が求
められているが、ABS樹脂はこのような良好な塗装性を持つため、有機溶剤を使わない水
系アクリル塗料の開発が容易で、既に実用化が進んでいる。アクリル系塗料は、ABS樹脂
に塗装を行ったまま、塗膜を剥離することなく回収を行っても良好な分散性・相溶性を示す
ため、物性の低下や外観への影響は僅かであり、リサイクルを容易に行うことができる。一
方、ウレタン塗料にて塗装した場合は、塗膜を剥離しないで回収すると衝撃強度や外観の
低下が大きく、実用には問題があると思われる。(表1参照)
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表- 1
各種塗装による回収成形品の特性変化
◆試験方法: ABS樹脂板に各種塗料による塗装を実施⇒物性測定⇒塗装品の破砕
・溶融
◆ 混練⇒新品ペレットと50%重量比で再度、溶融
・混練⇒物性測定
PT20
母材(ABS樹脂)
塗装種類
回収率
ダインス
タット衝
撃強度
塗装無し
一般ウレ
タン塗装
一般アク
リル塗装
水系アク
リル塗装
(オリジナル)
50
50
50
50
0
960
314
941
960
980
745
255
764
745
745
%
平行
J/m
直角
塗装無し
表面光沢
%
92
84
89
90
91
引張降伏応力
MPa
43
43
42
43
43
呼び歪
%
11
6
10
12
12
曲げ強さ
MPa
70
69
70
70
70
曲げ弾性率
MPa
2,350
2,300
2,350
2,350
2,350
TDUL
℃
79
79
79
79
79
ABS樹脂はラジカル付加重合によって合成された高分子材料であり、エステル結合を持
つ高分子材料に見られるような加水分解性や熱分解性が極めて低 く、再生加工工程での
流動性・物性の安定度が高い 。 このためリサイクルを行ったABS樹脂は新造品と同等に
成形性、加工性が安定しているため、両材料を併用しても成形条件の変更を必要としない
場合がほとんどである。 表 - 1で行った回収成形の特性評価においても射出成形にて
試験片の作成を行ったが、流動特性の変化は見られず、全く同一条件で全てのサンプルを
成形することが出来た。
同様な観点からリサイクル性に関連する項目について他の樹脂タイプについて当社が行っ
た評価結果を表 - 2に示す。
表- 2
樹脂タイプ
樹脂タイプ別リサイクル性評価表
スチレン系
オレフィン系
エステル系
代表的樹脂
ABS 、HIPS
PE、PP
PBT、PC
価格・比重
◎
◎
×
初期物性・外観
○
×
◎
加水分解性
◎
◎
×
2次加工性
◎
×
○
高品位品
容易
困難
困難
低品位品
容易
容易
困難
再生品
設計性
◎優 ○良 ×劣 (UMG ABS(株)技術部判定)
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この様に、ABS樹脂は幅広い材料設計の自由度を持ち、リサイクル品を用いてのより
高い品質への再設計が可能であるだけでなく、良好な塗装性・相溶性によっ て環境にやさ
しい水系アクリル塗料の適用が可能であり、塗装仕様であってもリサイクルを可能にする
ABS樹脂は、マテリアル・リサイクルに適した性能と使い易さを持った樹脂であると言えよう。
表 - 1、2に示した評価結果は実験室的なデータであるが、実際のポストコンシューマー
の製品での確認をトヨタ・日産自動車の数車種を選択し廃車(6∼7年使用後)から樹脂部
品を回収しリサイクル・回収の評価を行った。 車両用途は使用環境も厳しく使用期間
も長期に及ぶため、経時変化が大きいことが予測されたが、機械物性の低下は少なく、回
収率が30%以下であれば実用上問題無いことが確認されている。
又、複写機メーカーと共同で市場から回収した複写機から外装部品のプラスチックを分
別回収し当社工場での特殊洗浄・リペレット化を行い同一製品に新造品と同一の品質基準
で提供するクローズドリサイクルシステムの確立を行うとともに、量産をすでに開始してい
る。 機械物性等は従来の実験結果に良く一致し、基本的にABS樹脂はマテリアルリサイ
クルに適していることが実証された。 本件に関しての詳細は既に 「プラ スッチク・エージ」
誌に詳細が記載されている。(注−1)
5) マテリアルリサイクルの促進に向けて
ABS樹脂はこれまで述べてきたように、マテリアルリサイクルには適したプラスチック素材
である。 しかしながら、更にリサイクルを促進するには材料面・製品設計・流通・回収等
多くの工程で解決すべき課題が山積していることも事実である。
図 - 2は現在当社が取り組んでい る、リサイクルを促進するための技術的な要素である。
市 場
N
市
廃棄
廃棄
廃棄
廃棄製品
塗膜付き回収
アクリル系塗料
塗膜剥離技術
中性特剤
水系アクリル塗料
加飾仕様品
収集
(例 :塗装 )
解体
部品
無加飾仕様回収品
分別
異種材除去
技術
クローズドループ
グレードアップ回収技術
無加飾仕様品
カスケード ( オープンループ )
ガス回収技術
(石炭ガス化技術応用
新造品同一規格回収品
低品質 ・規格回収品
)
支 援 技 術
接着技術
マーキング技術
ラベル材質
アセンブル技術
破砕技術
材料設計技術
洗浄・
異物除去
着色技術
品質管理
図 - 2 ABS樹脂 リサイクル促進技術 (宇部サイコン株式会社 取り組み課題)
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例えば、ABS樹脂は2次加工性に優れることを理由に、塗装仕様・メッキ仕様・接着などの
加工が施されて製品化されることが多い。 このような場合加飾されたままの状態での
回収ではクローズドリサイクルは困難であり、何らかの対策が必要となる。
塗装仕様を参考に更に詳細を説明したい。
リサイクルに適した塗料の共同開発 ;
従来は有機溶媒を用いたシンナータイプの塗料が主流であった。 環境対策型
塗料として水を溶媒とする水系塗料に最適な材料開発をリサイクル性に着目して
塗料メーカーと共同で進めている。 開発途中ではあるが従来タイプに比べて
大幅に衝撃強度が改良される可能性が見出されている。
塗膜剥離技術の確立
ABS 樹脂は良好な塗装性を持つため塗装品の多くに使用されている。家電製品・
屋内使用品にはアクリル系塗料が使用されており、塗膜の剥離を行わなくても回
収品の機械的強度の大幅な低下は無い。しかし車両用途に代表される屋外使用
の場合は回収困難なウレタン塗料を用いる場合が多い。
又、 塗装工程はごみの付着や塗装の失敗による不良率が高く工程内リサイクル
の要求も強い。
ABS 樹脂基材への影響が少なくウレタン塗料の塗膜を容易に剥離できる水溶性
特殊剥離剤の共同開発を進めている。 室温 3 時間の浸漬で剥離でき、剥離
した塗膜は金網で容易に分別でき、剥離水溶液は繰り返し使用することが出来
る。 ペッレト への再生は勿論であるが、成形品の塗膜を剥離して再度塗装して
成形品としての再利用が目的である。 技術的には再使用可能な段階へ到達して
いるが、塗装不良原因を層別・判別しておかなければ再度同様な不良を発生させる
可能性を内在させている。
長期信頼性の高いAXS樹脂の開発
ABS 樹脂はマテリアルリサイクルに適した材料ではあるが、長期の繰り返し使用を
想定した場合、一つの難点を持っている。 ABS樹脂の衝撃強度を改善している
PBDグラフト成分が紫外線・熱によって酸化劣化を受ける特性である 。 PBDの持
つ不飽和 2 重結合が光(熱)エネルギーと酸素に長期間暴露されると、化学反応を
起こし衝撃強度の低下・変 色を起こす。
当社はPBD成分をアクリルゴム・エチレンゴムへ変更した耐候性材料 AXS樹脂の
開発・販売を行っている。従来AXS樹脂は耐候性を最大のセールスポイントとして
材料設計を行ってきたが、現在マテリアルリサイクルに視点を持った開発を行って
いる。
6) 終わりに
当社製品ABS樹脂に関してのマテリアルリサイクルの現状について紹介したが、素材メ
ーカーのみで出来るリサイクルは極めて狭い範囲でしかない。
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既に量産を開始している複写機でのクローズドリサイクルは、従来の最終製品メーカーと
素材メーカーの関係を凌駕した新しい購買関係を構築する兆しとなっている。
すなわち、製品メーカーは従来素材メーカーから材料を購入する一方通行の関係であっ
たが、マテリアルリサイクルを通じて、今度は素材メーカーが製品メーカーから回収品を
購入し、再生品として納入する双方向の関係を構築する必要がある。
特にポストコンシューマーリサイクルを行う場合、如何にして廃棄製品の回収を行い、分
解・分別を行い得るかが極めて重要なキーポイントである。 そのためには両者の培っ
たノウハウを活用した共同開発体制を構築する事が成功への前提条件と成る。
将来的には更に、循環型経済の要求は強まり、リサイクルへの法的な規制も厳しくなる
ことが予測される。 現時点ではまだまだリサイクルはコスト的には不利な状況にある
が、社会的なシステムの対応の進展によっては儲かるリサイクルの可能性は充分にあ
る。
持続的な発展を目指して、単なる素材の販売メーカーではなく、素材を一時成形品の形
でお貸しする素材リースメーカーへの可能性へ向けて挑戦を続けて行きたい。
(注−1) プラスッチク・エージ1998年 V ol、44
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メ
モ
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2007-06