共用基準範囲導入手順書

共用基準範囲導入手順書
臨床検査試薬統一化検討委員会
平成 28 年 4 月 1 日
はじめに
平成 27 年 10 月に開催された国立病院臨床検査技師協会(以下国臨協)定期総会におい
て、新しい基準範囲として日本臨床検査標準協議会(以下 JCCLS)から公開された共用基
準範囲を採用することが承認されました。今後、平成 28 年 4 月から 2 年を掛けて完全に移
行することを目指しますが、基準範囲の変更には大きな労力を必要とします。
臨床検査試薬統一化検討委員会(以下委員会)では、共用基準範囲導入の際の参考資料
として、本導入手順書を作成しました。
この手順書を各施設が使用され、共用基準範囲普及の一助となれば幸いです。
臨床検査試薬統一化検討委員会
委員長 江角 誠 (国立病院機構 南九州病院 臨床検査技師長)
委員 志保 裕行(国立病院機構 北海道がんセンター 臨床検査技師長)
内山 雅宇(国立病院機構 豊橋医療センター 主任臨床検査技師)
初田 和由(国立循環器病研究センター 副臨床検査技師長)
乘船 政幸(国立病院機構 四国がんセンター 副臨床検査技師長)
手塚 俊介(国立国際医療研究センター病院 主任臨床検査技師)
目次
共用基準範囲導入について ................................................................................................... 1
共用基準範囲導入に関する決定事項 ................................................................................. 1
共用基準範囲導入時期並びに方法 ..................................................................................... 1
共用基準範囲導入時の注意点 ................................................................................................ 2
共用基準範囲採用の経緯 ....................................................................................................... 4
臨床検査の結果解釈と判断基準について .............................................................................. 6
JCCLS 共用基準範囲の採用について(導入時説明文) ...................................................... 9
基準範囲と臨床判断値について(患者向け)..................................................................... 13
共用基準範囲採用状況(平成 27 年 12 月時点委員会調査) .............................................. 14
Q&A集 .............................................................................................................................. 16
共用基準範囲に賛同している団体名一覧 ............................................................................ 19
共用基準範囲導入について
共用基準範囲導入に関する決定事項
1. 新しい推奨基準範囲は原則として JCCLS の共用基準範囲を採用することを基本とし、
臨床判断値は附記することとする。但し、施設判断で共用基準範囲と臨床判断値を併
用することは妨げない。使用に当たっては基準範囲、臨床判断値の別・由来を明確に
すること。
血液項目の単位については、変更による混乱を避ける理由から施設で使用している
単位をそのまま使用し、共用基準範囲の桁数を変更して使用することとする。
2. 血液検査以外の項目については、共用基準範囲を採用するのであれば報告桁数も揃え
るべきと考えるが、施設事情により報告桁数の変更が困難な場合は、現在使用してい
る基準範囲を継続して使用する。共用基準範囲の値を切り上げ、切り捨て等の操作を
行って使用しないこと。
3. JCCLS が公開した基準範囲は全ての項目について採用する。
(但し、適応する年齢層を明記する 20 歳から 65 歳)
4. 共用基準範囲で示された性差が認められる項目については全て採用する。
5. 年齢階層別基準範囲は採用しない。
6. 小児、高齢者の基準範囲については検討継続課題とし、時期をみて検討を行うことと
する。
7. リウマトイド因子(RF)のカットオフ値は 15IU/mL とする。
(但し、標準化対応済みの検査試薬を用いること)
8. 基準範囲変更と同時に項目略称(AST、WBC 等)の表記についても、JCCLS の表記
に統一することとする。
共用基準範囲導入時期並びに方法
導入開始時期
平成 28 年 4 月 1 日より随時
切り替え終了時期
平成 30 年 3 月 31 日
1
共用基準範囲導入時の注意点
1. 共用基準範囲利用要件(JCCLS 共用基準範囲解説と利用の手引きより抜粋)
臨床検査の外部精度管理調査が、日本医師会や日本臨床衛生検査技師会(以下日臨技)
などにより毎年全国規模で実施されており、その測定値に明瞭な偏りがないことが前提
となる。日臨技および日本医師会の外部精度管理調査の評価基準 A は日本臨床化学会
の定める[8] BA (正確さのかたよりの許容誤差限界)に基づき、± 目標値×BA(%)の値以
内としている。A 評価取得はその基準を十分に満たしており、共用基準範囲をそのまま
広く適用できる。実質的には、大多数の病院の臨床検査室および検査センターでは、そ
の基準を十分に満たしており、共用基準範囲をそのまま広く適用できる。
国臨協としては、日本医師会精度管理調査並びに日臨技精度管理調査に参加している
ことが望ましいが、少なくともどちらか一方に参加し、上記使用要件を満たしているこ
ととする。
参考資料:日臨技による共用基準範囲利用要件
(1) 日臨技等の全国的外部精度管理調査において、測定値に明瞭な偏りがないことが
前提となる。
(2) 日臨技の外部精度管理調査の評価基準 A は日本臨床化学会の定める BA (正確さ
のかたよりの許容誤差限界)に基づき、± 目標値×BA(%)の値以内としており、そ
の A 評価取得はその基準を十分に満たしており、共用基準範囲をそのまま広く
適用できる。
(3)
B 評価は現在の技術水準 5%を基準としており、B 評価においても共用基準範囲
の利用は可能と判断する。
(4) 日臨技精度保証認証施設は、共用基準範囲を広く適用できる。
2. 時系列表示について
今回の基準範囲変更では、検査機器や試薬の変更を伴わないので検査項目コードの変
更はありませんが、使用システムによっては世代管理(システム内容の変更日時の管理)
が出来ないものもあるので、世代管理が出来ない場合は、基準範囲変更前の過去データ
の L、H 表示が変わることを周知しておく必要があります。
3. 報告書について
現在使用されている検査システム並びに院内情報システム(電子カルテ等)は複数の
基準範囲、臨床判断値を表示できないものが殆どだと思います。全項目、基準範囲を採
用した場合の臨床判断値の周知方法について検討しておく必要があります。
(例:医師用共用基準範囲・臨床判断値一覧表、患者用共用基準範囲・臨床判断値説明文)
2
共用基準範囲導入手順を使用する際の注意点
この手順書はあくまでひな形として考えていただき、施設の状況によって内容を変更し
て使用してください。但し、共用基準範囲導入に関する決定事項は遵守してください。
その他、導入に関する疑問点等があれば、当委員会の委員に問い合わせてください。
【問合せ先】
北海道・東北: 志保 裕行(札幌がんセンター)
[email protected]
関東・信越 : 手塚 俊介(国立国際医療研究センター病院)
[email protected]
東海・北陸 : 内山 雅宇(豊橋医療センター)
[email protected]
近畿 : 初田 和由(国立循環器病研究センター)
[email protected]
中国・四国 : 乘船 政幸(四国がんセンター)
[email protected]
九州 : 江角 誠 (南九州病院) [email protected]
3
共用基準範囲採用の経緯
近年、わが国では医療機関の機能分担と連携が進められ、医療機関の間での患者の検査
情報の共有化が期待されてきました。検査情報の共有化のためには、測定法の標準化と共
に測定値解釈の基準となる基準範囲の共用化が必要となります。このうち臨床検査測定法
は標準化が進み、また検査試薬の質的向上や分析機器の精度向上もあって、精度管理が正
しく行われている施設間での測定値の差はほぼ解消される状況となっています。
一方で、検査結果の判断基準となる“ものさし”は、以前は正常値と呼ばれ、各施設独
自のものやメーカーから提供されたもの、由来不明のものなど様々な正常値が使用されて
きました。このため、同じ測定結果でも、施設間で評価が異なる事態となっており、また
臨床判断値と混同して使用されている例も見受けられます。
特に大きな問題は、正常値を求める際に基本となる方法が確立されていなかったことか
ら、用いるサンプル(母集団)の違いによって偏りが生じていたことです。
その後、NCCLS(アメリカ臨床検査標準委員会:現 CLSI)によって基準範囲設定の指
針と健常者の定義がなされ、それに基づいて国内でも福岡県 5 病院会を始めとする基準範
囲設定のプロジェクトが行われましたが、広く普及するまでには至りませんでした。
このような状況の中、平成 26 年 3 月に JCCLS が日本全国で使用できる“共用基準範囲”
を公開しました。
この“共用基準範囲”は 3 種類の大規模な基準個体検査値データ(IFCC 市原プロジェク
ト、福岡県 5 病院会、日臨技)をもとに作成されており、地域差がないことが証明された
日本全国で共用できる基準範囲となっています。
“共用基準範囲”は既に日本医師会をはじめ、29 団体から承認を受けており、日本臨床
腫瘍研究グループでも“共用基準範囲”を採用しています。平成 27 年 2 月には福岡県医師
会が、これまで基準範囲と臨床判断値の混在であった福岡県基準範囲を全項目“共用基準
範囲”へ変更を決定し、県下の医師会へ通達していますし、九州以外では岡山県医師会も
福岡県と同様な通達を出しています。また、日本衛生検査所協会でも“共用基準範囲”の
導入に向けて動きだしています。今後、この“共用基準範囲”が基準範囲のスタンダード
として定着していくものと思われます。
国臨協の標準化の歴史は、臨床検査基盤研究班による“政策医療ネットワーク推進のた
めの国立医療機関における臨床検査技術・結果ならびに診断の統一化に向けての基礎研究”
に端を発します。これによって、臨床検査の標準化、共有化について指針が示され、T.W.2003
で生化学 19 項目の推奨測定法ならびに推奨基準範囲が、T.W.2004 で血液 7 項目の推奨基
準範囲が設定されました。基準範囲(統計値)は NCCLS 指針に準拠して設定されたもの
を採用しましたが、当時は基準範囲(統計値)に対する理解が乏しく、推奨基準範囲は基
準範囲(統計値)と臨床判断値が混在する形で設定しています。
4
推奨基準範囲設定から 10 年以上が経過し、その間に行われた T.W.事業成果検証による
アンケート調査では、推奨基準範囲の見直しは随時或いは定期的に必要と回答した施設は
79.1%に上りました。推奨測定法、推奨基準範囲設定事業を引き継いだ委員会では、日本国
内における基準範囲設定事業の結果が JCCLS に上程されたことを受けて、将来、JCCLS
から基準範囲が公開された時点で採用検討を行うことが望ましいと判断しました。
“共用基準範囲”の公開を受けて、委員会でも検討に入りましたが、国臨協の平成 26 年
度の調査結果ではすでに 10 施設が共用基準範囲への変更を行っており、その殆どが病病連
携や疾患別医療連携との兼ね合いで変更を実施していました。さらに 49 施設が変更を検討
中で、国臨協基準範囲の方向性を早急に示す必要があると判断しました。
1 年あまり委員会で情報収集と検討を重ね、前述した国内の状況や、病病連携、疾患別医
療連携の面から考慮した結果、これまで基準範囲と臨床判断値の混在であった推奨基準範
囲を全項目“共用基準範囲”を採用することとし、臨床判断値は報告書等に附記すること
を決定しました。基準範囲の統一は検査情報の共有化に向けての重要な取り組みであり、
全国の国立医療機関が“共用基準範囲”を採用することは“共用基準範囲”普及を推進す
る大きな力となります。基準範囲の変更には、それなりの手間も掛かりますが、全国規模
のグループの使命と考え、全項目“共用基準範囲”を採用することを決断いたしました。
一部項目については、施設判断で“共用基準範囲”の代わりに“臨床判断値”を採用す
ることを認めていますが、本来、“基準範囲”と“臨床判断値”は設定方法や定義が全く異
なり、明確に区別して用いられるべきものですので、導入にあたっては由来を明記するこ
ととしました。
血液項目については、単位の変更は混乱を招く危険性があることから、各施設で採用し
ている単位をそのまま使用し、“共用基準範囲”の桁数変更で対応することとしました。血
液項目の単位の統一は、いずれ取り組まなければならない大きな課題だと思っています。
また、今回は“共用基準範囲”の普及を第一に考え、年齢階層別基準範囲や小児及び高
齢者の基準範囲の導入は見送りましたが、今後時期を見て検討を行いたいと思います。
各施設におかれましては、基準範囲変更でお手間を取らせることになりますが、どうか
ご理解とご協力を頂きたいと思います。
5
臨床検査の結果解釈と判断基準について
臨床検査における定量検査の測定値を判断するための重要な指標として「基準範囲」が
使われているが、以前は「正常値」や「正常範囲」、「健常参考値」「基準参考値」などとい
う呼び名が使われていた。正常値とは健康な人のデータによって示される範囲であり、こ
の範囲を逸脱すると「異常」、すなわち病気であると認識される。しかし「正常値」設定に
おいて健康条件の定義がなく、さらには集めたデータの処理から範囲を決定する際の手法
も標準化されていなかったため、施設ごとに異なった手法でそれぞれに正常値が設定され
ていた。また、測定値の標準化も進んでいなかったため、施設間での正常値の共用は不可
能であった。
このようなことから正常値の設定方法について検討されて、新たに「基準範囲」として前
述のような問題点が解消できるように、1992 年 NCCLS(National Committee for Clinical
Laboratory Standards:アメリカ検査標準協議会、現在は CLSI:Clinical and Laboratory
Standards Institute)より具体的な設定方法の提案指針が提示された。しかし、現実には
施設において使用されている基準範囲は様々であり、施設固有の基準範囲、試薬メーカー
推奨基準範囲、文献による基準範囲、教科書による基準範囲、検査センターが提示してい
る基準範囲などがある。また、基準範囲に病態識別値、治療目標値、予防医学値を用いて
いる施設もあるなど、使い方が適切ではない場合も多く見受けられる。これらは、臨床の
場において特定の疾患に対する診断・治療に用いることを主としているため、基準範囲と
いうより臨床判断値としての概念が強い。例えば、病態識別値、いわゆるカットオフ値は、
疾患と判定するかどうかの境界値を指し、その設定には ROC 曲線や感度・特異度曲線など
が利用されている。またコレステロールのように疫学的調査結果から予防医学的に設定さ
れた予防医学値もある。
近年、臨床化学分野では標準化もしくは標準化対応法での測定が普及されてきたことによ
り、標準化された測定値と基準個体の集積が可能となってきた。これらをもとにして、共
用基準範囲の設定を目的にワーキンググループが 2011 年に立ち上げられ、その後 2012 年
には JCCLS 内に関連団体の代表からなる基準範囲共有化委員会が設立された。このように
共用基準範囲が全国的に普及することで、施設において基準範囲に関する諸問題が解決さ
れていくことを期待している。
臨床検査の中で測定値を判断する“ものさし”は複数あるが、それぞれの意味や設定方
法、使用目的を理解し、知っておくことは非常に重要である。
「これから始める臨床化学」より
6
臨床検査結果の判断基準
臨床検査値を判断する際の基準として大別すると基準範囲と臨床判断値(病態識別値)
があります。基準範囲は該当検査項目の値に明確な影響を及ぼす病態や生理的変動が存在
しないと判断された個体、すなわち基準個体(reference individual)を対象に得られた測
定値の 95 パーセント信頼区間を基準範囲としており、検査値を判断する基準として使用さ
れています。それに対して臨床判断値(病態識別値)は特定の疾患に対して、診断、治療、
予後などの判定に使用されます。しがって臨床判断値は診断閾値、治療閾値、予防医学的
閾値に分類することが出来ます。
基準範囲(reference interval)
1.概要
健常者とは病気がなく健康な人の集団とします。そこで基準範囲は、この健常者から
基準個体を選別して測定された値を統計学的手法によって信頼区分を算出したもので
す。したがって、特定の病態等を判断するものではなく測定値を解釈するための基準、
すなわち「ものさし」として用いられます。
2.基準固体の選別方法
CLSI※による国際基準では当該検査項目に関して、問診表を用いて選別することとな
っています。しかし、この問診表の基準が適正でなければ適正な基準個体を得ること
は困難です。なぜならば、健康の基準は明確となっていないこと、潜在性病態は検査
項目により異なること、変動要因についても個人の特性によって大きく変化すること
などが挙げられます。そこで、これらの要因を十分に加味した上で条件を統一し、大
規模な調査を行なうなどの作業が必要となります。
3.統計学的方法
基準個体より得た測定値の 95 パーセント信頼区間を統計学的な求めたものが基準範囲
です。しかし項目によって様々な分布型を呈しているため、基準範囲設定は容易なも
のではありません。CLSI による国際指針ではノンパラメトリック法を用いて設定する
ことが推奨されます。実際のデータでは偏りがあることが多く見られるため BOX-COX
変換を使い正規分布に近づけてから、パラメトリック法で求めることが行なわれます。
これにより極端値の検出やノンパラメトリック法の欠点を補うことが出来ます。
※1968 年に産・学・官の合意に基づき設立された NCCLS(National Committee for Clinical
7
Laboratory Standards、米国臨床検査標準委員会)は、昨今、広範な領域で国際的な活動を
展開している現状にマッチさせるべく 2005 年 1 月 1 日より名称を CLSI(Clinical and
Laboratory Standards Institute、臨床・検査標準協会)と変更した。
JCCLS(日本臨床検査標準協議会)より
臨床判断値(clinical decision limits)
1.診断閾値
これは当該項目から疾患や病態を診断するための限界値です。またカットオフ値とも
呼ばれており、疾患特異性の高い項目で設定されます。この値を算出するには疾患群
と非疾患群の分布から ROC 曲線を用いて最適な値を導きます。したがって、疾患特異
性が低い項目は対象外となります。
2.治療閾値
病態に対して治療が必要と考えられる閾値であり、長期の臨床医学的な経験則や症例
研究などで定められたものです。たとえば、輸血に関するヘモグロビン値や補正が必
要な電解質などが、これに相当します。
3.予防医学的閾値
疫学的調査によって特定の疾患の発症率が高いと予想され、予防が必要とされる項目
の限界値です。診断閾値のように当該項目に疾患特異性が高い必要はありませんが、
対象疾患は特定されます。たとえば、動脈硬化に対するコレステロール値が、これに
相当します。
このように、基準範囲は健常者の検査値を基に設定されていますが、特定の疾患や病態、
治療の目標などを考慮して算出されていません。これに対し,臨床判断値は特定の病気
の診断基準や有無の判別、さらには治療の目標や予防などに用いられるもので、概念自
体が基準範囲と異なりますので、それぞれの違いを明確にしておく必要があります。
8
平成 年 月 日
医局
各科外来 各位
各科病棟
臨床検査科長 臨床検査技師長 JCCLS 共用基準範囲の採用について(導入時説明文)
臨床検査値は、客観的な医学的情報として活用されており、基準範囲はその臨床検査値
の結果解釈や判断を行う上で目安(ものさし)として重要な役割を果たしています。
臨床検査値については、日常的に利用される生化学的血液検査項目を中心に標準化また
は標準化された測定方法の普及が進んでおり、全国的な精度管理調査において施設間で
の測定差がほぼ解消される状況となってきました。
これまでの臨床検査値については、特定の患者が特定の病院で治療を受けるために利用
されることがほとんどでしたが、近年は医療機関の機能分担と連携(病病連携、病診連
携)が進められていることから、医療情報が患者とともに医療機関を移動することが当
然の時代となっています。これにともない医療機関の間で患者の検査情報の共有化が期
待され、測定方法の標準化とともに基準範囲の共用化が望まれています。
このような状況の中、平成 27 年 3 月に日本臨床検査標準協議会(JCCLS)より、日本国内
で共用できる“共用基準範囲”が公開されました。
国立病院臨床検査技師協会においても検査の標準化に取り組んでおり、JCCLS より公開
された“共用基準範囲”を採用することを決定しました。
これを受けて、当検査科においても国立病院臨床検査技師協会の決定に従い、下記のご
とく共用基準範囲を採用させていただきます。
基準範囲変更日 平成 月 日
対象項目と注意点
対象項目は生化学・血液・一部免疫の項目の全40項目
測定機器・試薬の変更はありません。
過去のデータも含め一連で時系列表示での参照が可能です。
採用以前の Low、High 表示は過去の基準範囲のまま表記します。
9
参考資料
○基準範囲とは
一定の基準を満たす健常者を基準個体として、 その測定値(基準値)の中央 95%の区
間を基準範囲と定義されます。
○JCCLS 共用基準範囲とは
「IFCC(国際臨床化学連合)アジア地域調査」、
「福岡 5 病院会調査」、
「日本臨床衛生検
査技師会調査」の全国規模で行われた基準範囲設定のための 3 調査を統合し、JCCLS
基準範囲共用化委員会での検討を経て設定された日本国内で共通に利用可能な基準範囲。
○対象項目について
測定値の標準化・調和化がほぼ達成された 40 項目。
末梢血(8):RBC、Hb、Ht、WBC、PLT、MCV、MCH、MCHC
蛋白他(6):TP、ALB、UN、CRE、UA、TB
脂質(4):TG、TC、HDL-C、LDL-C
酵素(8):AST、ALT、LD、ALP、γGT、CK、ChE、AMY
電解質(6):Na、K、Cl、Ca、IP、Fe
糖関係(2):GLU、HbA1c
炎症マーカー(6):CRP、IgG、IgA、IgM、C3、C4
※血液項目の単位については変更による混乱を避ける理由から、施設で使用している単
10
位をそのまま使用し、共用基準範囲の桁数を変更して使用する。
○基準範囲と臨床判断値について
基準範囲は健常者の測定値分布の中央 95%の区間であり、測定値を解釈する際の目安
(ものさし)となる値です。それに対し臨床判断値(診断閾値、治療閾値、予防医的閾
値)は特定の疾患や病態を診断するための基準として設定された値です。各専門学会よ
りガイドラインとして報告されていることもあり、臨床判断値が基準範囲と混同して使
用され誤解や混乱のもとになっています。本来、臨床判断値は疫学的研究等に裏打ちさ
れた、ある特定の病態には意味がある数値であるが、その特定な病態以外においては使
用されることが想定されていない数値です。
代表的な臨床判断値表
項目
単位
値
根拠となるガイドライン
監修・著編者
UA
mg/dL
7.0
高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン
日本痛風・核酸代謝学
第2版
会
科学的根拠に基づく糖尿病診断ガイドライ
日本糖尿病学会
GLU
mg/dL
109
ン 2013
TG
mg/dL
150
HDL-C
mg/dL
40
LDL-C
mg/dL
140
TC
mg/dL
220
動脈硬化性疾患予防ガイドライン
2012 年版
動脈硬化性疾患予防ガイドライン
日本動脈硬化学会
日本動脈硬化学会
2002 年版
TB
mg/dL
1.2
専門医との協議による
体質性黄疸の鑑別値
ALT
U/L
30
専門医との協議による
病理学的所見上での上
限値
○リウマトイド因子について
リウマトイド因子(RF)は関節リウマチの診断に重要な検査であり、新 RA 分類基準に
も血清学的検査として採用されている。しかしながら、RF はこれまで標準化が未達成で、
各施設で異なるカットオフが使用されてきた。この状況を踏まえ、日本臨床検査標準協
議会(JCCLS)と日本臨床検査薬協会が共同で検討し、新しい標準化の方法が提案され
た。新しい RF 標準化法は JCCLS 内に設置された専門委員会及びワーキンググループ
で検討され、JCCLS 理事会にてガイドラインとして認証され、この結果は日本リウマチ
学会理事会でも承認された。今後、新しい RF 標準化法に基づいたカットオフ値が普及
するものと考えられ、15IU/mL を国臨協共通カットオフ値として採用する。
11
JCCL共⽤基準範囲と現⾏基準範囲の⽐較
項目名称
項目
単位
白血球数
W BC
10 3 /μL
赤血球数
RBC
10 6 /μL
ヘモグロビン
Hb
g/dL
性別
共用基準範囲
下限
現行基準範囲
上限
下限
3.3
8.6
M
4.35
5.55
F
3.86
4.92
M
13.7
16.8
F
11.6
14.8
M
40.7
50.1
F
35.1
44.4
ヘマトクリット
Ht
%
平均赤血球容積
M CV
f
L
83.6
98.2
平均赤血球色素量
M CH
pg
27.5
33.2
平均赤血球血色素濃度
M CHC
g/dL
31.7
35.3
血小板数
P LT
10 3 /μL
158
348
総蛋白
TP
g/dL
6.6
8.1
アルブミン
A LB
g/dL
4.1
5.1
グロブリン
G LB
g/dL
2.2
3.4
アルブミン、グロブリン比
A /G
1.32
2.23
尿素窒素
UN
クレアチニン
CRE
m g/dL
m g/dL
尿酸
UA
m g/dL
ナトリウム
Na
m m ol/L
8
20
M
0.65
1.07
F
0.46
0.79
M
3.7
7.8
F
2.6
5.5
138
145
カリウム
K
m m ol/L
3.6
4.8
クロール
Cl
m m ol/L
101
108
カルシウム
Ca
m g/dL
8.8
10.1
無機リン
IP
m g/dL
2.7
4.6
グルコース
G LU
m g/dL
73
109
中性脂肪
TG
m g/dL
M
40
234
F
30
117
総コレステロール
TC
m g/dL
142
248
M
38
90
F
48
103
H D L-コレステロール
H D L-C
m g/dL
LD L-コレステロール
LD L-C
m g/dL
65
163
総ビリルビン
TB
m g/dL
0.4
1.5
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ
AST
U /L
13
30
M
10
42
F
7
23
124
222
アラニンアミノトランスフェラーゼ
A LT
U /L
乳酸脱水素酵素
LD
U /L
アルカリフォスファターゼ
A LP
U /L
γ-グルタミールトランスフェラーゼ
γG T
U /L
コリンエステラーゼ
C hE
U /L
アミラーゼ
AM Y
U /L
クレアチン・ホスホキナーゼ
CK
U /L
C 反応性蛋白
CRP
m g/dL
106
322
M
13
64
F
9
32
M
240
486
F
201
421
44
132
M
59
248
F
41
153
0.00
0.14
鉄
Fe
μg/dL
40
188
免疫グロブリン
IgG
m g/dL
861
1747
免疫グロブリン
IgA
m g/dL
93
393
M
33
183
F
50
269
138
免疫グロブリン
IgM
m g/dL
補体蛋白
C3
m g/dL
73
補体蛋白
C4
m g/dL
11
31
ヘモグロビンA 1c
H bA 1c
%(N G S P )
4.9
6.0
12
上限
基準範囲と臨床判断値について(患者向け)
採血で得られた検査結果を判断するために“基準範囲”と“臨床判断値”があります。
“基準範囲”と“臨床判断値”は設定方法や定義が全く異なるので、医学的に違う指標で
あり、診療での使用意義は異なります。
以下に“基準範囲”と“臨床判断値”について説明します。
基準範囲
一定の条件を満たす健康と思われる方を募集し、採血して測定で得られた値の分布から、
その 95%の領域を統計学的に処理して求めた値の分布幅のことです。このため、健常者で
も測定値が基準範囲から外れることがあります。
健康人から得られたその分布幅は検査結果を判断する“ものさし”として大変有用ですが、
これは病気の診断やリスクの評価、治療の目標のために作成されたものではありません。
臨床判断値
検査値を用いて、特定の病気に関して、その診断、予防や治療、予後についての判定を
行う際の基準となる値です。
臨床判断値は臨床的意義と値の設定方法から“診断閾値”、
“治療閾値”、
“予防医学的閾値”
の3つに大別されますが、“予防医学的閾値”について説明します。
[予防医学的閾値]
疫学的調査研究の結果から、特定の疾患の発症リスクが高いと予測され、予防医学的な見
地から一定の対応が要求される検査の限界値のことです。代表的なものに LDL コレステロ
ールや尿酸値、血糖値があります。
ある特定の病態には意味がある数値ですが、その特定な病態以外においては使用されるこ
とが想定されていない数値です。
予防医学的閾値一覧
項目
単位
値
UA
mg/dL
7
根拠となるガイドライン
監修・著編者
GLU
mg/dL
109
TG
mg/dL
150
HDL-C
LDL-C
mg/dL
mg/dL
40
140
TC
mg/dL
220
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2002
日本動脈硬化学会
年版
TB
ALT
mg/dL
U/L
1.2
30
専門医との協議による
専門医との協議による
高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン
日本痛風・核酸代謝学会
第2版
科 学 的 根拠 に基 づく 糖尿 病診 断ガ イド
ライン 2013
日本糖尿病学会
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012
日本動脈硬化学会
年版
13
体質性黄疸の鑑別値
病理学的所見上での上限値
共用基準範囲採用状況(平成 27 年 12 月時点委員会調査)
1. 既導入施設
新潟大学医歯学総合病院
東京大学医学部附属病院
日本大学医学部附属板橋病院
三重大学医学部附属病院
富山大学病院(CBC、免疫のみ採用)
富山大医学部附属病院(一部で採用)
岐阜大医学部附属病院
奈良県立医科大学附属病院
奈良県立西和総合医療センター
奈良県立総合医療センター
神戸大医学部附属病院(Ca のみ採用)
宝塚市民病院
福井大学医学部附属病院検査部
岡山大学病院
川崎医科大学病院
九州大学病院
宮崎大学医学部附属病院
福岡大学病院
久留米大学病院
産業医科大学病院
佐賀県医療センター好生館
大分大学医学部附属病院
琉球大学医学部附属病院
2. 導入予定施設
獨協大学越谷病院
東海中央病院
近畿大学医学部附属病院
天理よろづ相談所病院
大分県立病院
長崎大学病院
長崎原爆病院
長崎みなとメディカルセンター市民病院
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3. 共用基準範囲採用医師会
岡山県医師会
福岡県医師会
4. 共用基準範囲採用技師会
岡山県技師会
福岡県技師会
宮崎県技師会
長崎県技師会
5. 共用基準範囲採用団体
JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)
日本製薬工業会
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Q&A集
Q1.地域差を考慮しないで全国同一の基準範囲でよいのか。
今回統合した3調査の基準個体のデータ(総計8,793 例から、男女比・年齢分布を調整
した6,345 例)の特性は、表 のとおりです。いずれも基準個体の選別基準や採血条
件はほぼ同じであり、測定値は標準化・調和化が達成された状態にあるとみなされま
す。なお、日本臨床衛生検査技師会と福岡5病院会の調査では、基準個体の募集・採
血と測定は、各参加施設で実施されたため、データの統一は、測定値に地域差がない
ことが前提となります。しかし、IFCC のプロジェクトでは、全試料を中央一括で測
定されましたが、そのデータから日本国内では測定値に地域差はないことが確認され
ました[1,2]。実際上、3調査間の測定値を検査項目ごとに比較しまたが、大きな差異
を認めなかったためデータを統合して扱えると判断しています。
3 調 査 の 基 準 個 体 デ ー タ 特 性 測定施設
募集対象
IFC C プロジェクト
日臨技調査
福岡5病院会
46施設で採血
中央一括測定
105施設で
採血・測定
6施設で採血・測定
主に医療従事者関係者 主に医療従事者関係者 主に医療従事者関係者
年齢
20〜65
18〜65
20〜72
地域
北海道〜沖縄
北海道〜九州
福岡県
1985
3231
1129
8,781,107
13,721,859
483,646
認証標準物質校正
認証標準物質校正
認証標準物質校正
基準個体数
男性数、女性数
測定値標準化
Q2.測定法が変わらないのに、基準範囲だけ変わるのは理解できない
検体検査の測定法は標準化が進み、精度管理が適正に行われている施設間のデータ
は十分に共有可能な精度が保証されています。しかしながら、基準範囲については統
一化が望まれながら、進展していなかった実情があります。言い換えれば、同じ検査
結果に対する解釈が、基準範囲が統一されていないがために施設ごとに異なってしま
っています。全国の施設が共用基準範囲を採用することで、この状況が是正され検査
情報の共有化に繋がると考えます。
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Q3.基準範囲は絶対的なものではないので、多少のずれは問題ないのではない
か。また、区切りのよい数値を採用してもよいのではないか。
現実問題としては、医師が臨床判断をするうえで基準範囲の多少のずれは問題ない
と考えられます。また区切りのよい数値は覚え易いことが利点でしょうが、厳密な統
計処理によって算出された数値を勝手に改変したことになり好ましくはないと考えま
す。根拠を求められた時、「これは区切りのよい数値に変更した」という非科学的なこ
ととなってしまいますし、統一性を欠くことになります。
Q4. CBC については機種間差が激しい。各施設が同一の基準範囲を使用する
ことはできないと考えられる。
各リソースの血算測定機器の調査を行い、機種間差のSDRを求めた結果、個々の機
器は0.5 未満であったため、すべての機器の結果を統合して基準範囲を設定しました。
国内で計80%以上を占める主要な機種間においては、統計的に有意差はないことが確
認できたと思っております。血算には生化学項目における標準物質に相当するものは
ないため、国内で使用されている全ての機種で共用基準範囲を使用できるとは断定で
きません。また、ご指摘のように、新鮮血液による外部精度評価の結果からは、年度
により項目によっては機種間差が報告される例もみられるため、外部精度管理調査の
評価を受け、正確さを継続的に確認することを、共用基準範囲を利用するにあたり留
意していただきたいと思います。
各医療機関において、実際に使用されている基準範囲間には相当大きなばらつきがあ
ります。共用基準範囲を使用していただく事でむしろ基準範囲のばらつきに由来する
問題が是正されることを期待します。
Q5. LDLコレステロール等は使用する試薬によって測定値が異なるが、同じ
基準範囲を使用することに問題はないのか
共用基準範囲は健常者のデータを基に作成された、健常者の基準値の分布幅です。LDL
コレステロール等で測定値に差が生じるのは、脂質異常症等の脂質代謝に問題がある
場合で、健常者の場合は殆ど問題となるような差は生じません。そのため、共通の基
準範囲を用いることに問題はないと考えます。
参考までに、日本動脈硬化学会のLDLコレステロールの測定法に関するコメントを掲
載します。
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日本動脈硬化学会は平成 22 年 4 月 26 日、東京都内で記者会見を開き、LDL‐コレス
テロール(LDL-C)の直接測定法に関して、測定に用いるキットの標準化が不十分など
の問題があることから、臨床の場では直接測定法ではなく、総コレステロール(TC)
や HDL-コレステロール(HDL-C)、トリグリセライド(TG)から求める Friedewald
の式(F 式)を使うよう呼び掛けた。会見した寺本民生副理事長によると、LDL-C の
直接測定法の測定精度をめぐっては、近年、正常範囲にある LDL‐C の値の検出には
ほぼ満足できるが、脂質異常症や TG が特に高い例などでは「外れ値」を出すものが多
いなど、問題が指摘されていた。
Q6. 臨床判断値の扱いが納得できない
これまでは基準範囲と言いながら、臨床判断値が混在した基準範囲が用いられてお
り、これが基準範囲の混乱を招く一因となっています。また、臨床判断値は、ある特
定の病態には意味がある数値ですが、ある特定の病態以外では使用が想定されていな
い数値です。今回の基準範囲改訂では、基準範囲と臨床判断値の使い分けを明確にす
るために共用基準範囲を基本とし、臨床判断値を附記することとしましたが、臨床判
断値の使用を否定するものではありません。よく問題となるのは、臨床判断値(予防
医学基準値)が存在する項目(例えば、LDL-C 139mg/dL、尿酸7mg/dL)では、それ
を基準範囲の上限値とすべきで、新たな設定は無用とする考え方です。しかし、臨床
検査の意義やニーズは、臨床病態や年齢によって大きく異なり、臨床判断値(予防医
学基準値)を全ての場面で適用すべきではないと考えます。実際上、臨床判断値(予
防医学基準値)とは反対側の基準範囲下限値が臨床的に重要となることも多く(栄養
不良により、LDL-C, 尿酸値の低下など)、健常者の測定値の分布幅としての基準範囲
は、やはり測定値を解釈する目安として必要となります。
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共用基準範囲に賛同している団体名一覧
日本医師会
日本臨床検査専門医会
(一社)日本動脈硬化学会
(一社)日本肝臓学会
(一社)日本内科学会
(一社)日本臨床衛生検査技師会
(一社)日本臨床検査医学会
(一社)日本臨床化学会
(一社)日本分析機器工業会
(一社)日本検査血液学会
(一社)日本臨床検査薬協会
(一社)日本肝臓学会
(一社)日本血液学会
(一社)日本臨床検査自動化学会
(一社)HECTEF
(公社)日本小児科学会
(一社)日本輸血・細胞治療学会
(一社)日本泌尿器科学会
(一社)日本医療機器学会
(公社)日本臨床検査同学院
(一社)日本血栓止血学会
(公社)日本臨床細胞学会
(一社)日本内分泌学会
(一社)日本医療機器工業会
(一社)日本腎臓学会
(公財)日本適合性認定協会
(一社)日本糖尿病学会
(一社)保健医療福祉情報システム工業会
(一社)日本臨床ウイルス学会
(公財)予防医学事業中央会
(特非)日本ビタミン標準化検討協議会
(一社)検査医学標準物質機構
(公財)全国労働衛生団体連合会
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