CA19-9の測定値からルイス式血液型抗原陰性例を推定する検討

松仁会医学誌46
(1)
:7∼11,2007
CA19 - 9の測定値からルイス式血液型抗原陰性例を推定する検討
−CA19 - 9非産生〔Le(a - b - )〕例選別の試み−
江後京子,村上由美,塩崎尚子,中島康仁,
山田祐一,茶谷 昇,東山孝二,建部 敦*
松下記念病院 中央臨床検査部
*松下記念病院 中央臨床検査部 臨床病理室
要旨:CA19 - 9(carbohydrate antigen 19 - 9)は,日本人の5∼10%に存在するルイス
式血液型抗原陰性Le(a - b -)例では,癌が発生してもCA19 - 9は産生されず,腫瘍マー
カーとして利用できないことが知られている.しかしCA19 - 9測定のためにルイス式
血液型判定を実施することは経済的に難しい.そこで,今回CA19 - 9測定値が4U/mL
以下であった182例の測定値と測定時に得られる電気化学発光量(シグナル値),ル
イス式血液型との関係を調査し,測定値からLe(a - b -)例を選別できるか検討した.
結果,すべてのLe(a - b -)型109例が最低検出感度である0.6 U/mL未満に測定され,
そのシグナル値は0 U/mLの対照シグナル値付近に分布した.Le(a - b +)型73例中1例
が検出感度未満に含まれたが,72例は測定値が 0.6 U/mL以上であり,Le(a - b -)群
とLe(a - b +)群のシグナル値には有意差を認めた.このことからCA19 - 9検出感度未
満例は高確率にLe(a - b -)例であることが示唆された.今回の結果を測定値と合わせ
て臨床に報告することにより,適切な腫瘍マーカーの切り替えを促すことができる
と考えられた.
キーワード:CA19 - 9,ルイス式血液型,腫瘍マーカー
はじめに
される糖鎖抗原であり1),NS19 - 9が認識する抗原
決定部位は細胞膜表面に位置するルイス式血液型
CA19 - 9(carbohydrate antigen 19 - 9)は,消化
のうち,ルイスA糖鎖(Le a)にシアル酸が付加し
器癌,特に膵,胆嚢,胆管癌において高い陽性率
たシアリルルイスA(sialyl Lewis A antigen,sL e a)
を示すことからこれらの腫瘍マーカーとして,ま
である.sLe a はCA19 - 9前駆体(sialyl Le c)にフ
た治療効果判定,経過観察の指標としても利用さ
コースがついたものであるが,この反応にはフコー
れており,当院ではCEA(carcinoembryonic
ス転移酵素の1つであるα1-4fucosyl transferaseが
antigen)に次いで測定件数の多い検査項目となっ
必須である.日本人の5∼10 %の割合に存在する
ている.
L e( a - b - )例 は , この酵素が欠損しておりsLe a
CA19 - 9は大腸癌培養細胞を免疫抗原として作
(CA19 - 9)を産生できない2).よってLe(a - b -)例で
製したモノクローナル抗体NS19 - 9によって認識
は,癌が発生しても血清CA19 - 9値は常に測定感
度未満であり腫瘍マーカーとして利用できないこ
2007年年1月23日受付
連絡先:〒570-8540 守口市外島町5-55
松下記念病院中央臨床検査部(江後京子)
とが知られており,
(sialyl Le c)であるDUPAN-2や
Ⅱ型糖鎖抗原であるSLXなどを代用するように推
8
江 後 京 子 ほか
奨されている3−6).
表1 182例のルイス式血液型別および0U/mL時のシグナル値
現状では臨床においてCA19 - 9測定値の解釈は,
phenotype
n
Le(a-b-)
109
2147±157
Le(a-b+)
73
4661±468
Le(a+b-)
0
Le(a+b+)
0
シグナル値
結果が感度未満であるとLe(a - b -)例を考慮せずに
基準値内として認識されることが多い.そのため,
Le(a - b -)症例で診断や経過観察にCA19 - 9を利用
すると判定を誤る可能性がある.しかしこの対策
*
として,ルイス式血液型のタイピングを行い,Le
0U/mL
(a - b -)例を検出することは,手間やコスト面を考
13
(生理食塩水)
2299±100
えると現実的ではない.
* P<0.0001.
そこで今回,Le(a - b - )例におけるCA19 - 9測定
を減らすことを目的として,ルイス式血液型別の
CA19 - 9測定値を調査し,測定値からLe(a - b -)例
換算する.
この試薬・装置から得られる最低検出感度は0.6
が選別できるか試みた.
U/mLであり,感度未満の場合,実数換算されな
いため当院では,整数表記の「1 U/mL以下」と
対象および方法
報告している.そのため測定値の分布だけでは,
2006年5∼9月に当院にてCA19-9測定値が4
感度未満例の血液型の分布が評価できないためシ
U/mL以下であった患者182例を対象に,ルイス式
グナル値も調査した.次に測定値が感度未満のシ
血液型判定を行い,血液型別の測定値の分布を調
グナル値の分布と,0 U/mLのシグナル値を比較
査した.ルイス式血液型判定用抗血清には,
した.0 U/mLのサンプルは生理食塩水を用いて,
a
Seraclone-Anti-Le ,およびSeraclone-Anti-Le
週1回ずつ3カ月間のCA19 - 9測定(n=13)を行い,
b
(バイオテスト社)を用いて試験管法にて実施し
平均シグナル値を0 U/mL時のブランクシグナル
た.CA19 - 9測定は,エクルーシスCA19 - 9試薬Ⅱ
値(BS値)とした.有意差検定には,Mann-
および測定装置モジュラーアナルティクスE(ロ
Whitney’
s U testを用いて,p<0.05を有意水準と
シュ・ダイアグノスティックス社)を用いた.本
した.
試薬の原理である電気化学発光免疫測定(ECLIA)
結果
法は,CA19 - 9抗体を標識した化学発光物質と電
子供与物質を用いて,酸化還元反応より得られる
励起発光量(シグナル値)を光電子倍増管でカウ
対象者182例のルイス式血液型は,Le(a - b -)型
ントし,あらかじめ標準液(既知濃度)に対する
109例,Le(a - b +)型73例であり,Le(a + b +)型お
シグナル値から作成された検量線を用いて濃度に
よびLe(a + b - )型は検出されなかった.シグナル
0.6
2.0
3.0
4.0
CA 19-9値
20
15
件
数
10
(人)
□ L e(a-b-)
■ L e(a-b+)
Le(a-b-) Le(a-b+)
0.6U/mL未満
0.6U/mL以上
5
109
0
0
1900 2200 2500 2800 3100 3400 3700 4000 4300 4600 4900 5200 5500 5800
BS値
図1
シグナル値
ルイス式血液型別のCA19-9測定値,シグナル値の分布と0.6 U/mL未満,以上の血液型別の頻度
1
72
CA19 - 9非生産性例選別の試み
9
9濃度が微量な場合,検出感度未満を示すことが
20
Le(a-b-)59例
Le(a-b+)1例
15
あった.そのためLe(a - b -)例の特定は,CA19 - 9
値が連続的に感度未満,かつ他の腫瘍マーカーが
頻
度 10
(人)
異常値である症例にのみルイス式血液型判定を行
5
きない旨を報告していた.しかしこの方法は煩雑
0
い,Le(a - b -)型であれば臨床にCA19 - 9が利用で
であり,他の腫瘍マーカーが基準値内であれば,
2100
2200
2300
2400
2500
2600
2700
BS値
2800
シグナル値
図2 別ロット試薬におけるルイス式血液型別のシグナル値の分布
ルイス式血液型判定を実施しないため,多くのLe
(a - b - )例は無意味な検査を続けざるを得なかっ
た.
今回,新測定法の導入により最低検出感度が0.6
U/mLと低濃度域の精度が向上したことを機会に,
値の平均値±標準偏差は,Le(a - b -)型2147±157,
CA19 - 9低値域におけるルイス式血液型別の分布
Le(a - b +)型4661±468と有意差を認め(p<0.0001),
を調査した.結果,Le(a - b - )群のシグナル値は
Le(a - b - )群のシグナル値は明らかに低値であった
Le(a - b + )群に比べ有意に低値を示し分布に偏り
(表1).BS値の平均値±標準偏差は2299±100であ
を認めた.またLe(a - b - )群はBS値と比較しても
り,Le(a - b -)群と比較しても有意差は認められな
差は認められず,0 U/mL付近に分布しているこ
かった.
とが確認できた.すべてのLe(a - b -)型109例が検
血液型別のCA19 - 9測定値とシグナル値の分布,
BS値をグラフに示す(図1).グラフに示すよう
出感度未満であった(感度:100%)が,Le(a - b +)
型1例が感度未満に存在した(特異度:98.6%)た
にBS値付近にLe(a - b - )例の分布がみられること
め,本法では,完全にLe(a - b -)例とLe(a - b +)例
から,Le(a - b -)例はCA19 - 9試薬に反応していな
を選別できないことがわかった.しかし一方では,
いことが示唆された.しかし,Le(a - b + )型73例
ルイス式血液型を実施せずにCA19 - 9測定値から
中,1例が0.6 U/mL 未満に検出された.
高確率にLe(a - b -)例を選別することが可能である
次に試薬による変動を調べるため,別ロット試
ことも明らかになり,これは花田らのRIA法,EIA
薬を用いて調査を行った.182例中,0.6 U/mL未
法のCA19 - 9測定値からの高確率なLe(a - b -)例抽
満かつ追跡可能であった60例〔Le(a - b -)型59例,
出が可能であったとの報告と一致した8).
Le(a - b +)型1例〕と生理食塩水を別ロット試薬で
Koprowskiらは,Le(a - b - )例ではCA19 - 9値は
測定した.検体と生理食塩水は,試薬ロット差に
上昇しないことを,CA19 - 9開発当初より問題点
よるシグナル値の変動が認められたが,すべての
としていた1).その後Span-1,DUPAN-2,SLXな
検体は0.6 U/mL未満に検出され,BS値付近のLe
どの腫瘍マーカーが開発されたが,CA19 - 9に比
型の分布に変動は認められなかった(図2).
(a - b -)
べて慢性肝疾患などの偽陽性率が高いなどの理由
また,感度未満であったLe(a - b + )型症例は,試
により,現在でもCA19 - 9が膵癌・胆道癌の腫瘍
薬ロットによる差は認めなかった.
マーカーの中心となっている9).
このように膵・胆道系腫瘍マーカーとしての
考察
CA19 - 9の役割は重要である反面,日本人に頻度
の高いLe(a - b -)例を念頭に置かないと測定値の判
CA19 - 9は広範囲な測定値を呈するため,これ
定を誤り,また無駄な検査をすることになる.そ
まで低濃度域の精度はあまり重要視されていな
こで,この腫瘍マーカーの特長を理解し活用する
かった.しかし近年,新測定法の開発,抗体の特
例の選別が有用となる.今後,
ためには,Le
(a - b -)
異性向上7)により高精度かつ広範囲の測定が可能
臨床への結果にLe(a - b -)例の可能性を併せて報告
となった.
することは,他の腫瘍マーカーへの変更やルイス
当検査室では2004年9月に新測定法を導入した.
それ以前の測定法は低値域の精度が低く,CA19 -
式血液型の精査などを促すことができ,Le(a - b -)
例のオーダーメイド医療につながると考える.
10
江 後 京 子 ほか
本研究の限界
04)Narimatsu H,Iwasaki H,Hirohashi S,et al.
Lewis and secretor gene dosages affect CA19 -
本研究では,Le(a - b -)例を高確率に選別するた
9 and DU-PAN-2 serum levels in normal
めの手段であり,ルイス式血液型に代わる検査法
individuals and colorectal cancer patients.
ではない.
Cancer Res 1998; 58: 512-518.
05)Kawa S, Oguchi H, Homma T, et al.
まとめ
Elevated serum levels Dupan-2 in pancreatic
cancer patients negative for Lewis blood group
CA19 - 9新測定法から得られる測定値とルイス
式血液型との関係を調査した結果,検出感度未満
は高確率にL e(a - b -)例であることが確認された.
この結果から,CA19 - 9測定値が検出感度未満の
phenotype.Br J Cancer 1991; 64: 899-902.
06)川茂 幸.ルイスA群糖鎖マーカーの類似性.
臨検 1995;39:1307-1308.
07)関 口 仁 , 佐 賀 和 子 , 石 橋 み ど り , 他 .
場合,L e(a - b - )例の可能性が高いこと合わせて
ECLusys2010を用いたCA19 - 9測定用改良試薬
報告することは,CA19 - 9の適正な利用につなが
「エクルーシスCA19 - 9Ⅱ」の基礎的検討.医
と薬学 2001;45:473-480.
ると考える.
08)花田浩之,竹岡啓子,金倉 譲,他.CA19 - 9
文献
測定におけるLewis式血液型Le(a - b -)型患者
の除外法の試み.日臨検自動化会誌 2003;
01)Koprowski H,Brockhaus M,Blaszczyk M,
et al. Lewis blood-type may affect the
incidence of gastrointestinal cancer.Lancet
1982; 8285: 1332-1333.
02)内川 誠:赤血球型.遠山 博,他編.輸血学.
改訂第3版.東京:中外医学社:2004.p.181183.
03)梶井英治:最新血液型学.第1版.東京:南
山堂;1989.p.114-119.
29:138-142.
09)多田 稔,川邊隆夫、小俣政男.膵癌・胆道系
腫瘍マーカー.検と技 2006;34:561-563.
CA19 - 9非生産性例選別の試み
11
The Correlation Between CA19 - 9 Levels and Lewis Blood Phenotype
ー Utilizing CA19 - 9 Tumor Maker Properly ー
Kyoko Ego, Yumi Murakami, Naoko Shiozaki, Yasuhito Nakajima,
Yuichi Yamada, Noboru Chatani, Koji Higashiyama and Atsushi Tatebe*
Central Laboratory, Matsushita Memorial Hospital,
Department of Clinical Pathology, Matsushita Memorial Hospital*
CA19 - 9, a serum marker for pancreatic cancer, results in false-negative findings for patients with the Lewis blood
group-negative phenotype [Le(a - b -)], because these individuals can not synthesize sialyl Le a(CA19 - 9). The
frequency of Le(a - b -) individuals is approximately 5-10% among Japanese. In this study, we investigated the
correlation between Lewis phenotype and signal-count values obtained by CA19 - 9 measurement on our examination
of 182 Japanese samples that showed low CA19 - 9 levels (under 4 unit/ml), and tried to distinguish Le(a - b -)
individuals from others based by CA19 - 9 levels without testing the Lewis blood group typing. All of the Le(a - b -)
individuals (109 samples) showed undetectable CA19 - 9 levels (under 0.6 unit/ml). Most Le-positive individuals
showed CA19 - 9 values over 0.6 unit/ml, while one Le-positive individual showed an undetectable CA19 - 9 level. As
a result, we could not completely distinguish Le(a - b -) individuals from the others based on CA19 - 9 levels alone.
However, we showed that serum samples with a CA19 - 9 levels below 0.6 unit/ml exhibited a high-probability of
being from Le(a - b -) individuals. In conclusion, in cases showing a CA19 - 9 level below 0.6 unit/ml, CA19 - 9 maker
test must be considered noninformative, even though there are very rare exceptional cases. Therefore, in clinical
practice the patient should be advised of the possibility of Le(a - b - ) phenotype, and other tumor maker(s)
recommended.
Key words: CA19 - 9, Lewis blood type, Tumor maker