人工知能 コンピュータは人間を越えるか?

人工知能
コンピュータは人間を越えるか?
D.N.L(ベトナム)理科一類
要旨:
歴史上で科学技術が最も早く発展している今日では、機械の開発によって人間
は一歩一歩単純な労働から解放されており、もっと効果的に働いている。しかし、それも
我々に対して、機械がほぼ全てができる将来社会における人間の役割についての簡単では
ない質問を投げかけている。その答えを目指して、本論では脳と機械の仕組みの比較に基
づき、知的活動で機械が人間を越える可能性について討論したいと思う。
キーワード: 脳、知能、人工知能、コンピュータ
0.
はじめに
近年、コンピュータ科学と技術が急速に発展している。いろいろな分野でコンピュータ
は人間と肩を並べている。人間よりコンピュータの方が優れた仕事もだんだん多くなって
いる。有名な例は、1997 年に IBM のスーパーコンピュータ、ディープ・ブルーはチェス
という知的なゲームでの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを打ち負かした事である。
確かに、現在にはたくさんのことでコンピュータはまだ人間と比較できないが、将来で
もそうである保障はないだろう。そのため、
「コンピュータは人間を越えるか」、そして「ど
の面で越えるか」は実際的な質問だと思われる。
では、人間の知能と人工知能を比較するために、人間の方から始めて見よう。
1.
人間はどこまで機械か。
人間は全ての動物の中でもっとも高度な知能を持っている。そして、人間にあって、機
械にないものというと、皆さんはすぐに知能とか感情とかを思い浮かべるだろう。
まず、人間の知能活動の源である脳の仕組みについて説明し、それはどのように機械と
似ているか、または違うかについて示したいと思う。
次の例を考えて見よう。我々は触覚というものがあるので、何かに触れると感じるわけ
である。熱いものに触れると「痛い」と感じるし、すぐ手を引っ込めるはずだ。手に何か
刺激を与えると、手には感覚細胞という小さな細胞がたくさんあって、そこから電気信号
が出る。その電気信号がいろいろ中継器官を通って脳に行く。脳の中で、その電気信号が
処理されて、「痛い」、「心地よい」のような様々な感覚が生じる。そして、「痛い」ならば
脳から筋肉に向かって別の電気信号を送って、手を引っ込めようとする。
触覚や伝達だけではなく、人間の全ての知能活動は電気信号の処理によって行うわけで
ある。電気信号を生じ、送り、処理し、また送るという過程は非常に機械的である。何か
刺激に対して、反応が起こるだけなら、機械でもできる装置はいろいろあるだろう。
しかし、人間の場合は、上の例で手を引き込めるという反応が生じるだけではない。「痛
い」などという感覚も感じ、今後熱いものと判断すれば触れないようにという学習もでき
るのである。判断や学習などの処理は、高度な機械ではなければ実行できないだろう。
特に、感覚という性能は人間の頭脳以外の物に存在する可能性があるかどうかは、まだ
はっきりしていないのである。
2.
コンピュータと人工知能。
コンピュータ(computer)は、広義には計算機、狭義には計算開始後は人手を介さずに計
算終了まで動作する計算機である。純理論的には、チューリングマシンと等価なものを指
す。日常的にはパーソナルコンピュータ(パソコン)を指して「コンピュータ」と呼ぶこ
とも多い。なお、日本の法律上での呼称は「電子計算機」とされており、「電子頭脳」とい
う通称でも呼ばれる。
コンピュータも人間の脳のように電気信号を使っている。しかし、脳と違って、コンピ
ュータでは情報は信号の振幅、つまり信号が強いか、弱いかと言うことで表すのではなく、
電圧の高いか低いかと言う状態とその順番(時間と共に信号の変化)で情報を表し伝える。
それは数学的にいうと、コンピュータは 2 進数を使って、0 と 1 で全ての情報を表す。
コンピュータで情報を処理する基礎単位はトランジスタなどの電子部品である。それは
どうも人間の神経細胞と同じ役割をしていると思われる。そのため、もし十分多くの電子
部品を使えば人間の頭脳の機能を持つスーパーコンピュータができると考えられるだろう。
人工知能はその考えと似ているアイデアに基づいての科学分野の一つである。
人工知能は、英語では Artificial Intelligence というが、省略されて AI と呼ぶことが多
い。人工知能はどういう意味かというと、「機械に人間と同様の知能を実現させようという
試み、あるいはそのための一連の基礎技術をさす」と言うことである。ここで、機械とい
っても、普通はコンピュータであると考えても良い。
では、知能とはいったい何だろうか?Wikipedia 百科辞典によると「知能」
(intelligence)
とは、「ヒト・動物の脳において、情報を処理し、情報を記録・再生し、処理結果を適切に
出力すること、またこれらの過程を活性化することをさす。この過程は同時進行的に行わ
れる。一般には、この過程をより適応的に、効率よく、より速く行う場合に知能が高いと
形容する」。そして、知能活動は情報処理過程の性質によって、次のいくつかに分類される:
•
論理、推論:情報と情報が正しく関連するかどうかを検討することと情報から、
通常より一般化できるような情報を導くこと。それは数学の定理の証明などによ
く使う過程である。
•
判断、直観:微妙な、不十分な情報から経験に基づいて結論を導くこと、直接に
知的に把握することである。
•
学習:入力情報を整理・分類し記憶すること。あるいは外界との相互作用の中か
ら解決方法を産出し、記憶することなど。
•
問題解決:外的・内的な問題を把握し、外的・内的に思考錯誤したり、関連する
記憶を再生したりしながら解決方法をみつけること。
3.
コンピュータは人間を越えるか。
では、冒頭に述べていた質問に戻そう。「コンピュータは人間を越える」と「コンピュー
タは人間を越えられない」のいずれにも色々な理論がある。
「コンピュータは人間を越える」を支える派は次のいくつかの理由を挙げるだろう。
1.
人間の知能活動の源は脳である。そして、脳は物質的な存在であり、ある種の機
械と考えてよいだろう。そのため、脳の全ての性能を持つ人工のものが原理的に作
れられるはずだ。つまり、今ではないが、将来いつか人工のものが人間の頭脳に負
けないという可能性がある。
2.
機械も学習ができる。コンピュータはハードウェアという装置、記録されたプロ
グラムとデータから成り立つ。コンピュータのハードウェアは自身成長しないが、
プログラムとデータの成長によって良くなることができる。例えば、Alice というプ
ログラムと話し合うとき、私はフランス語で「Bonjour!」と挨拶して、彼女は分か
らないで、黙っていた。後は、
「Bonjour」の意味を教えられてから、私は「Bonjour!」
と話すと彼女も「Bonjour!」と答える。それは、ある意味でコンピュータは学習に
よって成長する機能を持っているとは言える。したがって、十分時間で勉強、成長
させるとコンピュータは人間の頭脳に負けないかもしれない。
3.
現在でも、いくつかの知的な仕事で、コンピュータは既に人間を越えた。例えば、
推理、計算の速度と正確性では、コンピュータの方がはるかに優れていた。そして、
コンピュータができることはだんだん広がっていく。だから、コンピュータはいつ
か人間頭脳を越えると期待するのは空想的な考えではない。
しかし、反対に「コンピュータは人間を越えない」という説を裏付ける理由も多数ある。
次に、そのいくつかを考察しよう:
1.
コンピュータは既に決められたいくつかの規則に従って作動するため、その行動
と結果は前もって分かることができる。それに対して、人間の行動は決定論的では
ない、だから予測はできない。その自由意志は何かの新しいことを研究するのに非
常に大切である。コンピュータには、その自由意志は存在しないので、人間を越え
られない。しかし、人間には決定論がないとも言えないだろう。例えば、ある友達
をよく知っているという場合に、彼はどういう行動をするかは予測できるだろう。
だから、人間でもある程度決定論であると考えられる。
2.
同じ理由で、コンピュータには創造性がないので人間を超えられない。それは本
当であるかについて、私は実はよく分からないのだが、次の実験結果には驚いた。
ある幾何学の問題を解決するプログラムは賢い証明を見つけた。
「二等辺三角形 ABC
は AB=AC とすれば角 B イコール角 C と証明しよう」という問題に対して、ほとん
どの学生はこのようにするだろう。
「M は BC の中点とおく。すると、三角 ABM と
ACM は三つの辺のペアが等しいより、二つの三角も等しいである。したがって、角
B イコール角 C」。上の解き方は新しい点 M を入れる必要があるが、このプログラ
ムはもっと簡単な解を上げた。
「三角 ABC と三角 ACB は三つの辺のペアが等しいた
め、等しいである。したがって、角 B イコール角 C」。確かに、コンピュータプログ
ラムの証明の方はきれいであり、そしてこの証明はプログラマーによって教えられ
なかったものである。それが創造だと認めてもよいのではないかと私は思う。
3.
コンピュータには理論より優れた「直観」というものはない。そして、その直観
は知的活動で重要な役割を果たしている。そのため、コンピュータは人間を完全に
越えない。確かにそうだが、この理由にはまだ反論の余地がある。一つは、本質的
に直観とは何であるかはまだよく分からない。もう一つは、人間の直観は多くの場
合で間違いであるため、本当に理論よりに優れるか疑問を持っている。先のチェス
の例では、人間の推論と直観は機械の計算速度に対して勝利を得られなかったこと
が分かるのだ。
4.
コンピュータは人間の手段の一つに過ぎないため、コンピュータができることは
見方を変えると人間ができることだ。ただ、人間はコンピュータを通してそのこと
を実現する。また、コンピュータの動作を全て決める規則は、コンピュータを作る
人間は知っているはずだ。逆の方向は正しくない。そのため、根本的な知識では、
コンピュータより人間が優秀だ。したがって、コンピュータは人間を越えられない。
4.
結論
「コンピュータは人間を越えるか」という質問に対して、いろいろな意見があるが、全
体的な結論はまだないようである。しかし、この質問を答えようとするところ、我々は自
分自身についていろいろ分かるようになったに違いない。
18 世紀から始めた産業革命によって人間は単純な労働から解放された。20 世紀にコンピ
ュータの誕生によって、人間はまた単純な神聖労働から解放されている。そして、生まれ
てからコンピュータの性能がだんだん良くなっている。人間は機械によって仕事を取られ
るのではなく、むしろ機械によって制約から解放されるように、今から将来の社会におけ
る人間の役割とは何であるかを明確にし、その役割に向かって人材を作る必要があると思
っている。
参考文献:
①
野崎昭弘、「人工知能はどこまで進むか」、岩波書店,1988.
②
Pamela McCorduck, “Machines who think”, W.H.Freeman and Company,
1979.
③
P.H.Winston, “Artificial Intelligence”,
④
Wikipedia, the free encyclopedia, http://en.wikipedia.org, 「人工知能」、
「知
能」
Wesley Publishing Company, 1977.