園芸活動がもたらす治療効果に関して

園芸活動がもたらす治療効果に関して
作業療法室 坂場泰斗 浦上明日香
かも個々の作業は定型的であるが、作る野菜や育て
園芸活動がもたらす治療効果に関して
る植物とその成長過程により作業は変化に富んで
作業療法室 坂場泰斗 浦上明日香
Ⅰ.はじめに
いる。そのため、個々の能力やその時の状態に関わ
らず、個々に応じた役割活動が行え、年齢・障害の
当院では、作業療法の一種目として園芸が取り入
程度を越えて、対象を選ばないことが特徴である 3)。
れられている。園芸という活動が作業療法としてど
また、園芸には、生活のリズム作り、適切な自己
のような効果をもたらすのか、文献をまとめ、現在
表現など、生活指導や SST の対象にもなっている
当院で行われている園芸活動を振り返る。
多くの目標が内包されている。しかも内包される目
標は似ているが、自分が植えた野菜を育てるため、
Ⅱ.余暇活動における園芸
余暇開発センターの 1995 年度の余暇活動調査
野菜の成長に合わせて行う日々の世話が自ずと自
1)
らの生活リズムを整えるように、生活指導や SST
によると、園芸、庭いじりは趣味・創作部門で参加
とは手段が異なる。この受動から能動へと主体を移
率 34.2%で、第 3 位である。このことから、園芸は
し、活動そのものが目標を内包した具体的な体験の
作業療法で一般的に行われている革細工・手芸など
手段の違いが特徴といえる。この作業療法の特性で
を大きく引き離し、なじみのある活動であるといえ
ある主体的な生活活動の場が、イメージ化が苦手な
る。
ため一般化が困難といわれる統合失調症などに対
する SST の欠点を越え、自発的な生活技能訓練の
Ⅲ.治療としての園芸
場になる3)。
園芸は古来から作業療法の作業種目として、特に
園芸活動は実際に畑を使って行うだけでなく、プ
精神科領域や結核療養所などで治療に使われてき
ランターや花壇の一角など狭いところでも行える
た。近年、精神科の病棟に加え、各所のデイケアや
という利点がある。そのため、実際に歩くことが難
老人ホーム・グループホームなど、さまざまな施設
しい方でも水やりなどから気軽に参加することが
において園芸活動が行われている。
出来る。簡単な作業のみでも参加は可能なため、こ
大塚ら
2)は、多くの文献から、園芸活動の特徴と
れくらいならやってみるかというような取り組み
治療的意味を心理・精神面、身体面の 2 つに分け、
やすさがある。また、野菜や花の成長を見に行くだ
以下のようにまとめている。心理・精神面の特徴に
けでもと参加を促すことによって、活動性の向上や
は、攻撃性の発散、リラックスできる、責任感、忍
好奇心の駆り立てにもなりうる。
耐力や集中力がつく、五感すべてを刺激するため引
きもこもりを予防し、外部環境への関心が出て消極
Ⅳ.当院の作業療法としての園芸
性が解消され、社会生活へ慣れることができる。さ
1)概要
らに、他者への配慮、対人関係協調や、社会的称賛
を得ることができる、創造的活動であり、自己表現
時 間:週に 4 日、体操終了後の AM9:30~AM10:
30
の機会となる、自尊心を育てるなどがある。身体面
参加者:5~8 名程度。診察や買い物、体調など
の特徴は、筋力強化や ROM 維持拡大、あらゆる動
で人数の増減はあるものの安定して週
きを伴う、体幹バランス協調が挙げられている。
4 日行えているのが現状。参加者はほ
作業の内容は、種をまく、水を撒くなど、簡単で
はあるが欠かすことのできない作業から少し難し
ぼ固定の状況にあり、顔を知っている
患者同士で行っている。
い作業まで幅広い。生産から消費、遊びと、生活の
場 所:まゆみの里横の畑。調理室(できた野
基本的なものを全て含んでいて対象を選ばない。し
菜を使って料理を行う)
。OT 室(種の
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育成、次の作物についての話し合い等)
内
4)気分転換
容:栽培する植物や栽培の仕方についての
狭い空間から屋外へ出て、風に吹かれ日差しを
話し合い、土作り、種まき、畝作り、
浴び全身を動かす事で開放感を得ることができ
苗の植え替え、水まき、草むしり、収
る。
穫、調理、販売など。
①園芸倉庫にて長靴・麦わら帽子・軍手
5)思考力、想像力の維持向上
生長した姿を想像しながら野菜を育て、できた
を着用、その日に使用する道具を選び、
野菜がどんな料理に使えるかを想像する。出来上
畑へ移動する。
がりを考えながら配植したり、連作にならないよ
②それぞれ役割分担し、作業を行う。
うにするにはどこに何を植えたらいいかを考え
③終了時にはお茶を飲みながらその日の
るなど、考える機会が多くあり、思考力や想像力
活動を振り返る。
の向上に繋げる。
④道具を園芸倉庫まで持ち運び、片付け
を行う。
Ⅵ.経過と効果
新棟への引っ越し等をきっかけに休止していた
Ⅴ.目的
園芸活動は、2013 年 5 月より再開し、開放病棟の
1)他者との交流の機会を得る
病状の安定した方を中心に取り組んできた。以下、
複数人で協力し作業を行う場面が設定しやす
く、普段他者と交流の機会の少ない方にとって、
園芸活動の目的に沿って経過と効果を述べる。
1)他者との交流の機会を得る
重要な目的となる。畑作業だけでなく、準備・片
初めは OTR に教わりながら個々で作業を行
付けの際に道具を交代で持ったり、忘れ物がない
う、複数人で協力する場面でも会話がない、とい
か声を掛け合ったりすることも、自然に他者交流
うことが多かった。徐々に患者同士で教えあう姿
できる機会となる。
が見られるようになったり、それぞれが他者の行
2)体力の維持向上
動を見ながら自分の役割を決めたりなど、他者を
園芸活動での動作は全身を使うものであり、運
意識しながら活動を行えるようになった。月に一
動能力の維持や増進につながるとともに、新陳代
度作業療法室で行われている絵手紙教室に題材
謝の増進、心身の賦活にもなる。特に不安定で凹
として花や実を提供しよう、と患者から積極的に
凸のある地面の上で作業を行うことによって下
声が上がり、その題材を通し、園芸に参加してい
肢・体幹筋の維持向上、農具を使っての作業によ
ない患者との交流のきっかけにもなっている。ま
る上肢の筋力の維持向上が見込めるため、全身の
た、園芸を終えて帰ってきた患者に対し、他患や
運動になり、持久力の向上も見込める。
病棟スタッフから作物の様子を聞かれることが
3)達成感や満足感を得る
ある。それによってコミュニケーションのきっか
種をまき終わった時、芽が出た時、花が咲いた
けともなりうる。
時、収穫した時、食べた時、売れた時、各段階に
2)体力の維持向上
おいて、達成感や満足感を得ることができる。ま
園芸活動を行っていなかった時期には、特に
た、花を道路沿いに植えることによってデイケア
行う活動もなく作業療法室でテレビを見るだけ
の方や病院を訪れる方の目にも触れ、フィードバ
の生活をしていた患者が、園芸に参加することに
ックを受けることにより参加者の充実感にも繋
より、午前中身体を動かすという生活サイクルを
がる。
確立することが出来た。また、ぬかるんだ地面や
雑草の多く生えた地面など不安定な場所で作業
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を行うことにより、下肢や体幹筋の向上が見込め、 やスコアによる評価方法が有効だとされている 4)。
歩行の安定性が増した。
今後はこのような評価も日々の記録として取り入
3)達成感や満足感を得る
れ、作業療法における園芸活動の効果や有用性をさ
園芸活動には行程が多く、また、難易度もさま
らに分析していきたい。
ざまであるため、患者は各々に合った作業を行え
ている。少し難易度の高い作業も他者と協力する
Ⅷ.文献
ことで達成でき、自信の向上にも繋がっている。
1)秋元波留夫、富岡詔子編 新作業療法の源流
以前は初めて行う作業に対し消極的であった患
三
輪書店 1991
者も、現在では自ら行うなどの姿が見られてきた。 2)大塚能理子、大塚進 園芸活動と作業療法 OT ジ
4)気分転換
繰り返しの毎日を過ごす患者にとって、園芸
活動は、育むことの楽しさを感じたり、四季の変
化や天候、植物の生育など自然な環境に直接身体
感覚を通して触れたりすることが出来る。また、
ャーナル
1996
3)山根寛 作業療法と園芸―現象学的作業分析
業療法 14:17-23
4) 田 崎 史 江 ら
作
1995
園芸療法
バイオメカニズム学会誌
2006
実際に患者からも「空の下で作業を行うことが、
いい気分転換になる」という声を聞くことができ
ている。
5)思考力、想像力の維持向上
初めは OTR の説明通りに取り組むのみであっ
たが、経験を積むごとに、進め方や次の行程につ
いての質問が患者から出るようになった。疑問を
感じて質問する、という行為が自然と行えるよう
になった。そして現在では経験を生かしながら次
の行程を考えたり、そのために今やるべきことを
考えたりなど、自ら考える機会がもてるようにな
った。
6)その他
収穫が出来た場合には、OTR が患者とともに
病棟スタッフに収穫物を売りに行き、現金を受け
取り、その現金でまた新たな種を買うという社会
的な一連の流れを体験することが出来ている。
Ⅶ.おわりに
園芸療法の評価は数値化したり客観的な形での
評価が難しいとされているが、対象者の心理・感情
による変化(例えば、会話の内容、顔の表情、意欲
や興味など)や社会性(例えば、集団活動、対人関
係など)を評価しようとする場合は、作業療法士に
よる客観的な視点で書かれた記述式の実施記録表
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