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巻頭言
本日は、東京大学法律勉強会の発表にお越しいただき、誠にありがとうございます。
駒場祭に向けて、法律勉強会では法律班・経済班の 2 班に分かれ、各自設定したテーマを基に
研究を進めて参りました。夏にスタートした研究も、各種文献の読み込みや訪問活動を通して次第に
深いものとなり、今この駒場祭において完成しようとしています。
私たち経済班では「ビットコインとその将来性」に焦点を当て、訪問研究活動を重ねて参りました。
Mt. Gox(マウントゴックス)の事例をきっかけにビットコインについて関心をお持ちの方も多いのではな
いでしょうか。本冊子ではまずビットコインの基礎知識について触れた後、日本のビットコイン市場の最
先端を走る bitFlyer 株式会社様への取材を記事といたしました。冊子の後半では早稲田大学大
学院商学研究科の岩村教授にお話を伺い、ビットコインの潜在可能性と限界について考察いたしま
した。
一見すると経済と法律は全く別の物に捉えられがちですが、両者の間には密接な関わりが存在し
ます。例えば、ビットコインに対する法的規制問題ひとつをとっても、法律の枠組が経済を育て、経済
の要請が法律を変えうるという相互作用が果たす役割を強く実感することができます。本研究を通し
て、私たちは法律を改めて捉え直す貴重な経験をいたしました。今後も広い視野を持ち、様々な観
点から研究活動を続けたいと思います。
最後に、本研究は多くの方々のご支援・ご協力のお蔭でここまでまとめ上げることができました。取
材にご協力頂いた皆様、助言をくださった皆様に、この場を借りて深く御礼申し上げます。誠にありが
とうございました。
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目次
巻頭言 ................................................................................................................................ 1
はじめに............................................................................................................................... 3
ビットコインの基礎知識 ......................................................................................................... 4
株式会社 bitFlyer 取材記事 .............................................................................................. 7
株式会社 bitFlyer 訪問総括 ............................................................................................ 14
岩村教授取材記事............................................................................................................ 17
岩村教授取材総括............................................................................................................ 23
全体総括 .......................................................................................................................... 24
おわりに ............................................................................................................................. 27
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はじめに
皆さんは、『ビットコイン』についてご存知であろうか。
我々が日常生活で行う商取引において、オンラインショッピングは急速に普及し、今ではなくてはならない
ものになりつつある。人によっては、海外の Web サイトで買い物をすることもあるかもしれない。その際に、決
済の手段として海外サイトでクレジットカードを使用するには不安があるだろう。そのような時、PayPal のような
電子決済サービスを用いれば、クレジット払いによらず安心して決済を行うことが出来る。このようなサービス
はほんの一例にすぎず、実際ネット上の取引にはさまざまな決済方法が存在する。そうした中で、Mt. Gox
の経営破綻を機に、インターネット上において本物のお金のような感覚で決済を行うことが出来る仮想通
貨「ビットコイン」が注目を集めた。
ビットコインには、決済手数料が安価に抑えられる、あらゆる国や地域で使用できるといったメリットがある
一方で、主要通貨との交換レートの変動が大きかったり、利用時の匿名性が高く、非合法的な取引や
海外送金に利用される可能性があったりといったデメリットも存在するという。
ビットコインのアイデアは「サトシ・ナカモト」という人物が匿名でネット上に投稿した論文に基づいている。こ
の謎めいた誕生の由来と同じく、インターネット上に存在する「貨幣」であるビットコインの実態は簡単に捉え
ることは出来ない。
ビットコインは Mt. Gox の一件によるイメージの悪化から立ち直り、普及へ向け歩み続けることが出来るの
だろうか?そしてビットコインのような仮想通貨が既存の通貨と肩を並べたとき、貨幣の世界に何が起こるの
か?こうした視点から、ビットコインについて見ていきたい。
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ビットコインの基礎知識
暗号技術に興味をもつ人々が集まるメーリングリストに、サトシ・ナカモトを名乗る人物が 2008 年に
投稿したアイデアがきっかけとなってシステムが作られ、2009 年から実際に使われ始めた。2011 年
頃から巨額の投機資金が流入するようになり注目が集まった。
世界では日常的な買い物の支払いや、銀行預金に代わる資産の持ち方として徐々に使われ始
めている。
通貨単位は BTC で、2014 年 11 月現在、1BTC = ¥35,000~45,000 で取引が行われている。
仕組み
ビットコインでは、実際に何らかの物質が移動するわけではなく、取引の履歴によって通貨が表現さ
れている。A さんが持っているコインを B さんに送金するときは、「持っているコインを B さんに送ります」
という情報をビットコインのネットワークに流すことになる。
この取引履歴の信頼性を保障するのは、ネットワークに参加しているユーザ全員である。具体的に
は、取引されたビットコインの前の持ち主が正当な持ち主であることを、「ブロックチェーン」と呼ばれる
仕組みによって証明している。これは、一定時間に発生した複数の取引履歴を 1 つの「ブロック」とし
て記録するものである。1 つのブロックには、取引履歴のほかに、直前のブロックの値と「nonce」と呼
ばれる特別な値が含まれる。これら 3 つの情報から、ネットワークに参加するコンピュータによって計算
される「ハッシュ」が、ある条件を満たすことでブロックを確定させる鍵の役割を果たし、ブロック・鍵・ブ
ロック・鍵……というふうにブロックチェーンが形成され、それまでの取引履歴が承認されていく。基本
的にはブロックチェーンは 1 本の鎖となるが、同時に複数の人によって鍵が見つけられた、などでチェ
ーンが分岐した場合はどうなるのか。ブロックチェーンには時間の経過とともにどんどんとブロックが付
け足されていくが、長いブロックチェーンほどより多くの計算力が費やされていることになるため信頼性
が高く、一番長いブロックチェーンが正統なものとして取り扱われることになっている。言い換えれば、
ブロックチェーンを偽造するためには、偽造した以降のブロックを正統なブロックチェーンよりも速いスピ
ードで生成しなければならないことになるため、ブロックチェーンの偽造は困難である。
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ところで、取引されているビットコインはどこから生まれたものなのか。ビットコインの取引を承認しブロッ
クを確定させるためには、鍵となる情報(=ハッシュが条件を満たす特定の値になる nonce)を計算す
ることが必要なことだが、ここにビットコインの肝がある。実は、条件を満たすような nonce の算出をハッ
シュからの逆算で行うことは事実上不可能で、現実的にはすべての数を総当り方式で試していくしか
ないため、コンピュータの計算力が必要になっている。そこで、その困難な作業に成功した者には、報
酬として新たなコインが与えられる仕組みになっている。この計算作業は、金の採掘になぞらえて「マイ
ニング」と呼ばれている。通貨供給量を安定させ価格の上下を小さくするため、マイニングで正しい
nonce が出る確率は、そのときにマイニングに参加している全てのコンピュータの計算力に応じて、平
均して 10 分間に 1 回になるように調整される。この割合は約 4 年毎に半減していくことになっていて、
2016 年末ごろには 12.5BTC に、その 4 年後には 6.25BTC になっていく予定。そして 2140 年までに
合計約 2,100 万 BTC が生み出されると、それ以降は新たなコインは生成されないことになっている。
ビットコインの安全性
前述のように、ビットコイン自体が偽造される可能性は低く、ビットコインのシステム自体の安全性は高
い。
しかし、ビットコインは暗号データでしかないため、コンピュータの故障などでデータが消失する危険
がある。この危険に対応するために「口座番号」にあたるビットコインアドレスと「印鑑」に当たるプライベ
ートキーがひとまとめに記載されている「ペーパーウォレット」というものがあるが、これを利用している場
合には、今度はペーパーウォレットを紛失すると他人にビットコインを盗まれる可能性が高くなる。
また、これらとは別に取引所の安全性の問題も存在する。これが顕在化したのが 2014 年 2 月に
発生した、大手取引所である Mt. Gox(マウントゴックス)がコインを盗まれ破産に至った事件である。
取引所とは
取引所とは、基本的には銀行のようなものと考えておけばよい。
まず、ビットコインの利用者は主に取引所を介して円やドルなどとビットコインの交換を行う。ちなみに、
その際の交換レートも通常の通貨と同様に市場原理によって決まる。
ビットコインの特性として、一定数の取引履歴のブロックごとに決済を行うというものがあるが、取引
所では、これに先立ってビットコインを口座間で移動させて、決済にかかる時間を短縮することができる。
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また、前述のように、ビットコインに参加するコンピュータは同時にマイニングをも行う必要があるが、そ
れをまとめて行う役割も担っている。
これらの作業を行っている取引所には、規制は存在せず、どのような事業者でも参入することができ
る。実際に、前述の Mt. Gox はビットコインを手がける以前はトレーディングカードの取引を扱っていた。
このように参入障壁の低さが魅力としてある一方で、マネーロンダリングなどを目的とした悪質な業者
が紛れ込む可能性も指摘されている。
ビットコインの法的立場
現在、日本政府はビットコインを通貨でも有価証券などの金融資産でもないとして、金融機関の取
り扱いを禁止している。ここには通貨発行権の独占と課税という 2 つの目論見が伺える。しかし、現
状では国によるビットコインの利用に対するなどは行われていない。
また、ビットコインはデジタルデータであるため、法律上「物」と捉えることも難しく、窃盗罪などの対象
にならない可能性もある。
参考文献
・斉藤賢爾『これでわかったビットコイン:生きのこる通貨の条件』(太郎次郎社エディタス)
・吉本佳生、西田宗千佳『暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくり』(ブルーバックス)
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株式会社 bitFlyer 取材記事
画期的なアイデアから生み出されたビットコインであるが、今後どのような形で普及していくのだろう
か。そして、ビットコインが十分に広く普及したとき、我々にはどのようなサービスが提供されるようになる
のだろうか。Mt.Gox の事件で取り上げられたコインのセキュリティ面への疑問と合わせ、株式会社
bitFlyer 代表取締役の加納裕三氏にお話を伺った。
Q. 1 ビットコインのメリットと現在の普及状況についてお聞かせください。
ビットコインのメリットとして一般的に言われているのは、決済手数料が安いということです。海外送
金では、日本の銀行の場合だと 4,000 円から 8,000 円、数万円、それに加えて為替手数料で
1%ほどが手数料としてかかります。例えば 1 億円の送金の場合、100 万円以上の手数料が掛
かる計算になりますね。一方で、ビットコインでは国際送金という概念がそもそもないため、国内でも
国外でも 20 円から 100 円の手数料での送金ができ、究極的には手数料を無料にすることも可
能です。また、国際通貨のような役割をも担うことが出来るため、手持ちのお金を一度ビットコインに
してしまえば、他国の通貨に変換する必要が無くなるのも利点です。現在では 200 種類ほどの仮
想通貨があるのですが、ビットコインはそのうちの 95%のシェアを占めています。ですから、仮想通貨
における今のところの勝者はビットコインであると言えます。将来的にビットコインの価値記録圏(物の
価値をビットコインで測ること)が確立された場合、売り上げや仕入れをすべてコインで行い、現金を
一切介さずに商売することも可能となります。一般消費者も、ビットコインで給料を受け取り、ビットコ
インで決済ができるようになります。もしここまで利用が浸透すれば、決済手数料、送金手数料、
為替手数料からの解放、通貨の国際性や匿名性というビットコインの持つメリットが形を持ってきま
す。現在の日本においては、日本円が国際的な信用を持っているために、ビットコイン特有のメリッ
トを認識しにくいのです。しかし、発展途上国では、自国通貨よりもビットコインの方が高い安定性を
持っているケースも多いです。そうした国々では、ビットコインへの需要が見込めます。ビットコインの
現在の普及状況は、発行高にして 8,000 億円ほどです。ビットコインの発行上限は 2,100 万コイン
までと設定されていまして、現在は 10 分に 1 回、25 コインがマイニングで新規に発行されていま
す。このマイニングによるビットコインの供給ペースの半減期が 4 年となっています。そして、供給ペ
ースが次第に落ちていきながら、コインの総発行数は上限である 2,100 万枚に漸近する仕組みに
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なっています。ビットコインは日本ではまだほとんど普及していません。こうした現状から、何とかビット
コインが普及できるようにしていきたいと考えています。
Q. 2 ビットコインの利用禁止や法的規制を講じる諸外国もある中で、日本はビットコインへの規制を
行っていません。ビットコインへの法的規制の在り方について、どのようにお考えですか。
これはかなり難しいトピックです。ビットコインに限らず、新たなビジネスが出現したとき、法規制を
すべきかすべきでないかは常に議論となることです。そしてこうした問題において、事業者にとって
規制が無いほうが良いとは一義的には言い切れません。何でも自由にできるようなビジネスは衰
退の道を辿ることも多いのです。牧羊地で羊を自由に放牧すれば、やがて草が枯渇して羊も死
んでしまう、という例え話もあるくらいですからね。一般論としては、規制は必ずしも害悪ではありま
せん。とりわけビットコインの場合は、規制をしたほうが良いというのが個人的な見解です。もし今後
も規制をしなければ、事実上ビジネスの続行が不可能になってしまうと考えています。具体的には、
マネーロンダリングであったり、資金決済の国際的な信用であったり、そういった問題を野放しにす
ると、消費者が詐欺の被害にあう可能性があるのです。かつてイランのディナールという通貨をレ
ートの 100 倍の値段で売りまわった詐欺事件があったように、無知な消費者をターゲットにして、レ
ートからかけ離れた値段での取引を目論む業者が現われるリスクは大きく、例えばリップルという仮
想通貨では、相場の 10 倍の値段で取引している業者が既に存在しています。しかし、こうした行
為も当事者間の合意がある以上は商売として成立しているので、これらを直ちに違法と断罪する
のは難しいことです。ですから一般論としては、ある程度の法規制によって消費者を守るのが望ま
しいと考える人が多いということです。しかし、現在日本政府からはビットコインへの法規制を見送
るという指針が出ています。ですから、事業者間での自主規制という形で対応をしています。
[編集注] 規制の内容については、JADA ガイドラインをご参照ください。以下の URL からご
覧いただけます。 http://jada-web.jp/?page_id=17
Q. 3 ビットコインの普及に向けた展望、将来性についてお聞かせください。
ビットコインにはかなりの将来性があると考えています。とりわけ、ビットコインの基礎となっている技
術である、「ブロックチェーン」というシステムに大きな将来性を感じています。ブロックチェーンは、
過去 10 年間のフィンテックにおけるテクノロジーにおいて最大のイノベーションであると考えます。ビ
ットコインの普及に関する将来的なヴィジョンとしては、既存の通貨が歩んできたような道を一通り歩
くことになるだろうと予想しています。具体的には、信用取引やデリバティブ、ETF やローンなどとい
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った方向性での活用が想定されます。既に GMO との提携によって、店頭で携帯電話を用いたビ
ットコイン決済を行えるようなサービスの開発を進めており、近い将来に提供できるだろうと考えてい
ます。また直近の話題としては 11 月 11 日に、スマートフォン用アプリケーション「bitFlyer for
iPhone」をリリースします。このアプリケーションでは、チャートを見ながらビットコインを売買することが
可能でして、こちらも GMO との提携です。将来的には、iBeacon という技術を使うことにより、お店
で簡便な決済ができるようにもなるでしょう。iBeacon は店側のレジと連携していて、客は携帯に表
示されたメニューから商品を注文し、店側は店内の座席の位置情報と照らし合わせて客に商品を
提供します。こうなれば、Suica に代表される現在の電子マネーのように、利用時にわざわざカード
を読み取り機にかざす必要もなくなるわけで、より単純に決済が行われるようになります。私たちとし
ては、1 年以内にこうしたサービスの実現に漕ぎ着けることを目指しています。このような簡便な決済
システムを確立できれば、例えば割り勘をしたいときにもアプリの操作ひとつでできるようになり、煩雑
な計算はもはや必要ありません。これがビットコインの近い将来であり、到達可能なものだと考えま
す。
更に遠い将来を見越したものとしては、IPO2.0 という構想があります。一般に株式上場のことを
IPO といい、IPO によって企業は莫大な資金を調達することが出来るようになります。そのため、多
くのベンチャー企業の社長は上場をひとつの目標にしています。しかし、実際に上手く上場できるの
は数百社に 1 社ほどであり、その間に多くの会社がチャレンジと失敗を繰り返しています。IPO2.0 と
は、この株式上場の手続きをビットコインによって行うシステムのことです。ブロックチェーンにその会
社の株式にあたるものを書きこんで、資本をビットコインに支払うことにより、どこにも登記されていない
会社を作り出すという仕組みです。いや、登記自体はブロックチェーンになされているとも言うこと
が出来ます。そして、ビットコインを支払った人が投資家となります。そもそも上場とは見知らぬ人に
会社の株式を公開することと同義なのですが、これをいきなりやってのけることが出来るのが
IPO2.0 のメリットであり、未来の会社の形態であるともいえます。
ブロックチェーンの画期性を活用したものとして、ストレージサービスを挙げることも出来ます。現在
の Google Drive や Dropbox といったストレージサービスは、ただ単に世界中の何処かにある巨大
なハードディスクにデータを保存しているだけのものです。しかし、ブロックチェーンを使えば、ファイル
の断片をブロックチェーン自体に書きこんでしまうことが出来ます。こうすると、世の中にあるブロック
チェーンすべてがファイルサーバーになります。他者のローカルドライブに無関係なファイルを書きこ
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んでいくという点で非効率的なサービスですが、それでも一つのストレージサービスとして機能させる
ことは可能です。
もしこうしたサービスへの資金調達を先述の IPO2.0 によって行えば、実社会から全く孤立した会
社が出来上がります。円やドル、登記には一切触れる必要が無く、税金を無視することも出来ま
す。しかし、既存通貨の流動性は現在だと 1 日の取引量が 60~70 兆円ほどですが、ビットコイン
はまだ 50 億円/日しかありません。1 万倍の差があります。世界中のベースマネーがおよそ 1,000
兆円に対し、ビットコインは 8,000 億円です。これも 1/1000 ほどの規模にすぎません。よくビットコイン
が既存のフィアット通貨を駆逐するのではないかという議論がなされますが、これは時期尚早でして、
せいぜい現実通貨の 1%が限界でしょう。また、時間がたてば既存通貨を駆逐できるかというとそう
でもありません。通貨としての機能を考えると、既存の中央銀行システムが機能的である面も多い
です。インフレ調整や短期金利といった、通貨を管理するうえで便利な仕組みが、ビットコインには
存在しないのです。従って、ビットコインの技術的な将来性は十分にあるものの、流通量の将来性
という点では既存の通貨に比べ劣るというのが現状です。
Q. 4 ビットコインについては、Mt.Gox 経営破綻の一件が記憶に新しいですが、ビットコインのセキ
ュリティ面での問題はどのように解決されるのでしょうか。
ビットコインのセキュリティを 2 種類に分類して話しましょう。ビットコイン自体にあるセキュリティ問題と、
コンピュータのシステムの構築としてのセキュリティの 2 つです。後者はごく一般的なセキュリティの問
題でして、サーバーの SSL やセキュリティパッチの取り扱いなどを指します。これに対し、前者のビッ
トコインのプロトコル自体は今まで誰もやったことのないセキュリティ対策で、新しいチャレンジと言えま
す。このビットコイン特有の問題として、Mt.Gox の一件に関連して発生したものにトランザクション展
性の問題が挙げられます。これは、トランザクションと呼ばれるビットコインの取引の形態がコピーで
きてしまうというバグです。
一方で、ビットコインとは関係のないシステム設計にも問題はあります。Mt.Gox の場合は極めて
杜撰なシステム設計でした。このことは、Mt.Gox 内のプログラムが PHP というプログラミング言語
で書かれていたことがよく示しています。一般に企業の基幹業務システムの設計では C++、C や
Java といった堅牢なプログラム言語が使用されるのが普通なのですが、Mt.Gox 社ではシンプル
な反面、セキュリティに難のある PHP が用いられていました。他にも企業の内部管理体制が整っ
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ていなかったという報道もなされていました。結局のところ、Mt.Gox 社の事件は、ビットコインに関連
したニュースというよりはむしろ、Mt.Gox 社の単なる内部的責任、設計ミスや管理ミスに近いもの
であると考えています。
Q. 5 JADA の業界内自主規制では、Mt.Gox のような悪質な会社に対してはどのような対処を考
えていますか。
まず、Mt.Gox 社を悪質というのには語弊があります。報道から分かる限りでは、Mt.Gox 社の事
件はセキュリティや内部管理の杜撰さによって起こった問題であり、違法行為はしていないとの認
識です。悪意を持ってわざわざ自分の会社の設計を杜撰にしたとは考えにくいですし、形式上
Mt.Gox は窃盗の被害者と思われます。では、そのような業者がいたらそのように対処するかという
点ですが、事業者連合である JADA の方で加入基準を設けて、システムセキュリティ上の基準を
クリアできなければ JADA への加入を認めないという形で未然に防止しようと考えています。このセ
キュリティ上の基準には、内部管理や実際のオペレーションなども含まれるので、杜撰な管理をしそ
うな業者についてはそれによってフィルターできると考えています。
Q. 6 ビットコインのシステム自体の話で、マイニングにマイニングプールが生じ、51%問題のような形
でセキュリティが脅かされる可能性があるのではないかと考えていますが、こちらについてはどのよう
にお考えですか。
51%問題のようなセキュリティ攻撃に対する心配はありません、可能性はゼロではないのですが、
極めて低い確率でしか起こらないと考えています。まず 51%問題というのは、ビットコインが多数決
の構造によって運営されているので、虚偽のトランザクションのハッシュを 51%混入してそちらが正し
いと見せかければ、通過させることが出来るという問題です。多数決制を逆手に取った行為で、
理論上は 51%を取ることで確かに実行可能です。しかしこれが現実に行われるかと言えば、行わ
れないと思います。何故なら、マイニングプールというのは文字通り「プール」になっていて、何人も
の人間がマイニングに参加し、投資をしています。もし 51%問題を実際に起こすとして、マイニング
プールにいる人々に、多量のビットコインを所有しているように見せかけるとするとします。すると、通
常次のブロックの生成タイミングまで 10 分の時間がありますから、10 分後に自分の取引が認証さ
れていないことに気付いた世界中の人々が Twitter などのネット上で騒ぐことになります。取引が
認証されないことをオーファン・ブロックと呼びますが、通常これが発生する確率は 1 日に 3 個な
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ので、世界中の人間が同時にオーファン・ブロックを経験するという、あり得ない事態が発生したこ
とになります。そして、あるトランザクションのところに集中的に大金が流れ込み、独占的に認証を受
けているということ、そのような操作を誰が行っているかということはすぐに判明するでしょう。そうなれ
ば、コインの価格はおそらく大暴落し、ビットコインのシステム自体が崩壊します。しかし、これは攻撃
を仕掛ける側にとっても不都合な話で、オーファン・ブロックを発生させるために投資した何十億・
何百億というコインも暴落するので、攻撃する行為そのものが経済的に価値を持たないものになっ
てしまうのです。百億円を使って壮大な嫌がらせをしようとする人がいるというのなら話は別ですが、
ビットコインのシステムに参加している人には概ね経済合理性があるでしょうから、結局攻撃の可能
性は殆ど考えられません。
Q. 7 他の仮想通貨に先行投資し、あえてビットコインの価値を下げることで、他の新規仮想通貨
の方にユーザを誘導するといったことも考えにくいでしょうか。
もしそうすれば、新規仮想通貨を大量に所有している人が発覚するので、当該通貨を避けて第
三者が新しくコインを作る可能性が高いです。例えばコイン A をたくさん持っている人がいて、百億
円かけて他のコインをすべて潰すことが出来たとしても、他の人が残ったコイン A を使うとは考えにく
いということです。そもそもコイン A の所持者が他のコインを壊したことは周囲に発覚してしまっている
可能性が高いため(ほぼすべてのコインが破綻する中で 1 つだけ健在なコインがあれば、怪しまれ
て当然である)、そのような悪意のある人間を支持して儲けさせようと人々が考えるとは思えません。
コイン自体は簡単に作れるので、誰かが救世主のように現れ、新たなホワイトコインなるものを作り、
今後はそれで取引を行おうという流れになるのが自然です。実際、他の難易度の低いコインを全
滅させるには 1 億円程度あれば十分で、現実に 51%問題で閉鎖に追い込まれたコインも存在す
るようです。
――ありがとうございました。
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会社紹介
bitFlyer は国内初の仮想通貨ビットコイン(bitcoin)販売所(取引
所)として 2014 年 4 月にサービスを開始致しました。 ビットコイン
( bitcoin ) を よ り 多 く の 人 に お 届 け す る こ と を 目 指 し 、 ビ ッ ト コ イ ン
(bitcoin)の購入、売却を簡単にできるシステムに加え、 クラウドファ
ンディング( fundFlyer ) や仮 想 通 貨に 関 する 情報 メディア ( BTC
News)も提供しています。さらに 1 秒でビットコイン送付ができる
bitWire や事業者向け E コマース決済サービスなど、 ビットコイン
(bitcoin)の総合プラットフォームとして万全のセキュリティによる安全
な取引を実現しています。(引用:http://bitflyer.jp)
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[図 1] 株式会社 bitFlyer
のロゴマーク。会社は「ビッ
トコインをより多くの人にお
届けすること」を目指してい
るという。
株式会社 bitFlyer 訪問総括
ビットコインのメリット
日本の銀行では海外送金時に数千円の手数料に加え 1%程度の為替手数料を支払うが、ビット
コインでは国際送金という概念がないため国内外問わず 20~100 円程度の送金が可能となる。ま
た、ビットコインには国際通貨のような役割もあるため一度ビットコインへ変換してしまえばその他の通貨
への返還の必要性がなくなるのもその利点のひとつである。現在、仮想通貨市場には約 200 種類
の仮想通貨が流通しているが市場の 95%をビットコインが占めている。そのため、将来的にビットコイン
の地位が確立された場合、売り上げや仕入れ、給与の支払い、決済等を全てビットコインで行う市
場を形成することが可能となり、最終的に決済や送金、為替などの手数料から解放されることも将
来予測される利点の一つである。
ビットコインの普及状況について
日本においては日本円が国際的な信用を得ているために、ビットコイン特有のメリットを認識しにくい
が、そうした信用を保ちにくい発展途上国などでは自国通貨よりもビットコインのほうが高い安定性を保
っているケースが多く、現在はそうした国々での需要が見込まれている。日本の GDP は世界の 8%
程度を占めている一方で、ビットコインの世界的普及率を鑑みると、ビットコインの国内における普及率
は世界の 1%以下である。ビットコインの発行上限は 2100 万 BTC までとされており、10 分に 1 回
25BTC が新規発行されている。その半減期が 4 年であることを考慮すると 2100 万枚に漸近するよ
うになっており、その発行高は約 8000 億円である。
法規制の必要性について
新規のビジネスが起こった際、その法的規制はしばしば議論の対象となるが事業者にとっても何で
も自由にできるビジネスは衰退の一途をたどるケースが多いため一義的に規制がない方がいいとは
言い切れない。とりわけ、ビットコインの場合はマネーロンダリングや資金決済の国際的信用など規
制をかけなければ消費者が詐欺などの被害にあう可能性があるため規制をかける必要も否めないも
のとなっている。無知な消費者をターゲットにレートからかけ離れた値段での取引を目論む業者が現
れるリスクは大きいが、この場合消費者と業者とで合意がなされているケースもあるため商取引として
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成立しており、これらを違法であると断罪するのは難しいものとなっている。一般論としてある程度の法
的規制によって消費者を守るのが望ましいと考えている人は多いが、現在政府は法的規制を見送る
という指針を示しているため、現在は事業者間での自主規制という形で各事業者が対応している。
ビットコインの将来性について
ビットコインの基礎となっているブロックチェーンシステムは、過去 10 年間のフィンテックにおけるテク
ノロジーでは最大の発明であるとも言え、現状のグーグルドライブやドロップボックスといったストレージ
サービスが単にどこかにある大きなハードドライブにデータを置いておくだけのものに対して、ブロックチ
ェーンを使うことでファイルの断片をそれ自体に書き込むことが可能となるため、他人のローカルドライ
ブを使うという点で燃費の悪いものとなるが、世の中のブロックチェーン全てをファイルサーバーとする
ことができるストレージサービスとしても機能させることができるという点で大きな将来性を感じさせられる
ものとなっている。また、難しさという点では相当難しい数式によって動かされているデリバティブの仕組
みと比較してもビットコインのシステムの方がかなり難しいため、システム研究のやりがいがあるとされて
いる。将来的には既存通貨が歩んできたように、信用取引やデリバティブ、ETF やローンなど様々な
方向性での活用が想定されている。GMO と提携することで、店舗で携帯を使った決済を行うことが
可能となりまた、店側のレジと連携し客が携帯に表示されたメニューから商品を注文し位置情報を通
じて客に物品を提供できる iBeacon という技術を使用することで、店頭で Suica よりも単純な決済を
行うことも可能になる。このシステムを確立できれば割り勘を行いたいときでもアプリ操作ひとつでそれ
を行うことができるため、煩雑な計算も不要となる。以上がビットコインの近い将来のヴィジョンであり到
達可能な目標でもある。遠い将来の目標としては株式手続きを IPO2.0 というシステムが構想されて
いる。これは上述したブロックチェーンにその会社の株式にあたるものを書き込み、資本をビットコインで
支払うことでどこにも登記されていない会社を作り出すことを可能とするものであり、様々な国々の会
社法や税制にとらわれない会社を設立することを可能とするのである。この場合ビットコインで支払っ
た人々がこの投資家となる。ここでの上場とは見知らぬ人に株式を公開するのと同義であるが、これ
をいきなり行うことが可能なのが IPO2.0 の利点であり、未来の会社形態であるともいえるのである。
ビットコインにはインフレ調整や短期金利といった便利なものが存在していないため、通貨機能として
は既存の中央銀行システムのほうが機能的であるといえる。そのためビットコインにおける技術的将来
性は十分にあるといえるが、流通量の将来性という点では既存の通貨との比較をするとあまり大きい
とは言えないのである。
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ビットコインのセキュリティについて
ビットコインというとマウントゴックス社の破綻事件で同社のセキュリティシステムの設計ミスが記憶に
新しいが、ビットコインのセキュリティのタイプとしてはビットコイン自体のセキュリティ問題とシステム構築と
してのセキュリティ問題の 2 つにわけることができる。後者のセキュリティはサーバーやパッチをどうする
かという問題であるがビットコイン自体のセキュリティに関する問題としてはビットコインのプロトコル自体を
誰もやったことがないものであるので、このセキュリティ対策は新しいこれからの課題のひとつとなるの
である。
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岩村教授取材記事
画期的なアイデアによって生み出されたビットコインであるが、その価格は不安定に変動し、普及に
向けた課題も多い。現在広く流通するメジャーな現実貨幣と比較したとき、ビットコインは通貨としてど
のような問題点を抱えているのか。また今後仮想通貨の普及が進んでいったとき、現実貨幣にどの
ような影響を及ぼすのか。こうした疑問について、今回は早稲田大学大学院商学研究科の岩村充
教授にお話を伺った。
Q. 1 貨幣には大きく分けて、貨幣となっているモノ自体が価値を有する貨幣、すなわち実物貨幣
と、価値が中央政府などの発行主体への信用に依存する貨幣、すなわち信用貨幣の二種類が
存在します。しかし、ネット上の仮想通貨であるビットコインは現実世界において価値を持つようには
見えませんし、中央機関による信用保証もありません。実物貨幣と信用貨幣の二分類において、
ビットコインはどのように捉えるべき貨幣なのでしょうか。
ビットコインを実物貨幣と信用貨幣の 2 分類に当てはめるとすれば、実物貨幣に振り分けるのが
正しいでしょう。
実物貨幣の代表格として、金貨が挙げられます。では金貨の持つ現実的な価値とは何なのか。
それは、金貨の製錬に掛かった費用です。鋳造機の稼働コストや原料の金など、金貨の代替物
となったものの価値が金貨の実際の価値に反映されている訳です。一方、仮想通貨であるビット
コインにも、代替物は存在します。ビットコインはマイニング(採掘)と呼ばれる複雑なコンピュータ演
算によって生み出されます。ですから、ビットコインを生産するためにはコンピュータを稼働させる電気
代がコストとして必要となります。この電気代こそがビットコインの価値の源泉であり、ビットコインが実
物貨幣に分類される理由となっています。
Q. 2 金本位制においては法定金平価が、現在の変動相場制においては政府の経済力や政
治体制といった国家のファンダメンタルズが、各国通貨の価値を安定させるアンカー(錨)の役割
を果たすとされています。では、投機的で不安定な価格の上下動を繰り返しているビットコインに、そ
の価値を定めるアンカーのようなものは存在するのでしょうか。
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貨幣の設計の仕方は色々あるのですが、1970 年代の変動相場制移行以後の通貨について
は、概ねどの通貨も国に対する請求権への評価に結びついていると言えるでしょう。そして国に対
する請求権というのは、基本的には国のファンダメンタルズに依存するでしょうから、変動相場制に
おける各国通貨は国のファンダメンタルズに依存しているということが言えると思います。
一方、ビットコインというのは、そのような現実通貨の変動相場制とは全く異なる文脈から現れたも
のです。ここから先の説明には、ビットコインの技術的な仕組みに対する理解が必要になるので、
やや難しくなります。
ビットコインの特色というのは、10 分間毎にマイナー(採掘者)同士の競争があるということです。
現在、10 分間に 25 単位のビットコインが新しく作り出されています。マイナーたちは、マイニングとい
う名の数学的問題への答えを見つけることでビットコインを受け取る訳ですが、その問題というのは、
マイナーが多いほど難しくなります。そして、マイナーが集中し、問題がすっかり難しくなってしまった今
では、問題を解決するために必要となるコンピュータの電気代も膨大になっています。膨大な電気
代を掛けなければビットコインを入手できないとなれば、ビットコインの価格も高騰します。反対に、ビッ
トコインの採掘から皆が撤退するような事態が起きれば、ビットコインの価格は下落します。ビットコイ
ンの価格が乱高下していることの根本的な理由は、この仕組みをどう見るかについての人々の期
待の交錯にあると考えています。ビットコイン採掘への参入が活発化しそうだとの見方が強まれば、
ビットコインの価格は上昇し、価格が上昇すれば実際に参入が起こります。一方、ビットコインの価
格が下落すれば、採掘からどんどん退出が起こります。このように考えると、ビットコインの構造という
のは元々価格を不安定にさせるように作られているということができるでしょう。
では何故このような価格を不安定にさせる仕組みとなったのか。貨幣一般における誤解として、
「貨幣が大量に供給されれば値段が下がり、反対に供給が抑制されれば値段が上がる」というも
のがあります。ビットコインの理論を考案したのはサトシ・ナカモトという人物だとされていますが、彼の
アイデアというのは「貨幣の供給量を固定していれば、貨幣の価値は安定する」というものでした。し
かし先に説明したような、供給量を固定した採掘システムでは、貨幣の価値を安定させることがで
きないのです。ビットコインの価格を安定させたければ、マイナーが参入に応じてビットコインの供給量
も増大するような仕組みにしなければなりません。
以上のように、ビットコインの価格の不安定さは、その構造自体に起因するものですから、システム
を根本から改変しない限り価格を安定させることは出来ないと考えています。先に述べたように、ビ
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ットコインの価値の源泉というのは採掘に掛かった電気代ですから、国力や課税制度、政治体制
といった国家のファンダメンタルズに依存しません。このような特徴を持つ暗号通貨や仮想通貨自
体については、私自身肯定的に捉えています。しかしビットコインに関しては、貨幣価値を安定させ
るために供給量を固定するという誤りを犯しているということです。もっとも、それがただのお気の毒な
勘違いであったのか、はたまた予め仕組まれていたことなのかどうかは分かりません。マイニングへ
の参入が増加することで貨幣価値が上昇するのであれば、初期から採掘に参入していたマイナ
ーは巨額の利益を上げられるわけですからね。
Q. 3 ビットコインは供給量を固定したことで、かえって価格の不安定化を招いたことが分かりました。
その他にも、ビットコインが抱える制度・構造上の問題があればお聞かせください。
そうですね、例えば「ビットコインは非常に安い決済システムである」とよく言われます。確かに決済
の場において私たちが支払う手数料は安い、というよりタダに近いのですが、果たして貨幣全体の
制度として見た時、本当に安いと言えるのでしょうか。
何故ビットコインでの決済は安いのか、と問われると、「銀行のような仲介機関が存在しないので
手数料が掛からないから」といった答えを挙げる人がよくいますが、それは誤りです。そもそもビットコイ
ンの取引は誰によって支えられているのでしょうか。ビットコイン取引における基本原理である「ブロッ
クチェーンの一意性」をヒントにすると、答えは見えてきます。ビットコインの取引を支えているのは、ビ
ットコインのシステムを動かし、維持しているコンピュータのユーザ、すなわちマイナーです。私たちが
ビットコインで決済するとき、マイナーはブロックチェーンを認証することによって、「この取引は正しい
取引です。コインの二重使用はされていません。」と証明してくれているわけです。たまに手数料をと
るケースもあるようですが、基本的にマイナーはこの仕事を我々からタダで引き受けてくれています。
何故でしょう。それは、ブロックチェーンを認証することで、マイナーはビットコインを獲得することができ
るからです。
この仕組みについてもう少し詳しく見ていきましょう。現在、ビットコイン 1 単位当たりの価格は平均
して 400 ドルです。また、ビットコインは 10 分間に 25 単位が採掘され、マイナーに支払われます。
従って、(25×400=)10,000 ドルに相当するビットコインが 10 分間で製造されるわけです。そして、1 日
に 10 分間は(60÷10×24=)144 回訪れます。すると、マイナー全体としては、一日に 144 万ドルの
供給を受けるわけです。マイニングというのは一種の産業ですから、業界全体としての一日当たり
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の総売上高は 144 万ドルということになりますね。一方、現在一日に行われるビットコインの取引件
数は約 7 万件です。ですから単純計算でビットコイン 1 取引当たりに約 20 ドル(=144 万÷7 万)掛
かる計算になります。金額として決して安くありません。しかしこれを取引の当事者が負担するわけ
ではないですから、我々は安く感じるのです。ビットコインの価格は、ビットコイン 1 単位の採掘に掛か
った電気代と見なすことができます。なぜなら、報酬であるビットコインの価格より電気代の方が高
ければ、マイニングに参入する人などいませんし、ビットコインの価格が電気代より安いとなれば、参
入が活発化してビットコイン価格は上昇するからです。すなわち、ビットコインの取引を 1 件行う毎に、
20 ドルの電気代が消費されているということです。そしてその電気代は、新しく生産されたビットコイン
の量が増えることによって賄われています。これを経済学ではキャピタライゼーションと呼びます。例
えば、不動産がどんどん転売されていると、価格も上昇していきます。その時、個々の不動産会社
は儲かっているのでしょうか。1 億円で購入した不動産を 1.5 億円で売却できたとしても、収益の
5000 万円は事務経費や配当に充てられ、最終的な会社の収益はそれほど多くはありません。ビッ
トコインもこのような構造で運営されています。問題はこれが永遠に続くかどうかということですが、長
くは続かないでしょう。ビットコインの供給量は、長期的に見れば発行上限に近づくにつれてどんどん
減っていくスケジュールになっていますからね(次頁図 1)。ですから、その意味ではビットコインは不
安定な構造を持っていると考えるべきです。
このような構造によって支えられたビットコインの取引を高いとみるか、安いとみるか。例えば、国内
の銀行送金の手数料は 200 円ほどですよね。それに比べるとビットコインの取引は 10 倍ものコスト
が掛かっています。経済学者はこうしたコストが掛かっていることを、「社会的費用が高い」と言いま
す。一方、国際送金の手数料の相場はおよそ 3000 円だそうですから、これと比較すれば安いで
すよね。ですから、ビットコインの取引は高いとも安いとも言えるわけです。私個人としては高いと思
っています。しかし、ビットコインの価格が安定するように構造が改められれば、十分に安い決済シ
ステムになる可能性はあると考えます。もちろん現在の 7 万件/日の取引量では不十分ですが、
例えばビットコインの取引量が 70 万件/日に増大すれば、1 取引当たりのコストは 2 ドル/件になりま
すし、700 万件/日なら 20 セント/件になります。このように取引量の増加によって 1 取引当たりのコ
ストが減少すれば、ビットコインにも貨幣としての未来が開けてくるように思います。
考えてみれば、1 取引に 20 ドルも掛かるような貨幣がメジャーになれる訳がありません。例えば、
日本国内で 1 日当たりにどれ程の取引がなされているでしょうか? 仮にすべての取引がビットコイン
化したと考えましょう。日本の人口は 1.2 億人、そのうち活発な商取引を行う人間は半数とみてよい
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でしょう。その人達は 1 日に 5, 6 回の買い物をします。そうすると日本中で行われる商取引の件数
は、大口・小口合わせても 1 億回/日は超えているとみて間違いありません。これで 1 取引 20 ドル
は高いですよね。せいぜい 1 セント/件が良いところです。このように考えると、ビットコインが将来的
に既存の通貨に取って代わることは不可能だと分かります。ビットコインが流通拡大するためには、
利用者が現在の数百倍近くに増大する、或いはコインがより効率的に、大量に生産されるようにな
るといったプロセスを経なければなりません。しかし先に説明した通り、ビットコインは供給量が固定さ
れている問題を抱えていますから、現状での普及は難しいということです。今後ビットコインが新たな
通貨として台頭出来るかどうかは、設計や開発に携わる方々のアイデアに懸っているでしょう。
[図 1] ビットコインの供給ペースは 4 年ごとに半減し、発行上限の 2,100 万枚に近づいてゆく
(出典) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3642?page=6
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Q. 4 今後、ビットコインが抱えるような問題をすべて解決した理想的なクリプトカレンシー(仮想通
貨・暗号通貨)が出現し台頭すると仮定したとき、既存の現実通貨に与える影響はどのようなもの
があるでしょうか。
合理的に設計工夫されたクリプトカレンシーが出現し、現実通貨に取って代わるなどの影響を及
ぼすこと自体については肯定的に捉えていますし、そのような通貨間競争は大いに歓迎します。な
ぜなら私自身、現在の中央銀行通貨にもっとしっかりして欲しいという思いがありますので。「例えビ
ットコインが普及したとしても、ビットコインより信用されないような通貨になるなよ」と。現在はビットコイン
の価値をドルで測っていますけれども、ひょっとしたらドルの価値をビットコインで測る時代が来るかも
知れないわけです。今のところはビットコインの価値がドルで測られ、その価格も乱高下しています
から、ビットコインはドルと競争するレベルには到達していません。しかし、将来的にはビットコインのよう
な仮想通貨がドルと競争する時代が訪れることを期待しています。というのも、私自身、通貨協調
というものが嫌いだからです。例えば、メルセデス・ベンツとトヨタ自動車が協調するというニュース
を聞いたら、あなた方は違和感を覚えますよね。2 つの自動車会社は互いにつるんで技術革新へ
の努力を怠るのではないか、と。これと同じ話で、円とドルとユーロが互いに協調するという話を何
故みなが歓迎するのか、私は理解できません。通貨というのは、互いに競争することで自由にな
れず、自由になれないからこそ自らの価値を高めようと努力するのです。それが経済学者ハイエク
の主張した通貨間競争の本質です。現在はその真逆で、通貨当局同士が結託して通貨価値が
下がる(インフレーション)ように努力すれば、皆がモノを買うだろう、景気が良くなるだろう、と考えら
れているのです。クリプトカレンシーにはこの状況を打破する可能性があると考えていますし、それが
現実通貨にもたらす大きな影響であると思います。
――ありがとうございました。
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岩村教授取材総括
岩村教授へのインタビューでは、ビットコインが貨幣として抱える構造上の問題点について、お話を
伺った。取材のなかでは、ビットコインの普及を妨げる要因として、①価格が不安定であること、②取
引を支える構造が将来的に維持されなくなる恐れがあること、の 2 点が挙げられた。
第一に、ビットコインは市場価格を安定させる構造を獲得しなければならない。ビットコインは、市場に
供給されるペースが固定されており、マイニング産業におけるマイナーの参入・退出の影響がコインの
市場価格に直接反映する仕組みになっている。これが、ビットコインが投機的な価格の乱高下を起こ
しやすい理由である。ビットコインの価格を安定させるには、マイナーの参入・退出に応じてコイン供給
ペースを変動させる仕組みに変更しなければならないのであるが、これはビットコインのシステムの根本
に関わる問題であるため、易々と改められないのが現状である。
第二に、ビットコインは取引を持続的に維持する仕組みを作る必要がある。現在、ビットコイン 1 取引
当たりの費用は約 20 ドルである。これは国際送金の手段としては安価であるが、国内での取引に使
用するには極めて高額である。そして、この取引費用は採掘によって新たに供給されるビットコインによ
って賄われている(これを経済学ではキャピタライゼーションと呼ぶ)。問題は、ビットコインの供給量が、
長期的に減少していくように設計されているため、キャピタライゼーションによって取引費用を維持する
現在の構造が将来にわたって持続する保証はないということである。取材の中でこの問題に対する
明確な回答は示されなかったが、ビットコイン発行上限の引き上げを含め、取引コストに見合うビットコ
インの供給を維持するような試みが今後なされるのかもしれない。
以上のような問題を抱えるビットコインであるが、今後新たなイノベーションによって課題が解決される
可能性は大いにあるだろうし、ビットコインの弱点を克服した新種の仮想通貨が台頭してくることも十分
に考えられる。いずれにせよ、発展を続ける仮想通貨が現実の貨幣と肩を並べ、互いに競い合う時
代が到来するのも、全くの夢物語ではなさそうである。フリードリヒ・ハイエクの主張した「通貨間競争」
の考え方に則れば、通貨当局同士が協調してインフレを誘導しようとする現在の情勢は不健全の極
みである。こうした状況の中で通貨の管理主体を持たないビットコインのような仮想通貨が存在感を
増せば、通貨協調の風潮は競争に転じるだろう。減速する世界経済を好転させる契機は、仮想通
貨によってもたらされるのかもしれない。
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全体総括
今回訪問させていただいたのは、ビットコインビジネスの最先端を開拓されている株式会社
「bitFlyer」の取締役・加納裕三氏、ビットコインを含めた貨幣制度について最新の知見をお持ちの
岩村充氏のお二方である。
簡潔に双方のインタビューの要約をする。加納氏から伺ったのは、bitFlyer の危険性、および将来
性についてである。日本ではマウントゴックスによるビットコイン消失問題が大きく取り上げられたことが
あり、ビットコインそのものに対する懐疑が強い。
しかしまず、ビットコインには特有のメリットが数多くある。ひとつは、その手数料の安さである。特に海
外送金の場合、銀行を利用すると金額に比例した大きな額の手数料を取られてしまうが、ビットコイン
の場合は金額に関わらず少額の手数料で送金することができる。また、ビットコインがある程度の安
定性を持っていることもメリットのひとつである。先進国ではあまりこのことを実感する機会は少ないが、
自国通貨が乱変動するアジアやアフリカの国家である場合はビットコインの方が安定性を持っている
というケースが多々ある。
また、多くの人が懸念するセキュリティの問題についてであるが、これに関してもその心配の必要はな
くなりつつある。たとえば、マウントゴックスのように杜撰な管理を行う企業の出現を予防するために、事
業者連合による自主規制による対応が進んでおり、ユーザが安全にビットコインを利用できる環境は
十分に整っている。
その他に想定される他のセキュリティ問題(51%問題)も、市場の合理性に立脚すればそれが起こ
る可能性は限りなく低いことが分かっている。ビットコインのシステムの根本を破壊するためには、大量
の資金を投入してかつそれを無駄にしなければならないからだ。漠然とした「不安定」というイメージは、
その多くが杞憂であるものだとも言えるかもしれない。
このように、ビットコインが普及する環境は整いつつあるが、しかし加納氏はビットコインが既存の通貨
を駆逐するには至らないだろうとも指摘する。既存の中央銀行制度が金融政策上重要な役割を果
たしているため、ビットコインがその役割を代替することは難しいからだ。ただ、一般の消費者の決済手
段の一つとして重要な位置づけを担うことは可能であるし、それは近い将来にも達成されるだろうと考
えられる。
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一方で、岩村氏にはビットコインの性質についてうかがった。
ビットコインは本質的には「電気」を価値の源泉とする実物貨幣であり、その採掘に要する「電気代」
が貨幣の信用を裏付けている。既存の貨幣のように政府や中央銀行といった後ろ盾を持たないの
がその特徴である。岩村氏はビットコインの可能性に着目する一方で、その限界も指摘する。ビットコイ
ンは貨幣供給量が固定された貨幣であるために、価格の乱変動の危険性から逃れられない。ビット
コインの不安定性は構造的なものであるため、今のままではそれが実用に耐えうるほどの安定性を持
たせるのは難しい。また、ビットコインの「決済が安い」という言説の欺瞞も指摘する。取引者が増加し
ない限りは、ビットコインの生産のために利用する電気料は既存通貨に要する取引の手数料を上回
る。すなわち、既存通貨以上のエネルギーがビットコインの取引に要されているのであり、取引全体と
いう視点で考えた時のコストはむしろ既存通貨の方が低いといえる。
両氏の意見を併せて考えると、まずビットコインのセキュリティに関してはさほど心配には及ばないとい
うことが分かる。事業者間の自主規制によって安全性が保持されているし、膨大な資金を賭けてリタ
ーンのない行為をする人間が現れるリスクは限りなく小さい。
しかし、これが通貨としての有用性を獲得するには問題点がいくつか残っている。そのひとつが、ビッ
トコインの構造的な限界性であり、値段の不安定性である。また、生産にかかるコストが高額であると
いうことも問題の一つである。この克服にはビットコインの普及が不可欠であり、しかし逆にいえばビット
コインが十分に広まればエコロジーの観点から考えたコストも安価に抑えられるようになる。
前者の問題については、確かにこれを克服するのは難しい。ビットコインの値段は安定することも多
いが、投機的に売買する人が多い現状では、暴落というリスクを犯してまで、単なる決済という目的
のために既存の通貨をビットコインに変換させようとする人は少ないだろうし、こうした価値変動のイメー
ジが一般の消費者をビットコインから遠ざけている遠因であるといっても差し支えないだろう。そして、こう
した萎縮効果がビットコインのコストを高めているという悪循環の連鎖をも生んでいる。しかし、逆にいえ
ばこの問題を解く鍵は利用者の増加にあるともいえ、bitFlyer のような一般の消費者にアプローチし
たビジネスがビットコイン全体の安定性に寄与するということも考えられる。悲観的になり過ぎるのも見
当違いであろう。
そして両氏の意見で共通しているのは、こうした新しい通貨の登場を肯定的に捉え、それが既存の
通貨の補完的役割を果たすと捉えている点である。それは加納氏が構想するような新しい形態の会
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社の登場、決済の高速・単純化を促す貨幣として、あるいは、岩村氏が考えるように既存通貨の信
頼度の指標としての貨幣としてなど、ビットコインは様々な役割を果たすことを期待されていると言い換
えても良いだろう。
ビットコインは確かに完全ではない。しかし、既存の貨幣が成し得ない役割を担うポテンシャルを有し
ていることは確かである。「ビットコインか既存通貨か」という安直な二元論に陥ることなく、それらが適
当な場面で使い分けられることが重要であろう。政府は電子通貨を萎縮させない適切な規制を講じ
る必要があるし、事業者は私利に走って電子通貨の価値を貶めないような配慮をしなければならな
いし、また消費者もこれらの価値をただ「新しい」という理由だけで拒絶せず、受容していくことが大切
である。日本がアメリカなどの欧米国に比べて金融技術の面で後塵を拝していることはよく指摘され
るが、その克服には革新に寛容になる人々の意識の変化が必要なのかもしれないと考えた。
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おわりに
2014 年度東京大学法律勉強会経済班の冊子はいかがでしたか。
ビットコインとその将来性について、私たちの研究を通して少しでも関心を持って頂ければ幸いです。
普段私たち法律勉強会では、様々な職業が持つ魅力や特性を体感することを目的に定期的な
訪問活動を行っております。働く「人」の視点から社会の在り方を直接学ぶことで、自らの将来を考え
る経験を日々積み重ねていくためです。
私たちにとってこうした駒場祭研究は、通常の活動よりも時間をかけて濃く研究に取り組むことができ
る貴重な機会です。新しいテーマを設定し、本や論文から関連する知識を吸収し、訪問を通して現
場を知る方から直接お話を伺う……。この繰り返しにより新たな疑問点が浮かび、研究はさらに前へ
と進んでいくのです。
ビットコインに関する私たちの研究は、ひとまずここで終わりとなります。
しかし一人一人の成長はこの後も続いていきます。
さらなる高みを目指して、研究意欲を常に持ち続けていられたらと希望します。
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