ミャンマーにおける生態に関する一考

ミャンマーにおける生態に関する一考
ミャンマー環境研究所 所長 1
森林と野生生物
ミャンマーは、国土面積 667,553Km2、海岸線延長
2,832Km、インドシナ半島西側の北緯 10 度~28 度 30
分、東経 92 度 10 分~100 度 10 分に位置する国であ
り、北部の大部分は熱帯性気候帯から外れている。ア
ジア亜大陸、ユーラシア中央アジア、インドシナ及び
マレー群島(スンダ列島)―後者2つは、南東アジア
あるいはオリエンタル地域とも言う-といった生物
地理学的に 4 地域にもまたがる位置は世界でも珍し
い。ミャンマーの植生、動物相は、これら大きく異な
った特性の各地域が混ぜ合わさった特徴を現わして
いる。
ミャンマーの森林被覆率は 47%である(表1)。
世界で最多降水量を記録する地域では、様々な森林構
成からなる常緑樹林があり、固有な動植物の生態系が
育まれている。ミャンマーの落葉混合樹林(mixed
deciduous forest)は、経済的理由からチーク材が有名
であるが、チークは水を含んだ土壌と傾斜がある土地
で優種となっている。ラテライト性土壌に自生するフ
タバガキ科(学名:Deciduous dipterocarp)系の森林
では、開放性の樹冠と下地の草本層が見られ、海抜
900m~1800m の地区では、ブナ(オーク)林が卓越
している。また、ミャンマーには 900 万ヘクタールに
及ぶ竹林があり、多くの種は経済的にも重要である。
このうち、大規模な竹林は、ラカイン州、バゴー管区、
タニンダーリ管区などに存在している。年間降水量が
1,000mm 以下の中央乾燥地帯では低木林が覆ってい
る。
南部及び沿岸部は、かつては低地の熱帯雨林、マン
グローブ林、淡水の湿地林であった。中央乾燥地帯は、
有刺低木林やインダイン(Indaing)と呼ばれる発育不
良な低木の乾燥落葉樹林である。低丘陵地帯の周辺は
落葉混合樹林、さらにその外辺を半常緑樹林帯が囲ん
でいる。ミャンマーの中央及び北部地帯をアーチ状に
取り囲む丘陵地を登っていくと、常緑樹林からなる山
林が形成されている。さらに北部の植生区分は、ブナ
(オーク)などの温帯林から亜高山帯針葉樹林までと
幅広い。ミャンマーの最も高度の高いところでは、モ
ミ、白樺、ツツジの他、種々の亜高山帯植物が確認さ
れている。
地形学的には、北部及び西部は起伏に富む山岳地形
である。一方、東部は丘陵性の高原地帯である。北か
ら南へと山脈が連なっているが、国土の中央からは平
野が広がる。この平野は、エーヤワディ、チンドウィ
ン、シッタン、サラウィンの4大河川流域である。国
土の南端は、ほぼ全地域をタイと国境を接する丘陵地
1
Dr. Win Maung
帯のタニンダーリ半島である。
以上述べてきたように、ミャンマーは、緯度的に広
がりが大きく、海抜ゼロメートルの平地から 18,790
フィートの降雪山峡地帯まで有し、気温差も幅広く、
降水量も 30 インチから 200 インチの場所があるなど、
生態学的見地から非常に興味深い国土となっている。
表1 ミャンマー国土区分
区 分
常緑林
落葉樹林
マングローブ林
低木林
農地
陸水地
データなし (雲により判別
不明)
面積
(km2)
203245.9
84955.2
1823.8
220676.3
138252.2
1036.4
10908.1
%
30.8
12.9
0.3
33.4
20.9
0.2
1.7
危惧種
ミャンマーには生物資源が豊かである。生物種のリ
スト、国家インベントリー、は未だ完成していないが、
350 種の哺乳類、300 種の爬虫類、350 種の淡水魚、
800 種の蝶類、1035 種の鳥類、9600 種の植物の存在
が公的に認められている。哺乳類のうち、虎(Panthera
tigris)アジア象(Elephas maximus)レッサーパンダ
(Ailurus fulgens)等は絶滅危惧種のうち危険性の高い
IBであり、固有種のエルズ鹿(Cervus eldi thamin)、
アジア黒熊(Ursus thibetanus)ヒマラヤヤギ(Budorcas
taxicolor )赤カモシカ( Naemorhedus )山岳牛( Bos
gaurus)、雲豹(Neofelis nebulosa)アジアゴールデン
キャット(Catopuma temminckii)、野生犬(Cuon alpinus
baileyi)等が絶滅危惧 II 類となっている。(表2).
固有のカメ類は 7 種―ビルマガシラスッポン
( Chitra vandijki ) ビ ル マ ホ シ ガ メ ( Geochelone
platynota )ヒラタヤマガメ(Heosemys depressa)ビ
ルマセタカガメ(Kachuga trivitatta)ビルマハコスッ
ポン(Lissemys scutata)ビルマメダマガメ(Morenia
ocellata)ミヤビスッポン(Nilssonia formosa)である。
これら 7 種類は、世界的にも絶滅の危険性が高い種と
して危惧されているミャンマー固有種である。鳥類相
に関しては、5 種類が絶滅寸前種、7 種が絶滅危惧 I
B類、34 種が絶滅危惧 II 類である。
植相に関しては、主として裸子植物類、被子植物類
Dr. Win Maung, Chairman, Myanmar Environment Institute
-4-
という限られた一部の植物についてしか評価がされ
ていない。ミャンマーで存在が確認された 38 種のみ
が国際的危惧種に挙げられているが、このうち 33 種
が被子植物類、5 種が裸子植物類である。世界的に危
惧されている被子植物はすべて樹木であり、3分の2
がフタバガキ科類である。世界的に危惧されている裸
子植物類は、ソテツ(Cycas siamensis)、針葉樹類―
ショウナンボク(Calocedrus macrolepis)インドイヌ
ガ ヤ ( Cephalotaxus mannii ) ビ ル マ ト ウ ヒ ( Picea
farreri )及びタイワンスギ(Taiwania cryptomerioides)
である。これらの種の危惧は森林の劣化と損失を原因
とするものである。
35 Rakhine Yoma Elephant
Range
36 Shinpinkyetthauk
37 Shwesettaw
38 Shwe-U-Daung
39 Tanintharyi
40 Tanintharyi
41 Taunggyi
42 Thamihla Kyun
43 Wenthtikan
野生生物保護
区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
国立公園
自然保護区
鳥類保護区
野生保護区
鳥類保護区
指定
2002
1755.70
申請中
指定
指定
申請中
指定
指定
指定
指定
2006
1940
1918
2002
2005
1930
1970
1939
3671.90
552.70
325.95
2071.81
1699.99
16.06
0.88
4.40
表2 IUCNレッドリスト2011に掲載されている危惧種
分類群
哺 乳 類
鳥
類
爬 虫 類
無脊椎動物
植
物
合
計
絶滅寸前 絶滅危惧 絶滅危惧II種
4
10
26
5
7
37
6
13
6
0
0
1
13
12
13
28
42
83
計
40
49
25
1
38
153
保護区
生物多様性を保全するのに必要な、自然や生物を敬
う意識は、ほとんどのミャンマー国民にとって身に付
いた習慣である。政府は野生動植物及び自然保護法を
1994 年に制定し、保護区域を短期的には 5%、長期的
には 10%拡大することを目標と定めた。ミャンマー
は、野生保護区、鳥類保護区、国立公園、自然保護区
などを含め 40 地域において保護区を定めているほか
(表3、図 1 参照)、ワシントン条約、ラムサール条
約も批准している。
表3 ミャンマーにおける保護区
サイト名
1 Alaungdaw Kathapa
2 Bawditataung
3 Bumhpabum
4 Chatthin
5 Hlawga
6 Hponkanrazi
7 Htamanthi
8 Hukaung Valley
9 Hukaung Valley (拡張)
10 Indawgyi Lake
11 Inlay Lake
12 Kahilu
13 Kelatha
14 Khakaborazi
15 Kyaikhtiyoe
16 Kyauk-Pan-Taung
17 Lampi Island
18 Lawkananda
19 Lenya
20 Lenya (拡張)
21 Loimwe
22 Maharmyaing
23 Mainmahla Kyun
24 Minsontaung
25 Minwuntaung
26 Moscos Island
27 Moyingyi Wetland
28 Mulayit
29 Natma Taung
30 Panlaung-Pyadalin Cave
31 Parasar (Par Sar)
32 Pidaung
33 Popa
34 Pyin-O-Lwin
指定
国立公園
自然保護区
野生保護区
野生保護区
野生公園
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
国立公園
野生保護区
野生保護区
海洋国立公園
野生保護区
国立公園
国立公園
保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
野生保護区
鳥類保護区
野生保護区
国立公園
野生保護区
保護区
野生保護区
山岳公園
鳥類保護区
区分 設立年 面積(Km2)
指定
1989
1597.62
申請中 2008
272.52
指定
2004
1854.43
指定
1941
269.36
指定
1989
5 6.24
指定
2003
2703.95
指定
1974
2150.73
指定
2004
6371.37
指定
2004
15431.16
指定
2004
814.99
指定
1985
641.90
指定
1928
160.56
指定
1942
23.93
指定
1998
3812.46
指定
2001
156.23
申請中 2001
132.61
指定
1996
204.84
指定
1995
0.47
申請中 2002
1761.19
申請中 2004
1398.59
指定
1996
42.84
申請中 2002
1180.39
指定
1993
136.69
指定
2001
22.60
指定
1972
205.88
指定
1927
49.19
指定
1988
103.60
指定
1936
138.54
申請中 1997
722.61
指定
2002
333.80
指定
1996
77.02
指定
1918
122.08
指定
1989
128.54
指定
1918
127.25
図1 ミャンマーにおける保護区
(引用源:OIKOS and BANCA, 2011)
1990 年に制定された国家環境政策に基づいて自然
保護区の設定という政策概念が規定されているが、そ
の目的の一つが国立公園、野生生物保護区等のネット
ワーク化による野生生物管理の強化である。
山脈が北から南に連なっていることから主要河川
も北から南へと流れている。エーヤワディ川及びその
支流は、国土の 6 割の水源となってデルタ地帯を潤
し、アンダマン海にたどり着く。ほとんどの流域がミ
ャンマー国内であり、北部でマイハカ川とマリハカ川
の2河川がエーヤワディ川に合流している。西部地域
を流域とするチンドウィン川はマンダレーのすぐ下
流にあるミンガンで合流するエーヤワディ川最大の
支流である。エーヤワディ川は、マンダレーを迂回し、
ポパ山(海抜 1519m)という死火山からかつて流れ
出た溶岩流の西側を巡るように南に流れていく。大ま
かに言うとこの辺りがミャンマー中央乾燥部になる。
ボゴヨマ地帯は、エーヤワディ川とは別のシッタウン
川流域に属する北から南へと連なる低い山脈地帯で
ある。
-5-