ローヤリング リーガル・クリニックの 基礎

法実務教育教材
Ⅰ
ローヤリング
リーガル・クリニックの
基礎
山梨学院大学法科大学院
は し が き
本書は、本学における法実務教育の入門用テキストブックです。内容としては、①弁護
士としての相談、受任、問題解決のための基本的技能(1ローヤリングの基礎)
、②一般的
な民事訴訟手続の流れと弁護士としての関わり方(2一般民事クリニックの基礎)
、③刑事
訴訟手続の流れと弁護士としての関わり方(3刑事クリニックの基礎)
、及び④少年審判手
続の流れ(4少年事件クリニックの基礎)についてそれぞれ解説しています。
本学においては、既修者1年生及び未修者2年生を対象に、まず、ローヤリング、リー
ガル・クリニック、民事裁判実務、刑事裁判実務といった法実務教育が開始されますが、
本書はこれらの履修に先立って受講生が予習する内容を収めています。
本書自体で、法実務のある程度の体系をおさえているつもりですが、より効果的には、
コンメンタールなどを参照しつつ、同じく本学が制作した法実務教育用のDVD・ビデオ
「法実務バーチャル教材①:ローヤリング、リーガル・クリニックの基礎」で実際の映像
を見ながら勉強することを強くすすめます。これらについては、本学法科大学院棟のイン
トラネットで利用可能なメディア・デポのシステム上に蔵置してありますので、教員、法
科大学院生はいつでも視聴可能な状態になっています。
なお、既修者2年生及び未修者3年生の学習については、続刊の発展編として、民事訴
訟法実務、刑事訴訟法実務、子ども法実務、中国法実務のテキストブックの発刊及びビデ
オ・DVDの制作をそれぞれ予定しています。法科大学院生は修了までにこれらのすべて
のバーチャル教材で法実務を予習することができるようになります。
法科大学院生の皆さんには本学のバーチャル教材を十分に活用して、法実務の習得のみ
ならず、理論面の探求にも役立ててもらえれば幸いです。
2005 年 3 月
山梨学院大学法科大学院
法科大学院形成支援プログラム実行委員会
<本テキストは、本学が採択された「平成 16 年度文部科学省法科大学院等専門職大学院形
成支援プログラム・実践的教育推進プログラム選定プロジェクト『法実務教育バーチャ
ル教材の開発と地域利用』」の成果の一部です。>
1
目
次
はしがき
1
ローヤリングの基礎
―――――――――――――――――――――――――
1−1 ローヤリングの説明
4
5
1−2 法律相談の準備 9
1−3 事務所での相談 11
1−4 事実調査・検証 12
1−5 紛争解決の選択 15
1−6 説明報告義務
18
1−7 相談終了時の措置 19
2
一般民事クリニックの基礎
2−1 訴訟受任まで
――――――――――――――――――――――
21
22
2−2 手続の選択その1 27
2−3 手続の選択その2 30
2−4 訴状作成 32
2−5 訴状提出 37
2−6 第1回口頭弁論期日の指定、訴状送達 42
2−7 答弁書、反訴状 45
2−8 第1回口頭弁論 49
2−9 争点整理手続の概要
51
2−10 弁論準備手続 52
2−11 証拠調べ(証人・当事者尋問) 55
2−12 結審 59
2−13 和解 61
2−14 判決言い渡し 63
3
刑事クリニックの基礎 ――――――――――――――――――――――――
3−1 接見に至る経緯 67
3−2 逮捕時の弁護活動 69
3−3 勾留時の弁護活動 71
3−4 接見
75
3−5 公判準備 80
2
66
3−6 保釈
83
3−7 弁護人立証
3−8 弁論
4
87
91
少年事件クリニックの基礎
――――――――――――――――――――――
4−1 少年事件の特徴 96
4−2 審判期日の対応 99
<書式>
1−2−1
法律相談カード
9
1−5−1
内容証明郵便 16
2−4−1
訴状 34
2−5−1
内容証明
2−5−2
訴訟委任状(原告) 41
2−6−1
呼び出し状 44
2−7−1
訴訟委任状(被告) 46
2−7−2
答弁書
3−1−1
弁護人選任届 68
3−3−1
勾留状
3−3−2
勾留理由開示請求書 74
3−4−1
接見指定の通知書
3−4−2
接見交通の日時場所の指定に対する準抗告申立書
3−5−1
起訴状
3−6−1
保釈請求書 85
3−6−2
身柄引受書 86
3−8−1
弁論要旨
40
47
73
78
82
92
3
79
95
1
ローヤリング
の
基礎
4
1−1 ローヤリングの説明
1 「ローヤリング」とは
ローヤロングとは、
「相談から受任、解決までの弁護士としての職務を全うするために必
要な基本的技能の習得を目指すもの」と一般に言われているもので、耳新しい言葉の一つ
です。
弁護士の職務については、プロフェッションとしての高い倫理性とともに、①紛争解決
の手続を通じて依頼者の納得と信頼を獲得すること、②手続的正義そのものに価値を置き、
法の支配の理念を市民に分かり易く説明する責務を負っていることが指摘されています。
弁護士にとっては市民からの相談が法律業務の端緒となることが多く、すべて弁護士の法
律業務は、法律相談から始まると言っても過言ではありません。
従来、等閑視されてきた法律相談業務の中の「面接技術」の必要性を再認識し、その点
を強調する考え方から「ローヤリング」という法科大学院の科目が多く採用されるように
なっています。本学もその必要性と実務教育の重大性から、開校時よりローヤリングの講
座を開設しています。
2
法律相談の意義
(1)法律業務の入り口として
前記のとおり、相談から弁護業務は始まることから、弁護士にとっても市民にとっても
この出会いは重大な機会となり、その後の進展を左右する出会いとなります。市民にとっ
て、印象の良い弁護士に会え、相談がスムーズに行き、納得がいけば信頼関係が作り上げ
られ、訴訟まで行くときには依頼者になるでしょう。また、弁護士にとっても良き依頼者
に巡り会え、良い弁護士業務が出来ることになります。しかし、この逆の場合は、市民に
とって弁護士の印象は決して良くなることはなく、依頼もしないことになります。
(2)市民の自己責任の援助
今日の規制緩和や司法改革の中で、強調されている自己責任のルールが求められてくる
と法律相談の重要性は一層増加してきます。事前規制から事後救済型社会に移行する中で、
自己決定よって生ずるトラブルは自己責任で解決することが要求されてきます。法的知識
の少ない、またはトラブル解決経験の乏しい市民にとって、法律相談での弁護士の援助は
必要不可欠になるからです。
5
(3)法形成
個々の市民や弁護士の立場や存在を超えて、法社会学的には社会で機能したり、利用さ
れる法は、制定法と並んで、現実のトラブルを解決する判例法としての意味をもつことに
なります。現実の法形成の入り口に法律相談があると言われているところです。
3
従来型の相談とその反省
従来の法律相談は、法的な解決をしなければならないかどうかの判断及びその場合の解
決内容を知りたいとの法的知識を求めてくる相談者に、その道の権威者として対応し法的
知識を提供すれば足りていたのが実情でした。その相談利用者は、普段から弁護士と付き
合いのある経済的に余裕のある人々であるのが一般的でした。その背景には、弁護士人口
の偏在や不足や二割司法と言われる司法の現実が存在していたと指摘されていました。
しかし、日弁連が平成8年の総会で『いつでも、だれでも、どこでも』法律相談を受け
られるようにというコンセプトで、司法過疎の解消のために法律相談の充実を目指して、
全国の法律相談センターの設置や公設事務所の開設の運動を宣言し、今日では約300ケ
所の法律相談センターを設置し、飛躍的に相談件数が増加しています。
一方で、司法改革の中で『市民に身近で使いやすい司法』とりわけ身近で使いやすい弁
護士が求められ、弁護士へのアクセスをもっと容易に、敷居の低い・親しみやすい弁護士
が求められようになり、先の量的拡大と相まって質と技術の向上が求められ、法律相談の
再評価とその面接技術が研究されるようになってきました。
時代背景的には大量消費時代となって、相対取引を前提とした現代の民・商法を前提と
した法制度では、被害者救済が不十分であることと被害対策として従来の法律相談では対
応できなくなったことが認識されてきました(日本弁護士連合会『弁護士白書 2004 年版』)。
4
相談者の視線に立った法律相談の必要性
権威者として振る舞っていればよかった今までの稀少職種としての弁護士の法律相談は、
提供する側の論理のみで、場所も時間も提供情報内容も考えていれば足り、それで問題は
ありませんでした。
しかし、従来型の反省や法律相談の意義を考えていくと、相談者に満足や納得を与える
ことが不可欠で、相談者の視線を重視しなくてはならなくなってきました。
5
面接技術の必要性
法律相談については、専門家が素人の話を聴き取る難しさとその結果である法的判断を
正しく伝え理解して貰う困難さが指摘されています。相談者の相談目的がそれぞれ違うの
6
は当然ですし、また相談者自身が事実を把握していないことも多いので、法的判断にとっ
て何が重要かの判断がつかないといったことはよくあることなのです。弁護士はその話の
中から法的事実を見出して法的結論に導かねばなりません。そのためには充分な法的知識
と時には創造的な解釈のセンスも要求される高度な専門的能力と相談者に充分語らせる能
力も必要となります。法的判断を説明し相談者に納得して貰うこともまた難しいことで、
それぞれの生活実感が違うことから法的経験も違い、客観的法規範の内容を分かりやすく
説明する能力も必要となります。
自己破産やクレサラ事件など法的知識の提供だけでは解決にならず、相談者自身が主体
的に問題を解決することを望み、自立した生活者としての成長を待って解決出来る問題が
あり、さらに市民自体が高度な法的知識を有することが必要な問題(市民運動的事案等)
もあります。
これらからすると、弁護士は相談者の立場に立ち相談者が求める真の解決策を提示し、
問題解決のために立ち向かう相談者を援助することが求められ、そのための技術・技能が
求められていることになります。
6
カウンセリング型へ
知識の切り売り的な色彩の強かった従来型相談は、相談者も弁護士の活用法として専門
知識の提供を受ければ事足りていました。しかし、社会や情報手段の多様性・複雑性・匿
名性から多数の被害が発生する消費者被害や食品被害、公害事件などに見られるように、
事件解決は単発的な相談では解決しない事件が増加しつつあります。また規制緩和の社会
では自立的に解決する市民が求められ、この場合も知識の提供だけでなく自立的解決をす
る相談者のパートナーとして関わっていくことが必要になってきています。そこで相談者
との対話を通じて相談者の求めているものを理解し、本人が気づいていない問題の核心に
導いたり、自立的な解決に援助をすることが必要になる等、まさにカウンセリング型の法
律相談が求められています。
7
相談のチェックリスト
よく相談者の話を聴くことが最大限必要になりますが、当初は以下のチェックリストの
項目を参照して、聞き落としがないようにした方がよいでしょう。
①
相談者のニーズの把握 ②
④
相談者の理解度 ⑤
⑧
見通しの根拠 ⑨
⑫
相談者への指示(説明)
相談者の誤解の解消
相談者の納得・満足度 ⑥
採りうる法的手段
③
質問の回答
持参資料
⑩ 法律扶助の説明
7
⑦ 見通し
⑪ 他の相談の紹介
8
法律相談ツール(事実整理の仕方)
時系列表・当事者関係図・
「5W1H」表等を工夫して、事実整理メモを作成し聞き漏ら
しがないようにします。
8
1−2
法律相談の準備
弁護士事務所での法律相談は、個別の紹介者がいる場合が殆どで、弁護士会や地方公共
団体の住民サービスとして開催される法律相談会とは違うところです。
予約の受付時に、相手方の住所氏名や予約日時の確認だけでなく、担当者がどの様な相
談かの内容の概要を聴くことが大切です。相談に対する準備、持参資料の指示などがスム
ーズに出来ることと、受任してはいけない事件(利益相反者、双方代理など)か否かを判
断することが出来るメリットもあります。
受付担当者が、このような準備が出来るのが理想であり、これがパラリーガルの活用の
一場面です。以下の書式は、本学で用いられている法律相談カードです(書式1−2−1)。
書式1−2−1
法律相談カード
山梨学院大学法科大学院
相談日
年
月
ふりがな
(男・女)M・T・S・H
日(
年
法律相談記録票
)
月
日生
歳
氏名
現住所
〒
電話(
−
)
−
第2連絡先
(携帯電話など必ず連絡がつくもの)
勤務先
会社名
FAX(
)
−
FAX(
)
−
所在地
電話(
)
−
事件名
事件番号
9
種類
□ 金銭(損害賠償・貸金・売掛金・請負代金・求償金・その他)
□ 不動産(賃料請求・明渡請求・登記・その他)
□ 親族等(離婚・慰謝料・財産分与・養育費・認知・その他)
□ 相続等(遺産分割請求・遺留分減殺請求・遺言・その他)
□ 労働事件(賃金等・解雇等・労働災害等・その他)
□ 借金トラブル(サラ金・クレジット・商工ローン・その他)
□ 破産(事業者・非事業者) □ 任意整理
□ 民事再生
□ 行政事件(損害賠償・不服申立)
□ その他
相談時間
平成
年
月
日(
)
担当弁護士
時
分∼
時
分
担当学生
相談概要及び
指示
処理結果
1.相談で終了
2.相談継続
5.その他(
3.受任
4.弁護士会へ紹介
)
備考
*事前に電話で聴き取り該当箇所を記入し、相談内容の概要把握をして、相談の準備や持
参資料の指示をすることが出来ます。
*クレサラの相談や自己破産等定型的なものと一般相談カードを区別した方がよいでしょ
う。
*個人情報の関係で保管やカードの記入欄に注意が必要となります。
10
1−3
1
事務所での相談
弁護士が相談を受ける場合は、
「相談内容を良く聴く・早合点しない・予断を持たない」
という工夫をし、相談者との信頼関係が築くことが出来るように配慮して、相談者の視線
で物事を捉えて、相談者の満足・納得が出来るよう努めるべきです。
2
このことに関しては、「バイステックの7原則」と呼ばれる考え方があります。相談援
助(ケースワーク)の態度に関するこの原則が、法律相談面接においても基本的な手法と
して妥当し、必要不可欠なものと言われているので紹介しておきます。
<バイステックの7原則>
原則1
クライアントを個人として捉える
原則2
クライアントの感情表現を大切にする
原則3
援助者は自分の感情を自覚して吟味する
原則4
受けとめる
原則5
クライアントを一方的に非難しない
原則6
自己決定を尊重する
原則7
秘密を保持して信頼関係を醸成する
(実務ロイヤリング講義・59 頁参照)
11
1−4
事実調査・検証
事実調査や検証の目的は相談者の主張する法的事実を論証し裏付けることにあります。
民事弁護の立証活動は、
「ある権利ないし法律関係の実現を目的とし、事実関係を調査し、
証拠を収集し、自ら一定の事実認識を得た上で、さらに同証拠に基づいて第三者、とりわ
け裁判官をして、同一の認識に到達せしめるための活動」と言われています。
相談者からの聞き取りによる生の事実から、要件事実による事実の組み立てと裏付け証
拠の分析による、事実と証拠の検証を行います。これに加えて客観的な事実調査と証拠収
集による、客観化と検証作業が求められています。
【資料】事実調査・証拠収集のチェックリスト
基
1
準備段階
①
準
要証事実を把握し、請求原因事実・予想される抗
弁事実などを検討します。
②
各要証事実について関連して立証に役立つ資料
を検討します。
③
検討した要証事実に該当する事実について当事
者等から事情聴取します(場合によっては陳述書
を作成することも検討します)。
2
手持証拠の確認・ ①
依頼者の手元にある資料を確認し、検討します。
検討
賃貸借契約書の存否を確認します。
②
更新などの理由で契約書が複数通存在すること
もあるので注意します。
署名捺印など文書の成立の真正も確認します。
契約書の各条項の内容を検討します。
③
解除の意思表示の有無を確認します。配達証明付
き内容証明郵便で送付していれば内容証明・配達
証明を入手します。
④
賃料の支払状況の立証資料を入手します。
例:預金通帳、供託通知書(弁済供託の場合)
⑤
その他相手方と取り交わした文書、交渉経緯に関
するメモなども確認します。
12
備
考
3
客観的証拠の収集
法務局その他官公庁等で入手することが出来る基
本的な証拠を収集します。
①
土地・建物登記簿謄本ないし登記事項証明書(法務
局)
4
②
地図・公図(法務局)
③
建物所在図・建物図面・各階平面図(法務局)
④
固定資産評価額証明書(区市町村役場)
⑤
家屋課税台帳・土地課税台帳(区市町村役場)
⑥
住民票(区市町村役場)
⑦
商業登記簿謄本ないし登記事項証明書(法務局)
現地調査・関係者 ①
現地調査
調査など
紛争の現場に出向き調査します。係争物件の外観
のほか郵便物の残置状況、郵便受、表札などを調査
するとともに、近隣住民などにも聞き込み調査を行
います。
証拠となるべきものについては写真撮影をし、場
合によっては写真撮影報告書を作成するなど証拠化
しておくことが必要です。
②
関係者調査
紛争の関係者で聴き取りが可能なものについては
事情を聴取し、必要に応じて陳述書等を作成し、場
合によっては証人申請も検討します。
③
専門家からの聞き取り
賃料の多寡や物件の評価額などが問題になる場合
には、場合によっては不動産鑑定士などの専門家に
意見を聴取し、意見書、鑑定書を作成することも検
討します。
13
5
その他の証拠収集
方法の検討
その他収集困難な証拠については、相手方の開示を
求める他、裁判外・裁判上での証拠収集方法を検討し
ます。
(1) 裁判外での証拠収集方法
①
弁護士法23条の2による照会申出
②
当事者照会
(2) 裁判上での証拠収集方法
①
各種嘱託申立手続
(調査嘱託・文書送付嘱託など)
6
収集した資料の検
討・立証準備
②
文書提出命令申立て
③
証拠保全申立て
各資料の証拠価値を検討した上で、当該審理の争点
に沿った立証活動を展開する準備を行います。
(実務ローヤリング講義・117∼118 頁参照)
弁護士法 23 条の 2(報告の請求)
弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に
照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合にお
いて、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することがで
きる。
2
弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な
事項の報告を求めることができる。
14
1−5
1
紛争解決の選択
相談者のニーズ
相談者が何を求めて相談に来ているかをいち早く把握することが、極めて重要です。感
情の処理に来ているのか、知的好奇心を満足させるためか、トラブル解決のために来てい
るのかです。相談者の単なる満足・納得が相談の目的であるとすれば、極めて当然のこと
として弁護士の対応も変わらざるを得ないからです。
2
メリット、デメリットの説明
紛争解決を望む場合でも、そのための採りうる法的手段がいくつかある場合には、それ
ぞれのメリット、デメリット及び予想されるコストを十分説明し、どの手続きを採るのか
を判断して貰うことになります。まさに「インフォームド・コンセント」の場面です。
3
弁護士報酬
コストの中の1つである弁護士報酬は、平成16年4月から弁護士会の報酬規程が廃止
され、自由報酬制になったが委任契約書の作成義務、報酬見積書の作成など大幅に改正さ
れました。(日本弁護士連合会ホームページ<http://www.nichibenren.or.jp/>参照)
4
裁判外紛争処理手続(ADR)
ADRとは、alternative dispute resolution の略で、一般的には裁判外紛争処理手続とい
われています。
わが国では、裁判所の民事調停・家事調停と各弁護士会が手がけている仲裁センターの
外、日弁連交通事故紛争処理センター、財団法人交通事故紛争処理センター、建築紛争審
査会、住宅紛争審査会、地方労働委員会などがあり、ADRに関しては法改正が予定され
ています。
それぞれメリット・デメリットがあり、法的手段の選択としては一長一短でありますが、
相談者のニーズを踏まえて検討していかねばなりません。
15
5
内容証明郵便
催告、契約解除などの意思表示が到達したことの証明や、強制力はありませんが差出人
の強い意思を表す方法として、良く用いられるのが、「配達証明付内容証明郵便」です(書
式1−5−1参照)。
【 作成方法
】
①
通数 3通(差出人用、相手方用、郵便局用)作成し、それぞれ押印します。
②
字数制限
1行20字以内、1枚26行以内で書きます。
③
加除訂正
加除・訂正個所のある行の先頭に○字加入、○字削除、○字訂正と記入し
訂正印を押します。
④
封筒
差出人の住所・氏名、名宛人の住所・氏名を、本文と同一に記載して切手を貼
ります。
⑤
取扱郵便局
限定されています。大きな郵便局や本局、裁判所内の郵便局などで利用
可能です。
⑥
手数料 内容証明料と郵便料が必要です。
⑦
「同文内容証明郵便」同一文面を数人に出す場合に利用します。郵便局用と差出人用
は宛名を連名とし、相手方用にはそれぞれの宛名を書きます。手数料が違うので注意する
必要があります。
⑧
「電子内容証明」インターネットを通じて内容証明を発送する方法もあります。
【 http://www.hybridmail.go.jp 】
書式1−5−1
催
内容証明郵便
告
書
甲府市武田2丁目3番10号 加藤住宅
増
田
大 吉
殿
私は、貴殿に、甲府市武田2丁目3番10
号の店舗兼住宅85平方メートルを賃貸して
おります。ところが貴殿は、平成15年5月
分家賃、平成16年6月分から平成16年1
0月までの賃料の一部(各月3万円不足)を
支払っておりません。これまで賃貸人は、再
三督促してまいりましたが、一向に改められ
16
る様子がなく、貴殿との信頼関係は破壊され
たものというほかありません。
私は、最後にもう一度だけ貴殿の誠意を信
じて、平成16年11月10日までに上記未
払賃料をお支払い下さるようお願いします。
それにもかかわらず、同日までにお支払い
がない場合には、本催告書をもって、賃料不
払いを理由に、上記住宅賃貸借契約を解除す
ることを通告します。
平成16年10月29日
賃
貸
人
加 藤
美 樹
○
印
この郵便物は平成16年10月29日第96
47号書留内容証明郵便物として差し出したこ
とを証明します
武田第2郵便局長
武田 2 郵便局
12-18
16. 3. 1
17
1−6
1
説明報告義務
依頼者と弁護士の信頼関係
依頼者と弁護士との信頼関係は、弁護士がその使命と役割を果たす意味で最も重要なも
のです。弁護士は依頼者との信頼関係の形成、維持、発展に務めなければなりません。依
頼者への説明・報告がされてこそ依頼者の満足・納得が得られることから、信頼関係はこ
の説明・報告が充分されているか否かに関わっていると言っても過言ではありません。
2
インフォームド・コンセント
「インフォームド・コンセント」とは、元は医療の社会での患者の自己決定権を保障
するルールでしたが、弁護士と依頼者の関係にも当てはまります。弁護士から正しい情報
や知識の提供を受けて、理解した上で、自分で選択権を行使出来るという考え方ですから、
まさに依頼者の満足・納得のためには不可欠なものであります。
3
説明報告義務
ポイントとしては、
「分かりやすく、その都度、まめに、速やかに」行うこととし、重要
なことは書面で行うことです。
弁護士に対する苦情が多いのが、この説明報告義務に関するものであることを肝に銘じ
て欲しいと思います。
18
1−7
1
相談終了時の措置
最終確認と費用精算
相談終了時に、「何か聞き忘れたことはありませんか?」と聞くことを実践している弁護
士が多いと聞いています。相談者への配慮として必要なことです。
費用精算を誠実に行うことは、相談者への信頼を深める意味でも、相談者にリピーター
となって貰うためにも大切です。報酬基準については前記のとおり弁護士会の報酬規程は
廃止されましたが、各弁護士が明朗会計を心すべきです。
2
相談記録
相談記録は、相談者と相談内容とその回答の概要は記録に残すべきです。
かつての相談者を相手にする事件がこないとも限らず、複数弁護士がいる事務所では特
にそのような事態が生ずる可能性が高いことから弁護士職務基本規程でも規定が置かれま
した。
記録の保存・保管の消滅時効は、民法 171 条で 3 年間ですが、事件処理が終了したら保
管場所やそのコストを考えたら、原本は返却し必要なものはペーパーレスで保存する方策
を考えるべきでしょう。
弁護士職務基本規程
第 44 条(処理結果の説明)
弁護士は、委任の終了に当たり、事件処理の状況又はその結果に関し、必要に応じ法的
助言を付して、依頼者に説明しなければならない。
第 45 条(預り金等の返還)
弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金銭を精算したうえ、預り金及び預
り品を遅滞なく返還しなければならない。
第 59 条(事件情報の記録等)
所属弁護士は、職務を行い得ない事件の受任を防止するため、他の所属弁護士と共同し
て、取扱い事件の依頼者、相手方及び事件名の記録その他の措置を
とるように務める。
19
第 68 条(事件情報の記録等)
弁護士法人は、その業務が制限されている事件を受任すること及びその社員等若しくは
使用人である外国法律事務弁護士が職務を行い得ない事件を受任することを防止するため、
その弁護士法人、社員等及び使用人である外国法律事務弁護士の取扱い事件の依頼者、相
手方及び事件名の記録その他の措置をとるように務める。
民法 171 条
弁護士又は弁護士法人は事件が終了した時から、公証人はその職務を執行した時から3
年を経過したときは、その職務に関して受取った書類について、そ
の責任を免れる。
【主要参考文献】
・小島武司・須藤正彦・飯島澄雄著『民事実務読本Ⅰ』(東京布井出版・1988 年)
・小島武司・須藤正彦・飯島澄雄著『民事実務読本Ⅳ』(東京布井出版・1993 年)
・宮川成雄編著『法科大学院と臨床法学教育』
(成文堂・2003 年)
・日本弁護士連合会『法律相談のための面接技法』
(商事法務・2004 年)
・名古屋ロイヤリング研究会『実務ロイヤリング講義』(民事法研究会・2004 年)
20
2 一般民事クリニック
の
基礎
21
2−1 訴訟受任まで
民法
委任の規定
第 10 節
委任
第 643 条(委任)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方
がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
第 644 条(受任者の注意義務)受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもっ
て、委任事務を処理する義務を負う。
第 645 条(受任者による報告)受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務
の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなけれ
ばならない。
第 649 条(受任者による費用の前払請求)
委任事務を処理するについて費用を要すると
きは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければな
らない。
弁護士職務基本規定
第 22 条(依頼者の意思の尊重)
弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする。
2 弁護士は、依頼者が疾病その他の事情のためその意思を十分に表明できないときは、適
切な方法を講じて依頼者の意思の確認に努める。
第 29 条(受任の際の説明等)
弁護士は、事件を受任するに当たり、依頼者から得た情報に基づき、事件の見通し、処理
の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならない。
2 弁護士は、事件について、依頼者に有利な結果となることを請け合い、又は保証しては
ならない。
3 弁護士は、依頼者の期待する結果が得られる見込みがないにもかかわらず、その見込み
があるように装って事件を受任してはならない。
22
第 30 条(委任契約書の作成)
弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成し
なければならない。ただし、委任契約書を作成することに困難な事由があるときは、その
事由が止んだ後、これを作成する。
2 前項の規定にかかわらず、受任する事件が、法律相談、簡易な書面の作成又は顧問契約
その他継続的な契約に基づくものであるときその他合理的な理由があるときは、委任契約
書の作成を要しない。
第 34 条(受任の諾否の通知)
弁護士は、事件の依頼があったときは、速やかに、その諾否を依頼者に通知しなければな
らない。
第 37 条(法令等の調査)
弁護士は、事件の処理に当たり、必要な法令の調査を怠ってはならない。
2 弁護士は事件の処理に当たり必要かつ可能な事実関係の調査を
行うように努める。
民事訴訟法
第 54 条(訴訟代理人の資格)
法令により裁判上の行為をすることができる代理人のほか、弁護士でなければ訴訟代理人
となることができない。ただし、簡易裁判所においては、その許可を得て、弁護士でない
者を訴訟代理人とすることができる。
第 55 条(訴訟代理権の範囲)
訴訟代理人は、委任を受けた事件について、反訴、参加、強制執行、仮差押え及び仮処分
に関する訴訟行為をし、かつ、弁済を受領することができる。
2
訴訟代理人は、次に掲げる事項については、特別の委任を受けなければならない。
一
反訴の提起
二
訴えの取下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は第 48 条(第 50 条第 3 項及び第
51 条において準用する場合を含む。)の規定による脱退
三
控訴、上告若しくは第 318 条第 1 項の申立て又はこれらの取下げ
四
第 360 条(第 367 条第 2 項及び第 378 条第 2 項において準用する場合を含む。
)の規
定による異議の取下げ又はその取下げについての同意
五
代理人の選任
3
訴訟代理権は、制限することができない。ただし、弁護士でない
訴訟代理人については、この限りでない。
4
前 3 項の規定は、法令により裁判上の行為をすることができる代
理人の権限を妨げない。
23
弁護士が、依頼者の原告代理人となって訴訟を起こす場合、受任決定までに次のような
準備がなされています。
1
依頼者からの聞き取り、情報収集
訴訟の受任をするまでには、必ず依頼者と面接し、依頼者から話を聞きます。
依頼者が文書作成に慣れている人の場合や会社の担当者などの場合には、関係者の住所、
氏名、連絡先、時系列の事実関係などを書いた報告書、説明書等を持参してもらったり、
あるいは、事前にE-メールで送ってもらうこともあります。但し報告書がある場合でも、
その内容について法律家の目で、訴訟について必要なことを確認したり質問したりする必
要がありますので、面接は必ず行います。
登記簿謄本、契約書、請求書、内容証明など関係書類も依頼者にもってきてもらい、そ
れらの書類についても説明を聞きます。
2
事実関係の調査
依頼者から提供される情報だけでは、正確な事実関係の把握はできません。裁判を起こ
すためには、弁護士は法律専門家の目で事実関係を調査し、証拠を集めます。依頼者は時
として(人間の当然の心情として)自分に不利な事実は話さないこともありますし、依頼
者の気付かないことや、知らない事実もあります。これらを発見し、より真実に近づくた
めにも弁護士による独自の調査が必要です。
調査の方法としては、まず、現物を見る、現場に行って見るという方法があります。特
に欠陥商品、知的財産権侵害物件などは、現物の確認、比較対照を行いますし、交通事故、
建築紛争、土地境界や私道、騒音などの近隣紛争などは現場の見聞が不可欠です。現場に
行く場合には、カメラを持参し、できるだけ沢山の記録を取っておきます。
住民票、戸籍謄本、固定資産評価証明などについて、依頼者本人の名義のもの以外は、
依頼者が取り寄せることは原則としてできません。弁護士は委任事務遂行に必要な範囲内
で取り寄せ可能ですから、これを活用します。その他の第三者への問い合わせ事項につい
ては、弁護士法 23 条の 2 の「報告の請求」(照会請求)という方法もあります。
弁護士自身の手では調査が困難な場合、興信所、探偵事務所などの利用も考えられます
が、費用の割には効果があがらない場合もあるので、依頼者とよく相談して行います。
科学技術(弁理士)、税務(税理士)、企業会計(公認会計士)、建築(建築士)、不動産
(不動産鑑定士)、登記(司法書士)など、専門分野について専門家がいる場合には、事前
調査の段階でそれら専門家からレクチャーを受けておくと良いでしょう。費用をかけても
24
良い場合には、専門家に意見書作成を頼むこともあります。
インターネットで入手できる情報、例えば、不動産登記事項、会社登記事項、検索でわ
かる相手方のホームページ、企業情報・信用情報、不動産の販売価格、路線価、各種手続
と必要書類、統計資料などは、弁護士としては「持っているのが当然」と考えましょう。
3
事件の結果の予測
上記のような方法で確認した事実関係に基づき、弁護士として依頼者の希望を実現する
ことができるかどうか判断します。
まずは、法律の条文を確認し、類似判例を調査し、場合によっては学説も調べます。最
新の法令を調べるには、インターネットの法令検索が便利です。判例の調査には、判例検
索ソフトが便利ですが、適切な判例をみつけるためには、やはり法律的な基礎知識と問題
点が何かをよく考えることが必要です。新しい問題の場合、類似判例がない場合は、学説
やときには外国の文献も調べ、自分が先陣を切って新しい判例をつくる心意気で臨むべき
です。
事実関係を把握し、法令、判例を調べ、さらに各種証拠を検討して、依頼事項の実現が
可能かどうか判断します。実現可能な場合には、実現するための法律構成を考えます。法
律構成とは、訴訟物や訴状の請求の趣旨と請求原因に当たる部分です。法律構成がいくつ
か考えられる場合には、立証が容易か、その紛争を解決するために適切か等の観点から法
律構成を選んで行きます。
4
依頼者への事件の見通しの説明
上記の調査、検討を行った結果、依頼者の希望するような解決の見込みがないことが判
明したときは、依頼者にその旨を伝えます。受任するかどうかの諾否は、弁護士は依頼者
にすみやかに回答する義務があります。
5
委任契約、訴訟委任状
訴訟にすることが決まったときは、弁護士は、依頼者との間で、弁護士報酬等について
の取り決めをし、委任契約書(あるいは報酬契約書)を作成します。
また、依頼者には訴訟委任状を書いてもらいます。その際、白紙委任状は絶対に受け取
るべきではなく、最低限委任事項は記入しておきます。委任者の署名は、必ず自筆のサイ
ンをもらうようにします。法人の場合は、登記簿謄本を確認して、住所、名称(商号等)
も正確に記載し、代表取締役など権限のある人の署名、捺印をもらいます。和解、取下、
請求放棄等の特別授権事項(民事訴訟法 55 条 2 項)についても、予め記載のある委任状を
25
使うと便利です。ただ、当然のことですが、和解や取下げなどは、委任事項に書いてある
からといって、依頼者に連絡することなく勝手に進めてよい訳ではありません。和解の内
容等については、その都度、場合によっては書面で依頼者の意思確認をすべきです。
26
2−2 手続の選択その1
民事調停法
第1条(この法律の目的)
この法律は、民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した
解決を図ることを目的とする。
第 2 条(調停事件)
民事に関して紛争を生じたときは、当事者は、裁判所に調停の申立をすることができる。
第 3 条(管轄)
調停事件は、特別の定がある場合を除いて、相手方の住所、居所、営業所若しくは事務所
の所在地を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定める地方裁判所若しくは簡易裁判所
の管轄とする。
第 16 条(調停の成立・効力)
調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したとき
は、調停が成立したものとし、その記載は、裁判上の和解と同一の
効力を有する。
家事審判法
第 17 条(調停事件の範囲)
家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。
但し、第 9 条第 1 項甲類に規定する審判事件については、この限りでない。
第 18 条(調停前置主義)
前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は、まず
家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
2
前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には、裁判所は、その
事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し、裁判所が事件を調停に付するこ
とを適当でないと認めるときは、この限りでない。
第 21 条(調停の成立と効力)
調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したも
のとし、その記載は、確定判決と同一の効力を有する。但し、第 9
条第 1 項乙類に掲げる事項については、確定した審判と同一の効力
を有する。
27
民事保全法
第 1 条(趣旨)
民事訴訟の本案の権利の実現を保全するための仮差押え及び係争物に関する仮処分並びに
民事訴訟の本案の権利関係につき仮の地位を定めるための仮処分(以下「民事保全」と総
称する。)については、他の法令に定めるもののほか、この法律の定めるところによる
第 23 条(仮処分命令の必要性等)
2
仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損
害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
4
第 2 項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経な
ければ、これを発することができない。ただし、その期日を経るこ
とにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情
があるときは、この限りでない。
裁判所の手続と言っても、普通の訴訟(通常訴訟)だけではありません。裁判所で話し
合いを続けたい場合には『調停』を申し立てたり、あるいは緊急を要する場合には『仮の
地位を定める仮処分』の申立をする場合もあります。
1
調停∼話し合いによる解決
紛争当事者が、裁判所という場で調停委員らの関与のもとに話し合いを行い、合意が成
立した場合に調停調書という債務名義を得ることのできる手続です。
調停には、簡易裁判所(ときに地方裁判所)で行われる民事調停、家庭裁判所で行われ
る家事調停があります。民事調停の根拠法は、民事調停法であり、離婚、相続など家事事
件については、家事審判法が定めています。調停の特色は、法律に拘束されず、条理にか
ない実情に即した解決ができる点、及び、当事者の合意により効力が根拠づけられる点に
あります。一定の事件については、調停前置主義がとられています。
裁判所で行われる調停は、裁判官である調停主任(家事審判官)
、及び調停委員によって
構成される調停委員会が主宰するのが原則です。調停が成立した場合には、調停調書が作
成され、この調書に裁判上の和解、確定判決と同一の効力が付与されます。
調停前置主義がとられている事件(離婚等の家事事件、地代増減請求等の借地非訟事件)
はもちろんですが、次のような場合には、通常訴訟だけではなく調停という解決方法も考
慮すべきでしょう。
・事件の相手方が、依頼者の親戚や友人などの場合
28
・事件の相手方が信用ある会社などの場合
・証拠が十分でない場合
・紛争の存在を秘密にしておきたい場合
・請求権がそもそも存在せず、権利関係を創設したい場合
2
仮の地位を定める仮処分∼緊急解決が必要な場合
民事保全法は、仮差押と仮処分について定めていますが、その仮処分には、2 つの種類が
あります。第 1 は、金銭以外の請求権に基づく強制執行を保全するための、係争物に関す
る仮処分で、第 2 は、争いがある権利関係について債権者に生じる著しい損害又は急迫の
危険を避けるため、本案訴訟(保全と対比するために、通常訴訟のことを本案訴訟と呼ん
でいます)の確定まで仮の状態を定める、仮の地位を定める仮処分です。仮差押と係争物
に関する仮処分は、将来の強制執行を保全するためのものですが、仮の地位を定める仮処
分は、本案訴訟の確定を待たずに本案訴訟で勝訴した状態等(仮の地位)を作り出すもの
です。訴訟の結果を先取りしてしまうので、断行の仮処分、満足的仮処分とも呼ばれます。
仮の地位を定める仮処分には、被保全権利(本案訴訟での請求権)だけでなく、保全の
必要性として、債権者(原告)に回復不可能な損害又は急迫の危険が生じるおそれがあり
これを避ける必要があることを疎明(軽い証明)する必要があります。担保が必要になる
こともあります。
この仮処分がしばしば利用される類型としては以下のものがあります。
・労働事件:賃金仮払い等
・人格権に関する事件:プライバシー侵害行為の差止、面談強要禁止等
・知的財産権に関する事件:販売差止等
・会社関係事件:新株発行差止、代表取締役の職務執行停止等
29
2−3 手続の選択その2
民事保全法
第 20 条(仮差押命令の必要性)
仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくな
るおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発
することができる。
第 23 条(仮処分命令の必要性等)
係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することがで
きなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがある
ときに発することができる
民事訴訟法
第6章
訴えの提起前における証拠収集の処分等〔平 15 法 108 本章追加〕
第 132 条の2(訴えの提起前における照会)∼第 132 条の9
(証拠収集の処分に係る裁判に関する費用の負担)
第 234 条(証拠保全)
裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる
事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、
証拠調べをすることができる。
訴訟を起こす場合、それに先行してあるいは併行して、次のような付随的、暫定的な手
続が必要になることがあります。これらの手続を怠ると、訴訟の遂行が困難になったり、
あるいはせっかく勝訴してもその執行が困難・不可能になったりしますので十分な注意が
必要です。また、一方でこれらの手続には大抵担保が必要になるので、依頼者が早急にそ
の担保を用意できるかも、相談しなければなりません。
1
民事保全
30
民事保全法の定める仮差押と係争物に関する仮処分は、訴訟提起前、あるいは訴訟と併
行して、現状維持をはかり、将来勝訴したときの執行を確保するための制度です。例えば、
金銭請求をする場合に、被告が一般財産である不動産を処分してしまうおそれのあるとき
は、所有不動産の仮差押をします。また、不動産の明渡し訴訟を提起する場合に、事前に
被告に対し占有移転禁止の仮処分を行うことはよくあります。このような保全をしておけ
ば、後に所有や占有の名義が変わっていても、仮差押、仮処分の時点の状態のままである
ものとして執行することができます。
2
証拠保全
証拠保全は、訴訟提起前あるいは係属中に、証拠が無くなってしまったり改変されたり
するのを防ぐための制度です。例えば、重要な証人が長期出国をする予定である場合(証
人尋問)とか、現場検証をしておかなければ証拠が消えてしまうおそれがある場合(検証)、
帳簿やカルテなどの書証を隠匿・改ざんする恐れがある場合(検証)などに、予め尋問や
検証を行うことになります。
3
訴えの提起前における証拠収集の処分等
訴訟提起前に証拠を収集する方法として、証拠保全とは別に、
「訴えの提起前における証
拠収集の処分等」という制度があります。これは,平成 15 年に新設された制度で、訴え提
起前であるにもかかわらず、一方当事者に対して訴訟上の権能を認め、片方当事者に対し
て一定の義務を課すものです。提訴予告通知を行った当事者は、相手方に対して文書によ
る回答を求めたり(照会、民事訴訟法 132 条の 2)、文書の送付嘱託、調査の嘱託(民事訴
訟法 132 条の 4)を求めることができます。
31
2−4 訴状作成
民事訴訟法
第 133 条(訴え提起の方式)
訴えの提起は、訴状を裁判所に提出してしなければならない。
2
訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一
当事者及び法定代理人
二
請求の趣旨及び原因
民事訴訟規則
第 53 条(訴状の記載事項・法第 133 条)
訴状には、請求の趣旨及び請求の原因(請求を特定するのに必要な事実をいう。
)を記載す
るほか、請求を理由づける事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該
事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。
2
訴状に事実についての主張を記載するには、できる限り、請求を理由づける事実につい
ての主張と当該事実に関連する事実についての主張とを区別して記載しなければならない。
3
攻撃又は防御の方法を記載した訴状は、準備書面を兼ねるものとする。
4
訴状には、第 1 項に規定する事項のほか、原告又はその代理人の郵便番号及び電話番号
(ファクシミリの番号を含む。
)を記載しなければならない
第 55 条(訴状の添付書類)
次の各号に掲げる事件の訴状には、それぞれ当該各号に定める書類を添付しなければなら
ない。
一
不動産に関する事件
二
手形又は小切手に関する事件
2
登記簿謄本
手形又は小切手の写し
前項に規定するほか、訴状には、立証を要する事由につき、証
拠となるべき文書の写し(以下「書証の写し」という。)で重
要なものを添付しなければならない。
訴訟を提起するというのは、訴状を書いて、裁判所に提出することです。
32
その訴状を作成する場合の注意事項は以下の通りです(書式2−4−1)。
1
当事者の確定
訴訟の相手方を特定することが必要です。特に動産、不動産を占有しているのが誰か明
らかでないこともあります。占有者が会社なのか社長個人なのか、そこにいる人は占有者
か占有補助者かの見極めも難しい問題です。
2
法人の場合
相手(被告)が商号を名乗っているときには、法人格があるか、代表者は誰か等を調査
します。依頼者(原告)についても同様の注意が必要になる場合もあります。訴状提出の
直前に最新の商業登記簿謄本(資格証明書)を取り寄せて確認します。ときには、関係の
ない別会社(似た商号の会社、同じ商号で別の市町村にある会社など)を誤って被告にし
てしまい、訴訟提起の費用や手続が全部無駄になってしまったり、あるいは訴訟の詳細な
内容が第三者に知られてしまい、トラブルを招くこともありますので、被告の同一性につ
いては、契約書類、名詞などと一致しているかどうか、入念にチェックする必要がありま
す。
3
自然人の場合
相手の名前の漢字を間違うと失礼であるし、訴訟のスタート時点で一歩相手に譲ること
になるので、被告の名前の漢字には注意しましょう。依頼者の名前を間違えたりしたら、
依頼者からの信頼を失ったりして、もっと大変なことになるかもしれません。
4
目的物の確定
不動産に関する訴訟では、不動産登記簿謄本(土地や建物の全部事項証明書)は不可欠
な書証です。この登記簿の記載と実際の不動産とを比較対照して確認します。不動産がた
くさんある場合には、別紙の物件目録として訴状につけます。
また、一筆の土地や建物の一部を目的とする場合には、図面などを利用して明確に特定
します。土地の場合、できれば測量士作成の正式な図面の方が、面積の計算も正確にでき
ますし、執行のときも容易です。
不動産の確定作業を怠り、実際の不動産との同一性が疑われる場合には、執行が困難に
なることもあります。
33
5
管轄裁判所
訴訟提起に際し、管轄裁判所がどこになるかは、弁護士にとって非常に重要なことです。
管轄裁判所が自分の事務所所在地から遠く離れた裁判所である場合には、受任を諦めるか、
地元の弁護士を紹介するか、復代理を頼むか、あるいは自ら出張して出かけていくかを決
めなければならないからです。自分が出張する場合、弁護士にとっては往復の時間がかか
りますし、依頼者にとっては弁護士の交通費や日当などの経済的負担が増えるからです。
なお、遠隔地にいる当事者、訴訟代理人の不便は、弁論準備手続における電話会議の利用、
書面による準備手続など「文明の利器」の使用によっていくらか緩和されていますが、管
轄裁判所に一度も出席しないで解決することは、まずありませんので、管轄裁判所の重要
性が無くなった訳ではありません。
6
添付書類の入手
原告、被告が法人の場合には、代表者の資格を証明するために商業登記簿謄本あるいは
資格証明を訴状に添付します。また、不動産に関する訴訟の場合には、訴額の算定のため
固定資産評価証明が必要になります。弁護士が正規の代理人であることを証明する訴訟委
任状も当然添付します。
書式2−4−1
訴
訴状
状
平成 16 年 4 月 10 日
甲府地方裁判所
民事部
御中
原告訴訟代理人弁護士
小
田 切
印
○
穣 治
甲府市屋形2−2−55
原
告
堀
内
昭
三 郎
〒400−8575 山梨県甲府市酒折2−4−5(送達場所)
電
話
055−224−1272
FAX
055−224−1272
上記原告訴訟代理人弁護士 小
田 切
穣 治
〒400−8575 甲府市酒折2丁目5番30―101号
被
告
34
清
原
道
夫
建物引渡等請求事件
訴訟物の価額
金1,600,000円
金 13,000 円
貼用印紙額
請求の趣旨
1.
被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2.
被告は,原告に対し,金 35 万円を支払え。
3.
被告は,原告に対し,平成 16 年 3 月 11 日から明け渡し済みまで 1 ヶ月金 7 万円
の割合による金員を支払え。
4.
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
請求の原因
1
賃貸借契約
原告は被告に対し,平成 14 年 11 月 25 日,原告の所有する別紙物件目録記載の建物
(以下『本件建物』という)を次の約定で賃貸し,同年 12 月 1 日,被告に引き渡した(甲
1,2)。
賃貸期間 平成 14 年 12 月 1 日から 3 年間
賃
料 月 7 万円(毎月末日当月分持参または送金)
使用目的 住居
敷
金
14 万円
特
約
騒音,ゴミ,自転車の駐輪など,アパート使用の規則を守り,近所迷惑に
なるような行為をしてはならない。
2
契約違反
被告は,本件建物を自宅住居として使用し,当初はまじめに生活し,きちんと賃料を
払っていたが,平成 15 年夏頃から,生ゴミを放置したり,夜中に大音量でステレオを鳴
らしたりするので,近所からの苦情が絶えなかった。原告は再三被告に注意したが,上
記のような近所迷惑行為は,全然止まなかった。
さらに被告は平成 15 年 10 月分以降の賃料を支払わなくなった。
3
契約解除
原告は,平成 16 年 3 月 1 日,被告に対し,迷惑行為の中止と未払い賃料の支払いの催
告をし,同月 10 日までに支払わない場合には,同日本件建物の賃貸借契約を解除する旨
通知し,同通知は翌 2 日に被告に到達した(甲 3 の 1,2)。
しかるに被告は,相変わらず近所迷惑行為を続けトラブルが絶えず,賃料も支払わな
35
い。
4
本件請求
よって,原告は,被告に対し,上記賃貸借契約に基づき未払い賃料の支払いを求め,
上記賃貸借契約の終了に基づき本件建物の明渡しを求めるとともに,平成 16 年 3 月 11
日以降本件建物の明渡し済みまで,賃料相当損害金として 1 ヶ月金 7 万円の割合による
金員の支払いを求める。
証拠書類
1.
甲第 1 号証
2.
甲第2号証 賃貸借契約書
3.
甲第3号証の1,2 内容証明郵便,配達証明
全部事項証明書(建物)
添
1.
訴状副本
2.
甲号証写
3.
評価証明書
4.
訴訟委任状
付 書
類
各1通
以上
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
物件目録
所
在
甲府市酒折2丁目5番地30
家屋番号
5番30
種
類
共同住宅
構
造
鉄筋コンクリート造陸屋根3階建
床 面 積
1階から3階まで
のうち1階101号室
各235.80平方メートル
35平方メートル
以上
36
2−5 訴状提出
民事訴訟法
<訴訟費用>第4章
訴訟費用
第 82 条(救助の付与)
訴訟の準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない者又はその支払により生活に著しい
支障を生ずる者に対しては、裁判所は、申立てにより、訴訟上の救助の決定をすることが
できる。ただし、勝訴の見込みがないとはいえないときに限る。
2
訴訟上の救助の決定は、審級ごとにする。
民事訴訟費用等に関する法律
第 3 条(申立ての手数料)
別表第一の上欄に掲げる申立てをするには、申立ての区分に応じ、それぞれ同表の下欄に
掲げる額の手数料を納めなければならない。
第 8 条(納付の方法)
手数料は、訴状その他の申立書又は申立ての趣意を記載した調書に収入印紙をはつて納め
なければならない。ただし、最高裁判所規則で定める場合には、
最高裁判所規則で定めるところにより、現金をもつて納めること
ができる。
1
提出物
訴状その他の必要書類を裁判所の民事受付に提出します。
郵送でもできますが、出訴期間、時効期間など提出期限ぎりぎりの場合や、その場で訂
正できた方が良い場合などは、直接受付に(訂正用に弁護士の職印を持って)持参します。
提出するものは以下の通りです。
2
訴状
37
裁判所用の正本 1 通と、被告用の副本 1 通(被告が複数の場合は人数分)を提出します。
3
書証(甲号証)写し
訴訟では、原告側提出の証拠書類を甲号証(甲第○号証)と呼び、被告側の書証を乙号
証と呼びます。通常、何の書証もなしに訴訟を提起することはありませんので、不動産登
記簿謄本、契約書、請求書、領収書等の原告の主張の証拠となる書類は甲号証としてその
コピーを訴状に添付します(例、書式2−5−1内容証明)。書証の原本は、訴訟手続が始
まってから証拠調べのときに提示しますので、訴状提出の段階では裁判所に持って行く必
要はありません。
甲号証の写しも、正本 1 通と副本 1 通を提出します。
4
証拠説明書
証拠説明書というのは、書証の標目、原本・写しの別、作成者、作成年月日、立証趣旨
を記載した書面です。書証提出の際に必要になりますので、通常は訴状に添付しておきま
す。
5
資格証明
原告、被告が法人の場合は、その法人登記簿謄本あるいは資格証明書を添付します。
6
固定資産評価証明
不動産に関する訴訟の場合には、訴額の算定のために固定資産評価証明を添付します。
7
訴訟委任状等
弁護士の訴訟代理権を証明するために訴訟委任状を提出します(書式2−5−2)。
8
その他の書類
訴訟要件に関する書面があれば添付します。原告、被告が未成年の場合、法定代理人の
代理権を証明するための戸籍謄本、離婚訴訟において夫婦であることを証明する戸籍謄本
などがこれに当たります。
38
9
印紙、郵券
申し立ての手数料に相当する金額の収入印紙(例えば、訴額 1000 万円なら 5 万円)を貼
付し、送達に必要な郵券(郵便切手で 6000 円程度。現金納付の裁判所もある)を予納しま
す。
申し立て手数料の正確な金額がわからない場合には、予め裁判所受付に請求の趣旨部分
をFAXで送って問い合わせをすることもあります。印紙が不足する場合には、追加すれ
ば良いのですが、誤って過剰に貼った場合には、返還手続が面倒になるからです。
印紙も切手も「訴訟費用」に当たりますので、最終的に訴訟費用負担者が負担します。
例えば、1000 万円の貸金請求訴訟を起こし、請求認容、訴訟費用被告負担の判決が出た場
合には、原告は 1000 万円とは別に、5 万円程度の訴訟費用も被告から取り立てることがで
きます。使用しなかった郵券は、訴訟終了後に原告に返還されます。
10
訴訟救助
貧困などのために、依頼者に訴訟費用(上記の印紙、郵券代)の支払い能力がない場合
には、訴訟救助の申し立てを行います。訴訟救助を受けるには、①勝訴の見込みがゼロで
はないこと、②資力がないことを疎明する必要があります。①は訴状や甲号証により、②
は納税証明等により疎明します。
なお、同じ依頼者の弁護士費用(着手金、報酬等)については、民事訴訟法の定める訴
訟救助ではなく、財団法人法律扶助協会の扶助(訴訟救助とは別の手続き)を求めること
になります。
11
受付
受付の書記官は、訴状に必要事項が記載されているかどうか、必要書類が添付されてい
るかどうか、収入印紙、郵券が揃っているか、その裁判所に管轄があるかどうかをチェッ
クし、形式上明らかな問題がなければ、受理します。
書記官は、受理した訴状に受付印を押し、事件簿に登載した後、事件番号(例えば
般民事事件なら
一
平成○○年(ワ)第○○号)を付して記録を編成します。そして、事務
分配手続に従って、これを特定の裁判官または合議体(例えば第1民事部)に配布します。
39
書式2−5−1
催
内容証明(催告書)
告
書
私は、貴殿に、甲府市酒折2丁目5番30号のアパートきみ荘1F居室35平方メー
トルを賃貸しております。
貴殿は、昨年来生ゴミを放置したり,夜中に大音量でステレオを鳴らしたりするので,
近所からの苦情が絶えず,また平成15年10月分から平成16年2月分までの賃料を
支払っておりません。これまで私は、上記迷惑行為の中止と賃料の支払いを再三督促し
てまいりましたが、一向に改められる様子がなく、貴殿との信頼関係は破壊されたもの
というほかありません。私は最後にもう一度だけ貴殿の誠意を信じて、平成16年3月
10日までに迷惑行為の中止し上記未払賃料をお支払い下さるようお願いします。
それにもかかわらず、同日までに実行されない場合には、本催告書をもって、賃料不
払い等の契約違反を理由に、上記アパート賃貸借契約を解除することを通告します。
平成16年3月1日
甲府市屋形2−2−55
賃
甲府市酒折2丁目5番30号1F
清
原 道
夫 殿
40
貸
人
堀 内
昭 三
郎
印
○
書式2−5−2
訴
住
訟
訴訟委任状(原告)
委
任
状
所 〒400−8575山梨県甲府市酒折2−4−5
電
話
055−224−1272
FAX
055−224−1272
弁護士
小 田
私は上記の者を代理人と定め、次の事項を委任します。
1
下記事件に関する一切の件。
<当事者> 原
告
堀 内
被
告
清
昭 三
原 道
郎
夫
<裁判所> 甲府地方裁判所
<事件名> 家屋明渡請求事件
2
和解、調停、請求の放棄、認諾、復代理人の選任。
3
反訴控訴上告またはその取下及び訴の取下。
4
弁済の受領に関する一切の件。
5
代理供託並びに還付利息取戻申請受領一切の件。
平成16年3月25日
〒400−0017
住所
甲府市屋形2−2−55
氏名
堀 内
昭 三
印
○
郎
41
切 穣
治
2−6 第1回口頭弁論期日
の指定、訴状送達
民事訴訟法
第 93 条(期日の指定及び変更)
期日は、申立てにより又は職権で、裁判長が指定する。
2
期日は、やむを得ない場合に限り、日曜日その他の一般の休日に指定することができる。
3
口頭弁論及び弁論準備手続の期日の変更は、顕著な事由がある場合に限り許す。ただし、
最初の期日の変更は、当事者の合意がある場合にも許す。
4
前項の規定にかかわらず、弁論準備手続を経た口頭弁論の期日の変更は、やむを得ない
事由がある場合でなければ、許すことができない。
第 94 条(期日の呼出し)
期日の呼出しは、呼出状の送達、当該事件について出頭した者に対する期日の告知その他
相当と認める方法によってする。
2
呼出状の送達及び当該事件について出頭した者に対する期日の告知以外の方法による
期日の呼出しをしたときは、期日に出頭しない当事者、証人又は鑑定人に対し、法律上の
制裁その他期日の不遵守による不利益を帰することができない。ただし、これらの者が期
日の呼出しを受けた旨を記載した書面を提出したときは、この限りでない。
<送達>第 5 章
訴訟手続
第4節
送達
第 98 条(職権送達の原則等)
送達は、特別の定めがある場合を除き、職権でする。
2
送達に関する事務は、裁判所書記官が取り扱う。
第 137 条(裁判長の訴状審査権)
訴状が第 133 条第 2 項の規定に違反する場合には、裁判長は、相当の期間を定め、その期
間内に不備を補正すべきことを命じなければならない。民事訴訟費用等に関する法律の規
定に従い訴えの提起の手数料を納付しない場合も、同様とする。
2
前項の場合において、原告が不備を補正しないときは、裁判長は、
命令で、訴状を却下しなければならない。
3
前項の命令に対しては、即時抗告をすることができる。
42
民事訴訟規則
第 56 条(訴状の補正の促し・法第 137 条)
裁判長は、訴状の記載について必要な補正を促す場合には、裁判所書記官に命じて行わせ
ることができる
民事訴訟法
第 138 条(訴状の送達)
訴状は、被告に送達しなければならない。
2
前条の規定は、訴状の送達をすることができない場合(訴状の送達に必要な費用を予納
しない場合を含む。)について準用する。
1
訴状審査
訴状を含む一件記録の配布を受けた裁判官(裁判長)は、訴状に、当事者及び法定代理
人、請求の趣旨及び原因がきちんと書かれているか、正しい印紙は貼ってあるかどうかを
審査し、足りないときは、相当期間を定めてこれを補正するよう命令を出します。期間内
に補正されないときは、命令で訴状を却下します。
ただ、実際は(弁護士がついている場合にはほとんど)補正命令などという強権発動は
行わず、担当書記官を通じて原告代理人に連絡して任意の補正を促しています。これは、
あくまで任意のものですから、補正の対象は請求の趣旨、原因、印紙代に限らず、主張を
明確にしてもらったり、足りない書類を出してもらうこと(例えば診断書、給与明細等)
など、訴訟進行に必要なことは何でも対象にすることができます。
2
口頭弁論期日の決定
第1回口頭弁論期日は裁判長が指定することになっていますが、実際は、担当書記官を
通じて原告代理人に電話で都合を聞いて、原告代理人の出頭できる日時を打ち合わせた上
で指定します。被告に代理人がいることがわかっている場合(関連事件が係属している場
合、管轄合意書が出ている場合など)は、被告代理人の都合を聞くこともあります。期日
が決まると、原告代理人は期日請け書を裁判所に提出して、第1回期日を待ちます。
3
送達
担当書記官は、被告に対して、訴状の送達を行います。送達は、通常訴状に記載された
43
被告住所宛に、次の書類を書留郵便で送ることによって行います。
・訴状
(副本)
原告の提出したもの。
・甲号証写し
(副本)
原告の提出したもの。
・呼び出し状
(書式2−6−1)
いつ、どこに出頭すべきかを書いた書面。
・被告への注意書き
裁判の意味、欠席した場合の取り扱い、答弁書の見本、裁判所の地図等。
書式2−6−1
呼び出し状
事件番号 平成16年(ワ)第99号
家屋明渡請求事件
原告
堀内昭三郎
被告
清原道夫
口頭弁論期日呼出及び答弁書催告状
平成16年4月17日
被
告
清
原 道
夫
殿
甲府地方裁判所民事第3部ロA係
裁判所書記官 多
田 俊
子
印
○
電話番号 055−222−1111
内線(0333)
FAX番号
055−222−9999
頭書の事件について、原告から訴状が提出されました。当裁判所に出頭する期日及び場
所は下記のとおり定められましたから、出頭してください。
なお、訴状を送達しますから、下記答弁書提出期限までに答弁書を提出してください。
記
期
日
平成16年5月15日午前10時00分
口頭弁論期日
出
頭
場 所
答弁書提出期限
当裁判所民事第3部第603号法廷(6F)
平成16年
5月 8日
(出頭の際には、この呼出状を上記場所で示してください。)
44
2−7 答弁書、反訴状
民事訴訟法
第 162 条(準備書面等の提出期間)
裁判長は、答弁書若しくは特定の事項に関する主張を記載した準備書面の提出又は特定の
事項に関する証拠の申出をすべき期間を定めることができる。
民事訴訟規則
第 80 条(答弁書)
答弁書には、請求の趣旨に対する答弁を記載するほか、訴状に記載された事実に対する認
否及び抗弁事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する
事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。やむを得ない事由によりこれらを
記載することができない場合には、答弁書の提出後速やかに、これらを記載した準備書面
を提出しなければならない。
2
答弁書には、立証を要する事由につき、重要な書証の写しを添付しなければならない。
やむを得ない事由により添付することができない場合には、答弁書の提出後速やかに、こ
れを提出しなければならない。
3
第 53 条(訴状の記載事項)第 4 項の規定は、答弁書について
準用する。
1
被告訴訟代理人の受任
被告側から依頼を受けた弁護士も、依頼者のために行うべきことは、原告側の弁護士と
基本的に同一です。
ただ、第1回期日や答弁書の締め切り等も決まっており、被告の場合には時間的な制約
もあるので、多忙な場合や不得意な分野で時間がかかる場合などは、すみやかに依頼を断
るべきです。
相談をうけた場合には、まず、訴状をよく読んで甲号証と比較して検討し、依頼者から
の聞き取り、情報収集を行います。甲号証に対する反対証拠(乙号証となるべきもの)が
あればこれも検討します。このようにして事実関係の調査、事件の結果の予測を行います。
45
被告側の場合、特に大事なことは、勝訴の見込みとの兼ね合いです。
勝訴の見込みがあれば、依頼者への事件の見通しを説明し、委任契約、訴訟委任状の作
成を行います(書式2−7−1)。事実関係の調査、法令・判例の調査を行って、証拠を収
集し、抗弁等の検討をします。場合によっては、反訴提起も検討します。
勝訴の見込みがないと判断したときは、依頼者に対し見込み薄であることを伝え、応訴
する場合の費用、心理的負担等を説明します。その上で徹底抗戦するか、早期に和解をす
るか、あるいは放置して欠席判決でも良いか、依頼者と話し合って方針を決めます。
2
答弁書の作成、提出
被告の訴訟代理人となった場合、弁護士は裁判長の指定した提出期間(通常は第1回期
日の 1 週前)内に答弁書を作成して提出します(書式2−7−2)。答弁書には、本案前の
抗弁、請求の趣旨に対する答弁、請求原因についての認否、抗弁事実等を記載します。期
日直前に受任した場合でも、争う意思を明確にするために、請求の趣旨に対する答弁だけ
は記載し、詳細な認否、反論は第 2 回以降に行います。
答弁書の添付書類は、訴訟委任状、間に合えば、書証(乙号証)
、証拠説明書などとも添
付します。
書式2−7−1
訴
訟
訴訟委任状(被告)
委
任
状
平成16年4月25日
住所
〒400−8575
山梨県甲府市酒折2−5−30きみ荘1F
委任者
清
原
道
印
夫 ○
私は、次の弁護士を訴訟代理人と定め、下記の事件に関する各事項を委任します。
弁護士
桑 田
喜 三
郎
住 所 〒400−0016山梨県甲府市武田2丁目1番35号
コスモビル3F
電
話 055−980−9360
FAX
46
桑田法律事務所
055−980−1192
記
第1
1
事件
相手方
原
告
堀
内 昭
三 郎
2 裁判所
甲府地方裁判所民事第3部
3 事件の表示
平成16年(ワ)第99号
第2
家屋明渡請求事件
委任事項
1 被告がする一切の行為を代理する権限
2 反訴の提起
3 訴えの取り下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は訴訟参加若しくは訴訟引受
による脱退
4 控訴、上告若しくは上告受理申立て又はこれらの取下げ
5 手形訴訟、小切手訴訟又は少額訴訟の終局判決に対する異議の取下げ又はその取
下げについての同意
6 復代理人の選任
書式2−7−2
平成16年(ワ)第99号
原告
堀内昭三郎
被告
清原
答弁書
家屋明渡請求事件
道夫
答
弁 書
平成16年4月28日
甲府地方裁判所民事第3部 御中
〒400−0016 甲府市武田2丁目1番35号
コスモビル3F
桑田法律事務所 (送達場所)
被告訴訟代理人弁護士
47
桑
田
喜
三
郎
印
○
電話番号
055−980−9360
FAX番号
055−980−1192
第1
請求の趣旨に対する答弁
1
原告の請求をいずれも棄却する
2
訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求める。
第2
請求の原因等に対する認否
1
請求原因1記載の事実は認める。
2
同2のうち,被告が近所迷惑行為を繰り返し近所でトラブルを起こしたことは否
認する。賃料を支払わなかったのは,風呂場の修理の件で原告が払わなくても良い
と言ったからである。被告は原告に対し反対債権を有する。
3
同3のうち内容証明郵便が来たことは認める,その余は争う。
4
同4は争う。
第3
被告の主張
1
近所のトラブルについて
被告には、アパートの他の住人とトラブルになったという事実がまったくないので,
そのトラブルを原因とする本件建物の賃貸借契約解除は理由がない。
2
風呂場修理の件
平成 15 年夏,本件建物の風呂場の修理が必要になったので,被告は原告に修理する
よう頼んだところ,原告は「被告の方で修理して欲しい。修理代は本来原告が払うべき
ものでから,修理代の分は賃料を払わなくて良い。
」と言った。
風呂場の修理は同年 10 月 9 日に終わり,修理代金は 50 万円かかった(乙1)
。風呂
場の修理代は本来賃貸人である原告が負担すべきものであり,原告もそのことを認めて
いたのである。従って仮に被告に平成 15 年 10 月分以降の賃料支払い義務があるとして
も,被告は原告に対し反対債権を有するので,これを未払い賃料債務 42 万円と相殺す
る。
附
1
属 書
訴訟委任状
類
1通
以上
48
2−8 第1回口頭弁論
民事訴訟法
<口頭弁論>
第 158 条(訴状等の陳述の擬制)
原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をし
ないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事
項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。
第 159 条(自白の擬制)
当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、
その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったもの
と認めるべきときは、この限りでない。
2
相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定す
る。
3
第1項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、
その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。
<書証の取り調べ>
第 219 条(書証の申出)
書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ず
ることを申し立ててしなければならない。
民事訴訟規則
第 137 条(書証の申出等・法第 219 条)
文書を提出して書証の申出をするときは、当該申出をする時までに、その写し 2 通(当該
文書を送付すべき相手方の数が 2 以上であるときは、その数に 1 を加えた通数)を提出す
るとともに、文書の記載から明らかな場合を除き、文書の標目、作成者及び立証趣旨を明
らかにした証拠説明書 2 通(当該書面を送付すべき相手方の数が 2 以上であるときは、そ
の数に 1 を加えた通数)を提出しなければならない。ただし、やむを得ない事由があると
きは、裁判長の定める期間内に提出すれば足りる。
2
前項の申出をする当事者は、相手方に送付すべき文書の写し及び
その文書に係る証拠説明書について直送をすることができる。
49
第 143 条(文書の提出等の方法)
文書の提出又は送付は、原本、正本又は認証のある謄本でしなければならない。
2
裁判所は、前項の規定にかかわらず、原本の提出を命じ、又は送付をさせることができ
る。
1
口頭弁論
口頭弁論は憲法 82 条の要請により、公開の法廷で行われます。
原告、被告双方が出席し、原告は請求の趣旨や請求原因を「訴状の通り陳述」し、被告
はそれに対する答弁を「答弁書の通り陳述」します。「陳述」の文字通りの意味は口頭で申
し述べることですが、実際の口頭弁論において「陳述」は「事前に提出しておいた書面を
正式に法廷に出すこと。裁判所に正式提出すること」といった意味に使われています。
2
被告の欠席
被告が口頭弁論期日欠席した場合には、自白したものと見なされます。そのため、被告
が公示送達以外の方法で呼び出しを受けたにかかわらず、欠席した場合には、訴状記載の
請求原因をすべて認めたことが擬制され、その事実によって原告の請求が理由有りと判断
されれば、原告の請求通りの判決が出されることになります。これがいわゆる「欠席判決」
です。
但し、第1回期日については、被告の都合を聞かないで期日が決められるという事情も
あるので、被告側は、第 1 回期日に限り、答弁書を提出すれば欠席することができます。
その場合、答弁書は『擬制陳述』とされ、法廷で陳述したのと同じ扱い(擬制)がなされ
ます。
3
書証の取り調べ
文書のうち当事者自ら所持する文書に関しては、書証の申し出は口頭弁論期日(準備的
口頭弁論期日、弁論準備手続期日を含む)において、原本を提出して行います。
書証を提出する際には、争点整理の実効性を確保し審理の充実・迅速を図るために、申
し出前に当該文書の写しと証拠説明書を裁判所と相手方に交付しておきます。
文書の証拠調べは、裁判官が提出文書を閲覧することにより行います。
50
2−9 争点整理手続の概要
民事訴訟法
第3節
1
争点及び証拠の整理手続
第1款
準備的口頭弁論
第2款
弁論準備手続
第3款
書面による準備手続
争点および証拠の整理手続
迅速かつ充実した審理を行うため、法は、争点及び証拠等の整理をし、立証すべき事実
を明確にするための手続(争点整理手続)として、3種類の手続きを用意しています。①
公開の法廷で行われる準備的口頭弁論、②準備手続室で非公開で行われる弁論準備手続、
③書面の交換によりなされる書面による準備手続です。
2
弁論準備手続の特徴
このうち、最も利用されるのは弁論準備手続です。弁論準備手続は、口頭弁論期日外の
期日において、争点及び証拠の整理を目的として行われるものです。原告か被告が遠い所
に住んでいる場合には、一方が裁判所に出頭すれば、他方は『電話会議』を利用して、自
分の事務所から手続に参加できます。
弁論準備手続きは、原則非公開です。この点が一般公開される準備的口頭弁論と異なり
ます。また、書面のやりとりだけではなく、裁判所と当事者が一カ所に集まって(当事者
の一方は電話参加のこともありますが)口頭で協議をします。この点が、書面による準備
手続きと異なる点です。そのため、弁論準備手続においては、紛争の背景事情を探るため
にプライベートなことも話すことができますし、率直な意見交換や緊密な協議を行うこと
もできるようになっています。
51
2−10 弁論準備手続
民事訴訟法
第 168 条(弁論準備手続の開始)
裁判所は、争点及び証拠の整理を行うため必要があると認めるときは、当事者の意見を聴
いて、事件を弁論準備手続に付することができる。
第 169 条(弁論準備手続の期日)
弁論準備手続は、当事者双方が立ち会うことができる期日において行う。
2
裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。ただし、当事者が申し出た者に
ついては、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除き、その傍聴を許
さなければならない。
第 170 条(弁論準備手続における訴訟行為等)
裁判所は、当事者に準備書面を提出させることができる。
2
裁判所は、弁論準備手続の期日において、証拠の申出に関する裁判その他の口頭弁論の
期日外においてすることができる裁判及び文書(第 231 条に規定する物件を含む。
)の証拠
調べをすることができる。
3
裁判所は、当事者が遠隔の地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の
意見を聴いて、最高裁判所規則で定めるところにより、裁判所及び当事者双方が音声の送
受信により同時に通話をすることができる方法によって、弁論準備手続の期日における手
続を行うことができる。ただし、当事者の一方がその期日に出頭した場合に限る。
4
前項の期日に出頭しないで同項の手続に関与した当事者は、その期日に出頭したものと
みなす。
第 173 条(弁論準備手続の結果の陳述)
当事者は、口頭弁論において、弁論準備手続の結果を陳述しなければならない。
第 174 条(弁論準備手続終結後の攻撃防御方法の提出)
第 167 条の規定は、弁論準備手続の終結後に攻撃又は防御の方法を
提出した当事者について準用する。(第 167 条:準備的口頭弁論の終
了後に攻撃又は防御の方法を提出した当事者は、相手方の求めがあ
るときは、相手方に対し、準備的口頭弁論の終了前にこれを提出す
ることができなかった理由を説明しなければならない。)
52
1
弁論準備手続の開始
裁判所は、争点整理の必要があるときは事件を弁論準備に付することができます。この
決定をする際、裁判所は当事者に意見を聴くことを要します。通常は口頭弁論期日におい
て当事者と審理の進行を協議した上で、弁論準備手続きに付すことになります。
2
なしうる訴訟行為
弁論準備手続においては、口頭弁論期日と同様に、準備書面の提出(陳述)、証拠の申し
出、書証の取り調べ等を行うことができます。
この手続きの中で、訴状、答弁書に加えて準備書面によって当事者双方の主張は出そろ
うことになり、書証の取り調べも全部済まされることになります。ですから、当事者も裁
判所も、事案の概要、争いのない事実、争点の所在を把握し、その争点のうち書証によっ
ては十分な立証ができなかったのはどの点なのかついて了解ができます。そこで、立証テ
ーマが決まり、当事者は、そのテーマを立証するための証人(あるいは本人)を選び、人
証の申し出を行います。人証の申し出は、人証の住所・氏名、証すべき事実、尋問事項、
尋問予定時間等を記載した書面を提出して行います。裁判所はこの申し出を受けて、証拠
調べの採否を決定します。
3
電話会議
裁判所は、当事者が遠隔地に居住しているときその他相当と認めるときは、当事者の意
見を聴いて、電話会議の方法によって弁論準備期日を実施することができます。ただ、書
面による準備手続の際に利用される電話会議とは異なり、期日に当事者の一方が出頭する
場合に限られます。
4
弁論準備手続の終結
争点整理の目的を達して弁論準備手続を終結するときは、裁判所は、その後の証拠調べ
によって証明すべき事実を当事者との間で確認します。この確認は、調書、争点及び証拠
の整理の結果を要約した書面によって行われることもあります。
5
結果の陳述
53
当事者は弁論準備手続後の口頭弁論において、弁論準備手続の結果を陳述します。これ
は、弁論準備手続で出された資料を口頭弁論に上程して、その後に行われる集中証拠調べ
との連携をはかるものです。
54
2−11 証拠調べ
(証人・当事者尋問)
民事訴訟法
第 190 条(証人義務)
裁判所は、特別の定めがある場合を除き、何人でも証人として尋問することができる。
第 201 条(宣誓)
証人には、特別の定めがある場合を除き、宣誓をさせなければならない。
第 202 条(尋問の順序)
証人の尋問は、その尋問の申出をした当事者、他の当事者、裁判長の順序でする。
2
裁判長は、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、前項の順序を変更することが
できる。
3
当事者が前項の規定による変更について異議を述べたときは、裁判所は、決定で、その
異議について裁判をする。
第 207 条(当事者本人の尋問)
裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合にお
いては、その当事者に宣誓をさせることができる。
2
証人及び当事者本人の尋問を行うときは、まず証人の尋問をする。ただし、適当と認め
るときは、当事者の意見を聴いて、まず当事者本人の尋問をすることができる。
第 208 条(不出頭等の効果)
当事者本人を尋問する場合において、その当事者が、正当な理由な
く、出頭せず、又は宣誓若しくは陳述を拒んだときは、裁判所は、
尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる。
民事訴訟規則
第 112 条(宣誓・法第 201 条)
証人の宣誓は、尋問の前にさせなければならない。ただし、特別の事由があるときは、尋
問の後にさせることができる。
2
宣誓は、起立して厳粛に行わなければならない。
55
3
裁判長は、証人に宣誓書を朗読させ、かつ、これに署名押印させなければならない。証
人が宣誓書を朗読することができないときは、裁判長は、裁判所書記官にこれを朗読させ
なければならない。
4
前項の宣誓書には、良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付け加えな
いことを誓う旨を記載しなければならない。
5
裁判長は、宣誓の前に、宣誓の趣旨を説明し、かつ、偽証の罰を告げなければならない。
第 113 条(尋問の順序・法第 202 条)
当事者による証人の尋問は、次の順序による。
一
尋問の申出をした当事者の尋問(主尋問)
二
相手方の尋問(反対尋問)
三
尋問の申出をした当事者の再度の尋問(再主尋問)
2
当事者は、裁判長の許可を得て、更に尋問をすることができる。
3
裁判長は、法第 202 条(尋問の順序)第 1 項及び第 2 項の規定によるほか、必要がある
と認めるときは、いつでも、自ら証人を尋問し、又は当事者の尋問を許すことができる。
4
陪席裁判官は、裁判長に告げて、証人を尋問することができる。
第 114 条(質問の制限)
次の各号に掲げる尋問は、それぞれ当該各号に定める事項について行うものとする。
一
主尋問 立証すべき事項及びこれに関連する事項
二
反対尋問
主尋問に現れた事項及びこれに関連する事項並びに証言の信用性に関す
る事項
三
2
再主尋問
反対尋問に現れた事項及びこれに関連する事項
裁判長は、前項各号に掲げる尋問における質問が同項各号に定める事項以外の事項に関
するものであって相当でないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを制限する
ことができる。
第 115 条
質問は、できる限り、個別的かつ具体的にしなければならない。
2
当事者は、次に掲げる質問をしてはならない。ただし、第 2 号から第 6 号までに掲げる
質問については、正当な理由がある場合は、この限りでない。
3
一
証人を侮辱し、又は困惑させる質問
二
誘導質問
三
既にした質問と重複する質問
四
争点に関係のない質問
五
意見の陳述を求める質問
六
証人が直接経験しなかった事実についての陳述を求める質問
裁判長は、質問が前項の規定に違反するものであると認めるとき
は、申立てにより又は職権で、これを制限することができる。
56
第 116 条(文書等の質問への利用)
当事者は、裁判長の許可を得て、文書、図面、写真、模型、装置その他の適当な物件(以
下この条において「文書等」という。)を利用して証人に質問することができる。
2
前項の場合において、文書等が証拠調べをしていないものであるときは、当該質問の前
に、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。ただし、相手方に異議がない
ときは、この限りでない。
3
裁判長は、調書への添付その他必要があると認めるときは、当事者に対し、文書等の写
しの提出を求めることができる。
第 117 条(異議・法第 202 条)
当事者は、第 113 条(尋問の順序)第 2 項及び第 3 項、第 104 条(質問の制限)第 2 項、
第 105 条(質問の制限)第 3 項並びに前条(文書等の質問への利用)第 1 項の規定による
裁判長の裁判に対し、異議を述べることができる。
2
前項の異議に対しては、裁判所は、決定で、直ちに裁判をしなければならない。
第 120 条(後に尋問すべき証人の取扱い)
裁判長は、必要があると認めるときは、後に尋問すべき証人に在廷
を許すことができる。
1
人証調べ
証拠調べには物についての取調べ(書証、物証など)と人に対する取調べがあり、人に
対する証拠調べには、証人尋問、当事者尋問(本人尋問)、鑑定があります。証人尋問と当
事者尋問は、その人の体験した事実についてその記憶を聞くもの、鑑定は、学識経験をも
つ人に判断・意見を聞くものです。
当事者尋問については、証人尋問の規定が準用されます。
2
証人義務
我が国の裁判権に服する者には、原則として出頭義務、宣誓義務、供述義務があり、こ
れらを総称して証人義務(一種の公法的義務)と言います。
3
尋問の手続き
尋問の申出は、各当事者が証すべき事実を特定した上で、証人の住所氏名、尋問所要時
57
間、個別具体的な尋問事項書をつけた証拠申出書を提出して行います。
裁判所は、申出を採用したときは、期日に証人を呼び出します。
法廷では、裁判長が人定質問を行い、宣誓前に宣誓の趣旨の説明や偽証の警告を行った
上で、宣誓をさせます。宣誓は、証人が宣誓書を朗読し、これに署名押印する方法で行い
ます。
尋問の順序は、通常、尋問の申し出をした当事者がまず尋問し(主尋問)
、次に反対当事
者が尋問し(反対尋問)、最後に裁判長が尋問します(補充尋問)。
4
尋問の制限
規則にある通り、当事者が、下記のような質問をすることは禁じられています。実際の
尋問の場で、このような尋問がなされたときは、相手方がすかさず「異議あり!」と声を
上げて質問をさえぎり、裁判長の判断を仰ぎます。裁判長が異議を認めれば、質問を撤回・
変更させ、認めないときは異議を却下して質問を続けさせます。アメリカ映画の法廷シー
ンでよく出てくる「Objection!」がこれに当たりますが、日本の法廷では映画のような激
しい応酬はあまり見ることがありません。裁判長が自ら、質問を制限することもあります。
一
証人を侮辱し、又は困惑させる質問
二
誘導質問
三
既にした質問と重複する質問
四
争点に関係のない質問
五
意見の陳述を求める質問
六
証人が直接経験しなかった事実についての陳述を求める質問
58
2−12 結 審
民事訴訟法
第 243 条(終局判決)
裁判所は、訴訟が裁判をするのに熟したときは、終局判決をする。
第 246 条(判決事項)
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。
第 247 条(自由心証主義)
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自
由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
第 249 条(直接主義)
判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がする。
2
裁判官が代わった場合には、当事者は、従前の口頭弁論の結果を陳述しなければならな
い。
3
単独の裁判官が代わった場合又は合議体の裁判官の過半数が代わった場合において、そ
の前に尋問をした証人について、当事者が更に尋問の申出をしたときは、裁判所は、その
尋問をしなければならない。
第 251 条(言渡期日)
判決の言渡しは、口頭弁論の終結の日から2月以内にしなければならない。ただし、事件
が複雑であるときその他特別の事情があるときは、この限りでない。
第 253 条(判決書)
判決書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一
主文
二
事実
三
理由
2
四
口頭弁論の終結の日
五
当事者及び法定代理人
六
裁判所
事実の記載においては、請求を明らかにし、かつ、主文が正当で
あることを示すのに必要な主張を摘示しなければならない。
59
判決の内容は、判決の基礎となる口頭弁論に関与した裁判官が確定します。合議制の場
合には、合議体の過半数の意見によって判決内容を確定します。
判決内容が確定すると、裁判所は判決言い渡し前に判決書を作成します。判決書の必要
的記載事項は、主文、事実、理由、口頭弁論の終結の日、当事者及び法定代理人、裁判所
です。口頭弁論の終結の日を記載するのは、既判力の基準時を明らかにするためです。判
決書には、原則として判決した裁判官が署名押印します。
60
2−13 和 解
民事訴訟法
第 89 条(和解の試み)
裁判所は、訴訟がいかなる程度にあるかを問わず、和解を試み、又は受命裁判官若しくは
受託裁判官に和解を試みさせることができる
第 267 条(和解調書等の効力)
和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一
の効力を有する。
民事訴訟規則
第 32 条(和解のための処置・法第 89 条)
裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は、和解のため、当事者本人又はその法定代理
人の出頭を命ずることができる。
2
裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は、相当と認めると
きは、裁判所外において和解をすることができる。
1
判決によらない訴訟の終了
訴訟手続きは、当事者の意思に基づいて判決(終局判決)によらずに終了させることが
できます。その方法としては、訴えの取下げ(主体は原告、ただし被告が本案について弁
論をした後では被告の同意が必要)、請求の放棄(原告)、請求の認諾(被告)、訴訟上の和
解(原告と被告の合意)があります。
2
訴訟上の和解
和解には、裁判上の和解と裁判外の和解があり、裁判外の和解は民法上の一つの契約(和
解契約、示談契約)です。裁判上の和解には、訴え提起前の和解(いわゆる即決和解)と
訴訟上の(訴え提起後の)和解があり、前者が紛争予防のための和解であるのに対し、訴
訟上の和解は一旦起きた民事紛争、訴訟係属を終了させるためのものです。
61
訴訟上の和解においては、当事者双方が互いに何らかの譲歩をすることを必要とします。
片方が相手方の主張を全面的に認めるものなら、それは認諾・放棄になります。ただ、支
払期限を少し猶予するだけでも、訴訟費用を各自負担にするだけでも、双方互譲に該当し
ますし、その訴訟では相手方の主張を全部認めても、相手方に別の事件の取りさげ等をさ
せることでも互譲になります。
3
和解の手続き
裁判所は、訴訟継続中はいつでも和解を試みること(勧試)ができます。その場合、代
理人弁護士がついていても当事者本人を出頭させることができますし、場合によっては裁
判所外においても(例えば、土地問題での現地和解など)和解をすることができます。原
則として当事者双方が期日に出席して協議した上で和解を行いますが、書面受諾和解、裁
定和解という制度もあります。
4
和解の効果
和解調書には確定判決と同一の効力があります。すなわち、和解の成立により、訴訟は
当然に終了し(訴訟終了効)
、和解調書の中に給付義務がある場合には、執行力が認められ
ます。訴訟上の和解の内容となっている私法上の契約について、債務不履行を理由に解除
することはできますが、その場合でも、和解自体が解除されるのではないので、解除によ
って訴訟終了の効果が消滅する(つまり訴訟が復活する)訳ではありません。
62
2−14 判決言い渡し
民事訴訟法
第 250 条(判決の発効)
判決は、言渡しによってその効力を生ずる。
第 252 条(言渡しの方式)
判決の言渡しは、判決書の原本に基づいてする。
第 255 条(判決書等の送達)
判決書又は前条第二項の調書は、当事者に送達しなければならない。
民事訴訟規則
第 155 条(言渡しの方式・法第 252 条等)
判決の言渡しは、裁判長が主文を朗読してする。
2
裁判長は、相当と認めるときは、判決の理由を朗読し、又は口頭でその要領を告げるこ
とができる。
第 157 条(判決書・法第 253 条)
判決書には、判決をした裁判官が署名押印しなければならない。
2
合議体の裁判官が判決書に署名押印することに支障があるときは、他の裁判官が判決書
にその事由を付記して署名押印しなけ
ればならない。
第 158 条(裁判所書記官への交付等)
判決書は、言渡し後遅滞なく、裁判所書記官に交付し、裁判所書記官は、これに言渡し及
び交付の日を付記して押印しなければならない。
第 159 条(判決書等の送達・法第 255 条)
判決書又は法第 254 条(言渡しの方式の特則)第 2 項(法第 374
条(判決の言渡し)第 2 項において準用する場合を含む。)の調書
(以下「判決書に代わる調書」という。)の送達は、裁判所書記官
が判決書の交付を受けた日又は判決言渡しの日から 2 週間以内に
しなければならない。
63
1
裁判所
判決は、言い渡し(裁判長が主文を朗読すること)によって、成立しその効力が生じま
す。
判決言い渡し後、裁判所は遅滞なくその原本を書記官に交付し、書記官はその正本を作
成して当事者に送達します。判決の送達は、当事者に判決の内容を告知して控訴などの不
服申し立てをするかどうか考えるチャンスを与え、同時に上訴期間の起算点としての意味
もあります。
2
敗訴した当事者
敗訴した当事者(本件では被告)の代理人は、勝訴した場合以上に慎重にかつすみやか
に判決の結論を依頼者に知らせ、内容をよく読んで、判決の意味を依頼者に説明する必要
があります。判決に不服の場合、判決の送達を受けた日から 2 週間以内に控訴をしなけれ
ばなりません。その期間を渡過しないように十分注意しながら、判決内容を検討し、控訴
審で逆転勝訴の見込みがあるかどうか判断し、依頼者と協議します。仮執行宣言付判決の
場合には、控訴とともに速やかに執行停止の手続きをとるようにします。
引き続き受任する場合、改めて控訴の訴訟委任状を受領します。第1審の代理人は、当
然には控訴審での代理権を有するものではないので、改めて訴訟委任状が必要になります。
訴訟委任状や資格証明(法人が当事者の場合)などの必要書類については、控訴期間満了
直前になって必要に気付き慌てることのないよう、余裕をもって用意しておきます。
3
勝訴した当事者
勝訴した当事者(本件では原告)の代理人は、即刻依頼者に結果を知らせ、判決書のコ
ピーを依頼者に送ってその正確な内容を伝えます。
仮執行宣言付きの判決の場合には、できるだけすみやかに強制執行に着手すべきです。
相手方が執行停止を求めてくることもありますが、停止決定が出るまでに若干の時間がか
かりますので、それまでの間に執行を完了することも可能です。ただ、事案によっては、
判決の確定まで強制執行を控えたほうが良いこともありますので、そのような場合には依
頼者とよく相談する必要があります。
控訴された場合、控訴審においても引き続き受任する場合には、訴訟委任状を改めて受
領します。
64
【主要参考文献】
・司法研修所編『六訂・民事弁護の手引き(補正第二版)』(日本弁護士連合会・2000 年)
・裁判所書記官研修所監修『民事訴訟法講義案』(司法協会・2002 年)
・伊藤眞『民事訴訟法(第 3 版)』(有斐閣・2004 年)
65
3
刑事クリニック
の
基礎
66
3−1
1
接見に至る経緯
刑事事件の受任
刑事事件を受任する場合には、①弁護士会の当番弁護士として関わる場合、②国選弁護
人として関わる場合、そして、③私選弁護人として関わる場合の3種類があります。
刑事事件の多くは、①各単位弁護士会が派遣する当番弁護士として関わります。これは、
被疑者段階の国選弁護制度の不備を補うことを目的として、1990 年から、全国の各単位弁
護士会が一種のボランティアで行っている弁護活動です(白取・刑事訴訟法[第3版]43
頁以下参照)
。初回の接見は無料で行います。その後、被疑者が担当した弁護士を弁護人と
して選任して、弁護士がそれを引き受けた場合には私選弁護人になります。その場合、法
律扶助の適用となった場合でも、私選弁護人であることにかわりはありません。
②の国選弁護人については、従来、起訴後の被告人についての選任はありましたが(刑
事訴訟法 36 条)、被疑者段階では制度そのものがありませんでした。しかしながら、2004
年の法改正によって、一定の重罪については、被疑者段階での国選弁護制度が設けられま
したので(刑事訴訟法 37 条の 2)、今後は、司法支援センター(注1)を通じて、勾留後の
弁護を受任する機会が増えていくことになります。
刑事訴訟法 36 条
被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所は、
その請求により、被告人のため弁護人を附しなければならない。但し、被告人以外の者が
選任した弁護人がある場合は、この限りでない。
同 37 条の 2
死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件について被疑者に
対して勾留状が発せられている場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を
選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため弁護人を付さ
なければならない。ただし、被疑者以外の者が選任した弁護人があ
る場合又は被疑者が釈放された場合は、この限りでない。
(注1)司法支援センター
司法支援センターとは、2004 年 6 月に施行された「総合法律支援法」に基づいて 2006 年に
設立される独立行政法人に準じる法人組織です。全国各地の裁判所本庁所在地、弁護士過疎地域
などに事務所を開設して、国民に法律サービスを提供することになっています。そのサービスの
1つとして、国選弁護人の派遣が行われることになっています。
67
③の私選弁護人は、国選弁護人以外の弁護人を指します。逮捕前の段階から、弁護人に
なろうとして関わっている場合もあるでしょうし、本ビデオの事件のように、当番弁護士
として関わった者が、被疑者の選任を受けてそのまま私選弁護人になる場合もあります。
いずれにしても、弁護人になるためには以下の選任の手続が必要になります。
2
弁護人の選任
公訴提起後の被告人の弁護人選任については、弁護人と連署した書面を差し出して行わ
なければならないようになっています(刑事訴訟規則 18 条)。しかし被疑者段階について
は特に法は形式を要求していないので、被疑者段階の弁護人の選任は、選任権者である被
疑者が弁護士を弁護人として選任する意思を検察官や司法警察官に口頭で告げることで足
りるとされています(刑事弁護の手続と技法・100 頁)。もっとも、刑事訴訟規則 17 条に、
「公訴の提起前にした弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う
検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り、第1審においてもその効力を有する」と
あるところから、弁護人と連署した弁護人選任届を捜査機関に提出するのが常識となって
います(同・100 頁)
(書式3−1−1)
。ただ、実務上は、連署の方式によらない弁護人選
任届も受理されています(条解刑事訴訟法[第3版]・44 頁)。
書式3−1−1
弁護人選任届
弁護人選任届
被疑者
五木尚人
私にかかる覚せい剤取締法違反被疑事件について、弁護士伊集院要氏を弁護人に選任し
ましたから、連署の上届け出ます。
平成 16 年 12 月 27 日
〒400-8585
〒400-0016
(山梨県弁護士会所属)
住
所
田井穂
印
○
被疑者
五木尚人
電
話
055−299−0001
住
所
山梨県甲府市武田2−1−55サタケビル 303
弁護士
電 話
司法警察員
山梨県甲府市酒折南3−5−4−101
伊集院 要
印
○
055−224−9999
舌三 殿
68
3−2 逮捕時の弁護活動
1
逮捕の要件と手続
逮捕手続には、あらかじめ裁判官が発付した令状に基づく通常逮捕、逮捕後に直ちに令
状を請求する緊急逮捕、そして犯罪を行っている者を逮捕する現行犯逮捕があります。逮
捕は被疑者の自由を拘束する強制処分ですから、弁護人は逮捕の手続に違法な点がなかっ
たかどうかをチェックすることを怠ってはなりません。
通常逮捕の場合は、刑事訴訟法 199 条の要件及び逮捕の必要性があったか否か、また逮
捕状の執行は適正に行われた否かを、緊急逮捕の場合は、刑事訴訟法 210 条の要件及び逮
捕後直ちに逮捕状が請求されて発付されているか否かを、そして現行犯逮捕の場合は、刑
事訴訟法 212 条の要件及び逮捕の必要性があったか否かをそれぞれ迅速に確認する必要が
あります。
2
逮捕時の接見
(1)迅速な接見
弁護士はいくつかの経緯で接見に赴くことになりますが、いずれの場合であっても、迅
速に逮捕・留置されている警察署に赴くことが重要です。手続的には、接見に赴く前に留
置場所に電話で被疑者の所在を確認することが無難であると思われます。留置場所と事件
の場所が同一の警察署でない場合もありますし、検察官送致のために被疑者が留置場所に
いない場合もあるからです(刑事弁護の手続と技法・48 頁)。被疑者は逮捕されたことで動
揺していますので、一刻も早く、確実に接見を実現することが大切です。弁護士がついて
いるということをいち早く知らせることは、その後の手続に大きくプラスに影響すること
になるのは間違いありません。
(2)接見時の確認事項と信頼関係の構築
まず、信頼関係を築く上でも、自分が弁護士であって、被疑者の味方であることを丁寧
に説明する必要があります。本ビデオの事件のように、被疑者自身が弁護士への接見を申
し出た場合は別ですが、弁護士会が委員会派遣などによって当番弁護士を派遣した場合な
ど、被疑者は誰が訪ねてきたのかわからないこともあるからです。特に、被疑者が少年や
外国人の場合には通常以上の注意が必要ですし、世間話をすることも、一見無駄なように
見えても、被疑者の気分をほぐして信頼関係を構築するうえで有効であることが指摘され
ています(刑事弁護の手続と技法・50 頁)。また、信頼関係を早い段階で作るという意味で
69
も、弁護人選任届用紙(書式3−1−1)及び名刺などを準備しておくことも必要でしょ
う(新版・刑事弁護マニュアル<上>・8 頁)。
第1回目の接見では、それから、被疑事実の確認、捜査状況の確認、今後の手続の流れ
などについてわかりやすく説明します。
本ビデオの事件の場合には、被疑者は自分が逮捕された経緯についてかなり不満をもっ
ています。その不満が何に由来するのか、それは当然の不満であるのか、その点を見極め
るためにも、客観的な事実を丁寧に聞いていくことを心がけなければなりません。また、
事件を認めている場合であっても、情状に関する有利な事実をできるかぎり聞いておくこ
とが必要です。
さらに現在の捜査状況がどうなっているのかを把握することを怠ってはなりません。被
疑者には黙秘権があることを懇切丁寧にわかりやすく説明して、自分に不利なことは話す
必要がないことを確認しておきます。もっとも、黙秘権を行使した場合には、かえって取
調べが強硬になることも考えられますので、そのような状況が想定されることも被疑者に
説明しなければなりません。いずれにしても、取調べが長時間や深夜に及んだり、威嚇的
に行われたりするような場合は、違法な取調べにあたることも確認しておく必要がありま
す。そして、今後の手続の流れについて説明するとともに、勾留される場合には、身柄の
拘束が長期間に及ぶことを覚悟させる必要もあるでしょう。
最後に連絡先を確認することを忘れてはなりません。被疑者の家族や被害者を含む事件
関係者を確認して連絡をとることは、その後の弁護活動をスムーズに展開するうえで極め
て重要です。
3
勾留回避のための弁護活動
逮捕段階において弁護人としてもっとも重要な活動の1つが勾留させないための努力で
あるとされています(刑事弁護の手続と技法・52 頁)。そのためには、被害者のある事件の
場合には、検察官の勾留請求前に示談交渉を行ったり、身元引受人の確保、関係者からの
事情聴取を行ったりしたうえで、検察官及び裁判官に面会を求めて、検察官に対しては勾
留請求しないことを、そして裁判官に対しては勾留を認めないことを求めることが肝要で
あるとされています(同)。
このような弁護活動を行っておくと、仮に、勾留が認められてしまった場合であっても、
その後の手続に有益であることを認識しておくべきでしょう。
70
3−3 勾留時の弁護活動
1
勾留の要件と手続
逮捕後 48 時時間以内に、事件は検察官に送られます。そして、その後 24 時間以内に、
検察官によって裁判官に勾留請求がなされます。請求先は、事件の管轄に関係なく請求検
察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官になります。請
求の方式は書面で行うことになっています(刑事訴訟規則 139 条 1 項)。記載要件は、①被
疑者の氏名、年齢、職業及び住居、②罪名、被疑事実の要旨及び被疑者が現行犯人として
逮捕された者であるときは、罪を犯したと疑うに足りる相当な理由、③刑事訴訟法第 60 条
第 1 項各号に定める事由、④検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によって法に定め
る時間の制限に従うことができなかったときは、その事由、⑤被疑者に弁護人があるとき
は、その氏名です(刑事訴訟規則 147 条)。
そして、請求を受けた裁判官が勾留の決定をする場合は、被疑者に対して被疑事実を告
知して、これに関する陳述を聞かなければなりません。そのために行われるのが以下の勾
留質問手続です。
2
勾留質問
検察官がすでに勾留請求をした場合、弁護人としては、被疑者に勾留請求されたことを
説明するとともに、裁判官に事前面接を申し入れたり、勾留質問への立ち会いを認めるよ
うに要求したりする必要があります。
勾留質問は裁判所の勾留質問室で開かれます。弁護人の立ち会いを認めるかどうかは裁
判官の裁量にかかっています。実務においても、弁護人に立会を許す規定はないものの、
これを禁止する規定もないことから、立ち会いを求めるときはこれを認めてもかまわない
と考えられています(新実例刑事訴訟法[1]捜査・151 頁)。実際に、立ち会いが認めら
れた例も報告されていますので(季刊刑事弁護 1 号・112 頁等)、弁護人になった者は、ね
ばり強く勾留質問への立ち会いを求めることが重要です。無用な勾留を抑止するために非
常に効果的ですし、たとえ勾留されたとしても、その後の手続において弁護人のこのよう
な姿勢はプラスに働くものと考えられます。もっとも、本ビデオの事件では、弁護人の立
ち会いは認められていません。なお、押送の警察官については、被疑者の陳述の任意性を
担保する上で在室は適当でないという理由から、室外の廊下から扉越しに被疑者を看守す
る方法がとられています(刑事訴訟実務書式要覧・1092 頁)。
いずれにしても、この勾留質問を経て、刑事訴訟法 60 条所定の理由がある場合には勾留
が認められて、勾留状が発付されることになります(書式3−3−1)。
71
3
勾留請求却下
ただし、裁判官が勾留の理由がないと認めるとき、及び刑事訴訟法 206 条 2 項によって
勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じ
なければなりません(刑事訴訟法 207 条 2 項但書)
。この勾留請求却下の裁判に対して、検
察官は準抗告の申立をすることができます(刑事訴訟法 429 条 1 項 2 号)
。実務上は、この
申立と同時に原裁判の執行停止を申し立て(刑事訴訟法 432 条、424 条)て被疑者の身柄を
継続しています(条解刑事訴訟法[第3版]・354 頁)。
4
勾留の期間
勾留状が発付されると勾留請求日を含めて 10 日間、多くの場合、代用監獄と呼ばれる警
察の留置場に勾留されます。被疑者の勾留期間は、被疑者の利益のために初日を算入して、
末日が休日にあたるときでもこれを期間に算入し、この期間内に検察官が公訴提起しない
場合には、直ちに被疑者を釈放しなければなりません(刑事訴訟法 208 条 1 項)。もっとも、
裁判官がやむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求によって、10 日間を超え
ない範囲で期間を延長することができます(刑事訴訟法 208 条 2 項)。やむをえない事由と
は、①捜査を継続しなければ事件を処分できないこと、②10 日間の勾留期間に捜査を尽く
せなかったと認められること、③勾留を延長すれば捜査の障害が取り除かれる見込みがあ
ることの要件が揃っている場合とされています(条解刑事訴訟法[第3版]・356 頁)。
5
準抗告
勾留も裁判官のする裁判であるので刑事訴訟法 429 条 1 項 2 号によって準抗告できます。
勾留決定に対しては、簡易裁判所裁判官がなした場合には管轄地方裁判所に、その他の裁
判官がなした場合にはその裁判官所属の裁判所に申立書を提出して行います(刑事訴訟法
429 条 1 項、431 条)。なお、申立の時期については、特に制限がなく原処分を取り消す実
益があるかぎり、可能であると解されています(刑事弁護の手続と技法・59 頁)。また勾留
延長に対する準抗告ですが、これも基本的に、勾留決定に対する準抗告と同様です。さら
に、勾留場所の決定も勾留の裁判の一部をなしますから、準抗告の対象となります。捜査
機関によって自白の強要が疑われるような場合には、準抗告をして、代用監獄から拘置所
への移監を求めることも重要な弁護活動の1つになります(同・60 頁)。
6
勾留理由開示請求
被疑者が勾留されている場合、弁護人としては、これに対して、勾留理由開示の請求を
72
行う必要があります(書式3−3−2)。身柄拘禁の理由は公開の法廷で示されなければな
らないとするのが憲法の要請ですから、開示請求は被疑者にとって大きな意味をもつもの
なのです。勾留理由開示を請求できるのは、勾留されている被疑者、弁護人、法定代理人、
保佐人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹その他利害関係人です(刑事訴訟法 207 条 1 項、
82 条 1・2 項)。なお、勾留理由の開示にあたって裁判所は、犯罪事実と刑事訴訟法 60 条 1
項の理由(逃亡・罪証隠滅のおそれ)を告げれば足り、勾留の必要性に関する具体的事実
やその根拠となった証拠の内容を明らかにすることは必要ないとされています(条解刑事
訴訟法[第3版]
・150 頁)。しかし、その程度であれば、勾留状謄本の請求でまかなえるの
で、やはり公開の法廷では、具体的な事実を証拠に基づいて開示すべきであるし、弁護人
はそのことを力説すべきです(刑事弁護の手続と技法・63 頁)。この点において、本ビデオ
の裁判における裁判官の説明は、極めて不十分であったと言えるでしょう。
書式3−3−1
勾
被疑者
氏
名
年
齢
住
居
被疑者に対する
留
五
指揮印
木 尚 人
延長
山梨県甲府市酒折3丁目5番4号 101号室
覚せい剤取締法違反(所持)
甲府警察署
別紙の通り
刑事訴訟法60条1項
裏面の通り
間
被疑事件
に勾留する。
被疑事実の要旨
効 期
状
28歳
について、同人を
有
勾留状
平成 17年 1月 7日まで
この令状は、有効期間経過後は、その執行に着手することができない。この場
合は、これを当裁判所に変換しなければならない。
平成16年 12月 28日
甲府地方裁判所
勾留請求の年月日
裁判官
未柄
平成
16年
12月
28日
執行した年月日時
平成
16年
12月
28日
及び場所
甲府中央警察署
記 名
押 印
笠
73
置間
印
捕男 ○
午後4時30分
印
○
延長
執行することができな
かったときはその理由
記 名
押 印
平成
年
月
勾留した年月日時
平成
16年
12月
及び
取 扱
日
28日
午後4時45分
者
書式3−3−2
勾
留
理
由
勾留理由開示請求書
開
示
請
求
書
平成16年12月29日
甲府地方裁判所刑事第2部御中
〒400-8576
山梨県甲府市酒折南3丁目5番4号
101号室
被疑者の妻
被 疑
者
五
木
五 木
真 理 ○
印
尚 人
被疑者は
覚せい剤取締法違反
被疑事件のため、現在、甲府中央警察署に勾留されていますが、
その理由の開示を請求します。
74
3−4
1
接
見
接見交通権
刑事訴訟法 39 条 1 項は、
「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁
護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と立会人なくして接
見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる」と規定して、被疑者・被告人に接
見交通権を保障しています。これは被疑者・被告人に与えられた憲法上・国際人権法上(注
1)の権利です。最高裁の判例も次のように判示しています。
「憲法 34 条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留・拘
禁されることがないことを規定し、刑訴法 39 条 1 項は、この趣旨にのっとり、身体の拘束
を受けている被疑者・被告人は、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下、弁護人等と
いう。)と立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定する。この弁
護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の授助を受けることができる
ための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえば
その固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。」(最判昭 53・7・10 杉
山判決、同旨・最大判平 11・3・24 安藤・齊藤事件判決)
特に被疑者段階で自由な接見を認める意義は、①被疑者の法的地位、権利、手続につい
て弁護士が説明できる点、②精神的なサポートができる点、③違法な取り調べを抑制でき
る点、そして、④反証準備の防御活動ができる点にあると言われています。
2004 年に刑事訴訟法が改正されて被疑者国選弁護制度が成立した現在、捜査段階での接
見交通権保障は益々重要度を増してきていると言えます。
(注1)市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)
(1966 年国連採択・1976 年条約発効)
第14条
3
すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受
ける権利を有する。(b)
防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自
ら選任する弁護人と連絡すること。
2
接見の指定
ただし、捜査機関は、捜査のために必要があるときは、例外的に接見を指定することが
75
できます。これについて、刑事訴訟法 39 条 3 項は「検察官、検察事務官又は司法警察職員
は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第1項の接見又は授受に関し、
その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準
備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」と規定しています。
ここでは、捜査のため必要があるときに接見指定ができるようになっているので、その
必要性の範囲が問題になります。これについて、通説的な見解は、現に被疑者を取り調べ
ている、検証・実況見分に同行しているなどの事情がある場合に限定して、接見指定が可
能であるとしています。もっとも、接見の指定によって被疑者の防禦の準備を不当に制限
するようなことがあってはならないことは言うまでもありません。
特に初回の接見については、最高裁判例でもその重要性が認められています(最判平 12・
6・13 内田国賠訴訟判決)(注2)。このような場合に弁護人は、休日、執務時間外に拘わら
ず、施設に連絡をとって直ちに接見する必要があります。
なお、実際の接見指定は、昭和 63 年 4 月から従来の指定方式の「一般的指定書」+「具
体的指定書」にかえて「通知書」(書式3−4−1)が用いられています。
(注 2)「弁護人と被疑者の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の
選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取り調べを受けるに当たっての助言を得るための
最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁され
ないとする憲法上の保障の出発点をなすものであるから、これを速やかに行うことが被疑
者の防御の準備のために特に重要である。」
3
接見のあり方
(1)接見についての事前連絡
刑事訴訟法 39 条 3 項の接見指定は例外的な措置であり、事前に指定権者に弁護人が連絡
する義務はありません。基本的には、いきなり身体拘束場所へ赴き接見を申し入れるべき
であって、被疑者が在監していないことの無駄足を避けるためには、在監の有無を留置管
理係に問い合わせれば足りることになります(新版・刑事弁護マニュアル<上>・104 頁)
。
その理由は、事前連絡をしてしまうと、何らの吟味もなく、漫然と接見指定をする傾向が
一般の検察官の意識にはあるからだとされています(同)。
(2)休日接見・時間外接見
被疑者が警察の留置場にいる場合には、曜日の区別なく接見が可能ですし、執務時間外
であっても接見が広く認められます。ただし、拘置所の場合は、接見できる曜日・時間が
限られてきますので注意する必要があります。原則として休日・執務時間外の接見は認め
76
られていません。なお、1992 年に法務省と日弁連の間でなされた協議によって、事前の申
し出によって一定の場合(休日が連続する場合、遠隔地からの来訪で必要性が高い場合な
ど)には休日接見を認める取り扱いになってきています(新版・刑事弁護マニュアル<上
>・115 頁)
。
(3)裁判所構内・検察庁での接見
被疑者が裁判所構内にいる勾留質問の場合と勾留理由開示の場合は、裁判所構内で被疑
者と接見することが可能です。この場合の接見については、裁判所が権限を持っているこ
とになりますから、裁判所に対して接見申し入れをすればよいことになります(刑事弁護
の手続と技法・79 頁)。裁判所構内での接見の場合には、盗聴等のおそれもなく、また、裁
判所によっては接見室の遮蔽板の下部に隙間があって(東京地裁)、弁護人選任届けや説明
図等を直接授受できて有益であると言われています(新版・刑事弁護マニュアル<上>・
117 頁)。なお、検察庁でも接見室が設置されているところがあって接見ができる場合があ
ります。
(4)接見メモのとり方
接見に際して弁護人は、必ず接見メモを作成する必要があります。特に、接見メモが自
白の任意性・信用性を否定する証拠ともなりうることから、確定日付などもメモに加えて
おくと有効であることが指摘されています(刑事弁護の手続と技法・81 頁)。また、場合に
よっては、接見内容を録画・録音することも有益であると考えられます。もっとも、実務
上は、法務省の通達によって、「弁護人が被告人らと接見するに際し、テープレコーダー等
の録音機を用いて、その内容を録音して持ち帰ることは、弁護人の接見交通権の範囲に属
し、法 39 条の適用上は、書類の授受に準ずるものとして取り扱うべきものと解する。なお、
弁護人が右録音テープ等を持ち帰る場合には、当該テープ等を再生のうえ内容を検査し、
未決拘禁の本質的目的に反する内容の部分または戒護に支障のおそれのある部分は消去す
べきである」
(昭和 38 年 4 月 4 日法務省矯正甲 279 号)との運用になっています。しかし、
録音を書類の授受に準じるとする解釈にはかなりの無理があることは言うまでもありませ
ん(新版・刑事弁護マニュアル<上>・118 頁)
。
4
準抗告
刑事訴訟法 39 条 3 項に基づいて接見が指定された場合には、検察官に連絡をとって接見
指定の理由を確認するとともに、接見できるように協議することが重要です。特に、不当
な接見妨害については、刑事訴訟法 430 条によって準抗告を行って争う必要があります(書
式3−4−2)。
準抗告の対象となるのは、①具体的指定要件がないのに指定した場合、②指定した日時
77
又は時間が不当である場合(指定の日時が翌日であるとか、時間が短いなど)、③具体的指
定書の持参を要求し、持参しないことを理由に接見を拒否した場合、④具体的指定をせず
に事実上接見拒否した場合等です(新版・刑事弁護マニュアル<上>・118 頁)。
検察官及び検察事務官がした処分については当該検察庁に対応する地方裁判所に、司法
警察職員がした処分については管轄地方裁判所又は簡易裁判所に、それぞれその処分の取
消し又は変更を請求することになります。
5
取調べ、捜索・差押えへの対応
わが国の刑事訴訟法は当事者主義を採用しているにもかかわらず、捜査段階は依然とし
て糾問的な手続の中で進行しています。2004 年の法改正で被疑者国選弁護制度が設けられ
て、捜査段階で弁護人が弁護する機会は多くなりますが、英米のように取調べに弁護人が
立ち会うことは認められていません。調書中心の裁判の中では密室での取調べとその「成
果」としての供述調書は極めて高い「価値」を有しています。弁護人が立ち会うとそれが
手に入らなくなるので立ち会いが認められていないのです。また、捜索・差押えにおいて
も、収集された証拠物が有罪立証の有力な証拠となる場合が多いことから、執行にあたっ
て弁護人の立会いを強力に要求すると共に、令状の筆写・コピー、執行状況のビデオカメ
ラ撮影等の努力を怠ってはなりません。
なお、取調べ、捜索・差押えにおける弁護活動について詳しくは、法実務教育教材Ⅲ「刑
事訴訟実務」で扱うことにします。
書式3−4−1
接見指定の通知書
接見等の指定に関する通知書
平成 16 年 12 月 27 日
甲府中央警察署長 殿
甲府地方検察庁
被疑者
検事
木曽擦三
五木尚人
上記被疑者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人になろうと
する者との接見又は書類(新聞、雑誌及び書籍を含む。)若しくは物(糧食、寝具及び衣類を
除く。)の授受に関し、捜査のため必要があるときは、その日時、場所及び時間を指定するこ
とがあるので通知する。
78
書式3−4−2
接見交通の日時場所の指定に対する準抗告申立書
平成16年12月28日
甲府地方裁判所
御中
弁護人
伊集院
印
要 ○
刑事訴訟法第 430 条に基づく申立て
被疑者
五木
尚人
被疑者に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、甲府地方検察庁検察官検事木曽
擦三は平成16年12月27日弁護人に対して、被疑者との接見交通の日時場所を別紙
の通り指定したのであるが、弁護人は前記指定に不服なるにより変更の申立をする。
申立の趣旨
弁護人は被疑者の勾留中毎日午後3時から午後4時30分までの間1時間30分間被
疑者と接見できる旨の裁判を求める。
申立の理由
1
憲法34条により被疑者は直ちに弁護人に依頼する権利が与えられている。被疑者
がその弁護人に勾留中3日に1日しか接見できないとか、その接見時間が15分間しか
ないというようなことは、憲法34条に違反する根本的な人権侵害であると言わざるを
得ない。
2
刑事訴訟法39条3項の「捜査の必要があるとき」という文言は、・・・・(以下、
省略)・・・・
3
弁護人は本件指定によれば10分しか接見できないことになる。これでは、被疑者
の防御の準備において充分な打合せができないことは言うまでもない。・・・(以下、省
略)・・・・・
4
以上の理由から、申立ての趣旨の裁判を求めるものである。
以上申立てする。
79
3−5
1
公判準備
起訴状及び検察側取調請求予定証拠の検討
公訴が提起されると被告人に起訴状の謄本が送達されます(刑事訴訟法 271 条 1 項)。被
告人が勾留されている場合は、弁護人が勾留施設で宅下げの手続をとって起訴状(書式3
―5−1)を入手する必要があります(刑事弁護の手続と技法・169 頁)。そして、起訴状の
法律的検討(年齢の確認、訴因の特定の確認、罪名及び罰条の確認、裁判官に予断を生じ
させる事項が記載されていないか否かの確認)を行うとともに、検察官が取り調べを請求
する予定の証拠書類及び証拠物を閲覧し、自白調書も含めて謄写しなければなりません。
刑訴法 299 条 1 項は、検察官が被告人又は弁護人に取調請求予定証拠の閲覧の機会を与え
なければならないとして、謄写させる義務までは課していませんが、実務上は、被告人の
自白調書も含めて謄写させるのが通常となっています(新版・刑事弁護マニュアル<下>・
239 頁)。
弁護人としては、証拠書類、証拠物の特徴、収集手続、保管過程を検討し、自白調書に
ついては、任意性の有無、自白に至る経緯や状況、客観的証拠との対比検討、秘密の暴露
の有無、自白内容の変化の有無やその原因、補強証拠の有無等について緻密に検討するこ
とが重要であるとされています(刑事弁護の手続と技法・173 頁)。
その後、第1回公判期日までに、弁護人は被告人及びその関係者と打ち合わせて、今後
の弁護方針を確定することが必要になります。
刑事訴訟法 299 条
検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについ
ては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。
証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する
機会を与えなければならない。但し、相手方に異議のないときは、この限りでない。
刑事訴訟規則 178 条の 6
検察官は、第1回の公判期日前に、次のことを行なわなければならない。
法第299条第1項本文の規定により、被告人又は弁護人に対し、閲覧する機会を与え
るべき証拠書類又は証拠物があるときは、公訴の提起後なるべくす
みやかに、その機会を与えること。
80
2
検察官・裁判所との事前の打合せ
弁護人は、検察官に対して、なるべく速やかに、証拠書類・証拠物について刑事訴訟法
326 条の同意をするかどうか、あるいは、異議がないかどうかを通知しなければなりません
(刑事訴訟規則 178 条の 6 第 2 項)。通知・連絡には、電話やファックスを利用したり、必
要な場合には面会したりします。また、弁護人も検察官に対して、閲覧する機会を与える
べき証拠書類又は証拠物があるときは、なるべくすみやかに、これを提示してその機会を
与えなければなりません(刑訴規則 178 条の 6 第 3 項 3 号)。
そして、第1回公判期日前には、争点を明らかにし、審理の回数・時間について見通し
を立てる必要があります。これには、必要に応じて、裁判所が関与する場合もあります。
裁判所は、事案の特殊性や複雑さなどから適当と認めるときは、検察官及び弁護人を出頭
させて、公判期日の指定その他訴訟の進行に関して必要な事項について打ち合わせること
ができますが、事件の内容について予断を生じさせるおそれのある事項にわたって打ち合
わせることはできません(刑事訴訟規則 178 条の 10)。なお、この打合せに裁判所がその
裁量によって被告人の出席を許すことは差し支えないとされています(大コンメンタール
第4巻・366 頁)。
3
公判前整理手続
また、2004 年の法改正によって公判前整理手続が新たに設けられました。この手続によ
って、事件の争点を明らかにするとともに、証拠の整理が行われることになりました。2009
年までに施行される裁判員による裁判に係る事件の場合は、この手続は必要的になります
(裁判員法 49 条)。もっともその他の刑事事件でも、この手続が用いられることがありま
す。いずれにしても、この手続によって、被告人の防御権としての証拠開示請求が認めら
れるようになり、検察官は、取調請求証拠について、速やかに被告人に開示する法的義務
を負うことになったのです。検察官手持証拠の開示の幅も以前より広くなったことは間違
いありません。なお、この公判前整理手続は、裁判所によって行われますので、予断排除
の原則から注意する必要があることは言うまでもありません。
刑事訴訟法 316 条の 2
裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認める
ときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いて、第1回公判期日前に、決定で、事
件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付すること
ができる。
2
公判前整理手続は、この款に定めるところにより、訴訟関係人を出頭させて陳述させ、
又は訴訟関係人に書面を提出させる方法により、行うものとする。
81
書式3−5−1
起訴状
平成17年甲地庁第15号
平成17年検第15号
起
訴
状
平成17年1月12日
甲府地方裁判所 殿
甲府地方検察庁
検察官
木 曽
擦 三
㊞
下記被告事件につき公訴を提起する。
記
本籍
山梨県甲府市武田8丁目3番7号
住居
山梨県甲府市酒折南3丁目5番4号101号室
職業
運送業
勾
留 中
五 木
尚 人
昭和50年11月10日生
公
訴 事 実
被告人は、平成16年12月25日午前2時頃、甲府市丸の内5丁目山梨デパート前の
路上に車をとめて友人と談笑中のところ、パトロール中の警察官に職務質問された際に、
上着ポケットに覚せい剤粉末0.62グラムを法定の除外事由がないのに、違法に所持し
ていたものである。
罪名及び罰条
覚せい剤取締法違反
同法第41条の3第1項第1号、第19条
82
3−6
1
保
釈
保釈制度の意義と問題点
保釈には権利保釈と裁量保釈があります。前者は、刑事訴訟法 89 条各号の事由(逃亡の
おそれ、重大犯罪で有罪判決を受けている、常習犯である、お礼参りのおそれなど)がな
ければ保釈許可すべしとする原則的形態の保釈で、後者は刑事訴訟法 90 条の裁判所が「適
当と認めるとき」の保釈です。いずれにしても、保釈によって身柄拘束が一時的に解かれ
ることは、身柄拘束された者にとっては大きな意味を持ちます。
わが国では被疑者段階の保釈は認められていません。公訴提起後に被告人となった場合
に上記の保釈の対象に初めてなります。もっとも、公訴提起後であっても、保釈が容易に
認められるわけではありません。現在、保釈の却下理由として圧倒的に多いのは、
「被告人
が罪証隠滅をすると疑うに足りる相当の理由があるとき」です。実務上は、被告人が否認
した場合には、これにあたるとして保釈が認められないのが実情です。
また保釈されるとしても、保釈保証金の高額化が大きな問題となっています。ほとんど
のケースでは 100 万円から 300 万円の間で設定されることになりますので、貧困者にとっ
て保釈は、実質的に不可能に近いものになってしまっています。
刑事訴訟法第 81 条
保釈の請求があつたときは、左の場合を除いては、これを許さなければならない。
4号
2
被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき
保釈請求手続
(1)手続の概要
保釈請求の手続は、まず請求権を有する被告人、弁護人、一定の親族によって口頭又は
書面によって行われます(書式3−6−1)。その際には、身元引受書(書式3−6−2)
も提出するのが通例です。保釈請求書が受理されると、裁判所は許否決定に際して、検察
官に対して意見を求めることになります(刑事訴訟法 92 条 1 項)。通常は、2∼3日後に検
察官の意見が裁判所に戻ってきます(新版・刑事弁護マニュアル<上>・133 頁)
。
(2)検察官の意見書提出
検察官は、
「相当」あるいは「不相当」、「絶対に不相当」との意見を詳細な理由を付して
意見書として提出していますので、弁護人は、裁判官面接に先立って、この意見書を閲覧・
83
謄写しておくことが得策です(刑事弁護の手続と技法・191 頁)。
(3)裁判官面接
弁護人が、保釈を請求する際には、裁判官面接を希望している場合には、検察官からの
意見が裁判所に戻った時点で裁判所から弁護人に連絡があります。
裁判官との面接では、被告人に関する諸事情とともに、「罪証隠滅のおそれ」やその他の
要件がないことを情熱的に訴えかけることが必要です。保釈申請書に書いた具体的事情に
加えて、参考になる資料、保釈許可を増強する資料等も提出し、さらに身元引受人を追加
する等被告人に有利な状況を整備していくことが重要です(新版・刑事弁護マニュアル<
上>・133 頁)。
裁判官が保釈を認めようとする場合、保釈を許可する条件として公訴事実を争わないこ
とや証拠書類に同意することがありますが、このような取引に保釈ほしさに軽々しく応じ
るべきではなく、公判全体を見渡した上で判断すべきです(刑事弁護の手続と技法・193
頁)。
(4)保釈保証金納付
保釈が決定されると、保釈保証金やその他の条件を定めた保釈許可決定謄本2通と保釈
保証金納付用の保管金提出書が交付されますので、担当窓口に納付した上で所定の手続き
をとり、被告人を拘置所等から釈放させることになります(新版・刑事弁護マニュアル<
上>・136 頁)。
(5)保釈請求却下に対する不服申立
なお、保釈請求が却下された場合の不服申立方法は、第1回公判期日前の場合は、地裁
に対する準抗告であり(刑事訴訟法 280 条 1・3 項、429 条 1 項 2 号)、それ以降は高裁に対
する抗告と言うことになります(刑事訴訟法 419 条・420 条)。保釈請求の却下理由のほと
んどは先にも触れたとおり、刑事訴訟法 89 条 4 号の「罪証隠滅のおそれ」です。保釈請求
却下の実質的理由が示されない場合が多いので、不服申立では理由が示されるようにねば
り強く主張する必要があります(刑事弁護の手続と技法・197 頁)。
84
書式3−6−1
請
請 求
保釈請求書
被告人氏名
五木
尚人
起訴年月日
平成17年1月13日
請求年月日
平成17年1月15日
請求理由
下記の通り
住
所
氏
名
住
居
事件名
覚せい剤取締法違反事件
係属部
刑事第8部
山梨県甲府市武田 2-1-55
電話
サタケビル 303
携帯
なし
続柄
弁護人
055-224-9999
人
印
伊集院 要 ○
山梨県酒折南1−1−1
身
柄
氏
名
古屋
慎治
職
業
運送会社経営
印
○
電話
055-888-9999
携帯
090-1234-5678
年齢
60歳
続柄
雇用主
引
求 受
人
連絡時間帯の希望
レ 午後
□午前・□
希望する保証金額
100万円
4時 30分頃
□いつでもよい
保釈になった場合 現住所に同じ
の被告人の住居
添付書類
レ 戸籍謄本
□
□住民票写し
被告人においては、すでに証拠物である覚せい剤については捜査機関によって差し
押さえられていて、刑事訴訟法 89 条 4 号に言う証拠隠滅のおそれはありません。
請
また、逃亡のおそれについてもありません。なぜなら、被告人の雇用者である古屋
慎治氏(古屋運送会社社長)が、保釈保証金 100 万円を用意した上で、被告人の身元
求 引受人になると申し出ているからです。古屋氏においては、被告人が保釈された後は
しっかりと行動を監視して、絶対に逃亡させず、裁判への出頭を確保することを確約
理 しています。なお、古屋氏は地元町内会長も務めている信用できる人物です。
さらに、被告人の妻真理及び長男郁夫にあっては、一家の大黒柱である被告人の帰
由 りを切望しております。妻真理は現在妊娠8ヶ月の身重で精神的に肉体的にも不安定
な状況にあります。両親・親戚等が他県に居住している被告人の家族にとって、被告
人の存在は非常に大きいものがあります。
以上のような事情から、一日も早い保釈をお願いする次第です。
85
書式3−6−2
身柄引受書
平成17年1月15日
甲府地方裁判所刑事第8部
裁判官殿
身柄引受人 住所 山梨県甲府市酒折南1−1−1
氏名 古屋
慎治
続柄 雇主
電話 055-888-9999
身柄引受書
被告人に対する覚せい剤取締法違反事件について、このたび保釈が許可となり、身柄
釈放となりましたうえは、私において全責任を持ち、逃亡などをさせないことはもちろ
ん、今後いつでも召喚に応じて出頭させ、必要がある場合には、本人を連れて行きます。
86
3−7
1
弁護人立証
冒頭手続
公判は、冒頭手続きである①人定質問、②起訴状朗読、③権利告知、④被告事件につい
ての陳述を経て、証拠調べに入ります。①では、裁判官が被告人に対して人違いでないこ
とを確かめる上で、氏名・年齢・職業・住居・本籍について質問します(刑事訴訟規則 196
条)。②では、審判の対象を明らかにして被告人に充分な防御の機会を与える意味で、検察
官がこれを朗読します(刑事訴訟法 291 条 1 項)。③では、裁判官が被告人にわかりやすい
言葉で黙秘権等の権利があることを説明しなければなりません(刑事訴訟法 291 条 2 項、
刑事訴訟規則 197 条)。そして、④では、被告人に起訴状朗読を受けて陳述の機会を与える
ことで防御権を行使させるとともに、争点を明らかにします(刑事訴訟法 291 条 2 項)。
証拠調べでは、裁判所が検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴いて、証拠調べの範囲、
順序及び方法を決めます(刑事訴訟法 297 条 1 項)。この証拠調べは、原則として公判期日
において、検察官及び被告人又は弁護人が請求することができます(刑事訴訟法 298 条 1
項)。実務では、被告人の供述調書、身上関係書類及び前科関係書類を乙号証と呼び、これ
ら以外の証拠書類及び証拠物を甲号証と呼んでいますが、検察官は裁判所に予断や偏見を
与えないために、冒頭陳述後、最初に甲号証の取調を請求し、その終了後に乙号証の取調
を請求することになります(新版・刑事弁護マニュアル<下>・283 頁)
。
その後、最終弁論を経て、判決の宣告となります。
以下では、まず簡単に検察官の立証活動について触れておきます。
2
検察官立証
証拠調べ手続では、まず立証責任を負う検察官が犯罪事実を立証していくことになりま
す。実務上、検察官が証拠調べの請求をする場合は、公判調書の証拠等関係カードと同じ
様式の書面を作成することにより行われ、この書面が公判調書の証拠等関係カードとして
使用されています(新版・刑事弁護マニュアル<下>・283 頁)。検察官の証拠調べ請求に
対して裁判所は証拠決定をしなければなりませんが、その場合、必ず被告人又は弁護人の
意見を聴かなければならないことになっています(刑事訴訟規則 190 条 2 項)。本ビデオの
事件の場合、弁護人は、検察官から取調請求のあった覚せい剤及びそれに関する書証を違
法収集証拠であるとして不同意にしています。
なお、検察官立証について詳しくは、法実務教育教材Ⅲ「刑事訴訟実務」で扱います。
3
弁護人立証
87
(1)弁護人の冒頭陳述
本ビデオの事件では、覚せい剤が違法な手続によって差し押さえられたとして、無罪を
争っていますので、まず、弁護人は冒頭陳述を行うのが得策です。この冒頭陳述は検察官
の冒頭陳述後に行ってもかまいませんが、基本的には弁護側の立証段階の冒頭で行います。
検察官立証の前に弁護人が冒頭陳述をした場合、その内容と検察官請求の証拠調べの結果
との間に無視できない矛盾が生じてしまう危険性があるからです(刑事弁護の手続と技
法・273 頁)。いずれにしても、弁護人は自らの冒頭陳述で、被告人と打ち合わせた基本的
な弁護方針に則って事実関係を整理し、争点を明らかにすべきことになります(新版・刑
事弁護マニュアル<下>・295 頁)。
(2)弁護人立証の方法(特に証人尋問について)
①尋問の準備
検察側に比べて証拠収集能力が圧倒的に劣る弁護人側の立証活動は証人尋問に重点が置
かれることになります。証人尋問は刑事訴訟規則 199 条の 2 の方法によって行われますが、
弁護人が公判においてこれを効果的に行うためには、特にその事前準備が重要になってき
ます。
まず立証のテーマを明確にして被告人に有利な証人を捜す必要があります。本ビデオの
事件では、被告人が違法な手続で連行されるところを目撃している目撃証人がいますので、
証人と面会をして尋問事項を詳細に作成したうえで質問に臨んでいます。なお、被告人が
事実を認めているような場合は、当然、情状証人に質問することになります。
②尋問の実施
証人尋問において証人に求められるのは、証人の主観的な意見ではなくて、現に経験し
た事実に関する供述です(刑事弁護の手続と技法・287 頁)。刑事訴訟規則 199 条の 13・2
項 3 号では、証人に意見を求める質問が禁止されています。もっとも、刑事訴訟法 156 条 1
項においては、証人が実験した事実から推測した事項を供述させることはできるようにな
っていますので、一定範囲で推測事項を述べさせることは可能です。このように、自己の
経験した事実より推測した事項を証言させることができるとされているのは、経験事実に
基礎をおく限りにおいて、客観性と代替性とをもち、単なる意見とは違って合理的なもの
でありうるからです(条解刑事訴訟法[第3版]
・237 頁)。本ビデオの事例においても、目
撃証人に、被告人が交番への同行を拒めなかったであろうとの推測を述べさせています。
なお、証人尋問にあたっては、刑事訴訟規則 199 条の 13 にあるとおり、個別的かつ具体
的な質問をしなければなりませんし、質問する際には、威嚇的・侮辱的質問、重複する質
問、意見を求める質問、証人が直接経験していない事実に関する質問は禁止されています。
③尋問の技術
(a)<弁護人の行う反対尋問>
弁護人としては検察官が立証する証拠を弾劾してその信用性を減殺することが重要な活
88
動となりますので、そのために、反対尋問をする事前準備として調書等を精査して、被告
人から事情聴取して検察側の証拠と異なる点を明確にしておく必要があります(刑事尋問
の技術・52 頁)
。本ビデオの事件の場合は、差し押さえられた覚せい剤に関して差押調書等
の一連の調書を不同意にしています。ビデオの中では差押調書を作成した警察官について
反対尋問を行っていますが、弁護人は差押えの前段階としての交番への同行が違法であっ
て、その後の無理な職務質問、所持品検査はすべて違法であることを立証しようとしてい
ます。
このような適性証人に対する反対尋問では、その結果、主尋問で何を証言したかよくわ
からなくなった、主尋問の断定的表現が曖昧なものになった、弁護側の主張する事実が存
在する可能性も認めた、反対尋問にしばしば詰まったといったような成果が得られれば成
功であるとされています(刑事尋問の技術・76 頁)
。
(b)<弁護人の行う主尋問>
一方で弁護人が主尋問を行う場合は、証人をリラックスさせるためにゆっくりと明瞭な
声で発問して、身近で答えやすい質問から始めるのがよいとされています(刑事弁護の手
続と技法・289 頁)。質問が入念な事前準備に基づいてなされることは反対尋問の場合と変
わるところはありませんが、主尋問の場合には、被告人に好意的な証人ですのでより細部
に至った打合せが可能になります。特に、本ビデオの事件の目撃証人であるような場合は、
目撃した状況(知覚段階)、記憶状況、表現の正確さなどが、後の反対尋問にさらされるこ
とになりますので、これらの点について充分な準備が必要になります。
なお弁護人の行う証人尋問は、裁判官の心証を弁護側に有利に形成させるために行われ
るものであり、重要な発問の時は、十分に間をとったり、声に強弱を付けたり、図面を示
したり、証言台に歩み寄るなどの手段で、裁判官に強く印象づけるように尋問することも
弁護技術の1つです(新版・刑事弁護マニュアル<下>・304 頁)。
(3)被告人質問
刑事裁判においては被告人質問の結果が事実認定の証拠として重要な役割を果たしてい
ます。被告人質問の法的根拠は刑事訴訟法 311 条に求めることができます。被告人に黙秘
権が保障されているのはもちろんですが、任意に供述する内容は、被告人に利益な場合も
不利益な場合も証拠になることを弁護人は十分に説明しておく必要があります(刑事訴訟
規則 197 条 1 項)。被告人質問は主要な証拠調べが一応終わった段階でなされるのが通例で
すが、その方式も、特に定めはないものの、弁護側の主的な質問、検察側の反対的な質問、
裁判所の補充的な質問の順で行われています(条解刑事訴訟法[第3版]
・616 頁)。
被告人質問が成功するか否かも事前の準備にかかっていることは言うまでもありません。
被告人の供述が全体として一貫性をもっていて、かつ具体的で自然なものであるようにし
なければなりません(刑事弁護の手続と技法・299 頁)。本ビデオの事件のように捜査官の
違法な手続を争うような場合には、詳細な事実関係を捜査官の証言を弾劾するように語ら
89
せることが重要になってくるでしょう(新版・刑事弁護マニュアル<下>・356 頁)。
刑事訴訟規則第 199 条の 2
訴訟関係人がまず証人を尋問するときは、次の順序による。
1
証人の尋問を請求した者の尋問(主尋問)
2
相手方の尋問(反対尋問)
3
証人の尋問を請求した者の再度の尋問(再主尋問)
2
訴訟関係人は、裁判長の許可を受けて、更に尋問することができる。
同第 199 条の 3
1
主尋問は、立証すべき事項及びこれに関連する事項について行う。
2
主尋問においては、証人の供述の証明力を争うために必要な事項についても尋問する
ことができる。
3
主尋問においては、誘導尋問をしてはならない。ただし、次の場合には、誘導尋問を
することができる。
一
証人の身分、経歴、交友関係等で、実質的な尋問に入るに先だって明らかにする必
要のある準備的な事項に関するとき。
二
訴訟関係人に争のないことが明らかな事項に関するとき。
三
証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるとき。
四
証人が主尋問者に対して敵意又は反感を示すとき。
五
証人が証言を避けようとする事項に関するとき。
六
証人が前の供述と相反するか又は実質的に異なる供述をした場合において、その供
述した事項に関するとき。
七
4
その他誘導尋問を必要とする特別の事情があるとき。
誘導尋問をするについては、書面の朗読その他証人の供述に不当な影響を及ぼすおそ
れのある方法を避けるように注意しなければならない。
5
裁判長は、誘導尋問を相当でないと認めるときは、これを制限することができる。
同第 199 条の 13
1
訴訟関係人は、証人を尋問するにあたっては、できる限り個別的かつ具体的な尋問に
よらなければならない。
2
訴訟関係人は、次に掲げる尋問をしてはならない。ただし、第二
号から第四号までの尋問については、正当な理由がある場合は、こ
の限りでない。
一
威嚇的又は侮辱的な尋問
二
すでにした尋問と重複する尋問
三
意見を求め又は議論にわたる尋問
四
証人が直接経験しなかつた事実についての尋問
90
3−8
1
弁
論
弁論の目的
弁論は、審理の最終段階で行われる弁護人の最終意見陳述です。検察官が、すでに論告・
求刑を行っていますので、弁護人は、それを論破することを意図しなければなりません(検
察官の論告・求刑について詳しくは、法実務教育教材Ⅲ「刑事訴訟実務」で扱います)。こ
の最終弁論は、刑事訴訟の全過程を通じて行ってきた弁護の集大成であるので、弁護人の
立証活動によって明らかになった事実は何であるのか、それに基づく法的判断は何である
のかを明確に主張するものでなければなりません。
2
弁論の方法
(1)弁論の内容及び弁論要旨の作成
弁論には、無罪弁論と情状弁論がありますが、いずれの場合も、裁判官の心証によい影
響を与えるような自信ある弁論をしなければなりません。
無罪弁論の場合、そのねらいは明確です。第1回公判期日から検察側が主張・立証して
きた有罪証拠の弾劾です。弁護人は、そのために、種々の反証活動を繰り広げてきたので
す。したがってそのことを明確にする弁論要旨を作成する必要があります。弁論要旨は、
総論、各論にわけて、最後に結論を書くのがよいでしょう(刑事弁護の手続と技法・327
頁)。本ビデオの事例の場合には、警察官の一連の捜査活動が違法なものであること(総論)、
その間を利用して得られた各証拠は、後の書証(鑑定書等)も含めて違法収集証拠である
ということ(各論)
、したがって、本件における証拠とならず、自白を補強する証拠が何も
ない本件では無罪になること(結論)を明確に示すことが重要です。
一方で情状弁論の場合には、有罪を前提にするのですから、犯罪行為についての被告人
の責任をまず指摘し、刑責の重いことを自覚させる謙虚さが必要になります(刑事弁護の
手続と技法・329 頁)。その前提にたって、後は、被告人に有利な情状(犯罪情状事実及び
一般情状事実)について1つ1つ説得力をもって裁判官に訴えかけることが重要です。特
に、本ビデオの事例のような再犯による覚せい剤事犯の場合には、単に一般情状事実とし
ての反省・悔悟の情を示すだけでは足りません。再度の再犯がないということをかなり積
極的な事実を示して弁論しなければなりません。
(2)被告人の最終意見陳述
弁護人の弁論後に、被告人も最終意見陳述の機会が与えられます(刑事訴訟法 293 条 2
91
項、刑事訴訟規則 211 条)。被告人が最終的にどのような陳述をするのかは裁判官の注目す
るところですから、情状酌量を求める場合には、反省・悔悟の念を態度で示すことは重要
です。また、無罪を主張する場合には、弁護人の弁論との一貫性に特に留意して、きっぱ
りと無罪を主張すべきでしょう。
なお、本ビデオの事件のように、違法手続で無罪を主張しながらも、覚せい剤の所持自
体については認めているような場合、覚せい剤を所持していたという事実を謙虚に認めて、
その限りで反省・謝罪の意思を表明することも可能であると思われます。
(3)判決言い渡し日まで
弁論が終結すると、通常の場合は1ヶ月後くらいに判決言い渡し期日が指定されます。
無罪判決であれば直ちに釈放されますが、実刑判決の場合には直ちに控訴する場合も予想
されますから、控訴申立書を準備しておく必要があります。また、判決宣告後ただちに、
書記官に判決謄本の交付を申請することも忘れてはなりません。宣告された内容と判決書
に齟齬がないかをチェックするのも弁護人の重要な役割だからです。
なお、上訴一般については、法実務教育教材Ⅲ「刑事訴訟実務」で扱います。
書式3−8−1
弁
論
要
弁論要旨
旨
平成17年2月25日
甲府地方裁判所刑事第8部御中
被告人
五木尚人
弁護人
印
伊集院要 ○
被告人に対する覚せい剤取締法違反被告事件について、下記の通り弁論要旨を
提出する。
記
1
総論
被告人は無罪である。被告人を捜索して差し押さえたとされる覚せい剤の粉末は、被
告人を無理矢理交番に連行した上で、その承諾なく上着の内ポケットに手を入れて警察
官によって取り出されたもので、違法に収集されたものである。よって本件公訴事実を
立証するための証拠としては用い得ないからである。
・・・・(以下、省略)・・・・
2
公訴事実関係
92
まず事実関係についてであるが、検察官が言うように、警察官山田太郎及び鈴木茂雄
は被告人を任意で交番に同行したものではない。また、被告人の承諾のうえで、内ポケ
ットから覚せい剤を取り出したのでもない。同行の点については、すでに証人尋問で明
らかになったように、山田・鈴木の警察官両名は、被告人の両腕を抱えるようにして無
理矢理交番に連行している。いまだ犯罪を行っていない無辜の市民を実質的に逮捕して
いるのと同じであって、違法であることは明白である。このようなことは許されてはな
らない。
・・・・・・・・・・・・・・・・(省略)・・・・・・・・・・・・・・・
3
違法収集証拠に関する主張等
・・・・・・・・・・・・・・・・(省略)・・・・・・・・・・・・・・・
4
情状関係
もっとも、仮に被告人が有罪であるとしても、被告人には次のような酌むべき事情が
ある。まず被告人はまじめに稼働していて、勤務先の上司の信頼もあついということで
ある。運送業に携わる一社会人として、被告人は多年にわたって社会に大いに貢献して
いると言える。また、家庭においては、3歳になる子ども、そしてもうすぐうまれてく
る子どもの父親として、立派に家族をささえる大黒柱であり、家庭環境は良好である。
被告人の妻も被告人を支えて善良な市民として生きていくことを誓約している。
・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・・・・・
社会人としての自覚もあり、職場での受け入れ体制も整っており、また、何より小さ
い子どもの父親として子どもを育てていくために、同人を直ちに社会復帰させることが
最も望ましいことが明らかであるので、特段の配慮をお願いするとともに、是非とも執
行猶予の判決をお願いする次第である。
以上
93
【主要参考文献】
・刑事弁護研究会『新版・刑事弁護マニュアル[上・下]』(ぎょうせい・1997 年)
・平野龍一・松尾浩也編『新実例刑事訴訟法ⅠⅡⅢ』(青林書院・1998 年)
・藤永幸治他編『大コンメンタール刑事訴訟法』全8巻(青林書院・1994-2000 年)
・山室恵編著『刑事尋問技術』
(ぎょうせい・2000 年)
・刑事教養研究会編著『新捜査書類全集』全3巻(立花書房・2002 年)
・石井一正『刑事実務証拠法[第3版]
』(判例タイムズ社・2003 年)
・庭山英雄・山口治夫編『刑事弁護の手続と技法』
(青林書院・2003 年)
・松尾浩也監修『条解刑事訴訟法[第3版]』(弘文堂・2003 年)
・白取祐司『刑事訴訟法[第3版]』(日本評論社・2004 年)
・刑事実務研究会編集『刑事訴訟実務書式要覧』全4巻(新日本法規・2005 年補訂)
・石井一正『刑事事実認定入門』(判例タイムズ社・2005 年)
94
4 少年事件クリニック
の
基礎
95
4−1 少年事件の特徴
1
少年法の目的
少年法1条には、「この法律は、少年の健全育成を期し、非行のある少年に対して性格の
矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うことを目的とする」と規定されています。こ
こに規定されているとおり、少年法の目的は、過ちを犯した非行少年を保護処分という教
育的な処分を通じて健全に育成して、再び社会の中で立ち直らせることにあります。刑事
法とは違って、刑罰によって懲役を科し、そのうえで更生させて社会復帰させることを目
的とはしていないのです。
そのために、少年事件を扱う家庭裁判所には、少年事件を専門に扱う家庭裁判所裁判官、
家庭裁判所調査官、医務室技官である医師等がいます。
家庭裁判所裁判官は、少年審判の中で少年の保護・教育のための保護処分の決定をしま
す。刑事裁判とは異なって、単に事実認定をするだけではなく、少年への教育的な働きか
けをしなければなりません。そのために、少年審判を担当する裁判官は、特に健全なリー
ガル・マインド、人生の機微に通じた円満な常識、人間関係諸科学の知見に深い関心を持
っていることが必要になります(平場・少年法[新版]・85 頁)。
家庭裁判所調査官は、少年の内面的問題、家庭環境、学校や職場での状況、交友関係な
どに関する、いわゆる社会調査を教育・心理等の専門的観点から行って、少年の処分決定
のための準備をします(少年法 8 条 2 項、9 条)。裁判官は、家庭裁判所調査官が科学的見
地から分析し、準備した社会調査報告書をもとにして、少年にふさわしい処分を決定する
ことになります。家庭裁判所調査官は、家庭裁判所においてケースワーク的機能及び福祉
的機能を担う特徴的な役割を果たしているのです。
医務室技官は、多くは精神科の医師であり、少年鑑別所の鑑別結果と調査官の社会調査
の総合的判断について裁判官を補佐したり、少年鑑別所の鑑別に付すために予診を行った
りする専門官です(「家庭裁判所の医師及び看護婦の職務について(平成 9 年 4 月 30 日家
庭局長通知)
」『家裁月報』49 巻 8 号・263 頁)。
また、少年事件の場合には、少年の弁護人的役割を果たす付添人が付くことになってい
ます(少年法 10 条)。この付添人は必ずしも弁護士である必要はありません。付添人は保
護者がなることもできます。付添人には、少年が社会に戻ったときに、学校や職場にうま
くとけ込めるように、社会環境を調整したりして、裁判所に協力する役割が期待されてい
るのです。なお、2005 年 3 月現在、一定の事件については、国費で弁護士付添人を選任で
きる国選付添人制度を設けることが国会で審議されています。
このように、少年司法手続には、多くの大人が、それぞれの専門的な立場から協力して
関わることが予定されており、非行を行った少年1人を個別的に立ち直らせるというケー
96
スワーク的な特徴があります。
2
2001年施行の改正少年法
しかし、少年事件といっても、少年の立ち直りだけを重視して、被害者の問題や社会的
感情をまったく無視してよいということにはなりません。実際に、少年による殺人事件な
ど重大な事件が起こっても、被害者には、事件の事実関係はおろか、少年の名前さえ知ら
されないという事態が続いていました。非公表・非公開の教育的な少年司法手続を強調す
るあまり、被害者は完全に蚊帳の外に置かれた状態だったのです。
そこで、2001 年 4 月から施行されている改正少年法によって、①被害者に意見陳述の機
会が与えられるようになったり、②事件記録の閲覧・謄写が許されるようになったりして、
被害者の意向をある程度組み入れる法制度に変わりました。また、一定の重い事件の場合
には社会感情を考慮して、原則的に刑事裁判にかけたりするようにもなりました。これに
よって、少年司法制度そのものが、ある程度、被害者や社会の要請に応えられるようなっ
たのです(注1)。さらに、2005 年 3 月現在、14 歳未満の触法少年の事件の調査権を警察
に認めたり、14 歳未満の少年でも少年院での矯正教育を可能にしたりする新たな改正案が
国会で審議されています。
もっとも、社会の要請を考慮したこれらの法改正によって少年法の健全育成の目的が変
わったわけではありません。原則は、あくまでもケースワーク的な対応による、少年の立
ち直りのサポートです。非行を行った少年の立ち直りのためのニーズを科学的に探って、
そのニーズに応じた教育的処分を決定し、そのうえで、処遇機関で個別的な処遇を行って
社会復帰をさせることに少年法の意義があるのです。
(注1)2001年改正少年法のポイント
1
少年審判における事実認定の適正化
①3人の裁判官による審判が可能となる裁定合議制を導入したこと(裁判所法 31 条の 4)
②一部の事件の少年審判に検察官の関与を認めたこと(少年法 22 条の 2)
③少年鑑別所での観護措置期間を最長 8 週間にしたこと(少年法 17 条 9 項)
2
少年事件の処分のあり方の見直し
①刑事処分が可能な年齢を 14 歳に引き下げたこと(少年法 20 条 1 項)
②犯行時 16 歳の少年による故意の致死事件を原則的に刑事裁判所に送致するようにした
こと(少年法 20 条 2 項)
3
少年事件の被害者への配慮の充実
①被害者に一定の範囲で記録の閲覧・謄写を認めたこと(少年法 5 条の 2)
②少年審判での被害者の意見聴取制度を設けたこと(少年法 9 条の 2)
③少年審判の結果を被害者に通知する制度を設けたこと(少年法 31 条の 2)
97
3
少年審判までの手続の流れ
家庭裁判所で対象とされる少年は、①14 歳から 20 歳未満の少年が犯罪行為を行った犯罪
少年、②14 歳未満で刑罰法令に触れる行為をした触法少年、そして③14 歳未満の少年が将
来触法行為を行ったり、14 歳から 20 歳未満の少年が将来犯罪行為を行ったりするおそれが
特定のぐ犯事由によって認められるぐ犯少年です。
①の場合には、捜査機関によって家庭裁判所に送致される場合が多いですが、③の場合
には、児童相談所を通じて送られてくる場合があります。なお、②は原則として、児童相
談所によって扱われますが、事例によっては家庭裁判所で扱う場合もあります。
ここでは主として、①の事件処理の流れについて簡単に見ておきましょう。
まず、捜査段階では、基本的に成人の刑事事件同様に、逮捕・勾留、捜索・押収等の強
制捜査が行われる場合があります。警察留置場を代用監獄として用いることもあります。
検察は、刑事裁判所に起訴するのではなく、必ず家庭裁判所に事件を送致しなければなり
ません。この段階で、弁護士が関わる場合には、今後施行される被疑者国選弁護制度の中
で国選弁護人として関わることが多いでしょう。
事件が家庭裁判所に送致されると、出頭確保、証拠隠滅の回避、心身鑑別の必要などの
ために、観護措置をとることがあります。この場合、最長で 8 週間、少年鑑別所に収容さ
れることになります。事件が家庭裁判所に送られると、弁護人は新たに付添人として少年
の立ち直りのための活動を行うことになります。もっとも否認事件である場合には、法的
弁護活動を行って少年の無実を証明しなければならないことは言うまでもありません。
家庭裁判所では調査前置主義に基づいて、少年の社会調査を家庭裁判所調査官が行いま
す。それをもとに少年のニーズに応じた処分決定を行うということは先に触れたとおりで
す。裁判官が選択する決定は、終局処分としての保護処分、不処分、検察官送致決定など
です。保護処分の決定がなされる場合には、少年院送致処分、児童自立支援施設・養護施
設送致処分、保護観察処分のいずれかが選択されます。
付添人が、調査・審判の過程で行わなければならないことは、少年、保護者、調査官、
少年鑑別所技官、裁判官等と綿密に連絡をとって、連携しながら少年の立ち直りのための
サポートをすることにつきます。もちろん、捜査段階においても、刑事手続同様に接見を
行って少年の不安を解消し、今後の手続を説明するとともに、信頼関係を築きあげていく
ことが重要であることは言うまでもありません。
なお、少年事件についての、捜査段階、調査・審判段階での弁護人・付添人活動の詳細
については、法実務教育教材Ⅳ「子ども法実務」で扱います。
98
4−2 審判期日の対応
1
審判の原則
少年審判は、家庭裁判所の少年審判廷で、裁判官の指揮のもと、懇切かつなごやかな雰
囲気の中ですすめられます(少年法 22 条 1 項・3 項)。審判には、裁判官、少年が在廷する
ことはもちろんのこと、原則として、書記官、調査官、付添人、保護者等が列席すること
になります。
この少年審判で特徴的なことは、審判自体が非公開で行われるということです(少年法
22 条 2 項)。成長発達の途上にある少年が公開の法廷で「さらし者にされて裁かれる」とい
うことになってしまうと、少年法の目的である非行少年の健全育成ができなくなるおそれ
があるからです。少年を立ち直らせるためには、審判の公開は必要的ではなく、むしろ妨
げになると法は考えているのです。諸外国においては、少年の重罪事件については公開法
廷で行う傾向が強くなっていますが、わが国の場合は少年の健全育成を第1に考えている
ということになるでしょう。これは少年、家族、被害者等のプライバシーを保護するうえ
でも妥当な方向であると考えられます。
このような原則に則って行われる少年審判に携わる弁護士付添人も、少年の情操・プラ
イバシーに配慮して、懇切かつ丁寧に対応することが求められます。刑事弁護のように法
的弁護に主眼をおく活動とは異なった配慮が必要になるのです。
2
審判の場所・審判廷の構成
少年審判は原則として家庭裁判所の審判廷で行われます(裁判所法 69 条 1 項)。もっと
も、少年審判規則 27 条には、「審判は裁判所外においても行うことができる」と規定され
ていますので、少年の保護のために必要がある場合は、家庭裁判所以外の場所で審判が行
われる場合があります。実務的には、少年院において被収容少年の余罪審判を行うような
場合、少年鑑別所で被収容少年の押送が困難な場合などに、それぞれ当該場所での審判が
行われています(注釈少年法[改訂版]
・203 頁)。
少年審判廷には、裁判官及び裁判所書記官が列席するのはもちろんのこと(少年審判規
則 28 条 1 項)、調査官も原則として出席しなければなりません(同 2 項)
。
また、少年の出頭は必要的ですので、少年が出頭しない場合には審判を開くことはでき
ません(同 3 項)。これは、少年の健全育成の目的からすると、裁判所が直接、少年に質問
したり、弁解を聴いたりすることなしには、審判が進行できないと考えているからです。
さらに、審判には、保護者・付添人が出席できることになっていますが、この出席は必
要的であるとはされていません(平場・少年法[新版]
・251 頁)。しかしながら、少年の法
99
的権利を保護するために弁護士付添人が立ち会うことは重要であるし、少年の心情の安定
という面から、監護能力のある保護者が立ち会うことは意味があると考えられます。少年
審判が、あくまでも少年の健全育成のためにあることを考えると、これらの者の立会は審
判を成功させる重要な鍵になると言っても過言ではありません。
その他、審判には、検察官、その他の関係者が出席することがあります。
検察官については、家庭裁判所が必要と判断する場合に、故意の致死事件、死刑・無期・
短期2年以上の刑にあたる事件に限って出席させることができます(少年法 22 条の 2)。こ
れは 2001 年施行の改正少年法で初めて行われるようにあったものですが、その趣旨は、
「法
律家として犯罪行為を適正に処理すべき職責を担い、しかも公益の代表者としての地位を
与えられている検察官を少年審判における非行事実の認定手続に関与させることによって、
事実認定手続の一層の適正化を図る」というものです(注釈少年法[改訂版]・229 頁)。少
年の健全育成を目的とする少年審判にあっては、検察官は、家庭裁判所の裁量によって、
事実認定段階に限って、審判の協力者としてのみ、在席が許されていることに注意する必
要があります。刑事裁判と大きく異なる点です。
その他の関係者としては、少年の親族、教員その他相当と認める者の在席が許されるこ
とになっています(少年審判規則 29 条)。実務上は、親族のほかには、担任教諭、校長、
雇主、保護司、保護観察官、児童福祉司、補導委託先等を出席させています(注釈少年法
[改訂版]
・205 頁)。なお、最近、審判に被害者を在席させた例がいくつか報告されていま
すが、これは本条によるものではなく、少年法 9 条の 2 による意見聴取として行われたも
のです。同条の意見聴取には場所の限定がありませんので、少年が在廷する審判廷で意見
を聴取したということになります。しかし、これは少年の情操保護という観点からはかな
り問題がある運用のように思われます。
3
審判の進行
(1)審判の対象
刑事裁判では検察官が起訴状に掲げた訴因が審判の対象になることは明らかですが、少
年審判の場合はもともと罪を問う場ではありませんし、検察官が訴追官として関わるわけ
でもありません。したがって、審判の対象は刑事裁判ほど明確ではありません。とはいっ
ても、最終的に、少年を少年院に収容したりするわけですから、少年が何をしたのかとい
う非行事実の認定が審判の対象に含まれることは明らかです。
しかし、この非行事実が認定されれば、処分が自動的にそれに応じて決まるというもの
ではありません。少年に処分を必要とするだけの要保護性があるかあるいはないかを判断
しなければならないのです。少年法は少年の健全育成のためにある法律ですから、少年に
要保護性が認められない限り、処分をする必要性がないということになります。
その意味で、少年審判では、第一義的に、当該少年が非行事実を行ったか否かを明らか
100
にする非行事実の認定を行い、それに加えて要保護性があるか否かの判断を行わなければ
ならないと言えます。審判では、非行事実と要保護性の両方をその対象としているとする
のが通説的な考え方です(澤登・少年法入門[第2版補訂]・138 頁)。
(2)少年・保護者の人定質問
審判手続の中で最初に行われるのは、少年・保護者等に対する人定質問です。審判廷に
在廷している者が、対象となっている少年本人であるかどうかを確かめるのは、適正な審
判を行う上での基本となることは言うまでもありません。法文上、刑事訴訟規則 196 条に
相当するようなものはありませんが、実務上は、必ず人定質問が行われています。
(3)黙秘権の告知
少年審判では、そもそも直接的には刑事責任を問われることにはなりませんので、黙秘
権は保障されないという考え方もありました。しかしながら、少年審判では、検察官送致
決定を通じて刑事責任を問われる可能性もありますし、触法・ぐ犯の事件であっても刑事
責任を問われる事項が調査の対象になることを考えれば、これらの事件でも黙秘権は保障
されるべきであるとするのが通説です(澤登・少年法入門[第 2 版補訂]
・153 頁、菊田少
年法概説[第 4 版]
・156 頁等)
。実務上は、観護措置決定手続において黙秘権を告知し、審
判期日の呼出の際に交付する説明書で黙秘権についても説明し、更に審判手続の冒頭で少
年にわかりやすく説明することが通例となっています(注釈少年法・213 頁)。
なお、2001 年から施行されている改正少年法にともなって、少年審判規則 29 条の 2 が
新たに設けられて、黙秘権の告知は必ず行わなければならないようになりました。
少年審判規則 29 条の 2
裁判長は、第1回審判期日の冒頭において、少年に対し、供述
を強いられることはないことを分かりやすく説明した上で、審判に付すべき事由の要旨を
告げ、これについて陳述する機会を与えなければならない。この場合において、少年に
付添人があるときは、当該付添人に対し、審判に付すべき事由につい
て陳述する機会を与えなければならない。
(4)非行事実の告知と少年の弁解録取
裁判官が、審判期日に、直接少年に対して非行(被疑)事実を告知して、弁解を聞くこ
とは、少年の納得の上からも重要であるとして行われてきました。国連子どもの権利条約
でも、その 12 条で子どもの意見表明権が認められていて、自分のことに関する取り決めに
ついて少年自身が意見を表明する権利を認めています。その意味でも、少年審判廷でいま
から問題とされようとしている非行事実が何であるかを十分に説明した上で、それについ
て少年自身がどのように考えているのかを述べさせることは、国際的人権基準にも合致し
ていると思われます。このような観点からも、上記の少年審判規則 29 条の 2 は特に重要な
101
意味をもっているのです。
国連子どもの権利条約第 12 条
締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事
項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見
は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
(5)非行事実の審理
少年審判が裁判であって非行事実の認定を行わなければ少年の処分を決定できないのは
言うまでもありません。しかしながら、刑事裁判とは異なって、原告官である検察官の起
訴によって裁判が開始されるわけではありません。検察官は、例外的に、裁判所の裁量に
よって関わるとき以外は、少年審判に関わることはありません。少年審判は刑事裁判とは
異なって当事者主義の裁判構造をとっているわけではなく、裁判所の裁量によって職権的
に運営されている側面が強いのです。この職権主義的審判構造は、少年の権利保障とその
健全育成の調和を図りつつ、適正に事実を認定して処分を決定するためには必要な運営方
法と考えられています。
しかしながら、この裁判所の裁量はまったくの自由裁量というわけではありません。も
し、自由裁量ということになってしまうと、付添人がつくことの多くない審判の現状では、
少年の権利主張に十分に配慮できない事態に陥ることが考えられるからです。そこで、1983
年の最高裁決定は、この裁量は、少年の権利保護及び健全育成を図る観点からも、自由裁
量ではなく、適正手続に則った合理的裁量でなければならないと判示したのです(最決昭
58・10・26 刑集 37・81・1260)。少年審判手続であっても、あくまでも憲法 31 条の適正手続
の保障が及ぶことが確認されたと評することも可能でしょう。
もっとも、少年審判手続自体は職権主義構造であることは否定できませんので、少年に
よる証拠調請求も、証人尋問請求も、権利として認められているわけではありません。例
えば、少年審判規則 29 条の 3 で、新たに、「少年、保護者及び付添人は、家庭裁判所に対
し、証人尋問、鑑定、検証その他の証拠調べの申出をすることができる」と規定されるこ
とになりましたが、これはあくまでも裁判所の職権発動を促すだけのものであると解され
ています(注釈少年法[改訂版]
・216 頁)。しかし、国際人権法上は、これらの請求が権利
として認められるべきであるとしている点に注意する必要があるでしょう。
このように、少年審判手続では基本的に職権主義的審判構造がとられていますから、裁
判所は、司法機関として公正に、少年の有利・不利を問わずに、必要な範囲で真実発見に
努めなければなりません。その意味で裁判所には職権証拠調義務があると解されています
(平場・少年法[新版]・217 頁)。
なお、証拠法則については、自白法則、違法収集証拠排除法則の適用はあり、伝聞法則
の適用はないとするのが判例の立場です。この点について、詳しくは、法実務教育教材Ⅳ
「子ども法実務」で解説することにします。
102
(6)要保護性に関する事実の審理
審判では、非行事実の存在について合理的な疑いを容れない程度の心証を得た場合には、
引き続いて要保護性の認定に移ります。もっとも、審判手続自体が、事実認定手続と要保
護性認定手続に二分されているわけではないので、その限界は必ずしも明らかであるとは
言えません。いずれにしても、多くの少年事件は、少年が事実を認めている場合がほとん
どですので、少年の弁解を録取した後に、要保護性の判断に入ることになります。要保護
性の判断にあたっては、家庭裁判所調査官が作成した報告書、少年鑑別所の心身鑑別の結
果などが重要な資料になることは言うまでもありません。裁判官は、これらを総合的に検
討したうえで、審判を行い、具体的な処遇方法を決定するのです(注釈少年法[改訂版]・
105 頁)。
要保護性の認定も、それを基礎づける事実に基づいて裁判官によって行われますが、心
証の程度は、①合理的な疑いを容れない程度の心証が必要であるとする立場、②証拠の優
越の程度で足りるとする立場、③単純な証拠の優越よりも高度な心証が必要であるとする
立場にわかれています。実務的には、要保護性の判断が、少年の性格・非行歴・更生意欲
などの保護環境、生活環境、社会資源の有無に基づく総合的かつ展望的判断・行動予測で
ある以上、証拠の優越で足りるとされています(注釈少年法[改訂版]・224 頁)。
(7)付添人・調査官の処遇意見聴取
少年審判規則 30 条は、「少年、保護者、付添人、家庭裁判所調査官、保護観察官、保護
司、法務技官及び法務教官は、審判の席において、裁判長の許可を得て、意見を述べるこ
とができる」と規定しています。少年審判は、少年の立ち直りのための手続という側面が
強いので、審判に協力する大人の意見を多く聞き入れて、少年に最善の解決方法を探ろう
とするねらいがここにあります。なかでも、家庭裁判所調査官と付添人は、少年に長い時
間関わって、ケースワーク的な対応をするので、この両者の意見は、裁判官の判断にとっ
て非常に重要な意味を持っていると言わなければなりません。
家庭裁判所調査官は、社会調査や少年との面接の結果を踏まえて、科学的見地から、最
終的に、少年にもっとも適合した処分について意見を述べることになります。本ビデオの
なかでは、非行性が深化していないこと、少年が十分に反省していること、保護者に十分
な監護能力があること、就職先が決まっていて安定した生活態度がのぞめること等を総合
的に判断して、社会内処遇である保護観察処分が妥当であるとの意見を述べています。も
ちろん、この結論に至るまでに、少年鑑別所の技官、観護担当教官等とのケースカンファ
レンスを重ねていることになります。
一方、付添人も、刑事事件とは異なって、少年の処分を軽くすることだけを追求するの
ではなくて、少年が反省して立ち直るためのサポートに力を注がなければなりません。少
年と何度も面接を重ねることは言うまでもありませんが、保護者との面接、被害者への謝
罪、社会の受入環境の調整等を行う必要があります。本ビデオのなかでは、付添人と保護
103
者の努力によって、少年の家庭の近所にある弁当屋での就職が内定しています。少年が仮
に社会に戻ったときに、安定した社会生活をおくることができるか否かは裁判官にとって
重大な関心事ですから、付添人によるこのような地道な努力は有益です。付添人は審判の
中で、少年に反省を促すときはそれを促し、一方で、有利な状況については、裁判官に説
得的に説明することが必要になってくるのです。
(8)終局決定通知
終局決定には、審判不開始決定、不処分決定、児童福祉機関送致決定、検察官送致決定
及び保護処分決定があります。実務上は、少年保護事件全体の8割以上が審判不開始又は
不処分で終わることになり、保護処分(少年法 24 条)になるのは全体の1割強に過ぎませ
ん。そして保護処分のほとんどは保護観察処分と言うことになります。本ビデオの事件で
も、保護観察処分が選択されています。家庭裁判所調査官、付添人が指摘する内容を考慮
すると、少年院に送致するほどの事件ではないことになるでしょう。
いずれにしましても、保護処分の決定を言い渡す場合には、少年及び保護者に対して、
保護処分の趣旨を懇切に説明し、これを充分に理解させるようにしなければなりません(少
年審判規則 35 条 1 項)
。同時に、2 週間以内に抗告の申立ができることを告げなければなり
ません(同条 2 項)。なお、保護処分の決定は、所定の決定書を作成した上で(同規則 2 条)、
審判期日において必ず言い渡さなければなりません(同規則 3 条 1 項)
。
(9)審判調書の作成
審判期日における手続・内容を公証するために、書記官によって審判調書が作成される
ことになります(少年審判規則 6 条、33 条、34 条)。審判調書には、審判した裁判所、年
月日及び場所、少年並びに保護者及び付添人の氏名、調査官等の陳述の要旨、少年の陳述
の要旨、決定内容等が記載されることになります。
【主要参考文献】
・ 平場安治『少年法[新版]』(有斐閣・1987 年)
・ 田宮裕・廣瀬健二編『注釈少年法[改訂版]』(有斐閣・2001 年)
・ 甲斐行夫・入江猛・飯島泰・加藤俊治『Q&A 改正少年法』(有斐閣・2001 年)
・ 福岡県弁護士会・子どもの権利委員会編『少年事件付添人マニュアル』(日本評論社・
2002 年)
・ 澤登俊雄『少年法入門[第2版補訂]』
(有斐閣ブックス・2003 年)
・ 菊田幸一『少年法概説[第4版]』(有斐閣双書・2003 年)
・ 村山裕・伊藤俊克・宮城和博・山下幸夫編著『少年事件の法律相談』
(学陽書房・2003
年)
・ 裁判所職員総合研修所監修『少年法実務講義案(改訂版)』(司法協会・2004 年)
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<執筆責任>
古井明男・山梨学院大学法科大学院教授
(1 ローヤリングの基礎)
辻
(2 一般民事クリニックの基礎)
千晶・山梨学院大学法科大学院教授
山口直也・山梨学院大学法科大学院教授
(3 刑事クリニックの基礎、
4
少年事件クリニックの基礎)
ローヤリング、リーガル・クリニックの基礎
2005 年 3 月 31 日
C
第1版発行 ○
著 者
古井明男・辻 千晶・山口直也
発 行
山梨学院大学法科大学院
〒400-8575 山梨県甲府市酒折 2-4-5
TEL055-224-1270 FAX055-224-1281
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