Ⅴ.カニュレーションのトラブル・シューティング

若⼿医師のための心臓手術の基本とその根拠
Ⅴ.カニュレーションのトラブル・シューティング
.送血カニューレが入らない!
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【その原因】❶残った外膜が抵抗になっている❷切開が⼩さい❸カニューレの先端が切
開口にちゃんと向いていない❹切開⼝からの出⾎が制御できずに慌てる、などが考えら
れる。
【対処法】切開⼝が⼩さ過ぎなければ、カニューレの先端をしっかり切開⼝に当てて滑
り込ませる。切開⼝が⼩さい時はピンセットで切開⼝の両サイドを掴んで押しつけ、出
血をコントロールしながらメスで切り足す。それでも入らない時は、ターニケットを締
めて部分遮断鉗子を掛けた後に切開⼝をメスで切り足し、切開⼝の両端に全壁性に糸を
掛け左右に牽引して開大し鉗子をはずしてカニューレを滑り込ませる。もしも大動脈壁
の性状が悪く鉗子が掛けられない場合はタバコの糸を結紮し、別のルートから入れ直す。
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. 送血カニューレ挿入後外膜血腫が拡がった!
【対処法】解離でなく外膜血腫ならば基本的には問題ない。ただし、基部へ進展し、
CABG 中枢側吻合や AVR の⼤動脈切開線にかかると厄介になるので、外膜を切開して
血腫を解放する。最初はそこから出血するが、そのうち止まる。
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. 送血カニューレを挿⼊した後に解離が起こった!
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【その原因】解離の原因として、❶切開⼝が⼩さいのに無理やりカニューレを挿⼊した
❷貫壁性に切開されていない❸カニューレの向きを変えるため回転させたらカニュー
レの先端で内膜を傷つけた、などが考えられる。
【対処法】まず人工心肺を weaning し離脱する。すぐに大腿動脈送血もしくは右腋窩
動脈送⾎に切り替え、⼈⼯⼼肺を再開し冷却をはじめ、急性⼤動脈解離の⼿術に準じて
グラフト置換を⾏う。基本的にエントリーが上⾏大動脈にあるため、上⾏置換になる。
その後当初予定していた⼼臓⼿術を⾏う。
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. 上⾏⼤動脈の性状が悪く、送⾎部位が⾒当たらない!
【その原因】上⾏⼤動脈は送⾎、⼤動脈遮断、⼤動脈切開や CABG グラフト中枢側吻
合に要するスペースの取り合いになる。
【その対処法】送血部位としては 1 横指分のスペースがあれば可能だが、その際には粥
腫飛散防止のため、PCPS 用送⾎カニューレを使って穿刺法でそっと⼊れるのがベター
である。上⾏にスペースが全く無い場合には、弓部送血を考慮するが、この際も PCPS
用送血カニューレが有用である。PCPS 用送血カニューレ使用時の注意点は、カニュー
レが⻑く⼊り過ぎないようにすることで、おおむね 3cm 位を目安とする。弓部送血の
場合、タバコ縫合部位が解離したり、出⾎すると修復が厄介なので、普段よりしっかり
掛ける。上⾏〜⼸部が使えなければ、⼤腿動脈送⾎を選択する。これも PCPS 用送血カ
ニューレが便利で、カニューレサイズは total flow を出せるぎりぎりの太さを選択する。
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太めだと、❶下肢への⾎流障害になる❷⼤腿動脈の内膜を損傷し、解離や動脈閉塞を起
こしやすくなる。カニューレの挿⼊は⼤腿動脈を剝離露出して open puncture で⾏う。
弓部瘤や腹部瘤もしくは弓部の粥腫がリッチで大腿動脈からの逆⾏性灌流を避けた⽅
がいい場合には、右腋窩動脈送血を選択する。腋窩動脈は大抵血管壁が薄く脆いので、
8 ㎜人工血管を端側吻合し、そこから送血する方が❶内膜損傷が防げる❷灌流量が確保
できる❸上肢⾎流が保てる。急性解離の時には心尖送血というオプションもある。
☝南先生のワンポイント・アドバイス
PCPS ⽤送⾎カニューレを穿刺法で挿⼊する際には、内筒を深く挿入し過ぎると後壁を
損傷し、解離を起こす危険性があるので注意!
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. SVC に脱血カニューレが入らない!
【その原因】❶RA 切開⼝が⼩さく抵抗になっている❷タバコ縫合の糸が締まっていて、
カニューレが滑らない❸RA内の肉柱に引っ掛かっている❹SVC接合部に当たって進ま
ない❺中心静脈カテーテルやスワン・ガンツカテーテルが邪魔になっている、などが考
えられる。
【対処法】タバコ縫合の糸は⼤きめ、切開も⼤きくが基本である。ターニケットは締め
ずにタバコの糸を SVC の対側に牽引することでカニューレを押し込みやすくなる。
SVC に向かってカニューレを切開⼝から挿入し、RA 側壁に沿わせて SVC 接合部を越
える。左指で SVC 接合部を掴んでカニューレを誘導する。中心静脈カテーテルなどが
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あっても通常はさほど邪魔にはならないが、もしも引っ掛かっている感じがあれば、少
し引き抜いて再度⼊れてみる。どうしても入らず、血圧が下がっている状況下では、ま
ず RA に留めて⼈⼯⼼肺を開始し、先に IVC カニューレを挿⼊してから、再度 SVC へ
の挿入を試みる。カニューレを引き過ぎて側孔が出たり、完全に抜けてしまうと、エア
ーが回路内に⼊ってエアーブロックになるため、チューブ鉗⼦はすぐに使えるようにし
ておく。
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. IVC に脱血カニューレが入らない!
【その原因】SVC と同様、❶RA 切開⼝が⼩さく抵抗になっている❷タバコ縫合の糸が
締まっていてカニューレが滑らない、などがあるが、❸冠静脈洞に迷⼊している❹肝静
脈に入り込んでいる、なども考えられる。
【対処法】すでに SVC カニューレが挿入され人工心肺が開始されている状況なので、
落ち着いて IVC に向けてカニューレを進める。右利きの⼈でも左⼿で挿⼊できるよう
にする。
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. 脱血カニューレからエアーが入る!
【その原因】❶タバコ縫合のターニケットがしっかり締まっていない❷タバコ縫合部が
裂けている❸RA のどこかが開いている❹SVC、IVC のテーピングで後壁を損傷してい
る❺無名静脈本幹が裂けているか、その枝が開いている❻⼈⼯⼼肺回路と脱⾎カニュー
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レとの接続が緩い❼回路のコネクターもしくはチューブが破損している、などが考えら
れる。
【対処法】ターニケットを締めてもエアーが入るなら、カニューレ挿入部の周りを包み
込むように絹糸で結紮する。タバコ縫合部が裂けていれば、もう一重外側に掛け直す。
脱血し過ぎていると、RA や大静脈の穴が同定できないことがあるので、⼀度ボリュー
ムを戻して、穴からの出⾎を⾒つける。テーピングしてもエアーが⼊る時は、テーピン
グより遠位側のどこかにエアーを引き込む開放部があることになる。意外に無名静脈か
らのことが多い。エアーをそのまま放置していると、後で急にエアーブロックになり、
脱血不良で⼈⼯⼼肺回転困難になることがあるため、後回しにせず、その場で解決する。
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. 脱血が悪い!
【その原因】❶脱血カニューレの位置が悪い❷エアーブロックになっている❸脱血し過
ぎて脱血カニューレが大静脈壁に吸い付いている ❹ボリュームが⾜りない❺落差脱⾎
の⾼低差が不⼗分❻どこかから出血していてボリュームが取られている❼PLSVC(左上
大静脈遺残)がある❽脱血カニューレもしくは回路のチューブが屈曲している❾脱血カ
ニューレを鉗子でかんでいた、などが考えられる。
【対処法】脱血カニューレが適正な位置にあれば、❶1 本で灌流量の 60%以上脱血で
きる❷カニューレがバイブレーションしない❸CVP が 5 ㎜ Hg 以下になる。心臓を脱
転しても脱血が変わらないことを確認する。脱血が悪くなるのは大概カニューレが深く
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入り過ぎているためで、SVCカニューレの先端が無名静脈や奇静脈に当たっていたり、
IVC カニューレが肝静脈に入り込んでいたりする。ボリュームが足りないと、脱血カニ
ューレが壁に吸い付いて脱血不良になるので、ボリュームを追加するか、⼀度脱⾎を返
す。ただし、持続的にボリュームが取られる場合には、どこかからボリュームが逃げて
いると考える。開胸になっていて胸腔内に血液が垂れ込んでいないか、どこかに出血点
がないか検索する。出血点として、たとえば CABG 時の SVG 採取部位とか、腋窩動脈
送血路とか、心臓の術野以外も調べる。以前、動脈圧用として大腿動脈にサーフローを
穿刺した際に貫通した動脈後壁から後腹膜へ出血していた症例があった。PLSVC は❶
術前心エコーで⼤きな冠静脈洞が観察される時❷術中無名静脈が欠損している時に疑
う。もしも PLSVC がある場合は、左肺動脈と左心耳の間を通る LSVC にタバコ縫合を
置き、L 型脱血カニューレを挿入して、増設した脱⾎回路に接続する。術野に布掛けす
る場合には、特に回路チューブの屈曲に注意する。覆布に隠れて SVC 脱血カニューレ
を鉗子でかんだまま、終わるまで気付かなかった症例もあった。
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. IVC テーピングの時、IVC を串刺しにした!
【その原因】癒着のない時は、カニューレごと、IVC の周りを指で掴むように剝離する
のが安全だが、癒着している時に指で剝離すると IVC を割いてしまう危険性があるの
で、必ず鋭的に剝離する。鉗⼦を IVC の向こう側から通す時に、鉗子の先端が通る所
が必ず IVC の裏側に回っていること確認する。
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☝南先生のワンポイント・アドバイス
⼩児や若年者では、IVC 周囲の結合組織が強靭なので鋭的に剝離する!
【対処法】串刺しにした時には、視野を良くするために IVC に接する横隔膜を剝離し、
IVC のさらに遠位側で再度テーピングする(肝静脈にはかなり近い)。SVC もテーピン
グし、RA を十分に脱血した状態で、IVC の穴を同定し、プレジェット付糸によるマッ
トレス縫合で外側から閉鎖する。IVC 脱血カニューレが邪魔になって穴が同定できない
時は、大腿静脈から脱血カニューレを入れ直し、IVC カニューレを抜く。それでも同定
できない時は、RA を切開し、RA 内から⽳を検索し、内側から修復する。
10. SVC テーピングの時、SVC を串刺しにした!
【その原因】❶PA-SVC 間膜を SVC 側で剝離したため、SVC に穴が開いた❷SVC が太
めで、ケリー鉗子を通す時、PA との境目が不明瞭であった、などが原因である。
【対処法】SVC は視野が良いので、損傷部を外側から同定でき修復できる。⼈⼯⼼肺
開始時には損傷していることがわからず、SVC テーピングを解除した段階で出血して
判明することもある。
11. LV ベントカニューレが入らない!
【その原因】❶PV がメスでしっかり切れていない❷切開⼝が十分開大されていない❸
切開⼝から⾎液が噴出して入口が⾒えない❹カニューレの湾曲が弱いため僧帽弁を越
えず、LA 後壁に突っ掛かっている❺カニューレが心尖部方向に向いていないため、左
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心耳に入り込む❻何度もトライしているうちにカニューレの腰が弱くなった、などが考
えられる。
【対処法】PV にタバコ縫合を掛ける前に PV 表⾯の⼼膜移⾏部をよく剝離しておく。
PV を切開したつもりが実際には⼼膜移⾏部の膜を切開していて内腔まで達していない
ことがある。ベントカニューレの湾曲が弱いと PV 切開⼝へは挿入しやすいが、僧帽弁
を越えにくいので、はじめからしっかりと釣り針状に形をつける。通常は何の抵抗もな
く LV 内に入るが、あまり奥まで入れ過ぎて、LV 側壁を貫通しカニューレの先端が外に
突き出た症例を⾒たことがある。何度もトライしているうちに PV 切開⼝からエアーが
入り、ECG 上 ST 上昇を認めることがあるので要注意!
12. LV ベントカニューレを入れてはいけない!
【その原因】術前心エコーで LA、LV 内に血栓や腫瘍がある時は、右上肺静脈にタバコ
の糸を掛けておくだけで、カニューレは挿入しない。
【対処法】MS、Af、巨大左房の時は特に左房内血栓に要注意!術前ワーファリンを休
止している短期間に血栓ができることもあり、必ず術中経食道エコーで血栓の有無を確
認する。以前、MS の症例で術前の経胸壁エコーでは左房内血栓が観察されなかったの
で、LV ベントカニューレを挿入したが、左房切開したら壁在⾎栓が付着していてヒヤ
リとした。幸いにも⾎栓塞栓は起こらなかったが、ワーファリン中止などで術前の状態
が変化するため、直前の経食道エコー評価は大事である!
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13. カニューレ挿入時、メスで深く刺してしまった!
【その原因】送血カニューレ挿入時に大動脈後壁までメスが到達したとか、IVC 脱血カ
ニューレ挿入時に RA 壁の切開が心房中隔まで届いたとか、PV 切開時に PV 後壁まで
切ってしまったとか、なにしろ、メスを深く刺し過ぎない。
【対処法】特に大動脈が細い小児や ASD の症例ではメスの深さに注意する。
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