EU新体制の多難な船出

世界・地域分析レポート
2014年11月21日
EU新体制の多難な船出
ページ
I. 政治
…1
1. EU新体制発足と課題
2. 地域独立運動の高まり
3. EU懐疑主義の広がり
II. 経済
…10
1. 試練を迎える欧州経済
2. ユーロ圏の政策展望
III. 外交・通商
…18
1. ウクライナ情勢を巡る対露外交の展望
2. 悪化する中東・北アフリカ情勢と移民問題
3. その他対外関係
三井物産戦略研究所
欧米室 橋本択摩
フアマン ミヒャエル
Ⅰ.政治
1.EU 新体制発足と課題
2014 年は EU にとって 5 年に一度の政治の年である。5 月には欧州議会選挙が行わ
れ、7 月 1 日に選挙後初めての欧州議会本会議が開催された。そして 7 月 15 日の本会
議では次期欧州委員会委員長にユンケル・ルクセンブルク前首相が承認された。また、
8 月 30 日に開催された欧州理事会では、次期欧州理事会常任議長(EU 大統領、任期
は 2014 年 12 月~2017 年 5 月、一度だけ再任可能)にトゥスク・ポーランド前首相、
次期 EU 外務・安全保障政策上級代表(EU 外相)にモゲリーニ伊前外相が選出された。
その後、次期欧州委員長、EU 外相およびその他欧州委員は 10 月 22 日に一括で欧州議
会の承認を得て、11 月 1 日より 5 年に及ぶユンケル新体制が発足した。
(1)EU によるバランス人事
EU 政策を決定・遂行する上で大きな権限を保持する EU 大統領や欧州委員(欧州委
員長、EU 外相を含む 28 名)のポストは、政策提案・決定プロセスに出身国、出身政
党の意向を反映しやすくなるため非常に重要だ。このため、EU 人事は、加盟各国(東
⇔西、北⇔南)、政党(右派⇔左派)、さらにジェンダー(28 名中 9 名が女性委員)
のバランスが求められる難解なパズルゲームの様相を呈している。また、大国⇔小国
のバランスも重視され、欧州委員長のポストは歴代、小国出身者が多くなっている(バ
ローゾ前欧州委員長は元ポルトガル首相)。
欧州委員長に就任したユンケル氏は中道右派・欧州人民党の代表であり、1995 年か
ら 2013 年までルクセンブルク首相を 18 年に亘って務めていた。その間、2005 年 1
月から 2013 年 1 月までユーロ圏財務相会合議長を続けるなど、1999 年のユーロ創設
から欧州ソブリン債務危機に至るまで EU による経済通貨統合政策に大きな影響力を
発揮してきた。そのため EU への主権移譲に反発する英国がユンケル氏を連邦主義者
とみなして強硬に反対したものの、6 月 27 日の欧州理事会ではそれを押し切る形で賛
成多数にてユンケル氏指名が決まり、大きなしこりが残ることになった。
EU の外交・安全保障政策を指揮する EU 外相にはモゲリーニ伊前外相(中道左派)
が就任した。当初、同氏の政治・外交上の経験不足、ロシアへの穏健姿勢について、
特にポーランド、バルト諸国から懸念の声が挙がっていた。しかし、8 月 30 日の欧州
理事会で、EU 大統領の候補者として EU 内で最も対露強硬スタンスをとってきたポー
ランドのトゥスク前首相(中道右派)とセットで提案されたことで当初の批判の声が
抑えられ、次期 EU 大統領、同外相が共に満場一致で選任された。
-1-
欧州委員長と EU 外相のほか、残る 26 名の欧州委員は、EU 加盟各国が推薦する候補
者リストのもと、ユンケル氏が 9 月 10 日に提案、一部候補者の差替えがあったもの
の最終的に欧州議会の承認を得て、11 月 1 日に新体制が発足した。ユンケル新欧州委
員長、トゥスク次期 EU 大統領は選任にあたって共にメルケル独首相による支持を得
ており、パワーバランスとしてドイツのプレゼンスが一層高まったとの見方もある。
引き続き EU 政策はドイツ主導により遂行されることになろう。
図表 1 EU 主要機関
欧州理事会
(European Council)
最高意思決定機関として、EU政策の指
針・方向性を決定
・EU28加盟国政府の首脳、欧州委員会委員
長、欧州理事会常任議長(EU大統領)で構成
・次期EU大統領はトゥスク・ポーランド前首相
・EU大統領の任期は2年半(2014年12月~2017
年5月)であり、一度だけ再任可能。欧州委員
会委員長とともに、G8・G20等の首脳会議にEU
を代表して参加
欧州議会
閣僚理事会
(European Parliament)
(Council of the EU)
立法機関として法案を審議・採択
・751人の欧州議員
・任期5年(2014年5月に直接選挙実施)
・EU加盟各国の人口に比例して国別に
議席数を割当
・7月1日の欧州議会本会議にてシュル
ツ前議長(ドイツ出身)が再任
・通常、本会議は仏ストラスブール、委
員会はベルギー・ブリュッセルで開催
立法機関として法案を審議・採択
法案を協議、採択
法案を提出
法案を提出
欧州委員会
・EU28加盟国政府の閣僚で構成
・10の政策分野(一般、外務、経済・財
務、司法・内務、雇用・社会政策・保
健・消費者問題、競争力、運輸・通信・
エネルギー、農業・漁業、環境、教育・
青年・文化)ごとに担当閣僚が出席
・議長国は半年ごとの輪番制(EU外相
が議長となる外務理事会を除く)
(European Commission)
EU政策の執行機関。EU諸機関の中で唯
一の法案提出権を有する
・各加盟国から一人ずつ、28名の欧州委員が就任
欧州議会はまず欧州委員長を承認後、その他27名
の欧州委員を含め、28名を一括して承認
・次期欧州委員長はユンケル・ルクセンブルク前首相
・任期5年(2014年11月~2019年10月)
・EUの政策実行、共同体法の遵守状況の監視
・通商、協力に関する国際条約・協定の締結
(2)新体制を迎える課題
ファンロンパイ現 EU 大統領(任期は今年 11 月末まで)は 8 月 30 日の欧州理事会
-2-
後の記者会見で、今後の EU の課題として、①経済停滞、②ロシア・ウクライナ問題、
③EU での英国のポジションの 3 つを挙げた。それぞれについて詳細は後述するが、①
経済停滞について、10 月上旬にワシントンで開かれた G20 財務相・中央銀行総裁会議
にて欧州経済の悪化が焦点となるなど、ユーロ圏の景気後退、デフレ突入が強く懸念
されている。ユンケル新欧州委員長は経済活性化や若年層の雇用創出に向けた総額
3,000 億ユーロの官民投資計画を提唱、今年末までに具体案を提示するとしており、
経済成長・雇用増加を最重要課題とすることを鮮明にしている。
②ロシア・ウクライナ問題について、EU-ロシア間で互いに制裁措置を発動し、双
方の経済活動への悪影響が懸念される中、トゥスク・ポーランド前首相が次期 EU 大
統領に選ばれた。モゲリーニ新 EU 外相とともに難しい舵取りを担うことになるが、
ポーランド出身ではあるものの、これまでの経歴上、現実主義者とみなされるトゥス
ク氏は、外交的にこの問題の解決を図っていくことの重要性についてもコメントして
おり、エスカレートする制裁合戦に歯止めをかけ、落としどころを探っていこう。
③EU での英国のポジションについて、トゥスク氏は英国抜きの EU は想像できず、
EU 内でユーロ圏と非ユーロ圏が分離していくことは望まない旨、述べている。非ユー
ロ圏である自国ポーランドでも 76%の国民がユーロ導入に反対しているという事情を
抱えるトゥスク氏は、EU への権限移譲に反発する英国のキャメロン首相とのカウンタ
ーパートとして適任であり、英国を EU 内に留めるよう進めていくと期待される。
ユンケル新欧州委員長は欧州議会での承認投票前の今年 7 月に政策指針「雇用、成
長、公平、民主的変化のためのアジェンダ」を発表している。そこでは前述のとおり
経済成長・雇用増加を最重要課題に挙げたほか、銀行同盟(単一の銀行監督機関、単
一の銀行破綻処理機関)の着実な遂行、資本市場同盟の創設による EU への投資拡大、
財政監視等を通じた経済通貨同盟の深化、デジタル単一市場の推進、エネルギー同盟
(域内エネルギー・インフラの統合等)等を新体制の優先課題として掲げている。一
方、ユンケル氏は任期の 5 年間、EU のさらなる拡大については見送る方針を示してお
り、新体制としては EU の拡大よりも統合深化に政策の重点を置き、漸進的に統合深
化を進めていくと見られる。
2.地域独立運動の高まり
(1)EU 内における地域独立運動の背景
EU 新体制が発足する中で、EU 地域の市民レベルでは、①地域独立運動の高まり、
②EU 懐疑主義の広がりという 2 つの大きな潮流があり、まずここでは①について取り
-3-
上げる。地域の独立機運が高まっている背景は各地域にて区々だが、民族意識の高ま
りのほか、地域格差の拡大、「豊かな地域」から「貧しい地域」への財政移転に対す
る不満等、経済的理由によるものも大きいと見られる。また小国の独立に際し、汎欧
州としての EU の存在が安全保障、
経済面で安心感を与えていることも事実であろう。
スコットランドで合法的に住民投票が実施されたことで、特にスペイン・カタルーニ
ャ自治州(スペイン人口の 16%、同 GDP の 20%)ではスペインからの分離独立・自治
権拡大を目指す動きが活発化している。その他、潜在的に同バスク地方、ベルギー・
フランドル地方、イタリア・ベネト州、南チロルなどへも拡大する可能性がある。
図表2 地域独立運動と EU 懐疑主義政党の最近の動き
英国・スコットランド
9 月 18 日、独立住民投票を実
施するも反対多数により否決
ベルギー・フランドル
10 月 8 日、新フランドル
連盟が与党入りで合意
英国・英国独立党
10 月 9 日、下院補欠選
挙にて初議席を獲得
スウェーデン・スウェーデン民主党
9 月 14 日に行われた議会選挙で
12.9%の得票率を得て第 3 党に
デンマーク・デンマーク人民党
5 月の欧州議会選で 27%の得票
率を得て第 1 党に
オランダ・自由党
フランス・国民戦線
10 月 9 日、上院選
にて初議席を獲得
ドイツ・ドイツのための選択肢
8~9 月、3 つの州議会選で 10%
程度の得票率で 3 議席を獲得
スペイン・Podemos
支持率 27.7%で首位に
オーストリア・オーストリア自由党
ハンガリー・JOBBIK
イタリア・五つ星運動
スペイン・バスク
ギリシャ・黄金の夜明け
スペイン・カタルーニャ
11 月 9 日、非公式の住民投
票を実施、独立支持 8 割超
イタリア・ベネ
ト州、南チロル
ギリシャ・急進左派連合
支持率、与党を 5%ポイント以上離して首位を維持
(2)スコットランド独立否決後の英国政治情勢
9 月 18 日、世界の注目を集める中、スコットランド(英国人口の 8%、同 GDP の 8%)
独立の是非を問う住民投票が行われ、独立反対 55.3%、独立賛成 44.7%でスコットラ
ンドの英国残留が決定、混乱が回避された。直前の世論調査で一時、独立賛成の割合
が 51%、反対が 49%と独立派がリードするなど、投票結果は僅差になると予想されて
-4-
いたが、結果的には 10%の差が開く結果となった。その背景として、投票直前まで態
度を決めかねていた有権者が実際の投票の際、独立に伴う経済への悪影響等を懸念し
反対票を投じた可能性が高い。独立後の通貨、北海油田権益等の扱いについて、スコ
ットランド自治政府より実現性のある提案が最後までなされず、スコットランドに拠
点を置く RBS やロイズ等が、独立の場合に本店をスコットランドから移転する意向を
表明したことで雇用への悪影響について懸念されたことが大きい。翌 19 日、投票結
果を受けてスコットランド自治政府のサモンド前首相(スコットランド民族党前党
首)は辞任する旨表明、11 月 13-15 日開催の党大会にて新党首に選出されたスター
ジョン前副首相が 11 月 19 日に新首相に就任した。
しかし、独立が否決されたことは英国政治が現状のまま維持されるということを意
味する訳ではない。まず、住民投票直前、賛成支持の高まりを示す世論調査結果に慌
てた英国主要 3 党(保守党、自由民主党、労働党)は独立を阻止すべく、独立否決と
なった場合、スコットランドに対して追加権限移譲を行うと約束した。つまり、1998
年、スコットランド法の施行により、教育、警察、住宅、文化、環境の分野で既に権
限移譲が大幅に進んだが、主要 3 党は一部残る財政(税、支出)及び社会保障に関す
る権限も追加で移譲することを公約とした。スコットランドへの新規移譲分野につい
ては保守党スミス卿を委員長とする超党派委員会により検討を進め、今年 11 月まで
に詳細を合意し、来年 1 月の法制化を目指すとしているが、このタイムスケジュール
はあまりにタイトであり、実現は不可能とする見方が多い。
さらに住民投票後、キャメロン英首相はイングランド、ウェールズ、北アイルラン
ドを含め、権限移譲を進める旨表明したが、英国で人口 84%を占めるイングランドに
は議会が存在しないことから、特にイングランド出身の与党保守党議員がスコットラ
ンド等への追加権限移譲について優遇しすぎとして反対の声を強めている。これを踏
まえキャメロン首相は、イングランドを巡る法案はイングランド出身の議員だけで採
決すべきと提案、この問題についてはヘイグ下院議長(前外相)を中心に検討を進め
るも、野党労働党が強く反発し、議論は進展していない状況だ。来年 5 月 7 日に予定
される英国議会選挙では、英国経済や英国の EU 離脱の議論のほか、地方自治を含め
た英国政体の在り方が大きな争点の一つとして加わったといえよう。
図表3 その他欧州地域の主な独立運動
スペイン:
商工業、観光都市のバルセロナを州都とするカタルーニャ自治州は、財政面で国からの
カタルーニャ
税財源移譲も進んでおり、カタルーニャ自治州の自己財源比率は 4 分の 3 を上回るもの
自治州
の、中央政府に納めた残りの税収のうちカタルーニャ自治州に還元されるのは一部に
-5-
留まるとして根強い不満がある。2012 年の州議会選で第一党となった「カタルーニャ集
中と統一(CiU)」を率いるマス・カタルーニャ自治州首相は、近年支持を伸ばしている政
党「カタルーニャ左翼共和派(ERC)」の支持も得て、2014 年 11 月 9 日にカタルーニャ自
治州の分離独立の賛否を問う住民投票の実施を目指してきた。しかし、スペイン憲法裁
判所は 9 月 29 日、スペイン中央政府からの違憲判断を求める訴えを受理し、投票の一
時差し止めを命じた。マス首相は 10 月 14 日、独立住民投票の実施を断念するも 11 月
9 日に法的な裏付けのない住民投票を非公式に行う旨表明した。しかし、ラホイ・スペイ
ン首相はこの非公式投票についても実施阻止に動き、11 月 4 日、スペイン憲法裁判所
は再び差し止めを命じたが、マス首相は住民投票を強行し、有権者 540 万人のうち約
230 万人が実際に投票、独立支持が 8 割超となった。投票結果をもとにマス首相は独立
に向けて中央政府と協議する意向を表明しているが、ラホイ・スペイン首相がそれに応じ
る可能性は低いと見られる。また、マス首相は住民投票の実施を強く求める ERC の圧力
を受けており、州議会選を通じて独立に対する住民の意思を問うため、2016 年に予定さ
れる州議会選が来年にも前倒しで実施される可能性が高まりつつある。
スペイン:
過去に分離独立を目指す民族組織「バスク祖国と自由(ETA)」が数多くのテロ事件を起
バスク自治
こしたが、2010 年 9 月に ETA は武力闘争の停止を発表、最近の治安状況は落ち着いて
州
いる。もっとも、バスク自治州政府の政権与党であり穏健派のバスク国民党は自治権拡
大を目指す動きを続けており、2003 年、2008 年には、スペインとの関係を問う住民投票
の実施を目指したが、ETA によるテロもあり支持が広がらず頓挫した経緯がある。スペ
イン中央政府としてはカタルーニャ自治州への住民投票を認めれば、バスク自治州の独
立運動にも飛び火しかねず、その意味でも断固反対の姿勢を貫くと見られる。
ベルギー:
ベルギーでは、北部フランドル地域(オランダ語圏)は相対的に経済状況が良好であり、
北部フランド
南部ワロン地域(フランス語圏)への財政移転に対して不満を抱く北部住民は多い。
ル地域
2014 年 5 月に行われた選挙では、北部フランドル地域の独立を主張する新フランドル同
盟が 33 議席(定数 150 議席)を獲得して第一党となり、10 月 8 日、その他 3 党と連立内
閣を組むことで合意、11 日に政権入りした。現政権内では地域独立に向けた動きは抑
制するも、徐々にフランドル地域の自治権拡大を求める声を強めていくと見られる。
イタリア:
経済的に豊かな北イタリア地域では南部への財政移転に反対する声は根強い。反移民
ベネト州、
を主張する野党、北部同盟が自治権拡大の声を強めていくと予想されるが、イタリア議
南チロル
会における議席数は少なく国政への影響は限られよう。
3.EU 懐疑主義の広がり
今年 5 月の欧州議会選挙では、EU 懐疑主義政党が英国、フランス、ギリシャ等で躍
進したものの、最大議席数を確保した欧州人民党(中道右派、751 議席中 221 議席)、
社会民主進歩同盟(中道左派、191 議席)で過半数を確保し、欧州議会における EU
懐疑派による影響は限定された。各国の EU 懐疑主義政党は反 EU では一致するものの、
極右、極左、ポピュリスト政党との間で主義・主張がバラバラとなっている。特に英
国独立党(UKIP)は極右政党のフランス国民戦線(FN)を反ユダヤ主義政党として批
判しており、両党が欧州議会の場で統一会派を組んで共闘するような状況にはない。
-6-
しかし、各国政治における EU 懐疑派のプレゼンスはむしろ増しつつあり、政権与党
がその主張に引きずられる場面が顕在化している点は注意する必要がある。ここでは
EU 懐疑派による政局混迷リスクについて、今後特に焦点が当てられると予想される三
ヵ国について時系列順に見ていく。
(1)ギリシャ ~急進左派連合と政局混迷リスク
もともと政権基盤が脆弱なギリシャにおいて政治リスクが高まりつつある。サマラ
ス党首率いる新民主主義党(ND)は、2012 年 6 月の議会選挙において 30%の得票率で
第一党となり、社会党(PASOK)および民主左派政党との連立政権が発足、サマラス
党首が首相に就任した。一方、EU、IMF 等と合意した財政緊縮プログラムの破棄を訴
える急進左派連合(SYRIZA)は躍進して僅差の 2 位となった。その後 2013 年 6 月、
連立政権から緊縮策の遂行に反発した民主左派政党が離脱、現在 300 議席に対し、
ND127 議席、PASOK28 議席、合計 155 議席と過半数を 5 議席のみ上回る状況であり、
綱渡りの政権運営を余儀なくされている。今年 5 月の欧州議会選では、
SYRIZA が 26.6%
を獲得、ND は 22.7%、PASOK は 8%の得票率に留まった。なお、移民排斥を訴える極右
政党「黄金の夜明け」も 9.4%を獲得し、党勢拡大が懸念されているところである。
このような中、サマラス首相は 10 月 11 日、政権の求心力を高めるためギリシャ議
会にて内閣信任投票を実施、賛成 155 票、反対 131 票で可決された。しかし、今回信
任されたからといって政権の長期持続が確約された訳ではない。サマラス首相にとっ
て次なる難関は来年 2 月のパプーリアス大統領の後任を決める大統領選挙だ。新大統
領の選出には全議員の 5 分の 3、180 票以上の支持が必要となるが、選出できない場
合は 30 日以内に解散総選挙となる。しかし、現在の与党議席状況から 180 票の獲得
は困難な状況にあり、来年 3 月にも総選挙が実施される可能性が高いと見られる。
欧州ソブリン債務危機後、政府は EU、IMF 等のプログラムに基づき厳しい緊縮政策
を遂行、構造改革を進めたことで労働コストが低下し、競争力が強化された。このた
め輸出が回復しつつあり、2014 年の経済成長率は小幅ながらも 7 年ぶりにプラス成長
に回帰すると予想されている。しかし、6 月の失業率が依然 27%で留まるなど、ギリ
シャ国民の緊縮疲れは甚だしく、SYRIZA がその不満の受け皿となっている。足元の世
論調査では SYRIZA への支持率が ND を 5%ポイント以上リードする状況が続いている。
もし来年 3 月に総選挙が実施され、SYRIZA が躍進して第一党となっても単独過半数
を確保することは難しく、その極端な主張から他党と連立で組閣できるかは微妙なと
ころであり、政治的に不安定な状況が長引くおそれがある。SYRIZA はかねてより EU、
-7-
IMF 等に約束している緊縮策の放棄のほか、ギリシャ政府の抱える債務の不履行を主
張しており、仮に SYRIZA 政権発足の場合、再び金融市場の混乱を招くおそれがある
ため注意が必要である。こうした政治の不透明感が金融市場でも意識されつつあり、
ギリシャ 10 年物国債金利は 10 月中旬に一時 9%を上回るなど不安定な動きをしている。
(2)英国 ~英国独立党と EU 離脱リスク
英国では現在、英国の EU 離脱・反移民を主張する UKIP の躍進が続いている。今年
5 月の欧州議会選では UKIP は 29%の得票率となり、保守党(24%)
、労働党(24%)を
凌駕して首位となった。足元では保守党から UKIP へ移籍する下院議員が 2 名続いて
おり、それに伴い 10 月 10 日に実施された英南部クラクトン選挙区の下院補欠選挙で
はカーズウェル氏(前保守党議員)が UKIP 党員として当選、UKIP は初めて下院議席
を獲得した。労働党の現職議員の死去に伴い行われた別の選挙区での補欠選挙では、
労働党の後継候補が UKIP 候補に僅差で勝利したが、いずれも UKIP が東欧など EU 域
内からの移民に職を奪われることを懸念する労働者らの支持を着実に集めているこ
とを裏付ける結果となり、保守党、労働党ともに大きな衝撃を受けている。
この補選結果を受けて保守党右派は EU 離脱、
移民制限への主張を一層強めている。
来年 5 月の総選挙が近づく中、キャメロン英首相も UKIP および保守党右派からの圧
力を受けており、10 月 20 日には EU 域内からの移民数を制限する案を年末までに提示
する旨表明した。EU からの移民制限は「域内移動の自由」を掲げる EU の原則と相反
するものであり、バローゾ前欧州委員長は EU 域内からの移民に制限をかけることは
EU 条約に違反すると言及している。このような中、EU の 2014 年度予算に関連し、経
済が相対的に好調だった英国が 12 月 1 日までに 21 億ユーロの追加支払いを求められ
たことに対し、キャメロン首相は 10 月 24 日、これを不当として期限までに支払わな
い方針を示すなど、EU との軋轢が一層目立つ状況となっている。
なお、英国下院 650 議席のうちスコットランドには 59 議席配分されており、うち
労働党の議席数は 41 議席、保守党は 1 議席のみである。前述のとおり住民投票によ
り労働党の票田とされるスコットランドの独立が否決されたが、来年 5 月の総選挙で
同地域はスコットランド民族党が労働党の議席を奪い、躍進すると予想される。また
その他地域では新たに UKIP が議席数を伸ばすと予想されることから、総選挙後、単
独過半数を確保する政党が出ず、「ハングパーラメント」となる可能性が高い。保守
党または労働党による組閣が難航し、政治の混迷をもたらす可能性があるため注意す
る必要がある。また、キャメロン首相は来年 5 月の総選挙後の続投を条件に、EU と移
-8-
民規制や競争政策の改善等、加盟条件について再交渉後、2017 年末までに EU に残留
するか、離脱するかを問う国民投票を実施する方針を表明しているが、投票実施につ
いては不透明感が高い状況だ。なお、最近の YouGov による世論調査(11 月 19 日)で
は保守党の支持率が 34%と労働党 33%を逆転し、UKIP が 14%で続いている。
(3)フランス ~極右政党・国民戦線への支持拡大
フランスでは、3 月下旬の地方選挙で与党社会党が大敗し、オランド仏大統領は 3
月 31 日にバルス内相を新首相に指名、内閣改造を行った。しかし 8 月 26 日、政府の
財政緊縮政策に反対したモントブール経済・産業再生相ら 3 人の閣僚を更迭し、内閣
改造を行うなど、財政緊縮策、構造改革を巡る政府内、与党内の争いは続いている。
8 月の内閣構造で改革派のマクロン氏を後任の経済・産業再生相に据えたことで政府
内での改革推進は期待できるが、与党内対立が生じる可能性は依然として燻っている
状況だ。オランド大統領の支持率は現在 13%に急落している。
一方、2017 年予定の大統領選に向けて、反 EU・反移民を掲げる極右政党の FN が支
持を拡大、5 月の欧州議会選では FN が 24.85%の得票率となり史上初めて首位となっ
た。マリーヌ・ルペン党首の父が党首であった頃は外国人排斥を前面に出していたが、
娘のマリーヌ氏はそれを出さず、不法移民が職を奪い治安を悪くしていると表現を巧
みにかえることで国民の支持をうまく集めている。また、フランスの主権がブリュッ
セル(EU)に奪われているため奪還すべき、ユーロも離脱すべきとの主張にも理解を
示す国民は多く、最大野党の国民運動連合(UMP)が党内対立により伸び悩む中、国
民の現政権に対する不満を取り込んでいる。大統領選に向けてルペン党首の支持率が
オランド大統領など他の主要候補者を抜いて首位となる世論調査も出始めている。今
のところ可能性は低くメインシナリオとしては見られていないが、仮に 2017 年の大
統領選でルペン党首が勝利した場合、これまで独仏枢軸により推進してきた欧州統合
深化のプロセスは着実に後退することになるため、リスクとして注視する必要がある。
なお、9 月 25 日にはサルコジ前大統領が大統領選に向けた UMP の予備選に出馬する
と表明、UMP の党勢回復を図ることができるか注目される。9 月 28 日に実施された上
院選挙では UMP を中軸とする右派が過半数を奪還、FN が初めて 2 議席獲得している。
図表4 その他 EU 懐疑主義政党の動向
ドイツ
2013 年 2 月に結成された「ドイツのための選択肢(AfD)」は反ユーロを掲げて着実に支
持基盤を広げ、2013 年 9 月の連邦議会選では議席ゼロに終わったものの得票率 4.7%を
得た。2014 年 5 月の欧州議会選では得票率 7.4%で 7 議席を獲得、8~9 月に行われた 3
-9-
つの州での州議会選では 10%程度の得票率にて各 1 議席ずつ、合計 3 議席を獲得した。
イタリア
グリッロ氏率いるポピュリスト政党「五つ星運動」は 2013 年 2 月の総選挙にて躍進し、第
2 党となるも連立政権への参加を拒否し、政局混迷をもたらした。しかし、2014 年 5 月の
欧州議会選では 22%の得票率となり、与党民主党(41%)に大きく差を広げられた。
スペイン
最近の政治資金スキャンダルの影響により、2014 年 11 月 2 日に発表された世論調査で
は極左の新政党「Podemos」の支持率が 27.7%に急伸、国民党、社会労働党の二大政党
を抑えて首位となった。2015 年 11 月に予定される議会総選挙では躍進が予想される。
オランダ
ウィルダース党首率いる極右の自由党は、イスラム移民の排斥を掲げて党勢を拡大し
てきたが、2014 年 5 月の欧州議会選では得票率が予想外の 13%と伸び悩んだ。
オーストリア
極右のオーストリア自由党は 2013 年 9 月総選挙で 40 議席を獲得、党勢を拡大した。
デンマーク
反移民、反イスラムを掲げる極右のデンマーク国民党は、2014 年 5 月の欧州議会選で
27%の得票率で第 1 党に。
スウェーデン
反移民、反イスラムを掲げる極右のスウェーデン民主党は、2014 年 9 月 14 日に行われ
た議会選で 12.9%の得票率で第 3 党に。
ハンガリー
2014 年 10 月 12 日に行われた地方選で、移民排斥を掲げる極右の「JOBBIK」が全体で
17%の得票率となり、地方で根強い人気があることを示した。
Ⅱ.経済
1.試練を迎える欧州経済
(1)厳しいユーロ圏経済とデフレリスクの高まり
2014 年 7-9 月のユーロ圏実質 GDP 成長率は前期比年率 0.6%となり、4-6 月同 0.3%
から引き続き弱い数値となった。暖冬の影響で高成長を記録した 1-3 月の反動から 4
-6 月には前期比年率-0.3%に落ち込んだドイツは、7-9 月同 0.3%とプラス成長に回
帰したが、設備投資が落ち込んだことから低成長に留まった。同じく前期に同-0.4%
とマイナス成長となったフランスは、政府支出の増加により 7-9 月同 1.1%と市場予
想を上回る成長率となったが、持続的な成長軌道に乗ったとは言い難く今後低成長が
続くことになろう。一方、イタリアは 2 四半期連続のマイナス成長(7-9 月同-0.4%)
となり、長引く低迷から抜け出せずにいる状況にある。
EU や ECB による対応によりセーフティーネットの枠組みが拡充されたことで、欧州
ソブリン債務危機は沈静化し、ユーロ圏の実体経済も 2013 年半ばより回復傾向にあ
った。しかし、厳しい雇用環境、脆弱な金融システムといった問題が未解決のままで
あり、回復基調はもともと非常に弱いものであった。特に構造改革の遅れの目立つフ
ランス、イタリアでは産業競争力が低下しており、成長力が減退している。両国とも
企業負担を減らすべく、2015 年度予算案では企業向け減税が盛り込まれたほか、労働
市場改革に向けた機運も見られる。しかし、構造改革が進んだとしても成果が顕在化
するまでは時間がかかるため、当面は低成長が続く見込みだ。IMF はフランス経済の
-10-
成長率見通しを 2014 年前年比 0.4%(7 月見通しから 0.4%pt 引き下げ)、2015 年同
1.0%(同 0.5%pt 引き下げ)と予想、イタリアについては 2014 年同-0.2%(7 月見通
しから 0.5%pt 引き下げ)と 3 年連続のマイナス成長を予想しており、2015 年につい
ては同 0.8%(同 0.3%pt 引き下げ)としている。
このような環境下、ウクライナを巡る欧米とロシアの対立が激化、双方が経済制裁
措置を発動する中で、これまでユーロ圏経済を牽引してきたドイツにおいて制裁の影
響が顕在化しており、ドイツの対ロシア輸出は 2014 年 1-8 月に前年同期比 16.6%減
少している。また、8 月のドイツの製造業受注は前月比-4.2%、鉱工業生産指数は同
-3.1%と大きく落ち込み、9 月値はそれぞれ同 0.8%、同 1.4%と市場予想を下回る反発
となった。さらに、ドイツ Ifo 経済研究所が発表した 10 月の Ifo 景況感指数は 6 ヶ
月連続で低下し、2012 年 12 月以来、約 2 年ぶりの低水準となっている。景気の先行
きを示す OECD 先行指数を見ても、ドイツでは 7 月から 3 ヶ月連続で前年同月比マイ
ナスが続いている。ユーロ圏各国の経済停滞、ウクライナ問題を含む地政学リスクの
高まり等から各予測機関は 2014-15 年のドイツ経済の成長率予想を相次いで下方修
正しており、IMF は 2014 年前年比 1.4%(7 月見通しから 0.5%pt 引き下げ)、2015 年
同 1.5%(同 0.2%pt 引き下げ)としている。また、欧州委員会は 11 月 4 日、ドイツ経
済見通しを 2014 年前年比 1.3%、2015 年同 1.1%まで引き下げている。
(%)
図表5 ユーロ圏実質GDP成長率(前期比年率)
固定資本形成
政府消費
純輸出
10
(%)
民間消費
在庫投資等
実質GDP成長率
5
30
図表6 ユーロ圏主要国の失業率(季節調整値)
ユーロ圏
フランス
スペイン
25
ドイツ
イタリア
20
15
0
10
-5
5
0
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
-10
-15
07
08
09
10
11
12
13
14
(出所)Eurostat
図表7 IMF経済見通し
実績値
2012年
ユーロ圏
ドイツ
(前年比、%)
予測値
2013年
2014年
7月予測との差
2015年 2014年 2015年
-0.7
-0.4
0.8
1.3
-0.3
-0.2
0.9
0.5
1.4
1.5
-0.5
-0.2
フランス
0.3
0.3
0.4
1.0
-0.4
-0.5
イタリ ア
-2.4
-1.9
-0.2
0.8
-0.5
-0.3
ス ペイン
-1.6
-1.2
1.3
1.7
0.3
1.7
3.2
2.7
英国
(出所)IMF‘World Economic Outlook’ October 2014
0.1
0.1
0.0
0.0
(%)
図表8 OECD景気先行指数(前年同月比)
ユーロ圏
フランス
スペイン
8
6
4
2
0
‐2
‐4
‐6
‐8
(出所)OECD
-11-
ドイツ
イタリア
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
06
(出所)Eurostat
130
図表9 ドイツ業種別鉱工業生産指数(季節調整値)
図表10 ドイツIfo景況感指数(季節調整値)
(2010年=100)
120
130
120
110
110
100
100
90
80
総合(建設業除く)
一般機械
エネルギー
70
90
電子機器
輸送機器
業況指数
現状指数
先行指数
80
70
(出所)Eurostat
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
2014年10月
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
60
(出所)Ifo経済研究所
このようにドイツ経済の見通しが悪化したことを受けて、ユーロ圏の経済見通しを
IMF は 2014 年前年比 0.8%(7 月見通しから 0.3%pt 引き下げ)、2015 年同 1.3%(同
0.2%pt 引き下げ)、欧州委員会は 2014 年前年比 0.8%、2015 年同 1.1%にそれぞれ引
き下げている。もっとも足元では、11 月のドイツ ZEW 景況感指数(市場参加者による
景気の先行き判断)が今年初めて改善するなど、持ち直しの兆しも見え始めている。
ユーロ圏経済にとって現在最も警戒されているリスクはデフレ突入だ。10 月のユー
ロ圏の消費者物価上昇率は前年同月比 0.4%と低迷が続いている。IMF はユーロ圏の回
復が失速し需要がさらに弱まれば低インフレがデフレにシフトするリスクがあると
し、その発生確率を 30%としている。後述するように ECB(欧州中央銀行)は 6 月お
よび 9 月に政策金利を引き下げ、預金金利をマイナスにしたものの、物価水準を押し
上げる程の政策効果は表れていないのが現状だ。ドイツ経済がさらに減速し、フラン
ス・イタリア経済が長期停滞に陥るようになれば、いよいよユーロ圏のデフレ突入、
「日本化」が現実味を増すことになる。
(2)好調な英国経済と BOE 金融政策
2014 年 7-9 月の英国の実質 GDP 成長率は前期比年率 2.8%と 7 四半期連続のプラス
成長となった。失業率の低下が続いていること(7-9 月 6.0%)
、また消費者物価上昇
率が鈍化(10 月前年同月比 1.3%)していることから、家計を取り巻く環境は比較的
良好な状況にある。一方、企業景況感については、主要貿易相手であるユーロ圏経済
の停滞やウクライナ問題など地政学リスクへの懸念、BOE(英国中央銀行)が 2015 年
半ばにも利上げを実施するとの見通し等を反映し、PMI (購買担当者景気指数)は製
造業で足元低下傾向にあったが、10 月は 53.2 と前月 51.5 から改善した。IMF は英国
の経済成長率見通しを 2014 年前年比 3.2%、2015 年同 2.7%としており(7 月見通しと
不変)、下方修正されたユーロ圏見通しとの違いが鮮明となっている。
-12-
また、ロンドンの住宅価格が 2014 年 7-9 月に前年同期比 21%上昇するなど、住宅
市況の過熱が英国経済のリスクとして懸念されているが、10 月より住宅ローン規制
(新規の住宅ローンの 85%について融資額を借り手の所得の 4.5 倍に制限)が新たに
導入されたことで、英国の住宅市場は今後減速することが見込まれている。
こうした環境下、金融市場は BOE がどのタイミングで利上げをするのか注視してい
る。カーニーBOE 総裁は今年 2 月、フォワードガイダンスの修正を表明、失業率だけ
でなく労働時間や労働生産性等、幅広い経済指標をみて判断する意向を示した。8 月
の金融政策委員会では、カーニー総裁を含む 7 名が政策金利の据え置きを主張した一
方、タカ派委員 2 名が 25bp の利上げの主張を開始した。金融市場では以前、来年 2
月の利上げを予想する見方が多かったが、足元では来年 5 月の総選挙まで利上げは実
施されないとの予想が増えつつある。BOE のホールデン・チーフエコノミストは 10
月 17 日、世界的な成長鈍化懸念、地政学リスクの高まり等により、従来予想してい
たよりも長期間の低金利維持が必要になる可能性があると言及している。BOE は 11
月 12 日、四半期インフレーション・レポートを発表、2015 年の物価上昇率を前年比
1.4%、2016 年同 1.8%に留まると予想し、政策金利の引き上げは来年央とする金融市
場による予想を追認する内容となっている。カーニー総裁は本レポート発表時の記者
会見で、今後数カ月間は物価上昇率が 1%を一時的に下回る可能性が高いと述べている。
(%)
15
図表12 英国住宅価格
図表11 英国実質GDP成長率(前期比年率)
固定資本形成
政府消費
純輸出
700
民間消費
在庫投資等
実質GDP成長率
(1993年1-3月=100)
600
500
10
400
5
300
0
200
-5
100
英国平均
ロンドン
0
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
-10
-15
08
09
10
11
12
13
14
(%)
図表13 英国消費者物価指数とBOE政策金利
(%)
6
消費者物価指数(前年同月比)
BOE政策金利
5
4
ターゲット上限(3%)
3
2
インフレターゲット(2%)
1
(出所)ネーションワイド住宅組合
ターゲット下限(1%)
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
2014年10月
0
(出所)国家統計局、BOE
-13-
9.0
8.5
8.0
7.5
7.0
6.5
6.0
5.5
5.0
図表14 英国失業率
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
06
07
(出所)Eurostat
(出所)国家統計局
(注)労働力調査基準(前後3ヶ月の平均)
2.ユーロ圏の政策展望
ユーロ圏経済の停滞が世界経済全体に対するリスクとして認識される中、経済成
長・雇用増加に向けた政策実行が EU の最重要課題となっている。以下、金融政策、
財政政策、構造改革の最近の議論に焦点を当てる。いずれもドイツの発言力が増して
いる状況といえる。
(1)ECB 金融政策 ~高まる本格的量的緩和政策への期待
消費者物価の低下傾向が続く中、ECB は 6 月の政策理事会で主要政策金利を 0.1%pt
引き下げ過去最低となる 0.15%とし、預金金利をゼロ%から-0.1%に引き下げ、初のマ
イナス金利とした。その他、非金融民間部門への融資を増やした銀行に対して低利の
長期資金(最長で 4 年)を供給する条件付き長期流動性供給オペ(TLTRO、9 月と 12
月に実施)等、非伝統的金融措置による追加緩和パッケージを発表した。さらにドラ
ギ ECB 総裁は 8 月の米ワイオミング州ジャクソンホール会合での講演で、金融市場で
インフレ期待(スワップ金利から計算した中期的な期待インフレ率)が大幅に低下し
ていると言及し、ECB はその後の 9 月の政策理事会で主要政策金利を 0.05%に、預金
金利を-0.2%にそれぞれ引き下げ、一層の緩和政策に踏み込んでいる。また、利下げ
とあわせて、ABS(資産担保証券)およびカバードボンド(金融機関が保有する住宅
ローンなどの債権を担保として発行する債券)の買入を 10 月以降に開始すると発表
した。さらに 10 月下旬には ECB が社債購入を検討していると報じられており、金融
市場では ECB のバランスシート拡大を期待する見方が増えている。IMF は 10 月発表の
世界経済見通しで、「インフレ期待が低下するようであれば、ECB はソブリン資産の
購入を含めた追加策を講じるべき」と述べている。
しかし、ECB による国債購入についてはドイツからの強い反発が予想される。もと
もとバイトマン独連銀総裁は ABS 等の購入にも反対したとされており、ECB 内部での
(出所)Eurostat、ECB
(出所)Bloomberg
-14-
11月
2008年1月
2008年4月
2008年7月
2008年10月
2009年1月
2009年4月
2009年7月
2009年10月
2010年1月
2010年4月
2010年7月
2010年10月
2011年1月
2011年4月
2011年7月
2011年10月
2012年1月
2012年4月
2012年7月
2012年10月
2013年1月
2013年4月
2013年7月
2013年10月
2014年1月
2014年4月
2014年7月
2014年10月
‐1
10月
0
9月
1
8月
2
7月
3
2.4
2.3
2.2
2.1
2.0
1.9
1.8
1.7
1.6
6月
ECB「物価安定
の定義」2%
2月
消費者物価指数(前年同月比)
ECB主要政策金利
2014年1月
4
5月
図表16 ユーロ圏期待インフレ率
(5年先5年物インフレスワップ金利)
(%)
4月
図表15 ユーロ圏消費者物価指数とECB主要政策金利
3月
(%)
5
意見対立が表面化している状況だ。また、ECB のバランスシート拡大に対して、ドイ
ツの政治家等からも ECB のバランスシートが毀損しつつあるとの批判が出されている。
今後、ユーロ圏のエネルギー・生鮮食品を除いたコア物価上昇率(10 月前年同月比
0.8%)が一段と低下するなどデフレ懸念がさらに強まる場合には、来年にも ECB が国
債購入に踏み切る可能性も考えられるが、ドイツによる反対を抑えつつそれを実行す
るにはハードルが高く、本格的量的緩和政策の導入については激しい議論が続こう。
また、ユーロ圏の銀行監督権限を ECB に集中させる単一の銀行監督機関は今年 11
月 4 日より始動したが、その前に ECB は直接監督下に置くユーロ圏内の主要銀行 130
行に対し、資産内容を精査の上、ストレステストを実施した。10 月 26 日に結果が公
表され、イタリアの銀行 9 行のほか、ギリシャ 3 行、キプロス 3 行など 25 行が不合
格となり、資本不足額は総額で約 250 億ユーロとなった。もっとも 25 行のうち 12 行
は既に約 150 億ユーロの増資を行うなど、資本不足解消に向けた取り組みが行われて
いる。過去に行われたストレステストに比べ、今回のストレステストは資産価格の査
定やストレスシナリオの想定を厳格にした上で実施されたことで、ユーロ圏域内銀行
の財務状況の透明性が向上した点については金融市場では評価されている。しかし、
ストレステストの結果、欧州ソブリン債務危機の後遺症に苦しむイタリアなど南欧の
銀行が依然として厳しい状況にあることが浮き彫りとなったことも事実であり、「金
融分断」の問題が解消され、南欧でも貸出が増加するまでは長い道のりであることも
示された。
(2)財政政策 ~独 vs 仏伊の構図が鮮明に
経済・雇用環境のみならず、財政状況においても独仏の違いが鮮明となっている。
ショイブレ独財務相は 9 月、2015 年には 1969 年以来初めてドイツの新規国債発行が
ゼロになるとの見通しを示した。一方、フランス政府は同じく 9 月、経済成長率見通
しを 2014 年前年比 0.4%、2015 年同 1.0%に引き下げるとともに、2014 年財政赤字の
見通しを GDP 比 4.4%と、2013 年同 4.3%から拡大するとし、2015 年も同 4.3%にとどま
ると発表した。フランスは欧州委員会より財政赤字を 2015 年までに GDP 比 3%以下に
するよう求められていたが、これを放棄した格好となり、2017 年にようやく同 3%以
下となるとしている。
こうした中、財政政策の在り方を巡る議論が高まっている。オランド仏大統領、レ
ンツィ伊首相は EU 財政目標(財政赤字 GDP 比 3%以下)の適用柔軟化を強く主張する
一方、ユーロ圏のデフレ危機回避のためにドイツに対して歳出拡大を求める声を強め
-15-
ている。また、ドラギ ECB 総裁は前述の米ジャクソンホール会合での講演で、ユーロ
圏各国政府は成長促進のための歳出拡大が可能であると示唆し、ドイツからの反発を
招いたと報じられた。さらにラガルド IMF 専務理事もドイツのインフラ整備に向けた
公共投資拡大を歓迎すると発言するなど、ドイツに対し歳出拡大を求める声は EU 域
外にも広がっている。しかし、ショイブレ財務相はドイツが今後も財政健全化努力を
続けることは正当化されると表明するなど、外部からの声にドイツが耳を貸すつもり
はなさそうだ。ドイツでも景気減速が懸念される中、歳出拡大による景気下支えを主
張する声や将来世代のためのインフラ投資を主張する意見等が国内シンクタンクか
らも聞かれるものの、連立与党が合意し公約とする「ブラック・ゼロ」(2015 年の財
政黒字化あるいは財政均衡)達成に向けた決意は非常に固い。また、8 月下旬から 9
月上旬に行われた 3 つのドイツ地方議会選挙において、ユーロ離脱とともに政府債務
の削減を主張する政党「ドイツのための選択肢」が 10%に及ぶ得票率を獲得して 3 議
席を獲得した。こうしたドイツ国内政治情勢をみても、相当なドイツ経済の落ち込み
がない限り、ドイツ政府が財政政策の路線を変更することは考えにくいだろう。
EU 各国政府は 10 月中旬、2015 年度予算案を欧州委員会に提出している。フランス
政府は今年 1 月に「責任協定」として示した「3 年間で 500 億ユーロの歳出削減」の
方針を維持し、2015 年度予算分として社会保障費の抑制(95 億ユーロ)を中心に 210
億ユーロの歳出削減を予算案に盛り込んだ。一方、政府債務残高が GDP 比 133.8%(2014
年 4-6 月)に達するイタリアの予算案では 150 億ユーロ規模の歳出削減が予定され
たものの、低所得者層向けや企業向けに 180 図表18 ユーロ圏各国の2015年度予算案
億ユーロの減税が盛り込まれた。しかし、欧
州委員会はこれら仏伊予算案に対して財政
健全化への取り組みが不十分として、修正の
上、再提出するよう両政府に求め、フランス
(%)
図表17 ユーロ圏各国の政府債務残高(GDP比)
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2005
フランス
スペイン
ポルトガル
2014Q2
(出所)Eurostat
2004
2003
2002
2001
ドイツ
イタリア
ギリシャ
アイルランド
2006
180
160
140
120
100
80
60
40
20
0
-16-
実質 GDP成長率
( 前年比、 % )
2014年
2015年
財政収支
(GDP比、 % )
2014年
2015年
ベルギー
1.1
1.5
-2.9
-2.1
ドイツ
1.8
2.0
0
0
エストニア
0.5
2.5
-0.3
-0.5
スペイン
1.3
2.0
-5.5
-4.2
フランス
0.4
1.0
-4.4
-4.1
イタリア
-0.3
0.6
-3.0
-2.6
ラトビア
2.9
2.8
-1.5
-1.0
ルクセンブルク
2.8
2.7
0.2
-0.2
マルタ
3.0
3.5
-2.1
-1.6
オランダ
0.75
1.25
-2.6
-2.2
オーストリア
0.8
1.2
-2.8
-1.9
スロベニア
2.0
1.6
-4.4
-2.8
スロバキア
2.4
2.6
-2.6
-2.5
フィンランド
0
1.2
-2.7
-2.4
アイルランド
4.7
3.9
-3.7
-2.7
ポルトガル
1.0
1.5
-4.8
-2.7
ユーロ圏
1.0
1.5
-2.8
-2.4
(出所)European Comission, naional budget proposals for 2015
(注)ギリシャ、キプロスは金融支援下のため欧州委へは未提出
仏伊の2015年財政収支は修正後の数値を反映
ドイツの2014年財政赤字は実際67億ユーロとなる見込み
は 36 億ユーロ、イタリアは 45 億ユーロの財政赤字を追加で削減する意向を示した。
10 月 28 日、欧州委員会は両国の予算案を暫定的に承認したが、11 月にかけてこの予
算案を巡る議論は続く見込みだ。
(3)構造改革 ~仏伊で労働市場改革は進展するか
欧州ソブリン債務危機を受けて EU による金融支援に追い込まれたスペインと異な
り、フランス、イタリアでは労働市場改革等の構造改革の遂行が遅れている。スペイ
ンは EU による金融支援プログラムにより、緊縮財政、金融システム改革、労働市場
改革等の着実な遂行が求められた。特に 2012 年からの労働市場改革により解雇コス
トが削減され、労働市場が柔軟になるとともに、産業毎ではなく企業毎の賃金交渉が
可能となったことで賃金コストが低下した。こうした「内的減価(国内の賃金および
物価の切り下げ)」政策により輸出競争力が高まったことで、スペインでは輸出増加
が見られており、改革効果が顕在化している。スペイン統計局は、2014 年 7-9 月の
実質 GDP 成長率を前期比年率 2.0%と発表、
5 四半期連続のプラス成長となった。また、
7-9 月の失業率は 23.7%と依然高水準ではあるものの、4-6 月 24.5%から改善が見ら
れている。スペインのこれまでの改革の進展については評価する見方が多く、改革の
遅れの目立つフランス、イタリアは模範にすべきだとの声が聞かれる。
一方、フランスでは、仏企業の税・社会保障負担の高さ、労働コストの高さにより
輸出競争力が低下し、世界での仏企業のマーケットシェアが縮小している。フランス
の全世界向け輸出におけるユーロ圏内でのシェアは過去 15 年間で 17.5%から 12.5%へ
と大幅に縮小した。オランド仏政権もこの問題点は認識しており、今年 1 月に「責任
協定」を発表、2017 年までに企業負担を 300 億ユーロ軽減(税額控除 200 億ユーロ、
社会保障料の負担削減 100 億ユーロ)する見返りに企業に雇用創出を求め、経営者団
体と主要労働組合に対し労働市場改革案で合意するよう、労使協議を促している。8
月に着任したばかりのマクロン経済・産業再生相は、10 月に広範な規制緩和策、およ
び国営企業の民営化計画を打ち出すなど、フランス経済の競争力強化に向けて構造改
革にようやく動き出したところだが、労組、社会党左派の強い抵抗に直面している。
イタリアでも労働生産性の低迷の問題が未解決のままだ。中小企業の割合が多いこ
とのほか、硬直的な労働市場、小規模かつ非効率な教育・R&D 投資などが要因となっ
ており、スペインに比べて政府の取り組みは遅れている。しかし、今年 2 月に発足し
たレンツィ政権は、労働市場改革、行政改革、税制改革など、幅広い政策を矢継ぎ早
に打ち出しており、安定した政権基盤を背景に構造改革の進展が期待される。特に解
-17-
雇しにくい硬直的な労働市場の改革はイタリアにとって重要課題の一つであり、10
月上旬には労働市場改革に向けた関連法案が上院で可決され、一歩前進した。具体的
な制度改正に向けた動きは 2015 年にかけて行われる見込みである。また、高い法人
税負担の軽減、複雑な許認可手続きの改善など、外国企業の投資誘致の上でのボトル
ネックの解消は急務であり、競争力向上に向けた取り組みが強く求められる。
(%)
図表19 ユーロ圏各国の単位労働コスト(名目値)
(2005年=100)
30
110
25
105
20
ドイツ
イタリア
オランダ
フランス
スペイン
15
100
5
(出所)Eurostat
(出所)Eurostat
Ⅲ.外交・通商
ユンケル新欧州委員長は前述のとおり、任期の 5 年間、EU のさらなる拡大について
は見送る方針を示しており、新体制は EU の拡大より深化に政策の重点を置くものと
見られる。一方、ウクライナ情勢を巡る対ロシア関係の悪化、中東・北アフリカ情勢
の混迷など、EU の周辺地域で生じている目下の危機への対応に優先的に注力すべき状
況にあり、新体制は経済のほか、外交・通商面でも難題に直面している。
1.ウクライナ情勢を巡る対露外交の展望
今年 2 月、EU・ウクライナ連合協定の署名プロセスを契機にウクライナ危機が深刻
化し、3 月にはロシアがクリミア編入に踏み切った。その後、5 月 25 日にウクライナ
大統領選挙が実施され、6 月 7 日、親欧米路線を掲げるポロシェンコ元経済発展・貿
易相が大統領に就任している。EU はロシアによるクリミア編入に対抗して、制裁措置
としてロシア政府高官等への資産凍結などを実施したが、当初 EU はロシアとの深い
経済関係を背景に、貿易・投資の停止等、より踏み込んだ制裁には及び腰であった。
しかし 7 月、マレーシア航空機のウクライナ東部上空での撃墜を引き金に EU の消極
姿勢は一変し、制裁の拡大を要求していた米国と歩調を合わせ、8 月 1 日にロシア企
業に対する分野別制裁(金融取引の制限、軍事品や軍事・民生の両用品、エネルギー
分野における技術援助の制限等)を発動、9 月 12 日にも追加制裁を行った。これらの
-18-
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
0
85
2003
90
10
2002
95
フランス
スペイン
ギリシャ
1999
ドイツ
イタリア
ポルトガル
アイルランド
2001
115
図表20 各国の全世界向け輸出におけるユーロ圏内でのシェア
2000
120
35
制裁はウクライナ政権と同国東部の親ロシア派による停戦実施後も維持されており、
こう着状態は長期化するとの見方が多い。
ロシアの政府系金融機関の起債の 47%は EU 市場で行われていることから(2013 年)、
これまで発動された EU の対露制裁の中でも金融制裁は特に大きなインパクトを持つ。
もっとも禁止されているのは「償還期間 30 日を超える債券の発行・仲介業務」であ
り、これらはロシア政府系金融機関の海外での資金調達のうちの 3.5%に過ぎず、短期
的な影響は限定的だ。しかし今後、短期のインターバンク市場や欧州の金融機関が主
導権を握るロシア企業向け協調融資市場(総額 1,000 億ドル強、仏金融機関の債権額
は合計 525 億ドルで最大)も制限されれば、ロシアに与える影響は甚大であり、欧州
経済への打撃も必至となろう。
一方、ロシア政府も 8 月 7 日、対抗措置として EU 産農産物等への 1 年間の禁輸措
置を発表した。これにより、特にロシア向け農産物輸出の多い東欧諸国が直接的な経
済へのマイナスの影響を受けている。ロシアによる禁輸対象となる農産物のロシア向
け出荷額はリトアニアで GDP 比 2.6%、ポーランドは同 0.2%に及ぶ。これらの農産物
は輸出先を失ったことで価格下落が見られており、デフレ懸念を強める事態となって
いる。また、欧米による対ロシア制裁の影響からロシアでは資本流出が続いており、
ロシア経済の落ち込みによる輸出への影響も既に顕在化している。ポーランドでは
2014 年 1-6 月のロシア向け輸出は前年同期比 9.8%減少した。さらに、ウクライナ情
勢悪化の影響等から、前述のとおりドイツで既に生産・受注活動で弱い動きとなって
おり、中東欧諸国にとって結びつきの強いドイツのロシア向け輸出が落ち込めば、中
東欧からドイツ向け中間財輸出についても調整が見られると予想される。こうした間
接的影響を踏まえれば東欧経済へのマイナス効果はさらに拡大しよう。
EU・ロシア双方の対立が新段階へ突入した結果、欧州主要企業でも緊張感が増して
いる。過去 25 年の間に、EU・ロシア間の経済の相互依存は格段に進んでおり、金融、
エネルギー、自動車、航空、アパレルなど、ロシアビジネスに携わる大手企業は悪影
響を免れず、防衛部門(エアバスグループを含む)にとっても、ロシア産チタンの輸
出制限の可能性は大きな懸念材料である。
EU・ロシア間の対立は収拾のための着地点を未だ見出せていないのが現状である。
しかし、ロシアの G8 参加停止など従来の対話体制は停滞しているものの、欧州安全
保障協力機構(OSCE)や G20 において EU・ロシア間での話し合いは続けられている。
今年 11 月に仮発効が予定されていた EU・ウクライナ間の自由貿易協定(DCFTA)は、
ロシアの懸念を緩和するため 2015 年末まで延期する配慮も見られている。また、10
-19-
月 30 日には EU が仲介役となり、ロシアとウクライナとの間で天然ガスの供給再開で
合意に達し、来年 3 月末までウクライナ向け、最終的には欧州向けのガス供給が確保
された。しかし一方で、11 月 2 日にはウクライナ東部で親露派による独自選挙が行わ
れるなど、予断を許さない状況が続いている。こうした難局の中、新 EU 体制にとっ
て EU・ロシアの関係改善のための落としどころを探っていくことが外交面での最重要
課題といえる。
図表2 1 EU2 8 ヵ国のガス消費量に占めるロシ ア 産天然ガスの割合( 2 0 1 2 年)
(%)
フィンランド(8.6%)
エストニア(9.1%)
ラトビア(26.7%)
リトアニア(36.5%)
ブルガリア(13.0%)
スロバキア(26.4%)
ハンガリー(30.1%)
オーストリア(22.0%)
スロベニア(10.0%)
ポーランド(13.9%)
チェ コ(16.1%)
ギリシャ(13.9%)
ドイツ(21.5%)
イタリア(35.7%)
ルクセンブルク(24.4%)
ルーマニア(34.3%)
EU28( 23.1%)
フランス(14.7%)
オランダ(41.8%)
ベルギー(24.3%)
英国(32.7%)
アイルランド(29.6%)
スウェ ーデン(1.9%)
デンマーク(19.3%)
スペイン(22.0%)
ポルトガル(17.7%)
クロアチア(30.0%)
0.3
0
0
0
0
0
0
0
5
16
24
24
24
29
37
60
60
59
57
56
83
80
89
100
100
100
100
(出所)EUROGAS
(注)国名横の括弧内は各国1次エネルギー消費量に占める天然ガス比率。マルタとキプロスはデータなし。
2.悪化する中東・北アフリカ情勢と移民問題
中東情勢が悪化する中、米国主導の対イスラム国有志国連合のイラクでの空爆に、
EU からは英国、フランス、オランダ、ベルギー、デンマークが参加している。しかし、
シリアでの空爆には欧州諸国は参加していない。その理由は、アサド政権と友好関係
にあるロシアとのさらなる関係悪化は避けられず、また EU 諸国はロシアのウクライ
ナへの軍事介入を国際法違反と批判していることから、シリアでの空爆参加はロシア
に正当化の口実を与えると懸念しているためだ。EU のデケルコブ・テロ対策担当官に
よると、今年 9 月時点で約 3,000 人の欧州人がイスラム国の戦闘員として参戦してお
り、その数がさらに増える可能性があるとして警戒している。また、欧米が支持する
シリア最大のクルド人勢力「民主統一党」
(PYD)への参加を望む在欧クルド人の数が
増加しており、PYD をトルコで禁止されている「クルド労働党」(PKK)と同様にテロ
-20-
組織と見なすトルコ政府との
関係も複雑化している。EU に
とって中東からトルコ経由で
EU に流入する難民の動きを抑
えるためにはトルコとの協力
が今後一層重要となるため、域
内クルド人の扱いが大きな課
題となっている。
また、中東・北アフリカ諸国
での内戦や政情不安による難
民・不法移民の増加が、EU に
とって重要課題に浮上してい
る。EU 諸国への難民申請者数
は「アラブの春」後、2012 年
図表22 EUへの中東、北アフリカ、東欧諸国からの難民申請者数の推移
2014年
増加率
2013年/2012年
1~6月
シリア
21,988
48,926
39,220
123%
中 イラク
11,887
9,863
4,921
-17%
東 イラン
12,560
11,634
4,330
-7%
トルコ
5,368
4,997
2,381
-7%
セルビア(コソボを含む)
21,754
33,192
11,794
53%
アルバニア
6,883
10,599
8,805
54%
ボスニア・ヘルツェゴビナ
5,406
5,464
3,423
1%
グルジア
10,110
8,346
3,701
-17%
東
ウクライナ
957
903
3,302
-5%
欧
マケドニア
6,870
7,594
2,942
11%
アルメニア
4,520
4,492
2,098
-1%
アゼルバイジャン
2,030
2,372
1,120
17%
モンテネグロ
1,139
789
790
-30%
エリトリア
6,248
14,386
13,924
130%
ソマリア
13,680
18,081
7,282
32%
北 マリ
2,375
6,628
6,227
179%
ア アルジェリア
4,640
6,807
2,989
47%
フ エジプト
2,578
5,343
1,851
107%
リ モロッコ
2,603
4,272
1,781
64%
カ リビア
1,414
1,867
1,011
32%
エチオピア
1,613
2,021
978
25%
チュニジア
2,220
2,523
929
14%
148,843 211,099
125,799
52%
小計
198,632 243,591
120,947
23%
世界その他
合計
300,632 398,234
246,746
32%
(出所)UNCHR「先進国における難民申請の現状と動向」(2014年上半期版)より
三井物産戦略研究所作成
地域
国名
2012年
2013年
に 30 万人、2013 年 39 万人と急増、2014 年は 1-6 月だけで 21 万人に達しており、
そのうち難民の出身国はシリアが 3.9 万人と最も多い。本来、EU は難民の受け入れに
積極的だったが、財政への更なる負担を理由にこれまで掲げてきた人道主義が揺ぎつ
つあり、域内での難民の押し付け合いも激しくなった。特に EU への入口となる南欧
諸国(主にイタリア、スペイン、ギリシャ、ブルガリア)は欧州ソブリン債務危機の
影響から厳しい財政状況にある。現行ルールでは難民が最初に EU 域内に入る国は難
民の管理と宿泊施設の提供を行い、その見返りに EU からの援助を受ける規定になっ
ている。しかし、チュニジア、リビア経由の「中央地中海ルート」とトルコ経由の「東
地中海ルート」により EU に入域した場合、受入国の管理体制が不十分なため、多く
の難民は入国した国には留まらずにドイツやフランス、北欧諸国等に移動する。2013
年、EU 全体での難民申請者のうちドイツは 28%、フランスは 15%、スウェーデンは 14%
を占めているのに対し、イタリアは 7%、ギリシャは 2%、ブルガリアは 2%に留まる。
仏北部カレーでは英国を目指す移民のキャンプが点在し、治安問題に発展しており、
EU 全体として抜本的な対策を求める声が高まっている。
また、シリアやリビア、アフガニスタンでの内戦など政情が不安定な地域からの政
治難民と、バルカン半島、サブサハラ・アフリカ地域等からの EU での手厚い社会保
障を目当てにする経済難民との区別が困難なことも問題となっている。収容所での生
活環境の改善や労働許可手続きの迅速化、家族の呼び寄せ制度の法制化等、政治難民
-21-
の社会的統合が不十分である一方、不法移民の摘発強化や強制送還手続きの透明化の
必要性も指摘されており、移民排斥を訴える極右政党が EU 各地で支持を広げる一つ
の要因となっている。また、EU がこうした難民の問題の解決に向けて取り組むために
も、難民の発生地域の安定化をこれまで以上に積極的に図る予防戦略も重要となって
いる。
3.その他対外関係
(1)対米関係 ~難航する TTIP 交渉
2013 年 7 月に開始された EU・米包括的貿易投資協定(TTIP)を巡る交渉では、10
月上旬に 7 回目の交渉を終えたが、2014 年中の交渉妥結という従来の目標はもはや非
現実的となり、EU 側は 2015 年中の妥結を目指している。世界 GDP の約半分、貿易額
で約 3 分の 1 を占める巨大な自由貿易圏の創出に向けて、両者は貿易障壁の撤廃によ
る経済活性化だけでなく、「世界標準」の通商ルールづくりの主導権を握ることを狙
っている。EU 側は特に、①市場アクセス(関税、投資、サービス、公共調達、原産地
規則、貿易防衛措置)、②規制分野と非関税障壁、③ルールの共有(知的財産、貿易
と持続的な開発、その他のグローバルな課題)の 3 分野での合意を期待している。
市場へのアクセスを巡っては、両者はできるだけすべての関税を撤廃する方向で一
致している。ただし、高関税品目(関税率 10%超)の関税撤廃までの期間やセーフガ
ード条項については未だ明らかになっていない。投資・サービスに関して、現在大き
な対立点となっているのは投資家保護の仕組みだ。交渉では米国政府が投資家対国家
紛争解決(ISDS)条項を盛り込むよう主張しているが、同条項の採用により米国企業
が国際仲裁機関への訴訟を通じて EU の経済、環境、労働などの規制を覆そうと試み、
国民の生活に影響が出るのではないかと懸念するドイツやフランス、イタリアなどが
強く反発している。EU の市民団体などもこれに反発を強め、10 月中旬には EU 各地で
「Stop TTIP」と叫ぶ大規模デモが行われた。ISDS 条項の採用に反対の立場をとるユ
ンケル新欧州委員長は 10 月 22 日、ティマーマンス新第一副委員長が認めなければ
ISDS 条項を TTIP から外すと欧州議会に説明した。なお欧州委員会は ISDS 条項につい
て今年 3 月に意見照会を実施、11 月中に詳細なポジションを公表するとしている。
また、米国は EU 農産物市場へのアクセス拡大を狙い、米国は EU に対し、遺伝子組
み換え作物(GMO)の輸入規制や成長ホルモンを投与された牛肉に関する規則の緩和
を求めている。しかし、EU 側の GMO 等に対する拒否反応は強く、EU 側のベルセロ首
席交渉官は食品の安全基準について交渉の余地はないと述べている。また、米国側が
-22-
要求する地理的表示の保護制度の見直しについても EU 側が応じる可能性は低く、交
渉が難航している。このように EU・米国間での規制調和・協力の難しさが顕在化する
中、交渉妥結まで今後数年かかるとの見方が多い。
図表23 TTIP交渉における主な争点
投資家対国家紛争解決
(ISDS)条項の採用
遺伝子組み換え作物
(GMO)に関する規制
成長ホルモンを投与さ
れた牛肉に関する規制
地理的表示の保護制度
個人情報保護体制
農業への補助制度
規格・標準化に関する規定
技術基準
認証手続き(適合性評価)
衛生植物検疫措置
航空産業への補助制度
米国製品の優先調達
(バイ・アメリカン条項)
運輸業での外資出資
比率の上限規制
外国人弁護士、建築家、
技術者の受け入れ規制
域内文化産業への補助制
度(含む音響映像産業)
(出所)欧州委員会資料等を基に三井物産戦略研究所作成
(2)対日関係 ~進展する EPA 交渉
日本と EU は 2013 年 4 月に日・EU 経済連携協定(EPA)交渉を開始、今年 4 月に安
倍首相が欧州 6 カ国を訪問した際、
「2015 年の大筋合意」を目指す考えを伝え、欧州
各国および EU 首脳と早期妥結の重要性につき確認した。EU は日本に対し、主に自動
車の技術規格・安全基準、鉄道など公共部門における資材調達での参入障壁が多いと
主張し続けてきたが、交渉開始から 1 年が経過した 5 月、EU は日本が非関税障壁の撤
廃に関する約束を実施したかどうかレビューを行い、6 月に交渉継続を決定した。特
に焦点の一つである鉄道分野において、EU は 10 月 21 日、JR3 社を世界貿易機関(WTO)
の政府調達協定の対象から外すことを正式決定するなど前進が見られており、交渉の
弾みとなることが期待されている。なお、10 月 16 日に行われた ASEM 首脳会合会議場
内で行われた日・EU 首脳会談では、バローゾ前欧州委員長より「EPA については、今
後フルスピードで交渉し是非まとめたい」との発言があるなど、交渉に進展が見られ
ている。
ただし、EU 側は鉄道分野での安全注釈の透明性向上を引き続き日本側に求めるとと
もに、市場へのアクセス交渉を続けると見られる。また、EU・韓国 FTA の締結により
韓国車の EU への輸入が急増したことを受けて、欧州自動車工業会(ACEA)はより競
争力の高い日本車との EU 市場内での競合を警戒しており、日本側が求める乗用車の
関税率(10%)と自動車部品の関税率(3~4.5%)の撤廃に強く反対している。国別で
-23-
は欧州ソブリン債務危機後、経済停滞が顕著に見られるフランスとイタリアの自動車
業界が特に慎重姿勢を崩さずにいる。ACEA は、日本側の安全基準の設定や税制等の軽
自動車に対する優遇策、公共調達における外国車の事実上の締め出しといった非関税
障壁について批判を続け、日本との EPA 交渉に消極的な姿勢を貫く可能性が高い。さ
らに EU・米国間 TTIP 交渉でも見られているように、情報の安全確保や環境基準、消
費者保護が軽視されるとの懸念から、欧州市民の間で巨大な経済連携協定に対する拒
否反応が強まっていることも気がかりである。また、今後 EPA の交渉が妥結されても、
EU では欧州議会の承認および各加盟国の批准が発効条件となっており、実現までの道
のりは長い。
(3)対中関係 ~強まる経済関係
EU・中国間では経済協力を通じた外交関係の強化が進んでいる。今年 3 月、習近平
国家主席は中国主席として初めて EU 本部を公式訪問し、EU 側と経済協力を中心とし
た「全面的な戦略パートナー関係」の強化で一致した。EU 発表資料によると、EU と
中国は今後、保護主義を排し、オープンで公正な貿易・投資関係の構築に努め、人権
問題に関しても対話を強化していくとしている。既に 2013 年 11 月に行われた EU・中
国首脳会議では、投資協定締結に向けた交渉を開始することを決めており、両者は FTA
締結の検討を進めることでも一致している。今年 6 月には第 3 回目の交渉が行われ、
相互に企業投資の保護・自由化や市場参入をめぐる規制緩和、法的枠組みの簡易化を
目標に掲げている。
欧州統計局によると、中国からの対 EU 直接投資残高は 2012 年末には 268 億ユーロ
となり、2010 年末(61 億ユーロ)から 4 倍以上の伸びを見せている。足元、欧州ソ
ブリン債務危機後にギリシャとポルトガルで進めている国営企業の民営化計画に中
国企業が積極的に投資している姿が特に目立つ。また中国は、南欧諸国との関係強化
のほか、ドイツ、フランス、英国への投資に対する関心も高い。ドイツへは主にグリ
ーンフィールド投資案件への関心が集中しているのに対し、フランスとは原子力分野
での協力強化(中国での欧州加圧水型軽水炉の建設など)を進めている。英国につい
ては、李克強中国首相が今年 6 月に訪英、キャメロン首相と首脳会談を行い、その間、
BP と中国海洋石油総公司間で中国のエネルギー安全確保に資する LNG 供給契約(2019
年から 20 年間、年間最大 150 万トン)が締結されたほか、原子力や洋上風力、高速
鉄道、人民元の分野での提携強化、協力拡大で合意した。キャメロン首相は人権批判
を抑えつつ、中国への配慮に徹している。
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一方、EU 加盟国からの中国(香港を除く)への直接投資残高(2012 年)は、1,118
億ユーロと、対日直接投資残高(988 億ユーロ)を凌駕している。今年 7 月にはメル
ケル首相が就任以来 7 度目となる訪中を果たし(同首相の訪日は就任以来 2 回のみ)、
多くの企業代表団が同行している。特にドイツ・中国間での経済面での連携強化が目
立っており、自動車産業などドイツ企業による対中投資は今後も増加していくと見ら
れる。
(4)対アフリカ関係 ~関係強化に向けた動き
今年 4 月にブリュッセルで開催された第 4 回 EU・アフリカ首脳会議では、「人、繁
栄、平和への投資」をテーマに経済協力のほか安全強化のための取り組みについて協
議された。中国のアフリカ進出が加速する中、EU は成長著しいアフリカ諸国との関係
の重要性を強調、経済成長のための安全強化を支援する形で、関係強化を図る狙いも
ある。本首脳会議では、2007 年にリスボンでの第 2 回首脳会議で採択した「アフリカ・
EU 共通戦略」をフォローアップするとともに、新たに「2014~2017 年の EU・アフリ
カ関係の枠組みのためのロードマップ」を採択した。同ロードマップでは主要優先分
野として、平和と安全、民主主義・良き統治・人権、人間開発、持続的・包括的な発
展と成長および大陸統合、国際的な新たな課題の 5 つを取り上げている。
これまで欧州諸国の中では、フランスがアフリカとの関係強化に最も積極的に取り
組んできたが、メルケル独首相は本首脳会議の際、アフリカへの積極的な関与はドイ
ツにとっても重要であり、アフリカの安定化に向けて独仏が牽引役を担うべきだと強
調している。これまでドイツは、アフリカの戦闘地域へのいかなる軍事ミッションに
も参加しなかったが、今年 2 月に初めてイスラム系武装勢力の台頭で内戦に陥ったマ
リに対し、
「独仏合同旅団」
(1989 年に創設、兵力 5,000 人)のうち約 250 人の派兵を
決定した。4 月にも、ドイツ議会は中央アフリカにおける EU 軍事ミッション(EUFOR
-RCA、兵力 1,000 人)への参加を承認、アフリカへの関与強化戦略に対するドイツ
の積極姿勢を裏付けている。
西アフリカ地域で感染が拡大し、スペインでも感染が確認されたエボラ出血熱問題
について、10 月 23 日に開催された欧州理事会にて協議が行われ、医療ケア等、10 億
ユーロの支援を行うことで一致した。11 月に就任したスティリアニデス新欧州委員
(人道援助・危機管理担当)を EU エボラ調整官に任命し、EU 加盟国のほか国際パー
トナーと連携の上、感染拡大を阻止すべく対応を強化するとしている。
以上
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