IgG4 関連疾患 - ResearchGate

ア レ ル ギ ー 60( 6 ),
687―691, 2011(平23)
綜
説
IgG4 関連疾患
札幌医科大学医学部第一内科
高橋 裕樹
山本 元久
苗代 康可
Key words: autoimmune pancreatitis ―― IgG4 related disease ―― Mikulicz s disease
はじめに
Mikulicz に因んで MD と呼称されていた.しか
し,1933 年に提唱された自己免疫異常を基盤とし
IgG4 関連疾患とは血清 IgG4 の上昇と,IgG4
た慢性涙腺炎・唾液腺炎が Sjögren 症候群(SS:
陽性形質細胞の浸潤,線維化を主体とした腫瘤性
Sjögren s syndrome)として広く認められるよう
ないしは肥厚性病変を形成する慢性疾患である.
になり,また 1953 年に Castleman らが SS と MD
従来,個別の疾患として扱われていた Mikulicz
は病理組織学的に同一であると報告して以来,欧
病(MD:Mikulicz s disease)と自己免疫性膵炎
米では肉眼的に明らかな“持続性の涙腺・唾液腺
(AIP:autoimmune pancreatitis)を二大病変とし
炎”
も SS に分類されるようになった.しかし,著
て多彩な病変から構成され,その基盤には共通し
者らは著明な涙腺・顎下腺腫脹と高ガンマグロブ
た病因・病態が想定される(表)
.各病変は必ずし
リン血症・高 IgG4 血症を呈する高齢男性例の経
も同時に合併するとは限らず,経年的に断続的に
験 1)を契機に,臨床的観点から MD の独立性に着
出現することも多く,
“時間的・空間的多発性”も
目した.
特徴のひとつである.ステロイドへの反応が良好
IgG4 関連疾患のもう一方の代表的病変である
であり,罹患臓器の機能が比較的長期間保持され
AIP は膵腫大と膵管狭細像,高ガンマグロブリン
ていることから予後良好な疾患と考えられるが,
血症,ステロイドが奏効するなどの特徴を有し,
新しい疾患概念であり,長期予後は不明である.
高齢男性に好発する特殊な膵炎である 2).本邦で
本講演では MD からみた IgG4 関連疾患の概念成
は 1995 年にこの膵病変を「自己免疫性膵炎」と呼
立や臨床的特徴,さらに IgG4 関連疾患の病態と
称することが提唱され,2002 年には日本膵臓学会
アレルギーとの関連について解説する.
で診断基準が作成されるなど世界に先駆けて取り
Mikulicz 病―Sjögren 症候群から IgG4 関連疾
患へ―
組まれていた.臨床的には AIP と膵癌との鑑別が
問題であったが,2001 年に浜野らにより AIP で
血清 IgG4 濃度が著明に上昇していること 3),さら
かつて涙腺・唾液腺の持続性腫脹を呈する病態
に病変組織に IgG4 陽性形質細胞が多数浸潤して
は著名な外科医であり,最初の報告者でもある
いることが報告され,IgG4 関連疾患という新たな
利益相反(conflict of interest)に関する開示:著者全員は本論文の研究内容について他者との利害関係を有しません.
IgG4-RELATED DISEASE
Hiroki Takahashi, Motohisa Yamamoto and Yasuyoshi Naishiro, Y
First Department of Internal Medicine, Sapporo Medical University School of Medicine
Abbreviations: MD“Mikulicz s disease”
,AIP“autoimmune pancreatitis”,SS“Sjögren s syndrome”,FDG-PET“18Ffluorodeoxyglucose positron emission tomography”
高橋裕樹:札幌医科大学医学部第一内科〔〒060―8543 札幌市中央区南 1 条西 16 丁目〕
E-mail: [email protected]
688
IgG4 関連疾患
表 IgG4 関連疾患に包含される疾患・病態
臓器別
涙腺・唾液腺
呼吸器系
消化器系
肝・胆道系
膵
腎・泌尿器系
内分泌系
神経系
リンパ系
筋骨格系
心血管系
Mikulicz 病,Kuttner 腫瘍,涙腺炎,眼部 IgG4 関連疾患
IgG4 関連肺病変,間質性肺炎,炎症性偽腫瘍
腸炎 ?
IgG4 関連硬化性胆管炎,IgG4 関連肝障害
自己免疫性膵炎
IgG4 関連腎症,間質性腎炎,後腹膜線維症,前立腺炎
自己免疫性下垂体炎,Riedel 甲状腺炎,糖尿病
肥厚性硬膜炎?
IgG4 関連リンパ節症
関節炎?
炎症性腹部大動脈瘤
(mg/dl)
913.6mg/dl
2000
1500
64.1mg/dl
1000
500
0
IgG1 IgG2 IgG3 IgG4
IgG1 IgG2 IgG3 IgG4
IgG1 IgG2 IgG3 IgG4
Mikulicz病
(n=49)
Sjögren症候群
(n=30)
健常人
(n=12)
図 1. Mikulicz 病および Sjögren 症候群における血清中 IgG サブクラス.
(文献 4 より引用改変)
疾患概念確立への扉が開かれた.
従来 AIP では膵外病変として SS 様の唾液腺病
著者らは腫瘤形成性,ステロイド反応性などの
変の合併が報告されていたが,顎下腺腫脹を呈す
MD と AIP の類似性に着目し,MD 症例での血清
ることが多く,抗 SS-A!
SS-B 抗体は陰性であっ
IgG4 濃度を測定したところ.AIP と同様,MD
た.
また MD 診断を契機に AIP 合併が発見される
で 血 清 IgG4 濃 度 は 著 し い 高 値(平 均 914mg!
例も報告され,AIP に合併する唾液腺病変は MD
4)
,また MD の病変組織中に多数
dl)
を呈し (図 1)
であると考えられた.すなわち,MD は SS から分
の IgG4 陽性形質細胞の浸潤を確認した(図 2)
.
離され,AIP と共通の病態基盤を有する疾患とし
SS では高 IgG4 血症,IgG4 陽性細胞浸潤ともに認
て認識されるようになった.さらに涙腺・唾液腺,
められず,臨床像の相違とあわせて MD と SS は
膵以外の全身諸臓器にも同様の病理学的特徴を有
5)
異なった疾患単位であることが証明された .
する病変が出現することが明らかとなり(表)
,
高橋
裕樹
他
689
HE
HE
IgG4
IgG4
図 2. Mikulicz 病の顎下腺生検組織における病理組織学的所見.
(上段)
HE 染色では形質細胞を含む多数の細胞浸潤とリンパ濾胞の発達(黒矢印)
を認め,濾胞間には線維化をみる(白矢印).
(下段)
抗 IgG4 抗体による免疫染色にてリンパ濾胞間主体に IgG4 陽性細胞(形質細
胞)の浸潤を認める.
IgG4 をキーワードとした全身性疾患「IgG4 関連
6)
疾患」という新たな概念が成立した .
IgG4 関連 Mikulicz 病
札幌医科大学附属病院において経験した IgG4
7)
関連 MD の臨床的特徴を紹介する .
診断時の平均年齢は 58.4 歳,男女比は 13:31
で SS に比較し相対的に男性例が目立った.
医・耳鼻科が多いことから,これらとの密接な連
携が早期診断には重要である.SS と異なり,口渇
などの乾燥症状での発症が少ないのも特徴であ
る.膠原病全般に共通して観察される関節症状や
発熱などの全身症状,炎症マーカーの上昇は稀で
ある.
日常臨床で IgG4 関連疾患をスクリーニングす
る際には,IgG4 関連 MD 診断基準でも用いられ
医療機関受診の契機の大半は涙腺・唾液腺腫脹
ている「IgG4 135mg!
dl 以上」が適当である 8).た
であり,患者が最初に相談する窓口として眼科
だし,当科経験例での平均 IgG4 は 914mg!
dl であ
690
後腹膜線維症
腎門部腫瘤
IgG4 関連疾患
間質性腎炎
間質性肺病変
下垂体炎
前立腺炎
図 3. Mikulicz 病に合併した腺外病変.
り(図 1)
.本邦での健常人 IgG4 の平均値が 40∼
る 9).
80mg!
dl 程度であるから,典型例であれば血中
IgG4 関連疾患の治療の第一選択はステロイド
IgG4 の解釈に苦慮することはない.IgG4 関連
である.黄疸,水腎症などの進行性の臓器障害を
MD では高ガンマグロブリン血症(70.6%),低補
呈している場合や,複数の IgG4 関連疾患を合併
体血症(25.5%)が観察され,しばしば抗核抗体・
している場合は絶対的な治療適応である.自覚症
リウマトイド因子も陽性となることから,自己免
状を有する場合(AIP での腹痛・背部痛,MD で
疫異常の関与が示唆されるが,今のところ,特異
の乾燥症状,容貌の変化など)も治療適応である
的な自己抗体や自己抗原の同定には至っていない.
が,ステロイドの副作用を考慮し,無症候例では
合併した腺外病変としては後腹膜線維症
慎重な観察下に経過観察を行うこともある.罹患
(20.4%)
,AIP(18.5%)に加え,IgG4 関連の腎症
臓器が単独の場合,ステロイドの投与はプレドニ
(14.8%)
,リンパ節症,肺病変,硬化性胆管炎,前
ゾロン換算で 0.6mg!
kg!
日から開始する.複数の
立腺炎,下垂体炎などがあげられる(図 3)
.従っ
臓器障害例では 1mg!
kg までの増量も考慮する.
て,MD の診断時,あるいはフォロー中にほかの
プレドニゾロンの初期投与量を 2∼4 週間継続後,
IgG4 関連疾患の合併を念頭に全身検索が不可欠
1∼2 週間ごとに 5mg ずつ減量していく.維持療
である.このスクリーニングには好発臓器を対象
法の要否に関しては結論が出ていないが,IgG4
とした造影 CT などの従来の画像診断に加え,
関連疾患の再燃率の高さを考慮した場合,5∼10
FDG-PET(18F-fluorodeoxyglucose positron emis-
mg!
日程度の継続投与が勧められる.
sion tomography)検査の有用性が指摘されてい
高橋
IgG4 関連疾患とアレルギー
IgG4 関連疾患の病因は未だ不明である.特に
IgG4 関連疾患における IgG4 の役割について明確
な答えはない.しかしながら,IgG4 が「modified
Th2 response」としての過剰な IgE 介在性のアレ
ルギー反応の抑制に作用することが知られてお
り 10),また IgG4 関連疾患ではしばしば高 IgE 血
症や好酸球増多が認められることから,アレル
ギー反応との関連性が想定されている.そこで当
科フォロー中の MD 24 例におけるアトピー素因
などを, SS を対照群として比較検討したところ,
既往ないしは合併症としてのアレルギー疾患の合
併率は MD 58%,SS 65% と有意差はなかった.し
かしながら,MD で高 IgE 血症は 33.3%,好酸球
増多は 20.8% でみられ,血中 IgE 値・好酸球数と
も に MD で 有 意 に 増 加 し て い た 11).Kamisawa
も 45 例の AIP 症例においてアレルギー徴候を解
析し,アレルギー 疾 患 の 合 併 を 44.4%,高 IgE
血症を 26.7% に認めている 12).今後,IgG4 関連疾
患に対するアレルギー反応の関与については,よ
り詳細な解析の必要性が示唆された.
おわりに
IgG4 関連疾患は高 IgG4 血症と,IgG4 陽性形質
細胞の浸潤,線維化を伴う腫瘤性・肥厚性病変を
形成する慢性炎症性疾患である.日常診療におい
てこのような病変を認めた場合,鑑別診断に含め
る 必 要 が あ る.特 に 涙 腺・唾 液 腺 で は MD と
SS・リンパ腫,膵臓では AIP と膵癌との鑑別が重
要である.ステロイド治療に良く反応し,一次無
効は稀であるが,減量・中止により高率に再燃が
みられることから,長期的な治療戦略に関しては
今後の検討を要する.
(第 60 回日本アレルギー学会秋季学術大会教育講演)
文 献
1)山本元久,高橋裕樹,水越常徳,村上理絵子,
得能徹也,牧口祐介,今井浩三.リンパ腫様
の全身リンパ節と涙腺・唾液腺腫脹を呈し,
!2011 Japanese Society of Allergology
裕樹
他
691
ステロイドが奏効した男性シェーグレン症
候群の 1 例.日臨免誌 2000;23:22―9.
2)Kamisawa T, Takuma K, Egawa N, Tsuruta
K, Sasaki T. Autoimmune pancreatitis and
IgG4-related sclerosing disease. Nat Rev Gastroenterol Hepatol 2010; 7: 401―9.
3)Hamano H, Kawa S, Horiuchi A, Unno H,
Furuya N, Akamatsu T, et al. High serum
IgG4 concentrations in patients with sclerosing pancreatitis. N Engl J Med 2001; 344: 732―
8.
4)Yamamoto M, Ohara M, Suzuki C, Naishiro
Y, Yamamoto H, Takahashi H, et al. Elevated
IgG4 concentration in serum of patients with
Mikulicz s disease. Scand J Rheumatol 2004; 33:
432―3.
5)Yamamoto M, Takahashi H, Ohara M,
Suzuki C, Naishiro Y, Yamamoto H, et al. A
new conceptualization for Mikulicz s disease
as an IgG4-related plasmacytic disease. Mod
Rheumatol 2006; 16: 335―40.
6)Takahashi H, Yamamoto M, Suzuki C,
Naishiro Y, Shinomura Y, Imai K. The birthday of a new syndrome : IgG 4-related diseases constitute a clinical entity. Autoimmun
Rev 2010; 9: 591―4.
7)山本元久, 高橋裕樹, 苗代康可, 一色裕之,
小原美琴子,鈴木知佐子,他.ミクリッツ病
と全身性 IgG4 関連疾患―当科における systemic IgG 4-related plasmacytic syndrome
(SIPS)40 例の臨床的検討から―.日臨免誌
2008;31:1―8.
8)正木康史,梅原久範.IgG4 関連疾患∼その診
断の混沌,および混沌から抜け出すための提
言∼.日臨免誌 2009;32:478―83.
9)Matsubayashi H, Furukawa H, Maeda A,
Matsunaga K, Kanemoto H, Uesaka K, et al.
Usefulness of positronemission tomography
in the evaluation of distribution and activity
of systemic lesions associated with autoimmune pancreatitis. Pancreatology 2009; 9: 694―
9.
10)Aalberse RC, Stapel SO, Schuurman J,
Rispens T. Immunoglobulin G4: An odd antibody. Clin Exp Allergy 2009; 39: 469―77.
11)山本元久, 高橋裕樹, 篠村恭久, 今井浩三.
ミクリッツ病におけるアレルギー反応の関
与.アレルギー 2006;55:1158.
12)Kamisawa T, Anjiki H, Egawa N, Kubota N.
Allergic manifestations in autoimmune pancreatitis. Eur J Gastroenterol Hepatol 2009; 21:
1136―9.
Journal Web Site:http:!
!
jja.jsaweb.jp!