1. - 熊本大学学術リポジトリ

熊本大学学術リポジトリ
Kumamoto University Repository System
Title
成人B細胞性急性リンパ性白血病におけるIKZF1遺伝子異
常
Author(s)
徳永, 賢治
Citation
Issue date
2014-03-25
Type
Thesis or Dissertation
URL
http://hdl.handle.net/2298/30040
Right
学位論文
Doctoral Thesis
成人B細胞性急性リンパ性白血病におけるIKZF1遺伝子異常
(IKZF1 genetic alterations in adult patients with B-cell acute lymphoblastic leukemia)
徳永 賢治 Kenji Tokunaga
熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻血液内科学 指導教員 満屋 裕明 教授 熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻血液内科学 2014年3月 1
目次
1.
要旨
2.
発表論文リスト
3.
謝辞
4.
略語一覧
5.
研究の背景と目的
6.
実験方法
7.
実験結果
8.
表および図
9.
考察
10. 結語
11. 参考文献
2
1.
要旨
【目的】 B 細胞分化に関わる IKAROS family zinc finger 1 (IKZF1)遺伝子の変異は小
児の B 細胞性急性リンパ性白血病(B-cell acute lymphoblastic leukemia; B-ALL)にお
いて予後不良因子として新たに報告された。しかし成人 B-ALL においてその遺伝子
異常の頻度や予後への影響についての報告は乏しい。私は成人 B-ALL 78 症例におい
て IKZF1 遺伝子異常の頻度および予後との関係を解析し、変異の意義を検討した。 【方法】 成人 B-ALL 78 症例において、total RNA を用いて RT-PCR により IKZF1
を増幅し、異常アイソフォームおよび変異の検出を行った。ゲノム DNA を用いて
RQ−PCR や PCR により IKZF1 の部分欠失を検索した。IKZF1 遺伝子異常と臨床所見
との関係を解析した。 【結果】 20 例に IKZF1 の異常アイソフォームを認め、40 例に部分欠失を認めた。
点突然変異は認められなかった。78 症例中 IKZF1 遺伝子異常は 41 例(52.6%)に認め
られ、成人では小児よりも高頻度であった。異常アイソフォームは Ik6 および Ik10
で、多くはゲノム DNA のエクソン欠失に由来していた。一方で、エクソン欠失が
認められないもののスプライシング異常によるアイソフォームが検出される例や、
一部の白血病クローンにのみ遺伝子異常が存在する例など複雑な異常を呈するもの
が 7 例あり、IKZF1 遺伝子異常は多様であった。IKZF1 遺伝子の異常は、フィラデ
ルフィア染色体陰性例では 54 例中 21 例(38.9%)に対して、フィラデルフィア染色体
陽性例では 24 例中 20 例(83.3%)と、フィラデルフィア染色体陽性 B-ALL に高頻度に
認められた(P=0.0004)。全例の全生存率および無再発生存率に IKZF1 遺伝子異常の
有無による統計学的有意差を認めなかった。 【考察】 成人 B-ALL において IKZF1 遺伝子の異常が多く認められた。IKZF1 遺伝
子変異例は小児 B-ALL においても予後不良とされ、小児 B-ALL に比して成人 B-ALL
が予後不良である理由の一つである可能性がある。また成人例では小児例ほど
IKZF1 遺伝子異常が予後に大きく寄与しないことや、遺伝子異常の多様性から、成
人 ALL では小児例にはない変異が潜在していることが示唆された。さらに、複数の
IKZF1 異常の検出法を組み合わせて解析した本研究では既報と比較して IKZF1 遺伝
子異常を高頻度に検出した。今後臨床研究を進めるうえで多様な IKZF1 遺伝子異常
を複数の検出法で評価する必要性があると考えられた。 【結論】 成人 B-ALL では IKZF1 遺伝子異常が高頻度かつ多様に認められた。これ
は成人 B-ALL における病因・病態の複雑性を示唆し、小児例とは異なる遺伝子異常
の検索が今後も必要であると考えられる。 3
2.
発表論文リスト
1) 関連論文
(1) Kenji Tokunaga, Shunichro Yamaguti, Eisaku Iwanaga, Tomoko Nanri,
Taizo Shimomura, Hitoshi Suzushima, Hiroaki Mitsuya and Norio Asou.
High frequency of IKZF1 genetic alterations in adult patients with B-cell acute
lymphoblastic leukemia. Eur J Haematol. 2013;91:201-208.
2) その他の論文
(1) 徳永賢治,山口俊一朗,麻生範雄「後天性無トランスフェリン血症」,
別冊日本臨牀血液症候群(第2版)Ⅰ,日本臨牀社 (大阪), 143-145, 2013. (2) 徳永賢治,山口俊一朗,麻生範雄 「非白血性白血病」, 別冊日本臨牀血液症候群(第2版)Ⅲ,日本臨牀社 (大阪), 209-213, 2013. (3) 徳永賢治,麻生範雄 「CBL 変異と骨髄系腫瘍」, 血液フロンティア, 医薬ジャーナル社 (大阪), 23: 512-517, 2013. 4
3.
謝辞
本研究の機会を賜り御指導頂きました 熊本大学大学院医学教育部血液内科学分
野教授 満屋裕明先生に深く感謝いたします。
直接御指導いただきました 熊本大学大学院医学教育部血液内科学分野准教授(現
埼玉医科大学国際医療センター造血器腫瘍科教授) 麻生範雄先生、同准教授 奥野
豊先生に深く感謝いたします。
更に共同研究者の 熊本大学大学院医学教育部血液内科分野大学院生 山口俊一
朗君、および研究に御助力頂いた 熊本大学医学部附属病院血液内科助教(現熊本第
一病院血液内科) 南里知子先生、くまもと森都総合病院血液内科 鈴島仁先生、同
下村泰三先生に深謝いたします。
5
4.
略語一覧
ALL
: acute lymphoblastic leukemia
ABL1
: c–abl oncogene 1
B-ALL
: B-cell acute lymphoblastic leukemia
BCR
: breakpoint cluster region
CDKN2A/2B
: cyclin–dependent kinase inhibitor 2A and 2B
CR
: complete remission
CRLF2
: cytokine recptor–like factor 2
FAB
: French–American–British
HDAC
: histone deacetylase
IKZF1
: IKAROS family zinc finger 1
Ik
: IKZF1 isoform
JAK2
: janus kinase 2
JALSG
: Japan Adult Leukemia Study Group
MDS
: myelodysplastic syndrome
MLL
: mixed lineage leukemia
MLPA
: multiplex ligation–dependent probe amplification
MYC
: v–myc avian myelocytomatosis viral oncogene homolog
NCBI
: national center for biotechnology information
OS
: overall survival
PAX5
: paired box 5
PCR
: polymerase chain reaction
Ph
: Philadelphia chromosome
+
: Philadelphia chromosome positive acute lymphoblastic leukemia
–
Ph ALL
: Philadelphia chromosome negative acute lymphoblastic leukemia
RAG1
: recombination activating gene 1
RFS
: relapse free survival
RNaseP
: ribonuclease P
RQ-PCR
: real–time quantitative polymerase chain reaction
RT-PCR
: reverse transcription polymerase chain reaction
TKI
: tyrosine kinase inhibitor
Ph ALL
6
5.
研究の背景
近年、細胞遺伝学的解析に基づく治療戦略の改善により、小児の B 細胞性急性リ
ンパ性白血病 (B-cell acute lymphoblastic leukemia: B-ALL) では、高い寛解率と治癒率
がえられるようになった 1。しかし、成人 B-ALL においては依然このような進歩に乏
しい。成人では、予後不良であるフィラデルフィア染色体陽性 ALL (Ph+ALL)がおよ
そ 1/3 を占め 2、一方で予後良好とされる t(12;21)(p13;q12)転座や超高二倍体などの頻
度が少ない
1,3
。成人と小児 ALL での予後の差は、このような細胞遺伝学的な差異に
よるものとされている。
小児 B-ALL では予後不良例における治療戦略が課題の一つとなり、更に遺伝子異
常の解析が進んでいる。その結果 IKAROS family zinc finger 1 (IKZF1)遺伝子の異常が
小児 B-ALL において新たな予後不良因子として報告された 4。さらに、リンパ球系の
分化や細胞周期制御に関わる paired box 5 (PAX5)、janus kinase 2 (JAK2)、cytokine
recptor–like factor 2 (CRLF2)、cyclin–dependent kinase inhibitor 2A/2B (CDKN2A/2B)など
の遺伝子異常が小児 B-ALL 症例においてみられることが、ゲノムレベルの広範囲に
わたる解析の結果明らかにされている 5。PAX5 変異は小児 B-ALL の 31.7%に認めら
れ 4、PAX5 の機能喪失により前駆 B 細胞から成熟 B 細胞分化が障害され白血病へ至
るとされる。CRLF2 および JAK2 は、B 細胞の増殖を促す thymic stromal lymphopoietin
7
シグナル経路に関係し、これら変異は小児 B-ALL のハイリスク例においてそれぞれ
14、7.7%に認められ、変異例は予後が悪い 6。IKZF1 遺伝子は、リンパ球分化初期に
働く IKAROS タンパクをコードし、ノックアウトマウスでは B 細胞の分化が阻害さ
れる 7。IKAROS のホモダイマーは DNA に結合し、クロマチンのリモデリングに関
わるヒストン脱アセチラーゼ (histone deacetylase: HDAC) 複合体を形成する。
IKAROS はリンパ球系腫瘍において腫瘍抑制遺伝子として作用することが知られて
おり、IKZF1 遺伝子の異常はリンパ球の正常な分化や増殖を障害すると考えられ、小
児 B-ALL において低い無再発生存率 (relapse-free survival: RFS) や全生存率 (overall
survival: OS) に関与するとされる 8。これら遺伝子の異常は治療の層別化に役立つと
期待されているが、成人 B-ALL においてはその頻度や臨床的意義が不明確である。
今回私たちは成人 B-ALL 78 症例において IKZF1 遺伝子異常の頻度および予後との関
係を解析し、変異の意義を検討した。
8
6.
実験方法
1) 臨床検体
熊本大学医学部附属病院血液内科において 1986 年から 2010 年にかけて B-ALL と
診断された 78 例の成人症例において IKZF1 遺伝子異常を調べた。診断は以前の報告
のとおり French-American-British (FAB) 分類および WHO 分類に基づいた細胞形態学
的解析、染色体解析および細胞表面マーカー解析によって行った 9,10。症例は 15 歳か
ら 86 歳まで分布し、中央値は 54 歳であった。全例 Japan Adult Leukemia Study Group
(JALSG) のプロトコールに従って治療を受けている 11-15。診断時における末梢血また
は骨髄液から単核球を分離した。ジェノミック DNA は単核球からフェノール・クロ
ロホルム抽出後エタノール沈殿で得た。RNA をトリゾール(Trizol, Life Technologies,
Carlsbad, CA)を用いて抽出し、オリゴ dT プライマーを使用して Superscript Ⅲ Cells
Direct cDNA Synthesis Kit (Life Tchnologies)を用い製品プロトコールに従って cDNA
を合成した。ジェノミック DNA および cDNA を用いて以下の遺伝子解析を行ってい
る。
この研究で臨床検体を用いるにあたり、改訂ヘルシンキ宣言に従って説明および同
意を確認した。また、熊本大学倫理審査委員会の承認を得て、本遺伝子解析研究を行
った。
9
2) reverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR)
(1) Ph+ALL のスクリーニング
以前の報告の通りメジャーおよびマイナーBCR-ABL1 融合遺伝子検出することで
Ph+ALL のスクリーニングを行った 16。
(2) IKZF1 アイソフォームのスクリーニング
RT-PCR により IKZF1 の cDNA エクソン 1 からエクソン 8 にかけて増幅した。
polymerase chain reaction (PCR)はサーマルサイクラー (Whatman Biometra, Goettingen,
Germany)と、Taq ポリメラーゼ (Life Technologies)、および以下のプライマーペアを
用いて行った:IKZF1 エクソン 1 プライマー 5’-AAAGCGCGACGCACAAATCC-3’、
IKZF1 エクソン 8 プライマー 5’-ATGGCGTTGTTGATGGCTTGGTC-3’。PCR 産物を
アガロースゲル電気泳動しアイソフォームの発現をみた。バンドとして分画されたア
イソフォームをゲルより切り出し、Gel/PCR DNA Isolation System (VIOGENE, New
Taipei City, Taiwan)を用いて抽出したのち、TA クローニングを行った。
(3) シークエンス
IKZF1 の点突然変異の殆どはジンクフィンガー領域で報告されており、同領域を
以下のプライマーペアを用いて RT-PCR で増幅後ダイレクトシークエンスを行っ
た:フォワードプライマー 5’-GAGAATGGGCGTGCCTGTGAAA-3’、リバースプラ
10
イマー 5’-CCGGAAGGCCCATGCTTTCCAA-3’。シークエンスは BigDye Terminator
Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems, Carlsbad, CA) を用いて、Sequencing Analysis
version 3.4 software (Applied Biosystems) で解析を行った。PAX5 および JAK2 につい
ても cDNA を用いてシークエンスを行った。PAX5 は蛋白をコードする全域を増幅し、
JAK2 については変異が集中してみられるエクソン 14 および 18 が含まれるように
PCR で増幅して、シークエンスを行っている 6。
3) 定量的リアルタイム PCR (real–time quantitative PCR, RQ-PCR)
IKZF1 遺伝子エクソン 2 とエクソン 7 のジェノミック DNA コピー数を以前の報
告の通りに解析した 19。RNaseP (Applied Biosystems) を内部コントロールとし、ECO
Real time PCR system (Illumina, San Diego, CA) を使用し、ΔΔCT 法で評価を行った。1
検体あたり 3 つ PCR を行い結果を平均し、0.3 未満を 2 アリルの完全欠失、0.3 から
0.8 を 1 アリルの半欠失、0.8 以上を欠失なしと判定した。健常者 2 例とモノソミー
7(IKZF1 は 7 番染色体に座しているため)を有する急性骨髄性白血病 (Acute Myeloid
Leukemia, AML) 症例 1 例をコントロールとした。
4) ジェノミック PCR
11
IKZF1 におけるイントロン 1 と 7、およびイントロン 3 と 7 の融合を検出するた
め、ジェノミック DNA を以下のプライマーを用いて PCR を行った:イントロン 1
プライマー 5’-GGCATGGGGCAGTGTGGAAGAG -3’、イントロン 3 プライマー
5’-AGGGAAAGGAGCAGTGCTTACACA-3’、イントロン 7 プライマー
5’-AAGGCTGCACTTTGCCTCACCA-3’。プライマーは、一般的な断点である
recombination activating gene 1 (RAG1) 結合部位をカバーするように設計した 19,20。
PCR では Ex Taq (Takara Bio Inc., Otsu, Japan) を使用した。PCR 産物をアガロースゲ
ル電気泳動し、バンドが検出されたものはダイレクトシークエンスを行った。
5) TA クローニング
IKZF1 アイソフォームは TA クローニングによりシークエンスを調べた。TOPO
TA Coning Kit (Life Technologies)および DH5α コンピテントセルを用いて、製品プロ
トコールに従いクローニングを行った。プラスミドは Mini Plus plasmid extraction kit
(VIOGENE)により抽出し、挿入部位を M13 フォワード (–20) プライマーおよび M13
リバースプライマーでシークエンスした。
6) 統計処理
12
治療効果は従来の一般的な基準に基づき判定した 21。OS は診断日より死亡あるい
は最終観察日までの期間、RFS は寛解日より再発、死亡、あるいは最終観察日までの
期間である。臨床的および生物学的特徴を遺伝子異常の有無により比較した。カテゴ
リー変数はχ2 検定あるいはフィッシャー直接検定で、連続変数はウィルコクスン順
位和検定で比較した。OS および RFS はカプラン・マイヤー法で推計し、ログランク
テストで比較した。統計解析には JMP software version 7 (SAS Institute Inc., Cary, NC)
を使用した。
13
7.
実験結果
1) 成人 B-ALL における IKZF1 アイソフォーム:Ik6 と Ik10
72 例の成人 B-ALL において RT-PCR により計 20 例の IKZF1 ドミナントネガティ
ブアイソフォームを認めた。Ik6 が 13 例で、Ik10 が 7 例であった (Figure 1A-B)。他
のドミナントネガティブアイソフォームである Ik8 や Ik9 は検出されなかった。Ik6
を呈した 1 例については DNA 検体を得られなかったが、残りの 19 例については DNA
での解析が可能であった。19 例のうち、Ik6 が陽性であった 12 例では 11 例にイント
ロン 3 と 7 の融合を、Ik10 が陽性であった 7 例では全例にイントロン 1 と 7 の融合を
認めた (Figure 1C)。
DNA 融合バンドを認めなかった Ik6 陽性の 1 例(#28)は、RT-PCR で複数のアイソ
フォームを呈していた (Figure 2A, B, C)。これらアイソフォームをサブクローニング
したところ、それぞれ Ik6 と、イントロン 3 にある 60 塩基のシークエンスが挿入さ
れたもの(Figure 2D)、エクソン 1、4 と 8 から成る特異なアイソフォームであった。
最後のアイソフォームは過去に報告がない。挿入された 60 塩基はスプライスドナー/
アクセプターサイトに接していた。
IKZF1 のジンクフィンガー領域において点突然変異は 1 例も認めなかった。
14
2) 成人 B-ALL における IKZF1DNA コピー数の異常
IKZF1 の DNA コピー数とアイソフォームの発現との関係について、共に解析が
可能であった 64 例について調べた。RT-PCR により検出されたドミナントネガティ
ブアイソフォームの発現、RQ-PCR で得られた IKZF1 のエクソン欠失 (DNA コピー
数) の結果、およびジェノミック PCR により検出されたイントロン−イントロン融合
の有無を Table 1 にまとめて示す。64 例中 39 例に異常アリルを認めた。Ik6 陽性の
10 例、Ik10 の 5 例ではそれぞれエクソン 4−7 の欠失 (Δ4–7)、エクソン 2−7 の欠失 (Δ2–
7) を認めた。Ik6 陽性となった 2 例と Ik10 の 5 例では、それぞれ Δ4–7 と Δ2–7 が 2
つのアリル共に認められた。19 例では大きな欠失が認められた。6 例では遺伝子全域
にわたる欠失を、4 例では 5’側の、9 例では 3’側の欠失をそれぞれ認めた。1 例では
3’側欠失を 2 アリル共に認めた。成人 B-ALL での IKZF1 アリルの異常は様々であっ
た。
症例#28 を含む 7 例では複雑な結果が得られた (Table 1B)。2 例では Δ4–7 を認め
るものの、Ik6 の発現を認めなかった (Figure 1B, #37 と#65)。3 例では、イントロン
3–7 或いは 1–7 の融合を認めるものの、エクソン 2 および 7 の DNA コピー数は正常
であった。症例#82 では 3 つのアリルの存在が示唆された。ジェノミック PCR では
イントロン 3–7 融合のバンドとイントロン 3–7 の淡いバンドを認め (Figure 1C)、異
15
常アリルに寡多があることがうかがわれた。
6 例では DNA を使った解析のみ可能であった。1 例でエクソン 2 と 7 のコピー数
の低下があったが、融合バンドは検出できなかった。RT-PCR のみでの解析となった
8 例中 1 例で Ik6 の発現を認めた。
3) Ph+ALL における IKZF1 の異常
ドミナントネガティブアイソフォーム (Ik6 と Ik10)、DNA コピー数の異常、エク
ソン欠失によるイントロン間の融合など IKZF1 の異常は 78 例の成人 B-ALL 症例の
うち 41 例 (52.6%) (Table 2)で認められた。IKZF1 異常例ではヘモグロビン値が低い
傾向にあった (P = 0.0586)。年齢、性別、白血球数、血小板数は IKZF1 異常の有無に
より差はなかった。IKZF1 異常は、Ph 陰性 ALL (Ph–ALL)では 54 例中 21 例 (38.9%)
であるのに対し、Ph+ALL では 24 例中 20 例 (83.3%)と、Ph+ALL で有意に高頻度であ
った (P = 0.0004)。Ph–ALL で、その他染色体と IKZF1 異常とではっきりと相関がみ
られるものはなかったが、mixed lineage leukemia (MLL)遺伝子転座や v–myc avian
myelocytomatosis viral oncogene homolog (MYC)遺伝子転座を伴う例では IKZF1 異常を
認めなかった (Table 2)。
16
4) 成人 B-ALL における IKZF1 異常と予後
IKZF1 異常の有無で OS や RFS を比較したところ、統計学的有意差は認めなかっ
た (Figure 3A)。さらに、Ph–ALL 群 (Figure 3B) および Ph+ALL 群 (Figure 3C)、それ
ぞれで IKZF1 異常の有無で比較したが、有意差を認めていない。年齢 (60 歳以上)、
白血球数 (30 × 109/L 以上)、核型 (Ph、MLL 転座、複雑核型など)に基づきハイリス
クグループを抽出し、OS および RFS を検討したが同様であった。
5) PAX5 および JAK2 変異
PAX5 変異は 60 例中 4 例 (6.7%) に認められた。4 つの変異全て DNA 結合部位で
あるペアードドメインに認められた。PAX5 変異の有無により臨床所見や予後が変わ
ることはなかった。JAK2 は 66 例で解析を行ったが変異を認めなかった。
17
表および図
8.
Table 1
(A) Allele types found in 64 patients with adult B-ALL.
RQ-PCR (Copy No.)
Allele type
Fusion
RT-PCR
No. of Pt.
Exon2
Exon7
Int. 3-7
Int. 1-7
wt
wt
2
2
-
-
25
wt + Δ4-7
wt / Ik6
2
1
+
-
7
wt+ Δ2-7
wt / Ik10
1
1
-
+
3
wt + 5’ deletion
wt
1
2
-
-
4
wt + 3’ deletion
wt
2
1
-
-
8
wt + whole deletion
wt
1
1
-
-
4
bi-allelic Δ4-7
Ik6
2
0
+
-
1
Δ4-7 + whole deletion
Ik6
1
0
+
-
2
bi-allelic Δ2-7 *
Ik10
0
0
-
+
2
bi-allelic 3’ deletion
-
2
0
-
-
1
other
7
Total
64
wt : wild-type
* : The assessment of mono-allelicΔ2-7 with whole deletion is also possible.
(B) Complex allele types found in 7 patients with adult B-ALL.
RQ-PCR (Copy No.)
Pt. No. (#)
Allele type
Fusion
RT-PCR
No. of Pt.
Exon2
Exon7
Int. 3-7
Int. 1-7
#28
wt + Δ4-7
wt / Ik6
2
2
-
-
1
#37,65
wt + Δ4-7
wt
2
1
+
-
2
#51
wt + Δ4-7
wt
2
2
+
-
1
#59
wt + Δ4-7
wt / Ik6
2
2
+
-
1
wt / Ik10
2
2
+
+
1
wt / Ik10
2
2
-
+
1
#82
wt + Δ4-7
wt + Δ2-7
#105
wt + Δ2-7
Total
7
wt : wild-type
18
Table 2: Clinical profiles in B-ALL patients with and without IKZF1 alterations.
Total
No.of patients
IKZF1 alternation (+)
P value
41
37
(15 -86)
54(16 - 74)
0.6555
34/44
15/26
19/18
0.1891
16.8(1.7-709.8)
20.2(2.2-579)
14.4(1.7-709.8)
0.5924
Hb ( g/dL )
9.95(4.5-16.8)
10.4(4.7-16.8)
8.8(4.5-15)
0.0586
Plt (×109/L)
61(7-748)
68(7-748)
52(9-531)
0.2953
CR (%)
74
75.6
72.2
0.7352
Normal
15
8
7
11q23
2
0
2
t(8;14)
3
0
3
unknown
22
7
15
Other
12
6
6
24
20
4
Age (years)
M/F
WBC (×109/L)
78
IKZF1 alternation (-)
53 (15-86)*
52
Karyotype
NonPh
Ph
* : median ( range)
19
0.0004
Figure 1: IK ZF1 isoforms
Figure1. IKZF1 におけるドミナントネ
ガティブアイソフォーム
(A)
exon 1 2 3
Ik1
Ik2
4
6
5
7
8
(A) IKZF1 には異なる 13 種類のアイソフ
ォ ー ム が知 ら れ て い る (NCBI Reference
…
Gene database)。全てのアイソフォームは
Ik6
Ik7
二量体を形成するために C 末端に二つの
Ik8
Ik10
ジンクフィンガー(灰色四角)を有してい
る。アイソフォームは N 末端側のエクソ
ンの構成が異なる。4 つの N 末端側のジン
(B)
クフィンガーは DNA 結合に作用し、3 つ
M
1
2
3
4
以上あれば標的遺伝子のプロモーター領
Ik1
Ik2
Ik3
Ik2a
Ik4a
Ik6
Ik10
域の DNA への親和的結合能をもつが、Ik6
や Ik10 のように 2 つ以下のものは DNA 結
合能を持たず、ドミナントネガティブに作
用する。
(B) IKZF1 の RT-PCR 産物の電気泳動。大
きな分画にある機能的 IKZF1 アイソフォ
(C)
a)
ーム(レーン 1 と 4)と共に小さな分画にド
7
8 16 30 82 106 H1 H2
ミナントネガティブアイソフォームが検
出される(レーン 2 と 3)。レーン M はサイ
ズマーカー。右の白線はアイソフォーム分
画を示す。
b)
(C) エクソン欠失により生じる異なるイ
ントロン間の融合のジェノミック DNA
PCR による検出。各レーンの番号は症例
番号で、H1 と H2 は健常者検体である。
矢印で示されるように、a)では約 1200 塩
基サイズにイントロン 3-7 融合による
PCR 産物が、b)では約 1650 塩基サイズに
イントロン 1-7 融合による PCR 産物が確
認出来る。症例#16 では欠失を認めない。
症例#82 では淡いバンドではあるが、イン
トロン 3-7 とイントロン 1-7 が共に検出さ
れた。
20
Figure 2: Multiple dominant negative
Figure 2. 症例#28 におけるジェノミ
isoforms without genomic DNA
ック DNA 欠失を伴わない複数のドミ
deletions of IKZF1
ナントネガティブアイソフォームの発
現。
(A)
#2
M
る 3 つの異なるアイソフォームのバンド
NA
8
LM
6
(A) RT-PCR では矢頭 A、B、C で示され
が検出された。NALM6 は B-ALL の細胞
株で IKZF1 の野生型コントロールとして
使用した。M はサイズマーカーである。
A
B
C
(B) 症例#28 ではイントロン間の融合バ
ンドを認めていない。P1 および P2 はそ
れぞれイントロン 1-7 および 3-7 融合の陽
(C) TA クローニングで明らかになったア
イソフォーム A、B、C の構成。バンド A、
#2
P2
P1
#2
M
P2
Intron 1 - 7
8
Intron 3 - 7
P1
(B)
8
性コントロールである。
B および C がそれぞれ Ik-A、-B および-C
に相当する。Ik-A は Ik10 にエクソン 4
が付加されており、Ik-B は Ik6 にイント
ロン 3 に由来する 60 塩基の配列が挿入さ
れている。Ik-C は Ik6 であった。
(D) Ik-B に挿入されている 60 塩基とその
(C)
exon 1 2 3 Int. 4
5
6
7
8
Ik1
Ik -A
前後の配列。60 塩基は AG と GT のスプ
ライス部位に接している。
Ik -B
Ik -C (Ik6)
Ik10
(D)
TGCAGTTACATATGGGGCTGATGACTTTAG
GGATTTCCATGCAATAATTCCCAAATCTTT
CTCTCGTAAG
21
Figure 3: Overall survival (OS) in
Figure 3. B-ALL (A)、Ph–ALL (B)、
B-ALL patients by IKZF1 alteration.
Ph+ALL (C) 症例そ れぞれ における
OS を IKZF1 異常の有無により解析し
probability!!
(A) OS in all patients
た。
!!!!!!!!IKZF1!altera'on!(+) !N=!41
!!!!!!!!IKZF1!altera'on!(1) !N=!37
Log!rank!test!!P=!0.9494!!
years!!
probability!!
(B) OS in patients with Ph–ALL
!!!!!!!!IKZF1!altera'on!(+) !N=!21
!!!!!!!!IKZF1!altera'on!(1) !N=!33!
Log!rank!test!!P=!0.8018!!
years!!
probability!!
(C) OS in patients with Ph+ALL
!!!!!!!!IKZF1!altera'on!(+) !N=!20!
!!!!!!!!IKZF1!altera'on!(1) !N=!24!
Log!rank!test!!P=!0.9711!!
years!!
22
9.
考察
本研究において、成人 B-ALL における IKZF1 の異常は小児例よりも高頻度であっ
た。78 例の成人 B-ALL において IKZF1 異常を 41 例 (52.6%) に認めた。Mullighan
らは、小児 B-ALL のあらゆるリスクグループを通じて、8.9%に IKZF1の異常を認め
たと報告している 5。 Ph+ALL では 24 例中 20 例 (83.3%) に IKZF1 の異常を認めた
が、これは小児例における既報と齟齬しない 18, 19。Mullighan らは小児 Ph+ALL で IKZF1
の異常が 83.7%であったと報告している 18。Ph–ALL において、我々の研究では 54 例
中 21 例 (38.9%) に IKZF1 の異常を認め、10%とした小児での報告 18 より高頻度であ
った。このように予後が悪いとされる異常が成人例でより高い頻度で潜在しているこ
とは、成人 B-ALL の予後が小児と比較して総じて不良であることの原因である可能
性がある。
本研究では、RT-PCR、RQ-PCR およびジェノミック PCR といった複数の手法を用
いて、様々な IKZF1 の異常を明らかにした。RQ-PCR による IKZF1 エクソン 2 と 7
のコピー数の測量と RT-PCR との組み合わせにより、IKZF1 ジェノミック DNA の大
きな欠失も検出可能であった。IKZF1 遺伝子の大きな欠失は、成人 B-ALL において
よく認められた (Table 1)。3 つの異なるアリルを認めた症例#82 により、成人 B-ALL
では割合は少ないものの異なる数個のアリルが存在し得ることが分かった。これによ
23
り、IKZF1 異常を有する白血病細胞は全白血病細胞のなかで僅かな分画として存在す
ることがあることが分かった。このようなマイナーなクローン中に存在する IKZF1
の異常をも洩らさず検出するためには、複数の異なる手法を組み合わせて用いる必要
がある。Moorman らは、454 例の青少年期および成人の Ph–ALL において multiplex
ligation-dependent probe amplification (MLPA)法を用いて 87 例 (19.2%) に IKZF1 の欠
失があったことを報告している 22。対象集団は小さいが、我々は Ph–ALL でより高頻
度に IKZF1 の異常を認めた。これは複数の手法を組み合わせた結果によるものであ
る。MLPA は小さな分画にある白血病細胞の遺伝子異常に対して感度が高くない 23。
異常を伴う細胞が 50%以上を占める場合に限り MLPA は 1 アリルの欠失を検出する
ことができる 23。マイナークローンにある異常をとらえるためには、ジェノミック
PCR のほうが、感度が高い。
ドミナントネガティブアイソフォームである Ik6 と Ik10 の殆どは遺伝子 DNA 内の
欠失によるものであった。Ik6 の 11 例中 10 例と Ik10 の 7 例全てはそれぞれ Δ4–7 と
Δ2–7 に由来していた。ジェノミック PCR による PCR 産物の長さは概ね揃っていた
(Figure 1C)。これは断点が特定の領域に集中していることを示している 19, 20。断点の
近傍には RAG1 結合部位がしていることから、IKZF1 の欠失には RAG1 が関係して
いると考えられる 18, 19, 20。RAG1 が作用すると DNA を保全するため修復機構が働く
24
が、B-ALL ではこの修復機能が低下していると報告されている 24。成人 B-ALL にお
ける IKZF1 の欠失には DNA 維持機能の障害が関係していることが示唆される。
DNA の欠失がないにも関わらず、1 例では(症例#28)では Ik6 含め複数のアイソフォ
ームを発現していた。症例#28 の RT-PCR 産物のサブクローニングにより、これらア
イソフォームは Ik6 と、イントロン 3 に由来する挿入を伴う Ik6、およびエクソン 4
が挿入された Ik10 であった (Figure 2C)。Dupuis らも Δ4–7 がないにも関わらず Ik6
mRNA および蛋白を発現していた B-ALL 症例を報告している 25。このようなドミナ
ントネガティブアイソフォームの発現には、転写後のエクソンのスプライシングが必
要である。RNA スプライシング機構の変異が、骨髄異形成症候群で高頻度に認めら
れスプライシングのエラーや蛋白への誤翻訳がみられることが近年分かってきた。
IKZF1 の異常もスプライシングの異常で生じうるものであり、成人 B-ALL における
IKZF1 ドミナントネガティブアイソフォームの生成には DNA 欠失以外にも原因があ
ることが示唆される。
小児の B-ALL と比較し、IKZF1 の異常は成人 B-ALL の予後に大きな影響をあたえ
ていなかった。青少年期および成人の Ph–ALL において IKZF1 の異常は強い影響をも
たないとの Moorman らの報告がある 22。チロシンキナーゼ阻害薬 (tyrosine kinase
inhibitor: TKI) の使用は Ph+ALL の予後を改善した 27-29。Ik6 の発現は TKI に対する治
25
療抵抗性を誘導する 30、Ik6 や Ik10 を発現する Ph+ALL では TKI を用いた寛解導入療
法後3ヶ月時点での再発が多い 20、IKZF1 の欠失を伴う Ph+ALL では TKI 使用した治
療での無病期間が短い 31 などの少数症例を解析した報告があるが、いずれも OS に差
を認めていない。唯一 Dupuis らが IKZF1 の異常は OS に影響すると報じているが、
やはり少数例での解析である 25。成人と小児の B-ALL に対する化学療法は、使用さ
れる薬剤や治療強度が異なる。加えて、年齢ごとに遺伝子異常のプロファイルが異な
るともいわれている 33。また、JAK2 や PAX5 についても本研究において成人と小児
とで頻度が異なっていた。これらにより IKZF1 異常が成人と小児とで臨床予後への
影響が異なるものと考えられる。我々の研究において IKZF1 異常は成人 B-ALL の
OS や RFS に有意差を与えるものではなかったが、少数例での解析にとどまっており、
臨床的意義を明らかにするためには今後大規模な臨床研究が望まれる。IKZF1 の異常
を評価する際には、その多様性をふまえて複数の手法によるアセスメントが必要であ
ろう。
26
10. 結語
RT-PCR、RQ-PCR およびジェノミック PCR を組み合わせて用いて、成人 B-ALL
において IKZF1 の異常が高頻度に認められることを示した。解析の過程で既報にな
い新たな IKZF1 のアイソフォームを明らかにした。IKZF1 遺伝子異常は、DNA 欠失
に由来するのみならず、スプライシングの異常やサブクローンに由来するものなど多
様に認められた。また IKZF1 の異常は成人 B-ALL において小児ほど予後に影響を与
えるものではなかった。これらは成人 B-ALL の病因・病態の複雑性を示唆し、さら
なる異なる遺伝子異常の検索が今後も必要であると考えられる。
27
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