脳梗塞に対する 低用量アスピリンの ガイドラインにおける推奨

岡
田
靖
れまでも積極的には推奨されていない。
脳梗塞に対する
低用量アスピリンの
ガイドラインにおける推奨
脳卒中に対する
わ が 国 の 大 規 模 登 録 研 究 Japanese Primary
低用量アスピリンのエビデンス
2000 年頃から
︵J PPP︶では、危険因子
Prevention Project
Evidence
based
Medicine
を有する高リスクの日本人高齢者における低用
の普及により、脳卒中患者へのアスピリン投与
医とのコンセンサスミーティングやジョイント
年頃から循環器・脳卒中の専門医と消化器専門
出血が重大な問題となってきており、2005
アスピリン服用に伴うアスピリン潰瘍や消化管
は急速に普及してきた。同じ頃より高齢者では
の予防効果がないと報告された。
ン群で有意差がなく、サブ解析において脳卒中
梗塞の5年発生率はアスピリン群、非アスピリ
ある心血管死、非致死性の心筋梗塞・脳卒中脳
量アスピリン100㎎ 投与で、一次評価項目で
タベースにより示されている。これまでの大規
一方、脳卒中再発予防としての低用量アスピ
研究が行われるようになってきた。脳卒中に対
リンのエビデンスは、欧米人を中心とするデー
するアスピリンの投与は一次予防と二次予防が
あるが、アスピリンの一次予防効果は低く、こ
20
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1)
防効果は ∼1、
500㎎ /日いずれの用量で
模データの解析からアスピリンの脳梗塞再発予
防止の項目ではアスピリン160∼300㎎ /
をみると、TIAの急性期治療と脳梗塞の発症
、慢性期の
あってもほぼ同等︵ %リスク低減︶であるが、 日の投与が推奨されており︵表a ︶
50
199 4 年の
再発予防では、非心原性脳梗塞︵アテローム血
栓性脳梗塞、ラクナ梗塞など︶に対してアスピ
リン ∼150㎎ /日がグレードAで推奨され
塞、脳卒中、あるいは致死性血管障害︶の発生
作︵TIA︶例における血管イベント︵心筋梗
告では、アスピリンは脳卒中や一過性脳虚血発
脳微小出血をしばしば合併しており、抗血栓薬
要があるとされている。これはラクナ梗塞では
においては、十分な血圧コントロールを行う必
ている︵表b︶
。ただしラクナ梗塞の再発予防
75
を %低減するとしているが、アスピリンの血
75
︵ ATT
︶
Antithrombotic Trialists’
の報告では至適用量は ∼325
Collaboration
㎎ /日と考えられた。2002年のATTの報
15
1日 ∼150㎎ に最も大きな効果︵ %リス
管イベント低減効果にはJ カーブ現象がみられ
させることも関連している。
投与で症候性脳出血の発症リスクを有意に上昇
いとされた。わが国ではアスピリン ㎎ ないし
∼ 歳が対象︶
、性、人種、血圧、脂質、
年リスクが %を超える患者の場合、心血管イ
ベント予防にアスピリンの適応が考慮されると
10
100㎎ が投与されることが多い。
79
糖尿病、喫煙歴からなる心血管リスク計算で
︵
一方、米国心臓協会/脳卒中協会では、心血
ク低減︶があり、 ㎎ 未満では有意な効果はな
管病全体として脳卒中も考慮した場合に、年齢
32
81
米国心臓協会/脳卒中協会のガイドライン
脳卒中治療ガイドラインと
40
75
している︵クラス 、エビデンスレベルA︶
。
3)
2)
わが国の﹃脳卒中治療ガイドライン2009﹄
Ⅱa
4)
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22
75
10
『脳卒中治療ガイドライン2009』にみるわが国のアスピリン投与の推奨
a.TIA の急性期治療と脳梗塞発症防止
推奨
1.一過性脳虚血発作(TIA)を疑えば、可及的速やかに発症機序を確定し、脳
梗塞発症予防のための治療を直ちに開始しなくてはならない(グレード A)。
2.TIA の急性期(発症48時間以内)の再発防止には、アスピリン160∼300mg/
日の投与が推奨される(グレード A)。
・文献3より一部抜粋
・『脳卒中治療ガイドライン2015』案では、急性期に限定した2剤併用も推奨が検討されて
いる。
b.再発予防のための抗血小板療法
非心原性脳梗塞(アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞など)
推奨
1.非心原性脳梗塞の再発予防には、抗血小板薬の投与が推奨される(グレー
ド A)。
2.現段階で非心原性脳梗塞の再発予防上、もっとも有効な抗血小板療法は、
アスピリン75∼150mg/ 日、クロピドグレル75mg/ 日(以上、グレード A)、
シロスタゾール200mg/ 日、チクロピジン200mg/ 日(以上、グレード B)で
ある。
3.非心原性脳梗塞のうち、ラクナ梗塞の再発予防にも抗血小板薬の使用が奨
められる(グレード B)。ただし十分な血圧のコントロールを行う必要があ
る。
・文献3より抜粋
・『脳卒中治療ガイドライン2015』案では、抗血小板薬の推奨グレードや列記順の見直しな
どが検討されている。
またアスピリンとジピリダモールの併用や1年間以上の2剤併用が推奨されないこと、頭
蓋内出血予防のための血圧管理、出血時の対処や処置時の休薬に関することなども記載が
検討されている。
グレードA:行うよう強く勧められる
グレードB:行うよう勧められる
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尿病合併例などで、治療上の利益が優ると考え
脳卒中の一次予防としては女性、ハイリスク糖
中患者では特に消化管出血の合併に注意し、抗
として、消化管出血の項目で高齢や重症の脳卒
9﹄では、脳卒中一般の管理の中の合併症対策
潰瘍薬︵ 受容体拮抗薬︶の予防的静脈内投与
られる患者にアスピリン ㎎ または100㎎ 隔
日投与が有用である可能性がある︵クラス 、
H2
エビデンスレベルB︶
。また、慢性腎臓病で
が推奨される︵グレード ︶としているが、慢
Stage
性期項目には、具体的な記載はなく、胃潰瘍既
︵
︶2の患者にも考慮
3b eGFR<45mL/min/1.73m
往者や抗血小板薬2剤併用時のプロトンポンプ
Ⅱa
50
されるが、重度の患者︵ Stage 4,︶5には推奨
されない。さらに、低リスクの患者では予防的
載されていない。
阻害薬︵PPI︶の予防的投与等についても記
ベルA︶と記されている。リスク評価の対象は
∼ 歳までで、高齢者では、全身合併症を考
消化器疾患の関連
脳卒中患者に対する抗血小板療法と
投与は推奨されない︵クラスⅢ、エビデンスレ
C1
ク/ベネフィットが同等で、二次予防ではベネ
フィットが上回るとされ、二次予防症例に対す
流性食道炎、消化管出血、びらん性胃炎がすべ
85
い。わが国の﹃脳卒中治療ガイドライン200
て有意に増加したことである。
米国の﹁脳卒中ガイドライン﹂には、低用量
アスピリン潰瘍予防に関する記述は見当たらな
ラクナ梗塞に対する脳卒中再発予防を、抗血
小板薬2剤︵アスピリン325㎎ +クロピドグ
る投与が推奨されている。
1・ ︶
、消化管の副作用に関して胃潰瘍、逆
がある。欧米では一般に一次予防症例ではリス
J PPPで注目すべきは、アスピリン群で重
篤な出血性合併症が有意に増加し︵ハザード比
慮したトータルマネジメントを考えていく必要
79
(291)
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40
レル ㎎ ︶とアスピリン325㎎ 単剤で比較し
では、2剤併用群の死亡率の有
SPS3 study
抑制因子は年齢︵ 歳以上︶とPPIの服用で
あった。潰瘍とびらんの有病率はPPI服用者
65
意 な 増 加︵ 2・ 1 % / 年 1・ 4 % / 年、 で有意に少なかった︵それぞれ OR=0.34, 95%CI
︶で試験が中止された。本試験では予
=0.15-0.68,
p=0.0050
p=0.004
OR=0.32, 95%CI=0.22防的な抗潰瘍薬等の投与などは行われておらず、
︶が、 阻害薬服用は潰瘍には
0.46, p<0.0001
有意な効果は認められなかった。またこの研究
た
5)
低用量アスピリン服用者における上部消化管
合併症に関して、わが国で施行された前向き登
増加に関与したことが推測されている。
消化管出血の増加が、頭蓋外出血による死亡率
vs
脳梗塞患者に対するアスピリン投与の傾向
された︵2・5%、 95%CI=1.75-3.4
︶
。
用患者では上部消化管の早期がんが高率に検出
からの副次的知見として、低用量アスピリン服
H/
2
︵ ∼325㎎ /日、年齢 平均 ・1±9・
近年、脳血管領域ではMRIの画像検査の普
5歳、服用期間 平均4・6±4・4年間︶1、 及と診断の進歩で、 強調画像で脳微小出血を
患または脳血管障害を伴うアスピリン服用者
録研究︵MAGIC研究︶によれば、循環器疾
6)
492例のすべてに内視鏡検査を実施し、 ・
29
示唆する患者に抗血栓薬を投与すると脳出血発
症リスクが8倍以上高くなることが明らかにな
とヘリコバクター・ピロリ感染であり、有意な
危険因子のうち潰瘍について有意なのは、喫煙
低用量アスピリン服用者における消化管障害の
病変に対する低用量アスピリンの使用は年々減
脳領域では一次予防や無症候性脳梗塞・脳血管
アスピリンに伴う頭蓋内出血の増加などから、
潰瘍病変が確認された。また多変量解析の結果、 っている。一次予防での有効性に乏しいことや
2%に胃・十二指腸粘膜のびらん、6・5%に
T2*
68
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75
75
少してきているのが現状である。
のトータルマネジメントとしての消化性潰瘍や
まとめ
消化管出血、早期がんへの注意深い配慮は依然
九州大学が主体となって行っている Fukuoka
として重要な課題である。
の1万例以上の脳梗塞登録患者
Stroke Registry
データの経年的変化をみると、ラクナ梗塞では
年々シロスタゾールの処方割合が増え、アテロ
ーム血栓性脳梗塞ではクロピドグレルの処方割 低用量アスピリンは脳梗塞再発予防に有効で
あるが、近年は抗血小板薬の選択が増え、出血
から記載がなくなり、新規経口抗凝固薬の普及
細動治療︵薬物︶ガイドライン︵2013年︶
﹂
リン代替薬としてのアスピリン投与は、
﹁心房
動に伴う心原性脳塞栓症予防のためのワルファ
ントが重要な課題である。注意深い問診と検査
使用されており、高齢患者のトータルマネジメ
からの治療例では依然としてアスピリンは広く
加している。しかし冠動脈疾患合併例や急性期
リスク等の懸念から他剤が選択される割合も増
合が増加してきている。また非弁膜症性心房細
も相まって、減少している。
多い中で、低用量アスピリンは依然として多く
性があり、冠動脈疾患を合併する脳梗塞患者も
しかし、アスピリンは安価で虚血性脳卒中急
性期患者に対する有効性や抗血小板作用の即効
︵独立行政法人国立病院機構九州医療センター
積極的なPPI投与を考慮すべきであろう。
服用者、NSAIDとの併用例などでは、より
循環器系医師の責務であり、特に抗血栓薬多剤
で潰瘍既往者や消化管出血を見逃さないことは
の患者に投与されている。循環器科、脳卒中診
脳血管・神経内科、臨床研究センター
療科の医師はがんや消化管疾患の診療に疎いこ
センター長︶
ともしばしばであり、高齢循環器・脳卒中患者
(293)
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