レッスン 7 シュール分解と QR 分解 Part I

現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 7
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
シュール分解と QR 分解
Part I
これ以降の 4 レッスンは固有値問題が主題である。このレッスンと次のレッスンではシュ
ール分解と QR 分解を扱い、続く 2 レッスンではジョルダン分解を扱う。シュール分解はユニ
タリ相似変換による三角行列化が可能であることを保証する、固有値問題に関する基礎的定理
である。これはジョルダン分解(レッスン 9-)
、特異値分解(レッスン 11)の基礎となる定理
であるのみならず、シュール分解によって対角化可能な行列、すなわち、正規行列、は応用上
大切なエルミート行列、実対称行列を含む。ジョルダン分解の数値計算は一般に困難であるが、
シュール分解に対しては QR 分解に基礎を置く QR 法による計算法が安定な算法として知られ
ている(数値解析のテキスト参照)
。シュール分解は I. Schur (1875 – 1941)の論文「行列固有
値問題とその積分方程式への応用について」
(Math. Ann. 66, 488-510,1909, 原文はドイツ語)
によって世に知られた。
QR 分解はユニタリ座標変換を表し、与えられた A ∈ C
m×n
( m ≥ n )を A = QR ( Q : m
次ユニタリ行列、 R : m × n 上三角行列)に因数分解する。これは、反射行列(ハウスホルダ
ー行列)を用いるハウスホルダー法か、グラム・シュミット法の使用により実現できるため、
シュール分解、特異値分解、最小自乗法(後述)の数値計算用として実用性が高い。すでに行
列式の幾何学的意味を議論するときにも現れている(レッスン 6、6.18 節)。
7.1
固有値問題入門
この節では、固有値、固有ベクトル、一般固有ベクトル、相似変換など、固有値問題全般
に関する基本概念の定義を行う。一般に、与えられた A ∈ C
n× n
に対して、 A − λ I が非可逆行
列となるような複素数 λ の値を A の固有値 eigenvalue という。ゆえに、特定の複素数 λ が A の
固 有 値 で あ る た め の 必 要 十 分 条 件 は det( A − λ I ) = 0 で あ る 。 こ れ を A の 特 性 方 程 式
characteristic equation という。
左辺 det( A − λ I ) を展開すると ( −λ )
n
+ c1λ n −1 +
+ cn −1λ + cn 型の n 次多項式となる。こ
れを A の特性多項式 characteristic polynomial と呼ぶ。代数学の基本定理により、これは
det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
(λn − λ ) 形に因数分解可能である。ここに λ1 ,
, λn は(順序を無視
すれば) A によって一意的に定まる複素数を表す。ゆえに、 n 次行列の固有値は、重複するも
のを重複する回数(重複度)だけ数えることにすれば、必ず n 個存在することになる。これら
はすべて相異なるとは限らないし、たとえ A が実行列であっても一般には複素数となる。
⎡ 0 − 1⎤
⎡ −λ − 1 ⎤
2
の特性多項式は det( A − λ I ) = det ⎢
⎥
⎥ = λ + 1 = (λ + i )(λ − i ) 。ゆ
1
0
1
λ
−
⎣
⎦
⎣
⎦
えに A の固有値は ±i である。このように、実行列の固有値も一般に複素数である。また、
⎡0 1⎤
⎡ −λ 1 ⎤
B=⎢
の特性多項式は det(B − λ I ) = det ⎢
= λ 2 − 1 = (λ + 1)(λ − 1) ゆえ、 B の
⎥
⎥
⎣1 0 ⎦
⎣ 1 − λ⎦
例 1 A=⎢
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1
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レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
固有値は ±1 である。■
⎡1 1 − 1⎤
⎢
⎥
例 2 A = 1 0 0 の特性多項式は
⎢
⎥
⎢⎣0 1 0 ⎥⎦
⎡1 − λ 1 − 1 ⎤
−λ
det( A − λ I) = det ⎢⎢1
0 ⎥⎥ = −λ 3 + λ 2 + λ − 1 = (1 − λ )2 (−1 − λ )
⎢⎣0
1 − λ ⎥⎦
ゆえに A の固有値は 1,1, −1 によって与えられる。■
⎡t11
⎢
例 3 三角行列の固有値は対角成分と一致する。実際、与えられた三角行列を T =
⎢
⎢⎣0
t1n ⎤
⎡t11 − λ
⎢
⎥ = (t − λ )
とすれば、特性多項式は det(T − λ I ) = det
11
⎢
⎥
⎢⎣0
⎥
tnn − λ ⎦
えに T の固有値は t11 ,
t1n ⎤
⎥
⎥
tnn ⎥⎦
(tnn − λ ) となる。ゆ
, tnn によって与えられる。■
⎡ −a1 − a2 − a3 ⎤
⎢ 1
0
0 ⎥⎥ とすれば、
、A =
例 4 f (λ ) = λ + a1λ + a2 λ + a3( a1 , a2 , a3 は既知複素数)
⎢
⎢⎣ 0
1
0 ⎥⎦
3
2
det( A − λ I ) = − f (λ ) 。行列 A を f (λ ) のコンパニオン行列 companion matrix という。ゆえ
に、 f (λ ) = 0 の根はコンパニオン行列の固有値と一致する。■
いま、 λ0 を n 次行列 A の固有値とすれば、 A − λ0 I, ( A − λ0 I ) , ( A − λ0 I ) ,
2
逆行列だから、任意の自然数 k に対して ( A − λ0 I ) v = 0 を満たす 0 ≠
k
個存在する。( A − λ0 I ) v = 0, ( A − λ0 I )
k
k −1
3
はすべて非可
v ∈ Cn×1 が少なくとも 1
v ≠ 0 を満たすような v ∈ Cn×1 を固有値 λ0 に対応す
る k 階一般固有ベクトル generalized eigenvector of rank
k という。ここに ( A − λ0 I ) 0 ≡ I と
既約している。ゆえに、1 階一般固有ベクトルは必ず存在し、単に固有ベクトル eigenvector と
いう。ゆえに、 v が λ0 に対応する固有ベクトルであるとは v ≠ 0 かつ ( A − λ0 I ) v = 0 (すなわ
ち、 Av = λ0 v )であることをいう。すべての固有値と対応する一般固有ベクトルの構造を解明
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2
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レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
する問題を固有値問題 eigenvalue problem という。
⎡1 1 − 1⎤
⎡ −1 0 0 ⎤
⎡ 1 1 1⎤
⎢
⎥
⎢
⎥
⎢
⎥
例 5 A = 1 0 0 (例 2 の行列)
、 V = −1 1 0 ≡ [ v1 v 2 v 3 ] 、 J = 0 1 1 とすれ
⎢
⎥
⎢
⎥
⎢
⎥
⎢⎣0 1 0 ⎥⎦
⎢⎣ 0 0 1⎥⎦
⎢⎣ 1 1 − 1⎥⎦
ば、 AV = VJ が成立する。これを展開すれば、 ( A + I ) v1 = 0, ( A − I ) v 2 = 0, ( A − I ) v 3 = v 2
が得られるから、 v1 は固有値 −1 対応する固有ベクトル、 v 2 は固有値 1 に対応する固有ベクト
−1
ル、 v 3 は同じ固有値 1 に対応する 2 階一般固有ベクトルを表す。また、 det V = −4 ゆえ V が
3×1
存在し、 {v1 , v 2 , v 3 } は C
の基底を表す。ゆえに、 AV = VJ は V
−1
AV = J と書いてよく、
後者を A のジョルダン分解といい、 J をジョルダン標準形という(詳しくは後述)
。ジョルダン
分解がわかれば固有値問題は解けている。■
いま、 v を固有値 λ0 に対応する k 階一般固有ベクトルとすれば、鎖列 chain
{( A − λ0 I ) k −1 v, ( A − λ0 I ) k − 2 v,
, ( A − λ0 I ) v, v} は、第 1 階、・・・、第 k − 1 階、第 k 階一般
固有ベクトルからなる一次独立な集合を表す。これは一次結合 = 0 とおき、左から ( A − λ0 I )
(
j = 1,
j
, k − 2, k − 1 )を乗じればわかる。ゆえに、n 次行列の一般固有ベクトルの階数は高々
n である(これを否定すれば、 Cn×1 中に n + 1 個以上の一次独立なベクトルが存在することにな
り矛盾が起る)。
例 6 例 5 において、 {v1} は固有値 −1 に対応する鎖列、 {v 2 , v 3 } は固有値 1 に対応する鎖列を
表す。■
特定の固有値 λ0 に対して ( A − λ0 I ) v = 0 を満たす v ∈ C
k
n×1
全体の集合は C
n×1
を表す。これを λ0 に対応する k 階一般固有空間 generalized eigenspace of rank
の部分空間
k と呼び、
k = 1 の場合は単に固有空間 eigenspace と呼ぶ。これを N k (λ0 ) で表せば、明らかに
{0} = N 0 (λ0 ) < N1 (λ0 ) ⊆ N 2 (λ0 ) ⊆
⊆ Cn×1 が成り立つ(“
<
”は左辺が右辺の真部分
集合であることを表す)。しかも n 次行列の一般固有ベクトルの階数は高々 n であるから、
{0} = N 0 (λ0 ) < N1 (λ0 ) <
< N l (λ0 ) = N l +1 (λ0 ) =
を満たす自然数 l (≤ n) が一意的に定ま
ることは明らかである。
例7
例 5 において、固有値 −1 に対応する 1 階固有空間 N1 ( −1) は span{v1} 、固有値 −1 に対
応する 1 階固有空間 N1 (1) は span{v 2 } 、2 階固有空間 N 2 (1) は span{v 2 , v 3 } である。■
一般の行列に対する固有値問題の解を記述するには相似変換の概念が必要となる。 n 次行
−1
列 A 、 B が適当な可逆行列 V を介して V AV = B の関係にあるとき、 A は B に相似である
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3
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レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
similar といい、 B を A の V による相似変換 similarity transform という。相似関係は同値関
係を表す。すなわち、 A が B に相似であることを A ∼ B によって表すと、「反射性: A ∼
対称性: A ∼ B なら B ∼
A、
A 、推移性: A ∼ B, B ∼ C なら A ∼ C 」が成り立つ。この証明は練
習問題とする。
−1
相似変換 V AV = B を幾何学的に説明しよう。変換 y = Ax に座標変換 x = Vx ', y = Vy '
−1
を施すと、 y ' = V AVx ' = Bx ' となる。すなわち、「 B は A の振舞いを単一の座標系 V から
見た姿である」と解釈できる。固有値問題は「与えられた行列を相似変換によってどこまで簡
単化できるか」という問題ともいえる。これは「与えられた行列の振舞いは、どんな座標系か
ら見れば、もっとも簡単に見えるか」と同意義である。
とくに、B が対角行列となるような V が存在する場合、 A は相似対角化可能といい、三角
行列となる場合は相似三角化可能という。後述するシュール分解はユニタリ行列による相似三
角化を保証する。また、ジョルダン分解は適当な可逆行列による相似ジョルダン標準形化(相
似三角化の特別の場合)を保証する定理であり、全く任意の行列の固有値問題に対するもっと
も完全な答えを表す(レッスン 9)
。例 5 はその一例に過ぎない。
以上の考察から「固有値は相似変換に対して不変である」、すなわち、「特性多項式は相似
変換に対して不変である」ことが予想される。これは真であることを実際に確認できる:
det(V −1AV − λ I) = det V −1 ( A − λ I )V = det V −1 det( A − λ I ) det V
= det(V −1V ) det( A − λ I ) = det( A − λ I )
例 8 相異なる固有値をもつ行列は相似対角化可能であることを示そう。そこで、与えられた n 次
行列を A 、 det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
, n )とする。 V = [ v1
i = 1,
(λn − λ ) 、 λi ≠ λ j (i ≠ j ) 、 Av i = λi v i ( v i ≠ 0 、
⎡ λ1
v n ] とすれば、以上の関係は AV = V ⎢⎢
⎢⎣ 0
0⎤
⎥ ≡ VD と書
⎥
λn ⎥⎦
, v n } は一 次 独立で ある ことを示す 。実際 、 c1 v1 + + cn v n = 0 と し、左から
( A − λ2 I ) ( A − λn I ) を乗じると、c1 (λ1 − λ2 ) (λ1 − λn ) v1 = 0 が出る( A − λ2 I, の可換性
に注意)。 λ1 , , λn はすべて相異なり、 v1 ≠ 0 であるから、これは c1 = 0 を意味する。同様に
ける。 {v1 ,
して c2 ,
も 0 となる。ゆえに V は可逆行列を表し、先に得た AV = VD は V
−1
AV = D と同
値となり、 A は確かに相似対角化可能である。相似対角化可能な行列は 2 階以上の一般固有ベ
クトルをもち得ないことは腕試し問題 7.13 において示す。■
7.2
ユニタリ行列、反射行列(ハウスホルダー行列)
本節では QR 分解およびシュール分解導出に必要なユニタリ行列について説明する。すで
にのべたように、Q ∈ C
n×n
がユニタリ行列であるとは Q
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Q = I (⇔ Q* = Q −1 ) であることをい
*
4
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う。 Q を列に分割し、 Q =
[q1
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
q n ] と書けばこれは qi*q j = δ ij (i, j = 1,
ッカーのデルタ記号)と同値である。このような性質をもつ {q1 ,
, n) ( δ ij はクロネ
, q n } は正規直交系
orthonormal system をなすという。実ユニタリ行列を直交行列 orthogonal matrix という。
とくに n = 3 の場合は、任意の a, b ∈ R
角、
3×1
T
に対して、a
b = a ⋅ b cos θ ( θ = a, b のなす
a = aT a )であるから(レッスン 3)、3 次実正規直交系 {q1 , q 2 , q3 } は長さ 1の互いに直
交する矢線ベクトルで表せる。
シュール分解の導出に必要となるのはユニタリ行列の特別の場合である反射行列である。
0 ≠ c ∈ Cn×1 のとき、 H ≡ I − 2cc* / c*c 型の行列を反射行列 (またはハウスホルダー行列)
reflection matrix or Householder matrix という。この行列は次の性質をもつ:
(1)
H はエルミート行列である: H* = H
(2)
H はユニタリ行列である: H*H = I
H の逆行列はそれ自身である: H −1 = H
n×1
*
*
n×1
(4) すべての x ∈ C 、 y c = 0 を満たすすべての y ∈ C に対して、 y ( x − Hx) = 0
(3)
(5) すべての x ∈ C
n×1
に対して、 c ( x + Hx) = 0
*
(6)
det H = −1
(7)
a, b ∈ Cn×1 、 a = b ( a = a*a ) 、 a*b = b*a ( ⇔ a*b は実数)、 a ≠ b 、 c = a − b な
ら、 Ha = b
[
(8) (7)において、 a = e1 = 1 0
すれば、 He1
0 ] 、 b = 1 、 e1 ≠ b 、 b の第 1 成分=実数、 c = a − b と
T
= b ゆえ、 H は与えられた b を第 1 列とするユニタリ行列を表す。
証明は練習問題とする。 (4)は任意の y に対して、 y − Hy は“平面” S : c x = 0 に直交す
*
ることを意味し、(5)は任意の x に対して x と Hx の中点( (1/ 2)( x + Hx) )は平面 S に属する
ことを示す。以上より、 x と Hx は平面 S に関して互いに鏡像関係にあることがわかる。これ
が反射行列の名の由来である。(6)の証明には「 a, b ∈ C
n×1
なら det(I − ab ) = 1 − a
T
T
b 」(レッ
スン 6、6.11 節、例 2)において、 a = 2c /(c c), b = c とすればよい。(7)は QR 分解の証明に
*
必要となる。(8)はシュール分解の証明で使う。
⎡1 ⎤
⎡0 ⎤
⎡ 1⎤
⎡0 1⎤
a = ⎢ ⎥ , b = ⎢ ⎥ なら、 c = a − b = ⎢ ⎥ 、 H = I − 2ccT / cT c = ⎢
⎥ となり、
⎣0⎦
⎣1 ⎦
⎣ −1⎦
⎣1 0 ⎦
⎡ 0 1⎤ ⎡ x ⎤ ⎡ y ⎤
⎡x ⎤
⎡x ⎤
Hx ≡ ⎢
= ⎢ ⎥ は、確かに直線 0 = cT x ≡ [1 − 1] ⎢ ⎥ = x − y に関する x = ⎢ ⎥ の鏡像
⎥
⎢
⎥
⎣ y⎦
⎣1 0 ⎦ ⎣ y ⎦ ⎣ x ⎦
⎣ y⎦
例1
点を表している。■
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5
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sin θ ⎤
⎡cos θ
T
H≡⎢
= I − 2ccT 、ここに c = [ − sin(θ / 2) cos(θ / 2) ] , cT c = 1 。ゆえ
⎥
⎣sin θ − cos θ ⎦
T
に、 H は反射行列を表す。この場合、 Hx は直線 0 = c x = − x sin(θ / 2) + y cos(θ / 2) (原点
⎡x ⎤
を通り、傾き θ / 2 の直線)に関する点 x = ⎢ ⎥ の鏡像を表している。■
⎣ y⎦
例2
7.3
QR 分解
与えられた行列 0 ≠
(I)
A = [q1
qk
A = [a1
a k ] ∈ Cn×k (ただし k ≤ n )は
⎡ r11 r12
⎢
r22
⎢
qn ] ⎢
⎢
⎢0
⎢
0
⎣
r1k ⎤
r2 k ⎥⎥
⎡R ⎤
⎥ ≡ Q ⎢ ⎥ = [q1
⎥
⎣0 ⎦
rkk ⎥
⎥
⎦
qk ] R
の形に分解できる。ここに Q は n 次ユニタリ行列、 R は k 次上三角行列を表し、その対角成分
は r11 ,
, rkk ≥ 0 を満たす。とくに、 rank ( A) = k なら、 r11 ,
, rkk > 0 である。また A が実行
列なら、 Q と R も実行列にとれる。以上を A の QR 分解 QR decomposition という。
(II) 任意の l 次元部分空間 Sl
基底 {q1 ,
証明
, qk ,
⊆ Cn×1 内の正規直交系 {q1 ,
, q k } ( 0 < k < l )は Sl の正規直交
, ql } に拡張できる。
(I) 構成的証明を示す。グラム・シュミット法によっても構築できるが(レッスン 13「内
積とノルム Part I」参照)
、ここでは前節で学んだ反射行列を使う。
[ ]
まず、n = 1 の場合は A = a11 = ⎣⎡ a11 / a11 ⎦⎤ ⎣⎡ a11 ⎦⎤ ≡ QR(∵ a11
とする。a1 の形が
a1 = [ a11 0
≠ 0 )でよい。そこで n > 1
⎡a / a
T
0] 、a11 ≠ 0 、の場合は Q1 = ⎢ 11 11
⎢⎣ 0
0 ⎤
⎥ とすれば、
I n−1 ⎥⎦
Q1 は明らかにユニタリ行列を表し、
(1)
Q1A = [Q1a1
となる。 a1
⎡ a11
⎢
0
Q1a k ] = ⎢
⎢
⎢
⎢⎣ 0
x
x
x
x⎤
⎥
x ⎥ ⎡ r11
≡
⎥ ⎢⎣0
⎥
x ⎥⎦
x
x⎤
( r11 ≥ 0 )
A1 ⎥⎦
= 0 なら Q1 = I をとればやはりこの関係が成り立つ。
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⎡ a11 ⎤
⎥ , p1 ≠ 0 、 a11 ≠ 0 の場合は、 b1 = ⎡±
⎣ (a11 / a11 ) a1
⎣p1 ⎦
次に、 a1 の形が a1 = ⎢
とれば、 a1
0
T
0 ⎦⎤ を
≠ b1 、 a1 = b1 、 a1*b1 =実数、の条件が満たされる。ゆえに前節(7)により、 Q1
として反射行列 Q1 = I − 2c1c1 / c1 c1 ( c1
T
T
= a1 − b1 )をとれば、 Q1a1 = b1 が満たされる。ゆ
⎡r x x ⎤
となる。ここに、 r11 = ± ( a11 / a11 ) a1 ≠ 0 。上
Q1a k ] = ⎢ 11
A1 ⎥⎦
⎣0
[
えに、 Q1A = Q1a1
式右辺は(1)の右辺の行列と同じ形であるが、 r11 は一般には複素数だから、Q1 の r11 / r11 倍を再
度 Q1 と呼べば、 Q1 のユニタリ性も Q1A の形も保存され、 Q1A の左(1,1)成分が r11 となる。
⎡0 ⎤
⎥ , p1 ≠ 0 、の場合は b1 = ⎡⎣ p1
⎣p1 ⎦
最後に a1 = ⎢
0
T
0 ⎦⎤ 、c1 = a1 − b1 をとれば、やはり Q1A の
形は(1)式右辺の行列と同じになる。
同様の手続きを(1)式右辺の右下偶の ( n − 1) × ( k − 1) 行列 A1 に対して適用すれば、
(2)
⎡r
Q 2 ' A1 = ⎢ 22
⎣0
x
x⎤
( r22 ≥ 0 )
A 2 ⎥⎦
⎡1 0 ⎤
⎥ とおけば、
⎣ 0 Q 2 '⎦
が得られる。ここに Q 2 ' は n − 1 次ユニタリ行列である。 Q 2 = ⎢
⎡ r11 x x x ⎤
⎢0 r x x ⎥
⎥ となる。同様の手続きを継続すれば、最終的に、Q
Q 2Q1A = ⎢ 22
k −1
⎢
⎥
⎢
⎥
⎣ 0 A3 ⎦
が得られることは明らかである。ここに Q1 ,
列でありうる)、 R
⎡R ⎤
Q1A = ⎢ ⎥
⎣0 ⎦
, Q k −1 はすべてユニタリ行列(あるものは単位行
= ⎡⎣ rij ⎤⎦ は k × k 上三角行列( r11 ,
, rkk ≥ 0 )を表す。 Q = Q1*
Q k −1* と置
⎡R ⎤
⎥ が出る。ここに Q もユニタリ行列を表す。これは QR 分解に他ならない。
⎣ 0⎦
一般に、 rank ( A ) = rank ( R ) ゆえ、 rank ( A ) = k なら、 r11 , , rkk > 0 でなければならな
けば、 A = Q ⎢
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7
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現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
い。 A が実行列の場合への特化は練習問題とする。
(II)
正規直交系はかならず一次独立であるから、{q1 ,
[
を付加して Sl の基底に拡張できる。 A ≡ q1
⎡R ⎤
A = Q ⎢ ⎥ = [q1
⎣ 0⎦
( r11 ,
ql ] R 、 Q = [q1
qk
ql
q l } = span{q1
q k , v k +1 ,
, vl
v l ] に(I)の QR 分解を適用すれば、
q k v k +1
, rll > 0 )が得られる。これより、 A = [q1
span{q1
7.4
qk
, q k } に l − k 個のベクトル v k +1 ,
q n ] 、 R = ⎡⎣ rij ⎤⎦ = l 次 上 三 角 行 列
ql ] R 、 [q1
q l ] = AR −1 。ゆえに、
v l } = Sl 。■
複素行列のシュール分解
次の分解をシュール分解 Schur decomposition という:与えられた A ∈ C
を det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
n× n
の特性多項式
(λn − λ ) とすれば、適当なユニタリ行列 Q による相似変換が
λ1 , , λn を主対角線成分とする上三角行列となる:
⎡λ1
⎢ λ
2
*
(1) Q AQ = ⎢
⎢
⎢
⎣0
⎤
⎥
⎥≡T
⎥
⎥
λn ⎦
A = QTQ*
あるいは
とくに、 A が実行列、その固有値もすべて実数なら、 Q も実直交行列にとれる。
証明
まず、 ( A − λ1I )q1
で、q1
≠ e1 なら、7.2 節(8)により q1 を第 1 列とする反射行列(ユニタリ行列)が存在するから、
これを Q1
= [q1
= 0 、 q1*q1 = 1 、 q1 の第 1 成分 ≥ 0 、を満たす q1 を一つとる。ここ
q n ] とすると、 AQ1 = A [q1
⎡q1* ⎤
⎢ ⎥
*
(2) Q1 AQ1 = ⎢
⎥ [ λ1q1 Aq 2
*
⎢q ⎥
⎣ n ⎦
] = [ Aq1
⎡λ1q1*q1
⎢
Aq n ] = ⎢
⎢λ q *q
⎣ 1 n 1
] = [λ1q1
⎡λ
⎤ ⎢ 1
⎥ ⎢0
⎥=⎢
⎥ ⎢
⎦
⎣0
⎤
⎥ λ
⎤
⎥≡⎡ 1
⎢
⎥ ⎣0 A1 ⎥⎦
⎥
⎦
q1 = e1 の場合は、Ae1 = λ1e1 だから、A の第 1 列は最初から [ λ1 0
したがって、この場合は Q1
] となる。ゆえに
0] の形をしている。
T
= I をとれば(これもユニタリ行列!)(2)が成り立つ。
さて、(2)を使うと、 det( A − λ I ) = det(Q1 AQ1 − λ I ) = (λ1 − λ ) det( A1 − λ I ) となる。こ
*
れより n − 1 次行列 A1 の特性多項式は det( A1 − λ I ) = (λ2
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− λ)
(λn − λ ) で与えられることが
8
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
わかる。
これまでの手続きを A1 に適用すれば適当な n − 1 次ユニタリ行列 P2 に対して
(3)
⎡λ
⎤
P2* A1P2 = ⎢ 2
⎥ 、 det( A 2 − λ I ) = (λ3 − λ )
⎣0 A 2 ⎦
となる。そして n 次ユニタリ行列 Q 2
(λn − λ )
⎡1 0 ⎤
=⎢
⎥ を定義すると、
⎣0 P2 ⎦
⎡λ1
⎤
⎢
⎥
*
*
(4) Q 2 Q1 AQ1Q 2 = 0 λ2
⎢
⎥
⎢⎣0
A 2 ⎥⎦
以下同様の作業を継続すれば結局
(5)
Q n −1*
Q1* AQ1
⎡λ1
⎢ λ
2
Q n −1 = ⎢
⎢
⎢
⎣0
⎤
⎥
⎥≡T
⎥
⎥
λn ⎦
, Q n −1 はすべてユニタリ行列である。そして、Q = Q1
が得られる。ここに Q1 ,
*
ば、 Q もユニタリ行列を表し、直前の式は Q
Q n −1 とすれ
AQ = T となり、これは A のシュール分解に他
ならない。
とくに A が実行列、その固有値もすべて実数であれば、これまでに出てきた q1 ,
, Q1 ,
もすべて実行列に取れる。従ってまた T も実行列となる。■
7.5
実行列のシュール分解
実行列の固有値は一般に複素数であるから、実行列のシュール分解も前節以上の結果は望
めない。しかし、実演算の世界に話しを限ってもシュール分解を多少変更した実用的な結果が
得られる。本節ではこれについて説明しよう。
まず、実係数の多項式 f (λ ) = a0 λ +
n
+ a1λ + an ( a0 ,
るか、一対の共役複素数である。実際、 f (λ0 ) = a0 λ0 +
n
n
ると、 0 = f (λ0 ) = a0 λ0 +
, an は実数)の零点は実数であ
+ a1λ0 + an = 0 とし、複素共役をと
+ a1 λ0 + an = f (λ0 ) となる。実行列の特性多項式は実係数の多
項式であるから、実行列の実数でない固有値は必ず α ± i β ( α , β :実数)という、対となって
現れることがわかる。
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9
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
実行列に対するユニタリ相似変換を実直交相似変換に限定すれば、次のシュール分解の変
形版が得られる:
n 次実行列 A ( n > 1) の特性多項式を det( A − λ I ) = (λ1 − λ )(λ2 − λ )
(λn − λ ) とする。
ただし、一対の複素共役固有値に対応する項は相隣るように書くものとする。すると適当な(実)
直交行列 Q をとれば
⎡T11 T12
⎢
T22
T
(1) Q AQ = ⎢
⎢
⎢
⎣0
T1k ⎤
⎥
⎥ ≡ T あるいは A = QTQT
⎥
⎥
Tkk ⎦
, Tkk は 1× 1 または 2 × 2 であり、後者の場合、その固有値
は一対の共役複素数 α ± i β ( α , β は実数、 β ≠ 0 )である。
となる。ここに、対角ブロック T11 ,
証明:複素行列のシュール分解にくらべて、共役複素固有値の扱いに差が生じる。
まず、 λ1 が実固有値の場合は複素行列に対する手続きと全く同じ手続きを踏み、
⎡λ B ⎤
Q1T AQ1 = ⎢ 1 1 ⎥ とする。ここに Q1 は実直交行列、 det( A1 − λ I ) = (λ2 − λ )
⎣ 0 A1 ⎦
(λn − λ ) で
ある。
次に λ1 , λ2
= α ± i β ( α , β は実数、 β ≠ 0 )なら、 λ1 = α + i β に対応する固有ベクトル
を z = x + iy ( x, y は実ベクトル)とし、 Az = λ1z に代入して実部、虚部を等値す れば、
[ Ax
⎡ α β⎤
Ay ] = [ x y ] ⎢
⎥ が得られる。ここに、右辺の 2 × 2 行列の固有値は、λ1 , λ2 = α ± i β
⎣−β α ⎦
である。
また、 {x, y} は一次独立である。実際、まず、 λ1
≠ λ1 だから {z, z} は一次独立である
(∵ c1z + c2 z = 0 に左から A − λ1I を乗じて c1 0 + c2 (λ1 − λ1 )z
を考慮すると c2
を行列形
= 0 、これに λ1 − λ1 ≠ 0, z ≠ 0
= 0 、従ってまた c1 = 0 、が得られる)。一方、 x = ( z + z ) / 2, y = ( z − z ) /(2i )
[ x y ] = (1/ 2) ⎡⎣z
⎡1 − i ⎤
⎡1 − i ⎤
に書き、 det ⎢
z ⎤⎦ ⎢
⎥ = 2i ≠ 0 に注意すると、 {z, z} は
⎥
⎣1 i ⎦
⎣1 i ⎦
一次独立ゆえ、 {x, y} も一次独立であることがわかる。
[
]
ここで、 x y に前節の QR 分解を適用すれば、
となる。ここに {q1 ,
[ x y ] = [q1
⎡r r ⎤
q 2 ] ⎢ 11 12 ⎥ (r11 , r22 > 0)
⎣0 r22 ⎦
q 2 } は(実)正規直交系をなす。前節(II)により、 {q1 , q 2 } を R n×1 の正
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10
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
規直交基底 {q1 , q 2 ,
AQ1 = A [q1 q 2
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
, q n } に拡張し、 Q1 = [q1 q 2
q n ] とおき、これまでの結果を使うと、
−1
⎡
⎡ r11 r12 ⎤
q n ] = A ⎢[ x y ] ⎢
⎥ q3
⎢⎣
⎣0 r22 ⎦
−1
⎡
⎡ r11 r12 ⎤
= ⎢[ Ax Ay ] ⎢
⎥ Aq3
⎢⎣
⎣0 r22 ⎦
⎤
qn ⎥
⎥⎦
⎤
Aq n ⎥
⎥⎦
−1
⎡
⎡ α β ⎤ ⎡ r11 r12 ⎤
= ⎢[ x y ] ⎢
⎥ Aq3
⎥⎢
⎢⎣
⎣ − β α ⎦ ⎣0 r22 ⎦
⎤
Aq n ⎥
⎥⎦
−1
⎡
⎡ r11 r12 ⎤ ⎡ α β ⎤ ⎡ r11 r12 ⎤
= ⎢[q1 q 2 ] ⎢
⎥⎢
⎥ Aq3
⎥⎢
⎢⎣
⎣0 r22 ⎦ ⎣ − β α ⎦ ⎣0 r22 ⎦
= [q1 q 2
⎤
Aq n ⎥
⎥⎦
⎡ ⎡ r11 r12 ⎤ ⎡ α β ⎤ ⎡ r11 r12 ⎤ −1
⎤
⎢⎢
B
1⎥
q n ] ⎢ ⎣0 r22 ⎥⎦ ⎢⎣ − β α ⎥⎦ ⎢⎣0 r22 ⎥⎦
⎥
⎢
0
A1 ⎥⎦
⎣
ゆえに
⎡ ⎡ r11 r12 ⎤ ⎡ α β ⎤ ⎡ r11 r12 ⎤ −1
⎤
⎢⎢
B1 ⎥
T
⎥
⎢
⎥
⎢
⎥
Q1 AQ1 = ⎢ ⎣0 r22 ⎦ ⎣ − β α ⎦ ⎣0 r22 ⎦
⎥
⎢0
A1 ⎥⎦
⎣
ここに、左上 2 × 2 行列の固有値は α ± i β ( = λ1 , λ2 )、 det( A1 − λ I ) = (λ3 − λ )
(λn − λ ) で
あることは明らかである。
以上の結果を要約すれば、適当な直交行列 Q1 に対して
(2)
⎡T
⎤
Q1T AQ1 = ⎢ 11
⎥
⎣ 0 A1 ⎦
となる。ここに,、 T11 は 1× 1 または 2 × 2 実行列であり後者の固有値は一対の実でない共役複素
数である。
(2)式中の A1 に対してこれまでと同じ作業を繰り返し、
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⎡T
⎤
P2T A1P2 = ⎢ 22
⎥ ( T22 : 1× 1
⎣ 0 A2 ⎦
11
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
または 2 × 2 実行列、
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
⎡I 0 ⎤
P2 実は直交行列)とし、 Q 2 = ⎢
⎥ を定義すれば、 Q 2 も直交行列
⎣0 Q 2 ⎦
⎡T11
⎤
⎢
⎥ となる。ここに Q Q も直交行列を表
となり、まとめれば、 Q Q AQ1Q 2 = 0 T22
1 2
⎢
⎥
⎢⎣ 0 0 A3 ⎥⎦
T
2
T
1
す。
以上の作業を継続すれば、シュール分解(1)が得られることは明らかである。■
実行列の固有値問題数値解法用 QR 法は本節のシュール分解の近似計算を目指すものであ
る(行列算法解説書参照)
。本節以降はシュール分解の特化と応用例をのべる。
7.6
エルミート行列はユニタリ相似変換によって実対角化できる
A* = A を満たす A ∈ Cn×n をエルミート行列 Hermite matrix という。実エルミート行列
( A = A = A を満たす行列)を実対称行列 real symmetric matrix という。シュール分解をエ
T
ルミート行列に特化すると応用の広い結果が得られる(応用例は次レッスンで学ぶ)
:
エルミート行列はユニタリ相似変換により実対角化できる。すなわち、 A を n 次エルミー
ト行列、特性多項式を
det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
(λn − λ ) とすれば、適当なユニタリ行列
Q = [q1
⎡λ1
q n ] に対して、 Q* AQ = ⎢⎢
⎢⎣0
有値 λ1 ,
, λn はすべて実数であり、 Aq j = λ j q j 、 qi*q j = δ ij (i, j = 1,
0⎤
⎥ ≡ D =実対角行列、となる。ゆえに、 A の固
⎥
λn ⎥⎦
, n) ゆえ、 Q の列は
正規直交固有ベクトル系を表す。 A が実対称行列なら Q は実直交行列にとれる。
証明
⎡λ1
⎢
A のシュール分解を Q AQ = ⎢
⎢⎣0
⎤
⎥ ≡ T とし( Q はユニタリ行列)、共役転置を
⎥
λn ⎥⎦
*
⎡λ 1
⎢
とると、エルミート性により、 Q AQ = (Q AQ) = ⎢
⎢
⎣
*
T = T* が出る。ゆえに、 λi = λi (i = 1,
*
*
0⎤
⎥
*
⎥ = T となる。この 2 式より
λn ⎥⎦
, n) (すなわち、 λ1 ,
は実数)であり、 T は対角行
列でなければならない。A が実対称行列なら、その固有値も実数でだから、前節の結果により、
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12
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
Q は実直交行列にとれる。■
7.7
シュール分解により対角化可能な行列は正規行列である
前節ではエルミート行列はユニタリ相似対角化可能であることを学んだ。では逆に、ユニ
タリ相似対角化が可能であるための必要十分条件は何か?答えは単純明快な「正規性」である。
AA* = A* A を満たす A ∈ Cn×n を正規行列 normal matrix という。これはユニタリ行列
*
*
( A A = I )、エルミート行列( A = A )を含むことは明らかである。次の事実が成り立つ:
n×n
(I) 与えられた A ∈ C がユニタリ相似対角化可能であるための必要十分条件はそれが正規行
列であることである。
⎡λ1
⎢
(II) A を正規行列、シュール分解を Q AQ =
⎢
⎢⎣0
0⎤
⎥
⎥ ≡ D =対角行列( Q はユニタリ行
λn ⎥⎦
*
列)とすれば、 Aq j
= λ j q j および A*q j = λ j q j ( j = 1,
, n )が成り立つ。すなわち、 λ j が
A の固有値なら、 λ j は A* の固有値を表し、両者は固有ベクトルを共有する。
証明
(I)(必要性) Q
*
AQ = D =対角行列( Q はユニタリ行列)あるいは A = QDQ* なら、
= A* A が出る(∵ DD* = D*D )。
(十分性) A を正規行列とする。特性多項式を det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
簡単な計算で AA
*
⎡λ1
⎢
*
ル分 解 を Q AQ =
⎢
⎢⎣0
(λn − λ ) とし、シュー
⎤
⎥ ≡ ⎡t ⎤ ≡ T とする。これに正規 性 AA* = A* A を考慮すると
⎥ ⎣ ij ⎦
⎥
λn ⎦
TT* = T*T (すなわち、 T も正規行列)、すなわち、
⎡t11 t12
⎢
⎢ t22
⎢
⎢
⎣0
t1n ⎤ ⎡t11
⎢
t2 n ⎥⎥ ⎢t12 t22
⎥⎢
⎥⎢
tnn ⎦ ⎢t t
⎣ 1n 2n
0 ⎤ ⎡t11
⎥ ⎢
⎥ ⎢t12 t22
⎥=⎢
⎥ ⎢
tnn ⎥⎦ ⎢⎣t1n t2 n
n
が出る。対角成分を等置すれば、
n
0 ⎤ ⎡t11 t12
⎥⎢
⎥ ⎢ t22
⎥⎢
⎥⎢
tnn ⎥⎦ ⎣0
∑ tik = ∑ tki , i = 1,
k =1
2
k =1
2
t1n ⎤
t2 n ⎥⎥
⎥
⎥
tnn ⎦
, n ( tij ≡ 0, i > j )となり、これ
より、 tij = 0, i ≠ j 、が得られる。すなわち、 T は対角行列である。
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13
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
Q* AQ = D を AQ = QD と書き直し、対応する列を等置すれば Aq j = λ j q j が出る。他
(II)
方、 Q
*
AQ = D の共役転置をとれば、 Q* A*Q = D* あるいは A*Q = QD* が出る。対応する列
を等置すれば
7.8
A*q j = λ j q j が出る。■
ケイリー・ハミルトンの定理
この節では有名なケイリー・ハミルトンの定理 Cayleigh–Hamilton Theorem「 A を n 次
f (λ ) ≡ det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
(λn I − A ) = 0 である」を証明する。
複素行列、その特性多項式を
f ( A) = (λ1I − A)
(λn − λ ) とすれば
証明に進む前に定理の意味を説明しよう。 det( A − λ I ) 中の λ に A を代入すれば 0 となる
から、一見証明不要に見えるが、 f ( A ) の意味は特性多項式 det( A − λ I ) を展開した後に、λ に
A を代入したもの、という意味である。組織的な行列論の始まりとして有名なケイリーの論文
「A.rthur Cayley, “A Memoir on the Theory of Matrices ”( Roy. Soc. London, Phil. Trans. 148,
17-46, 1859)の 23-24 ページにおいて、ケイリーはこの定理を n = 2, 3 の場合について検算した
後、”…but I have not thought it necessary to undertake the labour of a formal proof of the
theorem in the general case of a matrix of any degree” (・・しかし、任意次の一般行列に対
、とのべ、完全な証明を与えていない。
して正式な証明の労を払う必要があるとは考えていない)
ケイリーはなぜそのように考えたのであろうか?答えは永遠の謎である。
証明:多くの証明法が知られているが、シュール分解を使えば簡単である。実際、 A のシュー
⎡λ1
⎢ λ
2
*
ル分解 Q AQ = ⎢
⎢
⎢
⎣0
⎤
⎥
⎥ ≡ T ( Q*Q = I )より、 f ( A ) = Q (λ I − T)
1
⎥
⎥
λn ⎦
出る。ここで行列積 (λ1I − T)
(λn I − T)Q* が
(λn I − T) を右から左へ計算して行けば 0 となる。■
この定理からの結果として「 n 次行列 A の任意の多項式および分数式は A の高々 n − 1 次
多項式として表せる」ことが出る。これは「腕試し問題」中で示すことにする。
7.9
トレースと固有値局所化定理
定義から始める。 A = ⎡⎣ aij ⎤⎦ の対角成分の和をトレース trace といい、 trace( A ) で表す:
trace( A) = a11 +
+ ann 。トレースの重要性は次の性質に由来する:任意の n 次行列 A, B に
対して、 trace( AB ) = trace(BA ) (証明は練習問題とする)。ゆえに、任意の可逆行列 V に対
して
trace(V −1AV ) = trace( AVV −1 ) = trace( A) 。すなわち、トレースは相似変換下で不変
に保たれる。これは簡単な事実だが、以下に示すように面白い応用がある(これはこのレッス
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14
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
ンの最初に挙げた Shur の論文に報告されている)
。
A = ⎡⎣ aij ⎤⎦ ∈Cn×n とし、特性多項式を f (λ ) ≡ det( A − λ I ) = (λ1 − λ )
(1)
λ1 +
+ λn = a11 +
λ1 +
2
(2)
+ ann (= trace( A))
n
+ λn ≤ ∑ aij
2
(λn − λ ) とすれば、
2
i, j
とくに、 A のシュール分解が対角行列の場合(すなわち、 A が正規行列の場合)は等号が成立
する:
(3)
λ1 +
2
n
+ λn = ∑ aij
2
2
i, j
(1)-(3)は行列のトレースの性質とシュール分解を使えば簡単に出るが、直接検証は n = 2 の
場合でさえ簡単ではない。不等式(2)は、 max
k
λk ≤
n
∑a
ij
2
/ n を意味し、固有値の存在範囲
i, j
を特定している意味において固有値の局所化を表す。
⎡λ1
⎢ λ
2
*
証明 A のシュール分解を Q AQ = ⎢
⎢
⎢
⎣0
⎤
⎥
⎥ ≡ T ≡ ⎡t ⎤ ( Q*Q = I )とすれば、
⎣ ij ⎦
⎥
⎥
λn ⎦
Q* ( A* A)Q = (Q* A*Q)(Q* AQ) = T*T ゆえ、トレースをとると、 trace( A* A) = trace(T*T)
n
が出る。ここで、trace( A
*
n
A) = ∑ aij 、trace(T*T) = ∑ tij = λ1 +
2
2
2
i, j
i, j
ある。ゆえに、 λ1
2
n
n
n
+ λn + ∑ tij で
2
2
i< j
+ λn + ∑ tij = ∑ aij が得られる。これから不等式(2)が従う。 T
+
2
2
i< j
が対角行列なら、 tij = 0 (i , j = 1,
2
i, j
, n) だから(3)が出る。■
⎡a b⎤
A=⎢
⎥ とすれば、 det( A − λ I ) = ( a + b − λ )( a − b − λ ) ゆえ、 A の固有値は
⎣b a ⎦
⎡1 1⎤
⎡a + b 0 ⎤
T
λ1 , λ2 = a ± b で与えられる。Q = (1/ 2) ⎢
とおけば、Q Q = I 、AQ = Q ⎢
⎥
a − b ⎥⎦
⎣1 − 1⎦
⎣0
⎡a + b 0 ⎤
T
が成り立つ。ゆえに、 Q AQ = ⎢
≡ T (対角行列)は A のシュール分解を表す。
a − b ⎥⎦
⎣0
例1
上の結果によれ ば
λ1 + λ2 = 2( a + b ) 、すなわち、 a + b + a − b = 2( a 2 + b ) が
2
2
2
2
2
2
2
成立しているはずである。これは直接検算で確かめることができる。■
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15
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
最後にひとこと このレッスンの核心は QR 分解とシュール分解である。両分解の応用は広
く、このレッスンでのべた特化例と応用例は一部に過ぎない。次のレッスンで別の応用例を語
ることにする。
腕試し問題
問題 7.1 次の各式は AV = VJ の形に書かれている。各式および det V ≠ 0 を確かめ、 A の特
性多項式、固有値、固有ベクトルを読み取れ:
(1)
⎡1 2 ⎤ ⎡ 2
⎢
⎥⎢
⎣1 2 ⎦ ⎣ −1
1⎤ ⎡ 2
=
1⎦⎥ ⎣⎢ −1
1⎤ ⎡0 0 ⎤
1⎦⎥ ⎣⎢0 3 ⎦⎥
(2)
⎡1 − i ⎤ ⎡i 1⎤ ⎡i 1⎤ ⎡0 0 ⎤
⎢i 1 ⎥ ⎢1 i ⎥ = ⎢1 i ⎥ ⎢0 2 ⎥
⎣
⎦⎣
⎦ ⎣
⎦⎣
⎦
⎡ 1 − 1 − 1⎤ ⎡1 − 1 1 ⎤ ⎡1 − 1 1 ⎤
⎢ −1 1 − 1⎥ ⎢1 1 1 ⎥ = ⎢1 1 1 ⎥
(3)
⎥ ⎢
⎥
⎢
⎥ ⎢
⎢⎣ −2 − 2 0 ⎥⎦ ⎢⎣ 2 0 − 2 ⎥⎦ ⎢⎣ 2 0 − 2 ⎥⎦
(略解
⎡ −2 0 0 ⎤
⎢ 0 2 0⎥
⎢
⎥
⎢⎣ 0 0 2 ⎥⎦
相似変換を行っても特性多項式は不変であることを利用する。
⎡ 2⎤
⎥,
⎣ −1⎦
⎡i ⎤ ⎡1⎤
(2) 特性多項式= ( −λ )(2 − λ ) 、固有値 0, 2 、固有ベクトル ⎢ ⎥ , ⎢ ⎥
⎣1⎦ ⎣i ⎦
特性多項式= ( −λ )(3 − λ ) 、固有値: 0,3 、固有ベクトル ⎢
(1)
⎡1⎤
⎢1⎥
⎣⎦
(3) 特性多項式= ( −2 − λ )(2 − λ ) 、固有値 −2, 2, 2 、固有ベクトル
2
[1
1 2] , [ −1 1 0] , [1 1 − 2] ■)
T
T
T
⎡0 1 0 ⎤
⎢
⎥
問題 7.2 A = 0 0 1 の固有値問題を解け。
⎢
⎥
⎢⎣0 0 0 ⎥⎦
(略解
、 {e1 , e 2 , e3 } が対応する一般固有ベクトルの鎖列を表す。階
固有値は 0(3 重固有値)
数はこの順に 1, 2, 3 である。■)
問題 7.3 (部分空間に関する反射と正射影) A ∈ R
S = {x ∈ R
n×1
n× k
(1 ≤ k
< n )、 rank ( A ) = k 、
: A x = 0} とする。 dim S = n − k > 0 に注意。
(I) 次の性質を満たす写像 H を S に関する反射と呼ぼう:
n×1
T
(1) 任意の x ∈ R に対して x と Hx の中点は S 上にある: A {(1/ 2)( x + Hx)} = 0
T
T
(2) 任意の x と Hx を結ぶ線分は S に直交する: A y = 0 ならかならず y ( x − Hx) = 0
H は H = I − 2A( AT A) −1 AT によって与えられることを示し、あわせて H = HT = H −1
T
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16
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
が成り立つことを示せ。また、 k
= 1 の場合、 H は第 7.2 節で定義した反射行列に他ならないこ
とを示せ。
(II) 次の条件を満たす写像 P : R
(3) 任意の x ∈ R
n×1
n×1
→ S を S 上への正射影という
に対して Px は S 上にある
(4) 任意の x と Px を結ぶ線分は S に直交する: A
T
y = 0 ならかならず yT (x − Px) = 0
次式を証明せよ:
P = I − A( AT A) −1 AT
(5)
P 2 = P = PT
(7) H = 2P − I
n×1
n× k
(III) S が S = {Ax : x ∈ R } 、 A ∈ R ( 1 ≤ k < n )、 rank ( A) = k 、の形で表現されて
いる場合は、 S に関する反射および S 上への正射影は次式で与えられることを示せ:
(8)
H = 2A( AT A) −1 AT − I
T
−1 T
(9) P = A ( A A ) A
T
T
T
(略解 (I) (2)は「 y A = 0 ならかならず y ( x − Hx) = 0 」、すなわち「 A z = x − Hx は解を
(6)
もつ」ことに同値であることを使う(レッスン 4 行列方程式の可解条件)。また、k 次行列 A
T
A
Aw = 0 → w A Aw = 0 → ( Aw ) ( Aw ) = 0 → Aw = 0 → w = 0 )。
(II) 反射の応用として、 Px = (1 / 2)( x + Hx ) と考えるのが一番早い。(III) 反射および正射影
は可逆である(∵ A
T
T
T
T
に要請される性質が満足されることを直接検算せよ。■)
n 次行列 A の特性多項式を det( A − λ I ) = (λ1 − λ ) (λn − λ ) とする。シュール分解
を用いて、 det(α A − λ I ) = (αλ1 − λ ) (αλn − λ ) を示せ。また A − β I の固有値は
λ1 − β , , λn − β によって与えられることを示せ。
問題 7.4
シュール分解の直接利用で解決する。■)
(略証
問題 7.5 次の行列のうち、エルミート行列はどれか?
(1)
⎡1 i ⎤
⎢i − 1⎥
⎣
⎦
(2)
⎡ 1 i⎤
⎢ −i − 1⎥
⎣
⎦
(3)
⎡ 2 1⎤
⎢1 3 ⎥
⎣
⎦
(4)
⎡1 − 2 ⎤
⎢3 1 ⎥
⎣
⎦
(5)
⎡i i ⎤ ⎡1 1⎤
⎢i − i ⎥ = i ⎢1 − 1⎥
⎣
⎦ ⎣
⎦
(1)×(複素対称)
、(2)○(エルミート) (3)○(実対称)(4)×(実非対称行列)
(解
(5)×(複素対称)
■)
A をエルミーと行列( A* = A )とし、 μ を任意の固有値、 v を対応する固有ベク
トルとする( Av = μ v , v ≠ 0 )。シュール分解を使わないで以下を示せ:
問題 7.6
(a)
(b)
μ は実数である。
μ1 , μ 2 を異なる固有値、 v1 , v 2 を対応する固有ベクトルとすれば v1* v 2 = 0 である。
(略証
(a)
A* = A → ( Av)* v = v* ( Av) → μ v* v = μ v* v → μ = μ (∵ v* v > 0 ) (b)
A* = A → v1* ( Av 2 ) = ( Av1 )* v 2 → λ2 v1* v 2 = λ1 v1* v 2 (∵ λ1 , λ2 は実数)→ v1* v 2 = 0
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現代線形代数入門―分解定理を主軸に整理整頓
(∵ λ1
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
≠ λ2 )。 ■)
⎡7 2 0⎤
⎡ −1 − 4 2 ⎤
⎢
⎥
⎢
⎥
問題 7.7 実対称行列 A = 2 6 − 2 、 B = −4 − 1 2 のシュール分解を求めよ。
⎢
⎥
⎢
⎥
⎢⎣ 2 2 2 ⎥⎦
⎢⎣0 − 2 5 ⎥⎦
(略解
まず、特性方程式を解いて固有値 λ1 , λ2 , λ3 を計算し、ついで対応する正規直交固有ベ
クトル系 q1 , q 2 , q 3 を計算せよ。固有値がすべて異なれば、固有ベクトルは自動的に直交してい
る。多重固有値に対応する固有ベクトルは直交するように工夫しなければならない。シュール
0⎤
⎡λ1
⎢
⎥
分解は以上の結果を A [q1 q 2 q 3 ] = [q1 q 2 q 3 ]
⎢ λ2 ⎥ に書いたものに他ならない。行列
⎢⎣0
λ3 ⎥⎦
A, B は反射行列を用いて次のような手続きで作ったものである: c = [1 1 1] 、
T
⎡ 1 − 2 − 2⎤
⎡3 0 0 ⎤
⎡3 0 0 ⎤
⎢
⎥
⎢
⎥
H = I − 2cc / c c = (1 / 3) ⎢ −2 1 − 2 ⎥ 、 A = H ⎢0 6 0 ⎥ H 、 B = H ⎢⎢0 3 0 ⎥⎥ H
⎢⎣ −2 − 2 1⎥⎦
⎢⎣0 0 9 ⎥⎦
⎢⎣0 0 − 6 ⎥⎦
T
T
最後の 2 式がシュール分解に相当する。■)
問題 7.8 (2 次正規行列)
⎡a b⎤
A=⎢
⎥ 型の行列が正規行列であるための必要十分条件は b = c であることを示せ。
⎣c a ⎦
⎡a b ⎤
(b) A = ⎢
⎥ ( a ≠ d )が正規行列であるための必要十分条件は ( a − d )c = (a − d )b であ
⎣c d ⎦
(a)
ることを示せ。
1
i⎤
⎡
⎢
⎥ はエルミート行列でない正規行
(略証 (a) A A = AA の成立条件を調べる。 1
⎢
(1 + i ) 1⎥
⎥⎦
⎣⎢ 2
*
*
列の例である。(b) 同様。 a ≠ d ゆえ、 ( a − d )c = ( a − d )b は b = c を意味する。■)
問題 7.9 A を n 次正規行列とする。
(a) 任意の複素数 α に対して、 A − α I も正規行列であることを示せ。
(b)
μ を A の固有値、v を対応する固有ベクトルとすれば( Av = μ v, v ≠ 0 )、A* v = μ ⋅ v も
真であることを示せ。
(c)
λ1 , λ2 を A の異なる固有値とすれば、対応する固有ベクトル v1 , v 2 は直交することを示せ。
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(a) B = A − α I とおき、 B
レッスン 6 シュール分解と QR 分解 Part I
B = BB* を検算すればよい。
*
*
*
*
*
(b) 0 = ( A − μ I ) v ≡ x → 0 = x x = v ( A − μ I ) ( A − μ I ) v = v ( A − μ I )( A − μ I ) v
(略証
*
((a)による) → 0 = ( A − μ I ) v = A v − μ ⋅ v 。
(別法)シュール分解 Q AQ = T を μ が T の
*
*
*
左上対角成分に集中した形にとる。すると、μ に対応する固有ベクトルは q1 ,
, qk ( k は μ の
j = 1,
, k )に対して
重複度)の一次結合として表せることがわかる。 Q の各列 q j (
A*q j = μq j が成立しているから(本文参照)、 A* v = μ v も成立する。
、 (λ1 − λ2 ) v1 v 2 = 0 を導け。■)
(c) v1 ( Av 2 ) = ( A v1 ) v 2 の各辺を別々に評価し((b)参照)
*
*
*
*
⎡a b ⎤
⎥ をその特
⎣c d ⎦
問題 7.10 ケイリー・ハミルトンの定理を 2 次行列について検算せよ: A = ⎢
⎡a − λ b ⎤
2
f (λ ) ≡ det( A − λ I ) = det ⎢
⎥ = λ − (a + d )λ + ad − bc 中の λ に代入し
c
d
λ
−
⎦
⎣
2
たものがゼロ行列に等しいこと、すなわち、 f ( A ) = A − ( a + d ) A − ( ad − bc)I = 0 が成立す
性多項式
ることを検算せよ。
問題 7.11
A を任意の n 次行列とする。ケイリー・ハミルトンの定理を用いて次を示せ:
A は A の高々 n − 1 次多項式として表せる。
(b) A の任意の多項式は高々 n − 1 次多項式として表せる。
(a)
n
A −1 は A の高々 n − 1 次多項式として表せる。
−1
−1
(d) A の任意の分数式 p ( A) ⋅ q ( A)( = q ( A) ⋅ p ( A)) ( p ( A ), q ( A ) は多項式)は A の高々
n − 1 次多項式として表せる。
(c)
n = 2 の場合は
det( A − λ I) = (λ1 − λ )(λ2 − λ ) = (λ1 − λ )λ2 − (λ1 − λ )λ = λ1λ2 − λ{λ2 + (λ1 − λ )}
ケイリー・ハミルトンの定理により、 0 = λ1λ2 I − A{λ2 I + (λ1I − A)} 。 A は可逆行列ゆえ、
det A = λ1λ2 ≠ 0 。すると、最後の式より、 I = A{λ2 I + (λ1I − A )}/(λ1λ2 ) となり、これより
(略解
n
(a) 特性方程式を A について解く。(b) (a)の応用 (c)
A −1 = {λ2 I + (λ1I − A )}/(λ1λ2 ) =
I
λ1
+
λ1I − A
が出る。右辺は A の 1 次式である。以上を一般
λ1λ2
化し、 n 次行列に対しては次式が成立することを導け:
A −1 =
I
λ1
+
λ1I − A
+
λ1λ2
+
(λ1I − A )
λ1
(λn −1I − A )
λn
■)
⎡7 2 0⎤
⎡ −1 − 4 2 ⎤
⎢
⎥
⎢
⎥
問題 7.12 実対称行列 A = 2 6 − 2 、 B = −4 − 1 2 の固有値は、それぞれ、3, 6,9 お
⎢
⎥
⎢
⎥
⎢⎣ 2 2 2 ⎥⎦
⎢⎣0 − 2 5 ⎥⎦
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よび 3,3, −6 によって与えられる(問題 7.7)
。これらの行列に対して 7.9 節の公式
λ1 +
2
n
+ λn = ∑ aij を検算せよ。
2
2
i, j
問題 7.13 相似対角化可能な行列は 2 階以上の一般固有ベクトルをもたないことを示せ。
(略証
の v ∈C
⎡λ1
V AV = ⎢⎢
⎢⎣ 0
−1
n×1
0⎤
⎥ ≡ D とする。 λ =
1
⎥
⎥
λn ⎦
= λn ≡ α の場合は、 A = α I ゆえ、任意
対して ( A − α I ) v = 0 となり、2 階以上の一般固有ベクトルが存在しないことは明ら
かである。そこで、これ以外の場合を考え、仮に ( A − λ1I )
が存在したとし、 w
= Vc = c1 v1 +
2
w = 0, ( A − λ1I )w ≠ 0 を満たす w
+ cn v n とおく。両辺に左から ( A − λ1I ) Π ( A − λk I ) を
乗じると、 Π (λ1 − λk ) ⋅ x = 0 となる。ここに、x = ( A − λ1I ) w
λk ≠ λ1
λk ≠ λ1
≠ 0 。他方、 Π (λ1 − λk ) ≠ 0
λk ≠ λ1
ゆえ、上式は x = 0 を意味する。これは矛盾である。■)
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