Wh-movement における英語・日本語・中国語比較 黒川 万緒

Wh-movement における英語・日本語・中国語比較
黒川
1.
はじめに
2.
Wh-movement におけるデータ
万緒
本論文では、英語・日本語・中国語における Wh-movement について比較し、考察する。私がこのトピックを
選択した理由は、第 2 外国語で中国語を学習しており、ゼミナールの授業で習った英語・日本語にプラスして中国
語も比較してみたいと思ったからである。このトピックを研究していくにあたり、疑問文において Wh-movement
の必要性に疑問を感じた。Wh-movement を利用しなくても疑問詞を目的語の後に置けば、日本語のように疑問文が
存在する言語もある。それにもかかわらず、英語のように Wh-movement を必ず要する言語がある。また、中国語
は英語と日本語の特徴の両方を持っている。データから見出した Wh-movement における 3 つの疑問点を明らかに
することが目的である。
このテーマを考察するために、本論文では 2 節で 英語・日本語・中国語の疑問文のデータを提示する。次に 3
節でデータのまとめを行い、Wh-movement の疑問点を指摘する。そして 4 節で先行研究のまとめを行い、5 節で仮
説を立て、データへの検証を行う。最後に 6 節でまとめとして感じたことを述べる。
2 節では各言語のデータを提示する。2.1 節で英語の疑問文、2.2 節で日本語の疑問文、2.3 節で中国語の疑問文
のデータを提示する。データは『中・日・英対照実用中国語会話』、『表現する中国語』、『プログレッシブ中国語辞
典』から引用したものである。
2.1.
英語の疑問文
この節では英語の疑問文を提示する。英語には why・where・when・how・what・who の疑問詞がある。why・
where・when・how は元位置が adjunct であり、文の要素ではない。what・who は元位置が argument であり、文の要
素である。このように文の要素の違いはあるが、英語では元位置が adjunct でも argument でも全てにおいて必ず
Wh-movement が起こる。
では、英語の疑問文をみていく。(1)から(6)はそれぞれ wh-ward が a は最上部に移動したもの、b は文中に留ま
るもの、c は元位置に留まるものである。(1)から(6)共通して a の最上部に移動したもののみが文として認められ、b・
c は非文となる。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
why
a.
Why do you meet him?
b.
*Do you why meet him?
c.
*Do you meet him why?
where
a.
Where do I change money?
b. *Do I where change money?
c.
*Do I change money where?
when
a.
When do you arrive in Beijing?
b. *Do you when arrive in Beijing?
c.
*Do you arrive in Beijing when?
how
a.
How will you spend the vacation?
b. *Will you how spend the vacation?
c.
*Will you spend the vacation how
what
a.
What do you want to eat?
b. *Do you what want to eat?
c.
*Do you want to eat what?
who
a.
Who do you meet?
b. *Do you who meet?
c.
*Do you meet who?
次の 2.2 節では日本語の疑問文をみていく。
2.2.
日本語の疑問文
この節では日本語の疑問文を提示する。日本語には why(なぜ)・where(どこ)・when(いつ)・how(どのように)・
124
what(なに)・who(だれ)の疑問詞がある。(7)から(10)は元位置が adjunct であり、文の要素ではない。(11)(12)は元位
置が argument であり、文の要素である。このように文の要素の違いはあるが、日本語では元位置が adjunct でも
argument でも全てにおいて Wh-movement は任意である。
では、日本語の疑問文をみていく。(7)から(12)はそれぞれ wh-ward が a は最上部に移動したもの、b は文中に
留まるもの、c は元位置に留まるものである。(7)から(12)共通して a・b・c それぞれ文として認められる。
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
why(なぜ)
a.
なぜあなたは彼に会うのですか?
b.
あなたはなぜ彼に会うのですか?
c.
あなたが彼に会うのはなぜですか?
where(どこ)
a.
どこで私は両替するのですか?
b.
私はどこで両替するのですか?
c.
私が両替するのはどこですか?
when(いつ)
a.
いつあなたは北京に着くのですか?
b.
あなたはいつ北京に着くのですか?
c.
あなたが北京に着くのはいつですか?
how(どのように)
a.
どのようにあなたは休みを過ごしますか?
b.
あなたはどのように休みを過ごしますか?
c.
あなたは休みをどのように過ごしますか?
what(なに)
a.
何をあなたは食べたいですか?
b.
あなたは何を食べたいですか?
c.
あなたが食べたいのは何ですか?
who(だれ)
a.
誰にあなたは会うのですか?
b.
あなたは誰に会うのですか?
c.
あなたが会うのは誰ですか?
次の 2.3 節では中国語の疑問文をみていく。
2.3.
中国語の疑問文
この節では中国語の疑問文を提示する。中国語には why( 什么)・where( 儿)・when(什么 候)・how(怎么)・
what(什么)・who( )の疑問詞がある。(13)から(16)は元位置が adjunct であり、文の要素ではない。(17)(18)は元位置
が argument であり、文の要素である。中国語では Wh-movement が起こるものと起こらないものがある。この違い
は、元位置が adjunct であるか argument であるかによるものである。
では、中国語の疑問文をみていく。(13)から(18)はそれぞれ wh-ward が a は最上部に移動したもの、b は文中に
留まるもの、c は元位置に留まるものである。まず、(13)why( 什么)は a の最上部に移動したもののみが文として
認められ、b・c は非文となる。
(13)
why(
a.
b.
c.
(14)where(
る。
(14)
儿)・(15) when(什么
where(
a.
什么)
什么
你
他?
why
you
meet him
AWhy do you meet him?C
什么
他?
*你
you why
meet
him
*你
他
什么?
you meet him
why
儿)
*在
儿
at
where
我
I
候)はそれぞれ b の文中に留まるもののみが文として認められ、a・c は非文とな
?
change money
125
我 在
儿
?
I
at
where
change money
3Where do I change money?7
c.
*我
在
儿?
I
change
money at
where
when(什么 候)
a.
*什么 候 你
是 到
北京
的?
when
you
arrive
Beijing
b.
你 是 什么 候 到
北京
的?
you
when
arrive
Beijing
3When do you arrive in Beijing?7
c.
*你 是 到
北京
的 什么 候?
you
arrive Beijing
when
b
(15)
(16)how(怎么)・(17)what(什么)・(18)who(
非文となる。
(16)
a.
b.
c.
(17)
a.
b.
c.
(18)
a.
b.
c.
)はそれぞれ c の元位置に留まるもののみが文として認められ、a・b は
how(怎么)
*怎么 假期
你
打算
?
how vacation you will spend
*假期
你
怎么 打算
?
vacation
you how will spend
假期
你
打算 怎么
?
vacation you
will how spend
3How will you spend the vacation?7
what(什么)
*什么 你
想
吃?
what you want to eat
*你 什么 想
吃?
you what want to eat
你 想
吃 什么?
you want to eat what
3What do you want to eat?7
who( )
*
你
?
who you meet
*你
?
you who meet
你
?
you meet who
3Who do you meet?7
以上が、英語・日本語・中国語の疑問文のデータである。英語では Wh-movement は必ず起こらなくてはなら
ない。日本語では Wh-movement は任意である。中国語では Wh-movement が CP の specifier に起こるもの、IP の sprit
に起こるもの、Wh-movement が起こらないものの 3 タイプがある。次の 3 節でこれらのデータから見出した問題点
を指摘する。
3.
疑問点
この節では 3.1 節で各言語のまとめ、3.2 節でデータから見出した中国語の疑問点について言及する。
3.1.
データのまとめ
3.2.
疑問点
ここでは、樹形図と表を用いて 1 節のデータのまとめを行う。英語・日本語・中国語の樹形図をまとめたもの
が(19)から(21)である。また、それぞれの疑問文で Wh-word の表れる位置をまとめたものが(22)である。
Wh-movement は英語では必ず CP の specifier に起こる、日本語では起こる必要性はないとそれぞれ一貫性があ
るにもかかわらず、中国語には一貫性がない。なぜ中国語は Wh-word の着地点が 3 通りもあるのか。そして本来
how は why と同じ CP の specifier に現れる疑問詞であるが、(22)の表だと名詞句、argument の位置に現れている。
なぜ同じ疑問詞であるにもかかわらず、how と why は異なる位置に移動しているのか。また、英語・日本語・中国
語の Wh-movement のパラメーターの違いは何なのか。以上 3 点が私の研究の疑問点である。
126
(19)
英語
(20)日本語
(21)中国語
(22)
4.
先行研究
私は先行研究として 3 本の論文を読んだ。Haegeman&Gueron(1999)の Movement and Locality、Watanabe(2001)
の Wh-in-situ Languages、Huang(1982)の Logical Relations in Chinese and the Theory of Grammar である。この 4 節でそ
れぞれの先行研究のまとめを行う。
4.1.
Phrase structure, X0-theory, Movement
Chomsky により 1970 年に導入されたのが XK理論である。specifier と
compliment が左右入れ替わることはあっても、2 つの要素を守らなければならない点は universal である。
(23)
XK theory
a.
XP (specifier)X+
b.
X+ X(compliment)
(24)
Tree Diagram
4.2.
Haegeman&Gueron (1991)
(25)
Locality (局所性): 移動変形(movement transformation)のようにある限られた領域内でのみ適用可能なものが
あり、その過程には局所性がみられる。特にこの局所性の問題に関与するのが、subjacency condition (下接
の条件)を中心的原理とする境界理論(bounding theory)である。
ここでは、Haegeman&Gueron(1999)の Movement and Locality をまとめる。Haegeman&Gueron(1999)では主に
Wh-movement の可否を左右する Locality(局所性)について言及している。Locality とは原口・中村(1992)に次のよう
に示されている。
以下では、例文を使いながら Locality を説明していく。(26)は全て Locality を守っている。
(26)
a.
b.
c.
d.
I asked [CP whomi [IP they will meet ti tomorrow]].
I asked [CP whomi [IP they think [CP that [IP they will meet ti tomorrow]]]].
I asked [CP wheni [IP they will meet Marry ti]].
I asked [CP wheni [IP they think [CP that [IP they will meet Marry ti]]]].
127
疑問文において wh-ward は CP specifier に移動する。wh-phrase は段階を踏んで高い CP specifier に移動し、Locality
は各 CP でかかる。(26b,d)は一見すると間の CP specifier に that があり段階を踏んで移動ができず、long distance
movement (長距離移動)が起こり subjacency 違反のように思える。しかし実際 that は CP の head なので CP specifier
は空いており段階を踏んで移動ができるため Locality に違反していない。(26)のような Locality を守っている文を一
般化すると以下の樹形図(27)になる。
(27)
(29) *
一方で(28)は全て Locality に違反している。
(28)
a
b.
c.
d.
e.
??
??
*
*
*
I asked [CP whomi [IP they wonder [CP whether [IP they will meet ti]]]].
I asked [CP whomi [IP they wonder [CP whenj [IP they will meet ti tj]]]].
I asked [CP howi [IP they wonder [CP whether [IP they will meet Mary ti ]]]].
I asked [CP howj [IP they wonder [CP whomi [IP they will meet ti tj]]]].
I asked [CP howj [IP they wonder [CP wheni [IP they will meet Mary ti tj]]]].
(28,a-e)は whom/how が間の CP spec に whether/when/whom があるため最も高い CP specifier へ段階を踏んで移動がで
きず、Locality に違反している。Locality を守れないため long distance movement がおこり subjacency 違反を起こして
いる。(28)のような Locality を守っていない文を一般化すると以下のような樹形図(29)になる。以上のことから明ら
かなように Wh-movement の 1 つの特徴は Locality に左右されることである。
Haegeman&Gueron(1999)では Island についても言及している。Island とは原口・中村(1992)に次のように示され
ている。
(30)
Island(島): 一般的には、移動にによる要素の取り出しが不可能である領域をさす。Island の例としては、
Wh-island、negative island、complex NP-constraint、subject condition などがある。
まずは wh-island について説明する。wh-island を式化すると(31)になり、この式に疑問文を当てはめると(32)になる。
(31)
(32)
?? Wh-phraseiV[CP wh-phraseV [tiV]]
* Whati did Bill wonder [CP when John ate ti]?
間の CP specifier に wh-phrase が存在するため、もう一つの wh-phrase が段階を踏んで最上部の CP specifier に移動で
きないため非文となる。
ここからは negative island について説明する。
(33)
(34)
(35)
a.
b.
a.
b.
a.
b.
Why did you say that Bill will be fired?
Why did you not say that Bill will be fired?
Why did you say t [CP that Bill will be fired]?
Why did you say [CP that Bill will be fired t]?
Why did you not say t [CP that Bill will be fired]?
* Why did you not say [CP that Bill will be fired t]?
(33a)には(34a,b)のふたつの解釈がある。この 2 つの文は why のかかる位置が異なる。a の why は say にかかり「な
ぜ言ったのか」という意味になり、b の why は be fired にかかり「なぜ解雇されるか」という意味になる。a・b 共
に wh-phrase の抜き出しに問題はない。一方で、(33b)には(35a)の解釈しかない。(35b)は一見すると、CP spec が空
いているので Locality を守っているように思われるが not の介入により negative island が形成されており、Island か
らの wh-phrase の抜き出しは認められないので非文となる。
(31)の Wh-island の式は、結局のところ Locality について言っている。要するに、Island の解釈=Locality である
と考えられる。Locality さえ定義されていれば、Island も long distance movement も説明できるのでとても有効であ
128
る。しかし、(35)で示した通り negative island だけは Island の解釈を必要とする。
以上 Haegeman&Gueron(1999)から、Wh-movement は one step で最上部の CP-specifier に動くのではなく段階的
に途中の CP-specifier を経由しなければならないこと、この必然性は Locality によるものであること、Locality
condition さえあれば Island も long distance movement も説明できることが分かった。
4.3.
Watanabe (2001)
ここでは、Watanabe(2001)の Wh-in-situ Languages をまとめる。Watanabe(2001)は Huang(1982)の主張を基にして
いる。Huang(1982)は Wh-in-situ に対し移動を使った接近法として Wh-movement は起こる場所が異なるだけで
universal(普遍的)に起こるということを主張している。英語は D-st から S-st の overt syntax で起こり、日本語・中国
語は LF(論理形式)で起こる。これを図式化したものが(36)である。
(36)
この Hung(1982)の考えに沿って Watanabe(2001)の論文は展開されている。
ここからは overt movement と LF movement がどのようにして同じようにふるまうのかをみる。
(37)
(38)
a. ?? Who is he reading a book that criticizes t?
b. ?? What do you remember where we bought t?
a.
彼は[誰が書いた]本を読んでいるの?
UIs he reading a book that who wrote?V
b. ?? [何をどこで買ったか]覚えているの?
UWhat do you remember where we bought?V
それぞれ(37a)と(38a)が対応し(37b)と(38b)が対応している。同じ構造であるのに英語の(37a)は非文になり、日本語
の(38a)は文として認められる。(37a)は complex NP constraint(複合名詞句制約)に違反しているため非文、(37b) は
wh-Island からの抜き出しのため非文である。(38a)は Wh-phrases の抜き出しではなく、全体の complex NP の移動(随
伴)であるため認められる。(38b)が非文になる理由は crossover(交差)、binding の問題のためである。
それぞれの言語において Locality(局所性)がかかる度合いが異なる(英、日、中の順に強い)が、どの言語におい
ても Locality を守らなければならない点で同じである。よって LF movement と Overt movement は類似している。
次に同じ Wh-in-situ Language である中国語と日本語の相違をみる。
(39)
(40)
(41)
?? 何をどこで買ったか覚えているの?
UWhat do you remember where we bought?V
b.
你 想知道 我
什么
什么?
you wonder I
why
buy what
0What do you wonder why I bought?3
a. *? だれもが何を買ったの?
b.
每个人
都
了
什么?
everyone all buy-Perf what
0What did everyone buy?3
a.
[cp Opx [IPFwh(x)F]]
(39a)日本語も(39b)中国語も Wh-in-situ Lunguage であり、文の構造も同じであるにもかかわらず(39a)日本語では非文
になり、(39b)中国語では文として認められる。それは(41)の Operator は日本語では Wh-句との関連が不可能、中国
語では関連が可能という理由のためである。(40a,b)も同様である。
以上 Watanabe(2001)より、Wh-movement は universal であり、日本語でも Wh-movement は生じること、Island
や移動の制約がかかる場所は各言語で異なること、Locality がかかる度合いは英語>日本語>中国語の順であること
が分かった。
4.4.
Huang (1982)
ここでは Huang, C.T. James (1982)の Logical Relations in Chinese and the Theory of Grammar をまとめる。まず、本
論文で重要となる LF(論理形式)という解釈レベルがなぜ必要なのかみていく。
129
(42)
Every boy loves a girl.
この文には二つの解釈がある。それが(43)と(44)である。
(43)
(44)
(43)は(42)の S-structure の樹形図である。every boy が a girl より高い位置にある。つまり every boy が a girl を scope over
している。この場合の意味解釈は複数の男の子にそれぞれ一人ずつ愛している女の子がいるということである。一
方で(44)は(42)の LF の樹形図である。a girl が every boy より高い位置にある。つまり a girl が every boy を scope over
している。この場合の意味解釈は複数の男の子がたった一人の女の子を愛しているということである。
Scope 関係は高さで決まるので、QR(Quantifier raising)が起こる。QR が起こることで 2 つの解釈がでる。
Quantifier(数量詞)には 2 つの解釈があることを説明するために LF という解釈レベルが必要である。
次に Mapping hypothesis について説明する。Mapping hypothesis とは意味は構造を投射するということである。
構造は Restrictor(∼に関して)と Matrix(∼である)の部分に分けられ、構造の場所の違いが意味の違いに相当する。
主語 NP は D-st で VP internal subject hypothesis に従い projection principle を満たすために VP spec に現れる、格をも
らうために S-st で IP spec へ移動する。これが Mapping hypothesis である。これを樹形図で表すと以下(45)のように
なる。
(45)
(49)
Mapping hypothesis は①Restrictor にあがる②格をもらうという、①semantics の理由②syntax の理由の両方からで
あり、妥当性を検証する必要がないと Huang は考えている。
次に Mapping hypothesis を用いて、Quantifier と Wh-word の LF movement を説明する。まず Quantifier の例をみ
る。
(46)
(47)
(48)
Everybody arrived.
[IP [everybody] i [VP ti arrived]]
[IP [All x; x a person] i [VP x arrived]]
(46)は S-st 表現、(47)は(46)の LF 表示、(48)は(46)の意味を表す論理式である。(46)を樹形図で表すと以下(49)のよう
になる。
次に Wh-word の例をみる。
(50)
(51)
(52)
Who arrived?
[Whoi [ti arrived]]?
[[Which x; x a person] [x arrived]]
(50)は S-st 表現、(51)は(50)の LF 表示、(52)は(50)の意味を表す論理式である。(50)を樹形図で表すと以下(53)のよう
になる。
130
(53)
(49)の Quantifier と(53)の wh-word は、構造的には 495)は A-movement のみ、(53)は A-movement と A:-movement の
二段階の移動が起きている点で異なるが、意味を満たす点では同じことが起きている。
(54)
(55)
(56)
John arrived.
# The table arrived.
# John found a map yesterday.
(54)から(56)は(50) Who arrived? の答えにあたる文である。(54)は(56)の答えとして認められる一方で、(55)は
(52)[[Which x; x a person] [x arrived]]の x a person の形を守っておらず、Restrictor に違反しているため答えとして認め
られない。(56)は(52)[[Which x; x a person] [x arrived]]の x arrived の形を守っておらず、Matrix に違反しているため
答えとして認められない。(55)も(56)も文法的には正しいのに答えとして認められないのは意味の点からであり、こ
れが wh-word は Quantifier と同じく operator であるということを立証している。
次に、中国語の Wh 疑問文について検証していく。
(57)
(58)
(59)
Zhangsan
wei wo
[shei
mai-le
shu]]
ask I
who buy-ASP book
WZhangsan asked who bought books.:「Zhangsan は誰が本を買ったか尋ねた。」
[Zhangsan xiangxin [shei mai-le
shu]]?
believe
who buy-ASP book
WWho does Zhangsan believe bought books?:「Zhangsan は誰が本を買ったと信じているの?」
[Zhangsan zhidao [shei mai-le
shu]]?
know who buy-ASP book
a. WWho does Zhangsan know bought books?:
LF での解釈「Zhangsan は誰が本を買ったか知っているの?」
b. WZhangsan knows who bought books.:
S-st での解釈「Zhangsan は誰が本を買ったか知っている。」
who の位置が埋め込み節の CP spec にある点で同じであるのにもかかわらず、(57)には平叙文の解釈のみ、(58)には
疑問文の解釈のみ、(59)には b の S-st ででる平叙文の解釈と、a の LF ででる疑問文の解釈があるという相違がある。
中国語の Wh-movement が LF で起こるというのは、(59)に a の解釈があることと、scope 関係の逆転現象があるとい
う根拠が挙げられる。(57)から(59)を一般化すると(60)の樹形図になる。
(60)
131
who と動詞の scope 関係によって平叙文か疑問文か決まる。さらに中国語において LF で移動が起こるかどうかは動
詞により異なる。動詞は以下(61)の 3 タイプに分けることができる。
(61)
Interrogative verbs (wen 8ask: / xiang-zhidao 8wonder:)
Non-interrogative verbs (xiangxin 8believe: / tongyi 8agree:)
Optional interrogative verbs (zhidao 8know: / jide 8remember:)
:
:
:
[+ ___ [+wh]]
[+ ___ [-wh]]
[+ ___ ([+wh])]
Interrogative verbs は VP の補部に wh-word を持たなければならない動詞、Non-interrogative verbs は VP の補部に
wh-word を持ってはならない動詞、Optional interrogative verbs は VP の補部に wh-word を持っても持たなくてもよい
動詞である。
(59)の wh 疑問と(62)の quantifier では全く同じ議論が行える。
(62)
John believes that someone bought the book.
この quantifier の文には以下の二つの解釈がある。
(63)
ジョンはある人が本を買ったということを信じている。
ジョンは誰かが本を買ったということを信じている。
a.
b.
LF での解釈
S-st での解釈
(62)を樹形図にすると以下のようになる。
(64)
(60)の wh-word と(64)の quantifier の樹形図は全く同じ構造であり、中国語における Wh の LF 移動と QR が同じ移動
関係であるといえる。
以上 Huang(1982)から、Wh-movement は起こる場所が異なるだけで universal(普遍的)に起こること、Wh-word
は Quantifier と同じく scope をとる operator であること、A: -movement は意味の要請で起こり、その理由は Mapping
hypothesis によるものだということ、中国語の Wh-movement が LF で起こるという根拠は、(59)に a の解釈があるこ
とと、scope 関係の逆転現象によるものであることが分かった。
5.
仮説
疑問を解くために 3 つの仮説を用いる。1 つ目は、先行研究で扱った Huang(1982) の`Wh-movement は起こる
場所が異なるだけで全ての言語で普遍的に生じるaというもの。これを大前提として疑問点にアプローチしていく。
2 つ目は、Haegeman&Gueron(1999)の The Split-INFL hypothesis である。3 つめは、Adverb phrase、`副詞は句構造を
とり、階層により意味が異なるパラメーターがあるaというものである。この節では 2 つ目、3 つ目を詳しくみてい
く。
5.1.
Haegeman&Gueron (1991)
まず、英語・日本語にはない中国語特有の IP-split にとどまる wh-movement はどのようなものかという問いに
対して、Haegeman&Gueron (1999) の The Split-INFL hypothesis を用いて明らかにしていく。
The Split-INFL hypothesis はフランス語の特徴的な否定・時制・人称を説明するために Pollpck(1989)によりたて
られた。フランス語の否定は ne と pa の 2 つからなる。
132
(65)
a.
Elle n.a pas mange
she ne has not eaten
6she has not eaten.7
N.a-t-elle pas mange?
ne has she not eaten
6Has she not eaten?7
*A-t-elle ne pas mange?
b.
c.
フランス語の否定文は従来の syntax の構造では説明できない。そこで Pollpck は以下の構造(66)を仮定した。
[AGRP [NP] AGR [NegP pas [Neg. ne] [TP T [VP Adv [VPL]]]]]
(66)
AGRP と TP が分けられる理由は、フランス語において時制と人称が独立した形態素であり、1 つの場所で時制と人
称の両方の情報を得ることができないからである。このことを示すのが(67)、(68)である。
(67)
a.
b.
c.
NP
je
tu
il
speak
V
parl
parl
parl
PAST
T
AGR
ai
s
ai
s
ai
t
person + number
a.
b.
c.
NP
je
tu
il
speak
V
parl
parl
parl
FUT
AGR
T
er
ai
er
as
er
a
person + number
(68)
この Split-INFL hypothesis が英語にも適用できるか検証する。
(69)
John kisses Mary.
上記のように英語にも Split-INFL hypothesis が適用できる。
ここで私は、AGRP の specifier と TP の specifier が A-movement の着地点であるという仮説をたてる。同時に
この仮説は NegP の specifier が A.-movement の着地点であるということを示すことになる。なぜなら、バリア 2 つ
を越えてしまう Subjacency 違反を逃れるため、途中の spec によらなければならないが、AGRP の spec と TP の spec
は A-movement の着地点として埋まっているため、NegP の spec にしかよる場所がないからである。
5.1.1.
データへの検証
NegP の specifier を A.-movement の着地点、つまり wh-movement の着地点と仮定し、この仮説が中国語の IP-split
にとどまる wh-movement を説明できるか検証する。
(70)
a.
shenmeshihou (when)
Ni
shenmeshihou
bu xue
zhongwen?
you
when
not study
Chinese
6When don.t you study Chinese?7
133
b.
c.
d.
(71)
a.
b.
c.
d.
*Ni
bu
shenmeshihou
you not
when
bu
Ni shenmeshihou
you
when
not
?When donAt you attend the class?B
*Ni
bu shenmeshihou
you not when
nar (where)
bu
mai
Ni zai
nar
You at
where
not
buy
xue
study
qu
attend
zhongwen?
Chinese
shangke?
class
qu
attend
shangke?
class
yifu?
clothes
?Where donAt you buy clothes?B
mai yifu?
*Ni
zai
bu
nar
you at not where
buy clothes
bu
young
che?
Ni
zai nar
you at where
not use car
?Where donAt you use a car?B
young
*Ni
zai bu
nar
you at not where use
car
(72)
che?
(70)、(71)を一般化すると(72)の樹形図になる。以上の通り shenmeshihou (when)も nar (where)もどちらも wh-word
+Negation の順であり、NegP の specifier を wh-movement の着地点とする仮説にぴったりと当てはまった。以上に
より 1 つ目の疑問点が説明できた。
5.2.
副詞の意味の違い
次に、中国語の疑問文において意味的に類似している why・how がそれぞれ違う位置に現れているのはなぜか
という問いに対して、Adverb phrase を用いて明らかにしていく。
この疑問に対し、まず why・how の平叙文をみる。
(73)
because (yinwei)
you zuoye,
wo
jian
ta.
a. Yinwei
because of have homework
I
meet him
?Because of the homework, I met him.B
b. Wo jian ta
yinwei you zuoye.
I
meet him
because of
have
homework
?I met hom because of the homework.B
(74)
busily (mang)
guo
de.
a. *Hen mang wo jiaqi
very busily I
vacation
spend
?Busily I spent my vacation.B
b.
Wo jiaqi
guo
de hen mang.
I
vacation
spend
very busily
?I spent my vacation busily.B
(73)の why の平叙文にあたる because は文頭でも文中でも文としと成り立つ。しかし、(74)の how の平叙文にあたる
busily は文末では文として成り立つが、文頭では非文となる。
(75)
上記(75)のように同じ副詞と言っても、副詞の場所によって文として認められるもの、認められないものがあり、
一括りにはできない。副詞の意味(理由、様態、時など)によって統語論的に構造が異なる。ここで、それぞれの副
詞のふるまいを説明するために Adverb Phrase を仮定する。
5.2.1.
Adverb Phrase
授業では、副詞は phrase(節)を持たないと習ったが、私は副詞が節を持てると考え、Adverb Phrase を仮定する。
Adverb Phrase とは以下の通り説明できる。
134
(ⅰ)
(ⅱ)
(ⅲ)
(ⅳ)
Adverb は Phrase をつくる。
Adverb Phrase 内の階層は理由→時・場所→様態の順である。
Adverb Phrase が A -movement の適用を受ける時、移動の階層と派生レベルが対応する。
(ⅱ)はパラメーターである。
これを樹形図にしたものが以下(76)である。
(76)
5.2.2.
データへの検証
5.2.1 節の仮説が自分の疑問のデータを説明できるか検証していく。
(77)
什么
你
why
you
meet
2Why do you meet him?6
他?
him
(78)
我 在
儿
?
I at
where change money
2Where do I change money?6
(79)
假期
你 打算 怎么
?
vacation
you will how spend
2How will you spend the vacation?6
135
(80)
you
meet
who
.Who do you meet?2
how と what・who において head と how・what・who がそれぞれ sister 関係をとっているということ、階層の一番下
であることが共通している。以上により 2 つ目の疑問点が説明できた。
次に英語・日本語・中国語の Wh-movement のパラメーターの違いは何なのかという問いに対して、Adverb phrase
仮説の.( )はパラメーターである。2を用いて明らかにしていく。
(81)
英語
(82) 日本語
(83) 中国語
英語は wh-word が必ず全て理由の位置に表れる。時・場所や様態の位置に表れることは認められない。日本語は
wh-word が理由、時・場所、様態どこに現れてもよい。中国語は wh-word が意味によって入る場所が指定されてい
る。それぞれ why は理由の位置、when・where は時・場所の位置、how は様態の位置と決まっている。副詞が節を
つくるという Adverb Phrase 仮説により、3 つ目の疑問点も説明できた。
6.
まとめ
2 年次の一番初めは中国語の Wh-movement に対する疑問だけだったものが、研究をすすめていくうちに、副詞
の意味の違い、各言語の Wh-movement におけるパラメーターの違いというところまで掘り下げることができ、単
なる各国語文法の記述だけではなく普遍的な言語能力の考察に繋げることができた。1つ解決するごとにまた新た
な疑問がうまれ、論文の内容が深くなっていくのを感じ研究するのがとても楽しかった。また、初期の研究では
Wh-movement は universal なものではなく、何か特別な制約がかかったときのみ生じるものだと仮定していた。しか
し Huang(1982)に よ り 、 中 国 語 は 語 順 が 確 定 し た 後 の LF で Wh-movement が 生 じ る と い う デ ー タ に よ り 、
Wh-movement は universal なものなのだと考えを変えるに至った。この論文が、Wh-in-situ と考えられていた言語も
実際には移動が起きていることを明らかにした点で、私にとって最も面白い先行研究であったし、最も価値のある
論文であった。Huang のデータにより、どれだけデータが重要かを実感できた。
2 年次に卒業論文のテーマを決めデータ収集、3 年次に先行研究、4 年次に仮説から検証へと課題に取り組むう
ちに、最初は全く分からなかった論文の読み方や、タイムマネジメント、準備の仕方が分かるようになり、計画性
が身に付いた。何度も何度も失敗をし、なかなか成長できないことに落ち込むことも多かったが、失敗を修正でき
たとき、少しずつでも変化していることに喜びを感じた。このゼミナールを通して成長できたと心から思う。ゼミ
ナールを通して得た力はこれから社会人になっても活かせるものであると思うと同時に、この頑張りを思い出して
時間がかかってでも諦めず挑戦し続けていきたい。田中拓郎先生をはじめ、ゼミナールの先輩、同輩、後輩に感謝
したい。ありがとうございました。
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参考文献
・Akira Watanabe (2001). 4Wh-in-situ Language; , in Mark Baltin and Chris Collins (eds.), The Handbook of Contemporary pp.
203-225. Wiley-Blackwell
・原口庄輔/中村捷(1992) チョムスキー理論辞典 研究社
・Haegeman, Liliane and Jacqueline Gueron (1999). 4Movement and Locality; in English grammar: a generative perspective.
pp. 169-199 Wiley-Blackwell
・Haegeman, Liliane and Jacqueline Gueron (1999). 4Functional projections and the Split-INFL hypotheses; in English
grammar: a generative perspective. pp. 306-324 Wiley-Blackwell
・Huang, C.-T. James (1982). Logical relations in Chinese and the theory of grammar. Ph.D. dissertation, Massachusetts
Institute of Technology.
・林芳(1982)
『中・日・英対照実用中国語会話』 白水社
・武信彰(2004) 『プログレッシブ中国語辞書』 小学館
・楊凱栄・張麗群(2005) 『表現する中国語』 白帝社
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