日本フランス語フランス文学会 2012 年度秋季大会

日本フランス語フランス文学会
2012 年度秋季大会
2012 年 10 月 20 日(土)
・21 日(日)
会 場: 神戸大学六甲台キャンパス 〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1−1
第一日 10 月 20 日(土)
受 付 12 : 00 〜 14 : 00 六甲ホール
14 : 00 〜 16 : 30 理学部
会場:六甲ホール
開会式 13 : 00 〜 13 : 25
司会
神戸大学 岩本 和子
開会の辞
神戸大学 松田 浩則
開催校代表挨拶
神戸大学学長 福田 秀樹
会長挨拶
京都大学名誉教授 吉川 一義
特別講演 I 13 : 30 〜 14 : 30
第二日 10 月 21 日(日)
受付
9 : 30 〜 12 : 00 理学部
13 : 00 〜 16 : 00 六甲ホール
会場:理学部
ワークショップ 1-4 10 : 30 〜12 : 30
会場:六甲ホール
特別講演 II 13 : 30 〜 14 : 30
Eric FAYE (écrivain, lauréat du Grand Prix du roman
de l’Académie française en 2010)
« Julien Gracq, électron libre dans la littérature française »
司会 Christophe GARRABET(近畿大学非常勤講師)
William MARX (Université de Paris-X)
« Œdipe au Japon, ou ce que le nô fait à la tragédie
grecque »
司会 山田 広昭(東京大学)
特別講演 III 14 : 45 〜 15 : 45
清水 徹(明治学院大学名誉教授)
「ヴァレリーと女たらし」
司会 松田 浩則
会場:理学部
研究発表第 1 部 14 : 40 〜 16 : 20
研究発表第 2 部 16 : 30 〜 17 : 35
懇親会 18 : 30 〜 20 : 30
会場:ANA クラウンプラザホテル神戸
(10 F ザ・ボールルーム)
〒650-0002 神戸市中央区北野町 1 丁目
tel:078-291-1121
* 会場へのアクセス:文学部前ロータリーより
送迎バス 17 : 50 , 17 : 55 , 18 : 00 の3便
☆ 研究会 10 : 00 〜 12 : 00
総 会 15 : 55 〜 16 : 35
議長 増田 真(京都大学)
閉会式 16 : 35 〜 16 : 45
会長挨拶
吉川一義
閉会の辞
松田 浩則
大会本部:神戸大学大学院人文学研究科・文学部
フランス文学研究室
tel / fax : 078 803 5551
mail : [email protected]
当日連絡先:tel / fax : 078 803 5551
・大会費は同封の振込用紙にて、10 月 1 日(月)
までにお振込みください。
・大会参加にあたり、招請状の必要な方は学会
事務局までご請求ください。
・各種委員会および役員会につきましては、学
会事務局よりご連絡いたします。
一般控室:Z 401 / Z 402
賛助会員展示場:Z 103 / 六甲ホール
大会費:1,000 円
昼食:両日とも学内食堂はお休みです。大学近辺
に飲食店、コンビニ等はほとんどありませんの
で、お弁当(各 1,000 円)をご用意いたします。
ご希望の方はお申し込みください。
日 本 フ ラン ス 語 フ ラ ン ス 文 学 会 2012 年 度 秋 季 大 会
研究 発表 プロ グラ ム 10 月 20 日(土)午 後
A 会場
Z102
教室
B 会場
Y101
教室
第 1 部 14:40 〜 16:20
語 学 1・ 中 世
司 会 : 井 元 秀 剛 (大阪大学)
1. 時を表す副詞節と半過去 ― 談話的時制解釈の観点から
高 橋 克 欣 (京都外国語大学非常勤講師)
第 2 部 16:30 〜 17:35
語学 2
司 会 : 曽 我 祐 典 (関西学院大学)
1. Le contextualisme est-il une menace pour la
compositionnalité ? : Composition et articulation
酒 井 智 宏 (跡見学園女子大学助教)
2. 接頭辞 RE の本質的機能
山 本 香 理 (関西学院大学非常勤講師)
司 会 : 瀬 戸 直 彦 (早稲田大学)
3.『ピエール二世の時祷書』
(フランス国立図書館ラテン語 1159 番)
に読む祈りの表象
田 辺 め ぐ み (帝塚山学院大学非常勤講師)
18 世 紀 ・ 19 世 紀 1
司 会 : 真 部 清 孝 (慶應義塾大学)
1. ジュスティーヌ・ジュリエット物語における唯物論的世界観
― ラ・デュランの役割について
鈴 木 球 子 (パリ第 4 大学博士課程)
司 会 : 稲 垣 直 樹 (京都大学)
2. ユゴーにおける詩と旅の風景 ― 1825 年のスイス旅行を中心として
中 野 芳 彦 (東京大学大学院博士課程)
2. 言語表現における「認知的コスト」とは何か
― 移動表現におけるジェロンディフの頻度と統合度の観点から
守 田 貴 弘 (東京大学助教)
19 世 紀 4
司 会 : 吉 田 典 子 (神戸大学)
1. ウージェーヌ・シュー『パリの秘密』における隠語の使われ方に
ついて
梅 澤 礼 (日本学術振興会特別研究員 PD)
2. ゾラの後期作品における「予告」:転換期としての『三都市』
中村
翠 (パリ第 3 大学博士課程修了)
3. シャトーブリアンの旅行記作品における主題としての「時間」
野澤
C 会場
Y103
教室
D 会場
Y201
教室
督 (慶應義塾大学非常勤講師)
19 世 紀 2
19 世 紀 5
司 会 : 畠 山 達 (日本大学)
1. ボエーム・ボードレール?
佐 々 木 稔 (名古屋大学大学院博士課程)
2. サバティエ夫人の彫像をまわる二人の詩人
― ゴーティエを皮肉るボードレール
小 倉 康 寛 (一橋大学大学院博士課程)
3. ボードレール散文詩作品における詩的枠組の所在
廣 田 大 地 (大谷大学助教)
19 世 紀 3 ・ 20 世 紀 1
司 会 : 寺 本 成 彦 (東北大学)
1. ランボー・破壊と創造の詩学
―『地獄の季節』
「錯乱Ⅱ-言葉の錬金術」を中心に
深 井 陽 介 (立命館大学嘱託講師)
司 会 : 高 橋 信 良 (千葉大学)
1. ジャン・ジュリアンと『芸術と批評』
― 19 世紀末演劇論における自然主義と象徴主義
中 筋 朋 (日本学術振興会特別研究員 PD)
司 会 : 中 野 知 律 (一橋大学)
1. ある共同体における連帯 ― ジッドの「ティティルの挿話」について
森 井 良 (早稲田大学大学院博士課程)
2. ヴァレール・ノヴァリナの祝祭と 68 年 5 月
2. 模倣と進歩 ― ロートレアモンとガブリエル・タルド
西 川 葉 澄 (国際基督教大学特任講師)
20 世 紀 6
2. プルーストとピエール・ロティ
福 田 桃 子 (東京大学研究員)
― 第一作『飛ンデモ工房』を中心に
井 上 由 里 子 (京都精華大学非常勤講師)
E 会場
Y202
教室
20 世 紀 2
司 会 : 川 神 傅 弘 (関西大学)
1. ジョルジュ・ベルナノスの『良俗派の大恐怖』における父性について
谷 口 智 美 (大阪大学非常勤講師)
2. サルトルのキルケゴール論 ―「単独的普遍」の解釈をめぐって
南
F 会場
Y203
教室
G 会場
Z301
教室
H 会場
Z302
教室
コ ニ ー (神戸大学非常勤講師)
20 世 紀 3
20 世 紀 7
司 会 : 齊 藤 哲 也 (明治学院大学)
1. アンドレ・ブルトンとウリ ― 詩篇「ウリ」精読
前 之 園 望 (宇都宮大学専任講師)
司 会 : 星 埜 守 之 (東京大学)
2. 1930 年代におけるトリスタン・ツァラとアンドレ・ブルトン
有 馬 麻 理 亜 (近畿大学特任講師)
20 世 紀 8
司 会 : 西 村 和 泉 (名古屋芸術大学)
1. サミュエル・ベケットにおける見るものと見られるものの相克
宮 脇 永 吏 (学習院大学大学院博士課程)
2. ベケット『クラップの最後のテープ』における聴取
高 山 典 子 (東京大学大学院博士課程)
3. <境界>の思考
― ベケットのプルースト論における<リアリティ>の問題
菊 池 慶 子 (早稲田大学助手)
20 世 紀 4
司 会 : 小 田 中 章 浩 (大阪市立大学)
1.「不条理劇」における言語の探求
― ベケット・イヨネスコにおける文字と声の問題
鈴 木 哲 平 (東京理科大学非常勤講師)
司 会 : 塩 塚 秀 一 郎 (京都大学)
1. レーモン・クノーの小説作品における時間概念
加 藤 美 季 子 (パリ第 3 大学博士課程修了)
2. レイモン・クノー『聖グラングラン祭』における“弁証法”
大 熊 陽 子 (青山学院大学大学院博士課程)
司 会 : 彦 江 智 弘 (横浜国立大学)
1. 一回目のように語ること
― ミラン・クンデラ『ジャックとその主人』における変奏
篠 原 学 (東京大学大学院博士課程)
2. L.-F. セリーヌにおける大衆文化への郷愁とメランコリーの詩学
杉 浦 順 子 (神戸大学非常勤講師)
20 世 紀 10
20 世 紀 5
司 会 : 神 田 修 悦 (関西外国語大学)
1.「サガネスクモチーフ」としての音楽
西 岡 杏 奈 (甲南女子大学研修員)
2. ロブ=グリエとラウシェンバーグの『表面の疑わしき痕跡』におけ
る創造的平面性
的 場 寿 光 (神戸大学非常勤講師)
2. 演劇とデモクラシー ― ジャン・ジロドゥと演出家ルイ・ジューヴェ
による政治演劇の創造
田 ノ 口 誠 悟 (早稲田大学大学院博士課程・学振 DC)
20 世 紀 9
司 会 : 木 下 誠 (兵庫県立大学)
1. Segalen et les synesthésies — entre médecine et poésie
L EBLON D A UDE (青山学院大学准教授)
2. ミシェル・トゥルニエ作品における同時代史と解釈
— 「幻想」文学としての『魔王』
『メテオール』
北 村 直 子 (同志社大学非常勤講師)
日本フランス語フランス文学会 2012 年度秋季大会
特別講演 I 要旨
10 月 20 日(土)午後 13 : 30 〜 14 : 30
« Œdipe au Japon, ou ce que le nô fait à la tragédie grecque »
William M ARX (Université de Paris-X)
En quoi la littérature japonaise peut-elle aider à comprendre la littérature européenne ?
On s’attachera ici à tenter l’expérience sur la tragédie grecque. De celle-ci l’on croit en
général savoir beaucoup : on a lu des pièces antiques, on les a aimées, on les a vu
représenter, on est allé en Grèce visiter les théâtres d’Athènes et d’Épidaure. Et pourtant
l’on n’y peut rien comprendre, car notre conception moderne de la littérature et du théâtre
brouille tous les repères et bloque l’accès à des réalités perdues. À dix mille kilomètres
d’Athènes, cependant, et à près de deux mille ans d’intervalle, il s’est créé un théâtre qui,
sans avoir aucun lien historique avec la tragédie, possède de nombreux traits communs avec
celle-ci : le nô. La comparaison de ces deux incomparables peut permettre, sinon de mieux
comprendre la tragédie, du moins de mesurer la distance qui nous en sépare. Ainsi, s’il es t
vrai qu’Œdipe est venu mourir à Colone, comme le raconte Sophocle, il existe un autre
Œdipe purement japonais qui, quant à lui, a marqué la mémoire du Kansai. La
confrontation de ces deux Œdipes révélera l’importance pour nous déconcertante que le nô
comme la tragédie accordent aux lieux géographiques. À bien des égards, les pièces de
Zeami sont plus proches de la tragédie grecque que ne le sont les tragédies de Corneille ou
de Racine.
主 要 著 作 : Naissance de la critique moderne. La littérature selon Eliot et Valéry (1889-1945), Artois
Presses Université, 2002 : L’adieu à la littérature. Histoire d’une dévalorisation (XVIII e -XX e
siècle), 2005 ; Vie du lettré, 2009 ; Le tombeau d’Œdipe. Pour une tragédie sans tragique, 2012,
Éditions de Minuit.
特別講演 II 要旨
10 月 21 日(日) 午後 13:30 〜 14:30
« Julien Gracq, électron libre dans la littérature française »
Eric F AYE (écrivain)
その作品においても、フランス文壇における立ち位置においても特異の存在であったジュリ
アン・グラックを語りつつ、おのれの小説技法を明らかにする 。
主 要 著 作 : Je suis le gardien du phare, José Corti, 1997 (Prix des Deux Magots) : Croisière en mer des
pluies, 1999 (Prix Unesco-Françoise Gallimard) ; L’Homme sans empreintes, 2008 (Prix
François-Billetdoux) ; Nagasaki, 2010 (Grand Prix du roman de l’Académie française),
Stock.
研究会
Y103
10 月 20 日(土) 午前 10:00 〜 12:00
ラブレー・モンテーニュ・フォーラム
Y202
未定
Y201
ジョルジュ・サンド研究会
未定
日本マラルメ研究会
未定
Y203
日本カミュ研究会
カミュ『異邦人』とサルトル「壁」
松本陽正(広島大学)
3.11 か ら 読 み 直 す『 ペ ス ト 』と ア レ ゴ リ ー
の力
三野博司(奈良女子大学)
日本フランス語フランス文学会 2012 年度秋季大会
ワークショップ要旨 10 月 21 日(日)午前 10:30 〜 12:30
ワークショップ 1
Y201
ル ソ ー か ら の 読 解 ― 18 世 紀 の 語 る も の
ワークショップ 2
Y103
「文学的なもの」の身分規定をめぐって
― ポール・ベニシュー『作家の聖別』翻訳出版を機に
コーディネーター:阿尾 安泰(九州大学)
パネリスト:熊本 哲也(岩手県立大学)
増 田 真 ( 京 都 大 学 )、 宮 本 陽 子 ( 広 島 女 学 院 大 学 )
2012 年 は ル ソ ー 生 誕 300 年 に あ た る 。ル ソ ー は 、音 楽 、言
語、政治、演劇、文学などの分野で活動したが、その領野は
共通する問題意識により緊密に結びつけられている だけでな
く、同時代の知のさまざまな側面とも密接に関連している 。
そ こ に 認 め ら れ る の は 、ダ イ ナ ミ ズ ム を 持 っ た 18 世 紀 の 知 の
枠組みであるとともに、ルソーがそれに基づいて作り上げた
認識の構造である。
そこで、このワークショップにおいては、政治思想、人間
論、言語、音楽、絵画、演劇などの領域に注目し、そこに通
底する動きを探り、同時代の知の枠組みの中でのルソーの位
置を検討することを試みたい。まず①増田は同時代の言語論
を踏まえつつルソーにおける政治思想と言語論の関係を論
じ、②熊本は当時の美学理論を念頭に置きつつルソーにおけ
るイリュージョンの問題を取り上げ、最後に③宮本はサドを
通じてルソーと革命期のディスクールを論ずる予定である 。
ルソー研究はすでに膨大な量が蓄積され、同時代の思想や
芸術のさまざまな領域との関連もかなり論じられてきたが、
本ワークショップでは、今までの研究の中で中心的な位置を
占 め て き た 諸 問 題 を 取 り 入 れ つ つ 、 18 世 紀 の 知 と の 複 雑 な 相
互影響関係を浮き彫りにすることを試みてみたい。
ワークショップ 3
Y202
リ ン ボ
コーディネーター:小倉 孝誠(慶應義塾大学)
パネリスト:片岡 大右(東京大学)
辻 川 慶 子 ( 白 百 合 女 子 大 学 )、 森 本 淳 生 ( 一 橋 大 学 )
ポ ー ル ・ ベ ニ シ ュ ー ( 1908 ~ 2001 ) の ロ マ ン 主 義 論 四 部 作
( 1973 ~ 1992 ) は 、 18 世 紀 中 葉 の 哲 学 者 た ち か ら 19 世 紀 前
半の歴史家、宗教者、自由主義者、社会主義者等々の思想的
営 為 ま で を 視 野 に 収 め つ つ 、ボ ー ド レ ー ル や フ ロ ー ベ ル (社 会
へ の 呪 詛 )を 経 て マ ラ ル メ ( 社 会 か ら の 隠 遁 ) に 至 る 近 代 の 文
学的冒険の道筋をたどる重要な業績であり、様々な批判や修
正的見解にもかかわらず、今日のフランス文学史の基本的な
パースペクティヴを規定し続けている著作ということができ
る。さらにまた、最初の二巻 ― とりわけ『預言者の時代』
― に関しては、近代の脱宗教化のプロセスにおける精神的
諸価値のありかを問う文脈では、社会科学の諸分野において
も必読の参考文献となっている。すでに古典としての地位を
得 て い る こ の 連 作 の 翻 訳 プ ロ ジ ェ ク ト (水 声 社 刊 )の 第 一 弾 と
して、本年秋に第一作『作家の聖別』が刊行されることにな
っており、一年後には第二作の『預言者の時代』が続く見込
みである。本ワークショップでは、小倉の司会進行のもと、
まずは監訳者の片岡が全般的なプレゼンテーションを行う。
ついで共訳者のひとり辻川が、ネルヴァルとその周辺を論じ
ながら、ベニシュー的問題設定の射程を推しはかる。最後に
森本が、マラルメ/ヴァレリーにおける「純粋文学」の戦略
の分析を通して、ベニシュー以後今日に至るまで盛んに論じ
られている ― 例えばジャック・ランシエールの業績 ―、
近代社会における「文学的なもの」をめぐる議論に、新たな
光を投げかける。本ワークショップが、ベニシューの業績の
(再 )検 討 を 超 え て 、 非 宗 教 的 な 精 神 的 権 力 の 形 成 と そ こ で の
「文学的なもの」の身分規定をめぐる議論の、活性化の契機
となることを期待している。
ワークショップ 4
Y203
辺獄のベルクソン ─ 笑い、神秘経験、テレパシー
ソ シ ュ ー ル 没 後 100 年 ─ 100 年 の 言 語 学
コーディネーター:藤田 尚志(九州産業大学)
パ ネ リ ス ト : 岩 野 卓 司 ( 明 治 大 学 )、 増 田 靖 彦 ( 龍 谷 大 学 )
コーディネーター:金澤 忠信(香川大学)
パ ネ リ ス ト : 阿部 宏 (東北大 学)、加 賀野 井 秀一 (中央大学 )
鈴 木 隆 芳 ( 大 阪 経 済 大 学 )、 松 澤 和 宏 ( 名 古 屋 大 学 )
ベルクソンが華やかな「現代思想」に名を連ねていた時代
はもはや完全に過ぎ去ったが、世界の哲学・思想研究の現状
を見れば、未だ完全に「古典」に収まったとも言えない。む
し ろ レ ヴ ィ ナ ス が 指 摘 し た よ う に 、ベ ル ク ソ ン は 、
「一種のリ
ンボ〔天国と地獄の間〕のようなどっちつかずの状態に」置
か れ て い る 。だ が 、こ の 宙 吊 り か ら ベ ル ク ソ ン を「 救 い 出 す 」
必要はいささかもない。辺獄とは、洗礼を受けることなく死
んだ罪なき子どもたちが永遠の自然の楽しみを得る場所だか
ら で あ る( つ ま り 煉 獄 に い る の で は な い の だ )。哲 学 と は 反 時
代的なものだ。アクチュアリティを追い求める「現代思想」
の 眼 差 し か ら こ ぼ れ 落 ち る も の こ そ 、そ れ ぞ れ の 思 想 家 の「 永
遠の新しさ」を構成するものである。岩野はバタイユと、増
田はソレルと、藤田はフロイトと共にベルクソンを読むこと
で、この常に新しい古さ、反時代的思考を手繰り寄せようと
する。
岩 野 は 、 ベ ル ク ソ ン と バ タ イ ユ の 比 較 を 「 笑 い 」、「 神 秘 経
験 」、「 生 と 死 」 に つ い て 行 う こ と で 、 ベ ル ク ソ ン の テ キ ス ト
に内在する潜在的なものについて問題提起を行なう。
増田は、新しい社会の「創造」に関するベルクソンとソレ
ル の 学 説 を 検 討 す る 。 具 体 的 に は 、 mystique ( ベ ル ク ソ ン )
と mythe ( ソ レ ル ) が 占 め る 思 想 的 規 定 の 異 同 を 考 察 し 、 そ
れを通じてそれぞれから生起するであろう社会について展望
する。
藤田は、ドゥルーズとラカンによる非心理学化という最近
の「救出」に抗して、ベルクソンとフロイトが生涯保ち続け
ていたオカルト的現象(テレパシー)への関心を彼らの「心
霊科学」と「メタ心理学」総体のうちに位置づけ直すことを
試みる。
フ ェ ル デ ィ ナ ン・ド・ソ シ ュ ー ル は 1913 年 2 月 22 日 に 55
年 の 生 涯 を 終 え た 。 2013 年 が 没 後 100 年 に あ た る わ け だ が 、
本 ワ ー ク シ ョ ッ プ は 100 回 目 の 命 日 を 前 に し て 、 ソ シ ュ ー ル
について語るために、企画されたものである。
ソ シ ュ ー ル の 死 か ら 100 年 後 に 、 言 語 学 に お い て こ の 100
年間になされたことを列挙するだけでは、つまり「言語学の
100 年 」を 語 る だ け で は 不 十 分 で あ る 。む し ろ 彼 の 切 り 開 い た
言 語 学 の 地 平 そ の も の 、 い わ ば 「 100 年 の 言 語 学 」 を 語 ら ね
ば な ら な い 。我 々 は 今 な お ま さ に そ の 地 平 に 立 っ て い な が ら 、
ソシュールを前世紀の遺物として葬り去ろうとしている、あ
るいはすでに葬り去ったと思い込んでいるだけかもしれない
のだ。
ワ ー ク シ ョ ッ プ で は ま ず 、ソ シ ュ ー ル が 19 世 紀 の 歴 史 比 較
言 語 学 や 文 献 学 の 分 野 で な し た こ と 、お よ び 20 世 紀 の 構 造 主
義思想との関わりや、認知言語学からの批判などについて概
説する。そのあと比較的個別的な事例について検討する。具
体的には、①構造主義的な音韻論とソシュールの言う「音声
学」を比較し、両者の違いを明確にしたうえで、ソシュール
の 真 の 意 図 に つ い て 探 求 す る 。② ソ シ ュ ー ル 没 後 50 年 に 記 念
講 演 を 行 っ た バ ン ヴ ェ ニ ス ト が 、2012 年 に 出 版 さ れ た 論 集 で
はかなり批判的にソシュールに言及していることについて考
察し、ソシュールとバンヴェニストが抱えた問題の本質的な
差異について再検討を試みる。③一般言語学に関する草稿を
収 録 し た Écrits de linguistique générale ( Gallimard, 2002 ) の 校
訂 上 の 問 題 点 を 指 摘 し た う え で 、ソ シ ュ ー ル に お け る「 書 物 」
あるいは「順序」の問題を提起する。
JR 新 神 戸 駅 か ら
* 神 戸 市 営 地 下 鉄 「 新 神 戸 駅 」—(約 2 分 ) →「 三 宮 駅 」—(阪 急 神 戸 線 に 乗 換 )
→ 阪 急 電 鉄 「 三 宮 駅 」—(約 6 分 ) →「 六 甲 駅 」
* タ ク シ ー で 約 20 分
阪 神 電 鉄 御 影 駅 ・ JR 六 甲 道 駅 ・ 阪 急 電 鉄 六 甲 駅 か ら
* そ れ ぞ れ 神 戸 市 バ ス 36 系 統 「 鶴 甲 団 地 行 」、「 鶴 甲 2 丁 目 止 ま り 行 き 」 乗 車
「神大文理農学部前」下車
徒歩
*
阪急「六甲駅」から
タクシー
* 阪神「御影駅」から
* JR「 六 甲 道 駅 」 か ら
* 阪急「六甲駅」から
約 10 分
約 15〜 20 分
約 10〜 15 分
約 5〜 10 分