氷河湖観測 - 陸圏環境科学コース

2012 年 スイス氷河実習レポート
ローヌ氷河における氷河湖観測
環境科学院 地球圏科学専攻 修士 1 年 幸田笹佳
環境科学院 地球圏科学専攻 修士 1 年 松野 智
2012 年 10 月 9 日
目次
1. 導入
1.1 背景
1.2 目的
2. 観測方法
2.1 観測地点
2.2 観測装置
2.3 観測手法
3. データ解析
4. 結果
5. 考察
6. まとめと今後の展望
7. 参考文献
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1. 導入
1.1 背景
氷河は降雪による涵養と融解による消耗の質量収支が釣り合うことで保たれているが、
近年の地球温暖化の影響によってそのバランスが崩れ、氷河の後退が見られている。また
それによって氷河湖も増えてきている。本実習で観測を行ったローヌ氷河もその一つで、
2005 年から氷河の先端には氷河湖が形成されている。氷河湖が形成されると氷河の底面の
融解水には関係があり、氷河湖が形成されると氷河の流動が加速されることがわかってい
る。また氷河が氷河湖水面に流入することで浮力を受け浮き上がる。氷河湖の水位が変化
すれば氷河が分離し氷山となり流出してしまう。そのため氷河湖の水位変化は氷河後退に
大きな影響を与えると言える。また水位の変化は気温の変化を大きく受けると思われる。
つまり気温や水位の変化が氷河湖にどの程度影響を与えるかが氷河の後退にとって重要と
なってくる。
1.2 目的
本研究は氷河湖に設置した水圧センサーを使用して水位を計測し、インターバルカメラ
から氷河湖の日変化を観測し、同時に気象観測を行うことでこれらの相互関係を考察する。
2. 観測方法
2.1 観測地点
水圧センサーは図 2.1 の青色の点で示した、スイ
ス座標の(x,y,z)=(672521.0088,159128.9868,
2209.4556)地点に設置した。水圧センサーを設置し
た周囲の様子を図 2.2 に示す。
気象観測は図 2.1 の赤色の点で示した、地点 A の
46°34’56.2”N、
8°23’11.8”E と地点 B の 46°35’23.7”N、
8°23’8.3”E の二地点で行った。
図 2.1 ローヌ氷河地図
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図 2.2 航空写真(Google)
図 2.3 観測地点
2.2 観測装置
水圧計測
水圧センサー:HOBO U20 水位・水温ロガー(水深 4m,76m 用を各 1 台)(図 2.3 参照)
クリマテック株式会社(製造:米国オンセットコンピュータ社)(表 2.1 参照)
解析ソフト: HOBOware Pro
クリマテック株式会社(製造:米国オンセットコンピュータ社)
表 2.1 HOBO U20 水位・水温ロガーの主な仕様
水位測定
型番
U20-001-04
U20-001-03
計測範囲
4m
76m
工場校正範囲
69~145hPa
69~850kPa
精度
±0.075%FS,±0.3cm
±0.05%FS,±3.8cm
分解能
<0.02kPa,0.14cm
<0.085kPa,0.87cm
破損圧
310kPa,18m(水深)
1200kPa,112m(水深)
温度測定
計測範囲
-50~-20℃
精度
±0.37℃@20℃,±0.5℃(-5~50℃)
分解能
0.1℃@20℃,0.2℃(-5~50℃),10bit
仕様
記録点数
21,700 点(+),64kB 不揮発性メモリ
イベント記録
ホスト PC 接続時,バッテリー低下時
使用環境
水中,空気中,耐油・耐溶剤ハウジング
材質
316 ステンレススチール,Viton O-リングセラミック圧力センサー
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バッテリー寿命
5 年(1 年以上のロギングインターバルでの代表的使用例)
サンプリング間隔
1 秒~18 時間内自由設定(固定,マルチプルレートサンプル機能付き)
スタートモード
即時スタート,スタート時刻予約
データ回収モード
計測中オフモード,計測ストップ後オフロード
時間誤差
±1 分/月(0~50℃)
寸法/質量
25×150mm/210g
※http://www.weather.co.jp/catalog_html/hobo/U20.htm から一部引用
インターバルカメラ観測
カメラ:PENTAX Optio WG-1GPS
表 2.2 PENTAX Optio WG-1GPS の主な仕様
有効画素数
約 1400 万画素
撮像素子
1/2.3 型 CCD
記録画素数(静止画)
14M,10M(1:1),10M(16:9),7M,5M(16:9),4M(16:9),3M,
2M(16:9),1024,640
記録媒体
内臓メモリー(約 97.0MB),SD/SDHC/SDXC メモリカード
レンズ
PENTAX ズームレンズ
レンズ構成:9 群 11 枚(非球面レンズ 5 枚使用)
ズーム
フォーカス
焦点距離,
5~25mm(35 ミリ判換算で約 28~140mm 相当),
F値
F3.5(W)~F5.5(T)
光学ズーム
5倍
デジタルズーム
約 6.7 倍
インテリジェント
7M 時約 7.0 倍,
ズーム
640 時約 33.5 倍(光学ズームとあわせたズーム倍率)
AF 方式
9 点マルチ/スポット/自動追尾
撮影距離範囲
標準:0.5m~∞(ズーム全域),マクロ:0.1~0.6m(ズーム全域),
(レンズ先端から)
1cm マクロ:0.01~0.3m(ズーム域の中間部),無限遠,
パンフォーカス,マニュアルフォーカス切替可
露出制限
測光方式
分割,中央部重点,スポット
露出補正
±2EV(1/3EV ステップ)
シャッタースピード
1/1500~1/4 秒 ※最長 4 秒
電源
専用充電式リチウムイオンバッテリーD-LI92,
AC アダプターキット
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バッテリー寿命
静止画撮影:約 260 枚⋆1
再生時間:約 280 分⋆2(専用バッテリー使用時)
外部インターフェイス
USB2.0(ハイスピード対応)
PC/AV 端子,HDMI 端子(タイプ D)
外形・寸法
約 115.5(幅)×58.5(高)×28.5(厚)mm(操作部,突起部を除く)
質量(重さ)
約 167g(電池,SD カード含む)
約 146g(電池,SD カード含まず)
⋆1:撮影枚数は CIPA 規格に準じた測定条件による。
⋆2:時間は社の測定基準による。
※http://www.pentax.jp/japan/news/2011/201104.html#spec から一部引用
図 2.4 水位・水温ロガー
図 2.5 インターバルカメラ
2.3 観測手法
水圧計測
水位・水温ロガーを二台使用し、氷河湖中とすぐそばの基盤岩上での圧力を測定した。
湖中で計測を行うロガーには U20-001-03 を使用し、適当な木材にビニールテープを用いて
固定し、その木材を湖へ続く岩盤に添わせて水中に入れ、木材が浮かばないように付近に
ある石で固定した。大気圧を測定するために U20-001-04 を使用し、水中に浸かってしまう
恐れのないように、水面より少し上部の岩盤の境に設置し、ロガーに石を被せた。
氷河湖の水位変化は氷河湖中の圧力(水圧)と氷河湖外での圧力(大気圧)との差から算出を
行った。
観測時間は 2012 年 9 月 6 日午後 12 時から 9 日午後 13 時 20 分までを 5 分毎に計測した。
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図 2.6 水位・水温ロガーの固定
図 2.7 湖中の水圧計測
図 2.8 基盤岩上での大気圧の計測
インターバルカメラ観測
インターバルカメラを氷河湖全体を見渡せる場所に設置し可視光で観測が可能な日中の
氷河湖の変化を観測した。
2012 年 9 月 8 日午前 9 時 30 分から 1 分毎に合計 1000 枚の撮影を行った。
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図 2.9 インターバルカメラの設置
図 2.10 イ
ンターバルカメラからみた氷河湖全体
3.データ解析
水圧ロガーから回収したデータは地上気圧と気温、氷河湖の水圧と水温の経時変化であ
る。それぞれのロガーから得られたデータは 2012 年 9 月 6 日正午から 9 月 9 日午後 1 時
20 分までであった。
このうち氷河湖内での解析データは、水温が 0℃付近を示していた 2012
年 9 月 7 日午前 11 時から 9 月 9 日午前 11 時までの合計 48 時間分のデータである。また、
考察のために氷河上に設置した気象測器で取得された同時刻のデータも併せて解析した。
今回はインターバルカメラによる氷河湖の撮影も行った。測器から得られたデータは、
2012 年 9 月 8 日 9 時 30 分から 1 分間隔で撮影した 1000 枚の画像である。このうち氷河
湖の状態を確認できる、9 月 8 日 9 時 30 分から同日の午後 8 時 30 分の期間に撮影された
画像を 0.1 秒間隔の動画にして解析に利用した。
4.結果
<水圧と水温の関係>
取得したデータを図()に示す。横軸は時間、縦軸はそれぞれ水圧と水温である。図から分
かるように、水圧と水温の両方で日周期変動が確認できた。水圧に注目すると午前 11 時ご
ろに最小値を示し、午後 6 時ごろに最大値を示した。一方、水温は 7 時ごろに最も低くな
り、正午過ぎに最も高くなっていることが分かった。以上のことから水圧と水温は逆相関
を示していることが分かった。
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<気温と水温の関係>
次に岩盤上のロガーから取得した気温のデータと、水中に設置したロガーから取得した
水温のデータを図()に示す。横軸は時間、縦軸はどちらも摂氏である。この図から気温は午
前 7 時ごろに最小値を示し、午後 5 時ごろに最大値を示していることが分かった。この二
つのグラフの比較から気温と水温が相関していることが分かった。
図 3.2 気温と水温の関係
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<インターバルカメラ撮影>
下にインターバルカメラによって撮影された画像の一部を示す。撮影時刻は左から順に
2012 年 9 月 8 日午前 9 時 30 分、午後 1 時、午後 6 時である。画像から写真に写っている
氷山の位置が時間経過に伴い変化していることが分かる。また、画像からは判断しにくい
が動画で確認をすると氷河湖にある氷山が変動し始める時刻は 12 時ごろであることがわか
った。
<電気伝導度計測>
今回の観測では水圧ロガーの近くに電気伝導度計を設置して氷河湖の電気伝導度を計測
した。しかし、電気伝導度の変化は確認されなかったため、今回は解析を行っていない。
5.考察
今回の観測では氷河湖の水圧観測と、インターバルカメラによる観察を同時に行ったた
め、この二つの観測を合わせて考察を行うことが有用であると考える。
図は9月8日に水中のロガーから得られた水圧と水温、岩盤上のロガーから得られた気
温、そして氷河上の気象測器から得られた気温のデータがそれぞれ示されている。
この図から我々は 3 点のことを考察した。以下、説明していく。
1) 各測定項目のピークに関する考察
各測定項目が最大値を示した時刻(ピーク)に着目すると、水圧のグラフがピークを示
した時刻が最も遅いことが分かる。このことは、気温が上昇しそれによって氷河が融解
し始め、その融解水が氷河湖に流入するというプロセスを示唆している。
2) 気温と水温の比較
気温と水温のグラフを比較すると、気温が下がり始める前に水温が減少していること
が分かる。観測を行った期間中、天候は常に安定していたので、水温を減少させる要素
は氷河の融解水以外にないと思われる。したがって、この結果からも 1 で示したプロセ
スが示唆された。
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3) ロガーの気温と気象測器の気温の比較
岩盤上のロガーから得られた気温のグラフ(赤線)と各気象測器から得られた気温のグ
ラフ(紫・水色)を比較すると、岩盤上の気温のほうが上昇し始めるのが遅く、その最大
値が大きいことが分かる。これは、気象測器が氷河上から離れたところに設置してある
のに対し、基板上のロガーは氷河湖脇の基盤に直接設置し、石などを用いて固定したた
めであると考えられる。
以上のことを踏まえて氷河湖の水温変化と氷山の移動減少について一つのシナリオ
を考えた。下図にそのシナリオを模式図で示す。
朝になると太陽光により徐々に気温が上昇し、それによって氷河の融解が始まる。ま
た、日射によって氷河湖の水温も上昇する。氷河の融解水は氷河湖に流入し、それによ
って氷河湖の水温が減少し水位は上昇する。その結果として、氷河湖中に存在する氷山
の一部が浮遊し始め、活発に運動をし始める。
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6.まとめと今後の展望

ローヌ氷河末端にある氷河湖でロガーを用いた水圧・水温観測とインターバルカメラ
による氷河湖観察を行った。

水圧と水温において日周期を確認した。

インターバルカメラによる観察により、氷河湖中の氷山の変動を確認した。

氷河湖にかんして「気温の上昇→氷河の融解水の流入→水圧の上昇→氷山の変動」と
いうシナリオを示唆した。

今後はより定量的な観測を行うために氷山の観察から氷河湖の底面地形の観測などが
望まれる。
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参考文献
遠藤貴裕・野田朝美 2011年スイス氷河実習レポート 氷河湖における水位変動の測定
杉本風子・中山佳洋 2009年 年観測レポート氷河底面水の空間的・時間的分布
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