HIKONE RONSO_298_097

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情報システムと競争優位
平 本 健 太
1 序
II 情報システム
III情報システムによる競争優i位
1.競争優位
2.戦略スラスト
IV 事例研究
L松下のパナソニック・オーダー・システム
2.オークネットのテレビ・オークション・システム
3.事例の分析
V 結び
参考文献
1 序
1960年代半ばにMISがブームとなったように,近年,高性能のコンピュータ
・ネットワークの情報システムが一大ブームとなっている。このような環境の
中で,企業が情報システムを戦略的に活用し,競争に役立てようとする動きが
注目されるようになってきた。例えば,アメリカン航空のセイバー,ファルマ
の薬局VAN,花王の戦略情報システム,セブン・イレブンのPOSシステム等
がある。これら企業は,情報システムによって大きな競争上の優位性を獲得し
たといわれる。しかし,企業がいかにしたら競争優位を獲得・維持するのに役
立つ情報システムを構築できるかという問題は,従来ほとんど解明されてこな
かった。
98 彦根論叢 第298号
本稿の目的は,企業が競争優位を獲得・維持するための情報システムとはい
かなるものかを解明することにある。まずII節において,情報システムに対す
る2つのパースペクティブについて述べるとともに,競争優位を獲得するため
の情報システムと従来の情報システムの関係を明らかにする。III節では,拡張
された競争優位および戦略スラストの概念を紹介・検討する。IV節では,わが
国の先駆的な2企業の事例を紹介する。次に,拡張された競争優位と戦略スラ
ストの概念を参考にしながら2つの事例を分析し,競争優位を獲得・維持する
ための情報システムの一般的特徴を命題として提示する。最後のV節では,企
業の情報システム研究の今後の課題について述べる。
II情報システム
EDPSに始まりIDPS, MIS, DSSへと発展してきた従来の情報システム
は,①企業内の業務を自動化する,あるいは,②経営管理上の意思決定を支援
する,という目的を達成するために構築されたシステムであった。すなわち,
情報システムは,省力化やコスト削減,意思決定や問題解決の支援などの企業
内部の問題解決を志向するものであり,結果的に「企業体質の強化」や「既存
事業の改善」を実現するものとして捉らえられてきた。従来の情報システムに
1)
対するこのような見方は「慣習的パースペクティブ」と呼ばれる。
これに対して,競争の激化,高度情報化の進展,市場開放の要求などさまざ
まな要因によって経営環境が大きく変動している今日では,企業の生き残りを
賭けた競争で優位に立つ,すなわち競争優位を獲得するために情報技術を活用
する必要性が高まっている。このような競争優位を獲得するために情報技術・
情報システムを戦略的に活用するという見方は「戦略的パースペクティブ」と
2)
呼ばれる。
競争優位を獲得するためには,一般に,適切な競争戦略の策定とその実施が
必要である。競争戦略とは,競争優位をいかにして達成・維持するか,あるい
1)ワイズマン(1988)訳書,pp.55−82。
2)同上書,pp,122−153。
情報システムと競争優位 99
は,いかにして競争相手の競争力を弱めるかに関する計画である。したがって,
競争優位を獲得するための情報システムとは,情報技術によって競争戦略の支
援と具体化を可能とするようなシステムということになる。
この競争優位を獲得するための情報システムは,従来の情報システムとはど
のような関係にあるのだろうか。従来の情報システムと競争優位を獲得するた
めの情報システムとは,相互に排他的な関係にあるものではない。むしろ,従
来のシステムとオーバーラップする部分が多い。以下,その一例としてヤマト
運輸の荷物追跡システムを検討する。
ヤマト運輸は,荷物追跡システム(新NEKO)を他社に先駆けて開発した。
このシステムは,伝票につけられたバーコードによって荷物を1つ1つコンピ
ュー ^で管理するシステムである。これによって荷物の集配は簡便化され,仕
分け作業の省力化・自動化も可能となり,迅速で正確な配達が実現された。そ
れと同時に,顧客からの問合せに対して,「荷物が今どこにあるのか,いつ配達
される(された)のか」を即座に返答することも可能となった。このような荷
物追跡システムの導入による荷物集配サービスの迅速化・正確化が競争上の優
3)
位性を生み出したのである。
ヤマト運輸は,このシステムによって実際に競争優位を獲得し,小口宅配業
界での地位を確固たるものにしたといわれている。
この荷物追跡システムは,従来のシステムと競争優位を獲得するための情報
システムの両方の要素を含んでいる。すなわち,集配や仕分けの省力化・自動
化という点では,従来の情報システム(MISまたはEDPS)的側面を持ってお
り,顧客サービスの向上による差別化という点では,競争優位を獲i得するため
の情報システムである。このように,従来の情報システムと競争優位を獲得す
るための情報システムとが互いに重なり合っているシステムは,「ハイブリッド
4)
情報システム」と呼ばれる。
競争優位を獲得する情報システムの概念が捉らえにくい理由の1つがこの点
3)道央テクノポリス開発機構(1991)。
4)ワイズマン(1988)訳書,pp.90−91。
100 彦根論叢第298号
にある。すなわち,現実の競争優位を獲得する情報システムは,従来の情報シ
ステムとのハイブリッドになっている場合が多いからである。したがって,一
見すると従来の情報システムのように見えても,そのシステムの開発意図が「戦
略的」である場合もあるし,逆に,当初はコスト削減や省力化を意図した情報
システムが,結果的に,何らかの競争優位をもたらすといった場合も少なくな
い。
III情報システムによる競争優位
1.競争優位性
ポーターによれば,競争優位は,同等の便益を競争企業よりも安い価格で提
供すること(価格優i位),あるいは,競争企業よりも高い価格を相殺して余りあ
5)
るユニークな便益を提供すること(製品特性優位)によって獲得される。そし
て,長期間にわたって競争相手に模倣されない,したがって持続力のある競争
優位を実現するためには,コスト,差別化,集中という3つの基本戦略のいず
6)
れかを追求する必要がある。その際,優位性は業界の平均以上のROI(投資利
7)
益率)が達成できたか否かで評価される。
一方,ワイズマンは,現実の情報技術と競争の関係をよりょく理解できるよ
8︶
うに,このポーターの競争優位の概念を以下のように6つの次元で拡張してい
る。
(1)優位性の持続期間は,短期,中期,長期のいずれでもよい。情報技術を基
盤とするシステムの場合,競争優位を必ずしも長期間にわたって享受でき
るとは限らない。なぜならば,情報技術そのものは模倣可能だからである。
競争企業が優位性の源泉である技術を模倣すれば,その優位性は急速に弱
まることになる。したがって,優i位性の獲得の機会としては,長期の優位
5)ポーター(1985),pp,3−7。
6)ポーター(1980),pp.34−46。
7)ポーター(1985),p.11。
8)ワイズマン(1988)訳書,pp. 104−118。
情報システムと競争優位 101
性のみならず,中期や短期の優位性の獲得の機会も考慮する必要がある。
(2)優位性は,競争企業にとって模倣が困難で持続力があっても,あるいは模
倣が容易で競争企業にとって対抗可能であっても構わない。実際の競争の
場面を観察すると,企業は持続力があり競争企業にとって模倣が困難な優
位性のみを追求しているとは限らない。模倣が容易で対抗可能であり,一
時的かもしれない優位性が追求されることは決して少なくない。
(3)優位性の価値は,業界の平均以上のROIが達成できたか否かだけで評価
されるのではなく,売上高,マーケット・シェア,販売量,新規顧客数
株価等の多様な尺度により総合的に評価される。
(4)優位性の種類は,価格特性や製品特性だけに限定されるものではなく,製
造プロセス,販売促進,流通チャネル等,多様である。
(5)競争の舞台に登場するのは,直接のライバル企業だけとは限らず,供給業
者,流通チャネル,顧客等,多様である。例えば,国立大学と企業の研究
所は,産業上の直接のライバルとはいえないが,優秀な研究者を確保する
という点では競争関係にあるといえる。
(6)優位性獲得のための戦略的アクションには,コスト,差別化,集中だけで
なく,革新,成長,提携等の戦略的アクションがある。
2.戦略スラスト
ワイズマンは,広義の優位性を獲得するための上記(6)の具体的なアクショ
ンを「戦略スラスト」と呼んでいる。すなわち,戦略スラストとは,「情報技術
を基盤として作りだされるものであり,ある競争の舞台において企業の競争戦
9)
略を支援および形成するための行為である」と定義している。この戦略スラス
10)
トは次の4つの特性を有している。
第1に,戦略スラストは,攻撃的にも防衛的にも利用される。例えば,自社
がコスト削減を徹底して実現することで,コスト優位性を増大させることがで
9)ワイズマン(1988)訳書,p.135。
10)同上書,pp.136−137。
102 彦根論叢 第298号
きる。これは,コストという戦略的スラストの「攻撃的」利用である。これと
は対照的に,ライバル企業の差別化要因を模倣することにより,その優位性を
減少させるように差別化スラストを「防衛的」に利用することも可能である。
第2に,複数の戦略スラストが結びつけられて利用されることが少なくない。
例えば,当初の成長のスラストによって得られた資源と既存の資源とを結び付
けることにより,コスト優i位性を獲得することも可能になる場合がある。
第3に,戦略スラストの大きさや程度には差がある。例えば,コスト,差別
化,成長等のスラストは,大きなものから中程度のもの,さらには小さなもの
まであり,また短期のものから長期のものまである。
第4に,有効な複数の戦略スラストの組合せは,時間の経過とともに変化す
る。例えば,ある時期において成長と提携のスラストの組合せが有効であって
も,時間の経過とともに,コスト,差別化,:革新のスラストの組合せに取って
替わられることもある。
ここで注意すべき点は,情報技術から競争優位が自動的に獲得されるのでは
決してないということである。実際はその逆で,まず最:初に「いかにして競争
優位を獲得・維持するのか」という競争戦略があり,次に戦略スラストという
具体的なアクションがとられるのである。さらに具体的な戦略スラストが念頭
に置かれ,結果として情報技術の活用方法が明らかになるのである。
IV 事例研究
本節では,わが国の先駆的な2企業の事例を取り挙げ,企業が情報システムか
ら競争優位を獲得・維持する一連のプロセスを紹介・検討するとともに,ワイ
ズマンの競争優位と戦略スラストの概念を参考にしながら2つの事例を分析し,
競争優位を獲得・維持するための情報システムの一般的特徴を命題として提示
する。
1.松下のパナソニック・オーダー・システム
11)本事例は,辻(1990),野中・佐々木(1992)(ケース資料),および,新聞記事データベ/
情報システムと競争優位 103
わが国の自転車業界は,①JIS規格化が非常に進んでいるため,部品さえ集
めれば,わずかなスペースで組み立てることができる。そのために,小規模の
自転車組み立てメーカーが多数存在する,②近年,台湾製品などの安価な外国
製品が数多く輸入されている,③新製品は模倣されやすく差別化が困難である,
といった特徴を持っている。このような特徴が存在するため,必然的にコスト
12)
競争に向かわざるをえないような業界構造となっている。
従来,コスト競争が主流であった自転車業界において,1987年6月,松下電
器産業自転車事業部(以下「松下」と略記する)は,将来の自転車ブーム到来
13)
を予期し高級スポーツ自転車の「オーダーメイド」販売の事業化に踏み切った。
顧客は松下側によって自転車小売店に設置された「フィッティングスケール」
で計測し,体のサイズや走行スタイルに合った自転車部品の各寸法を決定する
一方,カタログやカラー・サンプルを参考にして,好みに合ったフレームデザ
インやカラーを指定することができる。
自転車のオーダーメイド自体は,それまでもマニアの間では行われていたが,
フレームはOO製,ギアは××製というように部品の組合せは非常に多様であ
った。そのため,注文も複雑となり,1台1台が手作りであるために納期は通
常3∼4ヵ月と長く,必然的に価格も高くなった。その結果,一般消費者の問
ではほとんど知られてさえいなかった。
このような状況の下で自転車のオーダーメイド販売を実現するには,何より
も納期の短縮が最優先課題であった。納期はピーク時でも2週間程度,通常は
1週間以内に短縮する必要があった。このリードタイムの短縮を実現するため
に情報技術が利用されたのである。これが「パナソニック・オーダー・システ
ム」と呼ばれるものである。
パナソニック・オーダー・システムの構築にあたり,発注から生産に取りか
かるまでの通常は1,2日のロスタイムを極力減らすため,従来は代理店を経
\一ス「日経テレqン」から収集したデータを参考に作成した。
12)辻(1990),p.21,および,野中・佐々木(1992), p.1。
13)日経産業新聞1987年5月19日,4面。
104 彦根論叢 第298号
由していた注文を,自転車小売店から直接工場に送るシステムを開発した。通
常,このようなシステムを作る場合,小売店にコンピュータ端末を設置し,工
場にあるホストコンピュータと連結することを考えがちである。しかしこのシ
ステムでは,小売店からの発注データはファックスで送られる。自転車事業部
にとっての直接の顧客は自転車小売店であり,その「顧客」に発注してもらう
14)
のに煩雑な端末操作をさせる訳にはいかない,という配慮からである。
ファックスによって送られてきたデータは,工場でコンピュータに入力され,
オンラインで組立工程に流される。同時に,どのような注文が入っているかに
関する情報が代理店にフィードバックされる。CAD/CAM(コンピュータ支援
による設計・組み立て)をフルに活用した組立ラインは,当初は最終塗装など
の熟練を要する作業は手作業に頼っていたが,パーツやフレームサイズ,カラ
ーなどの選択範囲の拡大に対応するため,事業開始後1年足らずで塗装工程に
15)
もロボットが導入された。
オーダーメイド自転車は,事業開始と同時に予想を上回る反響があり,2ヵ
月間で1200台の注文が殺到し,その後も順調に受注が伸び,組立ラインや工場
16) 17)
が増設された。1987年当時の新聞には「自動製パン機に次ぐ大ヒットとなった」
といった記事も見られる。自転車の車種も,当初の高級スポーツタイプから,
一般用,女性用,ATB(All Terrain Bicycle:全地形対応型自転車)など次第
に拡大した。また,オーダーできるパーツの種類やフレームサイズ,色もどん
どん増加し,ペダルやタイヤまで自由に選択できるようになった。スタート当
初は3万9千通りだったパーツや色などの組合せは,1988年末の時点では,1200
18)
万通りに達している。
松下のオーダ・一一一メイド自転車事業がスタートして約1年後,自転車業界1位
のブリヂストンと2位の宮田工業が,松下と類似のシステムによって相次いで
14)辻(1990),pp20−22。
15)日刊工業新聞1987年11月19日,12面。
16)日刊工業新聞1987年8月13日,7面。
17)日経産業新聞1987年11月19日,4面。
18)日刊工業新聞1988年11月19日,13面。
情報システムと競争優位 105
オーダーメイド自転車市場に参入した。
松下はこれに対処するために,既述のように車体のスタイルやパーツ,色な
どの組合せの種類を大幅に拡大した。同時に,高級自転車だけではなく一般自
転車のオーダーメイドも開始した。これはナショナル・アート・システム(N.
A.S.)と呼ばれ,顧客は色,ハンドルの形などの組合せで18万通りもの中から
19)
好みの自転車を選ぶことができる。また,既にオーダーメイド自転車を購入し
た顧客を管理するシステムを開発し,顧客の定着・組織化と顧客情報の収集を
20)
目指した。さらに松下は,まず米国市場で,次いで欧州市場でもオーダーメイ
ド自転車の販売を事業化した。これは国際ファックスあるいは国際電話で受注
し,日本の工場で組み立て,2∼3週間以内に国際宅配便で直接顧客に届ける
21)
というものである。
22)
2.オークネットのテレビ・オークション・システム
株式会社オークネット(以下,「オークネット」と略記する)は,コンピュー
タ・システムを援用したテレビ・オークション方式を中古車流通市場に導入し,
23)
中古車の流通形態を根本的に再編成した先駆的企業である。
従来,中古車流通業の一般的な取引は,1次および2次卸業者が仕入れた未
整備の中古車の現物を全国130ヶ所にあるオークション会場に1台ずつ持ち込
24)
み,競売にかける方式で行われていた。しかしこの方式は,①オークションの
ための出品車両を輸送する時間・手間・経費がかさむ,②オークションに出品
される車の情報(車種や価格等)を事前に入手することが困難である,③全国
各地で開催される全てのオークションに参加することは事実上不可能であるた
19)日経産業新聞1988年1月26日,4面。
20)日刊工業新聞1987年11月25日,8面。
21)日本経済新聞1988年1月9日,9面。
22)本事例は,今井・金子(1989),pp,109−116,坂本(!994)(ケース資料),および,新聞
記事データベース「日経テレコン」から収集したデータを参考に作成した。
23)信販大手のオリエントファイナンスと中古車デK一ラーのフレックス・ジャパン(東京)
グループとの共同出資により設立され,1985年7月から中古車競売事業を開始している。
24)日経金融新聞1991年11月1日,19面,および,日本経済新聞1992年5月29日,夕刊5面。
106 彦根論叢 第298号
め,中古車小売ディーラーが希望の車種を広い地域から数多く集めることがで
きない,④原則として未整備の中古車の現物の取引であるため,出品車両の品
質にばらつきがあり,出品車両の落札評価額に透明性の高い一定の基準(相場)
を設けにくい,等のデメリットを有していた。
まず最初にオークネットが開発したテレビ・オークション・システムは,オ
ークネット本部のホスト・コンピュータと会員ディーラーに設置された専用端
末間を公衆回線でオンライン化し,専用端末に接続されたレーザーディスク・
25)
ディスプレイ装置に出品車両の画像を写しながら競売を行うものであった。こ
26)
のシステムによるオークションの進行は以下の通りである。①全国各地の会員
ディーラーは,オークション当日までに配送されるレーザーディスクをオーク
ション開同時に専用端末にセットする。②ホストコンピュータからのコマンド
によって全会員ディーラーのディスプレイ装置上に競売の対象となる中古車の
同一画像(静止画および出品車両の年式・走行距離・痛み具合・装備等に関す
るデータ)が表示される。③各ディーラーは画面の情報を参照し,希望する車
があれば専用端末のPOSスイッチを操作することで競売に参加する。スイッ
チ操作1回につき,競り値が3,000断ずつ上がる。④競り値が売り手の最低希望
価格を上回った後,2.5秒以内により高い値を付ける参加者がいなくなった時点
で取引が成立する。なお,1台当たりの競売に要する時間は,約45秒である。
テレビ・オークションに参加するために必要な専用端末は,オークネット本
部から月額29,000円でリースされる。また,1回のオークションにつき,参加
ノ
料15,000円,出品料(車の検査料や検査官の派遣料等)10,000円,成約料(取
引が成立した場合のみ売り手と買い手とも成約金額の3%)の本部への支払い
25)効果的に競売を進めるには,競り信号ができるだけ高速に伝達される必要がある。この
ためオークネットでは,競り信号の送受信をわずか0.2秒で行える通信用ボードを自社開発
し,それを端末装置に組み込んで利用者にリースしている。また,システムの利用にあた
って,会員デa一ラーは最寄りのアクセス・ポイントに電話回線で接続すればよく,通信
費用は市内電話料金程度の少額で済む。
26)日経流通新聞1986年1月6日,6面,日経産業新聞1987年8月12日,1面,および,坂
本(1994),p.4。
情報システムと競争優位 107
27)
が定められている。
テレビ・オークション・システムが有効に機能するために必要不可欠なのが,
商品検査システムである。テレビ・オークションの最大の欠点は,出品車両を
直に見たり触れたりできない点である。このため,取引成立後に買い手が現物
を見てクレームをつける可能性がある。こうしたクレームを極力回避するため
に,オークネットでは,専門訓練を受けた検査員による出品車両の事前評価を
28)
厳密に行っている。具体的には,出品車両1台1台について,年式,走行距離,
外観や装備の痛み具合,事故歴の有無等によって0から9までの10段階評価を
行い,その評点をリストにして画像データとともにオークションの参加者に配
29)
臆している。専門技能を持つ検査員による,標準化された査定システムに基づ
く車両の評価を参考にすることで,買い手は安心して競売に参加できるのであ
る。
以上のような特徴を持つオークネットのテレビ・オークション・システムは,
従来の中古車流通市場の問題点を克服し得る画期的な競売方法であった。しか
し,サービス開始当初は「業界の秩序を乱す」として中古車販売の業界団体で
ある日本中古自動車販売協会連合会(中販連)からの反対を受け,予想外の会
員数の伸び悩みに直面した。これに対しオークネットでは,利用者の意見を反
映させシステムの細部を早急に改善するとともに,業界からの圧力によってシ
ステムの利用を見送った業者に対しては,創業社長である藤崎真孝氏自らが出
30)
向いて説得に当るなどの会員獲得の努力が効を奏した。その結果,第1回のオ
ークション開催から約1年後の1986年5月には,当初目標であった会員業者数
31)
1,000社を突破した。その後も会員数は順調に増加を続け,1988年12月期には,
27)日経流通新聞1986年1月6日,6面,および,坂本(1994),p.4。
28)オークネットでは,全国に約60名いる検査員の’合同集合研修を毎月1回行うことにより,
検査員の能力向上と均質化に努めている(坂本:1994,p.16)。
29)坂本(1994),p.16,および,今井・金子(1989), p.112。
30)日経産業新聞1989年8月8日,26面。
31)一般に,中古自動車のテレビ・オークションでは,会員数1,000社が採算ラインであると
考えられている。24歳から中古車流通業界に携わってきた藤崎は「競りの善し悪しは参加
者の数で決まる」という経験則を持っており,その意味でも1,000社が1つの目標となって/
108 彦根論叢第298号
オークネットは取扱い金額およそ300億円,3億7千万円の利益を計上するまで
に成長した。
オークネットのテレビ・オークション・システムの成功が注目を集めるとと
もに,同様のシステムによって競売サービスを提供する2番手,3番手企業が
出現した。まず1987年9月に東京中古車卸売事業共同組合(JAA)が,次いで
1988年4月に日本中古自動車販売商工組合連合(中角連)が,それぞれテレビ
32)
・オークションを開始している。
これに対抗して,オークネットは1988年1月に,競争相手の1つで全国各地
で幅広く中古車オークションを主催している中豊連と業務提携を結んだ。中延
連は,当時既に120回ものテレビ・オークションを成功させていたオークネット
の技術士・運営能力を高く評価し,オークネットのテレビ・オークション・シ
33)
ステムを利用した競売の開催を決定したのである。オークネットは,業界最大
手の中販連と提携を結んだことにより,中古自動車のテレビ・オークション市
場においてトップシェアを獲得したのである。
オークネットは,この時期「サテライト・オークション・システム」と呼ば
れる通信衛星を用いた新たなテレビ・オークション・システムの開発を進めて
いた。このシステムは,出品車両を紹介する動画像と音声のデータを同時に配
信でき,さらに出品車両のリストや落札確認書等の文書データの出力も可能で
あるなど,オークション参加会員にとってより有益で臨場感繋れるマルチメデ
ィア情報の伝達を可能とするものであった。
34)
一般に,中古車は「置けば置くほど値が下がる」といわれている。このため,
車の出品を希望するデ/一ラーにとっては,売りたい時に即,在庫の中古車を
オークションに出品できることが望ましい。衛星回線利用による新システムへ
の移行によって,①レーザー・ディスクや出品車両リストの編集・配送に相当
\いた。
32)日本経済新聞1987年2月17日,18面。
33)日経流通新聞1988年1月19日,7面。
34)日経産業新聞1990年12月21日,6面。
情報システムと競争優位 109
の時間を要するという従来のシステムの大きな欠点が克服できる,②オークシ
35)
ヨンの直前でも車両の出品が可能になる,③従来はオークションの開催は週1
∼2回が限界だったのが,技術的には毎日でも開催可能となる,④これらの結
36)
果,より多くの車を集め,より多くの会員を獲得することが可能となる,等の
利点が生じる(表)。
表新旧システムの比較
旧システム
衛星通信TVシステム
音声
なし
リアルなアナウンサーの声
画像
静止画のみ
動画も利用可能
画像受信中ずっと課金され
画像受信のみなら課金され
電話料金
ネい
競りに要する時間
出品締め切り日
現車オークションの
1台当たり45秒
1台当たり約半分の22秒
オークションの4日前まで
前日でも可能
不可能
可能
週2日が限度
毎日でも可能
前日にならないと下見でき
当日以外はいつでも可能
@ 実況中継
オークション開催頻度
下見
ネい
各種付加情報
入手不可能
各停車:出品情報
@ 相場情報
@ 在庫情報(流れ車)
出所二今井・金子(1989),pp.114。
他方,通信衛星回線の利用によるテレビ・オークション実現にあたっては問
題点も存在した。その最:大の問題点は非常に高額な回線利用料金にあった。オ
ークネットでは,東芝との共同開発により1本のトランスポンダ(衛星電波中
継器)で4系統の異なる画像を同時に送受信可能なアナログ時分割伝達システ
35)従来のシステムでは,土曜日のオークションに出品する車両の申し込み締切期日が毎週
火曜日であった。それに対して,新システムではオークションの前日まで出品の申し込み
が可能である。
36)1995年6月現在,会貝デ4一ラー数は3,600社に達しており,その後も会員数は増加して
いる。
110 彦根論叢 第298号
ムを開発し,通常なら年間6億円かかるトランスポンダ契約料を,1チャネル
37)
当たり1億8千万円まで引き下げることに成功した。
会員ディーラーは新システムへの切り替えにあたり,衛星波受信端末(アン
テナを含む)やファクシミリ等を新たに揃えなくてはならなかった。しかし,
これら機器のリース費用の負担は実質的には従来とほとんど変わらなかったた
38)
め,新システムへの移行はかなり円滑に進んだ。
オークションの進行方法は新システムでも基本的には全く同じであった。す
なわち,会員ディーラーは画面を見て購入を希望する車があれば,端末装置の
ボタンを押して競りに参加するというものである。その際画像および音声デ
ータは,衛星波受信端末で直接受信したものがリアルタイムで再生される。ま
た,衛星波受信端末装置は専用ファックスに接続されており,出品車両のリス
トや落札確認書などの文書データがファックスから出力される。他方,競り値
をつり上げていくために各会員デ/一ラーが発信する「競り信号」は,従来通
39)
り地上回線を通じて送受信される仕組みになっている。以上のサテライト・オ
ークション・システムは,1989年8月から実際に運用され,今日まで成果を挙
げている。
オークネットの事業展開は,日本国内における中古自動車のテレビ・オーク
ションだけにとどまらない。サテライト・オークション・システムを利用して,
40) 41)
中古二輪車のテレビ・オークションや,鉢植えの花の相対取引にも進出し成功
37)中古自動車のテレビ・オークションに必要な回線は1チャネル分で済むため,残りの3
チャネルを一般企業の社内通信用に貸し出すことで実質的に衛星回線利用料金を節約でき
る。オークネットでは,企業内テレビ通信用に衛星通信回線のリセール事業を行う新会社
(日本ビジネステレビジョン)を東芝,三井物産,パイオニア,三和銀行との共同出資に
より設立している(日経流通新聞1989年3月23日,7面,および,日経産業新聞1989年1
月11日,1面)。
38)今井・金子(1989),pp.114−115。
39)新システムでは,車両1台当たりの競りに要する時間は従来の45秒から約半分の22秒に
短縮されているため,1回のオークションでより多数の取引が行える(日経流通新聞1987
年12月10日,4面,および,日経産業新聞1987年9月18日,1面)。
40)日本経済新聞1992年9月5日,11面。
41>日経産業新聞1993年7月2日,23面。
情報システムと競争優位 111
を収めている。さらに最:近では,米国三菱自動車販売(MMSA)やゼネラル・
モータース系の情報処理子会社EDS社との相次ぐ業務提携によって,米国市
場においても同様のテレビ・オークション事業を展開しつつある。
3.事例の分析
以上,松下のパナソニック・オーダー・システムおよびオークネットのテレ
ビ・オークション・システムの概要を紹介してきた。そこで次に,上述の拡張
された競争優位と戦略トラストの概念を参考にしながら事例を分析し,競争優
位を獲得・維持するための情報システムの一般的特徴を命題として提示する。
【命題1】
競争優位は,明確な競争戦略に基づき独自の情報技術と既存の情報技術の双
方を効果的に活用することにより獲得可能である。
松下の場合の情報技術や情報システムは,必ずしも高額なものでも最先端の
ものでもない。ファックス,CAD/CAM,産業用ロボット等は,いずれも今日
では事務所や工場で一般に広く利用されているものばかりである。しかし,大
量生産にはないオーダー・メイド自転車の良さである手作り感を残しつつ,納
期を短縮することにより商品の付加価値を高めるためには,必然的に受注=生
産・販売の情報化が行われなくてはならなかった。その意味で,パナソニック
・オーダー・システムは,こうした情報技術なしでは決して構築されなかった
はずである。
このシステムが競争優位を獲得し得た一因は,「値打ち感のある価格で2週間
以内にオーダー・メイド自転車を提供する」という競争戦略に合致した生産を
可能とするために,受注から生産(CAD/CAM)に至る情報システムを自社開
発し,さらに,そのシステムを頻繁に改良した点にある。情報技術自体は目新
しくないが,CAD/CAMをはじめとする情報システムに,現場の知恵や経験を
フィードバックして巧みに組み込むことでシステムの独自性を高め,競争他社
42)日経産業新聞1994年8月26日,1面,および,日本経済新聞1995年3月27日,15面。
112 彦根論叢 第298号
による全体的なシステムの模倣を困難にしている。
他方,オークネットの場合も,レーザー・ディスクや通信衛星回線といった
ニューメディアや情報技術を逸早く取り入れてはいるが,これらは既に他のエ
レクトロニクス企業によって商品化されている技術である。サテライト・オー
クション・システムの場合,システムの成否を決める根幹の部分,例えば,競
り信号をわずか0.2秒で送受信するための通信ボードや,衛星のトランスポンダ
の時分割伝達技術などを独自に開発することで競争業者の模倣を困難とした。
その一方で,①「競り信号」は従来通り地上回線を利用する,あるいは,②わ
ざわざ新規に開発するのではなく,衛星受信端末と相性のいい市販品のファッ
43)
クスを組み合わせて端末機器のリース料金を従来並みに抑えるなど,ハイテク
の部分とローテクの部分を必要に応じて巧みに使い分けている。
ニューメディアを利用した新規事業を始めるうえでの最大のネックはコスト
の問題であるとされる。この点,オークネットは高価な汎用コンピュータを利
用したシステムではなく,テレビ・オークションに不要な機能を極力省いた専
44)
用システムを開発したことが成功につながったといわれる。
以上のことから,情報システムの成否を決定するのは,一単なる情報技術の新
奇性や複雑さ,あるいは高度さではないことがわかる。重要なのは,「いかにし
て競争優位を獲得・維持するか」という明確な競争戦略である。この競争戦略
があって初めて,既存の情報技術と新規の情報技術をいかに組合せ活用するか
の方針が決まると同時に,情報技術以外の経営資源の活用方法も決まってくる
のである。
【命題2】
競争優位は単独の戦略スラストよりは,複数の戦略スラストの効果的な組合
せによって獲得される。
松下の場合,最初に存在したのは「コストという競争要因を差別化という競
43)日経産業新聞!990年12月21日,6面。
44)今井・金子(1989),p.111。
情報システムと競争優位 113
争要因へと転換すること,つまり有利な土俵で戦えるように競争のルールを変
えてしまうことで競争優位を獲得する」という戦略的意図(strategic intent)
であった。それが情報システムによって支援されることで競争優位を獲得した
のである。
この点をワイズマンが拡張した競争戦略と戦略スラストの概念を参考にしな
がら解釈すれば,競争優位を獲得するために2つの戦略スラストが同時に活用
されたということである。
第1に差別化スラストが活用された。「オーダーメイドの自転車」というコン
セプトは,健康志向やライフスタイルの個性化,また「他人が持っていないモ
ノを手に入れたい」といった潜在的な市場のニーズを刺激した。「少々高くて
も,世界に1台しかない自転車を」という製品コンセプトの提示は,攻撃的差
別化スラストといえる。
しかし,差別化スラストだけでは競争優位は実現できなかったはずである。
もう1つの重要な要因はコスト・スラストである。マニアを対象とした従来の
オーダーメイド自転車は,手作りであったために納期も長く,人件費等のコス
トも高かった。その手作業の部分をCAD/CAMやロボットで置き換えること
で,一般消費者にも十分に許容される納期と,オーダーメイドにしては最低は
7万円台からという合理的で納得できる価格が実現されたのである。そして,
この差別化スラストとコスト・スラストの2つが一体となり,競争優位が獲得
されたのである。
オークネットは,①中古車の現物をオークション会場に持ち込んで競売にか
けるという従来の中古車取引慣行から生じる無駄を省くと同時に,②競売参加
者数を増やすことで希望車両の入手を容易にするという2つの目的を実現する
テレビ・オークション・システムを開発した。その際,第1に革新スラストを
活用した。すなわち,中古車の現物をオークション会場に持ち込む時間・手間
・費用,および,取引が成立しなかった中古車を持ち帰らなくてはならない無
駄の排除を可能にするテレビ・オークション・システムは,文字通り中古車
流通業界にとって革新的なものであった。
114 彦根論叢 第298号
同時に,オークネットは要所要所で提携スラストを活用した。すなわち,①
オリエントファイナンスの資本参加を受け容れた,②中販連と提携し業界トッ
プのシェアを獲得した,③東芝との技術提携によりトランスポンダを開発し,
コストダウンを実現した,④多くの有力企業と共同出資し,日本ビジネステレ
ビジョンを設立した,⑤米国に進出する際,現地のパートナー企業と共同で事
業を行った,等である。オークネットは,このように自社の優iれたオークショ
ン・システムを他社に提供する一方で,自社に欠けている経営資源を巧みに外
部から獲得し,極めて急速な成長を遂げたのである。
松下はコスト・スラストと差別化スラストを,他方オークネットは革新スラ
ストと提携スラストを,それぞれ巧みに活用し事業を一定の成功に導いたとい
える。以上の結果は,単独の戦略スラストよりも,複数の戦略スラストの効果
的な組合せが競争優位の獲得につながることを示唆している。
【命題3】
情報システムを導入し競争優位を獲得・維持するためには,情報システム以
上に経営管理システムがより重要である。
いくら高度な情報システムが導入され,情報の収集・保存・検索の能力が飛
躍的に高まったとしても,組織企業間の協力関係,ロジスティクス等の経営
管理システムとの適合性が維持されなければ競争優位を獲得することは困難で
ある。
松下の場合,単に受注=生産=販売のシステムを情報化しただけで,オーダ
ー・
<Cド自転車を2週間の納期で顧客に納めることが可能になったわけでは
ない。納期短縮のために,自転車生産の全うインを1工程にまとめるために各
種の工夫が凝らされ,従来の生産ラインとはまったく異なる新しい生産ライン
45)
が作られた。同時に,オーダー・メイド自転車の良さである1台1台の手作り
感を出し,商品の付加価値を高めるために一部高級車種の塗装工程には熟練工
の手作業を残すなどの工夫が見られる。しかも,こうした熟練を要する塗装や
45)野中・佐々木(1992),pp. 11−12。
情報システムと競争優位 115
溶接等の作業に関しては,熟練の継承がなされるよう熟練工の動機づけにも注
46)
意が払われた。このように,情報技術以外の様々な工夫があって初めて,オー
ダー・メイドにしては非常に安価な自転車を生産・販売することが可能となっ
たのである。
さらに,市場拡大にともなう海外(米国や欧州)からの受注に対応するため,
米国の大手宅配業者であるエメリー社と提携し,完成自転車を国際宅配便で配
送することにより,本システムの強みの1つである短納期(海外の場合,原則
47)
として3週間以内に配送)の実現を図るなど,ロジスティクスの面での工夫も
行っている。
松下はまた,自転車販売店に対して適切な誘因を与えている。一般に自転車
販売の利幅の差は,実用車,軽快車,スポーツ車等の車種間でほとんど存在し
ない。しかし,1台当たりの販売価格が2∼3万円の軽快車と,販売価格が10
万円以上するものもある高級スポーツ車とでは,同じ1台の販売でも売上高に
大きな差が生じる。また,低価格の軽快車やミニサイクルはディスカウント・
ショップ等でも多数販売されているが,高級スポーツ車は自転車販売店で購入
する顧客が多い。したがって,自転車販売店にとって,売上高に対する貢献度
が大きい高級スポーツ車の販売を促進するパナソニック・オーダー・システム
は極めて有利である。また,オーダー・メイド方式で店頭在庫を持たなくて済
48)
む点も,店舗面積に限りのある自転車販売店にとって好都合である。このよう
に,売上を最終的に左右する自転車販売店にとってもメリットのあるシステム
であった点が成功の一因と考えられる。
テレビ・オークション・システムの信頼性を高めるために最も重要な点は,
中古車の査定を行う検査部の存在である。オークネットの場合,優秀な検査員
を訓練・養成し,客観的な基準に基づく透明性の高い査定を行うことで初めて,
テレビ・オークションの最:大の欠点である「現物を直に確認できない」点を克
46)野中・佐々木(1992),pp.14−18。
47)日経産業新聞1988年1月9日,3面。
48)日経産業新聞1989年1月6日,6面。
116 彦根論叢 第298号
服した。これにより,テレビ・オークション・システムを真に有効な取引シス
テムとすることができたのである。
また,オークネットの場合,提携スラストの活用が企業成長の一因だったこ
とからわかるように,企業間関係の巧みなマネジメントにより,テレビ・オー
クション・システムの有効性を一層強固にすることができたと考えられる。
以上の検討より,競争優位を獲得・維持するためには,情報システム以上に
競争戦略や経営管理システムがより重要であることがわかる。
【命題4】
情報システムの構築によって競争優位を獲得しようとするプロセスは,非常
にダイナミックなプロセスである。
両社のシステムの重要な特徴は,情報システムが競争環境を変化させた点で
ある。コスト競争が主流だった自転車業界に,松下が差別化という新たな競争
基盤を築いたことは,その基盤の上で新たな競争が始まることを意味していた。
実際に1年後には大手2社が,オーダーメイド自転車市場に参入してきた。そ
の結果,松下の競争優位はわずか1年で多少なりとも損われた。しかし,後発
のブリヂストンと宮田工業の立場からすれば,防衛的な戦略スラストによって,
先発企業松下の優位性を減少させたことになる。
松下はこれら競争企業の参入に対処するために,製品の幅を広げたり,アメ
リカや欧州の市場に参入する等のいくつかのアクションをとっている。これら
のアクションを通じて新たな優位性を獲得したのである。
オークネットの場合も,競争企業の参入に対処するためにサテライト・オー
クション・システムを開発した。一般に後発企業は先発企業のやり方を研究す
ることで,より優iれた技術を武器に参入してくるケースが多い。実際,2番手,
3番手企業のテレビ・オークション・システムは,幾つかの点でオークネット
49)
のシステムよりも優れていた。オークネットはこの参入した2番手,3番手企
49)例えば,これら2番手,3番手企業のシステムでは,公衆回線と高速モデム装置を利用
して,出品車両の画像をリアルタイム転送することが可能であった(日本経済新聞1987年ノ
情報システムと競争優位 117
業のシステムよりはるかに効果的なサテライト・オークション・システムによ
って,新たな競争優i位の獲得を目指したのである。
このように,情報システムによって獲得された競争優位は必ずしも長期間に
わたって持続するとは限らない。したがって,一度獲得された優位性を維持す
るための継続的な努力が常に必要となり,次のようなサイクルが繰り返される
のである。
先発企業の情報システムの成功→競争優位の獲得→競争企業の参入
→先発企業のリアクション(システムの改善)→新たな競争優位の獲得
→競争企業のリアクション(システムの改善)→新たな競争や事業の生
成…
このようなサイクルの存在は,ある時点で優位性を獲得したシステムが,次
の時点では模倣されたり新たな情報技術を基盤とするシステムに取って替わら
れたりする可能性が常に潜んでいることを意味している。
V 結び
本稿の目的は,競争優位を獲得・維持するための情報システムとはいかなる
ものかを解明することであった。そのためにまず,競争優位と競争スラストの
概念を整理し,次いで,松下のパナソニック・オーダー・システムとオークネ
ットのテレビ・オークション・システムの2つの事例を紹介・分析した。その
結果,両社のシステムの成功の要因として,(1)既存の情報技術の効果的活用,
(2)複数の戦略スラストの組合せによる競争優位の獲得,(3)情報システムと
経営管理システムとの適合性,(4)情報システムの構築プロセスにおける動態
性,の4つの共通点が見出された。
これらの分析の結果は,競争優位を獲得・維持するための情報システムは必
ずしも高度な情報技術を基盤とする必要はなく,むしろ情報システムと競争戦
\8月23日,22面)。
118 彦根論叢 第298号
略および経営管理システムとの適合性こそがより重要であることを示唆してい
る。すなわち,情報システムを導入することにより即,競争優位を獲得できる
のでは決してない。情報システムは,競争戦略や経営管理システムとの適合性
が実現されて初めて企業の業績に好影響を与えるのである。
今後,高性能のコンピュータ・ネットワークの情報システムは単に生産技術
や販売技術だけでなく,組織構造や経営管理システム,さらには経営全般に極
めて大きな影響を及ぼすと考えられている。このような情報システムの経営全
般に及ぶす影響については,本研究でも若干解明されたが,未だほとんど解明
されておらず今後の課題として残されている。
(付記)
本稿は,平成7年度科学研究費補助金(課題番号:07730063)による研究助
成を受けた研究成果の一部である。
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