ストレス反応から見た「女性の強さ」

ストレス反応から見た「女性の強さ」
共通教育科 准教授 藤井千代
1) はじめに
少し古い言葉ですが、
「戦後、ストッキングと女性は強くなった」と言われています。最
近では「肉食系女子」という言葉も登場し、
「女性はかよわいように見えて、実は強い」と
いうイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
しかし「女性は強い」と言うときの「強さ」とは、具体的に何についての強さを指して
いるのでしょうか?力の強さでは女性は男性に及びませんから、筋力ではないことは明ら
かです。では精神力?しかし「精神力」という言葉の定義はあまりにもあいまいで、単純
に比較するのは困難です。そこでここでは「ストレスに対する反応のしかた」を男女で比
較することによって、
「本当に女性は強いのか」ということを検討してみます。
2)敵から自分の体を守るストレス反応―「闘争・逃避反応」
ストレス反応として一般に知られているのは、
「闘争・逃避(fight or flight)反応」です。
夜道を歩いているとき、不審な人物(外敵)が近くにいることに気付いたという状況を想
像してください。そのような緊急事態に対して、人は敵と戦ったり敵から逃げたりするの
に都合のよい状態に体を変化させます。つまり、体中に効率よく栄養や酸素を行きわたら
せるために脈は速くなり、血圧が上がり、呼吸も速くなります。エネルギー源となる血糖
は上がり、暗闇でも相手が見えるように瞳孔は開き、すぐに体を動かせるよう筋肉は緊張
します。
このような「闘争・逃避反応」は、外敵からの攻撃に対応するのには適しています。し
かし困ったことに人間は、敵に襲われるといった緊急事態ではなくても、日常的なストレ
ス(人間関係がうまくいかないとか、仕事がたまっているとか)に対してもこの「闘争・
逃避反応」を起こしてしまうため、高血圧や糖尿病、筋緊張からくる頭痛や肩こりに悩ま
されることになってしまうのです。それだけではなく、この反応が慢性的に続くと、うつ
病などの精神疾患を引き起こすことにもなりかねません。
3)集団でストレスに立ち向かう反応―「思いやり・絆反応」
「闘争・逃避反応」は、医学ではほぼ常識として受け入れられていましたが、最近これ
とは別種のストレス反応が注目されています。それはストレスにさらされたときに子ども
を守り仲間と集まるという反応、すなわち「思いやり・絆(tend and befriend)反応」です。
この反応は、体内のオキシトシンというホルモンが増えることで起こるとされています。
オキシトシンは絆ホルモンとも呼ばれ「助けてほしい、苦しみを知ってほしい」という気
持ちに関係しています。
4)ストレス反応の男女差
男性でも女性でも、ストレスにさらされると「闘争・逃避反応」と「思いやり・絆反応」
の両方が引き起こされますが、前者は男性に、後者は女性に強く認められる傾向があるよ
うです。大昔は、男性は外で敵と戦い獲物を捕ってくる、女性は家と集落を守り子どもを
育てる、という役割分担が明確であったことを考えると、このようなストレス反応の違い
があるのはもっともなことであり、それが現代にまで引き継がれているのです。
では現代社会において、男性と女性のストレス反応のしかた、どちらが都合がよいでし
ょうか?例えば企業で勤める人が最もストレスを感じるのは「人間関係」であると言われ
ています。それに次いで「仕事の量と質」が挙げられます。このようなストレスに対して、
「闘争・逃避反応」はあまり役に立ちません。むしろ必要に応じて助けを求め、味方を増
やそうとする「思いやり・絆反応」の方が都合がよいでしょう。その意味では、現代では
女性の方がストレスに強いといえるのかもしれません。
現在自殺者の多さが社会的な問題となっていますが、男性の自殺者の方がかなり多く、
これは日本に限ったことではありません。この状況も、一部にはストレス反応の男女差が
関係している可能性があります。成果主義と行き過ぎた効率化、経済格差など様々なスト
レスに晒される現代社会、男性も女性も意識して「仲間を思いやり、絆を深める」という
「女性的な」対処をすることが求められているのかもしれません。
参考文献
1) Repetti RL, Wood J: Effects of daily stress at work on mothers, interactions with
preschoolers. J Family Psychology 11, 90-108, 1997
2) Taylor SE,: The tending instinct: how nurturing is essential to who we are and how
we line. Henry Holt and Company, New York, 2002
3) 神庭重信,久保田正春:精神神経内分泌免疫学―心とからだのネットワーク、その仕組
み.診療新社,2000
4) 警察庁生活安全局生活安全企画課:平成 21 年中における自殺の概要資料,2010