TR IA ロケット微小重力実験 多目的均熱炉(MPF)の開発から得られた

日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 19 No. 2 2002 (137
142)

過去の事例に学ぶ
TRIA ロケット微小重力実験
多目的均熱炉(MPF)の開発から得られた教訓
後藤
一將A・立岩
夏美B・越川
尚清C・依田
真一D
Lessons Learned Through Development of the Multi-Purpose
Furnace (MPF) for TRIA Micro-Gravity Experiment
Kazumasa GOTOA, Natsumi TATEIWAB, Naokiyo KOSHIKAWAC and Shinichi YODAD
Abstract
The Multi-Purpose Furnace (MPF) was developed and launched for micro-gravity experiment used the sounding rocket
TRIA#5, #6 and #7. We describe lessons learned through development of the MPF from a viewpoint of equipment development.
.
の高精度拡散係数測定技術の開発(NASDA
はじめに
依田 PI)
多目的均熱炉(MPF, Multi-Purpose Furnace)は,TR
実験温度1200°
Cの 1 炉体に 3 試料を搭載.
IA ロケット微小重力実験 5 号機用の実験装置として新規


開発され,1996年 9 月25日にフライト実験を行った.その
テーマ 1 液体金属の自己拡散係数における同位体効果
MPF6 号機
後 TR I A6 号機および 7 号機用として改修され, 1997 年
の研究(北海道大学伊丹 PI)
9 月25日,1998年11月19日にそれぞれフライト実験を行っ
実験温度400°
C, 370°
C, 320°
C, 320°
Cの 4 炉
た.
体に 5 種類,合計12試料を搭載.
なお,MPF で実験されたフライト実験は以下のとおり
テーマ 2微小重力環境での AlTi 包晶系合金の凝固組
織(千葉工大茂木 PI)
である.


MPF5 号機
実 験 温 度  800 °
C , 1400 °
Cの 2 炉体に 5 種
テーマ 1ゲルマニウム半導体融液の自己拡散係数の研
類,合計 6 試料を搭載.
究(北海道大学伊丹 PI)


実験温度1000 °
C,1270 °
C ,1500 °
C の 3 炉体
テーマ 1 高融点金属性複雑融体の拡散の研究( NAS-
に 2 試料ずつを搭載.
MPF7 号機
DA伊丹 PI)
テーマ 2微小重力環境における融液の間隙浸透性(金
属材料技術研究所雀部 PI)
実験温度1160°
C,1210°
C,1260°
Cの 3 炉体
に10種類,合計30試料を搭載.
実験温度 600 °
C → 1000 °
C , 1020 °
C の 2 炉体
に 6 種類,合計 7 試料を搭載.
テーマ 2InAsGaAs の相互拡散係数の測定(NASDA
木下 PI)
テーマ 3シアーセル法によるゲルマニウム半導体融液
実験温度1070 °
C ,1120 °
C ,1200 °
Cの 3 炉体
A
株 IHI エアロスペース生産センター 〒370

2398 群馬県富岡市藤木900番地
IHI AeroSpace Co., Ltd. 900, Fujiki, Tomioka-shi, Gunma, 3702398 Japan
株 宇宙開発事業部 〒350
B 石川島播磨重工業
1107 埼玉県川越市的場新町211
Space Development Division, Ishikawajima-Harima Heavy Industries Co., Ltd. 211, Matoba-Shinmachi, Kawagoe-shi, Saitama,
3501107 Japan (E-mail: natsumi.tateiwa@ihi.co.jp)
C 宇宙開発事業団 宇宙環境利用システム本部 〒3058505 茨城県つくば市千現 2 丁目 1 番地
O‹ce of Space Utilization Systems, National Space Development Agency of Japan, 211 Sengen, Tsukuba-shi, Ibaraki,
3058505 Japan
D 宇宙開発事業団 宇宙環境利用研究システム 〒3058505 茨城県つくば市千現 2 丁目 1 番地
Space Utilizaiton Research Program, National Space Development Agency of Japan, 211 Sengen, Tsukuba-shi, Ibaraki,
3058505 Japan
― 137 ―
47
後藤 一將,他
に 5 種類,合計15試料搭載.
できるだけ詳細なモデルが作成できなかったことにつきる.
幸い MPF は 5 号機, 6 号機, 7 号機のフライト実験で

○
チェック体制の重要性
不具合はなく,全て成功のもと実験データを取得すること
テーマ 3 のシアーセル実験においては,当時スベースシ
ができた.これらの成功は容易に手に入れられたわけでは
ャトルに搭載予定である MSL1 の LIF でもシアーセル実
なく,実験者,NASDA 担当および実験開発担当の 3 者に
験が行われる予定となっており,開発が進められていた.
よる言葉に言い表しがたい日々の積み重ねによる努力の結
このため,テーマ 1 および 2 に比べて作業が先行して進ん
晶である.
でいたので大きな不具合はなかったが,熱解析時に比熱パ
本稿では, MPF の開発を通して得られた教訓および課
ラメータのインプトミスがあり,搭載バッテリの容量では
題について装置設計者の立場からまとめ,今後の小型ロケ
当初予定していた実験温度に対応できないことが判明した
ッ卜実験の再開時に,しいては今後の微小重力実験に,こ
ため,実験温度を変更することになった.また,試料をよ
れらの教訓を充分に考慮する必要がある.
り拡散させるため,打ち上げ前に地上電源を用いて長時間
.
の加熱を実施し,できるだけ実験温度を高く設定した.熱
開発で得た教訓および課題
解析のパラメータインプトミスは,チェック体制の重要性
を学んだ.また, MPF の射場設備不良(ベーキング時な
. 号機編

○
どに使用する通信コマンドが第 2 防爆室から射点へ送信で
カートリッジ収納型ヒータの功罪
テーマ 1 の拡散実験の地上実験においては,加熱開始か
きない不具合)があり打ち上げを 1 日延期してしまった.
ら 9 秒後にヒータの短絡不具合が発生した.原因はセラミ
これは,事前に送信するコマンドの波形が鈍ることを想定
ックスヒータの絶縁部分( BN )が剥離して熱膨張により
し,工場整備では射点と同じ通信距離となるケーブルを使
カートリッジ(Ta 製)と接触したためである.従来,ヒー
用して確認試験を行った.しかしながら,射点における通
タはカートリッジの外側に取り付ける設計を行ってきた
信条件を適切に模擬することができなかったためにおきた
が,拡散実験では重要なパラメータとなる温度均一性の向
不具合である.このことにより,試験手順および条件の難
上を図るためセラミックスヒータを使用してカートリッジ
しさを学んだ.
3 テーマは 3 装置
内部にヒータを取り付ける方式を採用した.(セラミック

○
スヒータは, JEM などの長時間の加熱実験を行うと,
5 号機全体で見れば 6 炉体を搭載するなど実験者に対し
ヒータにコーティングされている BN が蒸発してしまうた
てフレンドリーな装置開発を目指したが,システム的には
め,採用することができないが,ヒータパターン,形状変
複雑になり開発要素も多かった.初号機でありながら一度
更を容易に行えるのが特徴である.)このためヒータが溶
に 3 テーマの実験を行うということでも,実験パラメータ
接構造のカートリッジ内部に組み込まれていて BN の剥離
の絞込み,検証には 3 装置分の時間とコストを費やすこと
が直接目視で確認できないため,フライト品については20
 ~○
 の事例からみても装置全体としては 5 号
になった.○
秒間(ヒータの抵抗が最小値になる加熱時間)の加熱を行
機打ち上げ前に十分に検証されたとは言いがたい状態であ
い,ヒータの最大到達温度に上昇しても熱膨張により短絡
った.しかしながら,これらの不具合の発生と度重なる
しないことで,カートリッジの健全性を確認した.ヒータ
NASDA /実験者との実験内容の調整を通して 6 号機以降
が目視できないときの確認方法の重要性を学んだ.
の装置開発に貢献できたこと,また装置開発メンバーに問

○
初期の熱モデルの完成度
題を克服する自信とノウハウの蓄積ができたことは大いに
テーマ 2 のろう付け実験においては,各試料の構造およ
評価できる.
び実験条件(温度勾配,温度均一性など)が複雑だったこ
. 号機編
ともあり,熱解析モデルに上手く反映できなかった.これ

○
評価可能な試料寸法とは
に加え,銀ろうの潜熱を考慮せずに熱解析を行い,ヒータ
テーマ 1 の基礎研究物理実験では, Li の拡散の温度依
の熱分布と長さを設定してしまった.このため種子島への
存性を調べる実験であり,融点179 °
C に対して可能な限り
出荷直前になっても銀ろうが溶融しない試料や,実験終了
温度範囲を広く取るという観点から,200 °
C , 370 °
C , 500
時までに凝固しない試料が地上試験で発生した.この対策
°
Cと実験温度が設定され,フライト実験に近いコンフィギ
として,実験シーケンスの見直しおよび銀ろう入りのカー
ュレーションで実試料溶融試験(1 g リファレンス試験の
トリッジで地上実験により投入加熱量を把握し,投入加熱
リハーサルにあたる.)を実施した.この結果,低温側の
量をパラメータとして実験温度および実験シーケンスを見
200 °
C実験では,拡散対が接合しなかったため,実験温度
直した.このことから,余裕のある実験条件の設定と適当
を200°
C→280°
C→300°
C→320°
Cと変更しながら,接合の状
な実験条件算出法が重要であり,プラス熱解析が必要であ
況を確認して行った.これは,事前の拡散対の接合におけ
ることを痛感した.また,フライト実験後,フライト予備
る酸化皮膜の影響を十分に考慮した検証がされていなかっ
品を使用し 1 g リファレンス試験を実施することでフライ
たために発生した.高温側の500°
C実験では,Li 試料とる
ト実験結果の校正データを得ることができた.熱解析時に
つぼの BN が反応し LiN を生成したような黒色への変色
48
日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 19 No. 2 2002
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TRIA ロケット微小重力実験多目的均熱炉(MPF)の開発から得られた教訓
や濡れ性に起因する空隙が発生し,実験温度を500°
C→430

○
°
C →400 °
C と変更した.これに加え,Li 試料はアルカリ金
5 号機と 6 号機の大きな違いは,実験テーマ設定の場に
研究者のニーズとは
属で,水,空気(酸素および窒素)と激しく反応するため
NASDA のアドバイザーとして参加できるようになったこ
試料封入,分解とグローブボックス内で行わなければなら
とであり,研究者が身近になった印象であった.事前に各
ず,確認作業にも多くの時間を費やすことになった.しか
応募テーマに簡単な熱解析などを実施し装置開発の立場か
しながら,このときの問題解決を実験者の研究室で一緒に
らテーマの実現性の検討をさせて頂いた.また,このよう
行ったことにより,研究者側の要望,目的がより我々実験
な場に参加することで,宇宙実験の公募テーマから研究者
装置側に伝わることとなり,7 号機では難しいと思われた
のニーズ(無理な要求もあるが)も良く理解できるように
10本試料入りのシアーセルカートリッジの提案および開発
なった.
を成功させることに結びつく源となった.これは,実験者
. 号機編
に言われるままの開発を行うのではなく,装置開発側でも

○

○
微妙なコンフィギュレーションの違いは不具合の原
因
実験の成立性を理解する必要があることを痛感した.
実験試料の事前検証の必要性
7 号機では 6 号機まで使用していた炉体に対してシアー
テーマ 2 の凝固組織実験は濡れ性の要求を満足するため
セル用の改修を行った.5 号機のシアーセルはカートリッ
熱衝撃に弱いジルコニアを宇宙実験で初めて採用した.ま
ジの軸に金属の歯車を介してモータを回転させたが,7 号
た Al Ti 試料の製作上,試料の寸法が q13 × 15L と大き
機では搭載スペースが無いため炉体の上部にモータを設置
く,この試料 3 個をカートリッジに封入して 6 分間のフラ
し,プーリとゴムのベルトを使用してカートリッジの軸を
イト実験の間に1400 °
C 以上への急速加熱および660 °
C 以下
回転させることにした.この改修により以下の不具合が発
に急速冷却させる必要があり,溶融・凝固時の潜熱の推定
生した.
などで実験温度プロファイルの設定に手間取ってしまっ


回転軸の動力伝達にゴムのべルトを使用したため試
た.これに加えシステムとしては既存の冷却用ガスだけで
料の接合・切断角度がうまく設定できなかった.当初
はガス量が足りず,不足分を補うためにミニボトルのガス
モータ駆動の停止は回転軸が所定の角度まで回転する
ボンベ追加や冷却プロファイルの見直しが発生した.実験
と,取り付けてあるリミットスイッチをたたいて電源
者はできるだけ大きい試料をより多く搭載することを望
供給ラインを遮断することで行っていたが,べルトの
み,装置側はそれにどこまで応えることができるか検討し
伸縮でリミットスイッチがうまくたたけず,リミット
なければならず,調整の難しさを感じた.このことからも
スイッチを取りはずし,回転時間を設定することで対
事前の評価可能な試料寸法の検討が重要であることを痛感
応した.
した.また,実験者の試料切断を行う前に X 線スキャン


テーマ 1 の高融金属実験の地上実験でシアーセル
にて断面撮影を実施し,切断方向を確認するなど興味深い
カートリッジの回転軸に使用しているムライト製ロッ
方法も採用した. X 線スキャンについては,カートリッ
トが回転時に破損してしまった.テーマ 1 については,
ジ組立後に加圧バネの寸法形状が大きかったため正常に加
10 本試料入り(5 試料× 2 段)としたため従来のカー
圧されているかどうか確認するために装置側で独自に撮影
トリッジに比べ回転しにくかったことに加え,リミッ
していただけだが,この写真がきれいなこともあり,溶融
トスイッチを取りはずした時点でモータトルクの制限
後の状態を撮影し切断角度をきめることになった.利用す
を行っていなかったために起きた.モータのドライバ
る立場で使い方や考え方で目的が変わってしまうことが良
回路に電流制限を加えオーバトルクにならないように
く分かった.
した.またカートリッジ組立時にムライ卜の強度内に

○
新規実験テーマは開発要素が盛りだくさん
モータのトルクが収まるようにるつぼ径およびムライ
6 号機全体で見ればテーマ 1 の低温実験における温度制
トの軸長を調整することにした.
御,テーマ 2 の大型試料の急速冷却難しさがあげられる.
 ,
 は,5 号機の実験とコンフィギュレーショ
これら
低温実験では低温炉ゆえの反応のよさとカートリッジ熱容
ンも同じと考えていたが,よくよく考えてみればプーリ・
量が小さいためにわずかなヒータ電力投入でも試料温度が
べルトの使用,シアーセルの試料本数の変更などを行った
応答してしまい温度制御パラメータの設定に多くの時間を
時点で,5 号機とは全く違う新規開発装置という観点が抜
かける結果となった.急速冷却では個々の炉単体で実験要
けていたために発生した不具合と言ってよい.
固定観念は捨てよ
求を達成しても配管下流側が試験状況と異なるため,なか

○
なか同等のガス流量が模擬できず実試料の潜熱やガス流し
テーマ 2 の半導体拡散実験については,試料に含まれて
停止後のヒー卜バックなどを考慮した冷却プロファイルの
いる As の蒸気圧が高いので,実験中にカートリッジの外
設定および装置全体での実験の成立性の確認に苦慮した.
へ蒸発した As が出ないように,カートリッジとムライト
やはり新規実験テーマごとに,新たな開発要素が多くでて
の回転軸の間にガラスを溶融させて封止するガラス封止機
くることを再認識させられた.
構を施工した.しかしながらガラスの組み合わせ(板厚,
日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 19 No. 2 2002
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49
後藤 一將,他
溶融温度,枚数など)を数回変更して実験を行ったが As
散実験は, 5 , 6 号機を通して,できるだけたくさんの試
の蒸発を抑えることができなかった. As が蒸発する原因
料と異なる温度条件で行う必要性を実感した.そのため装
は当初蒸気圧が高すぎてガラス封止が効かないためと推定
置開発側で実験の目的に沿うように,1 つのカートリッジ
していたが,実験後の切断されたガラス封止部の外観から
に 10 試料を入れ,切断できるるつぼ形状を提案してしま
はガラス封止が効いていることが判明した.これより他の
い,結果的にはメンバーに苦労をかけることになってしま
要因を調査することとなり,カートリッジをのし状に切断
った.しかしながら難しいアイデアでも必要性を理解して
して成分分析を行ったところ,カートリッジの部材である
いれば,人間は解決に向かって一致団結できるものである
Ta と As が Ta 表面上で反応していることが判明した.こ
ことを痛感した.ただし,無理に試料を詰め込んだため
の結果をもとに,カートリッジの内面に Ta と As の反応
に,拡散で重要なファクターである温度分布が悪くなり,
層を形成すべく,As 過多の InAs を試料部が収納されてい
解析にやや不都合を生じてしまった.このことからも無理
る場所より温度が高くなるカートリッジ近傍に装着し,試
な詰め込みは必ずしも善ではなかった.また,7 号機で忘
料より先に As 過多の InAs を溶融することで As を蒸発さ
れられない出来事にフレキシブル熱電対がある.この熱電
せ,試料の As 蒸発量を抑えることができた.この不具合
対はフレキシブルなためシースが切れないはずであったの
の根本は,関係者が「As は Ta とあまり反応しない.」と
で,工場における試験および整備作業時に使用していなか
いう観念から,実験の成立性に重要であるにもかかわら
った.このことが,何か心に引っかかり,冗談半分で東京
ず,その背景や定量的な調査を怠ったために発生した.
に作業者を待機させていたところ,射場整備作業中に断線

○
フライト品は普段着で
してしまい,作業者を種子島へ呼び寄せることとなり,笑
 以外にも試料が漏れる不具合が発
テーマ 2 については○
えない状況になってしまった.号機を重ねるうちに,この
生した.これは度重なる As 蒸発対策を確認していたた
ころになると装置開発メンバーの胸騒ぎは,必ずといって
め,再 1 g リファレンス試験に使用するカートリッジおよ
いいほど的中し,整備中の不具合につながっていた.ただ
びるつぼが無くなり,フライト用のものを使用して As 蒸
し,このお陰でフライト中の不具合が撲滅されたことは言
発対策の最終確認のために行った試験で発生した.試料を
うまでもない.
加圧するスプリング側に試料が漏れていた.原因はるつぼ
. 「科学」と「技術」の融合
の試料を入れる穴の径が十数 mm でテーパがかかっていた
ために発生したものである.根本的な原因は,加エメーカ
我々は 5, 6, 7 号機をとおして,実験者としては 5 人の
の変更であった.るつぼの加工をフライト品は客先の品質
研究者,共同研究者を含めると何10人もの方達とおつきあ
管理要求が十分対応できる大手メーカに発注し,地上試験
いをさせて頂き,実験テーマとしても 7 テーマを実施し
用は開発品ということで設計変更に臨機応変に対応できる
た.研究者の目的は,宇宙実験の機会において,自分の科
ように簡単な品質管理要求レべルとして,家族で営む町工
学的理論から数値シミュレーションなどを用いて証明して
場に発注していたためである.フライト品の設計が固ま
いる理論,即ち「科学」を「技術」の集合である実験装置
り,客先の品質管理要求に満足するメーカを選定,発注
を手段として用い,物理的現象を数値として証明すること
し,一見問題が無いように思えるが,穴あけの技量および
である.このように書けば簡単であるが,ここには研究者
加工習熟度ははっきり出てしまい,深さ 22.5 mm , q1.5
からの厳しい実験条件が提示される.温度安定性,均一性
mm の穴に対して,「十数 mm のテーパ」に対し「5 mm 未
は当然として,これに加え,実験温度要求として,融点に
満のテーパ」の差であった.実験者の「たかが穴あけされ
近い低い温度から濡れ性の影響が出ないぎりぎりの高い温
ど穴あけ」という感想は,印象に残る言葉となった.実験
度と様々である.さらに,多数の温度計測点や 6 分間の m
試料関係には,やはり匠の技の世界があり,(5,6 号機で
g 時間をできるだけ確保できるようなシーケンスなどの
分かっているつもりではあったが)宇宙関係でいうところ
要求が加えられる.いうなれば,研究者として最高の条件
の品質保証を超えた一面である.「あの匠がやった仕事で
を提示してくるのである.「技術」の集合である実験装置
ある.」ということが品質保証であるという特殊な世界を
としては,限られた重量,包絡寸法,バッテリ容量,通信
改めて実感させられた.これらのことから,フライト品は
などの制約により,研究者に条件の緩和をせまることにな
地上試験品と同じプロセスで作られたものを使用すべきで
るのである.いわば「技術」が習熟していかないと,研究
あると再認識させられた.
者が望む高い精度による「科学」の証明ができない.この

○
ことを,号機を積み重ねることにより実感していった.5
必要性の理解は問題解決への早道
7 号機全体で見れば,6 炉体をシアーセル用として包絡
号機では実験装置自体の開発に追われ,研究者と実験計画
寸法を変更することなく,現状のリソースを使用して改修
書上で取り交わした内容を開発が進むにつれて一部実現で
することが装置開発担当としては苦心させられた.最終的
きないという事態を招いた.研究者側にとっては納得のい
にはたくさんのアイデアを出し,精査していくことでシ
かない譲歩であったであろう.言い換えれば,条件を緩和
アーセル実験を 6 炉体全てで行うことができた.また,拡
し,精度の悪い実験を行わなければならなくなった.6 号
50
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― 140 ―
TRIA ロケット微小重力実験多目的均熱炉(MPF)の開発から得られた教訓
機では 2 つのテーマではあったが,実験の内容(実験温度
ることも心配されるが,上手く機能すれば次期小型ロケッ
の違いなど)から 5 つのテーマを開発していることと同じ
ト実験の立ち上げも成功すると確信している.
作業量となり,各テーマの問題解決に多くの時間を費やす
. MPF の概要
こととなった.これは実験を満足するのに装置側の限界も
あるが,研究者側の試料に対する地上実験での実現性(濡
最後に MPF の装置概要について記述しておく. MPF
れ性,反応性など)確認も重要なファクターであることを
は様々な実験に対応できるように,各炉体が独立に温度制
再認識させられた. 7 号機になると 5 , 6 号機に比べて装
御できる 6 式の電気炉を有する実験装置である. MPF の
置としては大きな進歩がみられたが,研究者にしてみれ
包 絡 寸 法 は 直 径 715 mm , 高 さ 630 mm で あ り , 炉 本 体
ば,まだまだ満足できる内容ではなかったと思う.しかし
部,計測制御部,電源部,ガス供給排気部および構造部か
ながら,15~30種類(温度および成分の違いなど)のパラ
メータを習得できるようになり,少しは研究者の研究に貢
献できるようになったと思う.このような経験から,「科
学」と「技術」を融合させる意味で一番重要なことは何か
と考えると,やはり NASDA を含めた研究者と装置担当
との調整にかかっていると言えよう.ある意味異質で相い
れない両者(研究者は目的を重視しすぎて要求が不明確に
なりがちであり,装置側は実現性の観点で判断を行うな
ど)を科学的な目的を損なわずに技術の適正化を図ってい
くために協調させることが重要である.そのためには,試
行錯誤を繰り返しながら議論を進め,その成果は号機を重
ねるごとに実験調整会の回数増加と,実験計画書の充実と
して現れた.最終的には実験者の満足を得られたと思う.
これらの貴重な経験,ノウハウの蓄積が,どのような形で
各メーカ,NASDA が残し,伝承されているのか.また,
TR IA プロジェクトが終了して 3 年以上の空白期間があ
Fig. 2
日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 19 No. 2 2002
Fig. 1
多目的均熱炉外観
MPF 構成図(6 号機)
― 141 ―
51
後藤 一將,他
ら構成される.MPF の外観を Fig. 1 に示す.
.
各 構成 機器 の機 能は 以下 のと おり であ る. 構成 図を
ま
と
め
Fig. 2 に示す.
宇宙実験を行うためには,多くの制約条件の中で科学の
炉本体部
目的,概念を損なわずに,開発された実験装置を用いて適


炉体部は,加熱室,試料部,断熱材,ヒータより構成さ
正化された実験条件を探り出し,実験を行うことが重要で
れ, 6 式の炉体を独立に加熱,冷却等の制御が行える.
ある.そのためには,研究者に実験条件の妥協をお願いす
ヒータへの最大投入電力は1000 W であり,Ni のリファレ
る前に,まず我々装置担当者が,数々の教訓をもとに技術
ンス試料においては高温炉で約 6°
C/秒(900 °
C~1600°
Cま
力をアップさせ,装置のグレードをあげることが重要であ
で),低温炉で約 8 °
C /秒(常温~ 500 °
C )以上の加熱速度
る.さらに,宇宙実験特有のユーザインテグレーションの
により試料部を均一に加熱することができる.炉内は真空
構築が大切であり,毎年打ち上げ実験が行われた TR IA
または雰囲気ガス(不活性ガス)環境を維持することが可
プロジェクトは,これらを育成する場として最適であった
能である.また,炉内にヘリウムガスを吹き流すことによ
と思う.なぜなら,経験を重ね,問題の解決方法などを周
り26°
C/秒以上(1400°
C~600°
C)の冷却速度で冷却するこ
囲と助け合いながら,自分自身で身につけていくことが早
とが可能である.
道であると思うからである.(座学でこれらを学ぶことは
計測制御部
できない.)今後,このような場が再開されることを期待


計測制御部は,計測制御装置( MPF CE )および電気
している.
炉ドライバ(MPF FD)から構成され,MPF の実験シー
ケンスを記憶し,システムからのリフトオフ,実験開始/
謝辞
終了信号を受信して,計画されたシーケンスを自動的に実
今日,このような場を与えて頂き,本誌関係者には深く
行する.また,各センサの計測データ,コンポーネントの
感謝致します.また,本装置の開発当時にお世話になりま
動作ステータスなどを収集/編集してテレメトリデータと
した,NASDA をはじめ,研究者および各関係機関より多
してシステムに出力する.
大なご指導およびご協力を頂きましたことをこの場をお借


電源部
りして深くここに感謝致します.
電源部は, MPF の運用に必要な電力の蓄積および供給
最後に,私事ではありますが,我々の公私の師であり,
を行い, Ni Cd 電池を制御部用に 1 台,電気炉用に 6 台
本装置開発においては陣頭指揮をとり,影となり,日向と
を有する.
なって支えてくださいました故 荒井義人氏に感謝の意を


ガス供給排気部
表すとともにご冥福をお祈りいたします.
ガス供給排気部は,ガス供給系および真空排気系(電磁
参考文献
弁24 台,真空弁 6 台など)により構戚され, MPF の各炉
体に対し,冷却時の不活性ガスの供給/排気および真空排
ム構造のプレート 2 枚で構成され,上面に電源部,計測制
1 ) 「宇宙開発事業団技術報告書 TRIA ロケット微小重力実験
―5 号機実験成果報告書―」,宇宙開発事業団(1997年 8 月)
2 ) 「宇宙開発事業団技術報告書 TRIA ロケット微小重力実験
―6 号機実験成果報告書―」,宇宙開発事業団(1999年 8 月)
3 ) 「宇宙開発事業団技術報告書 TRIA ロケット微小重力実験
―7 号機実験成果報告書―」,宇宙開発事業団(2001年 3 月)
御装置,電気炉ドライバ,下段に炉体部,真空弁および電
(年月日受理)
気を行う.


構造部
構造部は軽量化を図るため厚さ 30 mm のアルミハニカ
磁弁を搭載している.
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日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 19 No. 2 2002
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