看護師による 残尿量のアセスメント

特集
排尿ケアを極める−床上での排泄ケア〜ベストプラクティスを探る
看護師による
残尿量のアセスメント
谷口珠実 TANIGUCHI Tamami
杏林大学医学部泌尿器科/日本コンチネンス協会
残尿量とは
*排尿後の膀胱内の尿量を残尿量という.この測定方法として,以前は主に導尿による実測が用いられた.
*導尿を行うと,正確な残尿量が測定できるものの,カテーテルを挿入することによる感染のリスクや疼
痛を伴うことがあり,尿道口や陰部に触れる羞恥心などの配慮も必要となる.
超音波による測定方法
*超音波による残量の測定は機械の進歩と計測方法の確立により,その信頼性が向上した.
*現在では,安全な腹部超音波検査による残尿測定を行うことが多くなり,小型化した携帯型の超音波残
尿測定専用器により簡便な計測が可能となった.
*排尿障害は,この測定値とともに他の指標と合わせて複合的に評価する.
はじめに
「残尿とは何か?」と問われたら,排尿後に膀胱内に残った尿のことを示すことは明確であ
る.残尿量のアセスメント方法には,主に導尿による実測方法と,超音波検査による残尿測定
の方法があり,超音波検査では使用機種による測定値の違いもある.本稿では,これらの残尿
量のアセスメントについて有効性・安全性・利便性について検討する.
国際禁制学会による残尿量の用語の定義
知識
排尿に関する医療の中枢である国際禁制学会(International Continence Society :ICS)
の用語基準(Terminology)によると, Post void residual(PVR)is defined as the
volume of urine left in the bladder at the end of micturition と記載されている 1).つ
まりPVR(残尿量)とは,
「排尿を終えたときに膀胱内に残った尿の量」である.ただしこれ
には,測定するときと測定すべき部位と測定する単位は指定しているが,その方法については
詳細な指示は示されていない.
●
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残尿量の意義
知識
残尿量(PVR)がパラメーターとして用いられるのは,排尿障害の診断と治療である 2).
残尿測定は,排尿障害にかかわる診療ガイドラインのなかで必須な検査であるが,残尿量が
単独で指標となるわけではなく,排尿回数や排尿量,尿路感染の有無や上部尿路障害の有無な
ど,複合的な要因により評価される.
実際の診断では,過活動膀胱の診療ガイドライン 3)や前立腺肥大症の病期分類 4),前立腺肥
大症(BPH)診療ガイドライン 5)に基づいた重症度判定で用いられており,これらの臨床評価
では,残尿が 50ml 未満,100ml 未満,100ml 以上に分けていることが多い.過活動膀胱
(OAB)の診療アルゴリズム(笊)では,残尿測定の結果として残尿が多い・少ないという指
標を50ml 以上・未満で分け,それにより治療選択は異なる 3).
このように診療ガイドラインの残尿量の分岐の基準は,50ml,100ml,150ml で捉えられ
ており,50ml ごとの幅なので数ml の差は問題にはならない 6).診断として,慢性尿閉の状態
を示す値としては300ml が残尿量の最小値と解説されている 7).
残尿量は変動の大きなパラメーターであるため,複数回測定することが求められている 8).
OABの症状を訴える患者
(尿意切迫感と頻尿±切迫性尿失禁)
神経疾患(脳血管障害,脊髄障害など)の既往
な し
あ り
1
2
尿検査
血尿のみ
3
4
膿 尿
尿所見が正常
尿路感染症の治療
改 善
5
尿所見残尿量の測定
残尿少ない(50ml未満) 6
不 良
残尿多い(50ml以上)
7
抗コリン薬による治療
改 善
泌
尿
器
科
専
効果不良
門
医
笊 過活動膀胱の診療アルゴリズム
(山口脩,西沢理,武田正之:過活動膀胱における排尿障害の診療ガイドライン.排尿障害プラクティス
2 0 0 5 ; 1 3 (2 ): 1 1 8 - 1 3 0 . 3 )より)
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●
残尿量が変動する要因には,被検者側の排尿量や膀胱内尿量,残尿率(残尿量/〈排尿量+残尿
量〉
)
,排尿時の環境や心理状態といった影響と,検者側として超音波測定では機器のプローブ
の方向や角度などの当て方などが影響するといわれている 9).
治療を開始する残尿量として多くは,
「常に100ml 以上」の残尿がある場合と示されている
が,間欠導尿の適応については,残尿量以外の複合的な要因を含めて専門医の判断が求められ
ている 10).
残尿量の測定結果の解釈
ガイドラインの推奨
残尿量の測定結果をどのように解釈し,治療を決定するかは,医師の判断にゆだねられてい
る.診療ガイドラインでは,50ml 以上の残尿は,専門医に相談することが推奨されている 3).
国内では,前立腺肥大症や神経因性膀胱による残尿がある場合は,尿路感染や上部尿路障害の
リスクの大きさを考慮して治療を行うとする排尿管理専門医の意見が示されているが 6),詳細
な基準についてのコンセンサスは得られていない.日本のガイドライン以外では,残尿量
150ml 以上では定期的な観察が必要であり,400ml 以上では導尿などを行うべきとする意見
もある 11).
残尿量の正常値
排尿機能が正常な場合に,残尿はまったくない 0 m l になるのか,という疑問がある.
Haylen は 12),53 名の女性を対象として,カテーテルを用いずに経腟的超音波を用いた残尿測
定を行ったところ,2 〜175ml であったと報告している.さらに,このなかから特定の排尿症
状がある人を除外して正常であると考えられた 45 名の女性においては,残尿量の平均値は
4.8ml であったと報告している.一方で,男性の正常値は30ml 以下であるとの報告がある 13).
主観的な残尿感と客観的な残尿量との相違点
主観的な 残尿感 と,測定された 残尿量 とは異なる.排尿障害の診断を進める過程で
重要視されるのは,残尿量である.
残尿感の訴えは,膀胱炎や膀胱の刺激症状を有する結石や感染が原因となっていることがあ
る.逆に残尿が多いのに尿意がないために残尿感を訴えない患者の基礎疾患としては,糖尿病
性神経因性膀胱や前立腺肥大症における溢流性尿失禁がある.すなわち症状からは蓄尿障害と
捉えられても,その病態では排尿筋の収縮力の低下や尿道閉塞に伴う尿の排出障害が生じている
ことがあるために,残尿測定はすべての排尿障害患者の病態把握に必須の検査と捉えられている.
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排尿の自覚症状を捉えるための排尿障害の症状問診票としては,前立腺肥大症(国際前立腺
症状スコア: I-PSS)
,尿失禁(尿失禁症状質問票)
,過活動膀胱(過活動膀胱症状質問票:
OABSS)
,間質性膀胱炎(間質性膀胱炎の症状質問票:ICSI)
,疾患を特定しない(主要下部
尿路症状質問票)がある.これらの症状把握のうち,残尿感を問う項目があるのは,国際前立
腺症状問診票 7)であり,
『1.最近 1 か月間,排尿後に尿がまだ残っている感じがありました
か?』という質問に対して,
「0 :まったくなし」
「1 :5 回に1 回の割合未満」
「2 :2 回に1 回
の割合未満」
「3 :2 回に1 回の割合」
「4 :2 回に1 回の割合以上」
「5 :ほとんど常に」と回答
を求めている.主要症状質問票においても,この1 週間の状態に当てはまる回答を求めるため
の質問として,
「8.尿をした後に,まだ残っている感じがする」があり,
「0 :なし」
「1 :た
まに」
「2 :時々」
「3 :いつも」という回答が用意されている.
これら質問票の詳細については「排尿障害のアセスメント」の稿(p.12)参照.
残尿量の測定時宜・方法による安全性
残尿量の測定のタイミング
残尿量の測定は,排尿直後にタイムリーに行うことが求められる.排尿後から経時的に尿は
生成されるため,尿排出から時間が経つと膀胱内に貯まった尿は,排出されずに残った尿と区
別されることなく計測される.このため,外来や病棟で排尿直後にすみやかに検査を行うため
には,その場にいる看護師が排尿後に患者を待たせることなく測定することが必要である.
導尿法,超音波検査ともに外来診療上の診療報酬点数が認められている.
残尿量の測定方法の安全性
導尿法で残尿量を測定する場合の患者のリスクとしては,尿道から異物を挿入することにな
るために疼痛や感染の危険が伴うことが指摘されている 14).一方で経腹部の超音波検査におい
ては,リスクの報告は見当たらず,患者の負担が少ない,安全な方法であると考えられる.
携帯式の残尿測定専用機器
一般的に,画像を確認しながら行う腹部超音波検査では,50ml 程度の残尿があれば,膀胱
と消化管を鑑別することが容易であるといわれている 14).しかし,残尿が少ない場合には,膀
胱は球体とならず,超音波検査や残尿測定専用機器では測定誤差が生じる.
超音波断層法による残尿測定の誤差
カテーテルを用いた導尿法による残尿測定が最も正確ではあるが,複数回実施するには,感
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●
笆 膀胱内尿量測定装置
Bladder Scan TM BVI6100
(DIAGNOSTIC ULTRASOUND 社製,
シスメックス株式会社販売)
残尿量(mL)=
a × b × c(cm)
2
横径,上下径を計測して,残尿量を測定する.
笳 超音波断層法による残尿量の計測
(後藤百万:泌尿器ケアのトラブル対応.泌尿器ケ
ア 2 0 0 9 ; 1 4 (5 ): 6 6 - 6 7 . 8 )より)
染や羞恥心を伴う侵襲的な検査であるため,日常診療では代替法として経腹的超音波による測
定を行うことが多い.経腹的な超音波断層法による計測の誤差率は40 %以上であり,特に残
尿量が100 〜150ml 以下の膀胱容量の把握に関する検査は十分に確立されていないという指
摘がある 15).
渡部らは,携帯型3 次元超音波断層装置(Bladder Scan TM BVI6100 ;笆)と経腹的超音
波断層法(笳)とカテーテル導尿による実測を比較した.BVI は備わっている男性モード,女
性モードでの測定を男女すべての被検者に行った.その結果,カテーテル導尿を実測膀胱容量
の基準にした場合の誤差率は経腹的超音波断層法42.7 %,BVI 男性モード50.6 %,BVI 女性
モード65.8 %であり,超音波断層法とBVI 男性モードでは統計学的有意差が認められなかっ
たが,BVI 女性モードは有意差が認められた.このため,BVI 女性モードは有意に誤差率が
高く,男女ともに男性モードの誤差率は有意に低かったと報告している 16).そして,携帯型3
次元超音波断層装置BVI 男性モードと超音波断層法による残尿測定はほぼ同等の精度を示し,
操作が簡便で短時間に疼痛を伴うことなく施行できるために有用であると考察している 16).
大岡らは,Bladder Scan TM BVI6100 を用いて3 回計測して平均した値と導尿法による実
測値を比較したところ,100ml 以下での測定値の間に統計学的有意差は認めなかった.しかし,
1 回の計測では誤認する危険があること,3 回測定した最小値と最大値を比較すると有意差が
示されたこと,実測値との相関は3 回の計測値の平均値が最もよかったことから,3 回測定し
平均値を求める方法を推奨している 9).誤差率は−4.6 ±24.5 %であり,渡部らの結果よりも
低かった.
膀胱容量が少ない場合に誤差が生じやすいという指摘から,小児での有用性が疑問視される
●
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が,松岡らは幼小児の膀胱容量および残尿測定について,Bladder Scan TM BVI6100 と導尿
による実測値を比較している.その結果,強い相関を認め,残尿の実測値が10 〜30ml でも
BVI6100 は良好な相関をすると報告している 17).
これらの結果からは,最初に排尿障害のアセスメントを行う際には,誰もが簡便に行える
Bladder Scan TM(BVI)を用いた残尿測定を行うことが勧められる.
しかし,誤差が生じやすい値であることを考慮する必要がある.誤差要因には,患者側の要
因と検者側の要因がある.患者側の要因には,肥満で脂肪が厚い場合や,女性では子宮筋腫な
どによる子宮の増大があると,それを誤認すること,前立腺が肥大している男性では前立腺を
膀胱と誤認すること,骨盤内の手術後で膀胱の位置が測定しにくい状況が指摘されており 9),
子宮や前立腺との鑑別は,経腹的な超音波断層法検査で画像上確認を行う必要がある.
Bladder Scan TM BVI を用いた誤差の検者側の要因について,Coombers らは 1994 年に
BVI2500 を用いた評価として,測定技術や操作時の熟練度は計測値に影響せず,誤差率の低
い計測値が得られるという報告をした 18).しかし,大岡らは 9),BVI6100 を用いた測定におい
て,BVI と腹壁との角度,腹壁とプローブのフィッティング,プローブの手振れのコントロー
ルなどの測定技術が誤差率に影響すると述べている.そして,これらの誤差要因をコントロー
ルすることで,誤差率が低下したと考察している 9).
携帯型残尿測定機器を使うときの姿勢
使用時の姿勢では,座位よりも,仰臥位で測定するほうが的確な値であることが報告されて
いる 19).したがって,排尿直後にトイレに座ったままの姿勢で測定するよりは,いったん臥床
して測定したほうが正確である.
推奨
ケア
携帯型残尿測定機器の特徴を踏まえた用い方
現在,日本では残尿測定専用機器として, Bladder Scan
TM
BVI とゆりりん ® がある.双方の機器の特徴と残尿量のアセ
Bモード
スメントに用いる際の留意点について,測定方式を理解して
使用するとよい.
Bladder Scan TM BVI
膀胱
Bladder Scan TM BVI は,簡易な残尿測定を目的に海外で
開発された.膀胱を立体的に捉え,超音波はB モードでビー
トランスデューサ
透過波
ムが扇状となるセクタ型であり,3 秒程度の短時間で測定が
できる(笘)
.そして,必要であればオプションで画像を表示
体内
させるソフトもある.
上述したように,その簡便性から,排尿障害の初期アセス
メントに用いるのが勧められる.
1スキャンで45本の超音波が発せられる
笘 Bladder Scan TM BVI の超音波
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●
装着マーク
表示部
装着マーク
膀胱
プ
ロ
ー
ブ
恥骨
開始ボタン
4本のAモード超音波で膀胱後壁と前壁の距離から膀胱尿量を推定.
本体右側に示される,装着マークは超音波が膀胱を捉えているとき
に点灯する.
笙 ゆりりん ® 本体
(株式会社タケシバ電機)
笞 ゆりりん ® の超音波
ゆりりん ®(笙)
ゆりりん ® は日本で開発された.残尿測定と定時測定の双方が可能である.超音波はA モー
ドでリニア型でビームが直線である.4 本の超音波で測定しており,超音波と測定部位が適切
であるか測定者が判断する必要がある(笞)
.
患者の下腹部に固定して,経時的な尿量のモニタリングが可能なので,アラーム機能を活用
すれば,導尿のタイミングを見出したり,尿意の訴えが不明瞭な高齢者に対して自然な排尿に
近づける排尿誘導をタイミングよく行うことができる.
排尿後の残尿量を腹部側からの打診や触診で推し
量ることは可能か?
知識
医学領域の書籍には記載がないが,看護領域のフィジカルアセスメントとして尿量を推測す
る方法について上記質問を受けたが,この根拠となる論文は見当たらない.膀胱部の圧痛の自
覚症状を訴えることは臨床的に経験するが,排尿後の膀胱痛と残尿量との関係性は明らかでは
ない.
残量尿量と痛みの関連
前述のICS の用語基準 1)では,
「Bladder pain(膀胱痛)とは,恥骨上部または恥骨後部に
感じられる痛みである.通常,膀胱充満について増強し,排尿後に持続することもある」と説
明されており,この用語基準の脚注には,
「acute retention(急性尿閉)は,痛みを伴うの
が普通であるが,椎間板脱出,出産後,または硬膜外麻酔のような局所麻酔の後といった状況
●
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では,痛みがないこともある.尿閉時の膀胱内尿量は,予想される正常膀胱容量よりかなり多
い.術後の患者では,下腹部の包帯や腹壁の痛みのために,有痛性の膀胱,触診あるいは打診
のできる膀胱を見つけることが難しいかもしれない」と解説が加えられている 1).
フィジカルアセスメントとして,ICS のphysical examination(身体所見)の項目内には,
「下部尿路機能障害患者の評価に必須である.腹部,骨盤,会陰の診察のほか,関連する神経
学的検査を含めて行う」ことが推奨されている 1).
膀胱痛を訴える患者のアセスメント
主観的な膀胱痛の原因には,尿閉や膀胱充満に伴う膀胱壁の伸展に伴うもの,炎症に伴う知
覚過敏,結石による刺激などが考えられる.尿道炎は激しい排尿時痛を伴うことが多く,膀胱
炎の排尿痛は排尿終末時痛が多く,蓄尿時の症状はない 20).尿道炎や膀胱炎は,細菌性の炎症
である.間質性膀胱炎の病因は不明だが,頻尿・尿意切迫感・膀胱部痛などを示す 21).これら
を鑑別するには,尿細菌検査,尿沈魏と残尿測定は必須である.尿閉により尿排出が行えなけ
れば,無理な腹圧・手圧排尿は行わず,導尿する.
残尿測定の臨床上の活用方法
膀胱留置カテーテル抜去後の,脳血管障害患者や手術後患者では,残尿の危険があり,定期
的な残尿測定が必要である.吉川らは,消化器外科の手術後について検討を行い全身麻酔下で
手術を行った泌尿器疾患のない89 例を上腹部手術群,腹腔鏡下胆嚢摘出術群,下腹部手術群,
直腸手術群の 4 群に分けて比較した.その結果,下腹部手術群と直腸手術群で初回残尿を
100ml 以上認めた症例が約40 %あり,直腸手術群では2 日目になっても残尿量が減少しない
症例も多かったことを報告している 22).脳血管障害患者や骨盤内臓器の手術後では,知覚や神
経伝達の障害を伴う神経因性膀胱の併発率は高い.このような対象患者の残尿測定を定期的に
行えば,残尿の多い,神経因性膀胱の早期発見は,上部尿路障害を予防できる.
本間らは, 在宅要介護高齢者の排尿管理向上に向けたモデル事業として1 か月間の介入を行
い,改善効果との関係が示された介入内容は,薬剤投与,残尿測定,泌尿器科医との相談,骨
盤底筋体操の開始であったと報告している 23).
ほかにも施設介護の現場で,正常な膀胱機能をアセスメントする指標の一部に残尿測定を用
いることが推奨されている 6,24).
看護師が行う残尿量測定とその将来展望
日本の医療現場では,残尿量の測定は医師の指示のもと看護師が行うことも多い.導尿法は
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基礎看護技術として習得していることが多く,看護師であれば行える医療行為である.感染や
疼痛のリスクはあるが最も正確な残尿が測定できる.泌尿器科外来では,尿流測定後には超音
波の画像を確認しながら残尿量を計測し,同時に前立腺や膀胱,腎臓,子宮などの超音波検査
も行うため,泌尿器科医と協働して画像診断と超音波断層法による残尿測定も行える.しかし,
技術の習得には時間を要する.これらの方法に比べて誤差はあるものの,携帯式の残尿測定専
用機器が,初期アセスメントには有用であろう.日本では,下部尿路症状を有する患者でも泌
尿器科は未受診なことが多い.したがって,一般の入院病棟や他科の診療所で残尿測定を実施
する機会を増やすことで,尿失禁や頻尿で悩む有症状者が泌尿器科の治療を受けやすくなると
考えられる.
さらに今後は,排尿障害のある高齢者が多く過ごしている在宅療養や介護施設の現場でも,
適切な排尿管理を行うために簡便な残尿測定を行うことが求められるだろう.英国の
Continence advisor は,排尿障害のアセスメントのために残尿測定を行う際,医師の指示を
求める必要はなく,独自の判断で実施することができる 25).
下部尿路障害である蓄尿障害と排出障害を診断する過程において,残尿測定は必須の検査で
ある.今後は日本でも,必ずしも医師の指示に頼らず適切性を判断できる看護師が機器購入や
技術習得を含め医療経済面も担保された排尿管理体制を整えて安全で誤差の少ない残尿測定が
実施できれば,的確な診断や治療につながる重要なアセスメント指標となる.そして,数少な
い排尿障害の専門医と効率よく相談することが可能になれば,排尿障害で悩む患者の症状の改
善と,QOL の向上が期待できる.
本稿で取り上げた文献の検索方法
1.検索方法
蘆医学中央雑誌
キーワード:残尿,残尿量のアセスメント,残尿測定
蘆 MEDLINE,CINAHL,BOSH,コクランライブラリー
キーワード: post void residual,residual urine volumes
文献
1) Abrams P, Cardozo L, Fall M, et al.: The standardization of terminology of lower urinary tract function : Report from the standardization sub-committee of the International Continence Society. Neurourol Urodyn 2002 ; 21(2)
: 167-178.
2) 野尻佳克:排尿機能のアセスメント 残尿測定.穴澤貞夫ほか編.排泄リハビリテーション 中山書店;2009. p.218220.
3) 山口脩,西沢理,武田正之:過活動膀胱における排尿障害の診療ガイドライン.排尿障害プラクティス 2005 ; 13
(2)
: 118-130.
4) 渡辺泱編:排尿障害のすべて 前立腺肥大症 1.病態,病害と治療.医療ジャーナル社; 1998. p.165-173.
5) 泌尿器科領域の治療標準化に関する研究班: EBM に基づく前立腺肥大症診療ガイドライン.じほう; 2001. p.16.
6) 西沢理,後藤百万,本間之夫ほか:日常診療における排尿管理の留意点.泌尿器外科 2003 ; 16(8)
: 851-859.
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排尿ケアを極める−床上での排泄ケア〜ベストプラクティスを探る 特集
7) 本間之夫,西沢理,山口脩ほか:下部尿路機能に関する用語基準 国際禁制学会標準化部会報告.日本排尿機能学会
誌: 2003.
8) 後藤百万:泌尿器ケアのトラブル対応.泌尿器ケア 2009 ; 14(5)
: 66-67.
9) 大岡均至,野瀬隆一郎:携帯型 3 次元超音波断層装置による膀胱容量測定の有用性と問題点−特に100ml 以下の膀胱
容量の測定について.日本泌尿器科学会雑誌 2005 ; 96(6)
: 601-609.
10)荒木勇雄,三神裕紀,寺本咲子ほか:低活動膀胱 プライマリケア医のための下部尿路機能障害の診かた.治療 2006 ;
88(3)
: 417-423.
11)Wu J, Baguley IJ : Urinary retention in a general rehabilitation unit : prevalence, clinical outcome,
and the role of screening. Arch Phys Med Rehabil 2005 ; 86(9)
: 1772-1777.
12)Haylen BT : Residual urin volumes in a normal female population : application of transvaginal ultrasound. Br J Urol 1989 ; 64(4)
: 347-349.
13)Barry MJ, Cockett AT, Holtgrewe HL, et al.: Relationship of symptoms of prostatism to commonly
used physiological and anatomical measures of the severity of benign prostatic hyperplasia. J Urol
1993 ; 150 : 351-358.
14)山田陽次:残尿測定は難しい! 泌尿器ケア 2005 ; 10(8)
: 62-63.
15)Simforoosh N, Dadkhah F, Hosseini FY, et al.: Accuracy of residual urine measurement in men :
comparison between real-time ultrasonography and catheterization. J Urol 1997 ; 158 : 59-61.
16)渡部明彦,一松啓介,伊藤崇敏ほか:残尿測定における携帯型 3 次元超音波断層装置(BVI6100 )の有用性 経腹
的超音波断層法との比較検討.泌尿器科紀要 2008 ; 54(3)
: 203-206.
17)松岡弘文,中島雄一,大島一寛:幼小児の膀胱容量および残尿測定における膀胱用超音波診断装置(BVI6100 )の有
用性.西日本泌尿器科 2008 ; 70(5)
: 270-273.
18)Coombers GM, Millard RJ : The Accuracy of portable ultrasound scanning in the measurement of
residual urine volume. J Urol 1994 ; 152 : 2083-2085.
19)小澤秀夫,上松克利,大森弘之:ブラダースキャンBVI-6100 を用いた残尿測定の評価 座位および仰臥位による計測
の比較.西日本泌尿器科 2006 ; 68(5)
: 224.
20)巴ひかる:炎症性疾患.前掲書 2)
.p.116-124.
21)日本間質性膀胱炎研究会ガイドライン作成委員会:間質性膀胱炎ガイドライン.Blackwell Publishing ; 2007.
22)吉川智道,佐々木一晃,高坂一:消化器外科手術後早期の膀胱機能に関する検討 超音波残尿測定法の有用性について.
日本外科系連合学会誌 2004 ; 29(1)
: 38-42.
23)本間之夫,西村かおる,折笠精一ほか:在宅要介護高齢者の排尿管理向上に向けたモデル事業.日本排尿機能学会誌
2003 ; 14(2)
: 233-238.
24)宍戸俊英:尿量モニタ「ゆりりん」による経時的残尿量計測と臨床応用.泌尿器ケア 2006 ; 11(8)
: 64-65.
25)谷口珠実,萩原綾子: Fresh Report イギリスから学ぶコンチネンスアドバイザーの役割.Urological Nursing
2003 ; 8(8)
: 4-8.
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特集
排尿ケアを極める−床上での排泄ケア〜ベストプラクティスを探る
術後患者の膀胱留置カテーテル
抜去後の自尿を促すケア
植幸子 TAKAUE Sachiko
三重大学医学部看護学科
術後患者の膀胱留置カテーテルの抜去時期は,自尿に影響を及ぼすか?
*夜間のカテーテル抜去は,排尿困難や夜間頻尿を引き起こす可能性がある.そのため,抜去時間は留置
中の尿量のパターンをよく知って,決める必要がある.
*留置期間が長くなれば,尿路感染や尿道の損傷,尿路結石,尿道狭窄,廃用膀胱などの合併症を生じる
可能性が高まる.
抜去方法の違いは自尿に影響するか?
*カテーテル抜去前のクランプは,自尿に良い影響を与える根拠がないばかりか,感染の機会を増やした
り,尿意の発生を阻害したり,尿閉につながったりする危険がある.
*抜去時には,必ず固定水を完全に抜く.固定水の残存は,膀胱頸部の損傷や尿道損傷を引き起こし,抜
去後の痛みや出血につながる.
*抜去のスピードは,尿道への摩擦を減らし,異常な抵抗があった場合に感じ取れる程度のゆっくりとし
たスピードで注意深く抜去する.スピードが速いと,結石に気づかず尿道損傷を引き起こす可能性もあ
る.
術後のカテーテル抜去後,痛みがあるときにはどうすればよいか?
*痛みを発生させないためには,留置中のカテーテル管理を確実に行い,合併症を発生させないことであ
る.また,抜去時には,適切な方法で注意深く抜去する.
*軽度の痛みであれば飲水を勧め,早めに初回排尿を促す.痛みが強いようであれば,全身状態を観察し
ながら泌尿器科医へコンサルトする.
抜去後のケア
*自尿がない場合は,一時的導尿を実施し,泌尿器科にコンサルトする.
*自尿があれば,尿量と尿意の関係を注意深く観察し,膀胱萎縮の可能性や膀胱刺激症状の有無を確認す
る.また,尿失禁のある場合は,すみやかに残尿測定を行う.失禁のない場合でも,就寝までに1 度は
残尿の確認を行う.
*残尿がある場合は主治医に報告し,様子観察あるいは導尿回数を決定する.通常,100ml を超える残
尿のある場合は,間欠導尿を実施する.
●
32 (420)
EBNURSING Vol.9 No.4 2009
はじめに
手術後の患者にとって,カテーテルの抜去は,回復を象徴する出来事である.特に,膀胱留
置カテーテルの抜去やそれに続く自尿は,術前の状態に取り戻しつつあるという肯定的な実感
を伴いやすい.抜去後の自尿を促すケアは,泌尿器系の回復を促進させるだけでなく,患者の
意欲にも大きく影響するものと考えられ,丁寧にケアしていく必要がある.
抜去時期が自尿に及ぼす影響
術後患者の膀胱留置カテーテル(以降 カテーテル と記述する)の抜去は,留置による合
併症の影響が少ない早期に行うことが望ましいが,疾患や術式によって,より安全で効果的な
抜去時期がある.
また,1 日の尿生産にはリズムがあり,健康な成人では夜間は抗利尿ホルモンによって尿生
産が抑えられるが,高齢者では夜間の抗利尿ホルモンの分泌低下により,夜間多尿のことがし
ばしばある.夜間にカテーテルを抜去した場合,膀胱内に急激に蓄尿され,排尿困難や夜間頻
尿を引き起こす可能性がある.そのため,抜去時間は留置中の尿量のパターンをよく知って,
決める必要がある.
エビデンス
Rhonda ら 1)は,11 件のRCT について文献のレビューを行った.対象の合計は1,389 人で,
夜間にカテーテルを抜去した患者は,昼間に抜去した患者よりも再挿入が多く認められ,初回
の排尿量が多いと報告している.また,同様に13 文献,合計1,422 人の対象患者の分析では,
より早期に抜去すると排尿困難を引き起こす危険が高まるが,感染のリスクが減り,入院期間
が短くなる傾向があると指摘している.
疾患や術式を中心とした検討
術後患者のカテーテル抜去後の自尿に最も影響するものは,手術適応となった原因疾患(脳
血管疾患,泌尿器疾患,子宮がん,直腸がんなど)
,糖尿病のような基礎疾患,排尿神経を障
害しやすい手術法,硬膜外麻酔 2),処方薬 3)などである.
手術後のカテーテルの抜去時期は,今後クリニカルパスの作成に伴って術式別に検証が進む
ものと推測される.カテーテル抜去後は,まず疾患や治療法から,起こりうる排尿障害の種類
や程度を予測し,十分な注意を払い,ケアを行う必要がある.
また,高齢者では,脳血管疾患や整形外科疾患などの意識障害や動作障害を引き起こしやす
い疾患に罹患することが多く,さらに筋力低下や術後合併症の発生などによって,カテーテル
抜去の時期が遅れやすい.そのため,高齢者の場合は,カテーテル留置に起因する合併症が抜
EBNURSING Vol.9 No.4 2009 (421)
33
●
去後の自尿に影響するものと考えられる.
エビデンス
前立腺全摘出術では,カテーテルは止血や患部の安静目的のために6 〜7 日間留置され,膀
胱造影を行って吻合部からの漏れのないことを確認して抜去される.寒野ら 4)によると,6 〜7
日目に抜去した34 例のうち,3 例(9 %)に尿閉があり再留置,12 例(35 %)に排尿困難,7
例(20 %)にパッドを必要とする尿失禁が認められた.柴田ら 5)は,婦人科良性疾患術後患者
90 名を,歩行が可能となってから抜去した群(49 名)と術後1 日目に抜去した群(41 名)と
に分けて比較検討し,歩行が可能となってから抜去した群では尿閉を生じた患者は皆無であっ
たのに対し,術後1 日目に抜去した群では3 名(7 %)に尿閉がみられ,抜去が早いと排尿困
難を生じる可能性を指摘している.
Hakvoort ら 6)は,腟脱手術の患者94 名を,手術翌朝抜去群(A 群:48 名)と術後5 日目
抜去群(B 群:46 名)に分け,抜去前の尿路感染の有無,抜去後残尿が200ml を超えた患者
には再留置する方法で留置期間を測定し,最終的に入院期間を比較した(笊)
.
A 群では,200ml を超える残尿のある患者が40 %,尿路感染の患者が4 %であったのに対
し,B 群は残尿のある患者が9 %,尿路感染のある患者が40 %であった.最終的な留置期間は,
A 群のほうが短く,また入院期間も有意に短かった.
一方,腹腔鏡下の手術でのクリニカルパスを検討したMatthias ら 7)の論文では,クリニカ
ルパス導入以前の77 名の患者では,術後平均3 日目にカテーテル抜去をしたのに対し,クリニ
カルパス導入後の34 名では術後1 日目で抜去することができ,カテーテル早期抜去による弊害
は認められていない.
循環器,運動器,神経領域の病棟に入院したカテーテル留置の高齢者 8 6 名(平均年齢
77.8 ±7.9 歳)について,留置期間に影響する要因を調査した寺島ら 8)の研究では,術後管理
目的によるカテーテル留置期間は平均12.6 ±9.2 日で,手術以外の理由による場合の留置期間
8.9 ±21.0 日よりも長かった.
高齢者のカテーテル抜去時期は,意識障害やADL の程度によって決められており,抜去後
に導尿を要した群と要しなかった群の
n(平均年齢)
再留置
尿路感染
平均留置期間
入院期間
手術翌朝抜去;A群
術後5日目抜去;B群
48人(66歳)
46人(67歳)
有意差
は認められなかった.高齢者において
19人(40%)
4人(9%)
OR=0.145
95%Cl 0.045-0.472
2人(4%)
18人(40%)
OR=14.786
95%Cl 3.187-68.595
2.3日
5.3日
p<0.001
5.7日間
7日間
p<0.001
笊 腟脱手術の抜去時期による残尿と細菌尿の違い
(H a k v o o r t R A e t a l . : H o w l o n g s h o u l d u r i n a r y b l a d d e r c a t h e t e r i z a t i o n b e
c o n t i n u e d a f t e r v a g i n a l p r o l a p s e s u r g e r y ? B J O G . 2 0 0 4 ; 1 1 ( 8 ): 8 2 8 8 3 0 .に基づき筆者が表を作成)
●
34 (422)
EBNURSING Vol.9 No.4 2009
留置期間を比較した結果では,有意差
は,一概に留置期間の長さが抜去後の
排尿困難に影響するわけではないこと
が示唆された.
排尿ケアを極める−床上での排泄ケア〜ベストプラクティスを探る 特集
カテーテル留置による合併症からの検討
知識
留置期間が長くなれば,尿路感染や結石の生成,尿道狭窄や廃用膀胱などの合併症を生じる
可能性が高くなり,自尿に及ぼす影響が複雑になる.合併症を発生させないためのカテーテル
管理が普段から重要であるが,抜去の際にはカテーテル留置による合併症を早期発見,早期対
処できるよう,抜去前のアセスメントを丁寧に行っておく必要がある.
また,疾患や治療法による自尿への影響が明確になるのは,術後のカテーテルを抜去した後
であるため,合併症の発生によって排尿障害の原因を複雑にしないことが大切である.術後患
者の膀胱留置カテーテルの抜去時期の目安は,手術に関するカテーテル挿入目的の消失時点で
あり,ADL を目安とした抜去時期の決定は検討の余地がある.
尿路感染症
尿路感染症の原因菌は腸内細菌がほとんどで,閉鎖システムの細菌侵入経路は,外尿道口部,
カテーテルと延長チューブの接続部,尿排出口である.尿路感染の発生時期は,シリコンカテ
ーテルの使用で留置1 日目から,親水性コーティングカテーテルでも5 日目には認められる.
また,尿路へのカテーテル留置における複雑性尿路感染症の発生率は20 〜30 %で,留置カテ
ーテル表面への細菌の付着および定着後のバイオフィルム形成が関与している.
エビデンス
村上ら 9)によると,親水性コーティングカテーテルを使用しても,5 日目にカテーテル外側
に細菌付着を認めている(笆)
.CDC のガイドライン 10)では,開放式システムを用いた場合,
挿入 4 日後にほぼ 100 %の患者が感染を引き起こすとして,閉鎖システムを推奨している.
サンプル番号
親水性
コーティング
カテーテル
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
留置1日後
内表面
外表面
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
留置5日後
内表面
外表面
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
3
0
7
0
0
0
0
0
0
留置1日後
内表面
外表面
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
1
1
0
2
0
0
2
2
0
7
留置5日後
内表面
外表面
∞
0
∞
0
∞
13
∞
0
∞
9
∞
8
∞
4
∞
40
∞
3
∞
16
シリコン
カテーテル
数値は,走査電子顕微鏡5,000倍,1視野あたりの細菌数を示す.
∞は細菌が全面を覆い測定不可能であることを示す.
笆 材質別細菌付着測定結果
(村上信乃ほか:尿道留置カテーテルの材質の差による細菌付着と尿道炎発症の検討.泌尿紀要.1 9 9 3 ; 3 9 ;
1 0 7 - 1 1 1 .より)
EBNURSING Vol.9 No.4 2009 (423)
35
●
Lindberg 11)の報告によると,親水性コーティングカテーテルを閉鎖システムで使用しても,
7 日目で24 %,14 日目で59 %,21 日目で82 %の患者に尿路感染症が認められている.
尿路結石
尿路感染に伴って,尿がアルカリ化することにより,リン酸マグネシウムやリン酸カルシウ
ムがカテーテルに付着しやすくなる.また,カテーテルの傷が部分的に結石をつくりやすくし,
カテーテルを核にして結石がさらに形成されやすくなる.
エビデンス
回復期脊髄損傷患者における膀胱結石の発生率を調べた長島ら 12)の報告によると,4 週間以
内にカテーテルを抜去した患者には結石は認められなかった.しかし,林ら 13)は,1 週間ほど
の留置でカテーテルを核として生じたと思われる膀胱結石の事例を報告しており,より早期の
抜去が必要であることを指摘している.Lindberg 14)によると,ウレアーゼ10 単位を添加し
た人工尿(pH7.28)で6 時間浸漬した親水性カテーテル素材への付着量は,Mg 2+が0.16 ±
0.06g,Ca 2+が3.0 ±0.7g であり,尿が停滞している場合には,カテーテルを核として早期に
結石が生成される可能性がある.
尿道狭窄
カテーテル由来の尿道狭窄は,尿道の損傷,炎症や潰瘍化の後に瘢痕が残り狭窄すると考え
られている.
エビデンス
寒野ら 4)は,前立腺全摘出後6 日目または7 日目にカテーテルを抜去した34 例について,そ
の後4 〜20 か月間にわたり排尿状態を調べ,3 例に吻合部狭窄,1 例に尿道狭窄が認められた
と報告している.尿道狭窄の発生時期は,その成因から考えてもカテーテル抜去後しばらくして
からと考えられるが,留置期間が1 週間程度であっても,その後の自尿に注意する必要がある.
廃用膀胱
知識
カテーテルを留置している間,膀胱には蓄尿されず,膀胱壁への圧力が低下する.また,排
尿運動の低下は膀胱への血流量を減らし,低栄養状態を引き起こす.そのため,膀胱壁は薄く
なり,伸展性が低下する.透析患者の廃用膀胱について検討した巴 15)の報告によると,平均透
析歴67 か月の10 人の無尿透析患者の初期尿意時膀胱容量は25 ±3ml,最大尿意時膀胱容量は
●
36 (424)
EBNURSING Vol.9 No.4 2009
排尿ケアを極める−床上での排泄ケア〜ベストプラクティスを探る 特集
50 ±5ml で,高度の蓄尿機能の低下が認められた.カテーテル留置中は,膀胱の蓄尿は0ml
であり,留置が長期にわたればこれ以上の蓄尿機能の低下を引き起こす可能性が十分ある.残
念ながら,カテーテル由来の廃用膀胱の発生時期について明確に示している文献は見当たらな
かったが,膀胱の機能低下を避けるために早期の抜去が望ましいことはいうまでもない.
留置カテーテルの太さの違いによる抜去後の自尿
への影響
知識
カテーテルの太さは,尿道径未満のものを選択することになるが,臨床で尿道径を計測して
カテーテルの太さを選択することはまずない.成人では14 〜16Fr(外径4.7 〜5.3mm)
,小
児では8 〜10Fr(外径2.7 〜3.3mm)を目安とし,体格によってその範囲内でカテーテルを
選び,挿入時に抵抗を感じとりながらカテーテルの太さを最終決定する.
カテーテル挿入時に,粘膜損傷や穿孔を生じる可能性がある.また,カテーテルをテープな
どで固定していない場合には,動作のたびに損傷の危険性がある.男性の場合,太すぎるカテ
ーテルを留置し続けたり,大腿へ固定するなどの誤った固定方法によって,尿道から外側に向
かって圧がかかり,血流が停滞して尿道皮膚瘻を生じたり,陰茎褥瘡を生じることがある.女
性の場合は,太すぎるカテーテルは尿道口の褥瘡の原因となる.これらの発生時期についての
文献はみられなかったが,毛細血管圧(皮膚表面で30mmHg)以上の圧で持続圧迫した場合
は,阻血する可能性が高く,手術時と同様,短時間での褥瘡発生もあるものと考える.このこ
とは抜去時期の遅延を引き起こしたり,抜去後の尿道狭窄の原因となったりする.一方,留置
カテーテルが細すぎると,浮遊物や血塊のある場合にカテーテルが詰まりやすくなる.
抜去方法の違いによる自尿への影響
知識
抜去前のカテーテルのクランプ,抜去時の姿勢,角度,カテーテルを引き抜くスピードは,
安全に抜去するために大切である.
抜去時の膀胱内の尿量の違い
カテーテル抜去の際には,そのまま膀胱内を空にして抜去する.廃用膀胱の改善のために膀
胱に尿を溜めて抜去する方法は,自尿によい影響を与える根拠がないばかりか,感染の機会を
増やしたり,尿意の発生を阻害したり,尿閉につながったりする危険がある.
エビデンス
Ryonda ら 1)は,合計234 人に行われた3 つの研究結果を分析した.カテーテルをクランプ
した患者は,しなかった患者と比較して,よい効果は何も認められなかった.
EBNURSING Vol.9 No.4 2009 (425)
37
●
抜去時の姿勢の違い
女性では仰臥位で両膝を屈曲し,股関節を外転・外旋してもらい,男性は仰臥位で下肢を伸
ばしたまま肩幅程度に開いてもらう.このような仰臥位での開脚姿勢に加えて,さらに口呼吸
を促し,力を抜いてもらうとよい.これらによって,腹圧がかかりにくく,尿道括約筋を弛緩
させ,尿道を圧迫せず,なおかつ安全に操作できるようになる.
抜去時の角度の違い
抜去時には,尿道をできるだけまっすぐにする.男性では,陰茎を上方45 〜90 °の角度に,
女性ではほぼ水平にする.角度を誤ると,尿道損傷を引き起こす可能性が高まり,抜去後の排
尿時痛や尿道閉塞につながる.
抜去時のスピードの違い
カテーテルを引き抜くスピードは,尿道への摩擦を減らし,異常な抵抗があった場合にそれ
を感じとれる程度にゆっくりと行い,注意深く抜去する.スピードが速いと,結石の付着やバ
ルン部の異常に気づかずに,尿道や膀胱頸部を不用意に損傷する可能性が高まる.
術後のカテーテル抜去後,痛みがあるときはどうすれ
ばよいか
抜去中,抜去直後に発生した痛み
カテーテル留置中には訴えがなかった痛みを,カテーテル抜去中あるいは抜去後に訴える場
合は,バルン部の充填水の残存や,カテーテル破損による異物の残存,カテーテルに付着した
結石や摩擦による尿道や膀胱の損傷の可能性がある.
痛みを発生させないためには,留置中のカテーテル管理を確実に行い,抜去時には適切な方
法で注意深く抜去することである.抜去したカテーテルは破損や結石の付着の有無を確認し,
それらがある場合には主治医に連絡し,泌尿器科医へのコンサルトを検討する.
抜去後から初回自尿までに発生する痛み
抜去後から初回自尿までに痛みを訴える場合には,膀胱や尿道の粘膜損傷,炎症,結石,膀
胱充満などが考えられる.
軽度の痛みであれば飲水を勧め,早めに初回排尿を促す.痛みが強いようであれば,全身状
態を観察しながら泌尿器科医へコンサルトする.痛みの原因を明確にし,原因に対処するとと
もに鎮痛薬の使用などを医師と検討する.
膀胱内に尿が充満しても尿意を訴えない場合があるため,下腹部の膨隆を確認し,あればブ
ラッダースキャンなどの超音波検査機器で膀胱内の尿量を確認し,排尿を促す.
●
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排尿ケアを極める−床上での排泄ケア〜ベストプラクティスを探る 特集
抜去後のケア
何時間後に1 回目の自尿を確認するか
カテーテル留置中の水分出納のパターンから,初回自尿の時間を推測し確認することが大切
である.一般的には尿の生産は,1ml ×体重(kg)/時間で計算され,尿意は尿が膀胱に
200ml 程度溜まると発現する.たとえば体重60kg の患者の場合,抜去後3 〜4 時間で1 回目
の自尿を確認することになる.しかし,術後は点滴や飲水の推奨,臥床による腎血流量の増加
などにより,尿生産が促進されているので,2 時間程度で排尿を促す.ブラッダースキャンな
どを用いれば,安全に尿意発現まで待つことができ,尿意がない場合でも400ml を限度に排
尿を促すことが可能になる.初回自尿は尿量とともに性状を観察し,血尿の有無や浮遊物の有
無などを確認する.
初回自尿の排泄方法の検討
初回自尿の際には,患者の移動能力を十分に活用し,座位が可能であればトイレやポータブ
ルトイレで排尿できるよう環境を整える.座位が不可能な患者の場合は,尿器を使用する.尿
意の確認がしにくく,排尿の自立を妨げる可能性のあるオムツでの排尿は,患者と相談のうえ
で可能な限り避ける.
創痛を強く訴える患者の場合,移動動作に支障をきたすため,痛みのコントロールが重要であ
る.手術部位によって,創痛を緩和する体位の工夫や場合によっては鎮痛薬の使用を検討する.
患者によっては,腹部膨満感や腸管の蠕動痛を創痛と表現することがあるので,患者の訴え
をよく聴き,痛みを特定して対処することが必要である.
自尿がある場合のケア
自尿があれば,尿量と尿意の関係を注意深く観察する.1 回尿量が少なく,頻回に尿意を訴
える場合は,感染や粘膜の損傷などによる膀胱刺激症状や,膀胱萎縮の疑いがある.主治医と
相談のうえ,尿検査などによって精査する.膀胱容量が100ml 以下で感染が認められない場
合は,膀胱訓練や骨盤底筋訓練を開始する.
自尿はあるが残尿がある場合のケア
尿失禁のある場合は,溢流性の尿失禁を疑い,すみやかに残尿測定を行う.失禁のない場合
でも,就寝までに1 度は残尿の確認を行い,100ml を超える残尿のある場合は,間欠導尿を併
用する.自尿を繰り返すうちに残尿が減ることが多く,残尿50ml をめどに導尿を中止し,様
子をみる.
途中,患者はよくなりたい一心で用手排尿(手で下腹部を押す)を試みたり,残尿量を減ら
すために飲水を控えたりしがちになる.カテーテル抜去の喜びから,間欠導尿を併用せざるを
EBNURSING Vol.9 No.4 2009 (427)
39
●
得ない状況に追い込まれた患者の心理的苦痛に十分配慮することが重要である.そのうえで,
用手排尿は,膀胱を不必要に拡張させ膀胱の収縮力を低下させたり,腎臓への尿の逆流を促進
させる可能性があるので,手で下腹部を押さないよう患者に注意を促す.また,感染予防や脱
水予防の点から,適度な飲水の必要性を説明し,理解を得る.
自尿がない場合のケア
自尿がない場合は,泌尿器科医にコンサルトして,自尿がない原因を検討し対応する.尿閉
で尿道に器質的な障害がなければ,間欠導尿を計画・実施するが,導尿前の自尿の試みは継続
する.
*
*
*
術後患者の膀胱留置カテーテルの抜去後の自尿を促すケアについて,根拠を踏まえながら検
討した.抜去時期や抜去方法の違いによる自尿への影響を知って,ケアすることは重要である.
また,痛みを発生させない慎重なケアや自尿に対する注意深い観察と対処が,その後の患者の
排尿状態を左右することを十分知っておく必要がある.
文献
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40 (428)
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