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卒業論文
2000 年度(平成 12 年度)
「スポーツ誌のマーケティング戦略」
―スポーツ総合誌の未来を考える―
一橋大学 商学部
学籍番号:71156
高橋優一
指導教官:早川武彦
∼もくじ∼
序章 はじめに …………………………………………1
第一節
問題設定 …………………………………………1
第二節
研究手法 …………………………………………3
第一章 出版市場の現状 ………………………………5
第一節
出版業界の現状……………………………………5
第二節
発行部数について…………………………………8
第三節
スポーツ誌…………………………………………10
第二章
コンテンツからの
スポーツ誌マーケティング戦略………13
第一節
仮説の設定…………………………………………13
第二節
『Number』概略…………………………………14
第三節
『SPORTS Yeah!』概略…………………………19
第四節
『Number』分析 …………………………………21
第五節
分析結果の検証……………………………………26
第六節
比較対象―コンテンツとしての野球……………29
第七節
総合誌と専門誌……………………………………30
第八節
潜在マーケット……………………………………33
第九節
比較検証―新聞における
コンテンツとしてのサッカー………38
第十節
総括…………………………………………………42
第三章 スポーツ誌のマーケティング戦略 ……44
第一節
商品としての雑誌の特性…………………………45
第二節
マーケティング・ミックスと
競争地位別戦略…………49
第一項
マーケティング・ミックス……………………49
第二項
競争地位別戦略 ………………………………50
第三節
スポーツ誌戦略モデル……………………………52
第四節
ブランドマネジメント……………………………54
第一項
先発優位性と後発優位性………………………54
第二項
ブランド基本戦略 ……………………………57
第三項
商品価値構造モデル
第四項
ブランディング・メディアとしての雑誌 ……61
第五節
…………………………58
ターゲット・マーケティング………………………63
第六節
総括……………………………………………………65
終章 まとめ………………………………………………67
まとめ……………………………………………………………67
論文を終えての反省点、問題点………………………………70
おわりに…………………………………………………………71
参考文献…………………………………………………………72
巻末資料
序章
はじめに
第一節 問題設定
時代の転換点だった。
2000 年 10 月は後世、そう呼ばれるかもしれない。野球からサッカーへ。日本の「国技」が変
わろうとしている。
ミレニアムの ON 対決と騒がれた日本シリーズ。優勝を決めた第6戦の視聴率は36.4%
(ビデオ・リサーチ調べ、関東地区)だった。日本シリーズ中継では歴代14 位という記録だっ
た。
その 2 日後、10 月 30 日未明、サッカー日本代表がアジア・カップを制覇した。日曜日の深
夜 1 時 20 分からの放映にも関わらず、視聴率は12%(同)。シドニー五輪では準々決勝の対
アメリカ戦で 42.3%を記録している。
ブームとして J リーグが生まれて 7 年。代表の人気は膨らみ、彼らはアジアの頂点に立っ
た。
社会を映す鏡が、野球からサッカーへと変わったように見える。(1 )
『AERA』では「サッカーが国技になった」と題して以上のように特集している。
また 2000 年 12 月 13 日の「ニュース 23」
(TBS)では、筑紫哲也氏が野球の衰退に
ついて触れた際にこう述べている。
1)
「日本における、最も人気のあるスポーツは野球からサッカーに取って代わるだろう。(
」
と。
(1)
(1)
『AERA』
(朝日新聞社)2000 年 11 月 13 日号 p9
「ニュース 23」
(TBS)2000 年 12 月 13 日、「多事争論」より
テレビ、新聞、雑誌などのメディアにおいてサッカーに触れる機会が年々増えている。
公式スポンサーになった朝日新聞も月に一度、
「2002 年サッカーW 杯特集○月号」
と題して二面を使って特集している。限られたスペースしかない新聞にとっての二面と
いえばかなりの分量であることは間違いない。
国際情報誌である『SAPIO』さえも、2000 年 11 月 22 日号の「台頭する新ニッポン
人」という一見サッカーには関係ないテーマにおいて、
「サッカー『ヤングジャパン』
を世界標準に押し上げた個人技と戦力眼」と銘打って特集している。
1993 年、J リーグ開幕。それ以来、日本のあらゆるメディアがサッカーについて大
きく扱うようになった。それまで月刊だった専門誌は隔週刊から、さらに週刊化し、専
門誌以外の雑誌も多くのページをサッカーに割き、スポーツ新聞や一般紙の一面をサッ
カーが飾ることも珍しいことではなくなったのである。サッカー専門誌の老舗である
『サッカーマガジン』
(ベースボール・マガジン社)
、
『サッカーダイジェスト』
(日本ス
ポーツ企画社)は 1992 年に月刊から隔週刊へ、1993 年 10 月 20 日号から週刊化した。
これは J リーグのニュースをいち早く伝えるためである。
また、私は日頃からスポーツ総合誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋・以下
『Number』)を購読しているが、ここ数年ある疑問を抱いてきた。それは、
「スポーツ
総合誌」という雑誌にしてはサッカーに関する特集が多いのではないか、ということで
ある。雑誌において、サッカーというスポーツは欠くことのできない重要なコンテンツ
に成長したのではないか、という問題意識を持つに至ったのである。
こうして、メディアにおけるサッカーの重要性を研究しようと決心した。そのメディア
のなかでも雑誌に限定して研究することにする。
雑誌というメディアに注目するその理由は、以下の通りである。
・研究材料としての前例のないテーマであり、取り組む価値があるに違
いない。
・唯一のターゲットメディアである雑誌ならば、作り手と読者の意図が
明確であり汲み取りやすいのではないだろうか。
・自分自身が将来携わる分野であり、雑誌がどうしたら成長していくの
かという考察は将来につながるはずである。
第二節 研究手法
スポーツとメディアの関係において、放送ビジネスとスポーツソフトとの関係につい
て論じた著作は、BS デジタル放送の開始も影響して、少なからず存在する。しかし、
スポーツと雑誌メディアとの関係になると、その著作は皆無に等しいと断言してよいだ
ろう。
このような状況のため、自らデータや概念図モデルを作成・分析し、それについて検
証するという立場を取った。しかし、それだけでは一学生の主観的な意見に終始してし
まい、客観的かつ確証的な主張に欠けてしまうだろう。そこで、実際にスポーツメディ
アの最前線に関わる 3 人の方々に取材を申し込み、インタビューを行うことにした。そ
の 3 人とは、株式会社角川書店『SPORTS Yeah!』編集部の中島圭介氏(以下、中島氏)
、
株式会社文藝春秋『Number』編集部の川田未穂氏(以下、川田氏)、そして朝日新聞
運動部の潮智史氏(以下、潮氏)である。そのインタビュー内容を参考資料として、第
二章を中心に本文中に引用していきたいと思う。
本論文の全体的な流れとしては、第一章では、スポーツ誌について論じるにあたって
まず出版業界について考察する。
第二章では、サッカーというコンテンツについてのスポーツ誌における重要性を確か
める。それと同時にスポーツ誌を様々な視点から分析・考察する。具体的な作業として
は、まず仮説を設定し、それを実証するためにスポーツ誌の分析を行いデータ化して、
その結果から仮説の成否を検証することにする。
第三章では、雑誌をひとつの商品として一般的なマーケティング戦略に適応させる。
そして、スポーツ総合誌が発展するためのマーケティング戦略について、戦略モデルを
提起してその可能性について考察する。
終章は第三章までの議論を総括し、幕を閉じる。同時に本論文における反省点・問題
点を挙げる。
現在、インターネットの発展とともに雑誌をはじめとした紙媒体の危機が叫ばれてい
るが、本論文ではその議論については排除し、雑誌という1つのメディアのなかにおけ
る戦略を考察することにする。
第一章 出版市場の現状
第一節 出版業界の現状
まず、雑誌について語る前に現在の出版業界の現状を『出版年鑑』2000
年版(出版ニュース社)をもとに考察することにする。それでは、最も新しい資料であ
る 1999 年について分析してみよう。
1999 年の出版界の総売り上げ額は 2 兆 5548 億 2336 万円(対前年比 2.4%減)
。前年
の 2.3%減とほぼ同率の減少である。これで 3 年連続前年割れとなった。内訳は、書籍
1 兆 420 億 7760 万円(1.8%減)
、雑誌 1 兆 5127 億 4576 万円(2.8%減)であった。 書
籍が前年よりは減少率は少なくなったがやはり厳しい数字である。雑誌は前年より 1.8
ポイント減少率が大きくなっている。3年連続前年割れというのは初めての経験である。
特に、雑誌が悪いことが、全体に大きな影響を与えているといってよい。 ちなみに、2
兆 5000 億円という数字は、1994 年の総売り上げ 2 兆 5400 億円とほぼ同額である。な
んと 5 年前の水準ということになる。この年の前年比伸び率が 2.3%増であるからいか
に悪い数字であるかが分かるであろう。 2.3%増が 2.4%減となったわけだが、この 5
年間の推移をみると 1995 年 2.2%増、1996 年 3.6%増、1997 年 0.7%減、1998 年 2.3%
減となる。
(
【表 1‐1】参照) 数字は実態を表しているが、この落差は出版界が大きな
転換期にあることを示している。特に雑誌が減少傾向にあるということは、
”雑高書低”
で依存度が高い出版界としては深刻といえよう。
創刊雑誌に関しては、前年よりも増加して 194 誌(前年 170 誌)となった。また、
休刊誌は 148 誌(同 160 誌)と減少している。 創刊誌が増加した理由は売り上げ不振
のなかで出版社が試行錯誤的に新たなジャンルの開拓へ向けて創り続けたことの結果
である。
広告収入を求めての創刊雑誌、といわれた時代もあったが、景気低迷のなかで”成功
した”といえるものは少ない。
雑誌の売り上げのなかで定価の値上げがほとんどできなかったことも売り上げに影
響しているといえよう。なによりも全体的に低迷した最大の理由である。戦後最低の伸
び率といわれた 1999 年は、雑誌低迷の年といっても過言ではない。
■分類別点数■
1999 年の雑誌分類別点数は 4396 点収載されている(
【表 1‐2】参照)
■部数と実売金額■
1999 年の推定発行部数は月刊誌が 28 億 8137 万冊(前年比 3.9%減)
、週刊誌 20 億
9094 万冊(同 3.7%減)と推計し合計 49 億 7231 万冊。これに、雑誌の平均定価を 434
円として算出すると、総発行定価額は 2 兆 1579 億 8254 万円となり、また返品率は約
29.9%であったから、雑誌の実売金額は 1 兆 5127 億 4576 万円(同 2.8%減)となる。
■出版社数■
2000 年版に収録されている出版社は 4406 社で前年より 48 社少なくなっている。不
況を反映しこれで 2 年連続の減少となった。
出版社 4406 社の総実売総金額が約 2.5 兆円であるが、比較対象例として、
トヨタ 1 社の売り上げは約 9 兆円である。出版業界がいかに小さな業界であるかという
ことが理解できるだろう。
【表 1‐1】過去 10 年間の雑誌発行推移
雑誌総発行部数(万冊) 雑誌実売総金額 書籍+雑誌 実売総金額
月刊誌
週刊誌
(万円)
(万円)
前年度比
(%)
1990年
248,655
200,664
130,217,139
215,161,750
6.8
1991年
254,871
209,895
134,886,244
227,522,632
5.7
1992年
264,301
211,364
142,659,068
238,466,316
4.9
1993年
280,688
213,900
150,061,956
249,230,193
4.5
1994年
286,863
211,761
151,581,696
254,977,767
2.3
1995年
293,748
217,902
155,521,134
260,502,034
2.2
1996年
302,560
218,773
159,840,697
269,800,802
3.6
1997年
303,165
219,210
157,255,770
267,880,353
-0.7
1998年
299,830
217,128
155,620,363
261,723,069
-2.3
1999年
288,137
209,094
151,274,576
255,482,336
-2.4
[注]『出版年鑑』各年版による。発行部数、実売総金額は推定。
こうして出版業界の頭打ちの状態が続くなかで、各出版社とも社会情勢の変化、読者
ニーズを踏まえた上で、将来の収益となるような雑誌づくりをさかんに進めているので
ある。
現在の雑誌出版に影響を及ぼしている社会トレンドとしては、以下の6つが挙げられ
る。
・世代の交代
これまで雑誌文化をリードしてきた「団塊の世代」の高齢化と「団塊ジ
ュニア世代」の台頭
→熟年誌、ティーン誌の充実
・余暇時間の増大
労働時間の短縮に伴うオフタイムの有効活用、レジャー・リゾートへの
関心の高まり
→余暇情報誌、アウトドア情報誌の充実
・女性の社会進出
→働く女性をターゲットにした雑誌づくり
・国際化の進展
→海外出版社の日本進出、海外雑誌との提携、編集の国際ネットワーク化
・男女のボーダーレス化
男性の女性化、女性の男性化
→男女の別を意識しない雑誌づくり
・モノからココロの時代へ
モノの充足からココロの充足への価値転換
→読者とのコミュニケーション重視、精神面での充足をテーマにした雑誌づくり
・マルティメディア化の進展
パソコンの普及など
→メディアを楽しむための雑誌づくり
こうした社会情勢、読者のニーズを満たした雑誌をつくることが雑誌不況、出版不況
を抜け出す第一歩となるはずである。
第二節
発行部数について
雑誌にとって発行部数というのは、その売り上げを左右する非常に重要な数字であ
る。しかし、発行部数と一口で言っても実際にはいろいろな団体が、いろいろな名目で
算出した数字が存在する。主に発行部数には、
“公称部数”
、
“発行部数”
、
“実売部数”
の3つがある。
■公称部数■
雑誌が自社で発表している「発行部数」のことを指す。
「公称部数」は広告スポンサ
ー向け・雑誌同士のライバル関係により水増しした部数で、実態とはかなりかけ離れて
いる数字である。
■発行部数(ABC 部数)■
社団法人日本 ABC 協会(以下、日本 ABC 協会)の公査員(事務局職員)が発行社
を訪問し、調査・確認した部数を掲載する半年に 1 回発表する「雑誌発行社レポート」
での部数のことをいい、最も実態に近いと言われている。別名「ABC 部数」ともいう。
■実売部数■
雑誌が実際に何冊売れたかという「実売部数」は、編集部の最も基本的な機密の 1 つ
であり、編集部によっては編集者の士気に影響するので、具体的な数値を内部の者にも
明かさない場合さえある。
※発行部数を調べるためには
読者が簡単に発行部数を見ることができる資料は限られている。実態に近いといわれ
ている日本 ABC 協会の「雑誌発行社レポート」は、調査対象となるメディア数は出版
社 54 社 101 誌であり、全発行誌の 1 割ほどでしかない。
また、インターネット上で唯一公式で発行部数を公開しているところでは、
「社団法
人日本雑誌協会(以下、日本雑誌協会)
」が存在する。しかし、ここでの発行部数は「公
称部数」であり、あまり信用できるデータではない。ちなみにデータは年に 1 回追加・
修正が行われている。
雑誌について研究する上で、発行部数を詳しく知ることができないのは致命的でもあ
る。どの雑誌が売れているかという物理的な指標がないからである。しかし視点を変え
れば、そのことは、「その雑誌の良さは発行部数で測るものではない」と考えることも
できるであろう。
しかし、作り手にとっては最終的には発行部数という数字を考慮しなくてはいけない
ものであるし、また透明性を読者に伝える上でも、発行部数はもっと積極的に公表され
るべきものであるはずだ。
第三節 スポーツ誌
それではここで、スポーツ誌について分析してみよう。
『出版年鑑』2000 年版に収監されているスポーツ誌は計 301 誌である(
【表 1‐2】
参照)。内訳としては、月刊 189 誌、月 2 回刊 12 誌、週刊 10 誌、隔月刊 28 誌、既刊
21 誌、その他 41 誌となっている。雑誌総数は 4396 誌であるから全体に占める割合は
6.85%である。最も割合の高い「工学」でも 9.92%であるから、雑誌における 1 つの
ジャンルとして、
「スポーツ」というカテゴリーが確立されていることは明らかである。
スポーツの種目に関しては、雑誌として発行されていないスポーツはないと断言して
いいほど、ありとあらゆる種目のスポーツ誌が発行されている。
【表 1‐2】1999 年分類別雑誌点数
ジャンル 誌数
ジャンル
誌数
ジャンル
誌数
ジャンル
誌数
図書
96 風俗習慣
10
宗教
81
短歌
30
総合
76 自然科学
50
音楽舞踊
115
俳句
42
歴史地理
128 医学衛生
436
演劇映画
56
読物
492
政治
61
工学
493 体育スポーツ
301
女性
78
時局外事
60
家事
166
諸芸娯楽
104
青年
5
94
日本語
13
児童
189
108
英語
160
他外語
法律
経済統計
社会
41 農畜林水
188
商業
144 交通通信
15 学習参考
7
労働
77
芸術
109
文学文芸
109
教育
199
哲学
31
詩
21
計
11
4396
【出典】『出版年鑑』2000 年版(出版ニュース社)
それでは、どんなスポーツ誌があるのか、具体的に分析してみよう。
第二節で述べたが、実数に近い部数を発表している日本 ABC 協会の「雑誌発行社レポ
(1)
ート」には、スポーツ誌はわずか 3 誌しか登録していない。
その 3 誌とは『Number』
(文藝春秋)、『週刊 Gallop(競馬)
』
(産業経済新聞社)
、
『アルバトロス・ビュー(ゴ
ルフ)
』
(小池書院)である。3 誌しか登録されていないため、多くのスポーツ誌につい
ては詳しい概要を知ることはできない。また、公称部数を発表している日本雑誌協会で
は 81 誌について公開されている。
(巻末資料Ⅰ参照)しかし、先に述べたとおり、この
数値は「公称部数」であるので、あくまでも参考程度に留めて欲しい。
この日本雑誌協会公表の表を眺めてみて、私はある問題意識を抱くに至った。サッカ
ー専門誌が多いのではないか、ということである。スポーツ誌 81 誌のうち、サッカー
専門誌は最多の 8 誌である。もちろん、日本雑誌協会によるこの資料だけで判断するこ
とは正しくないが、1993 年に J リーグが開幕して以来、サッカーがメディアに露出す
る機会が増え、サッカーというスポーツは雑誌においても非常に重要なコンテンツに成
長してきたのではないか、そう感じたのである。
第一章では出版業界についての現状を考察してきた。そして雑誌出版全体におけるス
ポーツ誌の規模と位置付けを分析し、コンテンツとしてのサッカーの重要性という問題
提起をした。
第二章では、この考えを仮説とし、分析を試みて検証したいと思う。さて、その分析
材料であるが、専門誌におけるサッカー専門誌について、そのシェアや規模などを分析
するということが理想かもしれない。しかし、発行部数についてそれぞれの専門誌の数
字を得られないため、比較することができないという欠点がある。
そこで、私はスポーツ総合誌に着目することにした。1 つの限られたスポーツではな
く様々なスポーツを取り上げる総合誌ならば、その1誌のなかだけにおいて比較するこ
とが可能である。スポーツ総合誌と呼べる雑誌は現在は2誌のみ、『Number』と
『SPORTS Yeah!』
(角川書店)である。よって第二章では『Number』を中心にして、
様々な視点からスポーツ総合誌誌について分析してみよう。
ここで、本論文における専門誌と総合誌の定義を明確にしておきたい。
専門誌とは、ある1つの限定されたスポーツについて取り上げるスポーツ誌とする。
総合誌とは、ある1つのスポーツに限定されずに複数のスポーツについて取り上げる
スポーツ誌とする。
(1)
日本 ABC 協会には会社単位ではなく各雑誌ごとに登録する。
第二章 コンテンツからの
スポーツ誌マーケティング戦略
第二章では、雑誌のマーケティング戦略について、その雑誌を成すコンテンツから
戦略を探っていくことにする。具体的には、スポーツ総合誌である『Number』と
『SPORTS Yeah!』について、様々な視点からの分析を試みる。
「コンテンツ」という
言葉の定義は、映像、音楽、出版など様々な媒体を通じて流れる情報の中身のことであ
る。
第一節 仮説の設定
ここでまず、仮説を立てる。第二章においてはこの仮説を大前提として、常に考慮し
ながら論を進めていくことにする。
第一章・第三節でも少し触れたが、スポーツ誌におけるコンテンツとして、サッカー
が重要なソフトに成長したのではないかということである。よって、以下の仮説を設定
した。
サッカーの記事は数年前に比べて増加している。
サッカーを特集したときは発行部数が伸びる。
また、この仮説に相反する対立仮説も設定しておく。
対立仮説
サッカーの記事が増加しているという顕著な実例はない。
サッカー特集と、その際の発行部数には関係性はない。
第二節 『Number』概略
スポーツ総合誌を分析する前に、まず『Number』と『SPORTS Yeah!』がどのよう
な雑誌であるかということを知ることが必要である。よって、第二節では『Number』
について、第三節では『SPORTS Yeah!』についての概略を述べたいと思う。
まず『Number』という雑誌についての概略を確認することにする。その際、日本
ABC 協会の「雑誌発行社レポート」を参考にする。
●発行社名
株式会社
文藝春秋
●創刊年月
1980 年 4 月
●種別
総合誌
●発行周期
隔週刊
●定価
510 円
その特色について「雑誌発行社レポート」で次のように述べられている。
1980 年 4 月、「スポーツを愛する全ての人々へ」というメッセージを込めて船出した『スポー
ツグラフィックナンバー』。創刊20 周年を迎え、確固たる雑誌の地位と評価を築き上げてきま
した。この間、野球中心だったわが国のスポーツをめぐる状況が劇的な変化を遂げました。J
リーグのスタートとサッカーW 杯出場は最も象徴的な出来事ですが、F1、NBA、MLB、競馬な
ど、創刊時には一部マニアの関心の対象でしかなかったスポーツ、それも世界中のスポーツ
に、世代や性別を越えた人々が感動と共感を分かち合っています。
そんな時代の追い風を受けて、『ナンバー』は指折りの幅広い読者に支持されるメディアへ
と成長してきました。勝負の一瞬を捉えた迫力あるビジュアルと研ぎ澄まされた文章を基本と
した雑誌づくりが、多くの読者を魅了し続けています。
1994 年から、それまでの月2 回発売が
隔週木曜日発売になり、土曜・日曜に実施されたスポーツイベントもいち早く速報できるよう
になりました。読者層は、20 代から 30 代の男性が中心で、スポーツ雑誌というよりもスポー
(1 )
ツマインドを持つ若者向けの総合誌という認知が高まっています。
また、編集長の井上進一郎氏は『編集会議』において、創刊当初の状況と『Number』
の姿勢について次のように語っている。
(1)
『雑誌発行社レポート』2000 年 1∼6 月(日本 ABC 協会)
創刊当初は、どんなテーマを扱うか、どんな切り口にするかなど、試行錯誤の連続でした。
特集主義を全面に打ち出し始めた頃からですね、部数が伸び始めた
のは。
テレビや新聞では、人物の内面に迫るにはどうしても限界があるんです。テレビだってごく
一部を切り取って見せているだけで、全てが見えるわけじゃない。新聞は紙面が限られてし
まう。雑誌は速報性という部分ではテレビや新聞には劣りますが、その分取材に時間をかけ
ることもできる。取材していくと、表からは見えないいろいろなことが見えてくる。「あの場面は
実はこういうことだったんだ」という、核心に迫ることができるんです。読者にもそれを発見で
(2 )
きる喜びがある。そういう隠れた事実の発掘を目指してやってきたんです。
読者層については、性別、職業、年齢についての詳細が公表されている。次ページの
ようにグラフ化する。
【グラフ 2‐1】『Number』読者性別(1)
女性
女性
14%
14%
男性
男性
86%
86%
(2)
『編集会議』2000 年 6 月号(宣伝会議)p64
『雑誌発行社レポート』2000 年 1∼6 月(日本 ABC 協会)より作成。
(1)
(2)
【グラフ 2‐2】『Number』読者職業別(2)
12%
12%
3%3%
4%4%
3%3%
8%8%
会社員
会社員
学生
学生
公務員
公務員
自由業
自由業
自営業
自営業
教員・
研究者
教員・
研究者
その他
その他
44%
44%
26%
26%
【グラフ 2‐3】『Number』読者年齢層(1)
25.0
25.0
19.7
19.7
20.0
20.0
16.8
16.8
16.0
16.0
13.3
13.3
11.4
11.4
16.0
16.0
15.0
15.0
<%>
<%>
10.0
10.0
4.8
4.8
5.0
5.0
2
32
3
2
62
6
2
92
9
3
43
4
3
93
9
4
44
4
4
94
9
<年齢>
<年齢>
5
05
0
以上
以上
4
54
5
∼
∼
4
04
0
∼
∼
3
53
5
∼
∼
3
03
0
∼
∼
2
72
7
∼
∼
2
42
4
∼
∼
2
12
1
∼
∼
以下
以下
2
02
0
無回答
無回答
0.0
0.0
1.3 0.6
1.3 0.6 0.1
0.1
『雑誌発行社レポート』2000 年 1∼6 月(日本 ABC 協会)より作成。
(1)
また、発行部数については、各号の細かい発行部数までは明らかにすることはできな
かったが、日本 ABC 協会を直接訪問して、半期ごとの平均部数についての数字を知る
ことができた。それが次ページの【表 2‐4】
【グラフ 2‐5】である。ちなみに、
『Number』
は 1994 年から日本 ABC 協会に所属したため、1994 年下期からの数値となっている。
【表 2‐4】【グラフ 2‐5】『Number』平均部数(1)
期日
部数平均
160,511
160,511
95年上期
95年下期
95年
156,130
163,089
159,609
96年上期
96年下期
96年
162,613
161,133
161,902
97年上期
97年下期
97年
161,482
212,910
187,195
98年上期
251,687
98年下期
98年
227,412
239,551
99年上期
99年下期
99年
186,129
203,233
194,681
00年上期
183,430
平均
185,813
270,000
270,000
260,000
260,000
250,000
250,000
240,000
240,000
230,000
230,000
220,000
220,000
210,000
210,000
200,000
200,000
190,000
190,000
180,000
180,000
170,000
170,000
160,000
160,000
150,000
150,000
140,000
140,000
9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 0
9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 9 0
4 5 5 6 6 7 7 8 8 9 9 0
4 5 5 6 6 7 7 8 8 9 9 0
年上期
年上期
年下期
年下期
年上期
年上期
年下期
年下期
年上期
年上期
年下期
年下期
年上期
年上期
年下期
年下期
年上期
年上期
年下期
年下期
年上期
年上期
年下期
年下期
94年下期
94年
『
Number』
平均部数
『
Number』
平均部数
【グラフ 2‐1】、【グラフ 2‐2】
、
【グラフ 2‐3】
、
【表 2‐4】
、
【グラフ 2‐5】
、につ
いては第二章・第四節以降において、随時、解説・分析していくこととする。
日本 ABC 協会事務局次長、大郷睦夫氏から提供していただいた資料から作成。
(1)
第三節 『SPORTS Yeah!』概略
次に、もうひとつのスポーツ総合誌である『SPORTS Yeah!』という雑誌の概略につ
いて確認する。『SPORTS Yeah!』は創刊されて間もなく、部数などの詳細はどの公表
機関にも発表されていないため、それを把握することはできない。よって、中島氏のイ
ンタビューを参考にする。
●発行社名
株式会社
角川書店
●創刊年月
2000 年 9 月
●種別
総合誌
●発行周期
隔週刊
●定価
480 円
その特色について、中島氏は次のように述べている。
最 初 に ま ず、『Number』に対抗する雑誌を創りたいという考えがありました。しかし、
『Number』と同じことをやっていたら当然売れないので、その違いは何かというと、読者に分
かりやすいスポーツの情報を提供するということです。『
Number』というのはどちらかといえ
ば試合が終わった後に、「実はその裏にはこういうことがあった」ということを伝えるものだけ
ど、一方で『SPORTS Yeah!』 の場合は反対に、前打ちといって、「こういうところが見所です
よ」とか、「こういう情報を知っていればスポーツを楽しく見られますよ」など、そういう前打ち
の姿勢というのが『Number』よりも強いです。だから、読者に何を伝えたいかといったら、その
スポーツ自体の持っている魅力を伝えたいというふうに思っている性格の雑誌ですね。私が
思うのは、スポーツというのは読むものではなく、見るものなのではないかということです。で
すからスポーツは見るものだと仮定した場合、『
SPORTS Yeah!』が生き残るためには、その
見るためのガイドとなって、「こういうところが見所ですよ」などと伝えることにテーマを絞った
のはなかなかいい観点だと思います。だから、読むスポーツを確立したのは『Number』であ
るけれど、見るためのスポーツの指針として『SPORTS Yeah!』が手助けするという差別化を
計らなければなりま せ ん。しかし前打ちばかりだとただの情報誌になってしまうので、
『Number』とは差別化するけれども、『Number』と共通している部分、いわゆる検証の部分で
すね、そういう点も大切にしていく、そういう姿勢です。
読者層については、「創刊当初から一貫して 20 代から 30 代の男性というターゲットに絞
ってやってい」るという。また、発行部数については、「公称部数は一応 15 万部となって
いますけど、実際はそれの半分以下だと思います。」と述べている。
以下の表はこれまで(2001 年1月現在)に発売された号の特集をまとめたものであ
る。
【表 2‐6】『SPORTS Yeah!』特集ジャンル・タイトル
号数 特集ジャンル
2000年 1号
特集タイトル
オリンピック SYDNEY2000 ニッポン新たなる挑戦
2号
オリンピック Sydney
Climax
3号
オリンピック ニッポン戦いの全て
4号
野球
5号
サッカー
クラブチームサッカー最新レポート
6号
サッカー
日韓W杯予選特集
7号
格闘技
8号
サッカー
日本サッカー世界へ
2001年 9号
サッカー
SERIE A特集
10号
総合
永遠の対決
格闘新世紀
2001年主役の証言
第四節 『Number』分析
第四節では『Number』について実際に分析を試みる。そして、
『Number』の分析結
果から、その仮説の成否について検証していく。
分析
分析としては、『Number』の特集について各スポーツの特集回数を調べることにす
る。『Number』というのは特集主義を採用しており、各号はある1つのスポーツを中
心に取り上げている。故に、その特集回数を調べることによってその時々に読者が求め
ている読みたいスポーツは何なのか、またそれは発行部数にどのような影響を及ぼして
いるのかが明らかになるのではないか、と考えたからである。
その分析結果が巻末資料Ⅲである。1989 年から 2000 年までの 12 年間、計 301 号に
おける、その特集スポーツのジャンル、タイトルについてデータ化した。『Number』
は 1980 年創刊であるのにどうして 1989 年からの分析であるかというと、1989 年を含
めたそれまでの 10 年間においては、サッカー特集が全く見当たらないということであ
る。ここでは、サッカーを中心に分析していくので、そうした分析方法を採った。
次ページからの【グラフ 2‐7】は、特集におけるサッカーと野球の比率を年別にま
とめたものである。野球についても分析したその理由は、1989 年以前の『Number』
は野球が中心であり、それがサッカーの台頭によってどのように影響されてきたのかを
測る意味でも、サッカーとの比較対象として最適であると判断したからである。 野球
については第六節で詳しく言及する。また、
【グラフ 2‐8】はその比率の 12 年間の推
移である。
(1)
【グラフ 2‐7】『Number』特集比率(1989 年∼2000 年)
1989年
1989年
1990年
1990年
野球
野球
28%
28%
野球
野球
38%
38%
その他
その他
62%
62%
サッカー
サッカー
0%
0%
1991年
1991年
1992年
1992年
野球
野球
23%
23%
野球
野球
22%
22%
サッカー
サッカー
5%
5%
その他
その他
72%
72%
(1)
サッカー
サッカー
5%
5%
その他
その他
67%
67%
巻末資料Ⅲより作成。
サッカー
サッカー
5%
5%
その他
その他
73%
73%
1993年
1993年
1994年
1994年
野球
野球
19%
19%
野球
野球
22%
22%
サッカー
サッカー
13%
13%
その他
その他
65%
65%
その他
その他
54%
54%
1995年
1995年
1996年
1996年
野球
野球
24%
24%
その他
その他
60%
60%
サッカー
サッカー
27%
27%
サッカー
サッカー
16%
16%
野球
野球
25%
25%
その他
その他
54%
54%
サッカー
サッカー
21%
21%
1998年
1998年
1997年
1997年
野球
野球
15%
15%
野球
野球
21%
21%
その他
その他
49%
49%
その他
その他
51%
51%
サッカー
サッカー
34%
34%
サッカー
サッカー
30%
30%
1999年
1999年
2000年
2000年
野球
野球
17%
17%
その他
その他
48%
48%
野球
野球
16%
16%
その他
その他
44%
44%
サッカー
サッカー
35%
35%
サッカー
サッカー
40%
40%
【グラフ 2‐8】『Number』特集比率の推移(1)
野球
野球
︿ ﹀
︿ ﹀
45
45
40
40
35
35
30
30
25
% 25
%20
20
15
15
10
10
5
5
0
0
サッカー
サッカー
1
1
9
9
9
9
0
0
1
1
9
9
9
9
1
1
1
1
9
9
9
9
2
2
1
1
9
9
9
9
3
3
1
1
9
9
9
9
4
4
1
1
9
9
9
9
5
5
1
1
9
9
9
9
6
6
1
1
9
9
9
9
7
7
1
1
9
9
9
9
8
8
1
1
9
9
9
9
9
9
2
2
0
0
0
0
0
0
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
1
1
9
9
8
8
9
9
第五節 分析結果の検証
それでは、これまでのグラフや表を参考にして、仮説を検証してみよう。
まずは、単純に特集記事の比率についてであるが、
【グラフ 2‐7】や【グラフ 2‐8】
から明らかなようにサッカーの特集が年々増加しているのは一目瞭然である。1989 年
までは全く取り上げられていなかったが、2000 年には 40%までに達している。
それでは、どうしてこれほどサッカーの特集が増加してきたのか、またこの増加は発
行部数にどのような影響を及ぼしているのだろうか。
川田氏はコンテンツとしてのサッカーの重要性を次のように述べている。
はい、確かにそう言えます。『Number』では、サッカーというのは、J リーグが開幕する前ま
でには、釜本選手が引退した時のたった1回しか特集していないのですね。だから、
J リーグ
開幕、フランスW 杯出場、日韓W 杯開催決定など、大きな出来事を経験して、特集の頻度は
(1)
【グラフ 2‐8】より作成。
急速に増えてきたのです。編集部にも「サッカーの特集が多いのではないか」という意見はあ
ります。しかし、日本におけるプロスポーツというのは野球とサッ
カーぐらいしかありません。
まあ、ゴルフやテニスもありますが、それらはDo Sports、つまり自分でやるスポーツとしての
認知度のほうが高いですよね。一方、観るスポーツとして定着してきたのはこの2つ(野球と
サッカー)しかないわけです。そして、野球に比べてサッカーの特集が多い理由としては、サ
ッカーというのは世界観があるのです。世界中の国にリーグがあり、
W 杯も存在する、そうい
う意味で扱いやすい素材であるといえます。
【グラフ 2‐5】をみると、
『Number』の発行部数は 1997 年上期から 1998 年上期に
かけて急激な上昇を遂げている。この時期は【グラフ 2‐8】においてもまさにサッカ
ーの特集が増加している時期に重なっている。
この時期にサッカー界で何があったかというと、1997 年 11 月のフランス W 杯最終
予選や 1998 年 6 月の日本が初出場したフランス W 杯開催など、日本サッカー界にと
っては歴史的な出来事が起こっていたのである。それに伴って『Number』の発行部数
にも影響して「異常に売れ」(川田氏)るという結果になったのである。
その当時の状況を川田氏は次のように述べている。それと同時に、1999 年上期と
2000 年上期の発行部数が相対的に減少しているが、それに関しても同時に触れている。
(1999 年上期の減少については)何のイベントもなかったからです。減少といっても前年の
1998 年が売れすぎただけで、それ以前に比べれば二万部ほど底上げされています。それだ
けリピーターである読者が増加したわけです。そして、
2002 年の W 杯が終わった後にまた少
し底上げされればいい、そういうふうに捉えています。
1998 年というのはスポーツ界にとって
も『Number』にとっても激動の年でしたね。スポーツ誌がこれほど売れるのはおかしいですよ
。
スポーツ誌の規模は雑誌全体を考えると非常に小さいのです。
(2000 年上期の減少については)それは今年(2000 年)はスポーツの大きなイベントがなか
ったからです。1998 年は長野オリンピックやフランスW 杯があって異常に売れました。それま
で 15 万部前後で売れてきたのが一気に20 万部以上に上がりました。今年はシドニーオリン
ピックがありましたが、自国開催でないと、オリンピックというのはあまり強いコンテンツでは
ありません。そういった意味からは、今年はまずまず好調といえると思います。広告収入など
を含めた全体的な売り上げでいけば、非常に利益をあげていますし。だから、日本ABC 協会
の数字だけでは全ては判断できません。編集部にとってもこの減少は特に問題ではなく、
「2002 年にはまた上昇するだろう」という考えです。
1998 年 4 月 23 日付けの東京新聞では、フランス W 杯開催に伴う出版ブームについ
て次のように書かれている。
東京・千代田区の書店では入り口近くの一角にサッカー関連本が積み上げられ、雑誌コー
ナーにも特集号や保存版が並んでいる。店頭に並んでいる書籍は約55 種類に上り、雑誌の
特集号や保存版などは約35 種類刊行されている。大手取次店「日販」文化広報室の小池佳
世さんは、「平成に入って以降、特定の出来事に関する出版ブームで、今回をしのぐものは
なかった」と話している。(1)
この記事から、フランス W 杯に対する当時の盛況がいかに大きかったのかが伺える。
その出版ブームのなかで『Number』も然り、サッカー界の大きなイベントによって
発行部数が影響されてきたのである。この傾向は 2002 年の日韓 W 杯の時にはさらに
顕著に表れることは想像に難くないだろう。川田氏はオリンピックについて、自国開催
の際のコンテンツとしての強さを述べているが、それは同じ世界的イベントである W
杯についても同様にいえるであろう。
それでは、もう一方の総合スポーツ誌である『SPORTS Yeah!』としては、コンテン
ツとしてのサッカーに関してどう考えているのであろうか。
やはり2002 年の日韓 W 杯に向けて、サッカーというのが盛り上がっていくのはもう明らかで
す。サッカー以外のスポーツでそういった世界的なイベントはないですよね。読者アンケートを
取ってもサッカーに関しては需要が非常に高いです。サッカーというのは見る人それぞれの
視点を入れ込めるスポーツですね。また、選手が海外に移籍すれば、その移籍したリーグに
ついて特集するというように、コンテンツとしての可能性が広がっていくのです。(中島氏)
『SPORTS Yeah!』においても、サッカーの重要性は明らかなようである。
【表2 ‐6】
にあるように、やはりサッカーの特集が多くみられるのがわかるであろう。シドニーオ
リンピックを機会に創刊された『SPORTS Yeah!』ではあるが、それ以後はサッカー特
集が中心となっている。
ここまで検証してきたが、最初に設定した仮説は果たしてこれで立証できただろう
か。
もう少し様々な視点から探ってみることにする。
(1)
『東京新聞』1998 年 4 月 23 日付
第六節 比較対象―コンテンツとしての野球
サッカーとの比較対象として、野球についても分析を試みる。
【グラフ 2‐7】
、
【グラ
フ 2‐8】からわかる通り、サッカー特集の増加と入れ替わるように野球の特集は年々
減少している。その比率が初めて逆転したのが J リーグが開幕した 1994 年である。
1980
年の創刊から続いてきた『Number』における野球のシェアは 1989 年の 38%をピーク
に、近年は 15%近くまでに衰退してしまっている。特に、フランス W 杯が開催された
1998 年には最も低い 15%であった。まさに、これまで『Number』における特集の中
心であった野球はサッカーに取って代わったと断言してもよいのではないだろうか。
野球衰退の原因としては、
「野球ファンにおけるかなりの比率を占める巨人ファンというのはあまり雑誌を買わない傾
向があります。テレビなど他のメディアによって十分報道されているからです。まあ、買ってい
るとしても年齢層は高いです。極端に売れていないわけではないです。野球は、現在のまま
ではいけないという意識はありますが、われわれにはどうすることもで
きません。コンテンツと
してサッカーが重要になってきたけれど、それはマスコミが恣意的に煽ってのではなく、サッ
カーという競技自体が努力した結果ですね。」(川田氏)という。
また、『SPORTS Yeah!』に関しても、
「野球の日本シリーズを特集した号(4 号)がもっとも売れなかったのです。これは顕著な現
象で、野球のファンというのは平均年齢が高く、
40 歳近いのですね。一方、サッカーというの
は 10 代から 20 代、30 代近くまでに人気があって、どの層が『SPORTS Yeah!』を買うかという
とやはり 30 代までの人なんです。すると、野球のようないわゆる「おやじスポーツ」を特集し
ても若い人は買わないですね。」(中島氏)という意見もある。
野球はシーズン中ほとんど毎日試合が行われるため、
『Number』や『SPORTS Yeah!』
などの隔週刊の雑誌には適合しないのではないか、そう考えたところ、
「確かにそうです。だから、試合内容ではなくて選手個人に焦点を絞るしかないですね。ま
た、スポーツ新聞を見れば結果などが詳しく書いてあるので、そこでは取り上げられないよう
な選手の心の動きとかそういうことをやっていかなければ、特集としての野球は成り立たない
ですね。」(中島氏)ということである。
しかし、サッカーが J リーグ開幕やフランス W 杯開催を機に野球を抜き去ったこと
と同様のことが、野球にも起こり得る可能性はもちろん秘めているわけである。野球に
ついての詳しいコンテンツについてはここでは触れないが、そうした現象を巻き起こす
ためにも、野球界の奮起が期待されるだろう。
第七節 総合誌と専門誌
ここまで、スポーツ総合誌におけるサッカーの重要性について分析、検証してきた。
そして、サッカー特集とその際の発行部数に関連性があることもグラフやインタビュー
内容などからほぼ立証することができた。
ここで、ある提案を思い抱くに至った。それは、サッカー特集で部数が伸びるのなら
ば、極端な手法ではあるがスポーツ総合誌ではなくサッカー専門誌に切り替えてしまっ
てはどうか、ということである。
サッカー専門誌の代表的なものとしては、
『サッカーマガジン』
(ベースボール・マガ
ジン社)や『サッカーダイジェスト』
(日本スポーツ企画社)などがあるが、日本雑誌
協会公表の資料(巻末資料Ⅰ参照)によれば、発行部数はそれぞれ 43 万部となってい
る。もちろんこれは公称部数であるために正確ではない。それを考慮して、スポーツ誌
のなかで比較してみても、発行部数の多い雑誌といえるのではないだろうか。
こうした考えを中島氏と川田氏に提案した。
―どうして専門誌ではなく総合誌でいくのですか?
まず、専門誌を創れるスタッフがいるかどうかという問題があります。また、サッカー専門誌
というのは、現在は数も多いし、『サッカーマガジン』や『サッカーダイジェスト』がある程度の
部数を確保していることからも、かなり成熟した市場だと思います。それに比べてスポー
ツ総
合誌というのは『Number』しかなかったので、まだ入り込む余地があると考え、そこをターゲッ
トとして絞ればサッカー専門誌以上の部数を期待できるのではないかということです。または、
『SPORTS Yeah!』が参入して市場を成熟させるということは、それとともにそのマーケット自
体が拡大していく可能性もあるわけで、それに賭けたということもいえると思います。
(中島
氏)
―総合誌と専門誌のメリットとデメリットはなんですか。
『サッカーマガジン』などの専門誌は、記者がそのスポーツだけを取材しているので、内容
が 詳 し す ぎ て 一 般 の 読 者 に は つ い て い け な いという場 合 が あります。それに比べて
『Number』を作っているわれわれは普通の人間だから読者と同じ視点から作れますよね。デ
メリットとしては、専門誌の記者よりも知識に乏しいという点がありますが、それならば詳しい
ライターを雇うなどして補っています。メリット、デメリットというのはいろいろあるとは思います
が、スポーツを伝えるということは本質的にはそれほど変わらないのではないでしょうか。技
術やルールが変化しても選手のモチベーションや喜怒哀楽などの気持ちというのは変わらな
いですよね。スポーツ文化というのはトータルなもの、総合的なもので、専門誌では伝えきれ
ないものもあるはずだから、総合誌のままでいいと思います。(川田氏)
―しかし、サッカーを特集すれば部数が伸びるわけですよね。
それは確かにそうです。2001 年はさらに特集が増えますね。しかし、だからといってサッカ
ーばかりをやるというのも問題があるので、『
Number PLUS』という形で出すわけです。
(川田
氏)
―極端ですが、『Number』をサッカー雑誌にしてしまうという考えについ
てはどう思いますか。
もしも、そうしてしまったらサッカー以外のスポーツのことを知ることができなくなってしまい
ますよね。それに、野球などの他のスポーツを特集した時にもそれなりに売れますし、いろい
ろなスポーツを好きな読者が『Number』を支えてくれていると思います。サッカーを特集したと
きでも、その読者の半分以上は、サッカーだけが読みたいという読者ではないですね。格闘
技の特集は買うけどサッカーの特集は絶対に買わないという読者もいるだろうし、つまり、毎
号買ってもらうというのは難しいかもしれませんね。じゃあ、いくつかのスポーツを満遍なく均
等に取り上げればいいかといえばそういうわけにもいきません。スポーツによってそれぞれ
規模や時期が全く違うので同じスペースで割るということは不可能です。それはもうしょうが
ないです。だからその時々の旬なスポーツを取り上げていくのです。しかし、サッカーだけに
なることはあり得ません。例えば、『anan』で木村拓哉を表紙にすれば売れるらしいのですが、
かといって毎回毎回彼が表紙というわけではないし、または女性誌でもメイク特集は売れる
けど、メイク雑誌には絶対にならない、それと同じことだと思います。
(川田氏)
なるほど、やはりスポーツ総合誌にもサッカー専門誌にもそれなりのメリット・デメ
リットがあり、それぞれが独自のコンセプト、読者に伝えたいメッセージなどを持って
いるように、発行部数だけにとらわれない視点もまた重要であるということである。
また、ここで総合誌と専門誌のどちらがよいかということを断言できないその理由は、
総合誌である『Number』と専門誌である『サッカーマガジン』や『サッカーダイジェ
スト』の正確な発行部数を比較することができないからである。
第八節 潜在マーケット
第八節では、読者層に注目してみよう。
【グラフ 2‐1】
、
【グラフ 2‐3】から、
『Number』の読者層は、性別では男性がほと
んど(86%)で、年齢層も 35 歳未満だけで 81.8%を占めている。この層がいわゆるコ
ア・ターゲット(core target)である。
『SPORTS Yeah!』についても、「創刊当初から一貫して20 代から 30 代の男性という
ターゲットに絞ってやっている。」(中島氏)ことから、コア・ターゲットは『Number』
とほぼ同じであると考えてもよいだろう。
発行部数を伸ばすためには、このコア・ターゲットをさらに膨らますことも重要であ
ろうが、しかし、スポーツ総合誌のさらなる発展のためにはコア・ターゲット以外の層、
つまり潜在マーケットを開拓することも戦略のひとつとしてまた重要ではないだろう
か。
そこで私は潜在マーケットとしてまず「女性」に注目してみた。『Number』の女性
読者が 14%しか存在しないように、女性読者をさらに獲得できればスポーツ総合誌の
市場全体を大きくすることができるのではないか、そう考えたのである。しかし、
女性読者については全く意識していません。潜在マーケットとしても女性に読んでもらおう
という考えはなく、創刊当初から一貫して20 代から 30 代の男性というターゲットに絞ってやっ
ています。つまり、部数を増やすためには、新たな層を開拓するのではなく、既存のターゲッ
トのなかで、その層の読者をいかに増やしていくか、ということです。少し年代を広げようとし
て、野球や競馬を特集すると、今度はコアな層が逃げていってしまう、そういう難しさがありま
す。女性の読者に関しても、同じことが言えますね。だからまだそういう時期ではなく、まずは
最初に定めた特定のターゲットに向けて定着させなければならないと思います。
(中島氏)
男性のアスリートのメッセージを加工して女性に伝えていくということもできますけど、なん
といっても女性はミーハーすぎますね。それだったら、女性アスリートを取り上げて共感させる
というほうがいいです。しかし、日本の女性選手は本当に自立できているかというと疑問です。
きちんとプロとしてやっていく意識があるか、そういう意味でいったら、まだまだアスリートとし
ての意識に達していないし、見る側の目も肥えていないですね。また、女性の選手とは話す
機会があるのですが、オリンピックでメダルを取った選手にせよ、企業に所属する選手にせよ、
考えが未熟で甘いです。指導者にしても、ソフトボールの宇津木さんやシンクロの井村さんな
ど優れたコーチはいますが、それでも数えるほどしかいません。そういう意味で、「女性が活
躍したからじゃあ特集しよう」というのは表面的な考えではないか、そう思います。あくまでも
私の考えですけど。まあ、未開拓の分野なのでこれからですね。(川田氏)
予想外の答えが返ってきた。現場の意見としては、女性読者はターゲットとしてはあ
まりふさわしくないらしい。『SPORTS Yeah!』については創刊して間もないため、ま
ずはコア・ターゲットに向けて発信してその地盤を固めるという戦略は理解できる。し
かし、創刊から 20 年もの年月を経た『Number』はどうであろうか。川田氏や編集長
の井上氏は同じようなことを述べている。
ある層に向けて創っているという意識はありません。マーケティングはほとんどやっていま
せんね。編集部の人間がそういう世代の編集者なので、自分たちがおもしろいと思ったもの
を創っています。(川田氏)
雑誌の多くで導入されているマーケティングも『
Number』ではほとんど行っていません。つ
まり、作る側としては読者層を特に意識していません。読者の半分は10 代から20 代ですが、
10 代はもちろん昔から読んでいる40∼50 代の読者もいる。それだけ幅広いとマーケティング
も意味がありません。自分たちがおもしろいと思うものを、読者にどうやって発信していくか。
これが基本的な考え方です。(井上氏)
やはり、20 年間の努力によってある程度の読者は根づいているという自負があるの
であろうか。余裕に近いものが感じられる。
また、この二人の意見には、ある特定のターゲットに向けた極端な誌面づくりをする
と、それ以外のターゲットが逃げてしまうという中島氏の見解を含んでいるのではない
だろうか。この点こそがスポーツ総合誌の難しい論点なのである。
女性読者に論点を戻そう。ここで、女性をコア・ターゲットしているサッカー専門誌
の例を挙げる。『サッカーai』(日刊スポーツ社)である。
『日本サッカーは本当に強く
なったのか』(中央公論社)のなかで荻島弘一編集長はその狙いについて語っている。
完全に若い女性層にターゲットを絞っています。類似誌が存在しなかったのでそうしたの
ですが、サッカーに興味はあるけれども『サッカーマガジン』は難しいという人に読んでほしい
という思いもありましたし、女性ファンを増やすのも、たとえ最初はミーハー人気であっても、
(1 )
サッカーを見る層を増やすためにもそういう雑誌は必要だという動機でした。
このように女性をコア・ターゲットとして成立しているサッカー専門誌も存在するの
である。ということは市場として成り立っているわけだから、スポーツ総合誌にとって
も開拓する価値と可能性はあると考えてもよいのではないだろうか。
そうはいっても、
『サッカーai』の場合は専門誌であるからそれができるのであって、
先ほども触れたように、総合誌にはそうした誌面づくりができないのである。
であるから、潜在マーケットとしての女性は、スポーツ総合誌を発展させるための可
能性のひとつとして今後も考察していく必要があるだろう。
もうひとつの潜在マーケットとして川田氏は「子供」を提起している。
私は潜在マーケットとしては「子供」だと思います。例えば、サッカーが強くなった理由は、
ナショナルトレーニングセンターをきちんと整えてセレクションを行ったり、コーチの強化を推
進したり、子供にあたる部分に力を注いできて、こうした草の根レベルからの努力が実を結
んだんですね。そういうことから、女性よりも子供のほ
うが重要だと思います。例えば、サッカ
ーの中村俊輔選手。子供たちにはとても人気があるのですが、彼らは新聞を読まないし、
『Number』もそうだけど、これまでのスポーツ誌は大人向けだし、情報を知りたいと思っても
知れないわけです。しかし、知りたいという欲求はあるわけだから、そういうニーズを満たす
ことができる雑誌を創りたいと思っています。(川田氏)
川田氏の言う「子供」とは何歳未満をいうのかはわからないが、仮に「子供」を 15
歳未満と定義した場合、『Number』というのは「子供」向けとはいい難いし、彼らに
とっては、文章が多い「読みもの」であろう。しかし、かといって『Number』を「子
供」向けにするわけにはいかない。そこで、
『Number』とは別の「子供」向け『Number』
を創るというのである。なるほど、それによってスポーツ総合誌の市場が拡大する可能
性もあるだろう。
(1)
大住良之/後藤健生『日本サッカーは本当に強くなったのか』、2000
(中央公論社)p157
また、「高齢者」という潜在マーケットについてはどうであろうか。
第一章・第一節において、世代交替という社会情勢の影響によって熟年誌の充実につ
いて述べた。やはり、この少子高齢化の時代にあってますます多くなるであろう「高齢
者」という層は、スポーツ誌にとっても無視のできない存在であることは間違いない。
しかし、
『Number』などは字数も多く、
「高齢者」に優しい雑誌とはいい難いだろう。
「女性」
、
「子供」と同じように、市場を拡大するための可能性のひとつとして「高齢
者」という層について考察していくことも非常に重要であろう。
最後に、この節で考察した読者層についてのモデルを構築して終わる。
【図 2‐9】スポーツ総合誌読者概念図モデル
コア・ターゲット
高齢者
(20∼30 代の男性)
子供
サッカー
潜在マーケット
野球
女性
※コア・ターゲットとは 20 代∼30 代の男性であり、そのなかにそれぞれ
のスポーツ
が大小異なって存在する。様々な種類のスポーツが好きな読者もいれば、あるひとつ
のスポーツだけが好きな読者もいる。そして潜在マーケットとして、
「女性」や「子
供」、
「高齢者」など、これから成長する余地のあるマーケットが存在する。
第九節 比較検証―
新聞におけるコンテンツとしてのサッカー
第九節では、雑誌との比較対象として、マスコミ四媒体のひとつである新聞について
の分析を試みる。新聞におけるコンテンツとしてのサッカーの重要性はどうなっている
のか、ということである。その際、朝日新聞運動部の潮智史氏へのインタビューを参考
にする。
まず、新聞におけるコンテンツとしてのサッカーの重要性について聞いてみた。
1993 年に J リーグが開幕して以来、どの新聞も一斉に取り上げはじめました。しかし、サッ
カーがどれだけ重要であるかというのは今のところ判断の最中であるといえます。例えば、
シドニーオリンピックにおいて、サッカーはメダルを獲得できなかったけれどあれだけ大きく取
り上げられて、一面にも何回も登場しました。しかし、我々には賛否両論の意見があって、こ
こまで大きく報じるべきなのかという意見もあります。だからとりあえずは、
2002 年の W 杯が
終わってその後、それぞれの新聞がどう扱うかというのは変わってくると思います。
では、将来的にサッカーが記事の中心になる可能性はあるのだろうか。
別に中心とか一番になる必要があるとはあまり感じていません。様々な競技に関心のある
人がそれぞれいるわけで、それを数字にするとたまたま野球、サッカー、相撲などが突出す
るだけです。例えば、サッカーの人気が一番と言うけど、じゃあサッカーの人気って一体何な
んだろうと考えた時に、果たして野球の人気は減るのかというと決してそういうわけではない
だろうし、それぞれの競技をできるだけ幅広く扱えるようになれればいいなと考えています。
結局、Jリーグが開幕してサッカーの扱いが増えたことで、それまでは載せていたある競技が
載せられなくなったりとか、小さくなってしまったという、それは明らかなことです。できれば、
そういうサッカー偏重になるのではなく、関心がないスポーツが載っていても、「ああこういう
スポーツも楽しそうだな」ということを読者に思ってもらえるような紙面を作ることが使命、役
割だと思います。
なるほど、潮氏のこの発言には、新聞というのは限られたスペースのなかで伝えたい
ことを伝えなくてはならない、という新聞の特性を考慮してのものだろう。
東京新聞社の財徳健治氏は、前出の『日本サッカーは本当に強くなったのか』
(中央
公論社)のなかで、サッカーの記事を書くときの難しさを次のように述べている。
サッカーは野球と違って絶えず動いているスポーツでしょう。例えば、絶好調のストライカ
ーに最初にボールが渡ったときに、相手チームのディフェンダーが素晴らしいタイミングで当
たっていってボールを奪ったプレーが、その後の試合の流れを決めたかもしれないわけです。
でも、そんなことを書いてある記事にはまずお目にかかれない。試合全体を通して、勝敗を
決める伏線となるプレーはあるにもかかわらず、そうい
う捉え方のできる記者がまず少ないし、
そんなことを書いてもわかりにくいと言われて喜ばれない。ついつい派手なゴールシーンだ
けを書いてしまう。実際、その試合をあまさずに描くには、一般紙の限られたスペースでは難
しい競技だな、ということがあります。(1 )
また、読者ターゲットが明確に定めてある雑誌と違って、新聞はスポーツ欄以外にも
政治・経済・社会などあらゆる分野の記事が掲載されているわけで、その読者層も不特
定多数に及んでいる。スポーツに詳しい読者もいれば、スポーツに関して全く無知な読
者もいるわけである。この点について潮氏は次のように述べている。
J リーグが開幕した当初、「ハットトリック」という言葉を載せたところ、「それはどういう意味
だ?」という問い合わせがきたんですね。となると、「じゃあヒットエンドランは分かります
か?」なんていうことになってしまう訳ですよ。そこは難しいところですが、バランスを取りなが
らやっているつもりです。しかし、新聞というのはある部分では読者を啓蒙するというか、そう
いう役割も持っていると思うので、偏ることなくバランスを取りながらですね。例えば、
J リーグ
を 10 年 20 年の長い目で見て、少し難しいけど読者の興味を引くような書き方とか、少し専門
的なことに触れたりとか、そういうことを重ねていくことがとても大事だと思います。また、サッ
カーの本質を伝えるために、こういう見方もありますよとか、ひとつブロックを積み上げていく
ような感じで、読者の興味をより引き上げたりとか、そういう文章の書き方など、バランスを取
(1)
大住良之/後藤健生『日本サッカーは本当に強くなったのか』、2000
(中央公論社)p159
ることも大事ですけど、一方ではそんなことも考えています。
財徳氏もこれと全く同じことを述べている。
一般紙の難しさは、読者が不特定多数であることです。
10 代の若者から 60∼70 歳のおじ
いさん、おばあさんまでを読者として想定しなければならない。サッカーに縁が薄かった高齢
層の読者にも、わかりやすく記事にしていかなきゃならない。でも、わかりやすく書くくらい、し
(1)
んどい作業はない。どう書いたらわかりやすいか、難しい問題なんですよ。
発行部数についても、自分の記事がどれだけ部数に反映されているのかなど、把握す
ることは難しいだろう。では、紙面を作る上でのモチベーションはどのように高めてい
るのだろうか。
発行部数については、少なくとも原稿を書く上では気になりませんし、気にしません。現場
記者の傲慢な部分なのかもしれませんね。仕事へのモチベーションはまったく別になります。
基本的には、この事実を、この話しを伝えたいという気持ち。ひとよりいいと思える原稿を書き
たいという気持ち。あとは自己満足で終わることなく、常に物書きとして「いい記事を書いてい
るね」と評価されるように向上したいという気持ち。これらがモチベーションにしています。これ
は結果論ですが、自分の記事への読者からの反応は大きなモチベーションになります。それ
は記事への批判的な内容であっても、とてもうれしいものです。記事についての評価というの
は、なにを持って評価をはかるのかが難しいものです。テレビのように視聴率が数字として出
るわけでもなく、文章そのものが好き嫌いとか、例えば絵画をみるときの価値観の違いのよう
な部分がありますから。関係者や周囲から言われてうれしかったのは「批判記事を含めて、
あなたの記事にはその競技や選手への愛情がこもっている」というものです。そういう一言が
大きなモチベーションを生むことになります。
こうして潮氏の話を聞いてみると、新聞という媒体はスペースが限られていることと、
読者が不特定多数であるという特性を持っている。サッカーや野球のようなメジャース
ポーツにおいて大きなニュースなどがあると、その限られたスペースの多くを占めてし
まう。しかしその一方では、様々なスポーツを読者に伝えていきたいという想いも持っ
ていて、これらをバランス良く報道していくことが新聞には求められているのである。
これは、特集主義を採用していると同時に、その残りのページを使って様々なスポー
ツを書いていかなければならないというスポーツ総合誌と共通の問題である。
上に述べた新聞の特性と雑誌を比較してみると、雑誌はある程度の分量の自由はある
(1)
大住良之/後藤健生『日本サッカーは本当に強くなったのか』、2000
(中央公論社)p158
し、また読者を限定して発信することもできる。こうした点は雑誌の強みといえるので
はないだろうか。
第十節 総括
最後に、第二章の総括をして本章を閉じたい。
まず、第一節で仮説を設定した。それを証明するために様々な視点からスポーツ総合
誌について検証してきたが、結論として仮説は立証することができた、と判断してもい
いのではないだろうか。ただ、この仮説は何をもって立証かという物理的な指標が存在
しないために、100%とは断言できないが、相反する対立仮説とを考察すれば仮説の方
が正しいのは明らかであろう。
このようなサッカー偏重主義は 2002 年日韓 W 杯開催に向けてさらに顕著になるで
あろうことは容易に想像できる。注目すべきは大会が終了したその後である。サッカー
はスポーツ総合誌に欠くことのできない重要なコンテンツとしてあり続けるのかとい
うことである。それに関して、中島氏と川田氏は同じことを述べている。
雑誌からムーブメントが起こるという可能性もありえるのは確かだけど、雑誌がいくら頑張
ったところで、選手たちが活躍して魅力的な試合をしなければ、ファンは根付かないと思うし、
一過性のブームで終わってしまうでしょう。だから、
2002 年の後と言われてもまだなんとも言
えないですね。(中島氏)
これはわれわれが努力してどうなる問題ではなくて、サッカー協会や選手が頑張ってファ
ンを増やすことが重要ですね。まず雑誌ありきでイニシアティブをとっていくことも大切だし、
それがマスコミの使命なのかもしれないけど、『
Number』に関していえば、まずサッカーに興
味がなければ読んでもらえないわけですから、それは選手自身にかかっているともいえます。
スポーツがブレイクするかどうかというのは、本当にいい選手、スターがいるかどうか、そうい
うことだと思います。(川田氏)
これは、サッカーに限らず全てのスポーツについていえることであろう。
しかし、スポーツ誌がスポーツ界に影響されるだけでなく、反対にスポーツ誌からス
ポーツ界に影響を与えていくことも可能ではないだろうか。直接的に訴えるのではなく
ても、読者を介して、つまりその雑誌を読んだ読者がスポーツ界に訴えかけるのである。
メディアとして、こうした現象も時には必要であろう。
フランス W 杯開催によって『Number』は大きく発行部数を伸ばした。それによっ
て、確固たる読者数を二万部ほど底上げすることができた。これこそがスポーツ総合誌
の理想である。サッカーというスポーツが契機となってスポーツ総合誌の市場が拡大さ
れていくのだ。こうした現象を 2002 年日韓 W 杯、そしてその後に期待しよう。
しかし、スポーツ総合誌としてはサッカーというコンテンツに頼ってしまうだけでな
く、サッカーが衰退したからスポーツ総合誌も衰退という事態にならないように、サッ
カーと同等、またはそれ以上のコンテンツとなるスポーツをさらに追及していかなけれ
ばならないだろう。スポーツ誌の市場は拡大する可能性を秘めているのである。
では、スポーツ総合誌がさらに発行部数を伸ばし、市場を拡大するためにはどのよう
な戦略を採ればいいのであろうか。第三章では、その問題について、主に「ブランドデ
ィング」と「ターゲット・マーケティング」いう観点から考察していく。
第三章 スポーツ誌の
マーケティング戦略
第三章では、スポーツ誌のマーケティング戦略について、コンテンツというソフト
(soft)の視点からの分析、検証を進めてきた。
そして、第三章では雑誌をひとつの商品として捉えて、ハード(hard)の視点から
雑誌のマーケティングを考えていきたい。スポーツ総合誌が雑誌市場のなかでどのよう
な戦略を採用すればいいのか、スポーツ総合誌の市場が拡大していくための戦略など、
様々な問題を探っていく。
まず、本論文における「マーケティング」の定義をする。
「食品のマーケティング」とか「ファンションマーケティング」などという用語は日
常的に使われているが、「雑誌のマーケティング」という言葉はあまり馴染みがないだ
ろう。出版業界においては、いわゆる「マーケティング」ということへの関心は稀薄な
ようであり、他業界で通用しているマーケティング的な発想や手法も、出版業界には馴
染まないといえるかもしれない。これはひとつには、マーケティングという言葉の、定
義の曖昧さによるものであろう。
マーケティングの定義には様々な文献において異なった定義があるが、本論文におけ
る「マーケティング」とは、「需要である顧客(読者)のニーズを開拓し、拡大するこ
とを目的とした事業戦略である」
、と定義する。
第一節 商品としての雑誌の特性(1 )
雑誌をひとつの商品と捉えた場合、他の一般的な商品とは異質な特性がいくつか指摘
できる。第一節では、マーケティングを実践する上での雑誌の特性を『書籍出版のマー
ケティング∼いかに本を売るか∼』を参考にして列挙する。
① 商品価値の評価に関して個人差が極めて大きく、勝ちの客観性と安定性が乏しい
雑誌は購入者(読者)の生活にとっては基本的に非必需品、嗜好品のジャ
ンルに属する。必需品である食品や衣料品のように、空腹を満たすとか身体を保護する
というような、その商品に共通普遍な機能上の使用価値といえるものがほとんどないの
である。したがって次のようなことがいえる。
(1) 読者 A にとって大きな価値、魅力のある雑誌が、読者 B にとっては
全くの無価値、場合によってはマイナスの価値(有害)という場合すらある。その雑誌
の価値を認める読者の間でもその評価のバラツキは大きい。価値評価の尺度を仮の価格
とするならば、例えば読者 A が 1000 円でも購入したいと考える雑誌を、読者 B は購
買力(サイフの余裕)としては A より
大きいにかかわらず、800 円でも高いと評価するというケースがしばしば
生ずる。
(2)同一読者の同一雑誌に対する評価でも、本人の考え方や関心の変化に伴って変動
することもありえる。このような傾向は趣味や嗜好に関わる商品に共通にみられるもの
とはいえ、雑誌については特に顕著であると考えられる。これは雑誌の価値内容が多岐
にわたっているのと、読者の価値評価が専ら各個人の価値観とか価値意識という、極め
て主観的なものに基づいてなされており、これがまた複雑で多様なものであるためであ
ろう。
② 雑誌は一点ごとが相互に代替性の低い、独立した個別商品である
(1)
『書籍出版のマーケティング∼いかに本を売るか∼』出版マーケティング研究
所―編、1991(出版ニュース社)より作成。
① で述べたように雑誌への評価は個人によって千差万別であるから、一
般的には類似度が高く、どちらを選んでも大差ないと考えられるような雑誌でも当事者
(購入者)に取っては、それがかけがえのない一冊であるということはよくあることで
ある。
③読者の雑誌に対する要求内容や、需要などの強さを把握しがたい
読者の雑誌に対する要求―どんな雑誌を読みたいか、およびどんな用益を雑誌に期待
するか―は個人の内面的価値意識の相異を反映して、極めて多様である。したがって次
のようなことがいえる。
(1) 雑誌の製品化、すなわち発行以前の段階で、どんな雑誌を企画すれ
ば読者の要求を満足させられるかを把握するためには、複雑多様な人々の価値意識(趣
味、嗜好から生活信条まで)を知ることが必要になってくる。
ところがこのような個人の内面的な考え方、興味、嗜好などを知るための、いわゆる意
識調査には技術的な難しさがある。例えば、同一対象者に同一のことを調査しようとし
ても、質問の仕方のよって微妙に回答が異なること、対象者の意識内容自体にかなり変
化、流動性の高い部分があること、さらに調査対象者がどのようなグループの人々の代
表(母集団の標本)になっているかの判断が難しいことなどが指摘できる。すなわち、
個々人の雑誌に対する要求内容は明確に捉えがたく、かつ流動的であり、仮にあるレベ
ルで捉えられたとしても、同じ要求、嗜好を持つ人々がどの程度いるのかという量的な
測定が困難である。このため、嗜好飲料や食品などにおけるように、消費者の嗜好調査
に基づいて、できるだけ多くの人々に受容されるべく、商品の仕様(味付けや容量など)
を決定するということが、雑誌に関しては難しい。
(2) 企画内容が決定した雑誌について、どの程度の販売部数が見込める
かという需要予測についても困難がつきまとう。一般的に商品の売れ行きは、その品質
と価格についての、消費者の評価によって左右される部分が大きい。雑誌の品質といえ
ば、まずその記述内容の良し悪しが考えられる
が、雑誌の場合、オーディオ機器や自動車における性能仕様とか、あるいは食品の1グ
ラム当たり単価のような客観的な品質表示尺度といえるようなものが存在しない。さら
に、同一雑誌についての個々人の評価は、何度も述べているように、専らその主観によ
って左右されて個人差が大きく、外部からは観測、測定し難い。
このように、ある雑誌の売れ行きを左右すると考えられる要因が複雑で明確に捉えら
れないことが、まず需要予測を難しくしているのである。また、雑誌に対する需要を、
雑誌が提供する情報をはじめとする様々な用益への欲求の強さであると捉えると、その
多くのものについては飽和点とか上限がないと考えられる。例えば、基礎的食品のよう
な一人当たり摂取量の限界とか、家電製品のように普及率の飽和点に相当するものがな
い。つまり、雑誌は、あらかじめ存在している一定量の需要を満たしていくタイプの商
品ではなく、新しい雑誌はそれまで存在しなかった新しい需要を、創り出していく性格
の強い商品であると考えられる。こうした点から、雑誌はその企画(=商品開発)段階
はもとより、発行(=市場導入)以降の段階でも、それに対する需要を予測しにくい商
品であるといえる。
④ 同一個人による、反復購入や大量購入が期待できない
雑誌の場合、個人が同一物を複数購入することは稀である。耐久財の場合に見られる
買い替え需要などもまずないと断言してよい。一人当たりでみれば一冊の購入に留まる。
⑤多少の価格差では、需要量の変動が小さい(需要の価格弾力性が低い)
先に述べたように雑誌は、それを購入したいと思う人にとっては代替物の少ない、独
自の価値を有する場合が多い。したがって多少価格を高くしても、他の類似品への移行
などが生じにくい。
逆に価格を多少下げても、新たに購入しようとする人はそれほど増えないし、複数購
入の可能性が低いから一人当たりの購入量なども変化を生じない。食品などに比べると、
価格変化に需要量が敏感に反応しない商品であるといえる。
一方、雑誌に期待される機能・用益が他のメディアや商品でも代替的に充足される場
合は、それらとの価格比較、競争によって、需要量が変動する可能性があることに注意
したい。
⑥ 品質評価や競合ブランドとの比較にあたって、販売元である出版社イメージの与え
る影響が必ずしも大きくない
雑誌の品質評価や、あまりないとはいえ競合関係にあるブランドのなかから一つを選
択するにあたっては、まずその記述内容が重視され、次いで著者、デザイン、価格など
が比較されると考えられる。その際に「どの出版社から発行されたものか」ということ
は、加工食品や家電製品などの場合の「メーカー名」ほどには重要視されない傾向があ
るといえる。これは雑誌の場合、おおむね購入者が直接現物を手にして評価することが
可能であり、かつ「モノ」としての雑誌の品質(製本や用紙など)に関しては、メーカ
ーイメージを評価の手がかりにする必要度が、低いためと考えられる。しかし、肝心の
記述内容の評価については一般読者がちょっと目を通した程度では判定しかねる場合
も多い。その際は出版社イメージが評価に影響する度合いが高くなるといえる。
以上が商品としての雑誌の特性である。第二節以降、これらを考慮しながら雑誌のマ
ーケティング戦略について考察していく。
第一節
マーケティングミックスと競争地位別戦略
第一項 マーケティング・ミックス
マーケティング戦略とは、市場の需要開拓・拡大を目的としてターゲットを設定し、
それに対応したマーケティング・ミックス要素を計画することによって構造化される。
(【図 3‐1】参照)
マーケティング要素とは一般的に「マーケティング4P」のことであり、製品政策
(product)、価格政策(price)、広告・販促政策(promotion)
、チャネル政策(place)
の 4 つから構成される。
【図 3‐1】マーケティング戦略の構造(1)
マーケティング
目的:
マーケティング 対象:
市場需要の開拓・拡大
ターゲット顧客集団の確定
製品政策
マーケティング・ミックス
要素:
広告・販促政策
(1)
価格政策
チャネル政策
和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦『マーケティング戦略』1996(有斐閣)p8 の
図を修正して作成。
本論文では、この 4 つのマーケティング要素のうち、雑誌を商品として考えるという
製品政策を中心に考察している(第二章)ので、他の 3 つの要素についてはほとんど触
れないものとする。
第二項
競争地位別戦略
競争地位別戦略とは、市場におけるシェア順位という競争地位別の4P 戦略を方向づ
けるものである。競争地位はそのシェアに応じて、リーダー、チャレンジャー、フォロ
ワー、ニッチャーの 4 類型に分けられる。すなわち、業界のトップであるリーダー、2
番手企業のチャレンジャー、3 番手もしくはそれ以下のフォロワー、そしてシェアは大
きくないが集中戦略を採るニッチャーである。
(
【表 3‐2】参照)
【表 3‐2】競争地位別戦略(1)
競争地位
市場目標
競争基本方針
最大シェア
リーダー
最大利潤
全方位
名声・イメージ
チャレンジャー
ニッチャー
フォロワー
市場シェア
利潤
名声・イメージ
生存利潤
差別
集中
模倣
ここで、スポーツ誌を競争地位別に分類してみる。しかし、スポーツ誌におけるシェ
アとなるべき発行部数が確定できないため、ここでは私の主観的な判断にならざるを得
ないことを断っておく。
(1)
和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦『マーケティング戦略』1996(有斐閣)p267
の図を修正して作成。
『Number』はリーダーと捉えることとする。安定した発行部数などからこのことに
は異論はないだろう。では、『SPORTS Yeah!』はどうであろうか。スポーツ総合誌の
市場には現在わずか 2 誌しか存在しないが、それを根拠にしてリーダーに次ぐチャレン
ジャーと位置づけることが正しいだろうか。私は『SPORTS Yeah!』をフォロワーであ
ると考える。『SPORTS Yeah!』は創刊して間もないため、スポーツ総合誌における地
位はまだ確立しているとはいい難く、リーダーである『Number』を模倣している段階
である。以下の中島氏の言葉もフォロワーであることの根拠となっている。
―『Number』から学ぶべき点、参考にすべき点はありますか。
あらゆることですね。例えば、写真のクオリティーや文章の上手さなどです。だから、どれ
だけ素晴らしい写真を撮って、いかに優れたライターを育てなければならないかという点では
学ばなければなりません。(中島氏)
それから、スポーツ専門誌はどうであろうか。スポーツ専門誌は、全ての雑誌がター
ゲットを集中させているため、ニッチャーであるといえよう。しかし、これはスポーツ
誌全体を市場と捉えた場合で、仮に「サッカー専門誌」を市場の全体と捉えた場合は、
各専門誌の位置付けが異なってくる。そうした場合は、
『サッカーマガジン』や『サッ
カーダイジェスト』がリーダー、
『STRIKER』
(学習研究社、巻末資料Ⅰ参照)がチャ
レンジャー、『サッカーai』がニッチャーという位置づけになるであろう。
第三節
スポーツ誌戦略モデル
第三節では、スポーツ誌戦略モデルとして、第二節でフォロワーと位置づけた
『SPORTS Yeah!』がチャレンジャー、リーダーへと成長していくための戦略を提起し
たい。
【図 3‐3】スポーツ誌戦略モデル
サービスとしてのスポーツ
品質の変動性
スポーツ誌
ブランディング
ターゲット・マーケティング
スポーツ自体をひとつの商品とみなした場合、それには品質の変動性が伴う。つまり、
スポーツというものはその時々によって試合内容や結果が異なるために、同一品質のサ
ービスを連続して提供することが困難なのである。そして、スポーツ誌はそうした性質
を持つスポーツを伝えるものであるから、同じくその発行部数にも変動が生じるのであ
る。このことは第二章で述べたことである。
では、そうした変動性に影響されることなく安定した発行部数を確保するためにはど
うすればよいのだろうか。
そこで私は、【図 3‐3】にあるようなスポーツ誌戦略を提起したい。
それは、ある程度安定した発行部数を確保するためには、その雑誌を「ブランド化
(branding)」することが非常に重要であるということである。ここでいうブランディ
ングとは、ブランド・ロイヤリティ(brand royalty)を構築すること、つまり消費者
(読者)がブランドの発信する情報や価値に共鳴してブランドに強い愛顧を感じること
と定義する。
スポーツ誌がブランディングするためにはどうすればよいだろうか。
そのためにはまず、ターゲット・マーケティングを採用することではないだろうか。
ある特定の市場に集中して働きかけることによってそこでのブランドを構築する。ある
雑誌がブランド・ロイヤリティを構築することに成功すれば、
「固定客」を確保できる
であろう。「固定客」とは、読みたい内容が載っているという理由ではなく、その雑誌
だから買うという読者のことである。
こうして、コア・ターゲットにおいて「固定客」を確保することによって、安定した
発行部数を確保することができる。それによってコア・ターゲット以外の読者にも幅を
広げた戦略を採ることも可能になり、
「情報消費者」を獲得することができるのである。
「情報消費者」とは、その雑誌の内容を吟味してから購入することを選択する読者のこ
とである。
以上のような戦略を実践しているのがまさに『Number』であるといえる。
『Number』
は「固定客」を確保した、ブランディングされた雑誌であることは断言してもよいだろ
う。川田氏もそう述べている。
―『Number』はブランドとして認知されていますか。
はい、ブランドにはなっていると思います。テレビ番組やグッズとして『
Number』という名前、
ロゴを使わせて欲しいという申し入れは結構あります。
スポーツ総合誌の市場に新規参入し、まだフォロワーの位置づけである『SPORTS
Yeah!』が、チャレンジャー、さらにはリーダーへと成長していくためには以上のよう
な戦略を採ることも、発展のためのひとつの政策として重要なのではないだろうか。
次の第四節では、ここで提起した戦略の中核を成す「ブランド」について考察してい
く。
第四節 ブランド・マネジメント
第一項 先発優位性と後発優位性
ここでは、『Number』を先発ブランド、
『SPORTS Yeah!』を後発ブランドとして、そ
の優位性について検証する。
<先発ブランドの優位性>
マーケティング競争においては、先発製品が後発製品よりも有利な立場を閉める傾向
にある。これは先発優位性と呼ばれ、ある特定市場へ最初に参入した製品のほうが、後
から参入した製品よりも大きな利益や大きな市場シェアを獲得できることを意味して
いる。こうした先発優位性はなぜ生じるのだろうか。
第一に、消費者(読者)の心のなかに「参入障壁」を形成できることである。ある製
品市場に真っ先に参入したブランドは、当該製品カテゴリーとの間に強い結びつきを生
み出すことができる。
→『Number』はもちろんスポーツ総合誌の先駆けであるから、
「スポー
ツ総合誌といえば『Number』」という意識を消費者に認識させること
ができた。
第二に、経験効果を得られることである。モノの生産では、累積生産量が増えれば増
えるほど単位当たりのコストが低下する。競争相手よりも早く市場へ参入することで、
それだけ当該市場と当該製品をよく知り、より多くの知識と経験を蓄え、有利なコスト
競争を展開することができる。
→『Number』は創刊から多くの試行錯誤を経験してスポーツ総合誌におけ
る特集主義などの手法を確立してきた。
第三は、うま味のある市場を獲得できるということである。先発ブランドは、イノベ
ータ層や初期採用者層へと真っ先に浸透することができる。彼らは、新製品に強い興味
を持ち、新製品を受け入れることにそれほど抵抗感を有していない。価格に対しても、
それほど敏感ではない。企業からすると、最もうま味のある市場といえるだろう。一方、
後発ブランドは、新製品の採用に消極的な残りの消費者層を狙うことになる。
<後発ブランドの優位性>
上では、市場に一番手に参入することが、いかに競争を展開する上で有利であるかと
いう先発優位性について論じた。とすれば、先発できなかったブランドは諦めるしかな
いのであろうか。
後発ブランドが勝負するためには、競合ブランドよりいかに優れているのかを主張す
るのではなく、何が新しいのかを主張すべきなのである。
仮に新しいカテゴリーを創造できなくても、後発であるがゆえのメリットもいくつか
ある。
第一は、需要の不確実性を見極められることである。市場の先行きが不透明な段階で
意思決定を強いられる先発ブランドに対して、後発ブランドは市場が成長するか否かを
見極めて投資を行うことができる。
第二は、広告・販促費への投資を節約できることである。ある新製品が市場に出てし
ばらくの間、従来品との違いや当該製品がもたらす便益を知っている消費者は少ない。
そうした製品カテゴリーの存在すら知らない消費者もいる。そこで先発ブランドは、消
費者に当該製品を認知させ理解させるために、広告・販促費への莫大な投資を余儀なく
させられる。ところが後発ブランドは、自社ブランド名だけを消費者へ浸透させればよ
く、きわめて効率のよいプロモーション戦略を展開することができる。
第三は、研究開発コストを低く抑えられることである。後発ブランドとして模倣する
コストは、先発ブランドとしてイノベーションを生み出すコストよりもはるかに低い。
→『Number』という雑誌が先発ブランドとしてスポーツ総合誌という市場を確立し、
ある程度の需要を獲得することが可能であるという事実を認識することができた。よっ
て、後発ブランドである『SPORTS Yeah!』は、
『Number』の手法を模倣しながらそ
の市場に容易に参入することができたのではないであろうか。ここで断定としないのは、
『SPORTS Yeah!』はスポーツ総合誌の市場においてまだ定着したとはいい難いからで
ある。
第二項 ブランド基本戦略
ブランドマネジメントを進める場合、まず最初に基本方針を決定しておく必要がある。
これをブランドの基本戦略と呼ぶ。ブランドの基本戦略は、対象とする市場が既存なの
か新規なのか、採用するブランドが既存なのか新規なのか、という 2 つの次元によって
整理することができる。(【表 3−4】参照)
ブランド強化とは、対象市場もブランドも変更しない戦略である。従来の戦略の強化・
延長であり、最もリスクの少ない戦略である。市場への浸透が不十分であったり、競争
が激しくなった場合、この戦略が採られる。
具体例:花王のシャンプー「メリット」では、数年に一度のペースで成
分の検討やパッケージ・デザインの改良が行われている。これ
は、最新の技術やセンスをブランドに取り入れ、ブランドの陳
腐化を防ぐためである。
ブランド・リポジショニングでは、既存のままのブランドで新しい市場が狙われる。対象
市場を思い切って新しいセグメントへと変更し、売上高の増加を狙う戦略である。
ブランド変更とは、同じ市場をターゲットとし続けるが、ブランドを新規なものへと
変更する戦略である。値崩れしてきたブランドを廃棄したり、消費者へ新しいブランド
で鮮度を訴えることができるなどの効果がある。反面、過去に築き上げてきた知名度や
ロイヤル・ユーザーを放棄し、再びゼロからのスタートとなるので、かなりリスクを伴
った戦略である。
新しいブランドで新しい市場を狙う戦略がブランド開発である。経験のない市場に、
全く消費者に知られていないブランドで参入するので、最もリスクの高い戦略と言える。
典型的なハイリスク・ハイリターン型の戦略である。もし先発であれば、当該ブランド
と製品カテゴリーとを結びつける連想戦略を進めるとよい。逆に後発であれば、先発ブ
ランドといかにして差別化するかが課題となる。
【表 3‐4】ブランド基本戦略(1)
既存市場
新規市場
既存ブランド
新規ブランド
ブランド強化
ブランド変更
ブランド・
リポジショニング
ブランド開発
フォロワーである『SPORTS Yeah!』が採用すべき戦略がまさに「ブランド強化」で
あろう。市場への浸透が不十分であるから、対象市場やコンセプトは変更することなく、
現在の対象市場における強い基盤を構築することが重要であろう。
『Number』が採用すべき戦略については、
「ブランド強化」
、または「ブランド・リ
ポジショニング」が考えられる。ある程度のブランドを構築しているが、さらなるブラ
ンドの強化も必要だろうし、また、第二章で検証したように「女性」や「子供」といっ
た新規市場を開拓することも重要だろう。
(2)
このことは、
『編集会議』
(宣伝会議)が「長く続く雑誌の条件」
の条件 1 として述
べていることと合致する。
条件 1
ブランドにとらわれない
編集者が雑誌の枠にとらわれ、発想の道筋が決まってしまうと、新しいものは生まれない。
いわゆる「売れている雑誌」は、一定のブランド力を保ちながら
、変化を恐れず、時代に応
じて果敢に変化を求めている。その結果としてますます強固なブランド力を得ている。
しかし、過去にブランドが培ってきた力を全く無視しているわけではないことも確かである。
各誌はそれぞれの媒体の本質∼刺激や人間ドラマや先進性∼を形を変えて表現しようとし
ている。その媒体の“らしさ”を決して失わないことが真の力だといえる。
(1)
(2)
和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦 『マーケティング戦略』1996(有斐閣)p184
の図を修正して作成
『編集会議』2000 年 6 月号(宣伝会議)p66
このように、ブランド基本戦略として、4 つの戦略からスポーツ総合誌が採るべき戦
略を述べてきたが、しかしこれらはあくまでも代表的な戦略であって、実際にはそれぞ
れ独自の戦略を導き出すことが必要ではないだろうか。
ちなみに、残りの3つの条件についても参考までに挙げておく。
条件 2
二兎を追う者は一兎を得ず
変化を求めると、これまで雑誌を愛読してくれた読者を裏切ることになりかねない。しかし、
変化を欲したときには、確実に離れる読者がいる.それを受け入れなければ、新たな読者を
獲得していくことはできないだろう。
条件 3
継続は力なり
雑誌が市場に定着するまで、あるいは期間を堪え忍ぶことも必要である。特に、それまで
に類型の雑誌がない場合、読者がその媒体に慣れるまでの時間をど
う考えるか。雑誌は
様々な企画の切り取り方がある。様々な試行錯誤を経て独自の編集スタイルを確立していく
ケースも多い。試行錯誤の期間を堪え忍ぶか否かは、雑誌の基本のコンセプトをどこまで信
じられるかが分岐点のようである。
条件 4
新陳代謝がよいこと
雑誌は常に時代とともに変化している。変化を促す要因は様々だが、おそらく雑誌の力を
維持していくためには、スピードが重要なファクターとなる。まだブランド力がありながらも、わ
ずかでも時代と合わない、と感じた時に先んじて変化する俊敏さが、雑誌の命を長らえさせ
るのである。
第三項
商品価値構造モデル
顧客は商品の語りかけを自分のライフシーンのなかでコード化し語りはじめる。そし
て、その媒介物はブランドであり、ブランド価値である。一般に商品はその基本価値や
便宜価値を持つと同時に、消費に感覚的な楽しさを与えたり生活の意味を与えたりする。
【図 3‐5】は、このような商品の 4 つの価値を階層的に示したものである。ここで、
感覚価値と観念価値がブランド価値を生み出す源泉であり、特に消費プロセスそのもの
が豊かな生活シーンを作ったり、自分のライフスタイルへの意味づけを行ったりするこ
とのできる観念価値こそが、真の意味でのブランド価値なのである。
『Number』はブランディングに成功していることは先ほど述べたが、それは、ここ
でいう「感覚価値」、「観念価値」を獲得しているからであろう。
私の主観ではあるが、私はこれまで『Number』によって、スポーツの感動、素晴らし
さというものを教えられてきた。少なくとも『Number』に感化されたことは確かであ
る。
では、『SPORTS Yeah!』はどうであろうか。現段階ではまだ「基本価値」もしくは
「便宜価値」を獲得するのみにとどまっているというのが正しいだろう。よってブラン
ディングしているとはいい難い。
ここでいう「商品価値」というのは非情に抽象的な概念であり、また第一節で述べた
ように雑誌というのは各個人によって価値観が変化するため、
「感覚価値」や「観念価
値」が具体的にどんなものであるか述べることは難しいといえる。
【図 3‐5】商品価値構造モデル(1)
観念価値
感覚価値
便宜価値
基本価値
商品価値は、その基本価値としてその商品がこの価値を持たな
ければその商品とはならない価値(基本価値)
、便利に手近に使
える価値(便宜価値)
、楽しく消費する価値(感覚価値)
、意味
を持ち語りを持つ価値(観念価値)へ昇華していく。
(1)
和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦『マーケティング戦略』1996(有斐閣)p330
の図を修正して作成。
第四項
ブランディング・メディアとしての雑誌
『宣伝会議』2000 年 8 月号において、電通雑誌局の吉良俊彦氏はブランディングメ
ディアとしての雑誌を強く主張している。
雑誌は、商品がブランド化する流れ、つまり、企業が例えばビールを売るのと全く同じく、商
品としてのブランド化を必要とされる唯一のメディアである。出版社は企業だし、雑誌は商品
。
情報の受け手が意図的に出費して手にするメディアなのである。ターゲットはすでにセグメン
トされており、出費したという意識が消費者の目を真剣にする。そして深いコミュニケーション
が可能になる。
雑誌はブランディングをすることができる唯一のメディアとして、もっとプライドを持つべきな
のではないだろうか。(1)
【図 3‐6】は雑誌のブランディングの過程をモデル化したものである。
(1)
『宣伝会議』2000 年 8 月号(宣伝会議)p78
【図 3‐6】雑誌のブランド化(2)
読者 雑誌
生活者
雑誌
イメージ
読者
ブランド
ロイヤリティー
形成
ブランド
価値の
創出
リピート
再購入
まず、生活者がその雑誌を買った時点で初めて「読者」となる。そして、もしも彼
がまた同じ雑誌を次回に再購入したならばその雑誌はロイヤリティーを形成しブラン
ド価値の創出がはじまるのである。すると、
「読者」もそれを「ブランド」とみなすよ
うになり、それによって雑誌イメージというものが構築されていき、また新たな生活者
を「読者」にすることが可能になるのである。
つまり、雑誌というメディアは、ブランディングするその過程を【図 3‐6】のよう
に構造化することができるメディアである。そしてそのブランディングを促進させるの
がターゲット・マーティングなのだ。
(2)
『宣伝会議』2000 年 8 月号(宣伝会議)p77 の図を修正して作成。
第五節 ターゲット・マーケティング
第五節では、第三節で提起したスポーツ誌戦略において重要なキーワードとなる「タ
ーゲット・マーケティング」について考察する。
ターゲットマーケティングとは、集中型マーケティング(focused marketing)と言
い換えることができ、市場空間全体のなかから特定の限定された市場空間を選択し、そ
の選択された空間に集中してマーケティング活動を行うことである。
市場空間の選択ということを考えると、それは
① マス・マーケティング(mass marketing)
…市場空間の全体を対象とする
② 分化型マーケティング(differentiated marketing)
…市場空間を細分化し、そのそれぞれをターゲットとする
③ 集中型マーケティング
…細分化された市場空間のなかからひとつの市場細分のみを選択する
④ ワントゥワン・マーケティング(one-to-one marketing)
…個々の顧客に個別に対応する
に分類される。マス・マーケティングとワントゥワン・マーケティングの中間線上にあ
って展開するマーケティングのベースとなるのが市場細分化である。
市場空間を細分化してみることの前提は、市場がひとつではない、市場需要が同質で
はないということである。したがって、ひとつの市場空間をみた場合、それは異質需要
の結合体であると認識することが市場細分化のはじまりである。
そして、市場細分化の基本原理は、
「違って同じ」ということになる。つまり、細分
化された市場間では消費者需要、消費者特性、行動パターンなどは明らかに違っていな
ければならず、同一の細分市場内ではこれらは同じでなければならないということであ
る。
細分化された市場セグメントが有効である条件として、①測定可能性、②到達可能性、
③維持可能性、④実行可能性の 4 つがあげられる。すなわち、測定可能性は市場セグメ
ントの規模と購買力が容易に測定できるかを、到達可能性は発信するマーケティング手
段が市場セグメントに容易に到達できるかを問うものである。また、維持可能性は市場
セグメント規模が十分に利益をあげるほどの規模になっているか、実行可能性は細分化
された市場セグメントを引きつけるような効果的なマーケティング・プログラムを実行
できるか、ということである。
第三節で、スポーツ誌をブランディングすることが重要であり、そのためにはターゲ
ット・マーケティング(集中型マーケティング)を採用することが必要であると説いた。
そのターゲット・マーケティングについて言及したのが第二章であった。つまり、コア・
ターゲットである 20∼30 代の男性を対象市場として、ターゲット・マーケティングを
行うのである。そのターゲット・マーケティングの手法が特集主義なのである。特集主
義を採用することによって「固定客」だけでなく、その特集を目当てに買うという「情
報消費者」を獲得することができるのである。
第六節
総括
最後に、第三章の総括をして本章を閉じる。
第三章では、スポーツ総合誌が成長するための戦略を提起し、そのためには「ブラン
ディング」と「ターゲット・マーケティング」が重要であると説いた。これこそが、
『Number』が成長した理由であり、
『SPORTS Yeah!』が今後成長するために採るべ
き戦略であるに違いない、ということである。
そして、『SPORTS Yeah!』が成長し、フォロワーからチャレンジャーに昇格するこ
とによって、『Number』もリーダーであり続けるために「ブランド強化」や「ブラン
ド・リポジショニング」などの戦略で対抗し、より洗練されたスポーツ総合誌を目指し
てお互いが切磋琢磨していく、これこそが市場における理想である。その結果として、
さらに競合誌が参入してくるなど、スポーツ総合誌の市場そのものが成長して、世間に
認知されていくのである。同様のことを川田氏も述べている。
スポーツ総合誌というのはまだ世間に認知されていないのですね。スポーツ総合誌として
同じジャンルの雑誌が創刊されることによって、その市場が広がると思います。部数がそれ
ぞ れ 減 少していくのではなくて、競 合 誌 が 増 え れ ば ク オリティが上がっていきますし、
『Number』だけで、ライターやカメラマンを育てていくことは無理であるし、そういう意味でマイ
ナス面よりもプラスの面を大きく捉えています。『
Number』もあって『SPORTS Yeah!』もあって、
また他にも創刊されて、その中から優秀なライターが育ってくるということもありえるわけで
す。
可能性は十分に秘めている。今後の成長を期待したい。
ここまで、スポーツ総合誌について考察してきた。市場のリーダー的存在である
『Number』と、それに追随する『SPORTS Yeah!』という関係を中心に論じてきたわ
けだが、『Number』を絶対的な存在として過剰に崇拝してきた感が残る。よって、第
三章の結びとして最後に、その絶対的な存在とした『Number』についての欠点を指摘
したいと思う。
後発ブランドとしてスポーツ総合誌の市場に参入した『SPORTS Yeah!』は先発ブラ
ンドである『Number』を模倣している段階であるが果たしてそれは正しいのであろう
か。
斎藤美奈子氏は『AERA』において『Number』を痛切に批判している。
小見出しがない。結果、だらだらだらだらだらだらと小さい文字で印刷された文章が牛のヨ
ダレみたいにどこまでも続く。この単純な事実に象徴されるように、「ナンバー」には編集的な
一手間や工夫が不思議なくらい欠けている。(1 )
「ナンバー」を見ていて思うのは、日本のスポーツ報道を貫く人物中心主義である。「競技を
見るな、選手を見ろ」とでも言うのかな。競技や試合そのものを堪能するというより、個別の
スター選手にスポットライトが当たるのね。対象ベッタリ。と、どうなるか。まず、記事が単調に
なります。キャラ立ってません。それから、写真も単調になります。競技中の「決定的瞬間」を
捉えているわけでもなく、といってオフの「意外な一面」をキャッチしているわけでもない。中ロ
ングで撮影した中途半端な肖像写真ばかり並ぶことになる。(2 )
これは彼女個人の見解であって、あまりにも極端であるが、こうしてリーダーを批判
することは重要なことであろう。特集主義などの限界については考察する価値はありそ
うである。そして『SPORTS Yeah!』にとっては『Number』の限界を追求し、
『Number』
と差別化した異質な雑誌になることを探っていくことがスポーツ総合誌の市場におい
て成長していく術ではないだろうか。
(1)
(2)
『AERA』2000 年 10 月 23 日号(朝日新聞社)
『AERA』2000 年 10 月 30 日号(朝日新聞社)
終章 まとめ
第一章では、出版業界について展望した。出版不況のなかで、作り手側に求められる
のは社会情勢を反映した、読者のニーズを満たすような雑誌づくりである。そして、そ
うした状況におけるスポーツ誌の現況について概要し、サッカーというスポーツの露出
度の増加に問題意識を抱いた。
第二章では、「サッカーが重要なコンテンツへと成長したのではないか」という仮説
を設定し、様々な視点から分析、検証を行い、その仮説を立証することができた。しか
し、スポーツ総合誌としてはサッカーというコンテンツに頼ってしまうだけでなく、サ
ッカーが衰退したからスポーツ総合誌も衰退という事態にならないように、サッカーと
同等、またはそれ以上のコンテンツとなるスポーツをさらに追及していかなければなら
ないのである。
第三章においては、スポーツ誌戦略として「ブランディング」と「ターゲット・マー
ケティング」の重要性、必要性を主張した。
「ブランディング」によって「固定客」を、
「ターゲット・マーケティング」によって「情報消費者」を獲得することが可能になる
のである。その「ターゲット・マーケティング」の手法のひとつとして「特集主義」が
挙げられる。ある限定されたスポーツを特集することによって「そのスポーツについて
読みたい」という読者(「情報消費者」
)が「固定客」の上に積み重ねられ、発行部数が
増加するのである。現在、その特集主義の中核となっているのが「サッカー」なのであ
る。
スポーツ総合誌の戦略として、新規参入者であり、フォロワーである『SPORTS Yeah!』
の戦略から考察するという手法を採った。
『SPORTS Yeah!』はまだフォロワーであるので、
『Number』を模倣する段階である、ということである。そして次に、
『SPORTS Yeah!』
がフォロワーからチャレンジャーへと昇格した後に採るべき戦略について追求していかな
ければならないだろう。
いつまでもリーダーである『Number』を模倣しているだけでは『Number』との競争に
勝つことはできない。そこで差別化が必要になる。その差別化としてまず考えられるのは、
ターゲットはそのままで、誌面などを差別化していくということである。しかし、第三章
で述べたように、マーケティング競争においては、先発製品が後発製品よりも有利な立
場を占めるという傾向がある。これは先発優位性と呼ばれ、ある特定市場へ最初に参入
した製品のほうが、後から参入した製品よりも大きな利益や大きな市場シェアを獲得で
きることを意味している。
ということで、自分が考えるのはターゲット自体を差別化するということを提起した
い。それはつまり、スポーツ総合誌の市場における潜在マーケットを開拓するというこ
とである。コア・ターゲットをさらに強化していくことも必要だが、潜在マーケットを
考察してその可能性を追及していくことも非常に重要ではないだろうか。その潜在マー
ケットして自分は「女性」、「子供」、
「高齢者」というターゲットに注目した。
まず、女性に関してだが、
『Number』の女性読者が 14%しか存在しないように、女性
読者をさらに獲得できればスポーツ総合誌の市場全体をさらに大きくすることができ
るのではないか、と考えた。しかし、川田氏と中島氏から返ってきた答えは、女性読者
はふさわしくない、というものであった。
しかし、ここでひとつ例をあげたいのが、
『スポーツ ai』という女性をターゲットに
絞ったサッカー専門誌が存在するということである。詳しいデータについてはわからな
いが、市場として女性という市場が確立されているのは事実である。よって、開拓する
価値はあるはずだと自分は考えている。
次に、子供に関してだが、川田氏は女性よりも子供という潜在マーケットの可能性に
ついて述べている。実際のところ、
『Number kids』という子供版のナンバーが 2001
年 3 月 22 日に発売されるということだ。そして、
「親子で楽しむスポーツピクチャー
マガジン」というサブテーマもついている。現時点では、まだ市場に出ていないのでな
んとも言えないが今後の動向に注目したいと思う。
そして、最後の高齢者というターゲットだが、これは『Number』の読者層において
少数の 40 歳以上の世代のことである。40 歳代で「高齢者」というのは少し違和感があ
るかもしれないが、自分はこの層の中でも特に 65 歳以上の定年を迎えた高齢者に注目
した。少子高齢化時代を迎えて、そのマーケットはかなり大きな市場であると考えられ
る。そこで、私は宅配のスポーツ総合誌を提案したいと思う。高齢者のために、文字を
大きく読みやすいものにしたり、写真を多用するなどして、高齢者にも親しみやすいス
ポーツ総合誌というのはどうだろうか。そして、それを宅配として定期購読してもらう。
もちろん、その求められるコンテンツについてはコア・ターゲット向けとは異なるもの
となってくるだろう。このターゲットにとっては逆にサッカーではなく野球が重要なコ
ンテンツとなるかもしれない。『Number』において野球が隆盛していた時期の読者が
潜在していることも考えられる。つまり現在の『Number』からは追い出されてしまっ
た読者層のことである。
このように、高齢者というターゲットは考察する価値は必ずあるに違いない、と確信
している。
スポーツ総合誌の発展のためには、まず、サッカーというコンテンツと同等、またはそ
れ以上のコンテンツを追求していくことが重要である。それから、先ほど述べた女性、子
供、高齢者などの潜在マーケットの開拓。そして、
『SPORTS Yeah!』に続く第二、第三の
スポーツ総合誌が新規参入してくることによって切磋琢磨し、競い合ってそれぞれのクオ
リティを高めていくのである。それから、雑誌からスポーツ界に向けて問題を投げかける
など、ムーブメントを起こしていくことも重要である。直接的ではなくとも、読者を啓蒙
する.つまり、それを読んだ読者がスポーツ界に訴えかけるということである。
(具体例;
1997 年の W 杯最終予選のときに『ナンバー』は加茂監督を批判し続けていたが、この『ナ
ンバー』の姿勢が読者自身の考えに少なからず影響を与えたことは否定できない。
)
以上、4 つ述べたが、これらの要因が重なり合ってスポーツ総合誌という市場が拡大して
いくのである。今後もスポーツ総合誌という市場に注目していきたいと思う。
論文を終えての問題点・反省点
・3人の方とのインタビューの内容を第二章を中心に引用したが、彼らはあくまでも個
人であって、そのためにどうしても彼らの個人的、主観的な意見に終始してしまい、
その雑誌、新聞を代表する主張であったかというと果たして疑問が残る。しかし、そ
れを考慮しても彼らの意見は非常に説得力のあるものだった。
・インタビューに関して、スポーツ総合誌だけでなく、サッカー専門誌の方にも取材を
行いたかった。それによって、専門誌についても深く考察することができたであろう
し、総合誌との比較もさらに明確になったはずである。
・インタビュー内容を引用することによって、作り手側の意見を聞くことはできた。し
かし、それらを読む読者の意見については触れられなかった。機会があれば読者アン
ケートを行い、作り手側と読者側との思想の違いを調査したい。
・本論文では、メディアのなかから雑誌に限定して、スポーツとメディアの関係を考察
したわけだが、テレビやインターネットなど他のメディアとの比較ができれば、雑誌
における問題点などがさらに浮かび上がってきたのではないだろうか。
・スポーツ誌戦略を提起し、「ブランディング」と「ターゲット・マーケティング」を
主張したが、抽象論に終始してしまい、具対策を提示できなかった。今後の課題であ
る。
・第三章において、マーケティング戦略を考察したが私自身にマーケティングの専門的
な知識が乏しいため、表面的な考察に終始してしまった感がある。もっと深く考察す
るためにはさらなる学習が必要であろう。
おわりに
大学生活の集大成である卒業論文を終えた今、いくつかの反省点はあるが、後悔のな
いものに仕上がったと断言できる。テーマ設定が遅く、論文として完成するのかどうか
心配されたが、なんとかこうして形として残すことができた。これは多くの方々にご協
力していただいたおかげである。
まず、お忙しいなかインタビューを受けて下さった角川書店の中島圭介さん、文藝春
秋の川田未穂さん、朝日新聞の潮智史さんのご協力なしには本論文は成り立たなかった
であろう。
それから、2 年間にわたって適切なアドバイスを下さった早川先生。スポーツが好き
だという単純な理由で選んだ早川ゼミであったが、まさか自分の仕事として将来も関わ
りたいと願うようになるとは考えもしなかった。これも早川先生の人柄とスポーツ産業
論の魅力によるものであろう。
そして、ともに支えあってきた 4 年生、涌田さん、浦野さん。時には喜び時には苦し
み、多くの時間を共有した。彼らの存在なしには現在の自分はあり得なかったといって
も過言ではない。
それから、3 年生。その活動力はわれわれ 4 年生に多くの刺激を与えてくれた。来年
は、さらなる論文を披露してくれることを期待している。
こうして多くの方々に支えられて完成した本論文。彼らに敬意と感謝を込めて本論文
は幕を閉じる。
参考文献
・『Sports Graphic Number』(文藝春秋)
・『SPORTS Yeah!』(角川書店)
・『日本サッカーは本当に強くなったのか』
大住良之/後藤健生、2000(中央公論新社)
・『AERA』2000 年 10 月 23 日、10 月 30 日、11 月 13 日号(朝日新聞社)
・『SAPIO』2000 年 11 月 22 日号(小学館)
・『サッカーマガジン』(ベースボール・マガジン社)
・『サッカーダイジェスト』(日本スポーツ企画社)
・『編集会議』2000 年6月号、8月号(宣伝会議)
・『宣伝会議』2000 年 8 月号(宣伝会議)
・『東京新聞』1998 年 4 月 23 日付
・『出版 2000』植田康夫、1999(二期出版)
・『WINNERS』2000(新潮社)
・『パワー・ブランドの本質』片平英貴、1999(ダイヤモンド社)
・『マーケティング戦略』和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦、1996(有斐閣)
・『書籍出版のマーケティング∼いかに本を売るか∼』
出版マーケティング研究所―編、1991(出版ニュース社)
・日本 ABC 協会 HP:
・日本雑誌協会 HP:
・発行部数:
http://www.j-magagines.or.jp
http://www.jabc.or.jp
http://www2.plala.or.jp/eiko/review/r03_1.html