諸外国のピアノ教育事情視察報告(ハンガリー編)

諸外国のピアノ教育事情視察報告
(ハンガリー編)
報告者:鈴木美樹子
《リストの国ハンガリー》
2005年4月20日の朝、雪の降るモスクワ
ハ
ン
ガ
リ
ー
報
告
《合唱の街ジュールへ》
まず、私たちは、ブダぺストからバスで
を後に、私たち一行は青空の見えるブダペ
1時間ほどのジュール市に向かいました。
ストのフェリヘジ空港へ到着。
ウィーンとブダペストのちょうど中間地点
出迎えて下さったのは、ハンガリー在住
にあるこの街はのどかな観光地です。モス
25年のピアニスト、チェ・インス教授。ハ
クワでの強行スケジュールで身も心も少々
ンガリーの5日間をまるで何ヶ月も研修し
疲れ気味の私たちには、この宿場街である
たと思えるような充実した日々にコーディ
ジュールの街は昔の旅人も長旅の疲れを癒
ネートしてくださった大恩人です。
したであろうと思えるほどロマンにあふ
研修だけでなく宿舎・食事の手配など全
れ、リラックスできる所でした。
ての面で温かく細やかな気配りをして下さ
ハンガリーでの最初の視察は、来日した
り、私たち一行は本当に快適なハンガリー
こともある「ジュール少女合唱団」の授業
の日々を過ごすことができました。
を見学するチャンスに恵まれました。ゾル
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ターン・コダーイ(1882年∼1967年)の最
コダーイの最後の弟子サボーミクローシュ先生 ジュール少女合唱団を指揮
諸外国のピアノ教育事情視察報告
後の弟子と言われるサボー・ミクローシュ
姿が素敵な頭脳明晰な女性。ハンガリーの
教授(74歳)が合唱指導をされた2時間半
音楽小学校の教育システムについてお話く
は、ハンガリーの音楽をハンガリーの言葉
ださいました。
(マジャール語)で聴き、ハンガリーの生
音楽小学校を卒業後、音楽専門高等学校
の民族音楽を心から感じることができまし
または、普通の高校へ進学します。趣味で
た。清らかな少女たちの歌声は、コダーイ
音楽を続けたい生徒のための4年間の補習
が生涯をかけて作り上げた教育システムの
コースもあります。
原点、『音楽は歌うことから』ということ
を実証してくれました。
アカペラのモーツァルトの10のカノン
は、モーツァルトのオペラのフィナーレを
校長先生に教材としてミクロコスモス
は、お使いでしょうか?とお伺いしたとこ
ろ1∼4巻は副科で、5∼6巻は主科の生
徒が使用しているとのことです。
参考に構成し、まるで教会の三方から立体
アマチュアの音楽愛好家を育てるという
的に聞えるように工夫した指導でした。サ
形の音楽小学校で定期的に試験をしてアマ
ボー先生の教育信念と深い学識からの実践
とプロを選択していくシステム、『常に歌
が、コダーイの教育を脈々と受け継がれて
が基本であり、音楽の手段と目的を間違え
いることを知りました。
ると技術だけが競争化していきます』と、
少女たちは、自分たちで積極的にハーモ
ニーを作り、先生がポイントを指摘し導く
きっぱりおっしゃった言葉が忘れられませ
ん。
方法で授業が進みます。10曲のそれぞれの
キャラクターの違いを具体的に示し、間の
取り方を繰り返し練習していました。一人
が歌詞を朗読し、その後を全員で繰り返す
《セーチェーニ大学の
教育実習の現場》
ハンガリー2日目の4月21日、私たちは、
手法は、言葉とメロディがピッタリとマッ
ピアノ専攻の学生のレッスン実習を見学し
チしていく効果がありました。伸びやかで
ました。
透明感のある歌声がさらに瑞々しく聞こ
え、自然で素朴な合唱のひと時でした。
サボー先生がコダーイに最後に会ったの
は1967年2月27日に亡くなる3ヶ月前だっ
学生10人、指導教官2人、レッスン生4
人と私たち5人、チェ先生とピアノ科主任
教授、V.Sカタリン先生が教室に集まり実
習開始。
たそうです。ジュール合唱団のバルトーク
ピアノ教材は、ハンガリーの子どものた
の合唱全曲演奏会にも来てくださったこ
めのカラフルな楽譜を使用。学生がピアノ
と、教育者として厳格なお人柄だったこと
歴8ヶ月の女の子には、ソルフェージュを
など、思い出話は尽きませんでした。
中心に遊びを取り入れてのレッスン。
ハンガリーの音楽では3拍子が少ないた
《ジュールのフランツ・リスト
音楽小学校》
ハンガリーは、8+4年制の学校制度に
なっています。ジュールのフランツ・リス
ト音楽小学校の40歳の校長先生はジーパン
め、3拍子に親しませようとボールや風船
を使ってリトミックをしたり、曲のイメー
ジを絵に描いたりして学生は一生懸命に工
夫していました。
指導教官のユディト教授とジュジャンナ
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教授が、学生の不足部分を指摘し、補足し
ながら授業を進行していました。
ピアノを始めた時から現代曲に親しま
伴奏法の授業は、A. ガボール教授がピ
せ、幅広いレパートリーを併行して勉強す
アノ伴奏をし、ソプラノとアルトの学生の
る方法は、読譜力もつき、音楽の性格の相
違点を出す力がつきます。
二重唱でコダーイのOp.1、エーネイソ
(歌の言葉)全16曲、25分間の演奏です。
レッスン4人の個性を大切にし、欠点を
これはコダーイが民族詩に曲をつけたも
見つけて直していくよりも、良いところを
ので、私たちは、またコダーイの国でコダ
伸ばしていこうとする教育姿勢は、教育実
ーイの音・声を心ゆくまで味わえた至福の
習生やレッスン生にも表れ、ピリピリした
時を過ごすことができ、感動いっぱいの授
ところの無い自然体がとても好感が持てま
業でした。
した。
ハ
ン
ガ
リ
ー
報
告
《セーチェーニ大学音楽部の
授業風景》
『伴奏は大きいか小さいかという問題では
次に公立音楽学校の校舎を見学している
なく、質がいいか悪いかです』とガボール
と、教室にバルトークやコダーイの写真の
先生がおっしゃっいましたが、全く同じこ
他にアニー・フィシャーの写真が飾ってあ
とをパリのピュイグ・ロジェ先生も話され
りました。
たことを思い出しました。
ピアノは6∼7歳になってから弾き始め
教授法の授業はエンドレ教授と5人の学
てもよく、ソルフェージュや基礎教育が大
生による授業でした。まず、5人の学生が
切だと。弾き急がせることに疑問を感じる
それぞれ自分が練習している曲の問題点を
とのことでした。
提起し、自由にディスカッションして、解
決法を見つけていくという授業法でした。
エンドレ先生が的確な助言をし、学生た
コダーイ作曲エーネイソ歌曲集Op.1
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諸外国のピアノ教育事情視察報告
ちはここでも伸びやかに自由に活発な発言
ような気がします。
これもチェ先生が日本の高校卒業後、リ
をしていました。
カタリン主任の手作りケーキとお茶で歓
スト音楽院に留学し、25年間誠心誠意築き
談していたところ突然、チェ先生とガボー
上げた信頼関係によるところが大きいと痛
ル先生が2台のピアノを弾き始め、私たち
感いたしました。
とのお別れコンサートになってしまいまし
何よりも心が癒される素敵な音楽を聴き
た。セーチェーニ大学の先生方と初めてお
ながらゆったり過ごしたジュールでの時間
会いしたのに、以前から知り合いだったか
は良い思い出になりました。
のようにスーッと先生方の輪の中に入れた
セーチェーニ音楽大学 ピアノ指導の教育実習
「セーチェニー大学音楽部のカリキュラム」
ピアノ試験課題曲(1学期)
(2学期)
1年目 *バッハ平均律から1曲 *バッハ平均律から1曲
*任意の自由曲 *クラッシックソナタ1曲(全楽章)
*音楽小学校の曲 *ロマン派とバルトークから各1曲
2年目 *バロックの組曲 *バッハ平均律から1曲
*自由曲又はエチュード2曲 *クラッシックソナタ1曲(全楽章)
*ロマン派と現代曲から各1曲
3年目 *ピアノ協奏曲(全楽章)
*バッハ平均律から1曲
*クラッシックソナタ1曲(全楽章)
*ロマン派と印象派から各1曲
4年目 *クラシックのソナタ1曲 <卒業試験>
(全楽章)
*バロックの曲1曲
*ショパンのエチュード1曲 *ハンガリーの作曲家の曲1曲
*任意の自由曲 *その他のスタイルの曲(25分以上)
室内楽を含み、3つ以上の
スタイルをプログラムに入れる
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《セーチェーニ大学音楽部の
教育システム》
ここでは、毎年1学期の始め、9月下旬
にオーディションがあり、学生たちは、レ
と願いつつ悲劇的な最期を遂げたバルトー
クの指導法の実践は、彼の校訂したバッハ、
モーツァルト、ベートーヴェン等の本に書
かれており大変興味深いものです。
ッスンを受けていない自由曲と音楽小学校
才能教育システムに在籍している二人の
使用教材から10分程度にまとめられたプロ
学生のレッスンをバルトークの部屋で見学
グラムを演奏します。これは自主性、独立
しました。
性を養う目的で行われます。
卒業試験までに卒業論文を書き、教育実
習の国家試験があります。
18歳のマーシャル君は、モーツァルト、
ドビュッシーの曲の他、バルトークのチー
ク地方の3つの舞曲を弾いてくれました。
ピアノ実技、卒業論文、教育実習の3つの
1曲目はリズム・アクセントをはっき
試験が総合的に評価され、最終結果が出さ
り、2曲目は日本の民謡に通じるような調
れます。
子でゆっくり歌い、3曲目は激しく弾く3
つの異なった性格を強調してのレッスンは
ハ
ン
ガ
リ
ー
報
告
《ブダ・ペストへ》
面白かったです。
4月21日の夜、私たちはブダ・ペストへ
入りました。
ドナウ河を挟んで、王宮や高級住宅地の
広がる小高い丘「ブダ」と、リスト音楽院、
《バルトーク音楽高等学校の
カリキュラム》
14歳から18歳までの生徒が学んでいるが
オペラ座、官庁街のある「ペスト」に分か
数年前から進められているハンガリーの教
れています。私たちの宿舎はオペラ座の側
育システム改革によって、12歳の子どもた
の「ホテル オペラ」です。
ちも入学できるようになりました。
日本は6+3+3制の12年間のシステム
《バルトーク音楽高等学校》
4月22日は、リスト音楽院より古い歴史
6制という複数のシステムが混在している
のあるバルトーク音楽高等学校を見学。14
ために、才能を認められた場合6年制小学
歳から18歳までの学生が在籍し、音楽だけ
校卒業後そのまま音楽学校への入学が可能
でなく一般教科も学んでいます。
だそうです。
バルトーク音楽学校副校長のエッカル
高等学校を卒業した場合、「中級音楽家」
ド・ガボール先生のレッスンは、リスト音
という認定がなされます。
楽院でありました。
また、卒業後、大学受験に失敗した場合1
バルトークが実際ピアノをレッスンして
年間の補習コースがあり、高校で学ぶこと
いた部屋は、バルトークが33年間リスト音
ができます。
楽院で教えていたことを示すネームプレー
音楽高校を卒業しただけでは、音楽小学校
トがドアに掲げられ、室内は、バルトーク
はじめ専門教育機関の職につくことはでき
一家の写真や手紙、胸像もあり、展示室も
ません。
かねていました。
亡命したアメリカで「祖国に帰りたい!」
30
ですが、ハンガリーでは8+4制又は6+
諸外国のピアノ教育事情視察報告
「バルトーク音楽高等学校のカリキュラム」
入学試験 *バッハ インベンションより2曲
*エチュード1曲(クラマー、チェルニー、リスト、ブルクミュラー等)
*クラシック ソナタ1曲
(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、クレメンティ等)
*ロマン派から1曲
*20世紀の作曲家から1曲(主にバルトーク)
1学期末試験(12月)
2学期末試験(6月)
1年目 *ハイドン ソナタ1曲(全楽章)
*バッハの曲2∼3曲
*エチュード1曲 *クラシックのソナタ1曲
*任意の曲 (全楽章)
*エチュード1曲
※ロマン派・20世紀の曲
上記以外のロマン派の曲1曲
2年目 *クラシックの変奏曲1曲
*スカルラッティのソナタ1曲 同 上
*チェルニー、クラマーのエチュード1曲
3年目 *バロックの組曲
*エチュード1曲 同 上
*ドビュッシー、ラヴェル、メシアンから1曲
4年目 *20分の自由選択 <卒業試験>
但し、大学へ進学希望の学生は *バッハの平均律から1曲
エチュード1曲入れる *クラシックのソナタから1曲
*ロマン派から1曲
*バルトークの曲から1曲
リスト音楽院 バルトークのレッスン室にてエッカルド・ガボール副学長(バルトーク音楽高等学校)が
マーシャル君のレッスンを行う
31
《リスト音楽院のレッスン》
4月23日、私たちはリスト音楽院として
使われている旧王宮の素晴らしい建物での
館として保存されるそうです。
卒業試験に合格すると「ピアノ演奏家」
という認定がなされます。
ラントシュ教授、ナードル教授、バラニャ
イ教授のレッスンを見学することができま
今回のような貴重な研修ができたことは、
した。
私にとって一生の財産となり、素晴らしい
ホールをはじめとして、全館が大理石や
思い出となりました。
ステンドグラスで埋め尽くされた建物はナ
この旅で出会った方々にも心からの感謝
ードル教授がお土産にくださった絵はがき
を申し上げ、今後の教育に役立てて参りた
そのもので、音楽院内をワクワクドキドキ
いと強く心に刻んでおります。
しながら楽しく見学しました。
この建物は、リスト音楽院として使用で
ご支援とご協力をくださった方々にも深
く御礼申し上げ、ご報告と致します。
きるのは今年までで、来年からは歴史博物
ハ
ン
ガ
リ
ー
報
告
「リスト音楽院のカリキュラム」
1学期 2学期
各学年毎に *バッハ平均律2曲
1年目 *エチュード2曲
*クラシックのソナタ1曲(全楽章)
∼
4年目 *ロマン派の曲1曲∼数曲
以上の曲を任意によって、2回の期末試験に割り当てる
その他、4年の間に、近・現代曲を1曲弾くこと
4年目 バルトーク音楽高校にて、1年間の教育実習を行う
5年目 卒業試験は、8つ以上のスタイルでプログラムを作るが、
「室内楽」を組み入れても
構わない
リスト音楽院 ナードル教授
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諸外国のピアノ教育事情視察報告
諸外国のピアノ教育事情視察報告
(チェコ編)
報告者:小西 和代
4月24(日)ハンガリーを後にして、チ
が満開で、新緑が美しく春真っ盛り、そし
ェコのプラハ・ルズィニ空港に到着した私
て宿舎付近は観光シーズンに入った日曜日
たちを3人の方が出迎え宿舎まで案内して
ということもあり、観光客でにぎわってい
くださいました。チェリストのカレルフィ
ました。
アラさん、ピアニストのクヴィタ・ビリン
4月25日から3日間、私たちはブラサー
スカヤ先生(お二人は今回プラハの講座を
コバ先生がチェコでなさっているピアノ教
コーディネイトして下さったヴァイオリニ
育(ピアノの初歩からプラハアカデミーの
ストである石川静先生のクーベリックトリ
大学生に行う教育法論の授業まで)を見学
オのお仲間)そして先生のお弟子さんでプ
させていただきました。ブラサーコバ先生
ラハ留学中の川瀬さん。宿舎までは空港か
の講座は夏のセミナーの候補としても上が
らミニバスで30分ほどかかりました。プラ
っておりましたので楽しみにしていた講座
ハ郊外の風景は日本の八重桜とよく似た花
でもあります。
犬のぬいぐるみを使ってやわらかい音の出し方を試しているブラサーコバ先生
33
チェコのピアノ教育
チェコのピアノ教育は1989年の革命後に
国でピラミッド形に制度化されています。
ー、ブルノ音楽アカデミーで3年+2年
(修士)を卒業した人にコンセルヴァトワ
が全国に約800あります。チェコの人口は
ールやプラハ、ブルノ音楽アカデミーのピ
約1000万人で大阪府より少し多い位です。
アノの先生として働く事ができる国家資格
それに対して800もの市の芸術を学べる教
が与えられます。演奏と筆記試験の卒業試
室があるというのですから、文化遺産を守
験が国家試験となっています。その他の大
る事と同様に伝統工芸、芸術を伝えていく
学、カレルアカデミーでもピアノの勉強は
事に力を入れている事が理解できます。
続けられますがカレルアカデミーでは学校
15歳(チェコは小中一貫教育)まで学び、
さらに音楽学校(コンセルヴァトワール)
の先生ができる資格と市の音楽教室でピア
ノ講師ができる資格が与えられます。
ピラミッドの頂点であるプラハアカデミ
に進み6年間勉強します。もちろん趣味と
ーを毎年全国18のコンセルヴァトワールか
してピアノを市の音楽教室で続けながら普
ら大勢の人が受験するそうですがピアノ科
通高校に進学する事もできますし、また個
の合格者は8名位だそうです。しかし今年
人レッスンもあるようです。
は大変珍しい事に12名も合格者がでました
コンセルヴァトワールを卒業するとプロ
メトーディックセンター1年生 指導法の授業
34
もらえますが、さらにプラハ音楽アカデミ
音楽、舞踏、美術を勉強できる市の教室
ピアノを専門に学ぶには市の音楽教室で
チ
ェ
コ
報
告
のピアニストと教育者としての卒業証書は
と副校長先生がお話しをしてくださいまし
諸外国のピアノ教育事情視察報告
た。
プラハのメトーディックセンターでは
最終日に25歳の青年オンドジェイ・フバ
様々な楽器を教えるうえでの、主に心理学
ーチェックさんがブラームスのソナタを力
を中心とした講座を少人数のグループ制で
強く演奏して下さいました。彼は今年ブル
勉強します。毎週1回、2年間で学ぶカリ
ノ音楽アカデミーを卒業しこれからさらに
キュラムになっています。
博士課程に進学しながら、コンセルヴァト
ブルノのメトーディックセンターではピ
ワールの先生としてまたピアニストとして
アノを教えている先生方が実際に生徒を連
活躍していくそうです。ピアノをコンセル
れて行きレッスンの相談をしたりすること
ヴァトワール等で教えることのできる資格
もできます。こちらはピアノのみで1か月
を得て国内で職業として成り立たせるには
に2回、4年間のカリキュラムになってい
チェコでは25∼6歳になるという事です。
ます。
プラハ、ブルノメトーディックセンター
メトーディックセンター
チェコでのピアノ教育の特筆するべき事
はプラハ・ブルノ音楽アカデミーにメトー
両方共、年齢制限もなく、卒業して年数を
経てからでも音楽を教える勉強ができる再
教育の場となっています。
ディックセンターと呼ばれている卒業して
1日目に上記のブルノメトーディックセ
からも教授法を学ぶことができるシステム
ンターでの講座の様子を見学させていただ
があるという事です。
きました。いつもはブルノで行っている講
ブラサーコバ先生と娘のハナブラサーコバさん、オンドジェイ・フバーチェックさん
35
座を私達のためにわざわざプラハまで先生
ら16歳位までの市の音楽教室で、趣味でピ
方がいらしてくださり、授業やレッスンの
アノを続けている子供達の演奏を主に聴か
様子を見せてくださいました。(ブルノは
せていただきました。先生方は音楽を楽し
チェコの東側モラヴィア地方にあり、プラ
む事を重要視しているという事で、選曲な
ハからバスや列車で2.5∼3時間かかりま
どを問題視して、演奏後の意見交換では生
す)
徒に合っているかなどを話し合った後、ブ
ブルノメトーディックセンター1年生の
講座では椅子の座り方、脱力、教材など初
チ
ェ
コ
報
告
進んで行きました。
期教育に関する講義でした。ぬいぐるみを
曲目はショパン・ノクターン遺作、ベー
使ったり、ボールで親指の指くぐりの練習
トーヴェン・ソナタOp79第3楽章、ショ
をしたり、様々なアイデアを披露してくだ
パン・別れの曲、バッハ・イタリアンコン
さいました。ボールを使ったものを早速私
チェルト、B・マルティーヌ・カリヨン、
の教室の子供達とやってみましたが、鍵盤
エチュード、J・スーク・愛の歌等です。
上で練習するより楽しく親指の使い方が体
ロマンティックな旋律のポピュラーな曲で
験できました。
あったり、演奏効果のある曲であったり、
2年生の講座は作曲家の時代に合った弾
チェコの作曲家の作品等は中学生位の子供
き方を指導する事を1つの目標として掲げ
達が積極的にピアノに取り組める様な選曲
ているというお話でしたがこの時は10歳か
で先生方のご努力が伺える時間でした。そ
ブルノアカデミーでレッスンを受けている5才の女の子
36
ラサーコバ先生がまとめるという方法で、
諸外国のピアノ教育事情視察報告
れに対してブラサーコバ先生も的確にアド
ア民族舞曲の素朴な演奏に魅力を感じまし
ヴァイスされ、メトーディックセンター2
た。11歳のサッカーが好きと話してくれた
年生になるとピアノ教師の再教育の場とし
アダム・ゲムロット君が弾いた作曲家であ
て充実した時間になっていくようです。
る彼のお父さんの曲はリズムの面白さが生
3年生の講座では、先生方が行うコンサ
き生きと表現されていました。
ートで演奏する曲に対する話し合い、そし
てブラサーコバ先生がそれに対してアドヴ
チェコのモデル生について
ァイスをするというものと生徒を連れてき
プラハアカデミーでは学生が教育実習で
てレッスンをみて頂き、アドヴァイスをし
実際に生徒にピアノを教えなくてはなりま
ていただくというものでした。初歩の子供
せん。教育実習で教える為の生徒をここで
に対してはブラサーコバ先生が実際にレッ
はモデル生とよんでいました。アカデミー
スンをしてくださいました。
のモデル生になるためには選考会がありま
午後からはモデル生やコンクール受賞歴
す。モデル生の親はレッスンにも付き添い、
のある子供達の演奏と5歳のピアノを始め
教育にも熱心のようでしたし、モデル生と
て間もない子の実際のレッスンをブラサー
なると、アカデミーの先生にも教えていた
コバ先生がなさいました。ここでとても良
だけると言う事で、チェコでのピアノ教育
くできたペダル付き足台を見せていただき
のエリートの登竜門になっているようにも
ました。(写真参照)従来のペダル付き足
見受けられました。
台は足の力がない子供が使うのにはかかと
があがってしまうのでブラサーコバ先生の
お弟子さんが考案し特注で作られた物だそ
うです。これを使い初歩の段階からペダル
を使ってのレッスンをするそうです。初歩
からペダルを使う良し悪しは別として、か
かとがあがってしまいがちな体格のお子さ
んはこの足台はとても楽に使えて良いと思
いました。
コンクールがここチェコでも盛んなよう
で、入賞した子供達のレッスンの様子や演
ペダル付き足台
奏を聴かせていただきました。8歳のヤク
ブ・スラーディック君は数多くのレパート
リーを披露してくれたのですが、ルーマニ
37
プラハアカデミーの教育法論の授業
た。
2日目は午前中にブリンスカヤ先生のレ
ッスンを見学し、午後からプラハアカデミ
ーでの教育法論の授業を見学いたしまし
た。
チ
ェ
コ
報
告
アカデミーでは2年、3年と4期に渡っ
て教育実習をしなくては卒業できません。
アカデミーピアノ科2年生の授業(1時
学生がモデル生1人を受け持ち、生徒を連
間30分)は、子供に古典派のソナタ形式を
れて担当の教官の前でレッスンをし、アド
具体的にどのように指導したらよいか。モ
ヴァイスを受け自分の受け持っているモデ
ーツァルトのピアノ曲の弾き方(装飾音
ル生徒に伝えるというものです。学生がモ
等)。ジュニアの国際コンクールの録音を
デル生を指導している様子を見学いたしま
聞いての意見交換等。少人数のゼミ形式で
したが、学生が大変真面目に取り組み熱心
学生に積極的に意見を言わせるというアカ
に指導している姿から卒業後にコンセルヴ
デミーの教育方針に基づいての授業という
ァトワールの先生としてピアノ教育に携わ
事でした。
っていく強い意志を感じました。
アカデミーピアノ科3年生の授業(1時
間30分)は将来コンセルヴァトワールで生
終わりに
徒を教える為の授業で学生が用意した曲を
チェコのピアノ教育は革命以前からの制
コンセルヴァトワールの学生に教えるとい
度をさらに充実させ、メトーディックセン
う想定で発表する授業。
ターでピアノの先生が再教育をうけられ
曲をアナリーゼしておく事が宿題の前提
る、とても素晴らしいシステムだと思いま
になっており、コンセルヴァトワールの生
した。EU加盟によりますます加盟国との
徒にどのように(練習の仕方、指使い)与
交流も盛んになり内容も充実していく事と
えたらよいかを学生が発表し、それに先生
思います。
がアドヴァイスをするというものでした。
最終日に副校長先生のお話でヨーロッパ
使われていた曲はショパン・エチュード4
の文化に直接触れ、教育システムもインタ
番、クラマービューロー56番、バッハ・プ
ーネットで知る事ができる入口の部分だけ
レリュード、ベートーヴェン・コンチェル
でなく時間をかけて体験し分かろうとしな
ト等。これはハンガリーのセーチェーニ音
くてはいけないとおっしゃっていました。
楽大学で見学した指導法実践授業とほとん
その通りだと思いました。この報告は3日
ど同じやり方でしたがこちらの学生のほう
間という限られた時間の中で、見、聴き、
が、年齢も違ってはおりましたがしっかり
感じた事である事をご理解ください。
下調べをし、自分の方針を主張していまし
38
教育実習
諸外国のピアノ教育事情視察報告
教育法論の授業
学生とモデル生による指導法実践授業
82号(前号)グラビアページも参照の上
ご覧下さい。
(編集部)
39