今村先生の研究内容 - 奈良県立医科大学

平成 25 年度~平成 26 年度版
今村 知明
【研究テーマ】
1.
公衆衛生学・EBPH(Evidence Based Public Health)
2.
医療政策
3.
医療経営・医療経済
4.
健康危機管理
5.
食品保健
6.
リスクコミュニケーション
7.
政策データの分析
研究内容の概要
土が汚染されると健康な植物も育ちにくい。それと同様に、社会が病むとそこに生きる
人間も病んでしまう。臨床医学が人間や疾病という個を対象としているのに対し、公衆衛
生は社会そのものを対象にすることで、そこに生きる人々の健康を守る。その点が臨床医
学との大きな違いである。そのため研究テーマは、疫学、生物統計学、環境・社会・行動
衛生、職業衛生、医療経済・医療制度、健康政策学など様々な領域にわたる。
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地域医療計画や地域医療ビジョン策定
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食品の市販後調査と健康影響
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食品防御
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花粉症の発症疫学
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ICD-11 への WHO 改訂作業
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標準的な院内清掃のあり方
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薬価算定基準の定量化
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過疎の村における医師確保困難問題
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奈良県の高齢者の入院需要推計と介護保険施設、訪問サービス従事看護師の需要予測
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ダイオキシン類の健康影響
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リスクコミュニケーションと社会での過剰反応回避
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遺伝子組み換え食品でのリスクコミュニケーション
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7 対 1 入院基本料の施設基準を満たすための予測式の構築
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看護師の時間外労働に関する文献レビュー
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看護師の離職就職理由調査
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風疹と子宮頸がんの予防接種の受療行動への影響因子の検討
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妊婦のインフルエンザに対する意識と予防行動
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病院経営分析
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消防庁による救急蘇生統計(ウツタイン様式)データ分析
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●病床機能施策に関する研究
―病床機能の分化・連携や病床の効率的利用等のために必
要となる実施可能な施策とは
2025 年には団塊の世代が後期高齢者となり、医療・介護サービスの需要が著しく増大
する一方で、我が国の医療提供体制は、他の先進国に比べ長い平均在院日数等、更なる
効率化が必要である。そのため、病床の機能・分化等の施策に関する分析・整理を実施
している。
各自治体・各医療機関の地域医療ビジョンを実現するための政策立案のために必要と
なる情報の提供を目指し、その得られた成果は、平成 28 年度以降に実施が想定される、
第 7 次医療計画に反映されることを期待している。そのことにより、オールジャパンの
体制で病床機能分化・連携に関する政策を検討することが可能となる。
●食品防御
以下に挙げる課題について研究を重ねている。また、これらを元に今後の食品防御に
必要となる課題の整理をしている。
(1)米国における食品防御対策の体系的把握
- FSMA 法関係を中心とする米国の食品防御対策の最新情報を収集・整理し体系化した。
(2)食品工場等におけるチェックリストの適用
- 生協委託工場のうち、大規模/中規模/小規模の食品工場や複数の物流施設をモデル
工場等として選定する。そして、モデル工場等の実査において、既往研究で作成した
チェックリストを適用し、食品防御の充実度合いを把握した。
(3)食品防御対策の検討
- 上記チェックリスト適用の結果を踏まえ、食品防御の視点から現行の管理体制に追加
すべき実行可能な施設管理、人員管理等の食品防御対策を検討した。
(4)食品工場等向け食品防御ガイドラインの作成等
- これら食品防御対策のうち、食品工場(規模別)・物流施設に一般化可能な事項を抽
出し、大規模食品工場向けガイドライン改訂版(H23 作成ガイドラインの充実・精緻化)、
中規模食品工場向けガイドライン、小規模食品工場向けのガイドラインおよび物流施
設向けのガイドラインを作成した。
(5)食品テロの早期察知に向けた PMM の活用可能性に関する実証実験
- 既往研究で構築したシステムを活用して食品 PMM を実施し、リアルタイム性の向上
や夏季の運用を通じた食中毒の察知可能性、通年・広域での運用可能性など、食品テ
ロの早期察知に向けた活用可能性を実証した。
●日々の症状と環境との関連性の分析
アレルギー疾患は先進国や都市部を中心に急増し、わが国では約 2 人に l 人が罹患して
いると推定されている。これまで当講座において、花粉飛散量と調査対象者の食品購入
情報とをかけ合わせた予備分析により、花粉飛散と特定の食品との組み合わせによって
発疹が増強している可能性が考えられてきた。そこで、当講座が考案した調査方法であ
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る「インターネットを利用した日々の健健康調査」より、地域住民から直接得られた毎
日の健康状態のデータと食品購入情報データを用いて、花粉飛散と特定の食品の組み合
わせがアレルギー症状の憎悪要因の 1 つとなっていることを、大規模調査結果から疫学
的に分析した。
●スギ・ヒノキ花粉の飛散が花粉症患者の不眠症状に及ぼす影響
花粉飛散量が花粉症患者の不眠症状に及ぼす影響を調査し明らかにした。花粉症患者
は、花粉の飛散時期において様々なつらい症状に悩まされ、日常生活にも支障をきたし
生活の質も低下する。そこで、花粉症患者は花粉飛散時期に不眠症状を発症することを
疫学的に明らかにした。さらに不眠症状は、スギ花粉の初回大量飛散を契機に日々増加
し続け、ヒノキ花粉の大量飛散により急激に増加することが推察された。不眠症状を考
慮した花粉症対策はほとんど行われてないのが現状であるため、スギ、ヒノキの花粉飛
散との関連を理解した上での花粉症患者のための不眠症状対策が求められることがわ
かった。
●ICD-11 への WHO 改訂作業
疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)は、わが国では死亡統計のみならず患者
調査、DPC などの医療保険制度、診療情報管理などに広く活用されている。WHO が現在
実施している ICD-10 から 11 への改訂においては、わが国の医療の実態を踏まえた、よ
り適切な医療情報を将来的に確保するために、わが国における ICD-11 の実用化に向けた
検討を行う必要がある。そのため、ICD 改訂作業の最新動向を WHO へのヒアリングや
WHO-FIC ネットワーク会議や各種 WHO の TAG の実施する会議等に積極的に参加して収
集・分析したうえで、わが国としての対応について検討を実施している。またその結果
から改善案を検討後、ICD の各項目の領域間の重複・欠損領域の抽出やオントロジーの活
用について、これらの問題点の取りまとめと解決策を提言した。さらに ICD-11 の分析結
果からわが国で現在利用している ICD-10 との違いを明らかにし、わが国における ICD-11
の利用可能性について検討を実施した。その上でわが国における ICD-11 の実用化につい
て具体的な方策について検討し、積極的に意見発信を行っている。
●標準的な院内清掃
医療法第 20 条に規定される医療機関の清潔保持義務に即し、医療機関の清掃業務に関
する基準等を検討することにより、医療機関の環境整備の標準化を検討している。
医療法第 20 条においては、病院等の医療機関について清潔を保持することが求められ
ている。しかし、医療機関が清掃の業務を委託する際の受託者の基準(医療法施行規則)
及び受託者の業務の実施方法等(通知)は定められているものの、「清潔の保持」の指標
となる基準等は定められておらず、その取組は各医療機関に一任されている。わが国の
医療環境の一層の向上を目指すため、医療機関において最低限必要とされる清潔保持状
態の基準を検討する必要がある。そこで、清掃業務受託者や医療機関へのヒアリング等
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を通じ、医療機関の特色に応じて清掃実態等を把握し、清掃基準の必要性やその内容を
検討している。
●薬価算定基準(原価計算方式)における平均的利益率の補正率の定量的算出法及び特定
保険医療材料の保険償還価格算定の基準における定量的評価
原価計算方式における営業利益率の補整について、これまでの算定実績の整理分析を
行う。それとともに、理論上想定しうる最大の有用性の要件を構築した上で、その構成
要件を細分化した。そして、それぞれの補整要件と対応する補整率を関連づけることに
より、補整率を定量的に算出できる方法論を構築した。同様の手法により減算的評価に
ついても検討を行い、営業利益率の-50%~+100%に対応する補整率を定量的に算出で
きる方法論を構築している。また、特定保険医療材料の基準材料価格についても、同様
の手法を検討しつつ、医薬品と医療材料の特性に鑑みながら、定量化の方法論を構築し
ている。
●秋田県上小阿仁村における医療アクセス問題
高齢化過疎地域の医師確保困難問題は全国各地で起こっている。
医師が退職することが無医村化に直結してしまう村と医師との関係について、現地調
査を通じて事実確認を行い、医師確保困難問題が起こった原因の一端の解明を試みた。
上小阿仁村の医師確保困難問題は、住民とは縁遠いインターネット上で風評が広まっ
た点が特異である。インターネット上において、実態とかけ離れた情報が広まった結果、
上小阿仁村の医師確保が困難となった可能性は否定できないことが示唆されている。
●奈良県の高齢者の入院需要推計と介護保険施設、訪問サービス従事看護師の需要予測
奈良県の高齢化率は 2010 年には全国平均を上回っている。
急速に高齢化が進んでいるため、高齢者の入院需要も今後、増加すると考えられる。
そこで、奈良県の人口推計と推計入院患者数、介護保険施設の現状から、高齢者人口の
増加に伴う入院需要の増加が、今後の施設および訪問サービスに従事する看護師需要に
及ぼす影響を推計した。
●リスクコミュニケーションと社会での過剰反応回避
食品健康被害リスクの報道量を数量化し、その大きさを定量化することにより、社会
的な過剰反応の発生の確認を行っている。過剰反応の背景として存在する食品事件への
社会の過敏性の高まりをモニタリングすることで、過剰反応の起こりやすい社会環境に
陥っているかどうかの相対評価を行う。また、
「社会的感受性」と「過剰反応の起こりや
すさの優先順位」を組み合わせることにより、消費者への一般調査を通じ、食品健康被
害全般にわたりどのような事件が過剰反応を生むかの順位付けを行う。この手法を発展
させ、社会的過剰反応を予防するためのリスクコミュニケーション手法を検討している。
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●遺伝子組み換え食品でのリスクコミュニケーション
植物における遺伝子組換え技術の進歩と分子生物学的な知見の進歩により、新規機能
を付与する遺伝子の探索が進んでいる。それにより、同定された有用遺伝子を導入した
遺伝子組換え植物(新機能遺伝子組換え植物)が既に実用化に向けて作出されている。
また、これら機能を有した遺伝子組換え植物を交配することによって、機能性のスタッ
ク化がなされた後代交配品種が生み出されている。これによって、新機能付与で生じる
発現タンパク質や代謝産物の量・質の複雑化、交配によってこれらの多様化が生じてい
る。このため、これまでの除草剤耐性、害虫抵抗性などのシンプルな遺伝子組換え植物
の評価で行ってきた安全性評価ポイントではまかないきれない複雑化・多様化が想定さ
れ、これらを解析する手法として、これまでにない多くの評価ポイントを網羅的に解析
するオミックス手法の開発が必要とされる状況にある。
また、植物以外の遺伝子組換え生物の食品への実用化も始まっている。そこで、
「上記
の多様化、複雑化する新規食品の安全性評価に対応するためのオミックス手法の整備、
定量解析手法並びに規格への反映化をめざすこと」、「消費者に受容されにくい状況が続
いている組換え食品の本質的原因の究明並びに社会的受容の促進」を大きな柱とし、未
承認組換え食品の検出技術の開発及びスタック品種の検査法についても検討を行ってい
る。
●7 対 1 入院基本料の施設基準を満たすための予測式の構築
7 対 1 入院基本料の施設基準を満たすための予測式の構築を検討している。その結果と
して、7 対 1 入院基本料の基準を満たすために第 11 ヶ月目および第 12 カ月目に必要な看
護師労働時間数と看護師配置数が、比較的高い精度で算出できる可能性が示された。特
に、年末年始は、入院患者数や看護師数の変動が大きく、事前に備える必要性が高いこ
とが分かった。
●病院経営分析
<わが国における CT 普及に関する一考察>
わが国は、人口あたりの CT(Computed Tomography)装置保有台数が世界で最も多く、大
病院だけでなく小規模病院や診療所にも CT の導入が進んでいる。普及の要因には医療の
質の向上や装置の収益面などが考えられるが、病床規模による CT 導入の採算性について
は、未だ充分に検討されていない。そこで、CT の年間収支を性能別、病床規模別に試算
し、CT の普及と採算性との関係について考察した。
床数が 50 床以上の施設に導入された CT は、性能に関わらず収支増であったことがわ
かり、採算性が高いことが示唆された。病床数が 50 床未満の施設に導入された CT では、
16 列未満の MSCT のみが収支増であり、高性能な 16 列以上の MSCT の収支は低かった
が、これは採算に必要な検査数が十分に確保出来ないことが原因と考えられる。しかし、
不採算であっても医療の質を向上させる目的で導入する施設も多いと考えられ、このこ
とも、わが国で CT が普及した要因のひとつと考えられる。
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<消費税増税と診療報酬改定が大規模病院に及ぼす影響>
平成 26 年 4 月 1 日から消費税は 5%から 8%へ上昇した。医療現場における社会保険
診療は非課税であるため控除の対象外となり病院は物品購入分の消費税を負担しなけれ
ばならない。医薬品や特定保険医療材料(償還材料)は保険請求できるが、他の材料(非
償還材料)は病院負担となる。医療機関での材料費が占める割合は、全国公私病院連盟
の病院経営実態調査において例年全体平均で約 26%と報告されているが、大規模病院ほ
ど割合は高くなっている。今回の診療報酬改定では、初診料、再診料、入院基本料に載
せる等消費税負担分の払い戻し対策がとられた。しかし、非償還消費税分経費率には病
院間での格差がみられ、手術室は消耗品の使用は多く大病院ほど消耗品比率も高いと言
われている。そこで、手術室で使用された非償還材料費の増税分が病院経営に及ぼす影
響を検討した。手術材料費のみを試算したが負担する消費税は高額であった。今回の消
費税導入と診療報酬改定が病院運営に及ぼす影響は大きいと考える。今後消費税 10%へ
の引き上げも予定されており、医療機関においては冷静に状況を分析し方策を検討する
必要があると提言している。
●消防庁による救急蘇生統計(ウツタイン様式)データの分析
平成 23 年 2 月に BMJ に掲載されて以降も、消防庁による救急蘇生統計(ウツタイン様
式)データの分析を行っている。BMJ(British Medical Journal)に掲載された論文は、院
外での心肺機能停止患者への心肺蘇生法として、心臓マッサージだけで良いのかそれと
も心臓マッサージ+人工呼吸が良いのかについて、わが国のウツタインデータを用いて
分析したものである。近年、心肺蘇生法は心臓マッサージのみで良いという論調になっ
ていたが、当講座が中心となって分析した結果は逆に、心臓マッサージ+人工呼吸のほ
うが予後は良いというもので、世界的な注目を得た。その後も、抽出した都道府県にお
ける AED 関連費用の推計や「ウツタイン統計データ」を用いた費用対効果分析手法の検
討などを行った。
これらに続いて、平成 26 年には、ウツタインデータの分析において想定されるバイア
スを精査することにより、救急隊による気道確保と予後の関連について、単変量と多変
量による解析を行い精緻な解釈を提供した。単変量解析では、BVM 群の予後が良いこと
は先行研究と変わりないが、結果の解釈に影響を及ぼすバイアスが認められた。今後、
救急隊への調査を行い、精査を行う必要があることがわかった。また、多変量解析では
BVM 群の予後が良いことを示す結果であるが、「気道確保なし」群の存在等、対照群の
選定基準にバイアスがある可能性が示唆されるため、結果の解釈は慎重に行う必要があ
るといえる。
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その他
●保健師の活動方針の見直しに関する研究
●診療報酬改定に関する社会影響に関する研究
●老人介護施設における医療従事者の役割に関する研究
●後発医薬品導入における損益分岐点に関する研究
などを行っている。
研究の以外の業務として
平成 25 年 4 月 1 日付けで、奈良県立医科大学「法人特命企画官」に任命された。
法人特命企画官は平成 25 年度に新設され、中期計画の着実な推進や 20 年後の全国トッ
プ 10 入りを目指すための取組みの構築など理事長の特命事項を担当する。病院経営・運営
会議、病院運営協議会において多岐にわたり問題提起をするとともにその解決策を提案し
ている。
○大学運営・企画業務
2年前より法人特命企画官として、大学建物の建替計画やキャンパス移転に関わる企
画・立案業務を行う。学内の「医大の将来像策定ワーキンググループ」の副委員長を務
め、奈良県との「医大の将来像策定会議」にオブザーバーとして列席。学内の4つのサ
ブワーキング(教育SWG、研究SWG、診療SWG、まちづくりSWG)全てに委員
を務める。その他、法人運営・財務に関するアドバイス等に必要となる様々な資料を収
集・作成し大学関係者への情報提供を行う。
○病院運営・企画業務
奈良医大附属病院の経営や運営に必要となる様々な情報の収集と資料の作成を行う。
特に、平成 26 年は大幅な診療報酬の改定と消費税の増額があり、その変化が奈良医大附
属病院にどのような影響を与えるかの分析を集中的に行った。その分析結果を奈良医大
附属病院の運営に役立てている。病院運営協議会と病院経営・運営会議などでのプレゼ
ンや病院関係者への情報提供を行う。
また、平均在院日数や後発医薬品の導入などについても、奈良医大附属病院の現状に
ついて、実績データを用いて分析・資料作成して提言し、理解を得ている。
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