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Chemo Therapy Report
第26回 日本がん看護学会学術集会 教育セミナー1
抗がん剤の職業的曝露と対策について
CASE 5
開催日:2012年2月11日(土)
会場:財団法人くにびきメッセ(島根県立産業交流会館)
座長の言葉
本日は「抗がん剤の職業的曝露と対策について」というテーマで、お二人の先生に
講演をお願いしました。北里大学病院化学療法センターがん看護専門看護師である番
匠章子先生には、看護師の立場から北里大学病院における抗がん剤曝露対策を紹介し
ていただきます。埼玉県立がんセンター薬剤部の中山季昭先生は、『抗がん剤調製マ
ニュアル』や薬剤師のための医療材料の選び方・使い方等の執筆に携わっておられま
す。先生方の経験を踏まえたお話を、これからの曝露対策の参考にしていただければ
幸いです。
座長:
小澤桂子
NTT東日本関東病院 がん相談支援室 がん看護専門看護師
現場の声を生かした院内指針で
抗がん剤曝露対策を実践
番匠章子
あらゆる業務で曝露のリスクがある看護師を、
マニュアルの整備と運用の改善で守ります。
北里大学病院 化学療法センター がん看護専門看護師
抗がん剤の毒性
機会がある。最近は在宅での化学療法が増えているので、
抗がん剤、特に殺細胞性抗がん剤は、細胞毒性によっ
訪問看護師も同様である。
て患者さんや医療従事者に有害事象を引き起こすことが
抗がん剤曝露に関する看護研究も近年増えてきてい
確認されている。具体的には、遺伝子に異常をもたらす
る。日本がん看護学会の過去10年間の抄録を見ると、
変異原性、発がん性、胎児に奇形を及ぼす催奇形性、流
2001年頃には全くなかった曝露に関する研究が、2002
年外来化学療法加算をきっかけに2003年頃から徐々に
増え始め、2012年では12件程度まで増えている。
産、精子毒性などである。
抗がん剤は主に腎臓や肝臓で代謝され、尿や便の中に
も排泄されるため、患者さんの排泄物の取り扱いにも注
意が必要である。肝機能などが低下している場合、抗が
ん剤の排泄が遅延し、胸水や腹水に移行することもある。
北里大学病院では部署ごとの対応を見直し、
院内統一指針を作成
そのため、胸水や腹水を穿刺する時や廃液を取り扱う時
北里大学病院は、ベッド数約1,000床、1日の外来患
など、十分な注意が必要である。
者数約2,300人の日本医療機能評価機構認定病院で、地
学会でも関心が高まる抗がん剤曝露対策
外来処置室で化学療法を行っていたが、2003年に化学
看護師は薬の調製、運搬、投与、点滴、注射はもちろ
療法センターがオープンしてからは、外科、婦人科、呼
ん、抗がん剤をこぼしたときの処理、抗がん剤が付着し
吸器内科等、9つの診療科の患者さんが化学療法センター
たものの廃棄まで、あらゆる業務で抗がん剤に曝露する
で治療を受けている。
域のがん診療連携拠点病院でもある。以前は各診療科の
化学療法センターがオープンした2003年頃には、北
里大学病院には抗がん剤を安全にとり扱うための院内で
使用後のリネン類と排泄物の取り扱い
患者さんが使用したリネン類を扱うとき、治療後48時
統一されたマニュアルはなく、各部署がそれぞれのマ
間以内は個人防護用具を装着する。嘔吐や失禁など、あ
ニュアルで対応していた。2009年頃、化学療法管理指
らかじめ曝露が考えられる場合は、大きめのオムツを敷
導委員会から院内指針の作成依頼があり、2011年暮れ
いておく。大量の抗がん剤が付着したリネン類は捨てる
に初版が完成した。指針の作成には、がん専門薬剤師、
か、専用の袋に入れて、区別して洗濯する。ベッドやマッ
がん薬物療法認定薬剤師、がん看護専門看護師、がん化
トに付着してしまった場合は、2%の次亜塩素酸ナトリ
学療法看護認定看護師が当たり、リネンや廃棄に関して
ウムで清拭をしている。
は環境整備課、物品に関しては資材課、マスクやガウン
排泄物に関しても、48時間以内は個人防護用具を使用
に関しては感染管理室からアドバイスを得た。
している。蓄尿は原則として行わず、使用後のオムツは
推奨される個人防護用具
イレを使用する場合はできるだけ専用とし、2%の次亜
抗がん剤を安全に取り扱うための参考書も徐々に増え
塩素酸ナトリウムで清掃している。
てきており、各文献には推奨される個人防護用具の種類、
なぜ、曝露対策を実施する時間が48時間なのかという
素材、使用法、交換のタイミングなどが細かく記載され
と、多くの抗がん剤の尿中残留が48時間未満だからであ
ている。しかし、なかなか理想通りに実行できるとは限
るが、7日後に残留が認められた例もある(表)
。
ポリ袋に入れて医療用ごみ箱に廃棄する。ポータブルト
らず、コストや人員の問題もある。運用を変更するため
には各部署や他職種との交渉も必要である。
当院では、コストや適性を考慮して、しばしば防護用
問題点と今後の課題
今後の課題は以下のとおりである。調製後の薬剤を布
具の種類を変更している。例えば、ガウンは布製のもの
製バッグで運搬している部署もあり、その中のポリ袋が
から防水性のものに変え、さらにディスポ製品に変えた。
密封されていない。閉鎖式接続器具を使っているのは1
その方がクリーニング代より安いことがわかったためで
薬剤のみである。抗がん剤でルートをプライミングする
ある。その他に、ニトリル製手袋を2枚、サージカルマ
場合もある。リネン類、排泄物についての指針では、治
スク、使い捨てでないゴーグル、ディスポのキャップを
療後48時間以内を個人防護用具を装着して取り扱うとし
使用している。
ているが48時間以上曝露対策が必要な抗がん剤もある。
抗がん剤の運搬と投与手順について
い。職員に対する教育・健康管理等は不十分なままであ
当院の抗がん剤の取り扱い指針から、運搬、投与手順
る。曝露時の受診は労災扱いになるのか、妊娠中は業務
について述べる。
配慮されるが、授乳中はどのような配慮が必要なのか、
家族の曝露対策に関するマニュアルが整備されていな
調製後の薬剤は、患者ごとに1枚のポリ袋に入れて、
検討すべきことは多くある。今後も改善に向けて努力し
専用のボックスで搬送する。ボックスには、化学療法セ
ていきたい。
ンターに搬送する薬剤であること、中が抗がん剤である
ことが分かるようにラベルを貼付し、エアシューターは
決して使用せず、人が運ぶようにしている。
投与準備では、気化した薬剤による曝露を防止する
ため、シクロホスファミドは閉鎖式接続器具を使用して
いる。ルートは途中で接続が外れないように一体型の
もの、三方活栓と延長チューブが付いたものを使用す
る。プライミングは生食や前投薬などできるだけ抗が
ん剤以外のもので行っているが、抗がん剤でプライミ
ングをしなければならないときは、トレイやポリ袋の中
で行っている。
投与手順に関しては、ボトル交換の際はボトルを点滴
棒からはずして、おなかのあたりで作業する。抗がん剤
表 なぜ48時間なのか(曝露防止策を実行すべき時間)
多くの抗がん剤の尿中残留は48時間未満(7日間もある)
尿中残留が48時間未満の薬剤
イホスファミド
塩酸ダウノマイシン
イリノテカン
メルファラン
ブスルファン
ヒドロキシウレア
カペシタビン
カルボプラチン
パクリタキセル
(タキソール)
針時などに抗がん剤が飛散して曝露することのないよう
フルダラビン
フルオロウラシル
ダカルバジン
72時間後に尿中残留が認められた薬剤
硫酸ブレオマイシン
メルカプトプリン
シクロホスファミド
メトトレキサート
4日後に尿中残留が認められた薬剤
硫酸ビンブラスチン
硫酸ビンクリスチン
エトポシド
5日後に尿中残留が認められた薬剤
の投与が終了したら、生食などでルートを洗い流し、抜
にしている。抜針後はルートを外したり、はさみで切っ
シタラビン
チオテパ
マイトマイシン
ダクチノマイシン
6日後に尿中残留が認められた薬剤
塩酸ミトキサントロン
ドキソルビシン
7日後に尿中残留が認められた薬剤
たりしないで、接続された状態のままポリ袋に入れて口
塩酸エピルビシン
シスプラチン
を閉じ、医療用ごみ箱へ廃棄する。
ドセタキセル
メシル酸イマチニブ
ゲムシタビン
石井範子編:看護師のための抗癌剤取り扱いマニュアルより引用(P15表3)
Evidence Report
被曝経路とリスクを正しく理解し、
実現可能で有効な対策を
中山季昭
作業技術を過信せず、防護具、閉鎖式接続器具などを
適切に使用することが大切です。
埼玉県立がんセンター 薬剤部
がんの可能性あり、可能性は低い)に分類されている
抗がん剤曝露によりがん発症が4%増加 !?
抗がん剤曝露による発がん性の予測として、日常的
(表)。抗がん剤への曝露対策は、グループ1だけでなく、
に17.75μgのシクロホスファミドが尿中から検出され
2A、2Bに対し、施設でどこまで対応できるか、コスト
るほど被曝した場合の年間がん発症増加率を、100万人
面と天秤にかけて考える必要がある。
当 た り138 ∼ 986人 と 推 計 し た 海 外 の 報 告 が あ る。
17.75μgとは、個人防護具で完全防備していたが、閉
鎖式接続器具は用いずに抗がん剤を調製していた薬剤
曝露の可能性を常に意識することが必要
曝露対策を行う際には、曝露要因によって曝露汚染の
師の最大曝露量である。この状況のまま40年間抗がん
強さが異なることにも注意する必要がある。揮発した抗
剤調製業務に従事し続けたと仮定すると、がん発症率
がん剤の危険性が話題になっているが、揮発した薬剤に
は最大4%増加する計算となる。
よる曝露を、海外のシクロホスファミドリスク指標に当
てはめると、図の目標レベルで収まることが多い。これ
防護具や安全機器も万全ではない
抗がん剤の曝露防止対策を行う際、安全キャビネッ
に対して、バイアル表面の汚染は注意レベルに達するこ
とがあり、さらに調製ミスやスプラッシュがあると、即
トや個人防護具を使用するだけでは十分な安全性は確
座に禁止レベルの曝露が起こりうる。看護師の業務で
保できない。安全キャビネットのフィルターを通して
は、プライミング時の曝露やボトルの抜き差しによるス
も気化した抗がん剤は捕捉できず、室内排気型を使用
プ ラッシュで、禁 止レ ベ ルに到 達 すると考 えられ る
している場合にはその空気を吸い込むことになる。
さらに、安全キャビネットを用いてもキャビネット
(図)。つまり、揮発薬剤への対策は確かに必要であるが、
他の曝露対策が疎かであればあまり意味をなさないた
内における物品の曝露は防止できず、抗がん剤に曝露
め、優先順位を考えて対策を行うことが必要である。
された物品をそのまま外へ持ち出した場合、作業者の
具体的な抗がん剤曝露対策として、製造過程で生じ
手や物品を介して、ほかの作業者にも曝露は広がって
るバイアル自体の汚染に対しては、使用直前まで外包
いく。薬剤師は個人防護具で装備しているので比較的
装を開けないことで対応できる。最近登場した外側に
安全だが、それでも曝露をゼロにはできない。
プラスチックカバーが付いている製品やフィルムコー
曝露対策を行うためには、まずそれぞれの薬剤の毒
ティングされている製品を選択することも有効である。
性と、どのような経路で曝露が起こるかを考える必要
調製後の輸液ボトルの取り扱いについては、薬剤師が
がある。吸収経路には皮膚や口腔経路、気道経路があ
ボトルを汚染させない調製手技を身に付けること、調製
り、曝露の要因としては、薬剤師による調製時のスプ
後のボトルを清拭すること、そして何より、看護師をは
ラッシュ、液漏れ、揮発性薬剤による曝露等がある。ま
じめとする調製後の薬剤を取り扱う作業者が、調製後の
た、製造過程でバイアルの外側が汚染されているとの
状態を過信せず手袋等を使用することが必要である。
報告もある。さらに看護師が関与するものとしては、投
与前のプライミング、抗がん剤ボトルの抜き差し、抗
がん剤で汚染された輸液ボトルの素手での取り扱い、抗
防護具の選択、投与、廃棄について
個人防護具は適切なものを選択しなければならない。
がん剤治療を受けている患者の尿、便、汗、リネン類
手袋の基準を例にとると、
『抗がん剤調製マニュアル』
(北
などによる曝露があり、それぞれに対策が必要である。
田光一、中山季昭ら)では、
「外科用ラテックス製で厚
IARC(国際がん研究機構:International Agency for
Research on Cancer)では化学物質、放射線、ウイル
さ0.2mm以上、またはニトリル製のもの」で、かつ「医
スなどの人に対する発がん性を評価している。これによ
験で良好な成績が確認されているもの」を推奨している。
療機器の承認を受けているとともに、抗がん剤の耐性試
ると、多くの抗がん剤がグループ1(発がんの可能性が
つまり、抗がん剤から身を守るためには、厚みがあるこ
確実)、2A(発がんの可能性あり、可能性は高い)、2B(発
とだけでなく、実際にどれだけ抗がん剤の透過を防げる
Evidence Report
か、そして、様々な負荷やピンホール等のリスクが管理
剤の調製時と投与時の両方における曝露の低減と予防
されている製品を選択しているかが重要なのである。
を目的に開発、使用されている。
投与前のプライミングを抗がん剤で行わないことも
重要である。当センターでは、抗がん剤が1本目になる
被曝経路とリスクを理解し、有効な対策を
場合、先にルートを付けて補液のみでプライミングを
曝露の程度と周囲への影響を考えると、最も優先すべ
行った後、脇から抗がん剤を入れるか、テルモ株式会社
きは調製時の抗がん剤曝露防止であり、それには閉鎖式
の「ケモセーフバッグアクセス」を使ってあらかじめプ
接続器具は非常に有効である。さらに、投与時の適切な
ライミングしている。なお、補液でプライミングし、後
取扱いが行えていないと、病院中に抗がん剤曝露汚染が
から抗がん剤を入れる場合、クランプを閉じておかない
広がる恐れもあるので、投与時の対策も重要である。
と時間の経過に伴い数十センチメートルは抗がん剤が
つまり、抗がん剤の調剤・投与・廃棄までを総合的に
ルートを伝わってしまうため、注意が必要である。本来、
考え、被曝を防止するためには、抗がん剤の無菌調製を
抗がん剤のつなぎ替えは行わない方がよい。側管から投
担当する薬剤師だけでなく、抗がん剤を取り扱うすべて
与して最後まで抜かずに処理するか、危険性の高い薬剤
の職員が被曝経路とリスクを正しく理解し、被曝を防止
では閉鎖式の投与ルートを使うことも必要だろう。
しようとする高い意識を持たなければならない。その上
廃棄物容器は、抗がん剤専用のものを使用しており、
で、各施設の事情を考慮した上で優先順位を考え、ひと
パッキンが付いていて液漏れしないようになっている。使
つずつ有効な対策をとること、それが最終的な曝露汚染
用後の資材は、完全に密封して廃棄しなければならない。
の軽減につながる。
マニュアルが確立していない分野も
表 抗がん剤の発がん性
投与終了後の便、尿、汗、リネン類については、国内に
おける明確なガイドラインがなく、現在、日本病院薬剤会
学術第7小委員会が策定に向けて調査研究中である。海外
WHO(世界保健機関)付属のIARC(国際がん研究機関:
International Agency for Research on Cancer)による分類
www.iarc.fr
のガイドラインでは48時間以内は保護具が必要とあるが、
Group 1
薬剤によってはさらに何日か必要な場合も多い。トイレに
ついては、排泄後の2回流しや男性の座位での小用が推奨
されているが、問題もあり確立された対策とはいえない。
抗がん剤汚染時の清掃を行う場合、アルコールを用
いた清拭は、抗がん剤を揮発させてしまうおそれがあ
るため避ける必要がある。適切な不活化剤を用いるこ
とが望ましい。不活化剤は抗がん剤毎に異なるため、
施設の薬剤師に確認していただきたい。主な不活化剤
が 3剤セットになった抗がん剤不活化ワイプも市販され
ている。なお、これらが使用できない場合も、アルコー
ルではなく水拭きの方がよい。
Carcinogenic to humans
(グループ1:発癌の可能性が確実)
アスベスト,シクロホスファミド,ヘリコバクター
ピロリ,B/C型肝炎ウイルス,タモキシフェン,
チオテパ,アフラトキシン,タバコ,ブスルファン,
メルファラン,エトポシド,etc・・・
Group 2A P
robably carcinogenic to humans
(グループ2A:発癌の可能性あり,可能性は高い)
ア ドリアシン,シスプラチン,ナイトロジェンマ
スタード,クロラムフェニコール,etc…
Group 2B P
ossibly carcinogenic to humans
(グループ2B:発癌の可能性あり,可能性は低い)
ブレオマイシン,ダカルバジン,ダウノマイシン,
クロロホルム,etc…
Group 3 (グループ3:発癌性が分類できない)
Group 4 (グループ4:発癌性がおそらくない)
:
カプロラクタム(ナイロンの原料)のみ
閉鎖式接続器具
閉鎖式接続器具とは、バイアル内外の差圧を調節す
る機構を有することにより、薬剤の飛散等を防止する
器具である。2012年4月から、揮発性の高い薬剤(シ
クロホスファミド、イホスファミド、ベンダムスチン
塩酸塩)に使用した場合、診療点数がアップされるが、
これらの薬剤は揮発性だけでなく高い毒性が懸念され
ているため、特に使用が推奨される。閉鎖式接続器具
の1つとして、テルモ株式会社から出ている抗がん剤投
図 抗がん剤曝露汚染の要因別、曝露汚染レベル(シクロホスファミド)
1
mg
禁止レベル
1
μg
1
ng
1
pg 目標レベル
注意レベル
即時対応レベル
↑増加発がん率1 /10万~100万
↑増加発がん率 1/1000~1万
調製ミス(スプラッシュ等)による被曝
バイアル表面汚染による被曝
揮発薬剤による被曝
与システム、ケモセーフがある。ケモセーフは抗がん
、TERUMO、ケモセーフはテルモ株式会社の登録商標です。
発行;テルモ株式会社
〒151-0072 東京都渋谷区幡ヶ谷2-44-1 URL:http://www.terumo.co.jp/
Evidence Report
©テルモ株式会社 2012年4月
12T084-1PI10PI1204