行政 ・ 政治システムと政策過程に関する一考察

 行政・政治システムと政策過程に関する一考察
Administrative and Legislative Systems and Policy−making Process in Japan
水戸克典(東京家政大学非常勤講…師)
Mito,Katsunori(T()kyo Kasei University, Part−Time Lecturer)
要 旨
わが国における政策過程の議論はやや錯綜している感がある。民主主義を機能不全に陥らせないためには、行政
や議会本来の役割を明らかにした上で、その復権を図ることが求められる。その前提として、まずわが国における
行政・政治システムの実態を明らかにしなければならない。これまで多くの論者によって、政策過程の分析が試み
られてきたが、その実態の中にはまだ明らかにされていない部分も少なくなく、評価も定まっているわけではない。
本稿では、統治システムにおける政策過程に焦点を当て、その特質に言及しながら、日本における行政・政治
システムの問題点、及び改革の方向性を明らかにしていく。
Abstract
This paper focuses mainly on the functions of the administrative and legislative systems in Japan・The administrative
systems and the Diet were considered not to be functiona1, particularly while the predominant party system was
retained. That is because the opposition parties didn’t play a positive part in the transforming of their intentions into
policies and laws. It was often pointed out that the strategy they depended upon arose from their own problems, such as
less ability to make policies. But the valuation of the opposition parties is not necessarily correct.
It is necessary to consider the administrative and legislative systems as a whole. The functions of governmental
systems need reconsidering with a view to activating democracy in Japan・
キーワード:行政システム、議会、政策過程
Key words:Administrative Systems, the National Diet, Policy−making Process
れらステージとは、①政策課題の設定、②政策原案の
1 行政・政治システムと政策循環
作成、③政策の決定、④政策の執行、⑤政策の評価、
社会では国民の要望と全く無関係に政策が形成され
である。森田が指摘するように、政策過程におけるこ
ることはないし、また実施された政策が国民に全く影
れらのステージは個々独立しているわけではなく、複
響を及ぼさないということもない。国民の利益・要望、
数のステージが相互に密接に結合しながら存在し、発
政策形成、政策の執行は相互に密接に関係しあいなが
生した課題に対して、それらは同時並行的に機能す
ら一つの流れを作っている。このような国民の要望(入
る(D。その結果、たとえば解決すべき課題が発生し
力過程)、政策形成(変換過程)、政策の執行(出力過
た場合、その課題への取り組みが新たな課題を作り出
程)を一つの体系として捉えたのが、イーストン(D.
すことが少なからず生じる。その意味で政策過程は単
Easton)やシャーカンスキー(1. Sharkansky)らのシ
線的な流れとしてではなく、循環する連続した流れと
ステム論である。政治や行政の営みは、このシステム
して捉えるべきである。
論のなかで把握することができる。
図1 政治・行政における課題の流れ
システム論においては、入力過程、変換過程、出力
変化問題の
過程に至るまでの一連の流れによって行政・政治が捉
えられる(図1)。政策の決定権は政治家にあるため、
決定された政策が行政職員によって執行される過程が
(狭義の)行政システムということになる。しかし実
際には、国民の要望(入力)が政治争点として取り上
げられる過程や、政策が形成(変換)される過程にお
いても行政機構は極めて重要な役割を果たしている。
その意味で、政治システムと行政システムは明確に区
.雛
別されるものではなく、両者は重層的に機能している
と捉えるべきである。
厳密な意味での政策過程は、それぞれの政策ごとに
異なっている。しかし政策過程にはさまざまなケース
難嚢蕪叢鍵難鞭難
に共通するいくつかのステージがあるといわれる。そ
〔出典〕村松岐夫r行政学教科書』(第2版)有斐閣 2001年
一36一
行政・政治システムと政策過程に関する一考察
額の大枠を定め、これに合わせ歳入予算を編成し、公
2 行政システムと政策過程
債発行の規模や税制改正の要否などを決定する過程を
(1)行政機構内における法律の制定過程
指す。一方、ミクロ編成とは、各省庁から提出された
公共政策は予算の裏付けとともに法律的根拠を必要
概算要求を査定し、歳出予算の構成を細目に至るまで
とする。全ての法律は各省庁内で主管課が定められて
決定する過程である。経済安定機i能と所得再分配機能
おり、法律の立案から実施、また決定後の解釈に至る
の大綱はマクロ編成によって左右され、資源配分機能
までの権限がそれぞれの課に与えられているこれが、
と所得再分配機能の細目はミクロ編成の積み上げに
いわゆる原課主義である。政策は、まず決定権限のな
よって確定していくとされる(4)。
い行政職員によって起案され、作成された文書は、稟
わが国の予算編成作業は財務省主計局が中心となっ
議手続きに従い、課長から部局長、官房長、大臣へと
て進められてきた。しかし2001年の省庁再編のなか
順次押印され、省としての意思決定が行なわれていく
で内閣府に経済財政諮問会議が設置されることにな
ことになる。この点からすると、省庁においてはボト
り、政治主導の予算編成を目的とした改革が試みられ
ムアップ型の政策立案を行なっていることになる。し
た。経済財政諮問会議は、議長である首相、経済関係
かし省内の全ての意思決定が稟議制に従って行なわれ
閣僚及び首相が選任した民間人から構成され、ここで
ているわけではない。稟議制が用いられるのは、定型
予算編成の基本方針が決められた。経済財政諮問会
的な処理が可能な許認可などに限られている場合が多
議によって予算の全体像が示されると、財務省がそれ
い。省庁内における重要な政策は、根回しや会議など
を反映した予算要求の基準を各省庁に提示したのであ
を通じて関係者間に合意を作り上げることで実質的に
る。
決定されていくのであり、全てボトムアップで政策立
これを受けて、各省では各局の総務課が各部局の要
案が行なわれているわけではないのである(2)。
求事項を検討し、それを官房会計課に伝達する。各部
政策立案に関与しているのは、もちろん行政職員だ
局の予算要求にあたっては、シーリングとよばれる前
けではない。与党有力議員の果たす役割も無視できな
年度に対する要求比率の上限が定められており、会計
い。重要な政策に関しては各省の課内で協議する段階
課では各部局の要求を査定し、総額をその範囲内に収
から、課長及び課長補佐が族議員をはじめとした与
めようとする。会計課では各局の概算要求を判断する
党有力者に対し説明を行い、了解を取り付けるのが普
際、政策的な良否、財務省が認めるかといった経験的
通である。また、政策の立案に際しては、民間の専門
な採用可能性、実現可能性、積算の勘定の正確性など
知識を政策形成に反映させる目的で設置されている審
が基準になるといわれている(5)。そして官房会計課
議会の果たす役割も少なくない。政策は重要なもので
で省としての予算要求を取りまとめ、8月末に各省庁
あればあるほど、まず審議会に諮問し、その答申を参
はそれぞれが必要とする予算を概算要求として財務省
考にしながら行政職員が政策が立案することとなって
に提出する。
いる。現在でも多くの審議会が存在しているが、それ
その後9月から三カ月あまりにわたり、財務省(主
らは委員たちの専門知識を活かした答申を行なうこ
計局)が、各省庁からの説明を受けながら、概算要求
とで、政策立案に少なからず影響を与えているといえ
の査定を行なう。財務省の予算査定はインクレメンタ
る。しかし一方で、審議会委員に特定業界のメンバー
リズム(漸変主義)に従い行なわれている。インクレ
が入ることが多く、審議会は圧力団体の利益代表の場
メンタリズムとは前年度の予算を基準として、これに
になっているとの批判がでるなど、問題も指摘されて
僅かな増減を図ることで決定を行なう方式である。イ
ンクレメンタリズムは、予算編成上、限られたリソー
いる。
スを有効に使う上で大きな意味を持つが、日本におけ
(2)予算の編成過程
るそれは、省と省や政策分野間の予算配分比率を激変
政策は法律的な根拠とともに、予算の裏付けがあっ
させないようにするバランス志向が強いとされる(6)。
てはじめて実施できる。議員にも提出権が認められて
概算要求の査定の後、12月の中旬頃に財務省原案
いる法律案とは異なり、予算の原案を国会に提出でき
が各省庁に内示される。この内容をめぐって、各省庁
る権限は内閣だけが有している。従来より内閣は予算
と財務省主計局との間で復活折衝とよばれる再調整が
編成作業を財務省(主計局)に担わせてきたが、これ
行なわれる。各省の総務課長と財務省主計局主査の折
は戦前のシステムを踏襲したものであるとされる(3)。
衝(総務課長折衝)、局長と主計官の折衝(局長折衝)、
予算編成作業は、マクロ編成とミクロ編成の二つに
事務次官と主計局次長の折衝(次官折衝)を経て、大
大別することができる。マクロ編成とは、歳出予算総
臣と主計局長の折衝(大臣折衝)が行なわれる。12
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月下旬になると予算を主たる議題とする閣議が開かれ
が、原則として年度末までに議決しなければならない
る。これが予算閣議である。予算閣議に復活折衝の結
ことから、会期の半分近くは予算審議に多くの時間を
果が報告され、予算案が閣議決定される。
費やすことになる。大抵は年度内に予算が成立し、新
予算案は1月に召集される常会に提出され、衆議院
年度から予算が執行されるが、野党からの抵抗が激し
予算委員会での審査に付されることになる。予算は年
く3月末Elまでに成立の見込みがない場合、事務的な
度単位で実施されるため、原案は3月末日までに国会
経常経費に限って暫定予算を編成し国会の議決を求め
で成立するよう、政府・与党は努めるが、野党の抵抗
ることとなる。
が大きく4月にずれ込んだ場合には暫定予算が組まれ
また予算執行に関しては、まず年間の予算配賦計画
ることになる。なお、国会において野党が予算案の修
が策定される。行政機関の執行する予算は、この計画
正を強く要求しても、普通、予算の組替えは行なわれ
に基づいて配当されることになる。また予算が言義決さ
ない。国会で大幅な修正が加えられると、予算編成権
れた後、予算執行のための法令や通達などの整備が予
という政府の「聖域」が侵されると考えるからである。
算執行と併せて行なわれる。予算と政策は表裏一体で
予算の修正が不可避iである場合には、政府は自発的に
あるため、行政機関の実施する政策は予算配賦計画に
予算を組替え、その成立を図ろうとするのが一般的で
少なからず左右されることになる。
ある(7)。
決算過程は、予算が執行された次の年度に行なわれ
わが国の予算編成過程の特徴は、①3月末までに国
る。この過程は、行政機関が前年度の会計を整理し決
会で議決しなければならないという時間的な制約があ
算報告を作成する過程、会計検査院による会計検査、
るため、編成作業のスケジュールが厳格に設定されて
行政機関の決算報告及び会計検査院による会計検査が
いること、②予算拡大を求める各省庁と、全体を均衡
国会で審議、承認される過程から成る。通常、決算過
させるために査定を行なう財務省という、対立する役
程は一年以上にわたって行なわれることが多く、予算
割を担う二者間で折衝しながら意思決定を行なってい
案の作成、執行、決算という予算の循環はトータルで
ること、③省庁と財務省の二者の役割が折衝の進むな
3年以上かかっていることになる。従って、予算を執
かで攻守交代していること、④予算編成の作業が複雑
行する年度は、次年度の予算を編成する年度であると
であるため、個々の事項の意思決定が服すの人々の分
同時に、前年度の決算を行なう年度でもあることにな
業によって為されていること、⑤最終決定が終了する
る(10)。
まで全ての事項が仮決定の状態にあるのではなく、折
これまで、こうした予算編成の過程に関する理論が
衝の各段階で部分的に事項が確定されて決定を積み上
数多く提起されてきた。20世紀以降、行政の役割が
げる構造になっていること、などが挙げられる(8)。
飛躍的に増大し、いわゆる行政国家化が進んできた。
もちろん、わが国も例外ではなく、広範に存在する社
(3)予算編成の理論と会計検査
会問題や経済問題の解決のために、行政が積極的な役
予算は、①議会や国民による行政への統制、②行政
割を果たすことが期待されている。これに伴い、行政
管理の手段、③政策や計画の数字による裏付けと事業
が立案し、実施する予算の意味合いも年々大きくなっ
間の関連性強化といったさまざまな役割を果たしてい
てきたといえる。しかし予算規模が小さく、予算によ
るが(9)、その過程は、予算案の作成、執行、決算に
る政府への統制が可能であった時代とは異なり、今日
大別することができる。この、作成、執行、決算とい
では行政の事業が広範囲にわたり、また複雑になるな
う段階を順にたどることで、予算ははじめて意味をも
かで、予算措置に裏付けられた行政の施策を体系的に
つ。この一連の過程が、いわゆる「予算の循環(budget
捉えることが必ずしも容易ではなくなってきた。行政
cycle)」である。
の施策や予算を効果的に管理することが重要な問題に
予算案の作成過程は、さらに省庁内部で予算案を編
なってきたのである。
成する過程と、閣議決定された予算案が国会で審議、
行政活動を予算という観点から把握する代表的な枠
議決される過程とに分かれる。予算制度は会計年度単
組みには、たとえば伝統的予算、事業別予算、PPB
位で運営されているので、行政府による予算編成作業
S(Planning Programming Budgeting System:計画プ
及び国会での審議、議決手続きは、3月末日までに行
ログラム予算制度)などがある。村松によると、伝
なわなければならない。常会が1月に召集されること
統的予算では費目は数などで表されることになる(11)。
を考えると、予算案の作成は年内までに終了させてお
例えば警察でいえば、パトカーや人員や制服の数など
く必要がある。閣議決定された予算案は、1月の常会
である。これに対し、事業別予算では主として行政活
に提出される。常会の会期は150日と定められている
動に焦点が当てられる。パトカーの走行距離や逮捕率
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行政・政治システムと政策過程に関する一考察
などがそれに該当する。一方、PPBSとは、事業間
が依然として支配的であるために、決算に関しても注
に優先順位を付け、予算過程の合理化を目指すシステ
目すべき発見が困難であること、④財政民主主義の点
ム分析の手法である。ここでは予算における主たる関
から予算の執行に厳しい統制が加えられており、予算
心は政策目的に置かれ、たとえば犯罪の減少や秩序の
と決算に大きな乖離が生じていないこと、などが挙げ
維持といった、抽象性の高い基準で行政活動が把握さ
られる(14)。
れることになる。
わが国における決算過程では、各省庁と会計検査院
G.シュルツによれば、PPBSを構成する要素は、
の検査の均衡が問題であるとの指摘もある(15)。厳し
①行政活動の目標と目的を識別し、各プログラムの基
い検査を実施するとライン官庁の検査への協力が得ら
本方針について再検討すること、②各プログラムのア
れないというのである。こうしたジレンマをいかに解
ウトプットをその目的の観点から検討すること、③プ
消し、決算過程に意味をもたせられるかが、今日の大
ログラムの総費用を数年単位で測定すること、④年度
きな課題であるといえる。
単位の予算を超えた長期的プログラムを体系的に策定
すること、⑤さまざまな選択肢を検討しながら、プロ
グラムの目的を実現する最も効果的な方法を発見する
3 政治システムと立法過程
こと、⑥これらの手続きを予算査定システムの一部と
(1)委員会中心主義と法律の制定過程
して確立し、予算編成過程と統合すること、であると
行政と並び統治システムを構成するのは議会を中
される(12)。
心とした政治システムである。わが国議会の歴史は、
こうしたPPBSは、ケネディ政権下のアメリカ国
1890年(明治23年)の帝国議会にはじまる。帝国議
防総省で、またジョンソン政権下のアメリカの全省庁
会は、イギリスにならい本会議中心の読会制を採用し
で実際に採用されたことがある。現在、アメリカでは
ていた。法案の趣旨説明から採決に至るまでを、本会
PPBSは採用されていないが、この方式を採用して
議を中心とした審議によって進める制度である。通常、
いる国は少なくなく、PPBSは予算過程の合理化
読会制は法案の提案理由を説明し、審議を行うか否か
を進める上で大きな役割を果たした、との評価もあ
を決める第一読会、逐条審議を行う第二読会、法案の
る(13)。
採決を行う第三読会から成っている。典型的な読会制
また予算編成ほど注目を集めないものの、予算が適
を採用しているのは、イギリス議会であり、現在でも
正に執行されたかを検証する決算の手続きの果たす役
本会議中心の三読会制が用いられている。わが国の戦
割は無視できない。決算過程の中でも特に重要な役割
前の帝国議会においても、この三読会制が採用されて
を果たしているのが会計検査院による会計検査であ
いた。ただ、わが国の場合、イギリス議会とは異なり、
る。会計検査院は行政機関であるものの、憲法上、内
法案の委員会への付託は、第二読会の後ではなく、第
閣からは独立した組織であり、国の決算について検査
一読会における法案の趣旨説明終了後に行うこととさ
し、その検査報告を国会に提出することになっている。
れていた(16)。
会計検査院は予算執行が適法、正当であったかを判定
このような読会制を基本とした議事運営は、戦後、
することから、予算執行の点で行政統制を行なってい
GHQの指令によって大きく変わることになる。当初、
るといえる。
わが国は戦前よりも委員会審査を重視していくとしな
公債依存度が増大し国家財政が逼迫するなかで、予
がら、法案の趣旨説明を行う第一読会は残す方針でい
算がどの程度妥当なものであったのか、また予算は効
た。しかし、GHQ側から戦前の議事手続きの抜本的
率的に執行されたのか、予算を執行することで当初の
な改革を求められ、その結果、戦後の国会では読会制
政策目標はどの程度実現できたのか、といったことを
は姿を消すこととなった。
決算手続きのなかで検証する必要性は年々高まってい
GHQが日本側に求めてきたのは、アメリカ議会が
る。しかしそれにもかかわらず、予算編成に比して、
採用していた委員会中心主義の導入であった。アメリ
決算手続きは国民の問で必ずしも重視されてこなかっ
カでは、政党による所属議員の拘束力が極めて弱いの
た。その背景としては、①予算案が議決されてから決
で、政党間の討論によって政策が形成されるというよ
算の手続きが終了するまで一会計年度の予算過程の完
りは、個々の議員が自らの判断に従って立法活動に従
結に2年以上の時間がかかっていること、②国会にお
事することが多い。そのため多くの議員を構成員とす
ける決算審議のインパクトが弱いため、国会の決算審
る本会議では、法案の審議を行なうのは事実上不可能
議を通じて世論が喚起されることがほとんど期待でき
である。そこでアメリカでは、委員会審議を中心とす
ないこと、③増分主義に特色付けられる予算編成方法
る議事運営が次第に確立されていくようになったので
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ある。従って、委員会中心主義は、大統領制と強い関
国会の審議は形骸化してきた。このような状況を踏ま
連性のある制度なのである。
え、国会は官僚が作成した法案を通し、承認印(スタ
ところが、戦後わが国は、GHQの指導の下、こう
ンプ)を押すだけの「ラバースタンプ」に過ぎないと
したアメリカ流の委員会中心主義を国会運営の基本原
いう「国会無能論」が広まった。
則として採用することになった。党議拘束の有無など、
だが他方では、野党がある程度、法案阻止の機能を
制度面でかなり異なる日本の国会に、アメリカ的制度
果たしているとする見方もある。ただ、そこにおいて
が「接ぎ木」されたわけである。
も、わが国の国会の審議機能が高いとはされておらず、
現在の国会では、提出された法案は、提出者から委
審議を阻むいくつかの要因が指摘されている。その一
員会審査につき省略の要求が為されない限り、議長に
つが厳格な会期制である。
よって直ちに所管の委員会に付託される。委員会で実
わが国の国会は、先述の委員会定例日制のように、
質的な質疑、討論が行われた後、法案は本会議に上程
さまざまな制度や先例によって、法案の審議に用いる
され、最終的に採決される。
ことのできる時間が当初から限られているが、なかで
アメリカでは委員会で否決された法案は本会議に上
も会期制は重要である。わが国の国会の会期は通年で
程されないので、委員会はきわめて強力な権限を有し
はなく、常会、臨時会、特別会と断片化しており、そ
ている(17)。日本では委員会にそこまで強い権限は与
れぞれが完全に独立し、自己完結的なものとなってい
えられていない。委員会はあくまで予備的な審議機関
るため、次の国会に法案を継続させることは例外的に
とされているのであり、そこで否決された法案も本会
しかなされない。そのため、各国会で審議を完結させ
議にまわされ、本会議で賛成多数となればその院では
ねばならず、審議時間が制度上、非常に限定されたも
通過となる。委員会はあくまで予備審査機関なのであ
のになっている。政府・与党は行政の責任者として、
る。
この限られた時間の中で年間百本近い法案を成立させ
しかし、委員会中心主義を採用し、法案の実質的な
なければならない。
審査を委員会で行う場合、本会議での審議は形式的な
こうした状況を背景として、これまでの野党は政府・
ものに過ぎないものとなる。わが国の国会でも事実上、
与党に抵抗しようとする場合、討論をすることではな
本会議の審議ではなく、委員会における審査が、法案
く、審議時間のコントロール、つまり時間かせぎをす
の成否を大きく左右することになっている。
るという戦術に頼ってきた。議場封鎖や「寝る」とい
だが、わが国ではその委員会でも充実した審査が行
われる審議拒否、「つるし」などによって審議時間を
われてきたとは必ずしもいえない。各委員会には、予
さらに減少させると、政府・与党は行政の遂行に不可
め開会される曜日が定められる定例日制が採用されて
欠な法案まで成立させることができなくなってしまう
いるためである。定例日制に拘束力はないが、実際に
ため、野党に対し一定の譲歩を示すことになる。この
は定例に従い、委員会は週二∼三日程度しか開かれて
「取引き」の結果、五五年体制下においては、内閣提
いない。これが委員会審査の充実を妨げている大きな
出法案の20%近くが成立しないでいたのである(19)。
要因となってきたのである(18)。
このような与野党間の交渉に着目すると、単なる「ラ
また国会では、後述のような厳格な会期制の下、野
バースタンプ」と非難されている国会でも、野党が「審
党が審議引き伸ばし戦術を用いることで、委員会審査
議をしない」という選択をすることによって、国会が
を阻害することもある。通常、法案は直ちに委員会に
法案の成立を阻止しており、そのような否定的な形で、
付託されるが、重要な法案の場合、委員会審査に入る
立法機能を果たしていたともいわれてきたのである。
前に本会議を開き、提出者による趣旨説明を行うこと
しかし、このような機能を認めたとしても、国会が討
ができる。野党はこの制度を利用し、重要でない法案
論の機能を失っていることには違いない。
を含め、次々に本会議での趣旨説明を要求し、対決法
国会における討論の機能を低下させている要因は他
案が委員会での実質的な審査に入ることを阻止しよう
にもあり、特に与党審査が重要である(2°)。与党審査
とする(いわゆる「つるし」)。いずれにしても、委員
とは、内閣が国会へ法案を提出する前に、与党がその
会の審査機能をいかに充実させるかが今後の課題と
政策を審議しておくことである。民主党が与党となっ
なっている。
てからは、与党審査は必ずしも内閣提出法案の前提と
はされていないが、少なくともそれまでの日本の政治
(2)厳格な会期制と会期不継続の原則
システムにおいてはその果たす役割は極めて大きかっ
20世紀以降、行政国家化現象が進み、立法府の相
た。与党と内閣の緊密な関係を前提としている議院内
対的衰退が語られるが、わが国でも同じ傾向があり、
閣制では、党議拘束が重要なので、与党審査を行うこ
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行政・政治システムと政策過程に関する一考察
と自体は必ずしも不思議なことではない。しかしわが
しも一院制に固執していたわけではなく、日本政府が
国の場合、法案を国会に提出する前に与党審査を厳格
二院制を強く主張すると、GHQは参議院という形で
に行ない、与党はそこで決定する党議で両院の所属議
それを容易に受け入れた。GHQが重視していたのは、
員を拘束してしまうため、国会審議の入り口で確たる
一院制の実現よりも象徴天皇制と戦争放棄であったの
方針が定められてしまっていたのである。この結果、
で、一院制案を、象徴天皇制と戦争放棄を憲法に盛り
与党議員は法案の成立にしか関心がなくなり、国会審
込むための「取引材料」としていたのである。しかし、
議は形骸化してしまう傾向があった。
日本側のイニシアティブで新しい二院制が導入された
自民党の場合でいうと、政務調査会の部会でさまざ
が、その構想が十分に練られたとは言い難く、新憲法
まな政策に関する実質的な審議が行われ、その後総務
の両院制にはいろいろな問題点が含まれていた。その
会で党としての決定が行われる。通常、党決定された
ひとつが衆・参の権限関係である(21)。
政策のみが内閣提出法案として国会に提出されてき
参議院は衆議院の「カーボンコピー」に過ぎないと
た。審議段階から党議拘束がかけられていたこともあ
の観点から、参議院を廃止し、衆議院のみの一院制に
り、国会内で議員間の活発な議論は期待できなかった
改革すべきであるとの主張もある。ただ、一院制にす
のである。
るには憲法改正の発議iで、参議院議員の3分の2以上
この点、イギリスでは日本ほど厳格な与党審査を
が賛同する必要があるため、その実現の可能性は低い。
行っていない。与党の議員であっても、法案が提出さ
しかし、参議院が制度上、「カーボンコピー」のよ
れるまで内閣提出法案の中味を知らないということも
うになっているとの議論はミスリーディングである。
珍しくない。またイギリスの政党が党議拘束をかける
いうまでもなく憲法では、衆議院の「優越」が規定さ
のは、原則として審議段階ではなく、採決の時である。
れているが、実際には参議院の権限には強い一面があ
これにより審議の段階では自由な討論が可能となり、
る。先述のように、首相指名、予算議決、条約批准で
議会における討論機能が保障されているのである。わ
は衆議院の優越が規定されているが、法律案の審議で
が国の国会が真に「討論の府」となるためには、国会
は原則対等である。衆・参の議決が異なった場合、衆
制度の改革だけでなく、与党審査や党議拘束に代表さ
議院で三分の二以上の多数で再議決すれば法律を成立
させることが制度上は可能であるが、それは実際には
れるような政党内部の問題も検討する必要がある。
難しい。衆議院で成立した法案も、参議院で否決され
(3)参議院と両院協議会
ると事実上廃案になるわけで、参議院は「拒否権」に
わが国は二院制を採用しており、衆・参の権限関係
も似た強力な権限を有しているということができる。
についても検討する必要がある。戦前の帝国議会にお
実際には、そのことから、結果的に与党側は衆議院
いては、衆議院と貴族院から成る二院制が採用されて
だけの過半数ではなく、参議院での過半数確保に留意
いた。戦後は憲法制定過程の中で貴族院に代えて、新
するようになった。衆・参とも与党が過半数をおさえ
たに参議院を設けた。この経緯はわが国の二院制を考
ている結果が「カーボンコピー」のようになったわけ
える上で、重要な意味を持つ。
で、「カーボンコピー」は参議院の構造上の特徴では
日本国憲法は、戦後の占領下にGHQの憲法草案を
ない。かつて自民党が公明党と連立していたのも両院
土台として策定された。形式上は間接統治であったの
での過半数の確保のためであった。参議院で与野党が
で日本政府は存在していたが、その裁量権は限定され、
逆転したり伯仲した時に、格別の国会対策をして野党
GHQの占領方針の強い影響下におかれていた。
を懐柔したのも同じ理由による。
GHQの占領方針としてもっとも早いものは、1945
憲法上は衆・参の議決が異なる場合、両院協議会が
年10月のアチソンGHQ顧問による憲法改正12項目
開かれることとなっているが、この両院協議会も、あ
だが、その中で「貴族院の民主化」が求められてい
る非現実的な先例のために機i能不全に陥っている。協
る。戦前の帝国議会では、貴族院は非公選の皇族、華
議会の委員は、衆参同数の議員から構成されることと
族、勅撰議員などから構成されていたから、貴族院の
規定されているが(国会法89条)、先例により可決し
改革が要請されたのは当然であった。46年のマッカー
た議院では賛成した会派から、否決した議院では反対
サー・ノートでも、封建制度の廃止がうたわれていた。
した会派から委員を選ぶこととなっている。そのため
その後、GHQ案では戦後の国会は一院制となって
協議会では賛否同数で、しかも党から拘束を受けてい
いた。貴族制が廃止されることは決まっていたが、日
るため、議論は平行線をたどり、協議案は事実上ほと
本は連邦国家ではないので、それに代わる上院は不要
んど成立することはない(22)。アメリカなどでは重要
ということであったのである。しかし、GHQは必ず
な役割を演じている両院協議会も、わが国ではこの非
一41一
現実的な先例を放置しているために、機能できないで
第一は「アリーナ議会」である。イギリス議会が典
いるのである。
型だが、議会での討論を通じて争点を明確にするとい
このように参議院は事実上の強い権限を有している
う争点明示機能を主に果たしている議会である。議会
が、参議院に解散がないこともあって、難しい問題を
が討論の場、政策論争の場と考えられるものである。
引き起こしかねない。特に、衆・参のねじれが生じた
これに対して、第二の類型は「変換議会」である。ア
場合、打開の方法がないことである。現に、2007年
メリカ議会が典型だが、社会的な要求を法律に換えて
の参院選での与野党逆転により、そのような事態が生
いく変換の機能、政策というアウトプットを生み出す
じている。
機能を主に果たす議会である。
こうした問題に対し、斉藤朗参議院議長の私的諮問
両者については、ドイツ語の表現が日本語になじみ
機i関が、2000年に参議院改革の答申を提起した。そ
やすい。ドイツ語では、アリーナ議会は討論の場と
こでは、衆議院での再議決に際しての可決要件を過半
いうことで、「討論の議会」(Redeparlament)という。
数に緩和する、再議決には一定期間をおく、などの提
それに対して変換議会は、立法の具体的な作業をする
案がなされている。参講i院の権限を弱めるものだが、
議会という意味で「作業の議会」(Arbeitsparlament)
その上で参議院が衆議院とは別に自由に審議できるよ
という(26)。
うにすることを狙った提案である。
ポルスビーのいう変換議会の典型は、アメリカ合衆
また、衆・参には別の役割を期待されているが、現
国の連邦議会である。変換議会においては、議会は自
行の枠組みでは、国会法がそれを阻んでいる面がある。
律的に立法の役割を果たしているとされ、そこでは、
国会法は衆参を一律に規定しているため、各議院が自
どれだけ議会が法案作成に関わり、また提出された法
由に自らの議院の規則を制定できなくなっており、自
案が議会内でどれだけ修正されているかが重視され
律性が制約されている。国会法の多くの部分は、各院
る。
の規則(衆議院規則、参議院規則)に委ねられてよい。
徹底した三権分立の大統領制をとっているアメリカ
同時に、狭義の国会制度以外にも問題がある。先述
合衆国では、立法権は議会に属するものとされ、制度
のように各党は所属議員に対し党議拘束をかけるが、
上も大統領には法案提出権がない。政府提出法案はな
これが両院にまたがっていることが国会審議をさらに
いため法案は全て議員提出法案となる。またアメリカ
形骸化させている(23)。わが国では、委員会審査以前
の連邦議会においては、常任委員会における審査の過
から党議拘束がかかること自体問題だが、各党が衆・
程で法案に対する大幅な修正がしばしば加えられる。
参両院議員に対して同じ拘束をかけているのであり、
こうした要因によってアメリカの議会は、変換能力の
このことは先議院の通りに後議院も決定することを強
ある議会として位置付けられることになっている。
いるものであり、二院制の意義を低下させる要因と
このように、大統領制をとる国の議会は、変換議会
なっている。
に近いものになるが、議院内閣制の国にも変換議会が
ないわけではない。このタイプでは、議院内閣制の国
の場合、政府提出法案に比して議員提出法案がどれだ
4 議会類型論とわが国の国会
け多いかが重要とされる。ポルスビーは、アメリカに
(1)議会の類型
準じるタイプとして、オランダとスウェーデンを挙げ
議会には、立法、政府監視、代表、統合、利益調整、
ている。
争点明示、政治教育、正統性付与といった、実に多く
一方、アリーナ議会の典型はイギリスである。そこ
の機能がある。それらの役割はよく果たされている場
では法案を作成したり修正したりするよりも、議会に
合もあれば、そうでない場合もある。また国により、
おける討論により、政治的争点を国民に明示すること
それらの機能のいずれを重視するかで相違がある。そ
が主な役割とされる。実質的な政策形成は議会の以前
うした点に着目して、これまで各国の議会の機能を類
の段階で行われており、議会で法案が大幅に修正され
型化する試みがなされてきた。ミージー(M.Mezey)
ることはあまりない。政府によって提出された法案が
やワインバウム(M.Weinbaum)らの議会類型が有名
そのまま議会を通過、成立することが多い類型である。
であるが(24)、なかでもポルスビー(N. Polsby)の類
イギリス議会においては、政府によって提出される
型が、もっとも一般的なモデルとして知られる(25)。
法案が100%近く成立することも少なくなく、また議
ポルスビーは、各国の議会が争点明示機i能と変換機
員立法の成立率は2割弱に過ぎない。議会で法律を形
能のいずれを重視しているかによって、議会の類型を
成するというよりは、与野党間の論戦を通じて、国民
二つに分類した。
に争点を明示する役割を果たしているのである。
一42一
行政・政治システムと政策過程に関する一考察
イギリスのほかには、ベルギーやフランス(第5共
とした、議論を行う国会への改革が行われているが、
和制)の議会も典型的なアリーナ議会とされる。ドイ
「討論の府」としてのあるべき姿にはまだ程遠い。法
ツやイタリアの議会は、これに準じるものとして位置
形成の役割を果たしながら、いかにして討論(アリー
づけられている。
ナ)機能を確保していくという点でも、わが国の国会
は多くの課題を抱えているのである。
(2)議会類型と日本の国会
このように見てくると、国会を論じる際、ともすれ
わが国の国会は、長い間、国会は内閣が提出する法
ば評価の基準に混乱がみられることを指摘しておかな
案を単に通過、成立させるだけの「ラバースタンプ」
ければならない。議会とは立法府ということから、無
だと非難されてきた。そうした評価は、何ら議会の機
前提に変換議会(作業する議会)を理想化する議会が
能らしい機能を果たしていないということで国会無能
あまりにも多く、妥当な評価がなされてきたとはいい
論ともいわれる。つまり、わが国の国会はイギリス議
にくいのが現状である。しかし、アリーナ議会という
会のような討論機能、争点明示機能を果たしてきたと
別の基準でも機能は低く、そこでも問題は少なくない。
は言い難く、またアメリカ議会のような変換機能につ
いても果たしてきたとも評価されず、どちらの機能も
満足には果たされていないという、否定的な評価が支
配的だったのである。
結び
55年体制が崩壊し、2大政党制に近い状態が成立
しかし1980年代頃から、M.モチヅキ、岩井奉
してから既に久しいが、政策過程に関する議論はやや
信らによって別の見解が明らかにされるようになっ
錯綜していた面がある。本来、議院内閣制は行政シス
た(27)。国会、とりわけ野党の機能は一般に考えられ
テムと政治システムの密接な関係を前提としている
ていたほど低いわけではないという主張である。すな
が、それらを包括する視点は必ずしも重視されてこな
わち、国会では野党が、法案を阻止する上である程度
かった。同時に、わが国はイギリスと同じ議院内閣制
の機能を果たしてきたとの説である。例えば、55年
を採用していながら、これまでそれを前提とした視点
体制下のわが国の国会では、政府提出法案の成立率
から国会を評価づける試みはあまり行われてこなかっ
は概ね80%前後にとどまっていた(28)。90年代以降
た。暗黙のうちに、アメリカ型のような議会がモデル
は、政府提出法案の成立率が多少上がるが、それで
とされ、議員立法の数や法案の修正が国会機能の基準
も100%近く成立するイギリスなどに比べると、わが
とみなされることが多かったのである。しかし立法部
国の成立率はかなり低いのである。野党が望まない法
と行政部の融合が前提となっている議院内閣制におい
案の成立が阻止されているということであり、これは
ては、そうした基準で機能を評価することは必ずしも
これで国会のひとつの機能とみなければならない。換
適切でなく、イギリス議会でみられるようなアリーナ
言すれば、日本の国会は、ブロンデルのいうヴィス
機能が果たされているかで評価する方が自然なのであ
コシティの強い議会だと評価することができるので
る。
ある(29)。
この点から検討すると、わが国の国会は、55年体
また、わが国における議員立法についてみてみると、
制下においては、アリーナ機i能を十分に果たしてきた
成立率は2割弱であり、アメリカ議会などにくらべる
とは言いがたい。理由の一つは、政権交代の可能性が
と確かに高くはない。しかし、わが国は政府と議会の
乏しいために、野党の国会戦術が極めて特殊なものに
緊密な関係を前提とする議院内閣制を採用しており、
なっていたことである。会期が断片化している上に、
立法は全て議会の役割とするような大領統制ではない
当該会期末までに採決が行なわれない場合、法案は原
ため、議員立法の多寡やその比率をもって議会として
則として審議未了廃案となる。従って、国会には、法
の国会の機能の強弱を論じるのは妥当といえない面が
律を成立させる上で、極めて高いハードルがあること
ある。変換議会(作業する議会)という基準だけで、
になる。野党はこうした制度や慣行を利用しながら、
わが国の国会を論じるのは適切ではないのである。
討論ではなく、審議拒否や審議引き延ばしを図ること
では「アリーナ議会」(討論の議会)としての機能
によって、対決法案を廃案に追い込もうとしてきた。
はどうであろうか。わが国の国会については、他国に
これにより野党の主張の一部は政策に反映されたが、
比べ審議時間が極端に短いといった問題がよく指摘さ
反面、国会における討論の機能が失われることとなっ
れる。これは野党が政府・与党への抵抗の手段として、
ていた。野党のこうした戦術が意味を持ってきたのは、
審議拒否や議場封鎖といった「審議を行わない」戦術
55年体制下で一党優位政党制が固定化し、政権交代
を多用してきたためである。近年、党首討論をはじめ
の可能性が極めて低かったからである。
一43一
従来のように審議引き延ばしを図り、政府提出法案の
103頁
(19)伊藤光利r国会のメカニズムと機能」日本政
阻止を図るというのとは別の野党像を考える必要があ
治学会編『年報政治学 政治過程と議会の機能』
る。討論を通じて、国民に争点を明示し、次の選挙で
岩波書店 1987年、曽根泰教・岩井奉信「政
政権交代を狙うのが、アリーナ型の議会での野党の姿
策過程における議会の役割」日本政治学会編『年
である。もちろん、ある程度の法案修正までも排除す
報政治学 政治過程と議会の機能』岩波書店
る必要はなく、可能な修正は行う必要がある。その意
1987年、岩井 前掲 140−142頁
味では、フランスやドイツやイタリアなどの「準イギ
(20)読売新聞社調査研究本部編 前掲 341−342頁
リス型」、つまり討論の議会に準じる国会像を模索し
(21)前田英昭『国会と政治改革』小学館 2000年
ていくことが求められる。民主主義を機能不全に陥ら
(22)大石眞『議会法』 有斐閣 2001年
せないためには、行政・政治システム全体を傭撒しつ
(23)加藤秀治郎『憲法改革の政治学』一藝社
つ、その問題を改善する新たな視点が必要なのである。
2002年
しかし現在、実際に政権交代の可能性がある以上、
(24)岩井 前掲 9−11頁
【注】
(25)Polsb防Nelson W,“Legislatures,”in F.1.Greenstein
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(27)Mochizuki,Mike,M.Managing and lnf Zuencing the
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(28)岩井 前掲 86−87頁
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(29)Blondel, Jean, Comψarative Legislatures・P「intice−
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(5)村松 前掲 126頁
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