における視覚体験としての舞踊…古後奈緒子…

んでいる。
『ア テ ネ の廃 嘘 』 に お け る
視 覚 体 験 と して の舞 踊
大阪大学大学院 古後奈緒子
今 世 紀 初 頭 の ウ ィー ンの 舞 踊 芸 術 に関 す る言 説
に は, 19世 紀 の 遺 産 を引 き継 い だ バ レエ 作 品 一豪
華 な舞 台 美 術 と衣 装, 大 き な フ ォ ー メー シ ョン を
特 徴 と し, バ レ リーナ の 人 気 と技 巧 を前 面 に押 し
出す よ う な-に 対 す る二 つ の姿 勢 を読 み と る こ と
が で きる。 ウ ィ ー ンの 伝 統 と して 肯 定 す る もの と,
芸 術 的 ま た は社 会 的 な視 点 か ら批 判 す る もの とで
あ る。 リ ヒ ャル ト ・シ ュ トラ ウス が 芸術 監 督 を務
め た時 代(1919年 ∼1924年)の 国 立 歌 劇 場 には,
具 体 的 な方 向 性 の 違 い こそ あれ, 後 者 の 立 場 を と
るバ レエ 制 作 者 が 集 った 。 以 下 に と りあ げ る祝 祭
劇 『ア テ ネ の廃 嘘 』(1924年9月20日 ウ ィー ン初 演)
は, 作 曲家 シ ュ トラ ウス, 文 学 者 フー ゴー ・フ ォ
ン ・ホ ー フマ ンス ター ル, 振 付 家 ハ イ ン リ ヒ ・ク
レー ラー, 舞 台美 術 家 ア ル フ レー ト・ロ ラー に よ っ
て試 み られ た, 総 合 芸術 と して の 舞 台 舞 踊 の刷 新
の 一 例 で あ る。製作 の軸 となったホ ーフマ ンス ター
ル の 意 図 と手 法 は, 以 下 の よ うに読 み と られ る 。
原 本 は, ル ー トヴ ィ ヒ ・ヴ ァ ン ・ベ ー トー ヴ ェ
ンの バ レエ 音 楽 『プ ロメ テ ウス の創 造 物 』 と, ア
ウ グス ト ・フ ォ ン ・コ ツ ェブ ー の戯 曲作 品 『ア テ
ネの 廃 嘘』 で あ る。 これ ら を下 敷 き とす る こ との
意 図 は, ヨー ロ ッパ 文 化 の 源 で あ る ギ リシ ャを舞
台 に, 文 化 の 創 造 へ の 意 志 に絡 む 主題 を展 開 す る
こ と にあ る。 主 人公 は, ホ ー フマ ンス ター ル の 同
時 代 の 文 化 状 況 に対 す る 危 機感 を反 映 して, ギ リ
シ ャの 地 に理想 を求 め る 「異 邦 人」 と され た 。彼
の 理 想 探 求 の 過程 が, 現 代 ギ リシ ャの風 土 や古 代
ギ リ シ ャの 舞 踊 文化 との対 時 にお い て綴 られ て い
き, 最 終 場 面 の 女神 ア テ ナ との結 婚 を 暗示 す るパ
レー ドで 理想 との 合 一 が 果 た され る 。 こ の結 末 に
至 る 過 程 と, そ の舞 台上 に お け る視 覚 化 の手 法 に
は, ホ ー フマ ンス ター ル が抱 く舞 踊 の理 想 を実 現
化 す るた め の 次 の よ うな 戦 略 が認 め られ る 。
ホ ー フマ ンス ター ル の舞 踊 表 現 の理 想 を一 言 で
ま とめ る な ら, そ れ は, 人 間存 在 の 内面 に お け る
生 の 充溢 一 主客 が消 滅 す る儀 式 的瞬 間 で もあ る 一
を 「マ イ ム 的表 現 」 に お い て 開示 す る こ とで あ る。
この マ イ ム 的表 現 は劇 行 為 を説 明す る もの で は な
く, 物 語 に お い て言 語 が 沈 黙 す る場, 意 味 の空 白
にお い て感 性 的 に作 用 す る 。 こ の こ と と関連 して,
『ア テ ネ の廃 嘘 』 の主 人 公 と して理 想 を追 う異 邦
人 は, 劇 行 為 の積 極 的 な担 い手 とい う よ りむ しろ,
受 動 的 な鑑 賞 者 とい う性 格 を与 え られ て い る。 彼
の 目を通 した イ メ ー ジ の連 続 とい う形 で 進 行 す る
場 面 は, 以 下 に説 明 さ れ る よ う に, 結 末 へ と到 達
す る た め に段 階的 に設 け ら れ た認 識 の 契 機 を は ら
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作 中 で 異邦 人 は, イ ス ラ ム支 配 に よ っ て荒 廃 し
た ギ リ シ ャの風 土 を 目 に した後, ア ク ロ ポ リス の
丘 に向 か い 求 め る理 想 を吐 露 す る。 そ こで 表 され
る主体 の 消 滅, 対 象 との一 体 化 とい っ たモ チ ー フ
は, 異 邦 人 の願 い に呼 び 出 さ れ た古 代 ギ リ シ ャの
輪 舞 Reigen に彼 が 参 加 す る こ とで 満 た さ れ た か
の よ うで あ る 。 しか しそ れ は夢 の 中で の 出 来 事 で
あ り, バ ッ カ ス 祭 へ と盛 り上 が る段 階 で 現 実 に
戻 っ た 異邦 人 は これ を拒 否 す る。そ れ に よっ て 「よ
り高次 の理 想 」 を求 め る に至 っ た彼 は, この 願 い
に呼 び 出 され た パ レー ドにつ い て 行 く。 こ のパ
レー ドが マ イ ム 的 な表 現 に よ っ て実 現 され な け れ
ば な らな い箇 所 で あ り, 具 体 的 な表 現 内 容 一 高次
の理 想 の 内容 一 につ い て は知 ら され ない 。 ホ ー フ
マ ンス タ ー ルが ギ リシ ャ旅 行 か ら起 草 した テ クス
ト 「ギ リシ ャ で の数 々の 瞬 間 」 を参 照 す る と, 彼
自身が 旅 の途 上 で体 験 した神 秘 的 な視 覚体 験 一彫
刻 の鑑 賞 の最 中 に もた ら され た 認 識 主体 の解 体 と
対 象 との合 一 一へ と至 る過程 と, 以 上 の 台本 進 行
との 間 に平 行 性 を読 み と る こ とが で き る。 した
が っ て, 台 本 にお け る よ り高 次 の 理想 とは, この
二 元 論 に立 つ 認 識 にお け る主 客 の 関係 の解 体 が,
視 覚 に お い て体 験 され る こ とだ と考 え られ る 。 そ
して, 主 人 公 が 基 本 的 に見 る 者 と して性 格 づ け ら
れ て い る こ と に よ り, 鑑 賞 者 が 主 人公 の視 点 を通
して こ れ ら舞 台 上 の 事 象 一古 代 ギ リ シ ャの舞 踊 ⇒
司 祭 の率 い るパ レー ドー に向 き合 う と き, 彼 と同
じ舞 踊 観 賞 の プ ロセ ス を追 う こ とが で きる仕 組 み
に な っ てい る。
『ヨセ ブ伝 説 』,『カル ナ ヴ ァル 』 に続 きホ ー フ
マ ンス タ ール 作 品 に取 り組 ん だ ク レー ラー は, こ
の祝 祭 劇 の 要 で あ る舞 踊場 面 の現 実化 にお い て も,
ホ フマ ン ス タ ール か ら高 い評 価 を受 け て い る 。 そ
の振 り付 け ノ ー トか ら, ク レー ラー が1915年 に発
表 した 『バ ッ カス 祭 』 を下敷 き に した 『ア テ ネ の
廃 嘘 』 へ の 改 訂 が 詳細 に知 られ る 。 そ こで は主 人
公 が 舞 踊 を視 覚 的 に体 験 す る か, そ れ に巻 き込 ま
れ るか が 振 り付 けの フ ォー メ ー シ ョ ン に明確 に反
映 され てい る。 また, ロ ラー の舞 台美 術 も, 舞 踊
を見 せ る第 二 場 面 で は プ ロセ ニ ア ム ア ー チ を枠 と
す る絵 画 的 な構 図 を とる の に対 し, 理 想 が 体 験 さ
れ る第 三 場 面 はそ れ を象徴 す る た め の 道具 で あ る
階 段 を多 用 し, 客席 を見 つ め か え す彫 像 に両 脇 を
守 られ て い る。 これ らの例 は, 観 賞 を とお して儀
式 的 な舞 踊 に参 加 し, 理想 との合 一 を果 たす とい
うホ フマ ンス ター ル の祝 祭 劇 の意 図 を, 効 果 的 に
実 現 す るた め の 配慮 と捉 え られ る 。
以 上 の よ う に 『ア テ ネ の廃 嘘 』 は, 視 覚 体 験 を
重 要 な契 機 と して執 筆 され る ホ ー フ マ ンス タ ー ル
の 演 劇作 品 一般 の 中 で も, 際 だ っ て見 る とい うこ
と を前 に押 し出 した作 品構成 とな っ て い る。 そ の
主 題 と作 品構 成 の手 法 に は, 舞 台 舞 踊 芸 術 に お け
る実験 精 神 が うかが え る。