対照構文文法にむけて―英語の because 構文と日本語の

対照構文文法にむけて―英語の because 構文と日本語のカラ構文― *
(Towards Contrastive Construction Grammars:
Because Constructions in English and Kara Constructions in Japanese)
金谷
優(Masaru Kanetani)
筑波大学大学院(University of Tsukuba)
キーフレーズ:対照構文文法、因果構文、推論構文、because、カラ
1.はじめに
生成文法の分野では盛んに対照研究がなされているが、構文文法の分野において
は、その文法理論が注目されるようになって久しいにもかかわらず、個別言語の構
文についての詳細な研究が進む一方、対照研究にはあまり注意が払われていない(cf.
Weilbacher and Boas 2006)。Östman and Fried (2005)は、(1)のように述べ、構文文法
理論における通言語的な対照研究の必要性を強調する。
(1)
[A] great amount of detailed and cross-linguistically oriented work needs to
be carried out in order to determine what, if any, types of meaning-form
patterns may have universal validity.
(Östman and Fried (2005:9))
本稿では、構文文法の分野における対照研究の事例として、英語の理由を表す接続
詞 because が用いられる構文と日本語の理由を表す接続助詞カラが用いられる構文
とを比較・検証し、(1)で述べられている提言に応えることを目的とする。具体的に
は、Kanetani (2006)の提案する英語の因果関係・推論過程を表す構文の性質は、日
本語においても同様に観察されることを指摘することで、これらの構文の性質が日
英語に共通であり、英語の because に関する Kanetani の構文文法的観察は、通言語
的に(少なくとも日英語においては)妥当であることを示す。
本稿の構成は以下の通りである。2節では、対照構文文法がどのような概念なの
かを示すために Weilbacher and Boas (2006)の研究を概観する。3節では、because が
用いられる文を構文文法的アプローチで捉えた Kanetani (2006)を概観し、英語の
because 構文がどのような性質を持つ構文なのかを明らかにする。4節では、3節で
行った観察を日本語のカラ構文に援用し、日本語の理由を表す構文がどのような特
徴を持っているのかを考察する。5節では、本稿の結論を述べる。
2.対照構文文法
Weilbacher and Boas (2006)は、英語とドイツ語の様々な構文を対比させ、英独語の
どの構文間に普遍性があるのかを記述する。本節では、Weilbacher and Boas の研究
を概観し、対照構文文法の基本的な考え方を示す。まず、(2a)のような英語の Just
because X doesn’t mean Y(JB-X DM-Y)構文と(2b)のようなドイツ語の対応する構文
を比較してみよう。
(2)
a.
Just because John is rich doesn’t mean that he’s happy.
(Hirose (1991:19) [斜体字は著者])
b.
Nur weil
ich Linguist bin, bedeutet nicht, dass ich viele Sprachen
only because I
linguist am means
not
that I
many languages
spreche
speak
‘Just because I’m a linguist doesn’t mean I speak many languages.’
(Hirose (1999:606f.))
重要なことは、両言語で同じ意味を表すために、極めて類似した語彙・統語フレー
ムを用いているという点である。Weilbacher and Boas によると、同じような意味が
極めて類似した形式に写像されているこのような意味と形式の対応パターンは、通
言語的に一般化する際、個別言語ごとの指定を多く必要としない普遍性の高い構文
パターンである。
次に、Weilbacher and Boas に従い、英語の動詞 beat を用いた結果構文(e.g. (3a-e))
とそれに対応するドイツ語の構文(e.g. (4a-e))を対照させてみよう。
(3)
(4)
a.
They beat the olives out of the tree.
b.
They beat the eggs creamy.
c.
They beat the pebbles to a fine dust.
d.
They beat some sense into these people.
e.
The mob beat them to death.
a.
Sie schlugen die Oliven vom Baum.
b.
Sie schlugen die Eier schaumig.
c.
Sie zermahlten die Steine zu Staub.
d.
Sie überzeugten diese Leute.
e.
Der Mob schlug sie tot.
((3)-(4): Boas (2003:353) [斜体字は著者])
(3)-(4)では、両言語の結果構文を対照し異なる部分を斜体字で表している。例えば、
英語では全て同一の動詞 beat を用いて表す意味をドイツ語では異なる動詞を用いて
いる。また、(3e)と(4e)を比較すると、「死ぬまで殴った」という同一の事態を表す
際、英語では前置詞句 to death と動詞 beat の組合せを用いるのに対し、ドイツ語で
は形容詞 tot ‘dead’と動詞 schlug ‘beat’との組合せを用いている。このように、両言
語でその統語パターンは大きく異なり、動詞 beat を用いる結果構文を通言語的に一
般化する際、動詞の選択、結果句の範疇などのような情報を個別言語ごとに細かく
指定する必要がある。したがって、当該構文は、通言語的に普遍性の低い構文パタ
ーンであるということになる。
このように、対照構文文法は、JB-X DM-Y 構文のような《通言語的に観察される
極めて類似した構文パターン》から動詞 beat を用いた結果構文のような《個別言語
ごとにより多くの制約を必要とする構文パターン》まで連続体をし、通言語的に一
般化する際、個別言語ごとの制約・情報・指定がより少なければ少ないほど、その
構文パターンはより普遍的だと言える。
3.英語の because 構文
英語の理由を表す接続詞 because には、あるできごとの原因を導く用法と推論の
ための根拠を導く用法がある(e.g. Jespersen (1949), Rutherford (1970), Sweetser (1990),
中右 (1994), 廣瀬 (1999) など)。
(5)
a.
The ground is wet because it has rained.
b.
It has rained, because the ground is wet.
(5a)の because 節は地面が濡れている原因を表し、(5b)の because 節は雨が降ったと
結論付けるための根拠を表している。Kanetani (2006)は、(5a, b)のような文をそれぞ
れ because 因果構文、because 推論構文と呼び、その意味と形式の対応関係を(6a, b)
のように定式化する(cf. 廣瀬 (1999))。1
(6)
a.
b.
because 因果構文 2, 3, 4
Sem:
P(roposition)1 is a cause of P2
Syn:
C(lause)2 because C1
because 推論構文
Sem:
P1 is a premise from which to draw the conclusion that P2
Syn:
C2, because C1
(6a)の because 因果構文は、主節と because 節が強く結びつき、全体でひとつの情報
単位として捉えられるのに対し、(6b)の because 推論構文は、主節と because 節がそ
れぞれ独立した情報単位として捉えられる。このことは、我々が因果関係や推論過
程をどのように捉えるのかを言語形式に反映したものであり、この構文の特徴によ
り、先行研究で指摘された様々な言語現象を包括的に説明することができる。以下、
本節では Kanetani (2006)の議論を概観する。
まず、原因 because 節(e.g. (7a))は主節の疑問のスコープに入るのに対し、推論
because 節(e.g. (7b))は主節の疑問や否定のスコープに入らない(cf. Rutherford
(1970))。
(7)
a. Is the ground wet because it has rained?
b. Has it rained, because the ground is wet.
(7a)では文末に上昇音調が現れることから「雨が降って地面が濡れた」かどうかを
疑問の対象にしていることが分かる。一方、主節の後に上昇音調が現れる(7b)は、
「雨が降った」かどうかだけを疑問の対象にしている。すなわち、(7a)は文全体で
ひとつの発話行為(i.e. 疑問)を表すのに対し、(7b)は文全体で二つの発話行為(i.e.
疑問+陳述)を表しているということになり、このことは、それぞれ既に述べた因
果構文、推論構文の特徴により説明される。5
次に、Lakoff (1987)が「陳述の発話行為構文」と呼ぶ構文(e.g. 話題化、修辞疑
問文、SAI など)が、(8a)のように原因 because 節には生起できないが、(8b)のよう
に推論 because 節には生起できる。
(8)
a. * He’s not going out for dinner because Japanese food, his wife is cooking.
b.
I think we have more or less solved the problem for donkeys here, because
those we haven’t got, we know about.
(Guardian [online])
発話行為構文は文字通り単独で発話行為を表すので、(8b)の推論 because 節は、主節
からは独立した陳述の発話行為を表していることになる。一方、(8a)の原因 because
節に発話行為構文が容認されないのは、文全体でひとつの発話行為を表す必要があ
るためである。
第三に、原因 because 節は because of NP の形に名詞化できるのに対し、推論 because
節は名詞化できない。
(9)
a.
John is not coming to class because of his sickness.
(廣瀬 (1992:85))
b. * He’s not coming to class, because of his having just called from San Diego.
(Rutherford (1970:105)
名詞化された because 節は発話行為を表すことができないので、単独で発話行為を
表す必要がある推論 because 節を(9b)のように名詞化することはできない。一方、原
因 because 節は文全体で表される発話行為の一部に過ぎないので、(9a)のように、問
題なく名詞化することができる。
第四に、原因 because 節は分裂文の焦点位置に現れるのに対し、推論 because 節は
分裂文の焦点位置に現れることはない(中右 (1994))。
(10) a.
It’s because he’s sick that he isn’t coming to class.
b. * It’s because he just called from San Diego that he’s not coming to class.
(中右 (1994:162))
一般に、it is X that Y の形の分裂文においては、X が焦点化され、それに伴って Y
は背景化されるという特徴がある(cf. Lambrecht (1994))。推論構文においては、
主節も because 節もそれぞれ独立して主張される必要があるので、(10b)のように主
節が背景化されるような情報構造は容認されない。一方、因果構文は文全体でひと
つの情報単位として捉えられるので、その一部を焦点化したり背景化したりしても
容認される(e.g. (10a))。
最後に、Quirk et al. (1985)が排他詞(exclusives)と呼ぶ焦点化副詞(e.g. just, simply,
only, precisely など)で原因 because 節は焦点化することができる(e.g. (11a))が、
推論 because 節は焦点化することができない(e.g. (11b))。
(11) a.
He went to college simply because his parents asked him to.
(Schourup and Waida (1988:95))
b. * It has rained, just because the ground is wet.
(Kanetani (2007:342))
紙幅の都合上、詳しく述べることはできないが、because 節焦点化の可否に関しても
因果構文と推論構文の特徴が関係している(詳細は Kanetani (2007)を参照)。
以上、本節では、5つの観点から原因 because 節と推論 because 節の振る舞いの違
いを観察し、これらが因果構文と推論構文の特徴 ―すなわち、前者は全体でひとつ
の情報単位として捉えられるのに対し、後者は全体で二つの情報単位として捉えら
れるという特徴― によって説明されると論じた。
4.日本語のカラ構文
英語の接続詞 because 同様、日本語の接続助詞カラにも原因用法(e.g. (12a))と推
論用法(e.g. (12b))がある。6
(12) a.
b.
太郎は花子を愛しているから戻ってきた。 (Higashiizumi (2006:117))
太郎は戻ってきたから、花子を愛しているのだろう。
(ibid.: 118)
ここでは、この二用法を「カラ因果構文」「カラ推論構文」として、それぞれ(13a,
b)のように定式化する。
(13) a.
b.
カラ因果構文
Sem:
P1 は P2 の原因
Syn:
C1 カラ C2
カラ推論構文
Sem:
P1 は P2 と結論付けるための根拠
Syn:
C1 カラ、C2
3節では、①疑問のスコープ、②because 節内の発話行為構文、③because 節の名
詞化、④分裂文による because 節焦点化、⑤排他詞による because 節焦点化の5つの
観点から原因 because 節と推論 because 節の振る舞いの違いを観察し、それぞれ
because 因果構文と because 推論構文の特徴により説明できることを示した。本節で
は、これら5つの観点からカラ因果構文とカラ推論構文の振る舞いを検証し、これ
らの構文がどのような特徴を持っているのかを考察する。まず、カラ節が疑問の作
用域に入ることができるか否かについて、日本語は抑揚言語ではないため、明確な
イントネーションの違いを観察することは困難であるが、(14)-(15)のような対話文
を考えることで、どのような疑問のスコープを形成するのかを知ることができる。
太郎は風邪をひいたから授業に来ないの?
(14) A:
ううん、太郎は風邪をひいたから学会に来ないのではなく、二日酔
B:
いだから授業に来ないのだよ。
太郎は大阪から電話をかけてきたから、学会に来ないの(かなあ)?
(15) C:
D: # ううん、太郎は大阪から電話をかけてきたから学会に来ないのでは
なくて、花子がそう言っていたから学会に来ないのだよ。
D’:
ううん、太郎は大阪から電話をかけてきたけど、学会には来るよ。
話者 B, D, D’の「ううん」は、それぞれの文の下線部「太郎が風邪をひいたから学
会に来ない」「太郎が大阪から電話をかけてきたから学会に来ない」「学会に来な
い」ことに対して否定している。7 カラ因果構文の疑問文(i.e. (14)における話者 A
の発話)に対しては、話者 B のような関係否定の文で答えることができる一方、カ
ラ推論構文の疑問文(i.e. (15)における話者 C の発話)に対しては、話者 D のよう
な関係否定の文で答えることはできない。C の発話に対して容認される返答は、話
者 D’のような主節否定の文のみである。すなわち、カラ因果構文の疑問文では「風
邪をひいたこと」と「学会に来ないこと」の間にある因果関係を疑問の対象にでき
るのに対し、カラ推論構文の疑問文では、主節で表されている「学会に来ないこと」
しか疑問の対象にできないということである。このことから、カラ因果構文は文全
体を疑問の終助詞「の」のスコープにとることができるのに対し、カラ推論構文は
主節しかスコープにとることができないということになる。これは、それぞれ
because 因果構文、because 推論構文と同じ振る舞いである。
第二に、(16a, b)に示すように、「は」話題化(cf. Maki et al. 1999, Haegeman 2002)
が、原因カラ節には生起できないのに対し、推論カラ節には生起可能である。
(16) a. ?? 太郎の宿題は花子がやったから太郎は先生に怒られた。
b.
君の宿題は僕がやっておいたから、一緒に遊ぼうよ。8
ここで、(16a)が容認されないのは、目的語要素が文頭にあるためではないことが、
(17)の文が容認されることによって示される。
(17)
太郎の宿題を花子がやったから太郎は先生に怒られた。
(17)は、(16b)と異なり、文頭の目的語要素がヲ格で表示されている。これはかき混
ぜであり、かき混ぜは(話題化文とは異なり)いわゆる主節現象ではない(cf. Saito
1989)。すなわち、(16a)が容認されないのは、カラ節内の目的語要素が文頭にある
ためではなく、カラ節内に話題化が生じているためである。つまり、英語の because
節同様、日本語でも原因カラ節には話題化が容認されないのに対し、推論カラ節に
は話題化が容認される。
第三に、名詞化について、(18a, b)に示すように、原因カラ節は NP ノタメという
形にできるが、推論カラ節はそれができない。
(18) a.
太郎は風邪のため学会に来ない。
b. * 太郎は大阪からの電話のため、
(名古屋での)学会に来ないだろう。
この点に関しても、英語の原因 because 節/推論 because 節と平行的な振る舞いを示
すことが分かる。
第四に、(19a, b)に示すとおり、原因カラ節は分裂文の焦点部位に現れることがで
きるが、推論カラ節は分裂文による焦点化ができない。
(19) a.
太郎が授業に来ないのは風邪をひいたからだ。
b. * 太郎が授業に来ないのは大阪から電話をかけてきたからだ。
分裂文による原因カラ節/推論カラ節の焦点化に関しても、それぞれ原因 because
節/推論 because 節と平行的な振る舞いを示す。
最後に、排他詞に相当すると考えられる日本語の「ただ」で原因カラ節を焦点化
した(20a)は容認されるが、推論カラ節を焦点化した(20b)は容認されない。9
(20) a.
太郎は、ただ花子を愛しているから戻ってきたのだ。
b. * 太郎は、ただ戻ってきたから、花子を愛しているのだろう。
排他詞による原因カラ節/推論カラ節の焦点化に関しても、それぞれ原因 because
節/推論 because 節と平行的な振る舞いを示す。
5.結論
3節および4節での観察は、(21)のようにまとめられる。
(21)
表:日英語における因果構文と推論構文の従属節の振る舞い
原因 because/カラ節
推論 because/カラ節
広いスコープ
OK
*
発話行為構文
*
OK
名詞化
OK
*
分裂文
OK
*
排他詞による焦点化
OK
*
このように日英語の原因 because 節/カラ節と推論 because 節/カラ節の振る舞いが
平行的であるということは、両言語の話者が因果関係・推論過程を把握する際、極
めて類似した認知メカニズムを用いていることを示している。これは、構文文法理
論が以下の引用に示されるよう文法観を持っていることからの帰結である。
(22)
Construction Grammar should be consistent with what we know about
cognition and social interactions.
(Östman and Fried (2005:1); cf. Fillmore, et al. (1988))
すなわち、文法を我々の認知や経験に関する知識を反映したもであると捉えること
で、因果関係・推論過程に関する認知基盤をも日英語で共有していると言える。
最後に、(1)の問い(i.e., what, if any, types of meaning-form patterns may have universal
validity?)に立ち返ると、日英語の因果構文と推論構文は、個別言語ごとの制約をあ
まり必要とすることなく一般化することが可能な、通言語的に普遍性の高い構文パ
ターンであると言える。10 重要なことは、どちらの言語においても、因果構文の主
節と従属節は強く結びつき全体でひとつの情報単位として捉えられるのに対し、推
論構文の主節と従属節はそれぞれ独立した情報単位として捉えられるということで
ある。
注
* 本稿は、日本英語学会第 25 回大会(2007 年 11 月 10 日、於:名古屋大学)にお
ける口頭発表に加筆修正を行ったものである。発表および本稿執筆の際、貴重な
ご意見を頂いた先生方にお名前を記して感謝申し上げる:岩田彩志、岡崎正男、
加賀信広、児玉一宏、島田雅治、中野弘三、西光義弘、西山佑司、廣瀬幸生、和
田尚明(敬称略)。
1
because 因果構文を Kanetani (2006)では単に「因果構文 (causal construction)」と
呼んでいるが、第4節で取り扱う「カラ因果構文」と区別する必要があるため、
本稿では「because 因果構文」と呼ぶ。
2
P1, P2 は、それぞれ C1, C2 の表す命題内容を指す。
3
because 節の前置された[Because C1, C2]も because 因果構文の事例である(廣瀬
(1999), Kanetani (2006))が、本稿では議論の対象としない。
4
because 因果構文と because 推論構文は、メタファーリンクによって関連付けら
れる(Sweetser (1990), 廣瀬 (1999), Kanetani (2006))。
5
ひとつの発話行為がひとつの情報単位に相当すると仮定する(cf. Haliday (1985),
McCarthy (1991))。
6. Higashiizumi (2006)は、英語の because と日本語のカラを通時的観点から比較し、
両言語において推論用法は因果用法から拡張したと議論する。本稿では、史的発
達は考慮しないが、本稿での主張は、推論用法の because 節/カラ節の方が因果
用法のそれより独立節的であるという Higashiizumi の観察と合致する。
7. 話者 D’の発話のうち、「学会に来る」というのは、すなわち「学会に来ないこ
とはない」ということであり、「学会に来ないの」という話者 C の疑問に対す
る否定を表している。
8. (16b)は、Sweetser (1990)に従えば、認識領域ではなく、発話行為領域で機能する
カラ節になる。Kanetani (2006)は、Sweetser の発話行為領域で機能する従属節も
まとめて推論構文と呼ぶ。本稿では Kanetani に従い、(16b)のように、主節が発
話行為(i.e. 勧誘)を表す構文も推論構文の事例と考える(詳細な議論は Kanetani
(2006:28f.)を参照)。
9. 『研究社新和英中辞典』は、副詞「ただ」に merely, simply, only, solely の訳を与
えている。Quirk et al. (1985)によると、これらの焦点化副詞は全て排他詞に分類
されるので、ここでは「ただ」を日本語の排他詞に相当する副詞と考え議論を進
めていく。
10. ただし、因果構文・推論構文を通言語的に一般化する上で、個別言語ごとの制約
がまったく必要ないということではない。例えば、語彙の選択、語順などは、個
別言語の文法により決定されるため、通言語的に一般化することはできない(cf.
Weilbacher and Boas (2006))。このことはすべての構文に関して言えることであ
る。つまり、個別言語ごとの制約なしに通言語的な一般化ができるのは、語彙や
語順の指定を捨象した部分のみである。
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