マネジャー後任候補の 選定・育成 10のポイント

─ 特集 4 ─
マネジャー後任候補の
選定・育成 10のポイント
将来を見据え、マネジャー層の
サクセッションプランをどう進めるか
人事部門に求められる重要な責任の一つに、途切れることなく会社のトップまたは役員レ
ベルの経営者層を確保する、その候補者に当たる部課長を中心としたマネジャー層を育成
するといった、いわゆるサクセッションプラン(後継者育成計画)がある。サクセッショ
ンプランは経営者層を対象とする取り組みから始まったが、戦略や組織が複雑化する中で
重要なポジションについては内部から確実に人材を登用する必要性の高まりを受け、現在
ではマネジャー層にも適用されている。日本企業でも、ここ数年でマネジャー層を中心と
したサクセッションプランへの注目が急速に高まっている。そこで本稿ではマネジャーの
後任候補を選定・育成する上でのポイントを10項目に絞って解説していく。
ヘイ コンサルティング グループ
柏倉大泰(かしわくら ともひろ) シニアマネージャー
複数のコンサルティング会社にて組織・人材開発領域のコンサルティングに従事した後、2007年に
ヘイグループに入社。製薬、製造、金融など幅広い業界において、戦略の実行に向けてリーダーシッ
プおよび組織開発のプロジェクトを経験。一橋大学社会学部卒業、エグゼクティブクラスのリーダー
シップ開発に特化したビジネススクールである IMDにて経営学修士取得。
■関連記事案内
事例
◦進化する次世代経営人材育成策(アサヒビール/Nitto/ポーラ・オルビスホールディングス/
MSD)
◦注目される後継者確保策 サクセッションプランの実際(日本 GE/花王/良品計画/帝人)
第3884号(15. 3.13)
解説
◦変革期における経営幹部人材の開発(齊藤義明)
◦サクセッションプラン構築のポイントと実際(川上真史)
第3843号(13. 4.12)
第3822号(12. 5.25)
調査
◦人事担当者アンケートから見る これからの管理職育成
◦人事部課長に聞いた 人事戦略の現状と課題
第3827号(12. 8.10)
第3813号(12. 1.13)
第3822号(12. 5.25)
[注] このほかの記事については、弊誌会員向け WEBサイト『WEB労政時報』(https://www.rosei.jp/readers/)の「労政時報検
索」をご活用ください。
労政時報 第3896号/15.10. 9
103
特集 4
1.マネジャー層におけるサクセッションプランの
重要性
人材育成や部門間を定期的に異動させる均一的な
まずは、今、なぜ日本企業においてマネジャー
人材育成など、これまでの人材育成のやり方では
層のサクセッションプランへの注目が高まってい
激しい競争を勝ち抜く上で必要な人材が確保でき
るか、その背景から見ていきたいと思う
[図表 1 ]
。
ないとの危機意識があるといえよう。
筆者の属するヘイグループがリーダーシップ開
また、こうした問題意識は他の調査結果にも見
発に優れた企業の取り組みの動向を分析するため
られる。例えば、国際競争力調査でも知られるス
に毎年実施している「ベスト・リーダーシップ企
イスのビジネススクール IMDが2014年に発表した
業調査」の2014年の結果を見ると、リーダーシッ
「ワールドタレントランキング調査」では、日本は
プ開発に優れている企業としてグローバルで選出
総合で28位という評価となっている。その内訳を
されたトップ20
[参考]
の企業と日本企業の平均と
見ると、従業員教育は世界 3 位と大変高い水準と
を比べた場合、日本企業では経営者層のみならず、
評価されているのに対して、マネジャー教育では
その候補者に当たるマネジャー層も含めて、あら
49位と一気に順位を下げている。日本の外からの
ゆる階層で優秀な人材を確保することが大きな課
客観的な視点から見ても日本企業ではマネジャー
題として認識されている
[図表 2 ]
。トップ20以
育成に課題があると認識されている[図表 3 ]。
下、世界平均ともいえるその他企業の結果の平均
しかし、日本企業でマネジャー層のサクセッショ
と比較しても同様の傾向である。
ンプランに注目が集まっている最も大きな理由は、
「あらゆる階層で優秀な人材を確保することが大
組織内の年齢別の社員構成にある[図表 4 ]。日本
きな課題」であるというこうした問題意識の背景
企業で、いわゆる成果主義の人材マネジメントの
には、事業がグローバル化・複雑化する中で、専
導入が進んだ2000年前後、最も人数が多かったの
図表 1
104
門性を重視した機能部門・事業部門単位の閉じた
サクセッションプランと従来型の後任登用の比較
サクセッションプラン
従来型の後任登用
目 的
後任候補の質・量を長期的に高め、事業
戦略実現に最適な人材を計画的に補充
特定ポジションに対する最適な後任を、
検討が必要になったタイミングで存在す
る内外候補者の中から補充
後任候補
の見方
積極的 – 最適な後任候補は生み出すもの
受動的 – 最適な後任候補は生まれてくる
もの
判断基準
事業起点 – 主に事業計画との整合性
人事起点 – 主に後任候補の過去の評価
検討期間
長期間 – 短くて 1 年、長くて10年
短期間 – 数カ月から 1 年
検討範囲
広範囲 – 直属部下に限らず階層や部門を
またいで検討
限定的 – 一般的には直属部下または類似
するポジションの現職者
労政時報 第3896号/15.10. 9
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
は50〜54歳と部長相当の役職に就くことが期待さ
上の大きな課題であった。そこから約15年後の現
れている年齢層であったため、当時はサクセッショ
在、最も人数が多い年齢層が40〜44歳に移ったこ
ンプランというよりもポジション数が限られた部
とで、部下を持つライン管理職と部下を持たない
長相当の役職に誰を就けるかが人材マネジメント
非ライン管理職、そして非管理職層にとどめる社
員をどのように選別するかが大きな人材マネジメ
参考
2014年 グローバルランキングトップ20企業
15年間で組織内の年齢構成は完全に逆ピラミッド
1
Procter & Gamble
11
PepsiCo
2
General Electric
12
Toyota
3
Coca-Cola
13
Accenture
4
IBM
14
Siemens
5
Unilever
15
Telefónica
6
Intel
16
BASF
7
McDonald's
17
Johnson & Johnson
8
Samsung
18
Citigroup
9
3M
19
IKEA
10
Hewlett-Packard
20
Pfizer
型へと移行していくため、年齢が高くなるほど人
数が多くなる供給側の事情と、国内市場の停滞に
より今後ますます上位階層ほどポジション数が少
なくなる需要側の事情とのミスマッチに対して計
画的な対応が迫られている。つまり、今後は従来
型の後継者登用では立ち行かないことが予測され、
これこそがマネジャー層のサクセッションプラン
に注目が集まっている理由となっている。
資料出所:へイグループ「ベスト・リーダーシップ企業調査」
(以下、[図表 2 、 6 、 8 〜 9 ]も同じ)
[注] 1. 実施年:2014年。
2. 参加企業数:115カ国2100社 1 万8000人、うち日本
企業56社(外資系企業の日本法人を含む)559人。
3. 調査方法:オンライン方式で、質問に対して各階
層(経営者を含む)の社員が自社について回答。ま
たベスト・リーダーシップ企業にふさわしい会社へ
の投票を依頼。双方の結果からリーダーシップ開発
に優れた企業をグローバルで20社選出。
図表 2
ント上の課題となっている。そして、これからの
図表 3
IMDワールドタレントランキング 2014
日本は、総合28位
「従業員教育」 3 位
「マネジャー教育」49位
資料出所:IMD「World Talent Report 2014」
日本企業におけるサクセッションプランの運用実態
84 50 43
肯定的回答率(%)
80 47 25
会社は戦略を遂行する上で
重要となる役割の後任候補
者を積極的に管理している
会社は、社員が最も重要な
役割につけるような体系的
なキャリアパスや職務を備
えている
83 57 43
70 44 24
す べての階層の社員に、
リーダーシップを発揮する
ために必要な能力を身につ
け実践する機会がある
●トップ20 ●その他企業 ●日本平均
すべての階層のリーダー
シップのポジションに空き
があれば、そのポジション
につく用意のある優秀な候
補者が社内に十分いる
労政時報 第3896号/15.10. 9
105
特集 4
2.サクセッションプランの狙い
者層や組織内に数多くは存在しない特殊なポジ
それではマネジャー層のサクセッションプラン
ションに対して活用されるケースが一般的であ
を考える上では、何から考えていけばよいのだろ
る。実際の運用では、リスト方式で名前が挙げら
うか。各社のサクセッションプランの実態を見る
れた後任候補が必ずしも対象ポジションに登用さ
と、さまざまなアプローチが存在するが、それは
れるわけではないが、組織として重要なポジショ
各社の追求する目的が異なっていることに起因し
ンを補充する上で十分な後任候補が確保されてい
ている。そこでまずはサクセッションプランの目
るか定期的に検証することが主な狙いとなる。
的とアプローチについて考えていこう。サクセッ
ションプランを目的とアプローチという観点から
[2]
プール方式
見ると、
「リスト方式」と「プール方式」の二つに
プール方式は、対象ポジションの補充を目的と
大別される
[図表 5 ]
。
しつつも、一定の階層に対する後任候補を“群”
として管理し、選ばれた後任候補の育成をより重
[1]
リスト方式
視する方式である。プール方式では、機能別、地
リスト方式とは、対象ポジションと後任候補を
域別、事業別などの大まかな区分ごとに、部長候
結びつけて後任候補を一覧できるリストとして管
補、課長候補など組織内にポジションが多数存在
理する方式である。特定のポジションに対して後
する一定の階層に対して活用されるケースが一般
任を確実に補充することを目的にしている。経営
的である。全般的な能力向上を目的とする集合研
図表 4
日本の年齢層別人口分布
2000年
2013年
90歳以上
90歳以上
90歳以上
85~89歳
85~89歳
85~89歳
80~84
80~84
80~84
75~79
75~79
75~79
70~74
70~74
70~74
65~69
65~69
65~69
60~64
60~64
60~64
55~59
55~59
55~59
50~54
50~54
50~54
45~49
45~49
45~49
40~44
40~44
40~44
35~39
35~39
35~39
30~34
30~34
30~34
25~29
25~29
25~29
20~24
20~24
20~24
15~19
15~19
15~19
10~14
10~14
10~14
5~ 9
5~ 9
5~ 9
0~ 4
0~ 4
0~ 4
0
200 400 600 800 1,000
(万人)
0
200 400 600 800 1,000
(万人)
資料出所:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集−年齢階級別将来推計人口」
106
2030年
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0
200 400 600 800 1,000
(万人)
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
修や階層別研修とは異なり、選別された後任候補
を確保することが難しくなっている。そのため、
に対して将来的に担うことが期待される対象ポジ
優秀な人材が結果として現れるのを待つのではな
ションを念頭に教育・配置を個別に検討し、中長
く、未来志向で積極的に育成していくように、自
期的な観点から育成することが主な狙いとなる。
社の事業環境を踏まえて効果的な目的とアプロー
自社で最適なサクセッションプランを構築・運
チを検討することが重要となっている。
営していく上では、まずは目的に照らし合わせて
いずれのアプローチを採用するか検討することが
3.登用要件の明確化
重要となる。実態としては、企業や事業の規模に
サクセッションプランの目的とアプローチが確
もよるが、管理するポジションの数が限定されて
定した段階で、次に検討すべき点は経営の観点か
くる上位階層ほどリスト方式で、個別の管理が難
ら見た「求められる人材の登用要件」である。サ
しい課長相当の初級管理職についてはプール方式
クセッションプランにおける人材の登用要件を検
を混在させて適用しているケースが多く見られる。
討する上では、
「量的要件」と「質的要件」の両面
しかし、今後の事業展開がこれまでの延長線上に
から考えることが重要となる。
はないとの問題意識に立っている日本企業が多い
ことも後押しして、ここ数年ではプール方式を上
[1]
量的要件
位階層に対しても適用し、 1 階層前の人材にこだ
量的要件は、現在および将来の事業計画・規模
わらずに、これまでとは異なる人材を中長期的か
から求められる要員数に大きな影響を受ける。例
つ計画的に育成しようとの動きが活発化している。
えば、今後の国内事業の縮小と海外事業の拡大を
いずれの方式を採用するにせよ、これまでの事
考慮し、どこのどのようなポジションを将来的に
業・機能単位で閉じた直線的なアプローチや、事
充足させる必要があるかを量的に整理したものが
業・機能をまたいで均一的にローテーションさせ
量的要件となる。すでに管理職以上に役割・職務
ら せん
る螺旋的なアプローチを踏襲するだけでは現在の
基準の人材マネジメントが適用されている場合に
グローバル化・複雑化した事業の運営を担う人材
は純粋にポジション数を集計すればよい。ただし、
図表 5
リスト方式とプール方式
リスト方式
対象ポジション
A部 部長
プール方式
対象ポジション
○○部 部長
対象ポジション
○○部 部長
対象ポジション
○○部 部長
後任候補⑴
△課 課長
△△△△氏
後任候補⑵
□課 課長
□□□□氏
後任候補⑶
☆課 課長
☆☆☆☆氏
確実な補充を重視し、後任候補を
対象ポジションに結びつけて管理
後任候補群
△課 課長 △△△△氏
□課 課長 □□□□氏
☆課 課長 ☆☆☆☆氏
△課 係長 ▲▲▲▲氏
□課 係長 ■■■■氏
……
長期的な育成を重視し、一定の階層に
対する後任候補を群として管理
労政時報 第3896号/15.10. 9
107
特集 4
「副○○」
「担当○○」といったポジションが多く
プ20の企業では、その他の企業に比べて戦略の実
存在するなど、管理職以上で職能的な運用がされ
行面を重視しているように見られる[図表 6 ]。
ている場合には、現状の人員数と事業規模から必
要要員数を類推しなければならない。
これは事業がグローバルに展開されるほど事業
環境の複雑性やイベントリスクにさらされる可能
[2]
質的要件
性が高まるため、不透明かつ不安定な状況でも戦
質的要件とは、将来の事業戦略を実行する上で
略を実現する能力が重視されているためだろう。
人材に求められる知識や経験などの能力面での要
事業戦略を実行する上で重要となる人材要件は、
件である。将来の事業戦略を実行する上で人材に
同じ組織でもさまざまな要因により刻一刻と変化
求められる質的な要件が明文化されていない場合
していくため、量的要件に加えて質的要件につい
でも、事業戦略の実行に必要な人材の要件につい
ても定期的に十分検討することが日本企業では特
て理解しているライン管理職がサクセッションプ
に重要なポイントといえる。
ランの議論に入ることで、後任候補として求めら
れる人材要件を考慮に入れることができているケー
4.後任候補の規模と選定のタイミング
スもある。また、経営理念や価値観に基づいた人
登用要件の次に検討すべき点は、後任候補の規
材の在り方が組織内で明確に共有されている組織
模と選定のタイミングである。規模と選定のタイ
でも安定的に優れた人材を輩出しているケースが
ミングは、サクセッションプランの目的とアプロー
見られる。しかし、実態としては多くの日本企業
チに大きく影響を受けるが、大別すると「需要ベー
では要員数などの量的要件にとどまり、この質的
ス型」と「供給ベース型」に分けられる。
要件については十分議論が尽くされていないケー
スが少なくない。一方で、グローバル展開してい
[1]
需要ベース型
る企業では将来求められる要件を共通言語として
需要ベース型は補充が必要なポジションの数に
コンピテンシーを用いて設定しているケースも多
対して 1 〜 5 人程度の後任候補を想定し規模を設
い。戦略実現に求められるコンピテンシーはさま
定する方法で、リスト方式の際に採用される。特
ざまだが、
「ベスト・リーダーシップ企業調査」の
徴は対象ポジションと後任候補が明確に結びつけ
結果を見ると、リーダーシップ開発に優れたトッ
られている点にある。そのため選定されるタイミ
図表 6
今後のリーダーに求められる要件
Q.今後10~15年であなたの会社がリーダーに対して最も価値をおくことは何ですか?
108
トップ20
その他企業
日本平均
1 .顧客やその他の外部のステー
クホルダーへのフォーカス
2 .イノベーションをリードする
3 .新しい考えに対して機敏で好
奇心を持ちオープンである
4 .境界を超えてパートナーシッ
プを築くコラボレーション
5 .実行へのフォーカス
1 .イノベーションをリードする
2 .顧客やその他の外部のステー
クホルダーへのフォーカス
3 .効果的な上層部チームをリー
ドする
4 .会社のより大きな目的を考え
ることにより社員をエンゲー
ジする
5 .企画力・組織力
6 .決断
1 .グローバルリーダーシップ
2 .イノベーションをリードする
3 .決断
4 .新しい考えに対して機敏で好
奇心を持ちオープンである
5 .境界を超えてパートナーシッ
プを築くコラボレーション
6 .倫理および社会的責任
労政時報 第3896号/15.10. 9
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
ングは 1 階層前が一般的である。需要ベース型で
ミングは 1 階層前ということではない。供給ベー
後任候補を選定する場合、事業部別組織の場合に
ス型で後任候補を選定する場合には、特定の事業
は事業単位、機能別組織には機能単位など、比較
や機能で絞り込むのではなく、幹部候補、部門長
的大きなくくりで母集団を形成するケースが多
候補など、育成施策の階層に応じたくくりで母集
い。例えば、ある事業部に部長のポジションが10
団が形成されるのが一般的である。最近の傾向と
あり、後任候補を 1 ポジション当たり平均 3 人選
しては、若手人材、いわゆる係長相当の段階から
出することを目標とした場合、後任候補の規模は
早期に選定を始める日本企業が増えている。その
全体で30人となり、その内訳は主に課長ポジショ
背景には、従来の延長線にとらわれずに事業の戦
ンの現職者となる。ただし、リストに挙げられた
略を描き実現できる人材を輩出したいとの期待に
ことは昇進を保証するものでもなく、リスト外と
加えて、前述した逆ピラミッド型の人員構成のた
された人材の昇進の可能性を排除するものでもな
め管理職への早期抜擢のニーズが高い。供給ベー
い。後任候補自体も定期的に見直されるのが一般
ス型を採用している企業でも、プールされた人材
的な運用である。また、需要ベース型の対象ポジ
以外を後任候補として登用するケースも珍しくな
ションは必ずしもマネジメントポジションだけで
い。供給ベース型は、必ずしも補充を目的とはせ
なく、例えば高度な熟練が求められる金型技術者
ず、育成に主眼が置かれるため、必要な後任候補
など、組織の業績に大きな影響を与えるエキスパー
の規模が特定の育成施策では充足できない場合に
トポジションにも適用される。選定の基準は、
〈A
は、必然的にその他の人材も後任候補として検討
人材〉すぐに登用可能、
〈B人材〉 3 年以内に登用
に含めることになる。
ばってき
可能、
〈C人材〉登用に 3 年以上要する─等の区
分が用いられる。需要ベース型のサクセッション
5.後任候補の選定方法
プランでは、対象ポジションをいつでも担えるA
サクセッションプランのアプローチ、登用要件
人材を多様かつ豊富に確保することでベンチ・ス
と規模・選定タイミングが確定した段階で、よう
トレングス(人材の量・質の充実度)を高めるこ
やく後任候補の選定に入る。後任候補の選定を大
とが最重要テーマとなる。
別すると、過去の評価による「積み上げ方式」と
一定の基準を設けて人材を選定する「試験方式」
[2]
供給ベース型
がある。
供給ベース型は、社内の選抜研修やアクション
ラーニングプログラムに参加できる人数など、育
[1]
積み上げ方式
成できる人数を基準に後任候補の規模を設定する
特定ポジションの確実な補充を目的としたリスト
方式で、プール方式の時に採用されることが多い。
方式を採用している企業の場合は、過去の人事考
プールされた人材を定期的に入れ替えるため、プー
課の結果にライン管理職の推薦を加味して選定する
ルしておく人材規模に制約を設けているケースも
積み上げ方式が採用されているのが一般的である。
あるが、特定の育成施策を通過した人材はすべて
積み上げ方式は、ポジションに求められる要件が大
プールしておく企業が多く見られる。供給ベース
きく変わらない場合には説明性が高く、運用負荷も
型の場合には、対象ポジションと後任候補は緩や
低い方法といえる。一方で、事業環境が急激に変
ひも
かに紐づいているか、いくつかのグループに緩や
化している状況では、ライン管理職や統括される部
かに束ねられているかであり、必ずしも選定タイ
下の視点から見た望ましい後任候補と、人事部門が
労政時報 第3896号/15.10. 9
109
特集 4
過去の人事考課結果を基に用意した後任候補とが
6.後任候補の育成
大きく異なるケースが増えている。事業や地域にお
後任候補が特定された後に、後任候補の育成段
ける競争環境がますます個別化・複雑化しているた
階に入る。しかし実態としては、育成施策まで展
め、人事部門だけでは個別の事業ニーズをすべて把
開できている企業は多くない。日本企業に限らず
握することが難しくなっていることが原因といえる。
グローバル企業でも後任候補を選定するにとどまっ
ているのが現状である。特に補充を目的としたリ
[2]
試験方式
スト方式・需要ベース型のサクセッションプラン
積み上げ方式では、十分に事業ニーズを反映す
を採用している企業では、後任候補の規模も数百
ることが難しくなっているため、日本企業でも積
人単位に上ることが多いため、人事部門だけでは
み上げ方式を採りつつも、今後求められる要件を
十分な育成が難しいことが主な原因である。また、
基準として試験方式を併用する企業が増えてい
プール方式・供給ベース型を採用している企業で
る。試験の方法としては、アセスメントセンター
も、育成的な関与を早めるタイミングが従来の課
が日本企業でも浸透してきている。アセスメント
長クラスから係長クラスへと早期化しているため、
センターとは、従来の論文や面接に加えて、第三
これまで以上に育成施策が複雑化してきている。
者が評価を行うもので、仮想の状況におけるロー
そのため、リスト方式・プール方式のいずれに
ルプレイやディスカッション、ケーススタディを
も共通する成功の要因として、育成計画の立案・
通じて複数の参加者の能力の水準を一定の要件に
実行にライン管理職が積極的に関与し、後任候補
照らし合わせて評価するプログラムである。管理
一人ひとりにとって育成上望ましい経験をデザイ
職経験が必ずしもない後任候補に対して、課長な
ンしていくことが挙げられる[図表 7 ]。特に現在
どの初級管理職相当の役職への昇進可能性を検証
のように毎年の組織変更が常態化している状況で
する際に活用されることが多い。また、最近、先
は人事部門だけでは対応が難しく、ライン管理職
進的な企業においては、アセスメントセンターと
と協力して現場に即した対応を検討することが不
は異なり、将来的に求められる人材要件の意識づ
可避となっている。
けと能力開発の加速を促すディベロップメントセ
経験をデザインしていく上では、人事部門なら
ンターという育成を主な目的とした取り組みも進
びにライン管理職が職務についての理解を深める
められている。ディベロップメントセンター導入
ことが必要である。育成目的で後任候補が現在
の背景には、単なる選定では終わらずに、すべて
担っている職責よりもストレッチした経験をする
の施策を人材の育成につなげるとの発想がある。
機会を提供する上では、①専門知識、②問題解決、
部長など管理職を統括する役職に対する試験の
③成果責任・権限の三つの観点から職務を考える
方法としては、多面観察と実務における実際の行
ことが有効である。
動に関するインタビューを用いるのが最も一般的
な方法である。多面観察ではリーダーとしての適
110
[1]
専門知識
性や周囲に与えている影響を調査する。インタ
専門知識の観点からは職務に必要な専門知識や
ビューでは組織として期待される要件が実務でど
多様な組織の統括力を高めることが考えられる。
の程度、どのように発揮されているかを確認する
例えば、これまで製造部門を担当していた後任候
コンピテンシーベースのインタビューが広く用い
補に技術部門の統括も併せて任せるといった方法
られている手法である。
である。
労政時報 第3896号/15.10. 9
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
[2]
問題解決
でもよいのでとにかくリストに名前を入れたくな
問題解決の観点からは、既存の枠組みにとらわ
るのが心情だろう。しかし、マネジャー層のサク
れずに、戦略や新たなアプローチの構想を求める
セッションプランで後任候補が育っていない場合
ことが考えられる。典型的な施策がクロスファン
には、無理に後任候補を特定する、または外部採
クション(組織横断型の問題解決)のプロジェク
用を検討するのではなく、まずは当該ポジション
トで、組織上の権限や肩書を付与せずに一段高い
に至るまでに経験することが必要となるクリティ
視座から事業について構想する機会を提供する方
カルロール(当該ポジションへの昇進要件として
法である。
大きな影響を与える職務・役割の経験)を特定す
ることをお勧めする。
[3]
成果責任・権限
例えば、ある事業部で収益全体の責任を担う部
成果責任・権限に関しては、例えば部長代行や
長ポジションの後任候補であれば、それまでに当
副部長といった組織上の責任や権限を明確に付与
該分野全体を俯瞰して統括する企画職としての経
することで、 1 階層上の職務を上長の補佐を受け
験と、開発・営業・製造・管理のいずれかの機能
ながら体験することを通して育成を促す施策が考
で現場を管理する経験を経ることが望ましいだろ
えられる。
う。そうした場合、企画職と機能長ポジションが
後任候補を効果的に育成していく上では、組織
部長ポジションに至るまでのクリティカルロール
の実情を見ながらライン管理職がこれら三つの観
といえる。このポジションの現職者ならびに後任
点を組み合わせて後任候補にふさわしい育成の場
候補について綿密に検討することが、部長ポジショ
をデザインしていくことが重要となる。
ンの後任候補を拡充することへの効果的な施策と
ふ かん
なる。
7.後任候補が育っていない場合の対応策
また、直属部下の中から後任候補が見つからな
特定ポジションへの補充を主な目的とするリス
い場合には、後任候補検討の範囲を広げて、後任
ト方式・需要ベース型のサクセッションプランで
候補の“群”をまたぎ、事業・地域・機能横断で
は、適切な後任が見つからない場合には、消去法
後任候補を共有することも有効である。特に日本
図表 7
アプローチごとの育成のポイント
リスト方式・需要ベース型
プール方式・供給ベース型
規 模
サクセッションプランの対象となるポジ
ションに対して 1 ~ 3 人の後任候補
アクションラーニングや選抜研修など、
特定の育成施策の参加者の累積
後任候補と
なる対象
対象ポジションの直属部下、または類似
するポジションの現職者を中心に検討
直属部下に加えて、機能・事業・地域や
階層をまたいで広く検討
見直し期間
毎年洗い替え
見直しはせず
評価制度
教育・研修、配置・登用
連携を要する
主な人事施策
育成の狙い
成功の要因
対象ポジションのベンチ・ストレングス
(人材の量と質の充実度)の拡充
戦略遂行に必要な人材群の中長期的な確
保
育成に必要な経験を積むための機会を確保するためにライン管理職の積極的な関与
労政時報 第3896号/15.10. 9
111
特集 4
国内では特定の機能だけではなく、事業全体の収
秀者の多くが、過去の成功によるつまずきに陥っ
益を統括する職務が限られているため、組織横断
ている。そうした優秀者に対しては、弱みを補強
の観点で海外拠点やグループ会社を含めて、収益
する取り組みではなく、
「ディレイルメント(脱線
全体の責任を伴う職務をクリティカルロールとし
や停滞)
」と呼ばれるキャリア上の課題を補正する
て積極的に活用することが重要である。業界や企
取り組みが重要となる。ディレイルメントとして
業規模によって大きく異なるが、例えば、一つの
代表的に挙げられるのは、[図表 8 ]に示した八つ
商品・サービス群として年間売上30億〜50億円の
のリスクである。
収益責任を担い、そこから年間売上300億〜500億
特に30代のキャリアでの成功が40代、50代での
円の事業という単位の収益責任を担い、最終的に
キャリアのつまずきとなっているケースが多いた
は年間売上3000億〜5000億円の全社または事業本
め、社内でハイポテンシャルと見込まれている人
部を担うキャリアの連続性を、事業・地域・機能
材ほど、育成においてはディレイルメントにつま
をまたいで担保できるようにクリティカルロール
ずかないように周囲からの丁寧な支援がその後の
を選定していくことが重要である。
成長にとって重要となる。
日本企業の中でも組織の垣根を越えたサクセッ
ションプランや人材育成を進めるために、人材の
8.後任候補の定期的な見直し
目利きを専門に行う担当者を設置し、グローバル
サクセッションプランのプロセスが整備され、
でタレントの発掘に注力する企業や、事業・地域
後任候補が選出された後も、後任候補を定期的に
横断で人材情報を共有し、全社最適の人材配置を
見直すことが必要となる。後任候補の見直しは、
志向する企業が増えつつある。こうした体制を整
前記4.で示した選定の規模とタイミングに大きな
備しつつも、後任候補が十分育っていない場合に
影響を受ける。「需要ベース型」では、人材の確実
は、現職者に対する丁寧な対応が最も重要となる。
な補充が必要となる特定ポジションの数を基準に
後任候補が育たない原因はさまざまだが、最も
後任候補を考えるので、後任候補を毎年洗い替え
多いケースは、過去の成功がさらなる成長でのつ
するのが一般的である。これは毎年の組織変更が
まずきの原因となっている場合である。
「今のポジ
常態化しているため、補充対象となるポジション
ションでは優秀だが上位のマネジメントポジショ
自体が安定しないことが背景にある。
ンに就けるのは難しい」と周囲から評価される優
一方で、
「供給ベース型」では、研修やアクショ
図表 8
優秀者がつまずきやすい要因
ディレイルメントの種類
112
陥 る 可 能 性 の あ る リ ス ク
過剰反応
感情的側面が繊細で情緒不安定に陥るリスク
孤立
コミュニケーションが不足し他者を遠ざけ孤立するリスク
奇抜
他者の話をあまり聞かず非現実的な決断をするリスク
慣習から逸脱
他者への配慮に欠け、会社や社会のルールに反する行動をとるリスク
自己顕示
注目を浴びようと誇張する、または自身に不利な状況では能力が十分発揮できなくなるリスク
自信過剰
他者の意見を受け入れずに、または自身の限界を理解できず、独裁的になるリスク
過剰依存
自身の能力に確信が持てず、高い要求に直面すると能力を十分発揮できなくなるリスク
マイクロマネジメント
柔軟性に欠き、他者を厳密に管理しようとするリスク
労政時報 第3896号/15.10. 9
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
ンラーニングなどの特定の育成施策の経験者を後
事業計画を実現するために必要な組織・人事の体
任候補とすることになるため、プールに一定の規
制が適切に整備されているか検証することが重要
模を設けているケースも見られる。しかし、供給
な責任といえる。そのため、後任候補の見直しは、
ベース型で後任候補として選ばれる対象者は社内
リストやプールに含まれている人材の質を担保す
の優秀者であるため、あえてプールから外すこと
ることが一番の目的とはいえ、後任候補ならびに
で士気に悪影響を与えることを考えれば、プール
サクセッションプランのプロセスの見直しを通じ
から外すメリットは小さい。多くの場合は経験者
て常に事業との一体運営を継続的に維持すること
をプールから外す見直しという運用は一般的には
も重要となる。
あまりされていない。
また、後任候補見直しのスケジュールや、人材
9.サクセッションプランの実効性を高める働き掛け
データベースや評価項目の統一により、全社共通
ここまで見てきたように、サクセッションプラ
の目線を担保する取り組みも重要となる。
ンの仕組みを構築し、さらにその実効性を高める
マネジャー層のサクセッションプランでは、企
上では、トップマネジメント、ライン管理職、後
業規模にもよるが、全社的な取り組みとしてより
任候補がそれぞれ重要な役割を担っている。人事
も、各事業や地域主導で行われることが多く見ら
部門はそれぞれに対して理解・協力を得るために
れるからだ。そのため、重要な点は、全社でサク
積極的に関わっていくことが必要となる。
セッションプランの考え方や後任候補見直しの進
め方を共通化することでサクセッションプランの
[1]
トップマネジメント
プロセスを組織に定着させることにある。
まず、トップマネジメントに対しては、サクセッ
さらに、定期的な後任候補見直しに加えて、サ
ションプランのオーナーとしての関与を引き出す
クセッションプランのプロセス自体を見直すこと
ことが重要である。特に各事業部またはライン管
も重要である。当初設定したサクセッションプラ
理職が優秀人材を抱え込まないように、全社的な
ンの目的がどの程度実現できているか、関係者か
取り組みとして推進することを大前提としなけれ
ら必要な協力を取りつけることができているか、
ばならない。また、トップマネジメントが自ら関
後任候補のキャリアを傷つけることなく柔軟に見
わることで、後任候補として選抜された人材に対
直しができているか、プロセスが公平で運用しや
する動機づけや定着施策としても機能する。
「ベス
すいものか─等を評価することが望ましいだろ
ト・リーダーシップ企業調査」の結果からも、リー
う。
ダーシップ開発に注力している企業では、経営幹
また、最近ではサクセッションプランとは異な
部自らが育成に積極的に自らの時間を費やしてい
るが、若手ハイポテンシャル、女性、海外人材な
ることが分かる[図表 9 ]。
ど、特定テーマごとの人材育成のプロセスを全社
で共通化しているケースも増えている。こうした
[2]
ライン管理職
特定テーマの人材育成とサクセッションプランの
サクセッションプランを単なる補充施策として
プロセスを事業計画の策定・見直しのプロセスと
ではなく、育成施策として効果的に活用するには、
合わせて、車の両輪のように同時に運用していく
ライン管理職が後任候補の成長に必要な経験の場
ことが大変重要である。人事部門としてはサク
をつくり出し、教育的リーダーとして関与するこ
セッションプランの後任候補の見直しと合わせて、
とが重要となる。特に最近の傾向として、これま
労政時報 第3896号/15.10. 9
113
特集 4
で人事部門や外部機関が果たしてきた“教育者”
限らずグローバルに展開している企業においても
の役割を積極的にライン管理職に託す動きが増え
対象ポジションや人材の状況は刻一刻と変化して
ている。これは事業が変化・成長する速度に比べ
いることや選抜に漏れた人材のやる気の減退を避
て常に遅れがちな人材育成に、ライン管理職が自
けるために、後任候補として選ばれた人材に明示
ら積極的に関与することで、必要としている人材
的に後任候補として選出されたことを伝える運用
を早期かつ効果的に育成するとともに、将来の経
は必ずしもされていない。しかし、サクセッショ
営を担う人材との関係を強化する機会として活用
ンプランの本来の目的である中長期的な人材育成
できるためである。同時に教育的リーダーとして
を加速させるためには、人事部門やライン管理職
関与するライン管理職自身にも、そうした経験を
からのフィードバックやコーチング、特定の選抜
通じて大きな成長が期待できる。
研修への参加や重要な職務への配置、経営層に対
する報告機会の提供を通じて自他ともに「なんと
[3]
後任候補
なく気づく」状況を意図的につくり出していくこ
後任候補自身のキャリアに対する意思を明確に
とが重要となる。また、日本企業では、以前から
するために行う人事部門からの働き掛けも大変重
人事部門主導で社員のキャリアを形成してきたた
要である。プール方式・供給ベース型の場合には
め、社員自身が自らのキャリアを選択していくと
選抜の際に上長の推薦に加えて、本人の意思を確
いう意識が必ずしも高くない。そのため、後任候
認することが一般的である。一方、組織の重要ポ
補になり得る優秀な人材に対しては、自らの積極
ジションを確実に補充する目的で実施するリスト
的なキャリア開発の取り組みを引き出すために、
方式・需要ベース型の場合でも、後任候補に選抜
人事部門やライン管理職が業務のあらゆる機会を
された人材に対して将来的に重要なポジションを
通じて動機づけすることが望ましい。
担うことが期待されているとの組織の意向を伝え
ることが育成を加速させる上では重要なポイント
10.人事プロフェッショナルに期待されること
となる。また、後任候補であることを本人に伝え
最後にマネジャー層のサクセッションプランを
ることで、定着の効果も期待できる。日本企業に
成功させる上で人事プロフェッショナルに期待さ
図表 9
経営幹部の積極的な人材育成への関与
90 56 62
肯定的回答率(%)
会社は、リーダーシップポジ
ションに人材を登用するため
に、正式な人材評価や計画の
プロセスを用いている
93 67 72
会社は、将来リーダーとして
の役割を担える有望なハイポ
テンシャル人材を特定してい
る
85 63 63
74 51 40
責任が大きいまたは重要な役
職は、通常、社内の人材の昇
格によって埋められる
●トップ20 ●その他企業 ●日本平均
114
労政時報 第3896号/15.10. 9
経営幹部は、積極的に自分の
時間を費やし、人材育成に努
めている
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
れることについて考えたい。
[1]
戦略と人材マネジメントの結びつけ
サクセッションプランの実効性を高める上では、
従来の日本企業における人材マネジメントのス
トップマネジメント、ライン管理職、後任候補を
タンスを端的に表しているのは、松下電器産業
はじめ、すべての関係者の協力が重要となるが、
(現パナソニック)の創業者である松下幸之助氏の
おそらく最も協力を取りつけることが難しいのは
「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、
ライン管理職からではないだろうか。マネジャー
松下電器は人をつくるところです。併せて電気器
層のサクセッションプランを展開する場合、ライ
具もつくっております。こうお答えしなさい」と
ン管理職からは「余計なことをしてくれるな、う
いう言葉だと思う。事業戦略を起点に人材マネジ
ちの部門にはうちのやり方がある」という反応が
メントを考えるのではなく、優れた組織・人を生
容易に想像される。ライン管理職から十分協力が
み出すことで優れた戦略と商品・サービスを生み
得られない背景には、現場の最前線で日々戦って
出すという、
「People before Strategy」という考
いるライン管理職から見ると、優秀な人材を一方
え方である。こうした考え方は事業のモデルとな
的に引き抜かれることに対する危惧や人事部門が
る米国をはじめとした先行企業が存在していた時
自分たちの問題意識に十分対応してくれていない
代背景の影響が大きいといえるだろう。一方で、
との不満があることが多いように思われる。その
グローバル企業として大きな存在感を示している
ため、ライン管理職からの信頼を勝ち得るために、
米国企業では、事業戦略を軸に人材マネジメント
人事部門には人事労務上の観点からの部分的な提
を組み立てる「Strategy before People」というス
言や支援にとどまることなく、ライン管理職の持
タンスが一般的であった。こうした考え方は、米
つ事業課題に即して事業全体における人材の配
国が少品種大量生産主義で発展を遂げてきた歴史
置・活用に対する提言と支援を提供していくこと
的経緯とも関係していると思われる。しかし、1980
が必要となる。また、ライン管理職に対して、現
年代から90年代にかけて日本も含めた当時の新興
在のように変化が激しい事業環境では、これまで
国に経済的に追い上げられた米国は、戦略と人材
のように右肩上がりの安定的な成長を前提とした
のいずれにも偏らない、いわば「Strategy and
従来型の後任登用ではなく、事業の変化に対応で
People」の考え方で事業戦略と密接に結びついた
きるよう計画的に人材を育成していくことが重要
人材マネジメントに舵を切ることで2000年代以降
であるとの理解を積極的に求めていくことも必要
に経済的な復活を遂げている。そして、Strategy
だろう。ライン管理職が構想する事業計画に対し
と Peopleをつなぐキーワードとして現れたのが
て、どのような人材を確保・育成していくことが
Talent(タレント)という概念である。現在では
必要となるのか、人材が確保できない場合にはど
米国企業だけではなく、欧州やアジアからグロー
のような影響が出るのか、ライン管理職に対して
バル展開している企業でも、このタレントという
具体的に提言していくことが求められる。そうし
概念は定着化しつつある。
た具体的な提言や支援を実現していくには、人事
タレントとは、戦略的な観点から見た際に人材
プロフェッショナルとして、①戦略と人材マネジ
に求められる要件である。日本ではタレントとい
メントの結びつけ、②人事施策のリスクとリター
う言葉はあまりなじみがないが、あえて訳せば「人
ンの見極め、③さらなる専門性─の三つの資質
才」と表現できるだろう。単なる資源としての
に磨きをかけていくことが重要となる。
かじ
「材」ではなく、また会社の資産としての「財」に
とどまらず、戦略を実行する上で職務に求められ
労政時報 第3896号/15.10. 9
115
特集 4
る才能としての「人才」である。この「人才」を
[2]
人事施策のリスクとリターンの見極め
特定する能力を磨くことが、事業戦略と人材マネ
単なる能力の優秀さだけではなく、自社の戦略
ジメントを結びつける上での鍵となる。そのため、
を実行する上で求められる「人才」は、外部市場
サクセッションプランを適切に運用するために、
から容易に採用できる存在ではないため、必然的
まずは自社にとっての「人才」を特定することが、
に自社で時間をかけて“投資”として育成してい
人事プロフェッショナルに必要な要件といえる。
くことが求められる。そのため、人事部門にはこ
加えて、日本企業でも昨今、事業運営に必要な
れまでのコスト効率を追求する人材マネジメント
人材を計画的に確保する動きとして「タレントマ
から、投資効率を追求する人材マネジメントへと
ネジメント」が耳目を集めている。タレントマネ
転換することが求められる。
ジメントにはサクセッションプランに加えて、一
コスト・ベネフィットの最適化を追求するコス
般的には採用や要員計画、研修・教育など、さま
ト効率とは異なり、投資効率を追求するとなると、
ざまな要素が含まれる
[図表10]
。しかし、その要
そこにリスクとリターンという考え方が生まれる。
諦が事業の観点から求められる人材要件の理解に
今ここで特定の施策を展開すると将来的にどのよ
あることは共通している。
うなリターンが得られる可能性があるのか、また
「人才」を特定する能力を磨く上では、従来のよ
その施策が事業展開と合致しなかった場合や、そ
うに直接部門への異動に加えて、最近では経営企
もそも展開しなかった場合にはどのようなリスク
画部門や監査部門を積極的に活用して、全社的な
があるのかを見極める能力が問われる。事業の成
事業観を磨くアプローチを採用している企業が増
長に比べて、人材の成長は多くの時間を必要とす
えている。いずれにしても、戦略と人材マネジメ
るため、事業を先取りするとはいかないまでも、
ントを結びつけて「人才」を特定する能力を高め
現在および将来の「人才」を見据えてサクセッショ
る上では、事業の観点から人材マネジメントを考
ンプランを運用していくことが求められる。
える機会を意図的につくり出していくことが必要
リスクとリターンを見極める能力を磨く上では、
である。
事業計画に合わせて人材マネジメントの投資効率
を見定める KPI(Key Performance Indicator:重
図表10
レントマネジメントと
タ
サクセッションプランの関係
を定め実際に運用している企業では、定期的に実
施される従業員調査の「会社の人材開発に対する
キャリアパス
採用
研修・
教育
サクセッション
プラン
投資の有効性」や「社員のモチベーション」など
限られたいくつかの設問で効果測定をしている
ケースや、コアポジションの内部登用率とすぐに
人材要件
人材評価・
アセス
メント
果について継続的に把握していくことが有効であ
る。人材マネジメントの投資効率を測定する KPI
タレントマネジメント
要員計画
要業績達成指標)を定め、長期にわたる施策の効
登用可能な後任候補数を示すベンチ・ストレング
ス(人材の量と質の充実度)など人事データから
経年で抽出できるデータを活用しているケースが
見られる。KPIにどんな項目を設定するかは、事
業の特性によって異なるが、いずれも複雑な仕組
116
労政時報 第3896号/15.10. 9
マネジャー後任候補の選定・育成 10のポイント
実務解説
みではなく、既存の仕組みを活用したシンプルな
これまでよりも多様性の高い組織のマネジメント
運用が現実的な対応といえるだろう。
を期待されているライン管理職も少なからずいる
ため、人材マネジメントの観点から積極的に人事
[3]
さらなる専門性
プロフェッショナルが貢献できる領域は多い。
サクセッションプランを適切に運用するために
こうした専門性を磨く上での職務分析、アセス
最後に求められるのは、社員一人ひとりの能力を
メント、コーチングやフィードバックの知見はす
開花させる人事プロフェッショナルとしての専門
でに実践を通じて体系化されており、日本でもオー
性である。「人才」やリスクとリターンを意識した
プンセミナーや書籍の形で活用することが可能で
サクセッションプランでは、これまでの階層別教
ある。
育のように集団に対する働き掛けだけでなく、外
これら三つの資質はマネジャー層のサクセッショ
部環境や事業戦略を理解した上で一人ひとりの社
ンプランにとどまらず、経営層のサクセッション
員と向き合い丁寧に育成していく個別性の高い働
プランにおいても重要となる。経営層のサクセッ
き掛けが必要となる。そのため、人事プロフェッ
ションプランは基本的にこれまで見てきたポイン
ショナルとしては、育成に適した経験をデザイン
トと共通しているが、対象ポジションが限られる
するために職務についての理解を深める職務分析
ため規模は小さくなる反面、
「人才」ならびに最適
の知見や、社員一人ひとりのタレントを見抜くア
な後任候補を見極める難易度はより高いものとな
セスメント、ディレイルメントの抑制などライン
る。また、ガバナンスコードや社長の積極的な外
管理職では十分対応できないテーマに対するコー
部採用などの影響も受けて、経営層のサクセッショ
チングやフィードバックなどの専門性を高めるこ
ンプランに対する組織外からの関心も高まってい
とが求められる。特に組織のフラット化やグロー
る。そのため、こうした資質をこの 2 〜 3 年の間
バル化、社員年齢の高齢化が進む中で、部下や後
に高め、経営層ならびにマネジャー層のサクセッ
輩の指導などピープルマネジメント全般について
ションプランの効果的な運用を実現することは、
十分な経験を積むことなく登用されたライン管理
人事プロフェッショナルとして経営に大きく貢献
職や、グループ経営やグローバル化の進展により
できる領域といえよう。
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