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─ 特集 4 ─
職務をベースとした
人事・賃金制度改革
労働力人口減少、グローバル化等の
環境変化を受けて検討すべき
“職務基準”の制度の在り方
少子高齢化、労働力人口の減少をはじめ、国境を越えた資本や労働力の移動の活発化、貿
易を通じた商品・サービスの取引や海外への投資の増大によって世界的に経済の結びつき
が深まる中で、企業では適切な人件費管理に基づく賃金制度、成果と処遇のバランスを重
視した人事制度の見直しが求められている。
かじ
すでに職能資格から役割・職務といった“仕事基準”の人事制度に舵を切っている企業も
少なくないが、社会経済情勢の変化を踏まえ、グローバルでの事業展開を視野に入れると、
さらに一歩踏み込んだ“職務”をベースとした人事・賃金制度も検討の範囲内に入ってく
るだろう。
そこで今回は、ヘイ コンサルティング グループの本寺大志氏に、
“職務”をベースとした
人事・賃金制度の考え方や制度設計の方法など、実務的な視点に立って解説していただいた。
本寺大志(もとでら だいし) ㈱ヘイ コンサルティング グループ プリンシパル
1986年東京大学教育学部卒業。富士通㈱人事部、タワーズペリン、GE等を経て2006年より現職。日本
企業、外資系企業に関する広範なコンサルティング経験を持つ。主な著書に『コンピテンシー・マネ
ジメント』(日本経団連出版部)など。厚生労働省独立行政法人評価委員を歴任。
■関連記事案内
(2013年以降の主なもの)
第3892号(15. 7.24)
解 説
◦仕事基準の人事改革―「役割等級制度」を形づくる(林 浩二)
◦これからの人事制度・人事管理の在り方(土田昭夫)
◦人事考課の設計思想はどうあるべきか(舞田竜宣)
◦人事評価の実効性を高める実践アイデア15(高原暢泰/山田和裕、小野 泉)
調 査
第3882号(15. 2.13)
第3869号(14. 6.27)
第3863号(14. 3.14)
第3857号(13.11.22)
◦基本給・昇降給ルールの最新実態(労務行政研究所)
◦昇進・昇格と降格の最新実態(労務行政研究所)
◦人事評価制度の最新実態(労務行政研究所)
第3894号(15. 9.11)
第3885号(15. 3.27)
第3873号(14. 9.12)
事 例
◦役割・貢献に応じた処遇を徹底 新人事制度事例(ソニー、リコーリース、クボタ、
西部ガス)
◦行動変容を促す新人事制度事例(積水化学工業、ライオン、ダイハツ工業、
スチールプランテック)
◦IT業界の処遇、育成制度事例(日本ユニシス、ヤフー、NTTデータ アイ)
◦最新 人事制度改革事例(東京ガス、KDDI、ユーシン)
第3876号(14.10.24)
第3867号(14. 5. 9/ 5.23)
第3864号(14. 3.28)
[注] このほかの記事については、弊誌会員向けWEBサイト『WEB労政時報』(https://www.rosei.jp/readers/)の「労政時報検
索」をご活用ください。
116
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
を高めようとすることである。平たく表現すると
はじめに:環境変化が処遇の
前提を変えていく
「よい仕事をした人は報いる。そうでない人は報い
ない」ということだ。これまでの日本企業の人事・
企業の外部環境である経済や社会の今後の動向
報酬制度は、
「能力があればよい仕事をするので、
を考える上で、最も確実に将来動向を示すものと
能力に応じて処遇する」という「職能(職務遂行
して「人口」がある。今日、日本の人口構成で大
能力)
」を基準にしていた。しかしながら、能力は
きな労働力であった団塊世代(1947〜1949年前後
技術革新などで陳腐化することもある。また、
「将
生まれ)は、すでに60歳台後半を迎え、企業活動
来展望が見えなくなったので、これまでのように
から完全にリタイアする時期を迎えている。今後
頑張れない」と、やる気が低下し、能力発揮がお
も出生率は高まることがないと予想され、少子高
ぼつかなくなることもある。一度獲得した能力が
齢化が進み、労働力人口の減少が進む。日本の労
今の仕事のアウトプットに確実に結びつくとは限
働力人口が少なくなることは消費者市場の縮小に
らない。ITなどの技術革新が進み、事業内容その
ほかならず、日本企業はその成長の活路を海外に
ものや業務プロセスに大きな変化が起きるなど、
求め、企業活動のグローバル化が進み、そのため
社員に求める能力が変化するほど、その変化に応
海外現地法人での従業員数は増えている
[図表 1 ]
。
じた能力要件の再定義を行わないと能力に応じた
国内の労働力は限られており、効率よく仕事を
処遇は機能しなくなる。
して、その企業の価値となるサービスや商品を顧
また、社内だけでは充足できないスキルと経験
客に提供することが経営の大きな命題となってい
を持つ人材を社外に求める中途採用も増えている。
る。この命題は、人事・報酬面に読み替えると「価
社外に人材を求めるということは、翻ると自社の社
値創造に貢献した人を報いる」ことで、経営効果
員が他社から声を掛けられる、本人が進んで他社
国内外の従業員数と海外従業員割合
図表 1
(万人)
7,000
6,000
海外従業員数
国内・非正規
国内・正規
国内・役員
(%)
10
海外従業員割合
9
8
5,000
7
5
3,000
4
海外従業員割合
従 業 員 数
6
4,000
3
2,000
2
1,000
0
1
1989 90
95
2000
05
10
13
0
資料出所:国内雇用者数は総務省「労働力調査」、海外従業員数は経済産業省「海外事業活動基本調査」
[注] 従業員数は国内雇用者数と海外従業員数を含む。
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117
特集 4
に機会を求めるということでもある。社内だけでな
に増え、2009年で一度ストップしたかに見えるが、
く、社外も含めた広い労働市場で人材の調達(採
再度、高まり出している。筆者は、1990年代前半
用)と引き留め(優秀者が他社に引き抜かれない
から人事コンサルタントとして企業の制度改編の
ようにすること)の必要性があることを意味する。
支援に当たっているが、その実感値を踏まえると
このような変化が、処遇の根本的な考え方に変
二つの波があると感じている。
化をもたらしている。
第 1 波はバブル崩壊とその後の金融破たんを受
けて、年功処遇から脱却し、仕事基準への転換が
1
起きた1990年代後半から2000年初頭あたりの、い
仕事基準の人事制度の動向
わゆる「成果主義」が台頭した時期である。能力
に応じた処遇である職能給(以下、職能型)は、
すでに進行している処遇に対する考え方の変化
年齢や学歴に応じた処遇となりやすく、そのため
は、能力に応じた処遇から仕事基準に応じた処遇
担当する仕事が同じでも職能等級が異なることが
への移行である(本稿では、役割あるいは職務に
ある。例えば、同じ営業企画の課長職でも、その
応じた処遇を「仕事基準」と定義する)
。近年、役
職に長くいる人のほうが、最近その職に就いた若
割・職務給を取り入れる企業が増えている。特に
手よりも職能等級が高く、給与も高いという事態
管理職ほどその傾向は顕著である
[図表 2 ]
。
になりやすい。そうした年功処遇を払 拭 するため
[図表 2 ]
によれば、管理職における役割・職務
に、同じ職務であれば、同じ等級で同じ処遇とす
給の導入割合は2001年に急増し、それ以降、徐々
べく、現在担当している仕事、担っている職責(ア
図表 2
ふっしょく
管理職・非管理職別に見た職能給、
役割・職務給の導入率
(%)
100
職能給(非管理職層)
81.1
80
76.3
69.2
職能給(管理職層)
60
58.0
役割・職務給(管理職層)
40
役割・職務給(非管理職層)
20
0
1999
2000
2001
2003
2005
2007
2009
2012
資料出所:日本生産性本部「日本的雇用・人事の変容に関する調査」
[注] 職務給と職能給のハイブリッドの制度を入れている会社もあるため、数値を足し上げると100を超える。
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労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
2013(年)
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
カウンタビリティ=成果責任)に応じた処遇とし、
“仕事基準”の人事制度は、企業の経営理念から
「現在価値、時価主義」で処遇する考え方(以下、
戦略へ、戦略から組織へ、組織における職務から
職務型)へのシフトが起きた。
等級・基本給へ─という連動をもたらすので経
第 2 波は2009年から2012年にかけてで、日本経
営管理の流れを反映させやすいメリットがある
[図
済は2004年ごろを底にして企業収益も反転する。
表 3 ]。
「三つの過剰(雇用、設備、債務)が解消された」
ただし、職務型も万能ではない。職能型より運
と経済白書に記されたのが2005年だ。この反転に
用に手間暇がかかる。[図表 4 ]は、職務型の長所
当たり、企業は成長の活路を海外に求め、国内・
と短所を整理したものだ。
単体では赤字でも、海外・連結では黒字と、海外
また、職務型のベースにある雇用・人材マネジ
で上げた利益が全社業績に貢献し出す。事業とし
メントの発想は、
「戦略に沿って組織・ポストをデ
ても海外の比率が大きくなり、現地法人での社員
ザインし、そこに最適な人を社内外から市場公正
数も増え、海外事業の主要ポストにローカル人材
報酬であてがう」のが基本である。人材は社内外
を据え、海外現地法人トップに本体の執行役員が
の広い労働市場から調達し、また、社員も、必ず
就き、全社経営に関与するようになるなどグロー
しも 1 社でキャリアを閉じず、可能性があれば複
バルな人材登用が進んだ。こうした動きを加速す
数の組織で従事する。そうしたオープンな労働市
るために、人事制度もグローバルな共通の仕組み
場を前提としている。
が求められる。しかし、職能型は日本独特の能力
一方、職能型は「新卒で社内に取り入れた人材
に応じた処遇であり、海外でのポスト・職務に応
について、時間をかけて優秀さを判定し、その優秀
じた処遇にマッチしないため、その手法は海外で
さに応じて処遇し、社内で適切な仕事をあてがう」
は展開しにくい。海外を視野に入れて、共通言語、
ことを基本にしている。雇用に対する発想が根本
共通の仕組みとしやすいのは、すでに欧米を中心
的に違うので、新卒から定年までの長い雇用を“是”
に普及している職務型である。どういう職務に就
とする日本企業で職能型を成立させるためには、そ
くかで報酬が決まる職務型は、担当する仕事の職
の社員の成長に応じてあてがう仕事とポスト(異
務責任を明確にして職務記述書に落とし込まれる。
動)が十分に存在することが必要となる。そうでな
会社・上司が期待することが明らかとなり、それ
ければ、異動がない固定的な配置となりやすい。ま
を本人が理解し、暗黙知ではなく形式知として会
た、あえて異動させるにしても下位等級の仕事をあ
社・上司と本人の間で、職務を任命し、それを受
てがうこととなり、それを本人が受け入れる素地、
け入れ責任を持って任に当たる“任免プロセス”
すなわち「社命ゆえにやむなし」
「雇用が保障され
つまり“契約”が明瞭となる。この緊張感のある
るなら降格もやむなし」という覚悟が必要となる。
関係が、長期勤続・終身雇用による“なれ合い”
の風土を刷新することになる。任免プロセスが“常
識”になっている欧米等の海外人材にとっては、
日本独特の職能型は「何を期待されているのかが
分からない」ということになる。この違いは経営
的に大きな摩擦を生みやすい。これらの理由から、
2
職務給の定義
[ 1 ]報酬の決め方の前提─職能給は能力、職務給
はポスト
職能型よりは職務型をグローバル標準として社内
これまで日本企業に広まっている職能給は、職
に展開するほうが適切という判断が、職務給の第
務遂行能力に応じた処遇である。職務遂行能力と
2 波につながっている。
は、いかにタスクをこなすか、成果を上げるかな
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
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特集 4
どの能力で、その力量に応じて値段(報酬)を決
⑴仕事
(Work)
める。一方、職務給は、ポスト・職務に値段を付
一番広い概念が「仕事(Work)
」である。何か
ける発想だ。そのポスト・職務とは、広義には「仕
(What)を成し遂げるための行動、生計を立てる
事」であり、どのような仕事なのかに応じて値段
ために従事する職業といえる。
⑵職務
(Job)
と職責
(Job Accountability)
(報酬)が決まる。そのポスト・職務に誰が就くか
で値段が変わるわけではない。
仕事の中で人が担うことで報酬を受けるものが
「職務(Job)
」である。人事部長や人事・採用担当
[2]
仕事、
職務、
職責、役割の違い
職、営業部長や大手顧客担当営業職など、人が従
ここで、仕事、職務、職責、役割の違いを整理
事する“仕事の塊”が、すなわちポスト(肩書)
しておこう。
となる。
図表 3
職責
(成果責任)
を中心とした人材マネジメントシステム
人材マネジメントシステムの全体像
経営理念
全社戦略
事業戦略
事業計画
求める人材像
組織設計
職務
業績
図表 4
人材
業績指標・目標
職責(成果責任)
人材要件・能力基準
達成業績・貢献
職務の大きさ
評価・指導・育成
業 績 賞 与
等級体系・基本給
人材体系(等級)/育成・異動・配置
職務型の長所と短所
長 所
短 所
□ 戦略・組織と報酬の整合化(戦略・組織・各人役割・
報酬をアラインする)
□ 組織・役割変更の際のメンテナンスの
負担
□ 今どれだけの職責を担っているかに応じた処遇であ
るため、処遇・報酬の現在価値化が行える(過去に
獲得した能力・職能は“簿価価値”)
□ 「職務の格付け=人の格付け」となり、
組織改編や異動の際に、その格付けを
ひきずる下方硬直性が生まれる(次に
就く職務サイズは低くても今の格付け
をひきずりがち)
□ 一定のルール・手続きに沿った職務サイズ測定と格
付けに応じた処遇による客観性・透明性ある処遇
□ 会社経営における組織布陣の重要性の高まり(重要
ポストはどれか、誰がそこに就いているのか)に応
えて、重要ポスト群の見える化を可能にする
□ ポスト・職務に応じた報酬が一般的な海外の慣行と
平仄を合わせた海外現地法人(特に経営幹部)の人
事マネジメント基盤づくり (グローバル対応)
120
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
□ 登用と異動のメリハリをつけられる一
方で、下方異動時へのセンシティブな
対応が必要
□ グローバルグレードの世界各地での整
合性づくり
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
職務は、果たすべき複数の職責(Job Account­
⑶役割
(Role)
ability)により構成される。「職責」とは、経営か
役割(Role)は、職務(Job)について、経営者
ら期待される成果を生み出す責任である。それは
や管理者、第一線管理者、スタッフなど、担当す
以下の条件を満たさなければならない。
る仕事のタイプでざっくりとくくり、大きな違い
①その職務に固有であること
ごとに分けたものである。職務型の歴史が長い欧
②原則として、中長期にわたり継続性を期待でき
米だが、1990年代後半に企業の組織形態に顕著な
る内容であること
変化が起きた際に役割の考え方が広まった。俊敏
③現職者の能力・肩書等で左右されないこと
な経営、事業効率化を求めるために組織のフラッ
④そのポジションの権限の範囲内で達成可能であ
ト化を進め、職務等級が圧縮され、それに併せて
ること(やり切れること)
二つあるいは三つの職務等級を一つにするブロー
職責の基になるアカウンタビリティとは、
「きち
ドバンド化が起きた。例えば、営業マネジャーの
んと受け答えをし、説明する」「言い逃れしない」
等級 1 と等級 2 をまとめて営業マネジャー役割 1
「これができないと責められるもの」を意味する。
とするなどだ。職務では人事部長、営業部長、開
言い換えれば「成果責任」といえる。職責につい
発部長、生産部長など個別に分かれるが、役割だ
て、財務数値である売り上げ責任や利益責任など
と「部長」としてくくるので同じになる。職務を
は想起しやすいが、この売り上げや利益は結果で
縦(職階・階層)と横(職種)で大ぐくりするイ
あって職責ではない。売り上げや利益の数値をつ
メージである。概念的な包含関係を図示すると[図
くり出す前に行うべき戦略策定、業務成果(生産
表6]
となる。
性など)
、社内外との関係強化、新規開発、組織力
なお、職務給と役割給の対比整理をすると[図表
強化などが含まれる(後掲
[図表22]参照)
。
7]
となる。
[図表 5 ]
のように、職責は、基本的に上位職が
持つ職責を下位職が分担して支える仕組みになっ
ている。このため、レポートライン上の上下関係
は、職務サイズの上下を意味し、逆転することは
3
現在価値をどう測るのか
―職務評価
[1]
職務評価の手法の違い
ない。
職務に応じた処遇を実現するためには、職務ご
との職務サイズを測り、等級に落とし込む作業が
図表 5 “職責”
の連鎖
必要となる。この作業を総称すると「職務評価」
となる。その方法は、[図表 8 ]のように多岐にわ
100
たる。
欧米企業で一般的に行われている職務評価の手
50
50
法は、
「ポイントファクター方式」である。本稿で
はこの手法について論じる。
25
25
[2]
ポイントファクター方式の例
ポイントファクター方式は、職務に求められる
5
5
5
5
5
要素を設定し、その要素ごとに点数を付けて比較
するというもの。代表例はコンサルティング会社
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特集 4
が提供している手法だが、企業が独自に要素を設
①その職務に求められる専門的な知識・経験があ
定して点数化している例もある。
り、その広さ・深さの面積を測る
ヘイグループでは「ガイドチャートプロファイ
②その知識・経験を使って解決しなければならな
ル」という名称で、評価要素は 3 分野 8 要素で構
成している
[図表 9 ]
。この要素は、その職務で成
い課題・問題の大きさと難しさを測る
③問題解決して果たすべき成果責任について、与
果を出すために求められる点を以下の手順で測る。
図表 6
えられた権限と経営インパクトの大きさを測る
仕事、
職務、
職責、
役割の概念図
仕 事
役割
図表 7
役割
職務
職務
職務
職務
職責
職責
職責
職責
職務給と役割給の対比
職
務
給
役
割
給
定義
個別の職務について職責を定め、職務サイズ
を測り、等級を決定。等級に応じて報酬が決
まる
職務・役割を定め、その役割を果たすポスト
の等級を“総合判断”で決定。等級に応じて
報酬が決まる
例:人事部長、営業部
長、開発部長の 3
ポストへの処遇
人事部長、営業部長、開発部長のそれぞれに
ついて、職責を定め、個別に職務サイズを測
り、等級格付けを行う。そのため格付けが必
ずしも同じとはならない
役割定義を“部長”として定め、それに人事
部長、営業部長、開発部長が合致すれば、
“部
長”等級として処遇する
求める職務内容の明示
化について
職務記述書を各ポストごとに作成し、求める
職務内容を定める
個別職務についての職務記述書は作成せず、
役割定義のみの場合(例としての役割定義は、
「会社戦略を受けて、本部相当組織の戦略(中
期方針)と年次事業計画を定める」など。人
事や営業などの個別組織、職域にかかわらず
共通の定義となる)
あるいは、この役割定義に加えて職務記述書
を作成する場合の双方あり
職務サイズの測り方と
等級格付けについて
各ポストの職務内容について職務評価して職
務サイズを測り、等級を格付けする
役割定義に照らし合わせて、各ポストを格付
ける
等級数
職務サイズの点数に応じて管理職層で 6 〜 9
等級と多等級とする。大ぐくりして 3 等級な
どと少なくすることも可能
役割の明瞭な違いを定義化するため、等級数
は管理職層で 3 〜 5 等級ほどと多くない
報酬への連動について
当該等級に応じた報酬(範囲か定額)とする
当該等級に応じた報酬(範囲か定額)とする
[注] 個別ポストについて職責を定め職責サイズを測るが、最後の格付け、等級化では大ぐくりにして“役割”とする
企業もある。このような場合は、上記の定義に照らすと“職務給”に区分される。
122
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
職務サイズというと、部下の人数や責任を持た
[3]
ヘイグループのガイドチャートプロファイル
の手順
された売り上げ規模などが大きな要素を占めると
思われがちだ。しかし、このヘイグループの場合
職務評価の手順は、以下のとおりとなる。
は、専門知識と課題・問題の難しさを要素にして
①職務記述書を作成し、その職務に求められる職
いるため、非ラインの高度専門職でもライン長相
責(成果責任)を記載する。職務給では職能資
当の職務サイズと測ることができる。
格制度のような資格等級で共通する定義は存在
せず、個別職務の定義となる。それが職務記述
図表 8
職務評価手法について
職務評価手法
ジョブランキング
概 要
代 表 例
◦ジョブ・ポジションについてそれぞれを対比して、高い順から並べ等
級化するもの。詳細な分析は行わず“総合判断”にて決定
◦タワーズワトソン:GGS
ジ ョ ブ ク ラ シ フ ィ ◦ジョブ・ポジションをその重要性や難易度を基準にして等級化するも
の。“総合判断”にて決定
ケーション
マーケットプライシ
ング
◦第三者機関が実施する報酬サーベイに参加し、自社の代表的ジョブの ◦人事コンサルティング会社の
提供する報酬サーベイ
給与データをサーベイ実施機関に提供し、実施機関は各ジョブあるい
はジョブサイズごとに統計的分析したサーベイ結果を作成
◦参加企業は自社の給与水準のマーケットとの競争優位性をチェックし、
また、当該ジョブの等級格付けの妥当性をチェック
ファクターコンパリ
ソン
◦職務評価の要素(例、難易度、規模)を 3 〜 7 ほど設定し、その要素
ごとに評価段階( 1 〜 5 レベル)を付けて分析するもの
◦ポイントファクターのような点数化まではしない
ポイントファクター
◦職務評価要素とその要素ごとの評価点数を設定し、総合点数(ポイン
ト)をはじき出すもの
◦職務評価点数をある程度の幅でくくり、等級化する
図表 9
◦ヘイグループ:ガイドチャー
トプロファイル
◦マーサー:IPE
ヘイグループのガイドチャートプロファイルの評価要素
職務の大きさ
(ジョブサイズ)
基本ファクター
サブ・ファクター
①知識・経験(Know-How)
職務を遂行するのに必要な知識スキルの
総和を測定する
1.実務的・専門的・科学的ノウハウ
2.マネジリアル・ノウハウ
3.対人関係のスキル
②問題解決(Problem Solving)
職務上の問題を確認し、明確化し、解決
するために、ノウハウを活用する知的過
程の強度を測定する
4.思考環境(思考の自由度)
5.思考の挑戦度(直面する問題の難易度)
③成果責任(Accountability)
経営に与える、職務のトータルなインパ
クトを測定する
6.行動の自由度
7.職務規模(マグニチュード)
8.職務成果に対するインパクト
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
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特集 4
書である(なお、職務を大ぐくりした役割給の
や金融機関で試行しながらつくり上げられた方
場合は等級共通の役割定義を置く場合もある)
法で、科学的論理的というよりは実務的経験則
②その職責を基に 3 分野 8 要素の評価を行い、職
的なものである
務サイズ(例えば400点)をはじき出す。職務サ
なお、グローバルに人事コンサルティングを提
イズの点数は、新卒新人が担当する職務だと100
供している機関が提供する代表的な職務評価手法
点台、売り上げ 1 兆円規模の社長だと3000点後
の確立・普及が歴史的に古い順に挙げると、ヘイ
半と大きく異なる。 1 点の違いごとに等級化す
グループの次は、マーサー社のIPE、タワーズワ
ると、あまりに多くの等級が存在してしまうた
トソン社のGGSとなっている。
[図表11]
はIPEの
め、明瞭に違いと認識できる点数の幅である
評価要素だ。提供するコンサルティング会社によ
15〜20%等の点数幅で等級化する。例えば、点
り、異なる測り方がなされる。例えば、ガイド
数80〜100点までを等級 1 、100〜120点まで等級
チャートプロファイルとIPEは評価要素数と評価
2 とするイメージだ
方法が類似しており、いずれもポイントファクター
③職務サイズを確定させるときには、その職務に
方式である
[図表 8 ]。これに対比してGGSはジョ
ついて理解している複数の経営幹部が参加する
ブランキング方式に基づいており、ポジションの
職務評価委員会を設けて、複数の視点から判定
相対的対比に主眼が置かれている。簡素化されて
し確定させる。これは特定者の評価バイアスに
いるため容易に取り入れられるが、ポジションの
陥ることなく、評価の客観性を高めるための措
大きさについて絶対値で測るものではないため、
置であり、これにより経営の視点からポスト・
例えば、
“大”課長と“小”課長と、中間管理職ポ
職務の序列化が可能となる。
[図表10]は、組織
ジションの中での差を付けるなど、細やかな職務
図・ポストの職務評価から等級化のプロセスをイ
サイズを測るのはやや難しいと思われる。
メージ化したものだ。この手法は1970年代から
このように職務評価手法にはさまざまなバリ
80年代にかけて米国の電話電信会社(AT&T)
エーションがある。どの手法が一番というわけで
図表10
職務評価点数と等級化のイメージ
組織図・ポストと職務評価点数
知識・経験: 608
問題解決 : 350
成果責任 : 528
1486
知識・経験: 460
問題解決 : 230
成果責任 : 350
1040
124
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
知識・経験:264
問題解決 :100
成果責任 :152
516
ヘ イ ・
グレード
ヘ イ ・
ポイント
26
2141-2550
25
1801-2140
24
1508-1800
23
1261-1507
22
1056-1260
21
878-1055
20
735- 877
19
614- 734
18
519- 613
17
439- 518
16
371- 438
15
314- 370
役割
等級
M1
M2
M3
M4
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
はない。また、どの手法も必ず誰かが判断する必
じた処遇(職能型)のほうが機能しやすい。この
要があり、自動的に点数が決まるものではない。
ような理由から非管理職では職能給の導入率が高
そして、最終的な判断はその企業の経営者である。
い[図表 2 ]。一方、社員構成の高齢化により、非
職務評価は、経営の観点からポスト・職務の大き
管理職でも専門スキルを備えた高い習熟度を持っ
さを序列化する道具なのである。
て職務に当たるスペシャリストが増えている。こ
ういった非管理職に対しては職務給を導入するこ
4
とも妥当である。
仕事基準の
人事制度の考え方
以上のことを踏まえると、職務給の適用対象層
は、上位職から導入し、下位職へと拡大していく
[1]
適用対象層の考え方
という流れになる。つまり、役員・本部長→上級
人事制度として仕事内容(役割や職務)を処遇
管理職→中間・初級管理職、そして非管理職・一
に反映させる場合、仕事内容が明瞭に分けられる
般社員という順番である。非管理職から先に職務
こと、職責として「責任を持って引き受ける」成
給化することはあり得ない。[図表 5 ]で示したよ
果責任を明確にすることが必要だ。管理職の場合、
うに、職責とは上位職の職責を下位職が分担して
特にライン管理者はそのポストの職責を規定し得
担うものであるからだ。ちなみに職務評価の際に
るし、そのポストにおけるアカウンタビリティを
は、上位職の職務を測った後に下位職の職務を測
想定しやすい。なお、管理職でも職責を問われる
るのが鉄則である。
のは、より上位職についてである。
一方、非管理職の場合、日本企業でよくあるの
[2]
等級体系
は、新卒で会社に入社して、上司・先輩に教えら
等級体系については職務サイズに応じて職務を
れながらさまざまな職務をこなし、能力があれば
並べて、どこで線引きするかで等級数を決める(縦
任される仕事が増え、その範囲も大きくなり、あ
の序列化)
。[図表10]
で職務サイズ(ヘイ・ポイン
るいは難しくなり、それをこなすことで学び成長
ト)を大きくくくって役割等級(M 1 など)を区
するというサイクルである。このため、能力に応
分しているイメージである。
次に職種別に分けるか、あるいは職種横断とす
図表11
るかという横の序列化を検討する。職務要件とし
マーサー・IPEの評価要素
要 素
影 響
評 価 軸
て「会社から何を求めるか」は、それぞれの職務
組織の大きさ
について「職務記述書」が存在するので、職種別
仕事・役割の大きさ
革 新
折 衝
対 象
革 新
複雑性
知 識
知 識
「
ポジションクラス」を算出
評価軸の合計点により
貢 献
折 衝
であろうが、職種横断であろうが差はない。
影 響
10
続いて、職務要件を果たした見返りに提供する
報酬の観点から、職種ごとに見て、縦の序列差以
外に、職種差があるかを検討する。例えば、
「営業
は明らかに管理よりも報酬が高い、社外の相場で
も営業が高い」という場合は、体系も職種ごとの
ほうが適切である。また、キャリアの観点から、
例えば「営業は入社して見習い段階から営業本部
チーム
長となるまで、営業部門でキャリア形成し、他部
広がり
門に出ることはほとんどない」という場合、ある
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
125
特集 4
いは、例えば「ITシステムのプロジェクトマネジ
直される。その時期に合わせて職務内容に変化が
メント力が顧客との契約履行の鍵となる」など専
ある場合は職務記述書の内容を書き換え、あるい
門的知識・経験を強化することが企業競争力に直
は新たにポストが設定される場合には新しく職務
結する場合では、あえて比較的狭い範囲の専門領
記述書の内容を書き起こし、職務サイズを測り、
域でキャリア開発と昇格を行う。このように職種
等級格付けを行う。
性を社員に強調したい場合は、職種型のほうが効
職務内容が変化したことで、職務評価をして測
果的だ。
[図表12]
は、管理職の等級に職種の概念
定された点数が、等級のくくりの点数を上回るも
を取り入れた場合のイメージ図である。
しくは下回る場合には、その職務の等級が改訂さ
れ、昇格・降格が起きる。
[3]
等級改訂
職能型の場合は、毎年、ある一定の時期に人事
職務給の場合、ポスト・職務に等級がつき、そ
評価などの結果を基に昇格あるいは降格が行われ
れを担当する人が、その職務等級となる。最初に
る。職務型の場合は、まず職務の等級を変更する
決まるのはポスト・職務の等級である。そのため
という点で考え方が異なる。
4
4
4
4
4
等級改訂とは、①ポスト・職務の格付け変化、
4
4
4
4
⑵人の等級変化
②そのポストに就く人の等級変化の両面に分けて
実際の報酬で変化が起きるのは、そのポストに
考える必要がある。
就いている人の状況が変わる場合である。同じ人
⑴ポスト・職務の格付け変化
が同じポスト・職務に就く場合は、その職務等級
職務給における等級改訂は、組織改編や事業の
自体の変化がそのまま人に及ぶことになる。一方、
成長あるいは縮小により、ポスト・職務のサイズ
異なる職務等級に就いていた人が新たに別のポス
が変化して等級が変われば、都度改訂される。一
トに就く場合は等級改訂となり、報酬が変わる。
方、職務内容に変化がなければ職務サイズと等級
[図表13]は、そのパターン別の変化例である。
はそのままとなる。これが基本である。とはいえ、
組織改編も事業計画等に沿って行われるため、頻
[4]
給与体系
度として毎月改訂されるわけではなく、 4 月付な
給与については、基本給、手当、賞与について
どと会社の事業サイクルに応じて一定の時期に見
設計の考え方を示したい。
図表12
職種型等級体系図
レベル
生
産
営
業
研
究
管
理
営業マネジャー 4
営業統括部長
(JG20)
4
3
生産マネジャー 3
工場長
(JG19)
営業マネジャー 3
大規模営業所長
(JG18)
研究マネジャー 3
研究部長
(JG20)
管理マネジャー 3
管理部長
(JG19)
2
生産マネジャー 2
生産部長
(JG17)
営業マネジャー 2
営業所長
(JG17)
研究マネジャー 2
研究室長
(JG18)
管理マネジャー 2
管理グループ長
(JG17)
1
生産マネジャー 1
生産課長
(JG16)
営業マネジャー 1
営業課長
(JG16)
研究マネジャー 1
管理マネジャー 1
研究チームリーダー 管理チームリーダー
(JG17)
(JG16)
[注] JGはJob Grade(ジョブグレード)の略。市場報酬水準対比の際に参照とする職務サイズを表す。
126
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
⑴基本給と昇給の基本構造
[図表14]。
基本給は「仕事の大きさ」に応じた報酬であり、
範囲給のメリットは、以下のとおりである。
職責を果たすことを報いるものと考える。その設
①昇給率テーブル(後述)と組み合わせて用いる
定は、大別すると職務等級ごとの「シングルレー
ト」もしくは「範囲給」となる。
ことで、昇給の余地をつくれる
②枠としての管理なので、細かい号ステップ型の
①シングルレート
ようなテーブル管理の必要がない
シングルレートとは、等級ごとに○○円という
③中途採用で社外から人を採用する場合にこの枠
ように一本の報酬が設定される。
の中のどこかに置けばよいので運用しやすい
シングルレートは「同一職務同一賃金」という
④制度移行させやすい
思想を打ち出しやすいが、実際には多くの等級が
⑵範囲給における昇給の考え方
ないと適切な水準設定ができないという欠点があ
範囲給の場合、各人の昇給は、その仕事の適切
る。例えば、個人の業績差を昇給(海外ではメリッ
な報酬値である各等級の中央値(ポリシーライン)
ト・インクリース)に反映できない、等級が変わ
を設定し、中央値を下回る場合は早くその値へ、
る昇格・降格の際に管理職だと100万円単位で年間
すでに上回っている場合はそれより高くならない
基本給額がアップダウンするなどの問題が生じる。
ように上昇を抑えるという考え方に基づいている。
また、社外から人を採用する場合、自社設定のシ
具体的には[図表15]のような「昇給率テーブル」
ングルレートでは“ 1 点”での報酬額提示となり、
を用いる。海外では「メリット・インクリース・
本人の現行水準プラスアルファ○%という交渉・
マトリックス」と呼ばれる(本稿では中央値をポ
設定がしにくいという難点がある。このため、人
リシーラインとしているが、ポリシーラインのポ
材を社外から獲得することが多い欧米企業では(そ
リシーとは「市場において同業他社並みの中位・
れも大企業ほど)
、シングルレートの設定はあまり
50thパーセンタイルの報酬水準を目指す」
「同業他
多くない。
社でも高い水準である上位 4 分 1 位・75thパーセ
②範囲給
ンタイルを目指す」などの“方針・ポリシー”を
範囲給は、職務サイズを基に設定した等級ごと
指す。そのポリシーに合うように各等級の中央値
に、その等級で最も適切な報酬額として中央値を
の額を設定すること=ポリシーラインとしてい
設け、それから±10〜25%の幅を設定して、その
る)。
範囲の中で基本給をコントロールするものである
昇給額テーブルを用いた昇給では、等級ごとに
図表13
職務等級18のケースで見た職務と人の変化による職務等級の改訂
人
の
変
化
職 務 の 変 化
●その職務に就いてい
①
る人は同じ
●その職務に職務等級
②
17に就いていた人が異
動してアサインされる
●その職務に職務等級
③
19に就いていた人が異
動してアサインされる
●職務サイズ(点数)が大きく
①
なり、等級格付けも変わる
18から19へ“昇格”
17から19へ“昇格”
19から19へ変化なし
●職務サイズ(点数)は変化す
②
るが、同じ職務等級あるいは、
サイズ・等級ともに変化なし
18のまま
17から18へ“昇格”
19から18へ“降格”
●職務サイズ(点数)が小さく
③
なり、等級格付けも変わる
18から17へ“降格”
17から17へ変化なし
19から17へ“降格”
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
127
特集 4
給与レンジを持ち、そのレンジ内位置と評価結果
か、下限値と上限値をどう設定するか、また、中
のマトリックスで昇給する。給与レンジの上限に
央値の等級間差をどう設けるかが論点となる。
近づくと昇給幅は縮まり、また、評価が低い場合
①中央値
(ポリシーライン)
の設定
は昇給ゼロやマイナス昇給もあり得る仕組みに
中央値(ポリシーライン)の設定は、
「その仕事
なっている
[図表15]。
に対して公平で、他社との競争力を考慮した適切
ちなみに職務給だと賃上げ、昇給はしないで済
な報酬額」が原則となる。職責を果たす見返りと
むと思っている方もいるかもしれない。それはシ
して、上下の等級や制度移行前の旧制度による報
ングルレートの設定をしている場合である。
酬と対比した場合に公平であり、さらに社外から
参考までに、世界主要国での2012〜2014年の平
の採用と引き抜き防止の観点からも、競合する他
均昇給率は
[図表16]のようになっている。日本は
社・業界において遜色ないことが中央値の値を決
デフレのため先進国の中でも低い賃上げ、それも
める際の基本的な考え方である。
上位職ほど右肩下がりで低くなっている。
特に、競合他社との比較で遜色ない水準は、報
職務給は「ポスト・職務に値段を付ける」とは
酬水準サーベイ調査を踏まえた設定とすることが
いえ、その職務に就く人を処遇するために、範囲
社員に対して説得力を増す。弊社のような外資系
給型の職務給では毎年定期的な昇給が起きるのは
人事コンサルティング会社が行う報酬サーベイで
世界共通であることが
[図表16]
から分かる。
は、職務サイズに応じた報酬水準分析結果を参加
⑶範囲給の水準設定と報酬ベンチマーク、水準改
企業に報告するが、このような調査を活用したり、
訂について
あるいは厚生労働省の賃金センサスや調査機関(労
報酬水準について、範囲給の場合、基本給の各
務行政研究所等)の調査なども活用できたりする。
等級の中央値(ポリシーライン)をどう設定する
どの調査を活用するにしても、報酬調査は集計対
図表14
範囲給型の給与体系と昇給
昇給
(イメージ)
−%−
【基本給レンジ】
範囲給型の給与体系(イメージ)
Ⅴ
Ⅳ
Ⅲ
基 本 年 俸
Ⅱ
Ⅰ
±25%
±20%
下限
±15%
±10%
1
2
3
4
5
6
等 級
128
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
7
8
人事評価結果
範囲給の
ゾーン
S
A
Ⅴ
Ⅴ
1.0
0
Ⅳ
Ⅳ
1.5
1.0
0
Ⅲ
2.0
1.5
1.0
0
−0.5
Ⅱ
Ⅱ
2.5
2.0
1.5
1.0
0
Ⅰ
Ⅰ
3.0
2.5
2.0
1.5
0
上限
中央値
(ポリシーライン)
昇給率テーブル(イメージ)
Ⅲ
B
C
D
−0.5 −1.0 −1.5
−0.5 −1.0
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
象次第で水準が変化するため、自社と対比したい
狭くするということも考慮要素となるからだ。
企業群がその調査でカバーされているかがポイン
例えば、[図表17]のように中央値に対して下限
トとなる。
値と上限値を±10%として、次の等級との間差を
②下限値と上限値の設定
10%と置くと、二つの等級では、下位等級の上半
下限値と上限値の設定は、中央値の等級間差と
分と上位等級の下半分が重なることになる(A…
セットで考える。等級間での重なりを広くする、
下位等級の上限値を上位等級の下限値より高く設
図表15
昇給率テーブルでの昇給と水準の考え方
−%−
人事評価結果
範囲給の
ゾーン
S
A
Ⅴ
1.0
0
Ⅳ
1.5
1.0
0
Ⅲ
2.0
1.5
1.0
0
−0.5
Ⅲ
Ⅱ
2.5
2.0
1.5
1.0
0
Ⅱ
Ⅰ
3.0
2.5
2.0
1.5
0
Ⅰ
B
C
D
−0.5 −1.0 −1.5
評価
S
A
B
C
D
Ⅴ
Y氏
Ⅳ
−0.5 −1.0
中央値
(ポリシーライン)
X氏
●等級ごとに賃金のレンジ(幅)を決めておき、さらにレンジ内をゾーンに区切って、評価に応じて
昇給率を変化させる方法
ⅠゾーンにいるX氏(恒常的にD評価)が、今後、常に平均的評価(B評価)を取り続けると、何
年かしてⅢゾーンに達し、かつそれ以降もB評価を取り続けている限りにおいて、常にⅢゾーンに
いることになり、貢献度に見合った給与が維持される(ポリシーライン自体の書き換えによって、
相対的位置づけは変わらない)。
一方、ⅤゾーンにいるY氏(恒常的にS評価)が、今後、常に平均的評価(B評価)を取り続ける
と、貢献度に見合わないため、徐々に給与の相対的位置づけが下がっていく。このように、同じ評
価を取り続けると、最終的に中央値(ポリシーライン)に収れんしていく。
図表16
世界主要国の平均昇給率
2012~2014年の平均昇給率
(%)
12
10
一般職(ホワイトカラー)
中間管理職
上級管理職、経営層
8
6
4
2
0
USA
Canada
France
Germany
UK
China
Korea
Japan
資料出所: Hay Group PayNet(2015)
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
129
特集 4
定する=重複型)
。等級間差を20%にすると重なり
で上限値に達してしまう。この設定では、上下
はなくなる(B…下位等級の上限値と上位等級の
幅はやや狭いかもしれない(A、B、C)
下限値が一致する=接続型)
。このほかにも、±10
②等級間で重なる部分がある場合(A)は、昇格・
%は同じだが、等級間差を25%とする(C…下位
降格が起きた場合に横スライドさせて上位もし
等級の上限値と上位等級の下限値に水準差を設け
くは下位の等級への移動が起こる可能性が高い
[図表18]。重なりがなければ、そもそも横スラ
る=開差型)ということも考えられる。
この際に考慮すべき点は、次の 4 点である。
イドはほぼ起こらない(B)
。また開差があるほ
①例えば、人事評価の結果が優れている人が年 4
ど、大きなアップダウンとなる(C)
%で昇給すると、下限値からスタートして 5 年
図表17
③旧制度から制度移行した際には、それまでの等
範囲給の構造~中央値
(ポリシーライン)からの上下幅、等級間差
A
<上下10%、等級間差10%>
B
<上下10%、等級間差20%>
C
<上下10%、等級間差25%>
+10%
+10%
+10%
+20%
+10%
給 与
110
+10%
+10%
110
-10%
+10%
-10%
110
+10%
100
-10%
90
+10%
100
+20%
100
-10%
+25%
90
+10%
仕
90
-10%
事
の
大
き
さ
等級改訂
(昇格・降格)
における報酬の変化
昇格は上位等級に横スライド
降格は下位等級に横スライド
A
<重複型>
130
-10%
+10%
-10%
図表18
+25%
-10%
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
昇格は上位等級の下限値に移動
降格は下位等級の上限値に移動
B
<接続型>
C
<開差型>
-10%
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
級の賃金水準が新制度の等級の上下幅に収まる
り入れた企業だと、この10年ほど実質ゼロ成長、
か、はみ出るかも考慮する(A、B、C)
ベアゼロだったので中央値の書き換えは必要な
④上下幅と等級間差の設定は、等級数が少ないほ
かった。今後、経済状況が変化し、物価上昇とベ
ど大きく、多いほどに小さい設定となる。例え
アが継続して起きれば、この書き換え作業も行う
ば、課長初任クラスから本部長までを 3 等級と
必要が生じてくる。ちなみに、この給与レンジの
するか 9 等級とするかで異なる。 3 等級であれ
中央値の書き換えを「ストラクチュアル・インク
ばくくる数が少ないだけに、より大きな幅と間
リース」と呼ぶ。
差となる(A、C)
⑷手当
③範囲給のメンテナンス
基本給は「仕事の大きさ」に応じた報酬であり、
◦定昇
この考え方に照らせば、職位あるいは役割に応じ
範囲給と昇給率テーブルの組み合わせによる昇
た手当は基本給に統合すべきといえよう。
給管理には、いわゆる定昇の思想はない。あえて
一方、家族手当、住宅手当のような生活関連手
言えば、最も低いゾーンで、昇給率テーブルの一
当は、この思想と相容れないが、他社でもこの手
番評価の悪いときの昇給率で誰でも一律に上がる
当を出す場合が多いため、労働市場で他社並みと
ので、それがある種の定昇ともいえよう。
して人材を獲得しやすくする、他社に劣後してい
◦中央値
(ポリシーライン)の書き換え
ないことで社員の不満を招かないというスタンス
範囲給の上下のゾーンはあくまでも枠にすぎな
に立って手当を存続させるという考え方もある。
い。その枠の中央値を書き換えることと、その枠
しかし、
「仕事の大きさ」に応じた報酬という考
内にいる社員の給与改定は別ものとして考える。
え方を貫くのであれば、これらの生活関連手当は
例えば、範囲給の下限値にいる人の場合、人事評
すべて廃止することが望ましい。特に家族手当は、
価が悪く昇給率ゼロになると水準は据え置きとな
支給条件を「世帯主」とし、実質的に男性社員に
る。一方、範囲給の中央値を 1 %上昇させたら、
は支払われるが、世帯主に該当しない女性には支
この人は枠の動きから取り残され、枠の下にはみ
払われないケースも散見され、同じ仕事をしてい
出ることになる
[図表19]。
ても報酬に差が付くことから事実上の差別につな
この中央値の書き換えは、消費者物価指数や各
がりかねない。
種調査のベア率を目安にして行う。1990年代後半
家族手当を廃止する場合、手当額を基本給に統
から2000年代前半に職務給に移行して範囲給を取
合するのが一番シンプルな方法である。範囲給と
い
昇給率テーブルの仕組みであれば、手当額が多い
人は当初範囲給の報酬ゾーンの上位となるが、人
図表19
中央値
(ポリシーライン)
の書き換え
(ストラクチュアル・インクリース)
X年
X+ 1 年
事評価の成績により昇給の程度に差が出てくるの
で、時間をかけて「仕事の大きさ」に応じた報酬
となるようにコントロールできる。また、家族手
当、中でも子どもに対する手当について、出産時
に一時金を支給する一方で、手当はなくすという
企業もある。こうした施策により子育てを会社と
して支援するというスタンスを保ちつつ、長期的
には「仕事の大きさ」に応じた報酬を実現してい
くことが可能だ。
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
131
特集 4
⑸賞与
また、等級体系が職種型であれば、職種の特性
仕事基準の人事制度において、賞与は仕事のア
に応じた振れ幅を設定することで業績志向を高め
ウトプットである業績に応じた処遇であり、
「優れ
ることが可能となる[図表21]。ただし、職種で賞
た業績であれば多く、そうでなければ少なく」と
与が異なると部門最適になるリスクがあり、全社
いう原則に立つ。
[図表 3 ]
で示した業績目標と指
最適を求めるためにあえて職種の違いを置かず職
標の達成度合いによる処遇が賞与である。
種横断で一律の振れ幅とするという考え方もある。
業績には、組織の業績(例えば、営業利益や売
[5]
人事評価
上高)と、個人の業績(業績目標に対する成果や
組織貢献)の二つがあり、より上位の職責ほど結
⑴人事評価の考え方
果責任を問われるので、上位等級ほど賞与の割合
職務給は「ポスト・職務に値段を付ける」とい
が大きくなる。参考までに、ヘイグループが提供
う発想に立ち、職務サイズを測り、等級化して基
している報酬調査(日本と米国)では、年間の月
本給(範囲給ならば、その範囲)を決める仕組み
例基本給と手当に賞与固定分を加えたもの(固定
である。
給)を100とした場合、これに加えられる変動賞与
ポスト・職務に就いている「人」が、その仕事
の割合は、日本の課長クラス(17)で16%、部長
に求められる責任を全うし、成し遂げた業績や貢
クラス(21)で24%となっている
[図表20]。
献、また、その過程・プロセスでの仕事ぶりを評
変動賞与の割合を上位等級ほど大きくすること
価するのが人事評価であり、評価に応じて基本給
で、職責に応じたメリハリのある報酬を実現でき、
の昇降給や賞与で報いる。人事評価は、事業計画
しかも昇降格における利点もある。基本給を等級別
を基に担当する職務における業績指標・業績目標
に上限・下限を持つ重複型の範囲給とし、職務等
を期初に設定し、期末に業績と貢献を業績評価で
級別に変動賞与の割合を大きくする場合、昇格で
測り、業績賞与で報いるというものだ。この業績
は仮に基本給が上位等級の範囲給の中にあって横
評価は仕事の出来・不出来を示すものなので、基
スライドして上位等級に移動すると、より大きな変
本給の昇降給にも活用できる。一方、過程・プロ
動賞与の割合が適用されるため、年収(基本給+
セスにおける仕事ぶりである能力・コンピテンシー
賞与)が大きくなる可能性が高まる。一方、降格で
の発揮度合いは、その人がその仕事を進めるベー
は仮に基本給が下位等級の範囲給の中にあって横
スとなる力なので、その評価を基本給の昇降給で
スライドして下位等級に移動すると、生計のベース
報いることになる。
となる基本給の水準は変わらないが、変動賞与の
⑵目標管理制度との関係
割合が小さくなるので、生計を脅かさない範囲で成
業績は、会社から期待される成果であり、恣意
果に応じた処遇インパクトを与えることができる。
的に低い目標を掲げて達成率のかさ上げをする類
図表20
し い
年間固定給
(基本給+手当+固定賞与)
に対する変動賞与の割合
−%−
職 務 サ イ ズ (ヘイ式標準職務等級)
12
(新卒 クラス)
変動
賞与
割合
132
13
14
16
(初級課長
クラス)
15
17
18
19
20
(部・次長
クラス)
21
日本
10
11
11
13
14
16
17
18
20
24
米国
5
5
6
8
10
11
13
15
20
24
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
いのものではない。また、プロジェクトなど目立
[ 6 ]異動・配置
つものだけが業績ではない。
職務給は、
「ポスト・職務に値段を付ける」こと
業績は、職責(成果責任)について、ある一定
が基本である。人に付くのではなく、
「たまたま、
期間で成し遂げた成果と貢献である。期初に職責
そのポスト・職務に就いている人に、その期間そ
を踏まえて今期の業績目標を設定し、その達成状
の値段が付く」。いわば「現在価値、時価主義」の
況を期末にレビューする一連の仕組みが目標管理
処遇である。そのため異動の場合は直前の職務等
となる。
級にかかわらず、異動して就くポスト・職務の等
[図表22]
はヘイグループが提唱する職責(成果
級となる。
責任)の領域と、その業績目標との関連である。
しかし、これは原則論だ。なぜなら、会社の都
数値等で表される直接的な成果責任としては
合で異動してもらうのに、前よりも小さい職務サ
財 務 成 果(Financial)、生 産 性 な ど の オ ペ レ ー
イズ・職務等級のポストしか準備できない場合も
シ ョ ン 成 果(Operational)、間 接 的 成 果 の 領 域
あるからだ。また、組織再編により新しいポスト・
では、さまざまな経営活動・マネジメントの企
職務を置いた際に、そこに配置する人が先に決まっ
画を行う戦略策定(Planning)、内部固めの経営
ており、職務評価して決めた等級は、その人の現
資源・組織の強化(Resources)、外部との関係
在の職務における職務等級より小さいという場合
強化(Teaming)
、そして進化させるためのイノ
もある。
ベーション(Innovation)がある。この成果責任
職務給を取り入れ、その運用も10年を超える会
は 2 〜 3 年の中期的期間で負うべき職責であり、
社の人事担当者は「うちは異動の場合、横スライ
それを年次の数値目標や具体的活動に落とし込む
ドばかりでなく、それなりの割合の人が上がった
と今期の業績目標となる。例えば、戦略策定、財
り下がったりします。社員はそれに慣れました」
務成果の領域では
[図表23]のイメージとなる。
と話す。原則論にのっとった運用である。しかし、
いきなりそういった運用をすることは困難だろう。
例えば、制度移行の最初の 3 年間に限り、下位等
図表21
職種で変動賞与の割合と幅を変える
イメージ
ターゲット額
年 収
賞 与
ターゲット額
ターゲット額
変動幅
10%
賞 与
固定給
固定給
管理
企画・マーケティング
変動幅
20%
(ロー・リスク
賞 与
変動幅
40%
固定給
営業
ハイ・リスク)
稼ぐ職種と、支える職種の違いに合わせて、変動幅を決定
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
133
特集 4
級への移動の場合はそれまでの等級を維持すると
⑵年齢ルール
いった経過措置も考えられる。十分な検討の上で
もう一つは年齢によるルール(役職定年)だ。
運用ルールを定める必要がある。
例えば、管理職に対して55歳などの一定年齢に達
したらライン長を降りるという施策を行っている
[7]
ポスト・オフ
企業も多い。とはいえ、そもそも職務給は、職能
一定のルールの下に役職離任するポスト・オフ
資格による年功性を払拭するための制度であり、
については、 2 とおりのパターンがある。
年齢という属性によらない処遇とすることが利点
⑴業績ルール
である。この前提からすると、年齢により職務に
一つは業績によるルールだ。その職に就く人の
就く機会に制限を加えるポスト・オフという慣行
業績がよい限りは問題ないが、一定期間を経ても
も廃止して、年齢によらずポスト・職務に応じた
業績が芳しくない、例えば 3 期連続してC評価な
どの場合は後任を充てる等のルールをつくる。職
図表23
能資格の場合は本人の能力・業績をダイレクトに
等級に反映できるが、職務給だと本人が担当する
職務が基準となるため、もし、業績が芳しくなく
ても同じ職務に就いている間は等級を下げられな
職
責
(成果責任)
を具体的に落とし込んだ例
領 域
職責(成果責任)
業 績 目 標
戦略策定
○○事業部の経営計画
を策定する
20xx年の年次事業計画
の策定
財務成果
○○事業の売り上げを
増進させ、成長させる
20xx年の売上予算yy億
円の達成
い。このため職務を変える措置が必要となる。
図表22
職責
(成果責任)
と目標管理の業績目標
職責(成果責任)の領域
財務成果
Financial
直接的成果
オペレーション成果
Operational
戦略・方針・計画の作成
Planning
間接的成果
外部との関係強化
Teaming
経営資源・組織の強化
Resources
イノベーション
Innovation
成果責任を踏まえた当期目標
職責(成果責任)から業績目標へ
■目標は成果責任から
導き出される
■目標は、「当期何を
どれくらい達成すれ
ば、成果責任を全う
したといえるか」を
具体的に表現したも
の
134
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
成果責任と目標との関係
目標
当期
成果責任
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
処遇とすることが考えられる。
が実現する。このプロセスの意思決定者と最終責
ただし、年齢による制限は「定年」という制度
任者は、そのポスト・職務が所属するラインの長
があり、それが法的な拘束力を持っている限りは
(最終的には経営者)であるが、この組織デザイン
一定の合理性もある。特に、社員の年齢構成が高
と配置のプロセスを支援しつつ、前に進めていくの
齢化すると、意図的に新陳代謝を進めていかない
は人事部の役割だ。これまでも組織改編・異動の
と組織活力をそぐことになる。定年前のポスト・
担当として、人事がこの役割を果たしてきたが、報
オフは、そうした機能を持っている。
酬と結びつくことで、その役割は一層重要になる。
4
5
4
のための
[2]
人材の把握を密に行う〜「適所適材」
制度運用をめぐる課題
経営幹部候補の人材把握とサクセッション
プラン、
リーダーシップ開発
職務給が制度として機能するための課題として
組織デザインの次に誰を配置するか、その布陣
以下を挙げたい。
を決めるときに出てくるのが「適材がいない」
「将
来就く可能性がある候補人材はいるが、すぐには
[1]
適切にポスト・職務をつくる、改廃する〜組織
4
4
難しい」
「誰が適材かが、よく分からない」といっ
デザインと配置、
「適所適材」が人事の重要な
た課題である。社内に優秀者が潤沢にいれば、そ
仕事
のような悩みは少ないが、多くの企業では、優秀
職務給は、報酬の仕組みである前に「組織デザ
者は限られ、また、優秀者はその上司が手放した
イン」と「配置」の仕組みである。
がらないため異動・配置が難しいケースが多い。
戦略(会社の方針や方向性)を反映させた組織・
組織デザインが重要であるのと同時に「人材の
役割体制をつくり、それぞれ個別のポスト・職務
見える化」と「把握」も重要となる。本稿では職
として定め、そこに誰を配置するか布陣を決める。
務給は非管理職よりは管理職に向く制度として論
このプロセスにより「ポスト」が定まり、そのポ
考しているが、管理職の「人材の見える化」と「把
ストに誰を就けるか、人の「配置」が固まる。
握」とは、
「組織改編を踏まえて、次に役員・本部
職能給の場合なら、人を選んで、その人に「何
長ポストを担えるのは誰か、部長ポストを担える
をするかは自分で決めて」と仕事自体を本人に丸
のは誰か、新設した重要ポストを担えるのは誰か」
投げすることもできる。柔軟にできるという利点
を特定することである。人材を特定するために「そ
の一方で、経営の期待・方向性とずれた仕事となっ
の人はその職責を果たし得る力量と経験を備えて
たり、本人がこれまでやってきた仕事を新しいポ
いるか」という問いに答えられなければならない。
ストで繰り返してしまったりして経営の意図が反
そのためには、その人材の力量や特性(人事評価、
映できないこともある。
業績、経験職務、アセスメント)の情報がそろっ
一方、職務給では経営の意図を組織・職務に“翻
ていることが求められる。そして現在、それなり
訳”して落とし込むことから始まる。
[図表 3 ]
で示
に候補人材がいる場合でも、枯渇しているならな
した「戦略→組織→職務」という流れに沿って職
おのこと、候補人材の育成・開発(リーダーシッ
務に求められる職責(成果責任)をデザインする
プ開発)を行い、パイプラインを太くしていくこ
こと、その職務サイズを測り等級化すること、そし
とが重要になる。
て、社内で誰が適材か複数の候補者の中から人事
ポスト・職務ごとに、誰が次の適材か、その候
4
4
情報によって適材を決め「配置」する“適所適材”
補人材がポストに就くまでに、どのように備え、
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
135
特集 4
力量を高めてもらうかを考えるのが「サクセッショ
配置の結果として等級が決まるので、社員本人に
ンプラン(後継者育成計画)
」である
[図表24]
。こ
は、自身の責に起因するよりは会社の都合という
れに取り組むことも、職務給を機能させる上で重
割り切りを持ってもらうことも大切だ。
要となる。リーダー人材育成においては、研修な
とはいえ、降格となったり、これ以上の上のポ
ど座学で得られるよりも実際の経験を通じて得ら
ストへ就くことが望めない場合は、本人のプライ
れるもののほうがはるかに大きい。成長につなが
ドやモチベーションが損なわれるのも事実である。
るポスト・職務が無尽蔵にあるわけではない。限
キャリアについて、上向き(昇進・昇格)だけで
られたポスト・職務に誰を優先的に据えて、経験
はなく、横の移動や、自分なりの充実方法を考え
させるかがサクセッションプランを通じたリーダー
るといったキャリア教育による補完が必要となる。
育成のポイントである。
例えば、ポストには就かないが、専門家として活
躍できる人材に対しての社内資格や認定制度も補
[3]
人ではなくポストによる処遇という「考え方」
完施策となる。
の浸透と定着。本人のプライドを担保する方
策を考える
[4]
職務評価ノウハウを定着させる
職務給は本人に与えられる、その時・その場所
職務等級を決める職務評価をきちんした品質で
限りの等級で、上がることもあれば下がることも
行い、納得できる等級格付けが行えることが制度
ある。身分や社内での格を示す職能資格と異なり、
への信頼を高める。
図表24
サクセッションプラン
(後継者育成計画)におけるポスト別候補人材リスト例
上席執行役員
×××事業部門長
田中 一
昇進可能性
業績/ポテンシャル マトリックス
候補者
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
企画部長
大田 芳雄
技術部長
高橋 博
候補者
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
○○ ○○
昇進可能性
業績/ポテンシャル マトリックス
■今
■ 2 〜 3 年以内
ポテンシャル
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
業 績
傑 出
優れている
貢献している
昇進可能
●
❶
今、動かす
●
❸
より高い成果を
上げる
●
❻
最近の昇進者
(半年未満)
開発により
昇進可能
●
❷
スキル開発
❺
●
業績向上のため
の開発
❽
●
業績向上のため
の開発
習 熟
●
❹
領域のプロ
❼
●
業績向上のため
の開発
❾
最近の昇進者
(半年未満)
■ 1 〜 1 年半以内
136
管理部長
井上 透
職務をベースとした人事・賃金制度改革
実務解説
このため、一連のプロセス、
「職務デザインによ
ういう人たちかを個別に検証した上で、適切な範
る職責(成果責任)の確定→職務記述書への反映
囲給の幅を設定する必要がある。
→職務評価→等級格付けの承認(職務評価委員会
など)
」を、毎年定期的に運用し、担当する人次第
[2]
上限値を超えてしまう人への対応
でブレたりすることがなく、同じ根拠で職務評価
上限値を超えてしまう人への対応は、大きく分
がなされることが肝要となる。ポイントファクター
けると 2 とおりある。①不利益変更を避け、上限
方式の職務評価手法は、正直なところ、すぐに誰
値から超えていても許容する。ただし、昇給率テー
でもできるものではなく、実際に手を動かして慣
ブルは、範囲超過者はさらに低い昇給率(ゼロか
れることで習熟度が高まる。このため、担当者は
マイナスもあり得る)でコントロールする[図表
定期的に職務評価を行うことで、職務評価のスキ
25]。②超過分を調整給として上限値まで減額す
ルを維持する必要がある。初めて担当する方は、
る。その方法が、一般的、慣行的に法的に許容さ
それを学びながら自分のものにする機会が必要と
れる減額幅・率であれば、その範囲で行う。もし
なる。
1 回や 1 年でそれができない場合は、複数年をか
けて段階的に水準を調整するという緩和策をとる。
6
制度変更に絡む
諸問題への対応
この緩和策については十分な検討や事例チェッ
ク、第三者である専門家の助言を求めることを勧
めたい。
制度変更の際に留意が必要なのが、不利益変更
や大きな報酬ダウンへの激変緩和措置である。制
個別の社員においてどのような変化が起きるか等、
結び:経営と一体化した
人事処遇の実践
かなり個別事情によるため本稿では対応の要点を
職務型人事・賃金制度の利点は経営戦略・事業
記す。
計画を踏まえた組織体制・役割分担(職責)と賃
制度移行の際に、現行給与のまま移行した人で
金・処遇を一体化できる点である。この仕組みに
その水準が範囲給の上限値からはみ出る場合の下
適材の見極めと配置(リーダー人材開発とサクセッ
方調整、あるいはシングルレートによる設定の場
ションプラン)を組み合わせることで「適所適材」
合、新制度で格付けられた等級での水準が現行給
となる。これは「顧客・社会に貢献し、競業に勝
与より低い場合の措置が、不利益変更あるいは激
つための最適の部署・職務体制とは? 各職務に、
変緩和措置への対応となる。
今、誰を配置して、どのくらいの報酬で報いる
度そのものがどのように変わるかという点に加え、
4
4
か? 将来は誰を鍛えて配置させるか?」を毎期検
[1]
範囲給の幅を調整する
討し実行することでもある。これまでの職能型で
制度設計時に範囲給を設定する際に、こうした
は昇格審査を通じて適材の見極めは行っていた(は
状況を見越して、皆が横スライドできるように範
ずだ)が、これに加えて、職責を定め、職務評価
囲給の上下幅を広げれば、この課題に直面せずに
して格付けをするという(それなりの大きな)手
済む。しかし、
「この仕事なら公正と思われる報酬
間と心理的負担が増える。また、社員には「求め
額」が範囲給の考え方であるが、範囲給の幅を広
られる職責を果たせているのか」という緊張感を
げ過ぎると「公正」さが損なわれることになる。
与えることにもなる。これらを乗り越えて、人事
どこまで広げるか、上限値を超えてしまうのはど
部も社員も経営貢献していただきたい。
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
137
特集 4
図表25
範囲超過者の昇給率によるコントロール
総
S
上限値を上回るゾーン………
A
減少率:小
合
評
B
価
C
D
減少率:大
上限値
Q4
Q3
中間値(ポリシーライン)
Q2
Q1
下限値
下限値を下回るゾーン………
138
労政時報 第3902号/16. 1. 8/ 1.22
高
低